第7回アフリカ開発会議(TICAD7)が2019年8月28-30日、横浜市で開催されます。日本では6年ぶりとなるTICADに向けて、国連広報センターはアフリカを任地に、あるいはアフリカと深く結びついた活動に日々携わっている日本人国連職員らに呼びかけ、リレーエッセーをお届けしていきます。
取り上げる国も活動の分野も様々で、シリーズがアフリカの多様性、そして幅広い国連の活動を知るきっかけになることを願っています。第3回は、前回に引き続き、国連プロジェクトサービス機関(UNOPS)に勤務する川口尚子さんです。
第3回 国連プロジェクトサービス機関(UNOPS)
川口尚子さん
~紛争地でのプロジェクト管理。いのちの水を、すべての人々へ~
米国ニューヨークで国際犯罪司法学学士、イスラエルで紛争解決と調停に係る政治学修士号を取得。アフリカ・中東各国におけるプロジェクト管理・プロジェクト評価を経て、2016年4月よりUNOPSマリ事務所にてプロジェクト・マネージャーとして勤務。
UNOPSは、平和構築、人道支援、開発分野におけるプロジェクトの実施管理・物資調達を専門に行う国連機関です。特に紛争地や災害地などでは、支援団体やドナーは治安上撤退せざるを得ず、インフラやコミュニティ支援といった、現場での活動がカギとなるプロジェクトは実施が困難になります。こんな時こそUNOPSの出番です。私たちが他の国連機関やドナーに代わって現地で必要とされるプロジェクトを実行します。
私の働くマリにおいて、UNOPSは国際連合マリ多元統合安定化ミッション(MINUSMA)、世界銀行(World Bank)、欧州連合(EU)、そして日本政府からの支援や委託を受け、多数のプロジェクトを実施しています。治安平定に直接関与するプロジェクト(例:武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)サポート)が多いですが、脆弱な経済やインフラが治安悪化を増長するため、治安平定にとって戦略的に必要となる人道プロジェクトも多数実施しています。
こうしたプロジェクトの行程を組み、予算や人材を計画・管理、案件進捗をモニタリング・報告、事業成果を評価、といった一連の管理を行うのがプロジェクト・マネージャーである私の役目です。プロジェクトを実施している北部・中部地域に赴き、その進捗を吟味するとともに、地域の政府や有力武装勢力と相談・交渉したり、治安や人道支援情勢についてMINUSMAや他の国際機関と意見交換を行うのも私の仕事の一部です。また、マリ・西アフリカ(主に最近治安が悪化しているブルキナファソ)における治安・人道支援のニーズを調査し、プロジェクト実施の実現可能性を調べて新規案件のプロジェクト計画を立てたりもしています。
マリでは2012年以降紛争が続いており、北部・中部地域における治安状況は依然として深刻なままです。治安悪化により、コミュニティや人々の暮らしは脆弱化する一方。さらに進行中の紛争によって、地域や地元住民への援助は限定されており、人々の基本的なニーズ、特に安全な飲料水へのアクセスはますます難しくなっています。女性と子供は紛争の最初の犠牲者になってしまうことが多く、住民への基本的なサービスの提供は、地域の長期的な安定を追求するために不可欠です。
このような困難な状況の下、UNOPSは日本政府の支援のもと、マリ北部のガオ州ガオ・アンソンゴで「平和と社会の安定のための緊急給水プロジェクト」(平成28年度)、マリ北部のメナカ州で「安定と再定住のための人道給水プロジェクト」(平成29年度)を実施しました。[地図参照]
マリ北部地域は地下水資源が限られた砂漠地帯です。住民は、数キロメートル先の水源を目指して水を汲みに行く必要があり、水汲みに行くのはほとんどが女性と子供です。この地域の多くの住民は、井戸水が不足しているために川の水を使用せざるを得ず、汚染されている川の水によって、下痢、コレラ、腸内寄生虫またはその他の感染症の危険に常にさらされ続けています。安全な水源の所有権または限られた飲料水の配給をめぐる地元住民・民族間の対立も増加しており、地域紛争に火を注いでいます。安全で十分な量の水へのアクセスは、マリ北部地域において重要かつ緊急の課題となっています。
この地域でのプロジェクト実施は、大変な困難を伴いました。まず、紛争地での工事実施にはリスク・安全管理と綿密な工程管理が必要とされ、それでも事業地がテロリストによって攻撃されるなど、冷や汗をかく場面がありました。次に、不圧地下水(浅い水源)はほとんどの場合、鉄を多く含んでいるため飲用には適しておらず、飲料水を限られた被圧帯水層(深い水源)から探し当てるためには、高度な技術管理と事前準備が必要とされました。また、地域の基礎インフラが欠けているため、事業地への移動と工事の施工には苦労しました。携帯・インターネットがほとんど届かない僻地であることから、事業地でのコミュニケーションにもずいぶんと骨を折りました。特に周到な準備が必要だったのは、プロジェクトが実施される土地の選定です。新しい給水地が新しい紛争の種にならないよう、住民のニーズや政治的・戦略的要因を吟味した上で、州知事や各県の地域政府、村の代表や水省の地域代表、各地の有力武装勢力やMINUSMA州代表と、何度も話し合いを重ねて、給水所の場所を選定していきました。
様々な困難を乗り越え、2019年3月現在、日本の支援によって、マリ北部では10万人以上の人々が給水サービスの恩恵を受けています。安全に飲める水、こうした基本インフラや社会サービスを改善することは、コミュニティの脆弱性を改善させ、政府当局と住民の信頼醸成を促進し、紛争予防にも貢献します。
特に北部メナカ州では、州都を除いて国際機関やNGOによる人道支援が完全撤退してしまい、住民および地方政府は自分たちが忘れ去られていると感じていました。日本政府支援による給水事業は、近年で唯一メナカ州の地方で行われたプロジェクトであったため、地域政府や有力者、そして恩恵を受ける住民たちは、日本政府とUNOPSに対して、繰り返し感謝のことばを述べていました。プロジェクトが実施されたある井戸がテロリストに攻撃され、銃撃威嚇の後に太陽光パネルが強奪された際にも、元戦闘員である地方の有力者が、日本政府とUNOPSの支援と尽力に背くわけにはいかないと、自発的にテロリストの追跡をし、パネルを全て取り戻してくれました。現地の人々に感謝を抱くとともに、現地の人々に本当に大切にされているプロジェクトであると嬉しくなりました。
紛争地でのプロジェクト実施は、平常のフィールドと比較して、多数の困難を伴います。予期せぬ問題も多発し、業務時間を問わず案件地やチームの安否を常に気にかけ続けるため、私も常に緊張しています。プロジェクトマネージャーとして、問題の解決法を柔軟に提示し続けないといけない重圧感、常にできるだけ正しい決断を続けなければいけない緊張感、そして責任の重さのため、ストレスもためがちです。しかし、紛争下という不可抗力で困難な生活状況を強いられている人々は、誰よりも本当に支援を必要としている人たちです。支援を届けることに成功し、人々が笑顔で喜んでいるところを見ると、今までの苦労が全て吹き飛ぶような晴れやかな気持ちになります。私はきっと、この瞬間のために一生懸命プロジェクトに取り組んでいるのだと思います。そしてこうした瞬間が、新たなプロジェクト、さらなる貢献へと、モチベーションにつながっているのだと思います。ハードシップと呼ばれる治安の不安定な勤務地では、家族を連れてくることもできないですし、絶対的に外国人人口が少ないです。娯楽もあまりなく、外を気軽に歩き回ることもできないため、誰かの家に集って、ごはんを作って食べたりする以外に特に楽しみはありません。しかしこのように環境が限られているからこそ、友達と毎日のように集い、何でも話をし、喜怒哀楽を共有し、ストレスを緩和してきました。彼らは勤務地が変わっても、ずっとつながっていけるかけがえのない友人です。
ここでご紹介したプロジェクトは、持続可能な開発目標(SDGs)のゴール6「すべての人のための水と衛生へのアクセスの確保」とゴール16「公正で平和で包括的な社会の推進」に貢献しています。マリの人々が一日も早く平和で安定した生活を送れるよう、UNOPSはマリで支援を続けていきます。