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連載:アフガニスタンで平和について考えた ~根本かおる所長のブログ寄稿シリーズ(全5回) (1)15年ぶりのアフガニスタン再訪

アフガニスタンは今、長きにわたる劣悪な治安情勢により、人々の生活が深刻な影響を受けています。2016年末の国内避難民の数は約150万人。2009年から2016年までに民間人の死傷者数は合計7万人を超えたといわれます。現在、同国には、国連の特別政治ミッション、「国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)」が展開していますが、同国において、国連はどのように人々に寄り添って支援活動を行っているのでしょうか。国連広報センター所長の根本が今年5月はじめ、同国を訪ね、現地の様子や国連の活動を視察しました。その報告を全5回でお届けします。

 

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突然ですが、孫悟空が大活躍する『西遊記』はご存知ですね? 最近では香取慎吾さんが孫悟空の役を主演してドラマ、映画になっています。これに登場する三蔵法師は、唐時代の実在の高僧、玄奘三蔵がモデルです。『西遊記』はフィクションではありますが、玄奘三蔵が経典を求めてはるか天竺(インド)まで敢行した旅を記した『大唐西域記』、つまり実話が元になっています。日本仏教の発展には玄奘の貢献が少なからずあります。というのも、玄奘は天竺から持ち帰った経典を中国の言葉、つまり漢字に訳し、それがさらに日本に伝わり、日本仏教に受け継がれたからで、その中の一つが『般若心経』です。日本で最もよく知られ、親しまれているお経ですね。その玄奘は『大唐西域記』の中でアフガニスタンバーミヤンの石仏についても触れ、タリバンによる爆破で今はなきバーミヤンの石仏は金色に輝いていたと記しています。

 

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 バーミヤン渓谷をのぞむ。左右の石窟には、破壊された大仏が(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

このように日本とふるくからのつながりのあるアフガニスタンで、2016年6月から国連のトップを務めるのは山本忠通(ただみち)事務総長特別代表です。

 

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山本忠通事務総長特別代表は地方に頻繁に出向いて有力者に働きかける。2017年4月、クンドゥス県の知事と(UNAMA/Shamsuddin Hamedi)

 

明石康さん(カンボジア、旧ユーゴスラビア)、長谷川祐弘さん(東チモール)についで3人目の日本出身の事務総長特別代表で、アフガニスタンでの国連システム全体を束ねる国連の「顔」でもあります。外務省出身の山本さんは、休暇のための一時帰国の折に国連広報センターに立ち寄り、「自分の外交官人生の中で一番やりがいを感じる」とアフガニスタンでの仕事について語っています。

 

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世界報道自由デーに際して、ジャーナリストの安全について記者会見する山本特別代表(UNAMA/Fardin Waezi)

 

さらに、山本特別代表の存在に加えて、アフガニスタンは日本が国連を通じて多額の支援をしてきた国です。2001年以降、「アフガニスタンを自立させ、再びテロの温床としない」という目的のもと、これまでに総額およそ64億ドル(およそ6,330億円)に上る支援を実施してきました

 

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アフガニスタン東部のナンガハール県にて。日本の支援で人々が帰還する地域に潅漑用水などのコミュニティー・インフラを整備(UNHCR photo

 

2016年10月にブリュッセルで開かれたアフガニスタン支援国会合でも、日本は2017年から2020年までの4年間、毎年最大400億円の支援をアフガニスタンに対して行うことを表明しています。これは是非アフガニスタンでの国連の活動を視察して日本の方々に伝えるしかない!と思い、2017年4月29日から5日間、首都カブールとバーミヤンを訪問しました。

 

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国連WFPの支援を受けて女性たちを対象にカーペットづくりの職業訓練を行っている女性リーダーと。訓練に参加すると、換金できるEバウチャーが携帯電話のショートメールで届くという仕組み(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

後述する治安の悪化に伴い、日本の外務省はアフガニスタン全域について「レベル4:退避勧告」を発出していることから、日本の報道機関による現地取材も大幅に減っています。だからこそ、国連職員として国連の安全管理対策のもとで出張して発信できる立場は有意義でもあるでしょう。

 

一般的によく知られている国連PKOと並び、国連は現地を拠点として活動する「特別政治ミッション」を展開しています。紛争を予防し解決すること、および持続可能な和平を構築するために加盟国と紛争当事者を支援することを中核するもので、国連PKOと異なり、軍ではなく文民が中心です。紛争の中心にはしばしば政治的な問題があることから、平和を設立目的の柱とする国連には長い政治ミッションの歴史があります。しかしながら、現地を拠点とする「特別政治ミッション」は冷戦後の1990年代に入ってから飛躍的に増えました。人員・予算の規模が拡大するとともに、任務の面でも、人権、法の支配および紛争における性的暴力などの分野にわたり、多面的かつ複雑なものになっています。

 

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アフガニスタン政府と国際社会との調整を目的とする「アフガニスタン共同調整モニタリング・ボード(JCMB)」にアシュラフ・ガーニ大統領(左から3人目)とともに出席する山本特別代表。山本特別代表はJCMBの共同議長を務める(UNAMA/Fardin Waezi)

 

現在世界11か所で展開されているミッションの中で最大規模のものが、「国連アフガニスタン支援ミッション(UN Assistance Mission in Afghanistan、略してUNAMA)」です。2001年11月のタリバン政権崩壊を受けて、2002年3月に国連安全保障理事会の決議により設立されました。UNAMAのスタッフの規模は総勢1,500名以上で、現地に拠点を置く特別政治ミッション全体の陣容5,000人超の3分の1を擁しています。

 

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アフガニスタンのアブドッラー・アブドッラー行政長官と記者会見にのぞむ山本特別代表(UNAMA/Fardin Waezi)

 

アフガニスタンで政治的な調停を行い、政府に協力と支援を提供し、和平と和解のプロセスを支援し、人権と武力紛争における市民の保護を監視・推進し、法の支配の促進・腐敗廃絶・公正な選挙の実施への支援などガバナンスを促進するとともに、地域協力に向けた働きかけを行っています。さらに、アフガニスタンでの国連システムの先頭に立って、国際的な支援への取り組みを主導、調整しています。

 

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UNAMA広報部は、南部のカンダハールで地元のプレス・クラブと協力して、地元のジャーナリストを対象に研修を実施(UNAMA/Mujeeb Rahman)

 

首都カブールのみならず、アフガニスタン全土の12ヶ所にフィールド・オフィスを展開し、アフガニスタンの人々に寄り添った活動を行っています。パキスタンイスラマバード、イランのテヘランにも連絡調整のための拠点を持ち、周辺国を含めた地域協力の促進につなげています。

 

最近日本で報じられるアフガニスタンのニュースは、治安の悪化に関するものがほとんどです。事実、治安はアフガニスタンの人々の生活全般に深刻な影響を及ぼしています。2014年に多国籍軍の規模が大幅に縮小されると、反政府勢力タリバンアフガニスタン国軍の防衛能力に挑戦し、2015年には情勢が悪化。タリバンは支配地域を拡大したのに対して、アフガニスタンの治安・防衛部隊は守勢に回る格好となり、最近ではイスラム国も活動を活発化させています。こうした中、2016年に戦闘やテロによって民間人が死傷した数は1万1,418人と、UNAMAが調査を開始した2009年以降最悪の数字を記録しました。UNAMAの発表によると、2009年初めから2016年末までに民間人の死傷者数の合計は7万人を超えています。

 

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2016年に戦闘やテロによって民間人が死傷した数は1万1,418人と、UNAMAの調査開始以降最悪の数字を記録したというUNMAの記者発表は、国際的にも注目を集めた(UNAMA/Fardin Waezi)

 

2017年に入ってからわずか6週間の間にアフガニスタンの治安・防衛部隊側で807名が亡くなっています。4月21日には、北部の主要都市マザリシャリフで軍の基地が襲撃され、138名以上が死亡、60名以上が負傷するという事件があり、タリバンが犯行声明を出しています。

 

このような治安情勢では地域によっては医療や教育などの社会的なサービスへのアクセスが難しくなり、経済活動もなかなか進みません。加えて、駐留軍や海外からの支援が生む需要に依存する経済構造になってしまっていたところ、2014年の多国籍軍の大幅撤退を受けて2016年の経済成長率はマイナス2.4パーセントにまで落ち込んでしましました。国連開発計画の「人間開発報告書2016」によると、アフガニスタン人間開発指数は188ヶ国中169位。平均寿命、就学年数、妊産婦死亡率、乳幼児死亡率などの面では改善がありますが、一人当たり国民総所得は1990年と2015年の間に9.7パーセント減少しています。さらに、2016年だけで100万人以上のアフガン難民が、避難先のパキスタンで滞在する環境の厳しさが増す中で帰還し、過去14年間で最高の数を記録しています。突然100万人単位の人々が戻ってきたことは、すでに深刻化している治安状況もあり、脆弱な社会インフラに対して様々な圧迫要因になっています。

 

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2016年、パキスタンからアフガニスタンに帰還し、UNHCRからの当座の支援を待つ人々。長期にわたるパキスタンでの生活から、家財道具の多い帰還民が大勢見受けられる(UNHCR photo)

 

こうした中、2016年にはおよそ50万人があらたに国内避難民となり、2016年末の国内避難民の数はおよそ150万人と、2013年の倍以上になっています。2017年、国連アフガニスタンの人口のほぼ3割にあたる900万人が国際社会の支援を必要としていると見ています。

 

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IOMは日本の支援を受けて、アフガニスタン政府と連携して特に困窮するアフガン帰還民に対する「Assisting Afghan Return Migration Needs」支援プロジェクトを実施。イランとの国境に近い、西部のヘラートにて。イランから単身で送還されたこの女性はこのプロジェクトのもとサポートを受け、父親を見つけることができた(IOM photo

 

私はタリバン政権が崩壊した翌年の2002年にアフガニスタンを出張で訪問した経験があります。今の首都カブールは、表向きはきらびやかなオフィスビルやホテルが立ち並び、幹線道路は整備され、すべてが破壊されつくされていた当時とは比較にならないぐらいに「キラキラしている」ように感じられます。

 

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首都カブールの表通りは、整備が進む(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

しかしながら、依然としてインフラは行きわたらず、電気が安定的に供給されないため発電機が必要ですし、下水も整っておらず、首都カブールの街中でも一歩幹線道路を離れるとドブからさらえた汚物が道端にうず高く積まれ、強烈な悪臭に閉口しましたし、地域の人たちはこの粉塵を吸っていると思うと恐ろしくなりました。

 

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幹線道路から脇に入ると、ご覧のような状況。春でこの悪臭なら、夏にはどうなるのかと思いやられる(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

また、2002年には比較的自由に歩くことができたのに対して、今では少し移動するのにも、訪問先の安全面での事前チェック、防弾車・護衛の手配など、すべてがものものしくなっています。ものが溢れる首都での生活と洞窟できわめて原始的な暮らしを送る地方の貧困層とのギャップにも頭がクラクラしました。

 

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バーミヤンの石窟に暮らす家族。電気も水もトイレもない。5人の子どものお母さんは、職を求めてバーミヤンの町に移り住み、このほらあなで暮らし始めて12年になる。5人の子どもをこのほらあなで産んだ(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

このような状況の中で国連がどのようなアフガニスタンの人々に寄り添って支援活動を行っているのかを、UNAMA広報部アウトリーチ部門長でポーランド出身のアンナ・マリア・アディカリさんをガイド役に視察しました。アンナはネパールの国連人口基金南スーダン国連PKOでの仕事を経て、2014年からアフガニスタンに駐在しています。二人のお子さんをポーランドに残して働くパワフルなお母さんでもあります。

 

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UNAMA広報部アウトリーチ・ユニット長のアンナ・マリア・アディカリさん(左)が今回のガイド役(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

アフガニスタン国連に加盟したのは、国連が創設された翌年、また日本の国連加盟よりも10年早い1946年のこと。国連アフガニスタンでの活動の歴史は長く、様々な機関がふるくは1949年から活動を行っています。滞在中、人々が国連に寄せる信頼をひしひしと実感しましたが、これも人々に寄り添って支援活動をするアンナのような国連の同僚たちの努力の積み重ねによるものでしょう。

 

今回の貴重なアフガニスタン出張で見て、感じたことを、これからシリーズでお伝えしていきます!