「Shared Lives, Shared Future ~ 私たちの暮らしのなかの国連 ~」展:一人ひとりのストーリーを通じて、国連を身近に
国連広報センターでコンテンツ制作を担当している前伊知郎です。
日本の国連加盟70周年を記念する「Shared Lives, Shared Future ~ 私たちの暮らしになかの国連 ~」展のオープニング内覧会が国連大学で開催され、国連の活動と日常生活とのつながりをテーマにしたトークセッションが行われました。
この写真展は、昨年の国連創設80周年を機に国連本部に世界中の国連のオフィスから寄せられた多くの写真の中から、日本と関係の深いもの、そして国連の活動のインパクトが明白なものを国連広報センターが選んでキュレーションしたもので、私も準備に深く関わりました。

内覧会の冒頭、国連広報センターの根本所長は、国連安全保障理事会による紛争解決が難航し、多国間主義が危機に直面している現状に触れながら、教育、医療、人道支援、国際的なルールづくりなど、ニュースでは取り上げられる機会の少ない国連の幅広い活動がどのように人々を支え、インパクトを与えているか、写真展が取り上げる具体的なストーリーを通じて知ってほしいと、写真展の趣旨を説明しました。

来賓としてあいさつした外務省国連課の原琴乃課長は、私たちの当たり前の日常が、国連とその専門機関の支える国際的なルールや制度によって成り立っていることを強調。日本の国連加盟70周年という節目に、国連の役割を身近に感じ、国際協力への理解と支持を深めることの重要性を語りました。

続いて、会場に駆け付けた3人の写真の「主人公」がパネリストとして登壇し、自らと国連とのつながりについて語りました。
農林水産省の食品安全政策課 国際基準室で国際基準専門官を務める織戸亜弥さんは、FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)が設立したコーデックス委員会のアジア地域調整部会で議長を務めています。食品の安全性や品質に関する国際基準づくりという側面からアジア24カ国の意見を取りまとめる立場から、国ごとに異なる事情や利害を理解し、対話を重ねることの重要性を語りました。意見が対立しても、互いの話に耳を傾け、時間をかけて信頼関係を築くことが共通の課題解決につながると説明し、国連を「世界が共通の課題に取り組むための重要な枠組み」と位置づけました。

愛知県の中学生の加藤歩夢さんは、小学生の時に、コインランドリーでの洗濯が終わった洗濯物の取り扱いや盗難といった問題を解決する発明で、公益社団法人発明協会が手掛ける「全日本学生児童発明くふう展」で世界知的所有権機関のWIPO賞を受賞しました。現在も、発明クラブに所属して、花粉症治療に取り組む子どもを支援する装置や、離れて暮らす高齢者と家族をつなぐ歩数計など、生活の中の課題を解決する発明に取り組んでいます。加藤さんは、WIPO賞の受賞を通じて、自分が困っていることは世界のどこかの誰かも同じように困っているはずだと考えるようになったと振り返りました。身近な困りごとへの問題意識が世界の人々に役立つ発明につながる可能性を持っているということを、WIPO賞が気づかせてくれた、と加藤さんは語ります。

ミャンマー出身で、難民として家族と日本で暮らすノー・ローズ・ヌ・マイさんは、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のサポートのもとパートナー団体が提供する奨学金を受け、専門学校で調理を学びました。奨学金によって学費の心配をせずに学業に専念でき、現在は都内のホテルのレストランで料理人として働いています。支援なくしてはここまで来られなかった、とローズさん。将来は周囲から信頼される料理人となり、故郷ミャンマーの料理と西洋料理を融合させた料理にも挑戦したいと夢を語りました。国連については、自分のように困難な状況にある人々に学ぶ機会を与えてくれる、大切な存在だと述べていました。

内覧会では、会場への出席は叶わなかった4人の主人公から寄せられたビデオメッセージも上映しました。
フスナ・キプソイさん(UNU-IAS国連大学サステナビリティ高等研究所の修士課程を修了して、ケニア在住)
「UNU-IASでの学びは、私にとって非常に特別な経験でした。 持続可能性が何を意味するのか、その理解を大きく広げてくれたからです。 何が大切なのかを見極め、それを守り続けようとすることも含まれます。また、この分野では試行錯誤を重ねながら、過去から絶えず学び、現在をより良くすることで、より良い未来を築いていくのだと学びました。 」
小曽宇谷はる(こそうや・はる)さん(石川県羽咋市の高校生。小学校5年生の時に「SDGs新聞」を作り始めたことが国連本部の目に留まり、その活動が国連グローバルコミュニケーション局制作のビデオで取り上げられ、世界に紹介された)
「当時の活動が国連に取り上げられた経験を振り返り、世界への見方が大きく変わったと感じています。 それまでニュースの中の遠い存在だった国連が、自分たちの活動とつながったことで、「世界は意外と身近な場所なんだ」と実感できるようになりました。 そして、国や言葉が違っても、地球で暮らす私たちが抱えている海ゴミなどの問題は、みんな同じなんだという視点を持つことができました。 私たちの力は小さく見えるかもしれません。しかし、大好きな千里浜の海を守るローカルな一歩は、確実に世界の未来へとつながっています。 『子どもだから』と諦めるのではなく、自分たちの発信や行動が地域を変え、世界を動かす小さな原動力になると信じています。 これからも視野を世界に広げ、足元から行動を続けていきます。 」
ハード麻里花(はーど・まりか)さん(2025年6月から8月にかけて、UNITAR(国連訓練調査研究所)のユース・アンバサダー・プログラムに参加し、平和教育、核軍縮、被爆者の証言といったテーマについて、同世代の参加者や講師、活動家の方々と交流した)
「このプログラムへの参加は、私の世界の見方に大きな影響を与え、将来の進路や選択を通じて、自分自身も行動を起こしていきたいと考えるきっかけになりました。 平和教育の問題に直接関わる仕事ではありませんが、私は将来、看護師になることを目指しています。人々を助け、支えることで、一人ひとりが自分の心の中に平和を見いだせるようにしたいと考えています。 私は、そのような心の平和こそが、今日も世界各地で続いている紛争につながりかねない、人と人との争いを防ぐための第一歩だと思っています。 」
キム・バンソクさん(大阪・関西万博の国連パビリオンで半年間アテンダントとして活動し、現在韓国で民間企業に勤務)
「正直に言うと、最初は国連と国際協力について、ほとんど知識も関心もありませんでした。 また、当時は日本語にも自信がなかったため、最初は国連の皆さんが作ってくださったスクリプトを、一生懸命覚えることから始まりました。 しかし、さまざまな国連機関の活動を学び、来場者の方々に紹介していくうちに、いつの間にか自分の考え方も少しずつ変わっていきました。 世界には、私が知らなかった課題がたくさんあり、支援を必要としている人々がいること。 そして、国や文化の違いを超えて、人々が協力することの大切さを学びました。 最初は覚えた言葉を伝えるだけで精一杯でしたが、いつの間にか、その活動の意味を、自分自身の言葉で伝えたいと思うようになりました。 振り返ってみると、私は展示を説明する立場でしたが、実は、私自身が一番多くのことを学んだのかもしれません。 韓国に戻った今も、世界のニュースを見るとき、以前とは少し違う視点で考えるようになりました。」
根本所長が内覧会の挨拶で触れたように、国連憲章の前文が「We the peoples(われら人民)」という言葉から始まることは、国連は世界の人々のために存在し、同時に人々自身によって支えられる組織でもあることを物語っています。

食品の安全を守る国際的なルールづくり、若い世代の発明への挑戦、難民の教育と自立支援 ― 登壇した3人の異なる経験を通じて、国連が遠い国際政治の世界だけではなく、私たち一人ひとりの暮らしや未来に深く関わっていることが共有されました。

私たちが日々触れる国連に関するニュースは、大国の利害が対立するウクライナやガザ、中東の紛争について安保理が有効な対応を取れないことに集中しがちです。そのことが、人道・開発支援や技術的なルールづくりといった国連の多岐にわたる活動を見えにくくしています。安保理は国連の重要な主要機関ではあるものの、安保理は国連とイコールではなく、国連は安保理とイコールではありません。今回の写真展は日頃ニュースでは語られない側面から国連の活動を理解してもらうきっかけになればと、制作に携わった担当者として強く願っています。

写真展は、東京・渋谷の国連大学での展示を皮切りに全国各地を巡回することになっています。日本中の多くの方々にとって、身近な人々の物語から国連の活動を捉え直し、国際協力の意義と私たち自身が国連を支えることの大切さを考える機会となることを願っています。














































