国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

「国際青少年デー」に考える、循環型社会の構築に向けてなぜ若者の声が必要なのか?

8月12日の「国際青少年デー」にあわせて、国連広報センターの元インターンで、現在合作株式会社 企業連携を担当している藤田香澄さんが、リサイクル率日本一の鹿児島県大崎町から、循環型社会の構築にに向けてなぜ若者の声が必要不可欠なのかを紹介します。

略歴1995年長野県安曇野市生まれ。南太平洋の島国ツバル、キリバス、フィジーで幼少期を過ごし12歳で帰国。早稲田大学国際教養学部で国際関係を学んだ後、東京大学公共政策大学院で外交政策、地域政策、行政学等を学ぶ。卒業後は鎌倉にある面白法人カヤックというITの会社に就職をし、地域通貨サービスなどの企画・導入を担当する。地域と関わるうちに自分もプレーヤーになりたい気持ちと、兼ねてから興味のあった環境問題に関わる仕事がしたい気持ちが高まり、2021年4月にリサイクル率日本一の鹿児島県大崎町へ移住。現在は合作株式会社で企業連携担当として、大崎町のリサイクルの取り組みをベースに他の自治体の資源循環率を上げるプロジェクトなどを進めている。(中央が筆者 ©︎ Misaki Tachibana

 

世界全体の資源循環率はわずか9.1%と言われており、地球では多くの資源が止まることなく採掘されています*1

私は今、鹿児島県大崎町という人口12,000人程の小さな町に住んでいます。大崎町は養殖うなぎ、ブロイラー(鶏肉)、パッションフルーツ、マンゴーをはじめとする様々な農産品の生産が盛んで、地域資源に溢れるとても豊かな町です。

鹿児島県大崎町の風景 © Kohei Shikama

 

そして大崎町は、ごみのリサイクル率日本一の町でもあります。リサイクル率が全国平均20.0%のところ、大崎町では83.1%を達成しています*2もともと、焼却処理施設が無い大崎町では、最終処分場の延命化を図るために、20年ほど前から住民・行政・民間の連携によるごみの分別とリサイクルに取り組んでいます。

 

「リサイクル率」と冒頭に記載した「資源循環率」とは定義が異なりますが、資源循環率を上げるためには、まずは廃棄物をしっかりと回収し適切にリサイクルを行うことが重要です。資源循環率を高め、国連が目指す持続可能な社会を実現するための重要なヒントがたくさんあるのではないかと思い、私は大崎町に来ました。大崎町の取り組みを是非動画でご覧いただければと思います。

 

youtu.be

 

私が環境問題に興味を持ったきっかけ

私がごみ問題などの環境課題を意識するようになったきっかけは、気候変動による海面上昇の影響で沈みゆくと言われているツバルをはじめとする、太平洋の島国で幼少期を過ごしたことにあります。

ツバルでの幼少期 ©︎ Kasumi Fujita

 

その後、国際的な枠組みで環境課題を解決することに興味があり、大学時代は国連広報センターでもインターンをしていました。当時書かせていただいたツバルに関する記事はこちらです。

 

そして今、途上国のごみ問題解決には、大崎町の分別リサイクルの仕組みが有効的ではないかと考え、他の自治体や海外でも大崎リサイクルシステムを実践できるプロジェクトを進めています。

 

なぜ青少年が声を上げることが重要なのか

さて、「国連青少年デー」である8月12日は、若者の声やユースにまつわる社会課題に、より着目してもらう日として国連が制定しています。気候変動や環境問題の解決に向けて、なぜ若者の声に耳を傾けることが重要なのか、私も少し考えてみました。

 

私たちは世代ごとに異なる当たり前を生きてきており、今の若者が持つ価値観は環境問題の解決にとって無くてはならないものだと感じています。

 

例えば、廃棄物処理に関する歴史を振り返ると、それぞれが異なる当たり前の中で生きてきたことが良くわかります。今の50代〜70代の方々は、1960年代〜70年代の高度経済成長に伴う「公害」を経験しています。1970年代からは廃棄物の適正処理の推進が図られ、焼却処理施設建設などに対して国の補助金が充てられるようになりました。それ以降、日本において廃棄物は、焼却処理をすることが前提となっています。今の20代後半〜40代の方々は、1980年代〜2000年代の消費増大を経験した世代です。廃棄物の増加と最終処分場の不足及び残余年数の逼迫が顕著となりました。最終処分場が埋まってしまう危機感から、1990年代に入ると、ごみの排出量そのものの抑制に向けてリサイクルなどの3Rの推進が図られました。

 

1995年になると容器包装リサイクル法が制定され、リサイクル可能な品目数が少しずつ増えていきます。大崎町でも1998年頃から分別が始まりました。これ以降に生まれた子どもたちはリサイクルが当たり前という意味で、大崎町では「リサイクルネイティブ」とも呼んでいます。

大崎町のリサイクルの取り組みも、最終処分場の延命化を目的として始まった
© Kohei Shikama

 

そして今の10〜20代前半は、学校のカリキュラムにSDGs関連の探究学習が組み込まれ、サーキュラーエコノミーに関する施設が街中に存在するような、環境配慮型行動が当たり前の時代を生きています。

 

異なる当たり前を生きてきたそれぞれの世代は、「心地よい」と感じること、「馴染み深い」と思うこと、「良い」「悪い」と思うことが少しずつ異なるはずです。

 

地球温暖化や気候変動が紛れもない事実となっている今、環境配慮型行動を当たり前のように実践する若い世代の参画を促したり、意見に耳を傾けたりすることは必要不可欠ではないでしょうか?

 

国連事務局が定義する「ユース」とは15歳から24歳までの人々で、世界で18億人以上にのぼるそうです。日本ではどこの自治体でも高齢化率が非常に高いですが、大崎町が生ごみ堆肥化の技術協力を行っているインドネシアの平均年齢は29歳です。日本と周辺国との人口構造の違いや若い世代が持つエネルギー量の違いに改めて驚かされます。

 

大崎町は若者が少なくなってはいますが、その一方で、リサイクル率日本一の町の責務として、世界の循環型社会をつくることを目指しています。他の地域より少し早く世界の未来を実践している大崎町に暮らす若者として、世界の資源循環率を上げて持続可能な社会をつくるために、これからも声を上げ続けていきたいと思います。

大崎町の分別は資源循環だけでなく、地域のコミュニティ形成にも繋がっている
© Kohei Shikama

*1:平成30年度、蘭サーキュラーエコノミー推進シンクタンクCircle Economy発表

*2:令和2年度時点、環境省発表

SDGsを伝える仕事(4)―「1.5℃の約束」キャンペーンが始動(国連広報センター 根本かおる所長)

コミュニケーションの側面から「持続可能な開発目標(SDGs)」を日本社会に普及させるための試みについて、このブログ・シリーズで書いてきたが、今回はメディアとの連携について取り上げたい。

 

SDGsに対する認知向上に新たな弾みをつけるためのイニシアティブとして、国連は2018年9月 、国連とメディアとの協力の枠組み「SDG メディア・コンパクト」を立ち上げた。30社以上の創設メンバーには、日本から朝日新聞日刊工業新聞日本テレビの3社が参画した。この枠組みを作った背景には、野心的で高みを目指したSDGsは、加盟国政府や国連だけではおよそ達成することが難しく、企業・自治体・NPO・個人など様々なレベルのステークホルダーを巻き込むにはメディアの力が欠かせないという狙いがあった。

SDG メディア・コンパクトの重要性について話すグテーレス国連事務総長

 

発足からおよそ3年半で、2022年6月9日現在、SDGメディア・コンパクトの世界の加盟メディア数は279で、そのうち日本のメディアは170とおよそ6割を占め、大きな存在感を示すに至っている。メディアによっては多年度にわたる全社を挙げた本格的なSDGsキャンペーンを展開するなど、メディアを通じた発信が一段と増えたことがSDGsの認知度の向上に大きく貢献していることは、2022年4月に発表された電通第5回「SDGsに関する生活者調査」からも浮き彫りになっている。

SDGsの認知経路(前回調査比較)出典:電通 第5回「SDGsに関する生活者調査」概要

 

日本でメディアとの連携のネットワークがここまで拡がったことを受けて、国連広報センターでは、加速度的に深刻化して人類を脅かしている「気候変動」に歯止めをかけるためのキャンペーンを行いたいと考えた。気候危機は私たちが適応できるスピードをはるかに上回るスピードで進行し、深刻になってしまい、今対策を取らなければ手遅れになり、後世に大きな禍根を残しかねない。気候変動を含む「プラネット」の課題は、SDGsの13・14・15番目のゴールという環境関連の個別目標にとどまらず、全ての17の目標を支える礎だ。土台が揺らぐと、社会も、経済も成り立たなくなる。

2022年1月から2月にかけてマダガスカルを襲った度重なるサイクロンによる洪水被害の様子。気候危機は異常気象の頻度と深刻さに拍車をかけている。© UNICEF/Rindra Ramasomanana

 

2021年11月に英国・グラスゴーで開催された「気候変動枠組条約 第26回締約国会合(COP26)」で、国際社会は 「世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1.5℃に抑える」という新たな決意を表明した。2015年に採択された「パリ協定」では、目標は2℃に抑えることであり、1.5℃は努力目標だったのが、COP26を受けて1.5℃が事実上の目標になったと言えるだろう。そのためには世界のCO2排出量を2030年までにほぼ半分に減らし、2050年ごろに実質ゼロに、そしてメタンなどその他の温室効果ガスも大幅に削減させる必要がある。これまでと同じ程度の取り組みを、できる範囲でやっていればどうにかなる。 そのようなことは、もう言っていられないのだ。

COP26の閉幕を宣言するアロック・シャルマ議長とパトリシア・エスピノーサUNFCCC事務局長 © UNFCCC/Kiara Worth

 

気温上昇は、猛暑・豪雨・干ばつなどの異常気象、生物多様性の喪失、食料不足、健康被害、貧困、強制移住など、 私たちの暮らしに様々な影響をもたらしている。毎年のように大型台風や土砂崩れなどの自然災害に見舞われる日本も例外ではない。ドイツのNGO「ジャーマン・ウォッチ」が発表している「Global Climate Risk Index」によると、日本は2018年で世界1位、2019年で4位となっており、世界でも有数の気候による被害を受けやすい国だ。しかしながら、2021年11月時点での各国の温室効果ガス削減目標を足し合わせても、世界の排出量は減るどころか、2030年に14%近く増加する見通しだ。

IPCC1.5℃特別報告書の各シナリオ(青帯)とNDCの実施に伴う世界の排出量(赤帯)の比較 
出典:公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)第1回グローバル・ストックテイク(GST)技術的評価に向けた『各国目標(NDC)の効果と進捗に関する統合報告書』
(転載許可を得て掲載しています。© 2021 IGES)

 

世界の平均気温はすでに1.1℃上昇しており、今後の上昇幅を0.4℃に抑えるためには、個人も含め、あらゆる担い手が気候変動対策のためのアクションを実践して社会システムを大きく変革することが急務となっている。「気候変動に関する政府間パネルIPCC)」のプリヤダルシ・シュクラ第3作業部会共同議長は2022年4月の報告書発表にあたり、「私たちの生活様式と行動の変化を可能にするための正しい政策、インフラ、テクノロジーを導入することで、2050年までに温室効果ガス排出量を40-70%削減することができる。これは、未着手の大きな可能性をもたらすものだ。エビデンスによれば、こうした生活様式の変化によって、私たちの健康と福祉を増進することも可能だ」と述べている。私たちの暮らしと美しい地球を将来につないでいくためには、政策、インフラ、テクノロジーを通じて私たちの行動変容に結び付けられるかが、まさに大きなカギとなる。

IPCCのプリヤダルシ・シュクラ第3作業部会共同議長 © IPCC

 

温室効果ガスの国別排出量で世界第5位の日本でも、2020年秋に当時の菅義偉首相が2050年までの排出量実質ゼロという日本の削減目標を表明して以来、ゼロ・エミッションや脱炭素という言葉が浸透してきてはいる。2021年4月には、2030年までに2013年比で46パーセント削減、さらに50パーセントの高みを目指すとも表明している。しかし、自らのアクションが求められることとしての「自分事化」が十分に社会に浸透しているかというと、まだまだだろう。

2021年10月に閣議決定された「地球温暖化対策計画」について 環境省ホームページ https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/topics/20211028-topic-15.html より

 

日本政府が2021年秋に5年ぶりに改定した「地球温暖化対策計画」では、エネルギー由来の二酸化炭素排出量について、家庭部門で2013年度比66パーセント削減という目標を掲げている。家庭でのエネルギー源の選択や節電をはじめ個人レベルでできる気候アクションや、建築物の省エネ化など業界を挙げて推進すべき施策を推進していかなければならない。このような危機意識を幅広く共有するためには、今こそメディアの力を通じて日本で気候アクションを幅広く呼び掛けていくことが必要だ、と思ったのだ。もちろん個々のメディアでは気候変動に関する報道はすでにあるものの、SDGs推進に賛同してくださった、異なる視聴者・読者層を持つ様々なメディアが力を合わせて、キャンペーンとして量そして質ともに、気候変動について理解を深め、危機感を自分事化してもらい、対策としてのアクションを訴える報道が大切だろう。

個人でできる10の行動 | 国連広報センター

節電はもちろん、日々の食生活や移動手段、家庭のエネルギー源や買い物の選び方を変えるなど、個人レベルでも気候危機に立ち向かう方法があることを、社会に広く伝える必要がある。

 

ここは是非SDGメディアコンパクトの加盟メディアに連携してもらいたいとの「願望」を抱き、2022年初めから国連広報センターのチーム内および米国・ニューヨークの国連本部と議論を始めた。というのも、このように国レベルにおいてSDGメディア・コンパクト加盟メディアに対して共同キャンペーンを提案するのは、世界で初めてのことだったからだ。幸い国連本部からは、先駆的な試みを支援するとの返事をもらうことができた。

 

この日本発・世界初のプロジェクトをサポートしてくださったのが、2016年初めにSDGsのゴールとアイコンの日本語化で協力してくださった博報堂の方々だった。同社の「クリエイティブ・ボランティア」という、コピーライター、デザイナー、PRプラナー、ストラテジックプラナーが社会課題の解決に向けて貢献するという制度を通じての協力だ。博報堂チームの皆さんとともに練ったたたき台をSDGメディア・コンパクト加盟メディアの方々に「私たちと一緒にキャンペーンに加わっていただきたい」と説明し、コメント・要望・質問を受け付け、それに対応し、素案をキャッチボールしながら計画を練っていった。また、SDGメディア・コンパクト関係者に気候危機の現在地をより深く知っていただくための勉強会も始めた。

 

こうして紡ぎ上げられた「1.5℃の約束」キャンペーンは、第1次締切までに参加表明してくださった108社のSDGメディア・コンパクト加盟メディアの方々とともに6月17日、スタートを切ることができた。キャンペーンの船出に向けた決意表明とも言える共同ステートメントは、「私たちははじめます。世の中の価値観を、行動を、社会の仕組みを変える新しい取り組みを、連携しながら。メディアが持つ言葉・声・音・画像・映像・ネットワーク、使えるものを全部使って。メディアだからできることが、メディアがまだやっていないことが、きっとまだまだあるはずだから。」とメディアだからこその可能性に力を込めている。

気候危機対策への思いが詰まったキャンペーンがいよいよ始動。

キャンペーンの参加メディアは今後も受け付けていく。番組や編集コンテンツ、自社のウェブサイトやSNS、イベント等の発信の場を通じて、気候変動の現状を伝えるとともに、対策を拡大、加速するためのアクションなどを提案し、個人や組織に「1.5℃の約束」を自分事化してもらうことを目指す。さらに、メディア企業としての自社の気候アクションの取り組みも強化することが期待される。

 

キャンペーンは発表とともに始動したが、各国首脳や世界のリーダーたちがニューヨークに集結する第77回国連総会ハイレベルウィーク初日の2022年9月19日(月)から、エジプトのシャルム・エル・シェイク で開催される気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)の最終日(予定)である2022年11月18日(金)までの2か月間をキャンペーン強化期間として、情報発信をプッシュしていく。

 

このキャンペーンを機会に、幅広い多くの方々に、気候危機について理解を深め、変化につなげることのできる担い手として気候アクションを実践してもらいたい。そしてその声を、政策の転換につなげて欲しい。

COP26閉幕の様子。この会議を機に、平均気温の上昇を1.5℃に抑えるための新たなコミットメントが各国に求められている。© UN News/Laura Quiñones

国連平和維持活動強化のためのパートナーシップに思う

1992年6月15日の国際平和協力法(PKO法)制定からの30周年を前に、国連オペレーション支援局(DOS)上席企画官の伊東孝一さんが、平和維持活動におけるパートナーシップの重要性と、日本に求められるリーダーシップについて紹介します。

【略歴】国連三角パートナーシップ・プログラム(TPP)マネージャー・上席企画官。東京外国語大学卒、ロングアイランド大学大学院修士。富士銀行、国連日本政府代表部勤務を経て、2002年度JPO合格。2003年、国連開発計画(UNDP)コソボ事務所にて安全保障部門改革担当後、2004年より国連政治局(現、国連政治・平和構築局)で北東アジア担当。2006年、国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)政務官、2008年より東ティモール担当事務総長特別代表付き特別補佐官。2012年、国連フィールド支援担当事務次長特別補佐官。2018年、国連オペレーション支援局(DOS)上席企画官。2020年より、現職。 ©︎Takakazu Ito

 

国連平和維持活動の意義

ロシアによるウクライナ侵攻を機に、国連安全保障理事会に対する批判が、国連平和維持活動(PKO)や人道支援、さらには人権から開発といった非常に多岐に渡る活動を行う国連全体への批判へと繋がってしまっている。

しかしながら、国連PKOは、これまで70年以上に渡り、多くの脆弱な停戦状態にある国や紛争再発の恐れの高い国に設立され、それらの国々が紛争を脱し、持続可能な平和への道を歩みだす手助けをしてきた。日本も、自衛隊の部隊派遣や国連邦人職員らを含む人的貢献、多大な財政貢献などを通じて、大きな役割を果たしてきた。

カンボジアアンゴラクロアチア東ティモールシエラレオネエルサルバドルグアテマラコートジボワールリベリアといった国々は、いずれも国連PKOを「卒業」し、平和裏に国づくりを行っている。

2021年にUNMISS(南スーダンでのPKOミッション)で任務にあたるピースキーパー
UN Photo/Gregorio Cunha

 

2018年には、このような成果を上げてきた国連PKOをさらに強化し、新たな課題や脅威に対処することを可能にするため、国連事務局主導の改革イニシアチブ「PKOのための行動 [Action for Peacekeeping (A4P)]」が開始された。その重点分野の一つが様々なパートナーとの協力強化、すなわち「パートナーシップ」である。

PKO要員の能力構築パートナーシップ事業では、日本をはじめとする国連加盟国が国連のパートナー国としてPKO要員の訓練に貢献している。また、国連は、アフリカ連合AU)やその他の地域機関とも連携を強化し、能力構築事業にも取り組んでいる。これらのパートナーシップ事業の重要性が、近年頻繁に指摘されるようになってきている。

つい先日も、国連事務局は、「平和維持活動は多様なパートナーとの協力なしには成功しない」と強調し、国連平和維持要員の国際デー(5月29日)の2022年のテーマに、「パートナーシップ」を選んでいる。

日本の国際平和協力法制定30周年の節目にあたる機会をとらえ、私が携わってきた「三角パートナーシップ・プログラム [Triangular Partnership Programme (TPP)]」と、「アフリカ連合-国連 知識・技術交換プログラム [African Union-United Nations Knowledge and Expertise Exchange Programme (AU-UN KEEP)]」を紹介した上で、このようなパートナーシップ事業などを通し、日本が今後もPKO分野で強いリーダーシップを発揮していくことの重要性について述べたい。

 

国連三角パートナーシップ・プログラム

三角パートナーシップ・プログラム(TPP)は、国連事務局最大のPKO要員(ピースキーパー)能力構築事業である。2015年に東アフリカで開始した同プログラムは、その後アフリカやアジア周辺地域に対象を拡大し、これまでにPKO要員派遣国の7,000人以上のピースキーパーに対し、施設・医療・情報通信分野での訓練を実施してきた。この結果、多くの練度の高い修了生が、MINUSMA(マリ)、MONUSCO(コンゴ民主共和国)、UNIFIL(レバノン)、UNMISS(南スーダン)といった国連PKOミッションのみならず、AUの平和活動ミッションであるAMISOM(ソマリア)にも派遣され、平和活動で活躍している。

2021年以降は、コロナ禍での多くの制約や新たな課題に対処するための工夫も行い、TPPの枠組みの下、PKOミッションにおける遠隔医療プロジェクトや、施設・医療・情報通信分野のリモート訓練及び対面と組み合わせたハイブリッド型訓練を開発・実施している。

2022年、ケニアでアフリカのピースキーパーを対象に実施した国連TPP施設訓練での陸上事態の教官による重機操作教育の風景 ©︎Takakazu Ito

 

私が、TPPの企画を立案したのは、2014年であった。2000年以降、武器使用も伴う「文民の保護」を主たる任務の一つとする大型のPKOミッションが増加し、より危険度が増したPKOからの先進国離れが起きていた。そこで、国連の総合調整の下、部隊派遣が困難になった先進国や新興国が、PKO要員派遣国の主な構成国となった開発途上国の要員・部隊を訓練するという新しい形のPKO貢献として、TPPを考案したのだった。 

いくつかの国に働きかけたところ、同年にニューヨークの国連本部で開催されたPKOサミットで日本が一早く支援を表明し、TPPが発足した。日本は、これまでTPPに合計83億円もの資金を拠出し、2022年5月末時点で、延べ266名の陸上自衛隊の教官・通訳や内閣府国際平和協力本部事務局の連絡調整要員を、施設・医療訓練に派遣してきた。また、日本は、国連本部のTPP担当チームにも、発足当初より防衛省職員を派遣しており、2022年5月末時点で、合計4名が国連職員として同プログラムに携わってきた。

TPPのパートナー国は、順調に増えてきている。日本の他、スイス、ブラジル、モロッコイスラエル、インド、カナダ、デンマーク、フランス、オーストラリアをはじめとする多くの国が、教官の派遣や財政支援を行っており、ケニアウガンダ、モロッコ、ブラジル、ベトナムなどが、ホスト国として訓練施設を提供している。2021年12月に韓国・ソウルで行われたPKO閣僚級会合後には、韓国も新たなパートナーとして財政支援を行い、来年からは、教官団も派遣することとなっている。今後もTPPパートナー国のさらなる拡大に努め、平和維持能力の向上に貢献していきたい。

2022年、遠隔で行った国連野外衛生補助員コース開講式(左上が筆者) ©︎Takakazu Ito

 

アフリカ連合-国連 知識・専門技術交換プログラム

アフリカ連合-国連 知識・専門技術交換プログラム(AU-UN KEEP)は、2016年に、当時の国連フィールド支援担当事務次長が、当時のAU副事務総長から、PKOミッション管理のノウハウをAU事務局職員に共有してほしいとの要請を受け、始まったものである。

いまだに国連PKOには9万人近くの要員が展開しているが、実は2014年以降、新しいPKOミッションは設立されていない。AUをはじめとした地域機関・準地域機関やアフリカ諸国が、アフリカにおける紛争の解決や平和の維持に、より大きな役割を果たしていくことへの国際社会の期待は高い。そこで、AUが、より主体的に平和活動を行えるよう、AU職員の能力構築を支援していくことが必要になってきていた。

2016年から2018年の3年間の試行フェーズに、AUと国連はこのプログラムの下、PKOミッション管理の分野(情報通信、ロジスティクス、人材・財務管理など)で、9名の3か月もの長期人事交流を実施しており、AU・国連の実務者間でPKOミッションの管理・運用の知識、成功事例、教訓の共有を行っている。 人事交流に係る費用(各々の職員の渡航費、3ヶ月の出張費など)は、AU・国連各々が負担している。

2018年に、私は国連側で本プログラムを企画した責任者として、現地に赴きAU副事務総長と面会した。副事務総長に、本プログラムの意義と成果について説明し、AU-国連として、本プログラムを両組織の正規プログラムとして継続していくことの了解を得られた。

2018年、アフリカ連合のKwesi Quartey副事務総長(当時)とAU-UN KEEPについて面会 ©︎Takakazu Ito

 

TPP同様、AU-UN KEEP も、2021年以降は、コロナ禍の制約に対処するため、様々な工夫を行っている。職員の長期出張を伴う人事交流モデルから、リモートやオンラインでの相互能力構築・情報交換モデルへと切り替え、現在、サプライチェーン管理、財務管理、報告業務といった分野で、AU―国連の実務者間で、遠隔学習や情報交換を行っており、AU―国連の実務者間の協力ネットワークを構築している。

今後、AUと国連のミッションが、同一国・地域で、同時期に活動を行ったり、任務を分担したり、またAU-国連間で活動を引き継いだりする際に、このようなプログラムの重要性は益々高まっていくと思われる。

 

日本への今後の期待

ロシアによるウクライナ侵攻が、世界の安全保障・食料・エネルギー・経済に与えている影響が改めて私たちに突き付けているのは、一部の国や地域での紛争が、如何に世界中の国々に影響を及ぼしうるかということである。今、現在も、マリ、中央アフリカコンゴ民主共和国南スーダンといった国々で、ピースキーパーが平和維持・平和構築にあたっていることが、日本を含む多くの国の平和に繋がっている。私は、日本が、今後も、PKO分野でのリーダーシップ発揮を含め、世界の平和と安全の維持に貢献し続けていくことが、極めて重要だと思う。

MINUSTAH(ハイチでのPKOミッション)で貢献した日本人のピースキーパーたち
UN Photo/Logan Abassi

 

残念ながら、今後も、PKOの前線では、ピースキーパーが敵対行為で襲撃される恐れのある治安面でのリスクの高い環境が続くと想定されている。そのような中で、アフリカやアジアのPKO要員派遣国に、大部隊派遣を頼る状況が続くであろう。また、国連だけではなく、AUやアフリカ諸国が、アフリカにおける平和活動で、より積極的な役割を果たしていくことへの期待も益々高まっていくであろう。

PKO要員派遣国側には、純粋に国連PKOを通じ国際平和に寄与したいという国もあれば、大部隊を派遣し、それに伴う償還金を得ることで自国の大きな軍隊を維持したいという国もあるかもしれない。また、これらの要員派遣国の多くは、日本のように複雑、かつ厳しい武器使用の制限もない。このように「量」での貢献を行う国がある一方で、日本に期待されているのは、強いリーダーシップの発揮による「質」でのPKO貢献である。

2017年のUNMISS(南スーダン)からの自衛隊施設部隊撤収後、日本がPKOに部隊派遣をしていないことに注目が集まりがちである。しかし、陸上自衛隊は、2015年以降、TPPを通して、他国のピースキーパーの能力構築でリーダーシップを発揮してきた。

2020年、ベトナムで実施した国連TPP施設訓練閉校式(前列中央が筆者) ©︎Takakazu Ito

 

PKOの能力構築分野における日本の更なる貢献について、国際社会、国連事務局幹部、PKO要員派遣国の期待は高い。TPP新規訓練事業の立ち上げなどで国連事務局と知恵を出し合う知的貢献、現在の陸のみならず、空、海の自衛隊教官団の訓練派遣やTPP担当チームなどへの要員派遣を通じた人的貢献、また、これら活動を実施するにあたり必要となる財政的貢献など、日本には今後もTPPを通じて、同分野での強いリーダーシップを発揮していってほしい。

また、2023年1月より、日本は国連加盟国中最多となる12回目の安保理非常任理事国となるが、現在の分断してしまった安全保障理事会を修復する知恵を出し、今後のより良いPKOの在り方についての議論に貢献してほしい。さらに、米国、中国に次いで第3位のPKO分担金負担国として、より効果的な予算活用についても積極的に提言していくべきだ。日本にはこうしたPKO関連政策全般での貢献も期待しているし、開発途上国が貢献しにくい航空、通信、情報などの分野で高度な技術を持つ少人数の要員のPKO派遣も検討してほしい。

以上のような多岐に渡る分野での強いリーダーシップの発揮は、日本ならではの「質」でのPKO貢献として、国際社会から高く評価され、また感謝されるものと私は考えている。

三角パートナーシップ・プログラム(TPP)の企画、実施、対象地域や分野の拡大には、国連日本政府代表部政務部の歴代のPKO担当外交官や防衛駐在官はじめ多くの方々のご助言、ご支援をいただき、正に「パートナーシップ」を組み、一緒に取り組んできた。最後に、国連平和維持活動における今日までの日本政府の多大なるご貢献に対し、防衛省自衛隊、外務省・国連日本政府代表部、内閣府など関係各位に深甚なる謝辞を述べ、本稿を終えたい。

(本稿は、筆者による見解で、必ずしも国連事務局の見解を示すものではありません。)

SDGsを伝える仕事(3)― 笑いのちからで、SDGsに振り向いてもらう(国連広報センター 根本かおる所長)

前回は、持続可能な開発目標(SDGs)の実施が始まったばかりの2016年初め、幅広い関係者との協議を経て17分野の目標それぞれの日本語のキャッチコピーを作り、発信をスタートさせたばかりの頃のことについて綴った。2016年5月、日本政府に総理大臣を本部長とする全省庁横断的な「SDGs推進本部」が設けられ、12月には「SDGs実施指針」が策定されて政府としての実施の方針が示された。こうして政府側の容れ物はできたものの、世の中への浸透度はまだゼロに等しかった。

 

もちろん第一義的には国連加盟国政府がSDGsの推進の責任を負うものではあるが、極めて野心的な世界目標を政府と国連だけで達成できるものではない。これは自治体・企業・市民社会・教育研究機関・個人などのあらゆるレベルでSDGsの理念を理解し、自分事としてとらえ、2030年に到達すべき高みを目指して効果の高いアクションを拡大してもらわなければならない。まさに「社会運動」を作り出す必要があった。そのためには、まずは知ってもらわなければならないのだが、「SDGs」を「エス・ディー・ジーズ」と読んでもらうこともままならない状況だった。

 

2015年9月にSDGsを含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択された際も、2016年1月1日に実施が始まった時も、「SDGs推進本部」が設立された時も、マスコミに取り上げられることはまずなかった。経済団体にSDGs推進での協力のお願いの挨拶に行ってみたものの、ほとんど相手にしてもらえないこともあった。「このままではおよそSDGsの読み方さえも知られないままで終わってしまいかねない」と大いに焦った。「物事は知られなければ、その存在は無に等しい」を広報する上での持論とする私にとっては、非常にこたえた。

 

そんなピンチに立たされた時に、関西人としてのオープンかつ「出たとこ勝負」的な気質に助けられたかもしれない。夢物語を他人に話していると、時として現実になることがある。以前も国連世界食糧計画(国連WFP)日本事務所で広報官をしていた頃、国連WFPが緊急食糧援助をテーマにしたオンラインゲームを公開した際に、「日本語版の作成に協力してくださる方を探しています」と新聞の取材を受けて語ったところ、日本のゲームメーカーの社長がたまたまその記事を見て協力してくださり、日本語版を作ることができたのだ。SDGsを多くの日本の方々に知ってもらうために、一体何ができるだろうか、という私の妄想が始まった。SDGsの実施が始まって2年目の2017年に入って、少しずつ形になっていった。

 

客観的に考えて、SDGsそのものに大災害や紛争のような切迫感、ニュース性や緊急性はなく、普通にはなかなか振り向いてもらえない。だからこそ今回のSDGsの認知度アップという課題には、意外性、話題性と楽しさが大切だろうと思った。そして、負担感よりもついつい楽しく実践して、もっとやってみようと頑張れるようなアクションを提示することがカギだろう、ともイメージした。

 

そんな時にたまたま吉本興業の関係者と話す機会があり、恐る恐る「国連の広報活動に協力してもらえないだろうか」と相談したところ、ありがたいことに同社の経営層に直訴する機会をいただけた。SDGsが世の中でほとんど知られていない2016年秋のことだ。

 

私は以前、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の職員として難民キャンプでの支援活動を統括する立場にあったが、その際、難民たちがピエロの慰問団のパフォーマンスを見て、支援物資の配布では絶対に見せることのない実に人間的な笑顔で大笑いするのを目の当たりにし、大いに「嫉妬」したことがある。そんなエピソードを紹介しながら、「笑いという非常に人間的かつ普遍的な力で、SDGsという世界目標にみんなで取り組む機運を盛り上げるために協力していただけないだろうか」と体当たりした。「国連 x 吉本」という組み合わせ、意外性には事欠かないだろうと思ったし、同社の「47都道府県住みます芸人」「アジア住みます芸人」という地域振興型の芸人のあり方もSDGsの理念と親和性が高いのでは、とも考えた。

 

嬉しいことに、「Laugh & Peace」・「笑いはひとを寛容にする」という同社の理念・価値観とケミストリーが合い、協力してくださることになった。そこからの猛スピードには、本当に舌を巻いた。同社内にSDGsチームが作られ、チームの方々とのブレインストーミングが早速始まり、そして年が明けて2017年1月、私は東京・新宿の「ルミネtheよしもと」のステージに立った。

 

「まずは社員の間のSDGsへの理解を深めてやる気を持ってもらい、社員からの提案を大切にしたい」との同社の強い希望で、国連広報センター・国連大学 サステナビリティ―高等研究所・JICA・市民社会の代表を講師に、社員に加えて関心のあるよしもと所属の芸人、文化人や俳優、ダンサーらを対象とするSDGs研修会をキックオフ的に開催したのだ。今でこそSDGsについていろいろな場で講演したりマスコミの取材を受けたりしているが、当時はまったく話し慣れておらず、足が震えた。難民キャンプでの経験から「笑いが人を逆境から救う、笑いが人を支える」と実感したことや、「お笑い」の持つ伝播力への期待、「私たち専門家がどんなに話してもなかなか伝わらないことを、芸人さんはわかりやすく面白く伝えることができる」というリスペクトなど、思いを伝えるのに必死だった。勘所が鋭いなと感じたのは、「SDGsに早くから取り組むことは、社会貢献を越えてビジネスチャンスにもつながる」とお話ししたところ、番組制作を担当している社員の方から「SDGsをテーマとした番組づくりについて」の質問がいち早く挙がったことだ。

 

このキックオフ研修会を経て、同社が企画運営している4月の「沖縄国際映画祭」と10月の「京都国際映画祭」という国際色のある大型行事にて、SDGs特別企画を設けて所属タレントの皆さんの協力を得ながら発信を立ち上げよう、という提案を超特急でまとめてくださった。国連広報センター側は「映画祭」も「芸人の皆さんとの仕事」も初めて。経験値がなく、どんなものになるのか、なかなかイメージできない。おっかなびっくりの気持ちも強かったが、とにかく「賽は投げられた」のである。

 

最初の本番である「島ぜんぶでおーきな祭・第9回沖縄国際映画祭」を2ヶ月後に控えて、吉本興業のチームの皆さんは突貫工事で大勢の人気芸人を動員し、SDGs啓発アニメ動画、そして17のゴールごとの芸人の顔スタンプを台紙に集めれば福引で景品が当たるという子ども向けのSDGsスタンプラリーを作ってくださった。エンタメ業界が力を合わせて新しいこと・面白いことにチャレンジしようとする「爆発力」に触れた思いがした。

 

そして、沖縄での映画祭本番。圧巻だったのは、映画祭最終日に那覇国際通りに設けられたレッドカーペットでの生まれて初めての体験だった。西川きよし師匠、そしてアジア6カ国・地域で活躍している「アジア住みます芸人」の方々と一緒にSDGsのプラカードを持ってにぎやかにアピールし、9万1千人を動員した華やかなレッドカーペットを歩く機会をいただいた。老若男女、あらゆる世代から絶大な人気を誇る西川きよし師匠が通るだけで、歓声が沸き上がった。取材でマイクを向けるテレビの芸能レポーターの方々からも「ところで、師匠が手に持っていらっしゃるプラカードはいったい何ですか?」と自ずと質問がある。強力なアピールにつながっていた。

映画祭最終日に那覇国際通りに設けられたレッドカーペットで西川きよし師匠、そして「アジア住みます芸人」の方々と一緒にSDGsのプラカードを持ってにぎやかにアピールした

 

10月の「京都国際映画祭2017」は、ニューヨークの国連本部の担当者にも訪日して出席してもらい、この新機軸のSDGs推進の取り組みを実際に体感してもらった。この担当者がたまたま日本への留学と日本企業での勤務経験がある人物だったことも、国連本部との連絡調整の円滑化に寄与した。京都でのハイライトは、映画祭という人が集まる機会をとらえて「よしもと祇園花月」で開催された「SDGs-1グランプリ」と「SDGs新喜劇」だった。人気芸人たちがSDGsのゴールを盛り込んだネタでバトルし、吉本新喜劇という独特の笑いの世界にSDGsを反映するという高等戦術。SDGs-1グランプリは参戦する芸人の腕に任されていた一方で、新喜劇の方は筋書きの草稿段階から相談を受け、どのように新喜劇の世界観を大切にしながらSDGsを盛り込んでいけるのか、一緒に悩みながら考えた。

筆者も西川きよし氏やケンドーコバヤシ氏らと「SDGs-1グランプリ」の審査委員を務め、お笑いとSDGsの両面からネタが審査された 写真提供:吉本興業

 

SDGsが目指す世界に共感して全社をあげて笑いの力でSDGs果敢に挑んだことが評価され、吉本興業は2017年12月、日本政府の「第1回 ジャパンSDGsアワード」でパートナーシップ賞を受賞し、翌年の8月には国連本部での会議で事例発表するに至った。

2018年8月にニューヨークの国連本部で開催された「第67回 国連広報局/NGO会議」の場で、吉本興業電通SDGs市民社会ネットワークの方々と一緒に、日本で様々な分野のアクターが連携してSDGsの発信に協働で取り組んでいる事例について発表した © UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

 

私にとっても、同社との連携はその後のエンタメ業界との協働を考える際に大いに参考になった。例えば、国連本部と「きかんしゃトーマス」とのSDGs推進のためのコラボ動画を日本でも展開するとともに、Hello Kittyとの日本でのコラボを国連本部にレベルアップして国連本部とサンリオとの協働を実現することに至ったのだが、これは今後詳述したい。

 

しかし、そう簡単に新しい世界目標の認知は世の中に拡がらない。今でこそ街中でよく見かけるカラフルなSDGsのロゴとアイコンも、この頃は偶然目にすると狂喜乱舞し、スマホで写真を撮って、キャーキャー言いながら同僚や関係者に見せるほどだった。2018年4月に公表された電通第1回「SDGsに関する生活者調査」では、SDGsの認知度は14.8パーセント。調査結果を発表する電通のプレスリリースの見出しは「SDGs の認知度自体は低いが、理解が進めばアクションを起こさせる力がある」と、何とか今後に期待をつなごうと苦心するものだった。このリリースでは、調査結果に対する私のコメントも紹介されている。

 

「認知度は15%程度ですが、SDGsを理解すれば共感しアクションにつながる可能性が調査結果からうかがえました。女性より男性の認知が高いのは、現状ではSDGsがビジネスの文脈で語られることが中心で、まだ暮らしやライフスタイルに浸透していないためかもしれません。SDGsを理解すれば『それに貢献する商品やサービスを選びたい』という人が女性に多いこと、関連する分野で『ボランティア活動やNPO活動に参加・協力をしたい』人が10代に多いことなど、今後についても勇気づけられます!」

 

いやはや、一脈の光明にすがらんとするばかりのコメントだが、2018年以降毎年同様の調査を継続的に行って発表してきた電通チームの方々には、感謝の気持ちでいっぱいだ。国連という組織に長年身を置いて痛感することだが、国連は「金欠」という状況もあり、インパクトを測ることが後回しになりがちだ。この定点観測は、SDGsの浸透に関して「ファクト」を提供するものとして、国連の広報関係者の間でも高く評価されている。SDGsの基本理念でもある「パートナーシップ」に私たちがいかに支えられているかを痛感する。

 

ちなみに、今年4月27日発表の同社の第5回「SDGsに関する生活者調査」では、SDGsの認知度は86パーセントにまで向上した。特に10代の世代がジェンダー平等に取り組むことをはじめとしたSDGsアクションに高いモチベーションを持っていること、そしてSDGsに関心を持つようになったきっかけとして、SDGsアクションの実践のレベルの違いに関わらず、「環境問題への危機感」を挙げる人が一番多いことなど、非常に勇気づけられる結果内容だ。今後の課題は認知拡大から、持続可能な社会に向けたインパクトの大きいアクションの拡大と加速化に移っている。

SDGsの認知率(時系列)出典:電通 第5回「SDGsに関する生活者調査」概要

 

SDGsが世の中でここまで広く知られるようになるには、メディアの関わりが大きかった。次回はメディアとの旅路について綴ることにする。

 

国連本部における国際平和協力の現場から

4月24日の「マルチラテラリズム(多国間主義)と平和のための外交の国際デー」に向けて、国連平和活動局(DPO)軍事部 軍事計画官の新井信裕さんが、国際平和協力分野における多国間協調の実際の現場について紹介します。

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【略歴】2002年防衛大学校卒業。陸上自衛官。2002年に陸上自衛隊入隊以降、施設科部隊や陸上幕僚監部において勤務。2012年には国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)施設幕僚として平和維持活動(PKO)に参加。2019年10月より現職。
(右端が筆者  ©︎ Nobuhiro Arai)

 

はじめに

私は、2019年10月から2022年4月までの約2年半にわたり、国連本部平和活動局軍事部軍事計画官(Military Planning Officer, Office of Military Affairs,  Department of Peace Operations)として国連平和維持活動(国連PKO)の計画等に関する業務を担ってきました。その活動の振り返りをお届けします。 

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軍事部の同僚たちと総会議場にて(右から7番目が筆者) ©︎ Nobuhiro Arai

 

「軍事計画官」の業務とは

現在12の国連PKOミッションが中東・アフリカ等において展開し紛争後の停戦・和平合意等の履行、国家統治を支援、文民保護、人権監視、人道援助活動への支援を実施しながら国際社会の平和と安定へ寄与しています。私は、国連PKOの一つである西アフリカのマリ共和国に展開する国連マリ多面的統合安定化ミッション(MINUSMA)を担任しました。

MINUSMAは、2013年に設立されて約9年を経過しました。紛争後の和平合意の履行支援や国家機能の再建、安定化の支援、また、クーデター後の民政移行支援といったマンデートを有し、現在でも約13,000名に上る軍事要員を擁し、また、年間予算は11億7千万ドルに及ぶ大規模な複合型ミッションであります。

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テロが多発する地域で地元住民の安全確保のためにパトロールを行う国連平和活動要員
UN Photo/Gema Cortes

 

同国では2020年8月以降の数次にわたるクーデター後の民政移行プロセス遅延に係る混乱やテロを含む敵対行為の頻発等による不安定な政治・治安状況が長らく続き、地域機構を含め関係加盟国等の関心や関与は非常に高いものです。さらには、新型コロナウイルス感染症パンデミックにみられるような感染症の脅威もミッションの活動に大きな影響を及ぼしております。こうした複雑な環境において、主としてミッションの軍事門によるマンデート遂行のため必要となる部隊運用コンセプト、派遣部隊に係る編成要求及び部隊行動基準について、国連のスタンダートと流動するフィールドの作戦環境・ニーズを調和させながらこれらを策定しました。

また、フィールドが抱える諸課題を解決するための国連本部事務局、国連加盟国、安全保障理事会及び現地ミッション間で日々交わされる意思疎通や協議・交渉に必要な準備・調整業務に従事しました。その活動の場はニューヨークのみならず、現地ミッションへの出張機会も得ることができました。加盟国は、それぞれの国益を踏まえた国連PKOへの貢献を行いますが、それが必ずしもフィールドのニーズと合致していることはありません。こうした中でフィールドのニーズと加盟国の希望をそれぞれ理解し、それらをうまく繋げ国連本部の場で具現化することが求められます。

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マリへの出張中に、欧州連合マリ訓練ミッション(EUTM)との意見交換も行った
(左端が筆者)©︎ Nobuhiro Arai


平和構築におけるダイナミズム

軍事計画官として、前述の業務に携わっていくことにより、国連PKOに関する現状や課題のトレンド、特に、軍事部門に関する重視課題等について、国連の視点でその全体像への理解が深めることができたと感じています 。具体的には、停戦・和平合意履行支援、国家統治支援、文民保護、人権監視、人道援助活動支援といった幅広い多機能マンデート抱えながらも、その実質的な活動成果を得て出口を見通すことは難しく、また、活動予算等のリソースも限られております。更に、パンデミックやホスト国の不安定な政情・治安状況における平和活動要員の安全確保はマンデートの実効性向上に次いで高い優先課題です。また、平和構築は、紛争の発生や再発のリスクを低減し、平和の持続に必要な条件を整備するための幅広い措置であり、その複雑な息の長い平和活動のダイナミズムを体感しております。

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安全保障理事会軍事参謀委員会での協議にも参加した(左端が筆者) ©︎ Nobuhiro Arai

 

ミッション軍事部門においても国連システム全体や地域機構、地域取決めといった非国連パートナーによる国際協調のもとに、マンデート実効に資する活動を相互に補完したり、また、活動に必要とされる訓練練度向上や装備品提供支援といった部隊の能力構築の措置が執られています。

MINUSMAへのフィールド訪問時、不安定な政情・治安状況により遅々として進まない民政移行選挙準備、不十分な文民保護や基本的社会サービスの状況を把握しました。マンデートに基づきこうした活動を支援するミッションにおいてもインフラ整備は引き続き途上にあり活動基盤は満足なものではありません。安定化からより長期的な平和の定着にはまだまだ一定の時間がかかるものと感じました。

訪問を終えニューヨークへ戻る道中、路上市場から笑顔で手を振ってくれた少女達に会い、また、首都バマコの上空に架かる虹を目にしました。将来への希望の象徴であると印象的でした。これを確かなものとするためあらゆる関係パートナーとの密接な連携が必要であり、この促進に資するような国連本部における業務の重責に改めて身が引き締まった瞬間でした。

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現地で出会った少女達 (左)と バマコ上空に架かる虹(右) ©︎ Nobuhiro Arai

 

国際公務員としての挑戦と多様な人的つながり

国連事務局は、すべての国籍を代表する職員で構成されており、多様性の溢れる勤務環境です。軍事部においては、約60か国から派遣された軍事要員が所属するとともに、担当するMINUSMAへの部隊派遣国は約30か国にわたることから、日々の担当業務を通じ各国の軍・軍人と広く人的関係を形成・維持することができました。

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ニューヨークの事務局における調整会同には、様々な国の出身の様々なキャリアをもった
同僚達が集っている ©︎ Nobuhiro Arai


価値観の基礎となる出身国の国情や宗教・文化的なバッググランドは当然異なるものの、国連事務局に勤務する一つのチームとして業務を遂行していかなければなりません。このため、国連PKOに関する理念や原則、あるいは国際公務員として共通の価値観に基づき、互いを尊重しながら共通の目標に向かって進んでいくことの重要性を感じています。また、いったん職員として採用されたならば、即戦力として当該業務に携わることが求められます。業務におけるコミュニケーションに関しても、口頭によるものから文書に至るまで、相手の主張を理解し、自らの発信内容をいかに明確に伝えるか語学も含め高いスキルが求められており挑戦の毎日です。

   

家族とともに乗越えたパンデミック

派遣間に帯同した家族(妻・子供三人)の存在は、任務を遂行する上で大きな役割を果たしてくれました。遠く離れた多様性あふれる異国の環境に身を置く時はもちろん、任期の大半をパンデミックとともに歩んできた中で家族のありがたさを一層強く実感しました。感染予防を第一に、テレワークへの移行、職場や仕事以外できる限り人との接触を避け、様々な活動への参加を見合わせるといったように、これまで想定できなかった行動様式への急速な転換に先の見えない戸惑いや息苦しさを感じる時もありました。業務遂行においても、多国間やパートナーとの協同連携にあたり、人と人の直接的なコミュニケーションは欠くことのできないものであり当初は難しさを感じました。

他方、同時にこれは家庭環境にも変化をもたらし、家族をより身近な存在にさせました。働く場と居住の場が融合するにつれ、家族の健康と暮らしの安全への意識もより高まり、コロナ禍の逆境を克服し、活力ある日常を取り戻すためにどうすべきか、何ができるのかという正解の無いような問いに向きあう中で、あらためて家族の絆の大きさを実感しております。それは、家族にとってもまた同様であったのだろうと思います。

 

おわりに

国連本部の多様性溢れる現場で様々な実務経験や学び、また、多国籍軍人との人的ネットワークを得ながら国連PKOの質的向上に貢献できたことは貴重な財産となりました。今後も、平和活動の担い手としてチャレンジ精神、必要なキャリアと人脈の更なる構築に努めてまいります。

SDGsを伝える仕事(2)― 心に響く日本語コピーを求めて(国連広報センター 根本かおる所長)

前回のブログ記事では、「誰一人取り残さない」という根本的な理念と「普遍性」、「統合力」という基本姿勢に後押しされて、「持続可能な開発目標(SDGs)」を含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の推進というニューフロンティアに恐る恐る足を踏み出したことを綴った。

 

その後の歩みについて記そうと思ったのだが、まずウクライナ紛争に触れずにはいられない。新型コロナウイルス感染症の世界的大流行が3年目に入り世界が疲弊する中で、ウクライナ危機が起こり、平和があって初めて持続可能な開発があり、その逆も真なりということを浮き彫りにした。

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 UN Photo/Mark Garten 

ウクライナでの戦争に関して報道陣に対するアントニオ・グテーレス国連事務総長発言 (ニューヨーク、2022年3月14日) | 国連広報センター

 

同時に、ウクライナ危機は戦後の国際秩序を揺るがす重大な事態ではあるが、一般的な関心ではウクライナの陰に隠れてしまっているシリア(紛争ぼっ発から12年目)、イエメン(同じく8年目)、ミャンマーエチオピアなどの危機、さらには進行する気候変動という最重要課題を忘れるわけにはいかない。

 

昨年から国連の「気候変動に関する政府間パネルIPCC)」の評価報告書が順次「世界の気候科学の声」として発表されているが、気候危機は思っていた以上に速いスピードで進み、その影響はより広範、より頻繁になっている。ウクライナ危機を受けた燃料価格の高騰は、化石燃料に頼り切ることがいかに国家にとって脆弱かということを浮き彫りにするものだ。さらに、食料価格の高騰も、ウクライナ紛争と同時に、背景には気候変動の影響がある。経済・社会・環境のバランスの取れた開発の舵取りが、平和と安定、そして持続可能な社会のためにいかに大切かをあらためて痛感する。

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FAO.org  の食料価格の高騰を示すグラフ

 

さて、話を戻そう。SDGsの実施が「よーいドン」で世界中で2016年1月1日にスタートした当時、SDGsの「名前」「呼び方」をどうしよう、というところでまず躓いたのだ。

 

サステナブル・ディベロップメント・ゴールズ」という舌を噛みそうな名称からして問題だった。英語圏では、国連と連携してカラフルなSDGsのロゴとゴールごとのアイコンを考案したNGO「Project Everyone」が「The Global Goals for Sustainable Development(通称The Global Goals)と言い換えて啓発ビデオなどを制作していたが、日本語の世界ではThe Global Goalsとしたところで意味が伝わらない。さらに、国連加盟国が正式に採択した言葉はあくまでも「Sustainable Development Goals」であり、日本政府も「持続可能な開発目標」という訳語を使用し始めていた。SDGsというアルファベット3文字にsをつけた略称ももちろん日本では意味不明。「エス・ディー・ジーズ」ではなく、「エス・ディー・ジーエス」と読む人も少なからずいた。

 

それならば、アルファベットの略称を「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)」や「NGO(非政府組織)」のように、「SDGs」というアルファベットのつながりと「エス・ディー・ジーズ」の読み方とをセットで刷り込みを徹底して浸透させる方がいいかもしれない、と腹をくくった。

 

次に直面したのが、SDGsの17のゴールそれぞれのアイコンとともに使われているキャッチフレーズの日本語化の課題だった。オリジナルは英語で作られ、英語に加えフランス語・スペイン語・ロシア語・アラビア語・中国語の6つの国連公用語については国連本部が定訳を決めているが、日本語は公用語ではないため、日本の国連広報センターに任されている。

 

採択当初は英語オリジナルを国連広報センターで日本語に直訳して使っていたのだが、よく練られて作られた英語のコピーも、直訳ではその意図を汲むことができない。かねてから広報発信課題についていろいろとアドバイスしてくださっていた博報堂の方々から「これでは何をすべきなのか、何をして欲しいのか、伝わりにくい」とのコメントをいただいた。これから2030年まで使い続ける大切なキャッチフレーズだ。ここはエネルギーを注いで、単なる翻訳を越えた心に響くメッセージを考えようと思い、専門性を通じて社会課題を解決している「博報堂クリエイティブ・ボランティア」のチームの方々と一緒に乗り出したのだが、いやはや、これがなかなかに大変な作業で、多方面の意見を調整することの難しさを知らされた。

 

SDGsは幅広いコンサルテーションを経て作られたものだからこそ、多くの関係者が当事者意識を持つに至っている。日本語化においても、多くの関係者に準備段階で共有しながら意見を聞き、国連が説明責任を果たしてこそ、できあがったキャッチコピーがその真価を発揮する。「博報堂クリエイティブ・ボランティア」チームのコピーライターの方には、国連広報センターからインプットするとともにそれぞれのゴールの背景資料を読み込んでいただいて、素案を考えていただいた。それを国連諸機関の駐日事務所、市民社会、日本政府関係者、企業関係者などの幅広いアクターとそれぞれコンサルテーションを重ねたのだ。

 

このプロセスで印象に強く残るものとして、ゴール8のキャッチコピーがある。原文は「Decent Work and Economic Growth」だが、日本語では「働きがいも経済成長も」になっている。「Decent Work」は「ディーセント・ワーク」と日本語化されることも多いが、それでは意図することがなかなか伝わらない。それを「も」という助詞を添えて「働きがい」と表して「働きがいも経済成長も」と表現することを、コンサルテーションの結果、国際労働機関(ILO)駐日事務所がOKしてくれた。

 

同様に、ゴール11の「Sustainable Cities and Communities」という無味乾燥なフレーズを「住み続けられるまちづくりを」とメッセージを加味したフレーズにしていただけたことも、「住み続けられる」という言葉がその後の自治体レベルでのSDGs実践の段階でイメージを膨らませ背中を押すことができたのではと思っている。ゴール12の「Responsible Consumption and Production」というこれまでの開発の目標にはおよそ存在しなかった新機軸の目標について「つくる責任 つかう責任」と提案してくださったことで、この課題が他人事ではなく、当事者感溢れる自分事になった。

 

こうして2016年3月2日、「みんなで使える、みんなのためのキャッチコピー」を通じて、日本語版SDGsアイコンを公開するに至った。いま日本のあらゆるSDGs関係者が当たり前のように使用しているSDGsのキャッチフレーズの背景には、このような生みの苦しみがあったと知って欲しい。

 

幸運にも、2016年のG7の議長国は日本。5月のG7伊勢志摩サミットはSDGsの実施が始まってから最初のG7サミットになる。この機会を逃す手はない。そういう気持ちから、SDGsのキャッチコピーの日本語化で協力していただいた「博報堂クリエイティブ・ボランティア」のチームの方々に再びお世話になり、UNICEF親善大使の黒柳徹子さん出演のSDGs公共広告を突貫工事で作っていただいた。

www.youtube.com

 

G7伊勢志摩サミットに向けた市民社会との共同記者会に何とか間に合わせ、会見の中でお披露目するにこぎつけた。非常にシンプルなメッセージを黒柳さんに力強く伝えていただく中で、「エス・ディー・ジーズ」という読み方が際立つ仕上がりの作品で、その後も渋谷のスクランブル交差点の大型スクリーンなどで上映した。

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 渋谷のスクランブル交差点にて上映される黒柳さんのメッセージ © UNIC Tokyo

 

日本政府がG7伊勢志摩サミット直前に、総理大臣を本部長として全ての閣僚が参加する「SDGs推進本部」という会議体を作ったことも大きかった。日本は全省庁横断的なSDGs推進の組織を他国に先駆けていち早く作ったことになる。

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伊勢志摩サミットでのG7及びアウトリーチ招待国首脳の集合写真

 

そして、SDGs推進本部を支える、有識者からなる「SDGs推進円卓会議」がその年の9月に発足し、私も構成員のひとりとして関わってきた。2016年12月には日本政府としての「SDGs実施指針」という基本的な方針が策定された。

 

こうして政府側の「容れ物」は少しずつ形作られていったのだが、世の中の関心はというと、何とも寂しい状況だった。このままではおよそSDGsの読み方さえも知られないままで達成期限の2030年を迎えてしまうだろう。

 

SDGsを社会に浸透させるためのチャレンジについては、今後の回に委ねたい。

 

 

SDGsを伝える仕事(1)― 「誰一人取り残さない」社会への旅路(国連広報センター 根本かおる所長)

この度2021年度の日本PR大賞「パーソン・オブ・ザ・イヤーという賞をいただき、身の引き締まる思いだ。幅広い分野の関係者の方々が、SDGsに真摯に向き合って、熱意をもって取り組んでくださったおかげで、この場をお借りして御礼申し上げたい。授賞理由に「目標年となる 2030 年までの『行動の 10 年』という新たなフェーズに入り、社会の仕組みレベルの変革が急がれる中、根本氏が率いる国連広報センターがSDGsの達成に向けての大きなムーブメントをつくることの期待を込めて」とある。つまり今後への期待に基づく授賞だ。インパクトのある運動のレベルにまで持っていかなければ、と責任の重さを感じている(受賞に際する私のメッセージはこちらのページで3月10日まで公開している)。

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国連本部を訪れる子ども。子どもたちの未来のために、SDGsを推進していきたい  
© UN Photo/Loey Felipe

 

その道のりは厳しいだろうが、アントニオ・グテーレス国連事務総長の信念でもある「ネバー・ギブアップ」の精神で、ブレークスルーの実現へのソーシャル・ムーブメントを起こしていきたい。ゼロ・サム型の思考で社会の亀裂をさらに深めてブレークダウンしてしまうのか、それとも連帯に基づくプラス・サム型の協調でブレークスルーすることができるのか、私たちは今大きな岐路に立たされている。同時に、SDGsの有用性が試されているとも言えるだろう。

 

この機会に、SDGsという小舟に乗って大海原に漕ぎ出した頃に立ち戻って記しておきたい。

 

2016年のSDGsの実施のスタート地点において、不安が無かった訳ではない。SDGsを含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されるまでのプロセスにおいて、日本の市民社会の代表らが国連関係者や日本政府と意見交換しインプットを行う場面に関わる機会はあったものの、2015年9月25日の国連サミットで採択されてから、最初はどう日本で広報対応していけばいいのか考えあぐねた。17分野にわたる目標・169ものターゲットを指して「『きれいごとの羅列』の『理想論』」とする厳しい指摘もあった。

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2030アジェンダとりまとめに至るプロセスでの日本の市民社会との意見交換(2014年)。アミーナ・モハメッド国連事務総長特別顧問(当時・現国連副事務総長)の訪日時に。
筆者も参加 © UNIC Tokyo

 

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SDGs採択前夜、国連本部ビルはプロジェクションマッピングSDGsに染まった 
© UN Photo/Cia Pak

 

国連の広報アウトリーチ活動において、国連としてのグローバルなメッセージをどのようにそれぞれの国や地域の文脈に合わせて浸透させていくかは、多くが現場を司る担当者に任されている。だからこそ、知恵を絞りながら、醍醐味とやりがいを持って発信にあたることができる。野心的な目標を掲げて世界を変革しようという「歴史的な決定」である「2030アジェンダ」には、私たちのやる気に火をつけてくれる特別なメッセージがあった。

 

一つは、2030アジェンダの「誰一人取り残さない」という基本理念だ。

 

「この偉大な共同の旅に乗り出すにあたり、我々は誰も取り残されないことを誓う。人々の尊厳は基本的なものであるとの認識の下に、目標とターゲットがすべての国、すべての人々及び社会のすべての部分で満たされることを望む。そして我々は、最も遅れているところに第一に手を伸ばすべく努力する。」

 

人権に基づく「誰一人取り残さない」という理念は、取り残されがちな人々の存在を最初から考慮したSDGs推進施策を取ることを求めるものだ。過去の途上国の開発理論では、国が豊かになれば、雫がしたたるように、貧しい人々にも豊かさが行き渡ると考えられていたが、現実はそうではないと突きつけられたことが、人権に裏打ちされた包摂性に依拠するSDGsの大原則につながった。

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2015年9月、2030アジェンダを採択した国連総会のSDG Summitで、当時18歳のマララ・ユサフザイ氏ら(中央)193人の若者が、SDGsの実現を政治リーダーに訴えた
© UN Photo/Mark Garten

 

個人的なことだが、私は以前うつを患い、闘病生活を強いられたことがある(詳細は2021年6月のブログ記事を参照)。療養のため赴任先から日本に帰国中に東日本大震災に遭遇したことが、価値観の変化につながった。無理のない自分らしい生き方を模索していた私の背中を押すことになり、その結果、15年間勤務した国連機関を退職した。フリーランスで難民問題などについて「書くこと」を通じて少しずつ社会生活を取り戻していった。言葉を紡ぐことが社会復帰につながったと言っても過言ではない。

 

様々な事情やニーズを抱える人々の存在を最初から認識して仲間に入れようというSDGsの社会包摂の理念は、斜め方向の選択をした自分にとって、心に響くメッセージであり、自分としても大切にしたいと思った。SDGsについて一般の方々を対象に講演しても、一番多くの反響を得たのは、この「誰一人取り残さない」という原則への共感だ。

 

もう一つは、すべての国が取り組む「普遍性」と「統合力」というSDGsの特性だ。「開発」はややもすると、実施責任者としての途上国と実施手段提供者としての先進国という二項対立の構図であり、SDGsの前身のミレニアム開発目標MDGs)もその傾向が強い。しかし、SDGsは先進国・途上国の区別なく、すべての国連加盟国に適用されるのだ。

 

「このアジェンダは前例のない範囲と重要性を持つものである。 このアジェンダは、各国の現実、能力及び発展段階の違いを考慮に入れ、かつ各国の政策 及び優先度を尊重しつつ、すべての国に受け入れられ、すべての国に適用されるものである。これらは、先進国、開発途上国も同様に含む世界全体の普遍的な目標とターゲットである。これらは、統合され不可分のものであり、持続可能な開発の三側面をバランスするものである。」

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2030アジェンダでは、5つのP(People, Prosperity, Planet, Peace, Partnership)が柱になっている © UNIC Tokyo

 

2013年夏から日本で国連を伝える仕事に関わってきて、「国連や国際協力は海外のことが中心で、自分たちや国内課題には関係ない」と人々の心のシャッターが下りてしまうことに厚い壁を感じていたのだが、先進国にも適用されるというSDGsの普遍性がこの壁に風穴を開ける突破口になるのでは、と感じた。さらに、経済・社会・環境の調和と統合は、国連機関ごとに所管分野の「タコつぼ」にとらわれている限り、突破力を発揮し得ないと常々痛感していた立場には、セクショナリズムを打破して結集する上で力強いお墨付きでもある。よし、「誰一人取り残さない」と「普遍性」と「統合力」を格別のソースとして料理していこう ― SDGsの出発点において、そう心に決めたのだった。

 

これを起点とするその後のSDGs発信の「試行錯誤」と「手応え」についても、いずれブログに記していきたい。

 

多くの方々に、SDGsを含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の文書全体を読むことをお勧めする。この序文と宣言にこそ、どんな世界を目指したいのか、という願いとビジョンが打ち出されているからだ。そこには「私たちの共通の旅路」という言葉が出てくる。コミュニケーションに携わる方々には、是非その伝える力で、この「ジャーニー」に向けて人々のやる気に火をつけていただきたい。