国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

「1.5℃の約束」キャンペーン2年目に掛ける思い キーワードは「野心」と「正義」

UN Photo/Mark Garten

「人類は薄氷の上を歩いている。しかもその氷は急速に溶けつつある」

「気候の時限爆弾が時を刻んでいる」

これは今年3月20日、「気候変動に関する政府間パネルIPCC)」が第6次評価報告書の最終章にあたる統合報告書を発表した際に、アントニオ・グテーレス国連事務総長が寄せたメッセージの冒頭の言葉だ。

9年ぶりとなるIPCC統合報告書は「私たちがこの10年に行う選択と行動が数千年にわたり影響を与える」と指摘し、私たちが地球をつないでいけるかどうかの分岐点にあることを示している。

 

2022年、国連広報センターは国連としては世界で初めて、国レベルで多くの「SDGメディア・コンパクト」加盟メディアを動員して、「1.5℃の約束」気候アクションキャンペーンを展開した。なぜ世界の平均気温の上昇を産業革命前から1.5℃に抑える必要があるのか、それが私たちのいのち・暮らし・経済にどう関係するのか、そして私たちに何ができるのか。6月17日から11月18日までタイミングを合わせて、メディア主体のキャンペーンを、業態も規模も様々な146ものSDGメディア・コンパクト加盟メディア有志の力を結集して行うことができた。

画期的な一歩を踏むことができた訳だが、気候変動はそれ以上のスピードで進み、事態はもっと悪化している。3月のIPCC統合報告書は、全人類にとって住みやすく持続可能な未来を確保する機会の「窓」は急速に閉じつつあると強い警鐘を鳴らした。

世界の平均気温は産業革命前よりも既に1.1度上昇。海面上昇のペースは70年代以降加速し、世界の平均海面水位は20世紀初頭と比べて20センチ高くなっている。熱波や豪雨、干ばつといった異常気象も起きやすくなり、複合災害が起きるリスクも高まっている。世界人口の半分に迫る約33億~36億人が高い気候リスクにさらされているが、インフラが整っていない脆弱な途上国ほど、温室効果ガスの排出に加担していないにも関わらず深刻な被害を受ける。気候変動に対する責任が最も少ない人々が、不当にその影響を被っている中、「気候正義」の視点が決定的に重要であることは言うまでもない。10~20年の洪水や干ばつ、暴風雨による死亡率は、影響を非常に受けやすい地域ではインフラが整った豊かな地域に比べて15倍も高かった。

2022年のパキスタンの洪水 娘を抱きかかえる女性 @UNICEF/UN0730486/Bashir

IPCC統合報告書は、排出削減努力の必要性についてこれまで以上に踏み込み、1.5度目標実現への窓を閉ざさないためには、2035年までに温室効果ガスの排出を2019年比で65%削減することを世界に求めている。強い危機感のもと、今後10年で待ったなしで大幅な排出削減が欠かせない。報告書は解決策として、この10年間で大幅、急速かつ持続的な緩和策および適応策を加速すれば、人間や生態系に対して予測される損失と損害が軽減される、として各国の行動を促すとともに、気候変動対策に資金を振り分け、十分な資金を動員すること、国際協力が重要であることを強調している。

さらに、こうした措置が幅広く恩恵をもたらすことも指摘している。恩恵の具体例としては、クリーン・エネルギーやテクノロジーへのアクセスは特に女性と子どもたちの健康を増進するとともに、発電の低炭素化、徒歩や自転車、公共交通機関での移動によって大気環境が改善される。大気の改善だけを取っても、人々の健康増進による経済的恩恵は排出量の削減または回避にかかるコストと同等、あるいはそれを上回る可能性がある、と挙げている。

デンマークの洋上風力発電 @UN Photo/Eskinder Debebe

気候変動を前に、「途方もなく大きな課題」という虚無感や「どうせ何をやっても無駄」という無力感を感じる方も多いかもしれない。しかし、今必要なのは、もう一歩先を見越して、より野心的な行動に対する緊急の必要性を認識し、もし私たちが今すぐに行動を起こせばすべての人々が住み続けられる持続可能な未来を確保できるという可能性への確信だろう。

昨年の「1.5℃の約束」キャンペーンでは、日本中のメディア・パートナーの創造性、リーチ、影響力が活用された。この経験を単年にとどめるのではなく継続してこそ、より強力なインパクトを生むことができる。深刻化する気候危機に対処するための圧力をこれまで以上に強めていく必要があると考え、私たちは2023年も「1.5℃の約束」キャンペーンを継続して推進することを、IPCC統合報告書発表と同じ3月20日に発表して即日実施を開始した。キャンペーン2年目の実施開始から1ケ月で、参加表明は150メディアとなり、昨年の参加総数の146を超え、メディアの間の関心の高さをうかがうことができる。

 

 

今年11月から12月にかけてアラブ首長国連邦UAE)のドバイで開催される気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)は、パリ協定の目的や長期目標と比較して、国際社会全体の温暖化対策の進捗がどの位置にあるのかを、各国の温暖化対策や支援に関する状況やIPCCの最新報告書などの情報を基にして、5年ごとに評価する「グローバル・ストックテイク」を行う。各国はこの点検の結果をもとに、2035年の削減目標をより野心的なものに引き上げることが求められることになる。

この原稿を執筆中の4月21日に国連の世界気象機関(WMO)が発表した世界の気候に関する2022年の年次報告書は、切迫する気候変動の現状をあらためて突きつけた。2022年の世界の平均気温は産業革命前から1.15℃上昇し、1.5℃にさらに近づいている。2015年から2022年までの8年間の世界の平均気温は、冷却効果のあるラニーニャ現象が3年続いたにもかかわらず、観測史上最高を記録した。

 

二酸化炭素やメタンなど温室効果ガスの濃度も上昇し続けた。直近10年間の平均海面水位の年間上昇幅は4.62ミリで、93年から10年間の2倍になっている。スイスの山岳では史上初めて夏の残雪が消えた。気候変動は、私たちを待ってはくれないのだ。

「野心」と「正義」という気候を語るときの2つのキーワードを軸に、「1.5℃の約束」が果たされるよう、待ったなしで人々のアクションをうねりのように呼び起こすことが必要だ。そのためにも、キャンペーン2年目の今年は、信頼のおける気候科学の声がより多くの方々に届くよう、科学コミュニティーとつながりを強めると同時に、私たち同様に深刻化する気候変動に強い問題意識を持っている気象キャスターの方々と協力して、日々の気象コーナーの中で気象現象の背景にある気候課題や気候アクションの選択肢にも踏み込んで伝えていただき、「1.5℃」が家庭での話題になるよう推進したいと思っている。

科学的根拠に基づいて個人レベルでの気候アクションを呼びかける
国連のキャンペーン "ACT NOW"

アントニオ・グテーレス事務総長は、タイムズ誌のCO2 EARTH AWARD受賞に際して「未来の世代は私たちの行動を喜びと感謝の気持ち、それとも失望と怒りの気持ちで振り返るだろうか? 私は、気候変動対策、気候整備、より良く平和な世界のための闘いを決してやめなかったと、私のひ孫の娘に知ってもらいたい」とコメントしている。

それは取りも直さず、私たちの生きるこの時代が後世の歴史の教科書に、気候危機を乗り越えるために連帯を示し、地球をつなぐ選択をすることができた時代として記されるかどうかということでもあるだろう。

 

「1.5℃の約束」キャンペーン2年目継続実施発表にあたって、
根本かおる 国連広報センター所長からのメッセージ

 



子どもたちの作った折り紙のハチドリ 国連水会議へ羽ばたく

UN-WATER

日本や世界中の子どもたちが作った折り紙のハチドリの群れが、アメリカのニューヨークに向けて飛び立ちました。3月22日に始まる国連水会議に”出席”するためです。

古代ペルーの民話では、ハチドリが一滴ずつ水をくみ、山火事を消そうとします。他の動物たちはそれを嘲笑します。すると、この小さな鳥は「私は自分にできることをやっている」と答えます。今年の「世界水の日」 (3 月22日)の呼びかけは、この「ハチドリのしずく」の話に基づいています。    

子どもたちは世界を襲う水危機に対して、「自分自身ができる小さな行動」を折り紙に記した上で、ハチドリを折りました。未来の世代の決意を運ぶこれらのハチドリは、3月22日から24日までの国連水会議 の期間中、国連本部で展示されています。

世界中から届いた折り紙ハチドリが国連総会会議場の訪問者ロビーに展示された
@UN Department of Global Communications

ブラジル、ブルガリア、カナダ、フランス、イタリア、メキシコ、北マケドニアポルトガル、スペイン、スウェーデンブータンポーランド、インド、シンガポールなど、世界各地の子どもたちが折った何千羽もの折り紙のハチドリは、会議の参加者が子どもたちの未来に思いを馳せてくれることを願っています。

スペインの子どもたちが作ったハチドリ  @UN-WATER

国連の統計によると、不適切な水や下水設備、不衛生がもたらす病気により毎年140万人が死亡し、7,400万人が命を縮めています。世界では4人に1人、つまり20億人が安全な飲料水を利用できていません。

アフリカ、ガーナの中学校からは約50羽の折り紙の鳥がニューヨークに向けて飛び立ちました。

ガーナの首都アクラにあるIndependence Avenue 1&2 中学校 @UNIC GHANA

13歳のヤン・デ・フリース・アッサンさんは水危機が彼の「学業に深刻な影響を及ぼしている」と言います。彼の1日は水汲みから始まります。水汲みの長い列に並び順番を待ち、「日課の家事が終わるころには朝の授業は終わっている」と、ヤンさんは嘆きます。

教師のデリック・オフォリさんも「学校で飲料水と手洗い用の水が不足している」と話し、水会議に集まる指導者たちに「複数の水源を供給してほしい」と期待を寄せています。彼は自宅でも、飲み水不足のために、洗面所を磨いたり、手洗いするのに水を使うことをためらってしまうのだと、衛生を保つ難しさを語りました。そうした中でも、貴重な水資源を大切にし、できる行動を取ることを誓いました。

日本からは、約400羽の折り紙ハチドリが国連本部に向けて出発しました。京都の宇治市立西宇治中学校の生徒は、国連のプロジェクトに参加し、世界に向けてメッセージを発信できることに感激し、「世界に大きなうねりを作るのは自分たちの小さな行動だと気づいた」と、その思いを語ってくれました。

京都府の西宇治中学校の生徒たち 提供 宇治市立西宇治中学校

「世界中の人がきれいな水が飲めるようになればいいな」                                            「一人一人ができることをやれば、世の中はもっとよくなっていく」

そんな願いを込めて、ハチドリを送り出しました。

西宇治中学校の生徒たちが作ったハチドリ 提供 宇治市立西宇治中学校

その他にも日本からは、ニコニコ桜保育園、ヒロック初等部岩手県立一関第二高等学校、岩手県立盛岡第三高等学校、曽我Tutti音楽教室の児童、生徒たちが、折り紙ハチドリの制作に参加しました。

保育園から高校まで日本各地で折り紙のハチドリを制作 @UN-WATER

アメリカ、ニューヨークにある学校では、幼稚園から中学生まで全てのクラスが「世界水の日」のワークショップに参加し、折り紙のハチドリにそれぞれの決意を書きました。

@UN News / Grace Barrett

校長は、「幼い頃から水について考えることは非常に重要です。なぜなら、この惑星は彼らのものなのですから」と語りました。

校長のJean-Yves Vesseauさん @UN News / Grace Barrett

この学校でハチドリの人形劇を上演した語り部のルアン・アダムスさんは、たった一人でも正しいことをしていれば、それがいつか団結した大きな力になっていくと語ります。

「小さな生き物がベストを尽くしている姿を見て、他の動物もそれにならって行動を始め、それがさざなみのように広がり、いつか世界を変える巨大なうねりになります」

@UN-WATER

食料需要の増加、エネルギー消費量の上昇、人口増加、都市化などが世界的に進む中で、いかに私たちの命を支える水を守っていくか。国連水会議 は水の危機に向き合い、解決策を議論し、実際の行動へとつなげていく機会となります。私たち一人ひとりにもできる、「節水」、「植物性の食品を食べる」、「川や湖などの清掃に加わる」などの水を守る行動「Water Action」もあります。   

世界中にハチドリの願いのしずくが広がりますように。

@UN-WATER



日本から世界に伝えたいSDGs⑤ 【私たちが何を選ぶかで社会は変わっていく 伝え続ける若き環境活動家】

茨城県笠間市稲田中学校での講演 ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

【略歴】露木しいな 2001年生まれ、神奈川県横浜市出身。高校3年間を「世界一エコな学校」と言われるインドネシアのGreen School Baliで学ぶ。2018年と2019年に国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP24・25)にも参加。現在大学を休学し、日本各地の学校で若者たちに環境問題について講演する活動を続ける。社会問題を1分で学べる動画も配信。

 

世界の優先課題「気候変動」に立ち上がる若者たち

いま気候変動はあらゆる国に影響を及ぼし、その対策は世界の最優先課題となっています。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、「地球はいまだ緊急の治療室にいる」とし、気候危機を深刻化させ、生態系を破壊している、自然に対する「自滅的な戦争」を終わらせなければならないと述べています。

気候変動の影響を切実に受けるのは、ギリギリの生活を強いられている最も脆弱な立場に置かれた人たち、そして未来を担う若い世代です。世界中で若き環境活動家が立ち上がっています。

日本各地で小学校から大学まで若い世代に向けて、環境問題を伝え続ける22歳の露木しいなさんもその一人です。「環境問題は待ってくれない」と、大学を休学し、日本各地200校で30,000人に向けて講演してきました。自分たちの手で変化を起こそうと、行動し続ける露木さん、その道のりと思いを取材しました。

 

大人になるまで待たなくていい 今できることを

去年11月、茨城県笠間市にある稲田中学校の全校生徒約120人を前に、露木さんはいま地球や自然に起こっている問題について講演しました。露木さんはこうした学校での講演を2020年、19歳の時に始めました。

稲田中学校の全校生徒に向けた講演 ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

活動の出発点は、高校3年間を学んだインドネシアGreen School Baliでの経験です。「世界一エコな学校」と呼ばれ、環境問題のリーダーを育てることを理念とし、校舎は竹で作られ、電気は太陽光や水力など自然エネルギーで自給、排泄物は堆肥にするなど、生徒たちは循環するシステムを体感しながら学校生活を送ります。教科書はなく、課外活動など体験から学び、行動することに重点が置かれています。

インドネシアのGreen School Bali  撮影 甲斐昌浩

露木さんは、そこで世界各地から集まった生徒が、環境問題のために行動を起こす姿を目の当たりにしました。10代の姉妹は買い物時のレジ袋をゼロにする団体を立ち上げました。彼女らは、店舗と交渉し、署名活動も行い、最終的に州知事の合意をとりつけ、その地域でのレジ袋の撤廃を実現したのです。そんな仲間の姿に大きな刺激を受けながら、露木さん自身も在学中にCOP24、25 に参加するなど、様々な機会に積極的に出向きました。その経験を、生徒たちにこう伝えました。

Green School Bali のクラスメイトたちと 提供 Zissou

「学校の半分くらいの時間は課外活動でした。行動することに力を入れているので、海洋プラスチックごみについて学ぶとなると、世界で年間800万トンのごみが出ているという情報だけでなく、実際に海に行ってごみ拾いをします。インターネットや教科書の知識にはあてはまらないこともあり、実際に現場を見て何ができるかを考えます。

一番学んだことは、行動したいと思ったら大人になるまで待たなくていいということです。Green School Baliには行動する人たちがたくさんいて、年齢に関係なくできることがあるのだと感じました」

 ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

知ることから始める

露木さんは、50分間の授業の中で、地球温暖化によって洪水や飢餓などの異常気象が世界各地で起きている実例や、生態系の危機、その原因の1つでもある大量消費の社会の現実などを、生徒たちに問いを投げながら話していきます。

人類が自分たちの暮らしのために家畜を増やしたことで、地球上に生息する哺乳類の62%が家畜、34%が人類で、野生動物は4%のみという事実や、世界で必要な食糧援助420万トンよりも多い612万トンの食品が日本で一年間に捨てられていること、世界の衣料品の半分以上が売れずに廃棄処分されていることなどを説明すると、生徒たちには驚きの表情が浮かびました。

©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

待ったなしの環境問題に対し、世界ではスウェーデンの活動家グレタ・トゥーンベリさんのように若い世代が立ち上がっています。露木さんは、COPの現場でグレタさんにも会いました。グレタさんが一人で始めた気候変動への対策を求める抗議行動が、1年後には150か国以上400万人に広がり、いまや700万人が賛同するにいたったことを、生徒たちに伝えました。

露木さんは、日本と世界の行動の差はどこから生まれるのか考えてきました。情報の格差が行動の格差になっているのではと感じ、知ることなしに行動は生まれないのではないかと考えて教育現場での講演活動を始めたのです。

2018年COP24に参加した際にグレタさん(中央)と 提供 露木しいな

人にも環境にも優しい商品とは

持続可能な開発目標(SDGs)のゴール13には「気候変動に具体的な対策を」が掲げられていますが、これはほかのゴールにも密接に関わっています。ゴール12の「つくる責任、買う責任」は、限りある地球資源や環境に配慮し、持続可能な生産や消費を目指します。露木さんは講演活動に加え、地球環境に優しい商品の開発も行っています。自らの挑戦を生徒たちに伝えました。

露木さんはGreen School Baliに留学中、化粧品の研究に打ち込みました。その理由は、2歳年下の妹が肌が弱く、化粧品を買った時に「ナチュラル」と書かれた商品を選んだにも関わらず、が赤く腫れてしまったことでした。原材料や製造の過程など、商品の背景を理解して買うことの大切さを痛感したと言います。

妹が使える安全な化粧品を開発したいという願いから、人にも環境にも優しいコスメブランドを立ち上げました。原材料を明記し、動物性原料は使わず、容器や梱包も含めて、人にも環境にも優しい商品とは何かを追及しています。椿油など、昔から継承される知恵や技術について調査に行くなど、Green School Bali で学んだ”行動”を実践しています。

口紅づくりのワークショップも開催し、これまでにおよそ1000人が参加しました。自らの手で作ることによって、それが何で作られているのか、その材料はどこから来ているのか、などの意識が広がると考えたからです。生徒たちにこう呼びかけました。

「私が思うに一番権力があるのは消費者です。企業は消費者に買ってもらえない商品は作れない。毎日どんなものを買うかの判断、選択が、社会の1つ1つをつくっていくのです」

口紅を手作りするワークショップの様子 提供 露木しいな 

私たちは解決の一部になれる

露木さんは、行動する人を増やし、世の中を変えていきたいという願いから、教育の可能性を信じて、学校などで若者たちに語り続けてきました。講演で生徒たちにどんな社会にしていきたいかを投げかけました。

いま、幸せは”便利”というふうにとらえられている部分もあります。”便利”が悪いわけではないけれど、大量にものが作られ、大量に消費され、大量に破棄されています。日本のGDPは昔より上がっているけれど、幸福度は下がり続けています。

世界では幸福度が高い国と環境先進国はだいたい一致しているんです。幸せは”サステナビリティ(持続可能性)”ととらえることもできるのではないかと思います」

国連広報センターの取材に応える露木さん ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

露木さんが勇気づけられているデータがあります。ハーバード大学の研究では、人口の3.5%が立ち上がれば社会は変わるということが明らかになっています。このことを最後に生徒たちに伝えました。

「3.5%が立ち上がれば、歴史上革命が起きてきたのです。私はそれに希望を感じて活動をしています。人間が原因や問題を作り出している中、自分が原因だと思うと悲しくなりますが、行動によって私たちは解決策にもなれるのです」

露木さんのもとには、これまでに講演を聞いた生徒たちから、「給食のプラスチックストローをやめるよう働きかけた」、「規格外の野菜を農家と一緒に商品開発している」など、”行動”の報告が届いています。それは露木さんにとって一番の喜びです。この日、この日講演を聞いた稲田中学校の生徒たちからもこんな感想が聞かれました。

「行動するのに年齢は関係ないという言葉がすごく心に残りました。年齢に関係なく、自分が解決しようと思うことに力を注いでいい、そうしている人もいるのだと心動かされました。アンテナを張って情報を得ていくべきだなと思いました」

SDGs ボードを掲げる稲田中学校生徒会のみなさん ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

より多くの人に届けるための新たな挑戦

より多くの若者にスピード感を加速して伝えていきたい、いま露木さんは新たな伝え方を模索しています。環境問題をはじめ、持続可能な目標(SDGs)に関連する社会問題を伝えるショート動画の制作を去年から始めました。

動画の撮影に臨む露木さん ©UNIC Tokyo/Mariko Iino

若い世代に見てもらえるよう各テーマを1分にまとめSNSで公開しています。クラウドファンディングで集まった資金をもとに、100本を目指し毎週2本を配信しています。

「1年で200日学校を回り、1日2回話したとしても400校です。学校以外の時間でも見てもらえるようにと動画を作ったのですが、先生たちからも学校で活用しているよと言ってもらっています」

リサーチやファクトチェックにも時間をかける ©UNIC Tokyo/Mariko Iino

廃棄食品から作られる堆肥燃料、海洋ゴミを回収する発明品、古い衣料品を利用した家具など、環境に関わる問題から、日本国内の難民支援、政治への女性参加の現場など様々なテーマを、カメラマンと共に各地に取材し、新たな解決のアイデアなど希望となる視点もあわせて伝える動画は、これまでに50本になりました。

動画を配信し始めた当初は再生数が伸びましたが、変化が激しいオンラインの世界でいかに飽きられずに見てもらえるかが、露木さんの悩みです。呼びかけの一つ一つや、映像をどの角度からどう見せるか、など試行錯誤は続きます。

食品ロスから堆肥燃料を生み出す企業の取り組みを取材 提供 露木しいな

環境問題について様々な方法でパワフルに伝えてきた露木さんですが、いつも自分自身に問いかけるのは、「いま、自分にしかできないことは何か」です。自分が選択した行動が本当にベストなのかという葛藤は尽きないと言います。

「手段は無限にある中で、自分が今このタイミングでやるべきことは何かを判断するのはとても大変です。だからこそ、自分の活動には常に疑いを持っています。これでいいのか、これで世の中は変わるのか、これで十分なのか、などの疑問で頭の中がいっぱいです。これからもクリアになることはないと思います」

毎週2回配信しているSDGsについて伝える1分動画

SDGs達成期限である2030年にどんな地球になっていると思うか、露木さんに聞いてみました。

「どうなっているかというより、どうしたいかが大事だと思います。どうなっているかと考える時点でどこか他人事になっているように思います。もちろん、今のこの美しい自然環境を今後も残して次世代の人に見てもらいたいです。

私は自然が好きなんです。そこに負荷がかかっている今の社会が悲しい。自分が好きな場所なのだから改善できることがあれば、改善したいのです」

露木さんは、去年10月、潘基文国連事務総長の率いる財団や研究機関が主催した韓国での国際環境イベント「Trans-Pacific Sustainability Dialogue」に登壇し、世界各国の代表者や研究者に交じって、SDGsの実践の発表を行いました。

韓国で行われた国際環境イベントに登壇 提供 谷本まさのり 

環境をめぐる議論では、先進国、途上国などの間での対立もあります。分断する世界が対話に迎えるような関わりができるよう力をつけていきたい、それも露木さんの未来の目標の1つです。

もし、私たちの行動の選択で世界に変化を起こせるとしたら、あなたは今日何をしますか。





 

SDGsを合言葉に、 さまざまな図書館が集まり、学び、交流しました (後編)

国連広報センターの千葉です。

1月19日(木)にオンライン開催した図書館の研修について綴らせていただいています。

前編では、国連広報センターからのブリーフィングと図書館の皆さんの活動報告の様子をお伝えしました。

SDGsを合言葉に、さまざまな図書館が多彩な取り組み

後編は、午後に続いた研修で、公立中学校図書館、子ども本の森をお訪ねしたり、ブレイクアウトセッションを行ったりした様子をお伝えします。

墨田区立吾嬬第二中学校~図書委員たちのSDGsx読後トーク

午後の研修はまず、東京都内の墨田区立吾嬬第二中学校を訪ね、その図書館の取り組みをみました。吾嬬第二中学校図書館は昨年、公立中学校図書館として初めて私たちの図書館ネットワークに参加した図書館です。同校の駒田るみ子校長先生は、一昨年の図書館研修で発表された、三田国際学園高校でのSDGブックトークをもとに、その実践を広げてくださっています。

中学生たちがそれぞれ、SDGsのゴールと本を紹介

今回のオンライン訪問では、昨年11月、同校の図書館と板橋区立板橋第3中学校、豊島区立西巣鴨中学校、大田区立大森第6中学校の4校の図書委員を中心にして、SDGブックトークに取り組んだ様子を録画した動画を見せていただきました。

動画の中で、生徒たちは本を手に取って紹介し、SDGsのゴールに関連させて読後感を共有していました。そして、生徒たちは、本をきっかけに、多様性とは何かといったテーマなどに思いを馳せ、それぞれの学校での取り組みを紹介するなどし、世界には多様な考えがあること、他人を偏見で決めつけないことの大切さなどについて議論していました。

墨田区立吾嬬第二中学校の駒田るみ子校長先生

駒田校長先生によると、図書委員の生徒たちは他校の図書委員の生徒たちとの交流を通じて、SDGsへの視野をおおいに広げていたそうです。また、この取り組みを後輩たちにつなげていきたいという気持ちを強くしていた生徒がたくさんいたそうです。駒田先生は今、仲間を増やしながら、この取り組みを続けていきたいと思っていらっしゃいます。

このオンライン訪問について、参加者の皆さんから以下のような感想をいただきました

「本をきっかけに、こうした議論をできるんだということにあらためて気づかされた」
「子どもたちがSDGsの目標を自ら見つけ出し説得力のある説明をしていたことに感服」
「感動した。自分の地域の学校図書館でもぜひSDGブックトークを広めていきたい」

「こども本の森 中之島」~子どもと本の感動的な出合いの場

続けて、「こども本の森 中之島」にもオンライン訪問しました。建築家の安藤忠雄さんが大阪市に寄附した素敵な図書施設です。

「子ども本の森 中之島」をオンライン訪問、案内人は広報担当の池田ひかるさん

「子ども本の森 中之島」の池田ひかるさん(広報担当)がライブで案内してくださいました。配架された本は12のテーマのもとに並べられ、その他にも特別テーマ展示が行われています。私たちが訪問したときは、「みんなで考えよう、SDGs」というテーマの展示がされていました。

「子ども本の森 中之島」では本の貸出は行われませんが、1人1冊、中之島公園内など外に本を持ち出して読むこともできるそうです。赤ちゃんのための絵本コーナー、子どもの目線にあわせた窓や子どもが楽しめる空間演出など、子どもたちにやさしい様々な工夫やしかけがなされている様子を説明していただきました。

伊藤真由美館長と質疑応答

また、ライブツアーが終わったあと、伊藤真由美館長が皆さんからのさまざまな質問にていねいに答えてくださいました。この施設が、子どもたちと本との素敵な出合いをなによりも大切に考えていらっしゃる思いがつよく伝わってきて、参加した図書館の皆さんはふかく感動していました。

この訪問について、皆さんから以下のような感想をいただきました。

「図書館内をライブで案内してくださり、テレビ中継のようで臨場感たっぷりだった」
「建物全体に未来を担う子どもたちへのあたたかい愛情が感じられた」
「子どもを対象にした文化施設だが、その工夫は一般の図書館にも大変参考になった」

ブレイクアウトセッション 館種を超えて、1対1のフリートーク

研修の最後は、昨年同様、図書館同士で、リラックスして、たっぷりとフリートークをしていただきました。

図書館の皆さんでブレイクアウトセッション、最後は互いに手を振りあって退出

昨年のブレイクアウトセッションは、各ブレイクアウトルーム内の人数がもう少し多めでしたが、今年は、2人ずつのペアーになり、相手を変えながら、10分ずつ、合計8回、フリートークをしていただきました。

SDGsへの取り組みについて、それぞれの図書館が互いの経験を学びあっていらっしゃいました。

ブレイクアウトセッションについて、皆さんから以下のような感想をいただきました。

「初めての人達とのトークで最初は緊張したが、始まると楽しくあっという間だった」
「いろいろな種類の館の方々と話せて、刺激を受けるとともに視野が広がった」
「複数の図書館が一緒だと遠慮するが、二人ずつだと安心していろいろ話せた」

終わりに ― 図書館のゆるやかなつながりへの期待

今年の図書館研修もまた昨年に引き続き、オンラインで開催しました。

対面形式でないことに寂しさもありましたが、図書館の参加者の皆さんのなかでは、「身体の障害・子育て・介護・遠距離という課題をかかえていたとしても誰もが参加できるオンライン開催はありがたい」と歓迎する声が圧倒的でした。こうした外部の研修に参加したいと思っているけれど、さまざまな事情があって現場を離れることはなかなか難しいという多くの図書館の方々にも、こうして研修に臨んでいただけるのは、デジタルならではの強みです。

実際、遠い地域の図書館を含め、多くの皆さんにご参加をいただけるオンライン開催は、「誰ひとり取り残さない」というSDGsのモットーにも沿うものだと思います。

さまざまな図書館からの豊かなご報告を伺いながら、図書館が人の集まる場所として、日々、利用者の方々と直接につながっていらっしゃること、現在はデジタルツールも一層駆使するようになり、その活動がさらに多様になっていることをあらためて思いました。図書館の皆さんが、SDGs達成のために、ゆるやかに連帯し、行動をしてくださっていることに、国連広報センター職員一同、勇気づけられています。

図書館の皆さんは、国連広報センターにとって本当に大切な財産です。

図書館の皆さんもまた、種類の異なる図書館の方々とゆるやかなつながりを感じ、それを育てていくことに意義を見出していただけているようです。とくに、ブレイクアウトセッションでの皆さんのご様子を拝見していて、今後は、国連寄託図書館、そして、その他のパートナーの図書館の皆さんがこのゆるやかなつながりを活かし、図書館同士で協力しながら、互いの強みを活かしあうような取り組みの事例もたくさんでてくるかもしれないと思いました。

最後に個人的な話で恐縮ですが、私は、今年3月で64歳。これまで、図書館ネットワークの構築を担当してきましたが、次回の図書館研修が、私自身が退職前にたずさわれる最後の研修となります。図書館の皆さんのこれまでのご協力に感謝しながら、また、図書館の皆さんの今年の取り組みに期待をしながら、最後の一年間を過ごしたいと思っています。(了)

 

SDGsを合言葉に、 さまざまな図書館が集まり、学び、交流しました (前編)

youtu.be

みなさん、こんにちは。

国連広報センターで、国連寄託図書館を担当している千葉です。

現在、日本にある国連寄託図書館は全部で14館。この20年余り、この国連寄託図書館のネットワークを超えて、ゆるやかにつながる図書館の輪を広げてきましたが、その数は現在、80館。二つのネットワークをあわせると、国連広報センターのパートナーと呼ぶべき図書館は90館を超えます。

1月19日(木)、今年もまた、こうした図書館の皆さんを対象にして、オンライン研修を行いました。

今年の参加館は、50館(76人)です。

以下、この研修会の様子を写真で綴ります。

国連広報センターから、国連に関する最新情報を提供

研修は午前と午後の2部構成。

午前中の研修ではまず、国連広報センターから国連に関する最新情報をご提供しました。

国連広報センター職員から講演・ブリーフィング、真ん中が所長の根本かおる、 右上から時計回りで、佐藤桃子、岸田晴子、岡野隆、日下部祐子、高橋恵理子、千葉潔、 飯野真理子(UN Volunteer)、T.K(同左)

最初にセンター所長の根本かおるから、いまだ収束したとは言えないコロナ禍、一層加速する気候危機、ウクライナでの戦争とcost of living crisesと格差の急拡大、情報戦を含む誤情報・偽情報の蔓延などが連鎖的に同時進行する中で、国連が国連史上最も難しい局面をかじ取りしなければならない状況にあることを説明。そして、なによりも今年がSDGs達成年までの中間地点であることを強調して、SDGs達成に向けた図書館の皆さんの協力を訴えました。

次に、広報官の佐藤から、向こう一年間の注目すべきイベント行事や予定などについて案内。それに続いて、私を含めて、その他の各職員から、国連広報センターにおけるメディア対応や日本語資料づくり、ウェブサイト、ソーシャルメディア、渉外、財務など、それぞれに担当する業務に関するブリーフィングを行い、私たちの活動全般について理解を深めていただきました。

さまざまな館種の図書館から、多彩な取り組みを発表

また、研修に参加したすべての図書館の皆さんから、一館ずつ順番に、それぞれの取り組みについてのご報告をお聞きしました。

北海道から沖縄まで、規模の大小や、公共図書館大学図書館、中学校・高校の図書館、専門図書館といった館の種類の違いなどはありますが、いずれもSDGsという世界共通のゴール達成をめざした豊かな取り組みです。

研修に参加した全国各地の図書館の皆さん

SDGsの関連図書の展示、環境に配慮したソーラーランタン照明のもとでのクイズ探検、SDGsを学ぶための楽しいワークショップ、SDG絵本展、図書館でのエコバッグづくり、包装紙などを利用したブックカバーづくり、SDGs読書感想画コンクール、学生ボランティアによるSDGs関連本の選書・展示、国連広報センターのニュースレター配架、国連資料リサーチ講座など、活動報告の内容は多岐にわたりました。

ここに、そうした取り組みのいくつかを写真でご紹介します。― 冒頭の動画サムネールをクリックすると、その他の図書館の取り組みの様子をあわせて映した写真スライドをご覧いただけます

「国連とSDGs」と題する特別図書展示 @岩手県立図書館

学校図書委員会が「SDGs絵本展」を実施 @長野県上田染谷丘高等学校図書館

SDGs読書感想画コンクール @(神奈川県)相模原市立図書館

「気候変動と国連」と題する図書展示 @日本大学国際関係学部/国連寄託図書館

環境に配慮したソーラーランタン照明の下、SDGsクイズ探検 @東洋大学附属図書館

地球を考えるワークショップを開催 @(神奈川県)大和市立図書館

中学生対象のワークショップ @九州国連寄託図書館(福岡市総合図書館)

図書館でエコバッグづくり @三田国際学園中学校高等学校図書館

包装紙等を再利用したブックカバーづくり @昭和女子大学図書館

古本リサイクルやSDGs関連本を選書展示 @金城学院大学図書館

学生たちがSDGs関連の図書展示を支援 @帝京大学メディアライブラリーセンター

国連広報センターのニュースレター配架 @愛知大学図書館

国連資料リサーチ講座 @北海道大学附属図書館/国連寄託図書館

午前中の研修への皆さんからの感想に、手応え

後日、参加者の皆さんから、午前中の研修について次のような感想をいただきました。

国連広報センターからのブリーフィングについて

「国連は安保理だけでなく、国連総会やその他の機関もあることを明確に認識できた」
「普段はあまり接することがない国連の最新情報を直接くわしく聞けて有益だった」
「今後一年間の予定を踏まえて、早速、次年度の展示やイベントに備えたい」

図書館からの取り組み報告について

「それぞれの図書館の担当者から直接に取り組みの内容を聞けてとても励みになった」
「なによりも種類の異なる図書館からの報告は、新鮮かつ刺激的だった」
「自館でも実践できると思うものが多々あり、ぜひ次年度に試したい」

午前中は、国連広報センター職員、図書館の皆さんが勢ぞろいするセッションでしたが、オンライン上ではあっても、なによりも、お互いの顔を確認しあいながら、同じ時間を共有できたことを喜んでいただけたようです。

研修は午後へと続きましたが、その様子は、ブログ後編に綴らせていただきます。

⇒ 後編へ

日本から世界に伝えたいSDGs④ 【地熱の恵み ”再エネ”で立ち上がった福島の温泉町の物語】

土湯温泉と町の未来を拓いた地熱発電

 

【団体概要】 株式会社元気アップつちゆ  福島県福島市にある土湯温泉東日本大震災福島第一原子力発電所事故からの復興と振興を目指し、2012年に地元の団体が出資して設立したまちづくり会社。温泉を利用した地熱バイナリー発電所を2015年に稼働開始させ、再生可能エネルギーを通した新たなまちづくり事業を展開している。

 

世界的に求められる再生可能エネルギーへの転換

福島県福島市の中心部から西に16キロにある「土湯温泉」は、豊かな自然広がる磐梯朝日国立公園内に位置しています。この温泉のある土湯温泉町は、2015年に地熱バイナリー発電を導入し、次世代エネルギーを軸に町づくりを推進し、全国から注目を集めています。

土湯温泉全景 提供 土湯温泉観光協会

再生可能エネルギーの活用はいま、世界的に大きく進んでいます。気候変動の原因である温室効果ガスを発生させる化石燃料から、再生可能エネルギーに転換することが急務となっているからです。国際エネルギー機関(IEA)が先月出した報告書では、再生可能エネルギーは、2025年には石炭を抜いて最大の発電源になると予測されています。

持続可能な開発目標(SDGs)のゴール7「エネルギーをみんなに、クリーンに」でも、石油・石炭などの化石燃料ではなく、太陽光・風力・地熱・水力などをエネルギー源とした「再生可能エネルギー」への移行がターゲットの一つにあります。

デンマークの洋上風力発電  
© UN Photo/Eskinder Debebe

日本政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指し、再生可能エネルギーの割合を引き上げようとしていますが、まだ多くの前進が必要です。

土湯温泉は、地熱発電を導入して町を活性化した”再エネ”の先進事例として、視察の依頼が堪えません。しかし、少し前には、東日本大震災という未曾有の困難を経験し、地域の先行きは危機的状況にありました。地熱発電事業を推進する「元気アップつちゆ」代表取締役CEOの加藤貴之さんに、震災からの復興とその先の未来を描いて立ち上がった挑戦を聞きました。

土湯温泉の温泉施設    提供 土湯温泉観光協会

 

3.11 東日本大震災で苦境に立たされた土湯温泉

東日本大震災は、1400年以上の歴史を持つ土湯温泉に大きな衝撃を与えました。多くの客が宿泊する中で発生した停電は3日で復旧しましたが、福島第一原子力発電所の事故により約70キロ離れた土湯温泉も客足が遠のきました。

震災の前から観光は下火で苦境にあったところに、震災が追い打ちをかけました。当時、温泉街には16軒ほどの宿がありましたが、地震の被害で5軒が廃業を余儀なくされ土湯温泉そのものの存続が危ぶまれるほどの危機感でした

なんとかしなくてはならないと、加藤さんたち住民は、「土湯温泉町復興再生協議会」を立ち上げます。温泉宿、飲食店、行政など、立場を超えて約300人の住民の1割が結集しました。

「震災は大きな出来事であるけれど、負けるわけにはいかない。復興させようと。協議会では大きく2つの事業を進めていきました。”復旧復興”と、”新しい価値の創造”です。元に戻るだけじゃく、ピンチだけれど、だからこそ前を上回る観光地にしようと話し合いました」

元気アップつちゆ代表取締役CEO 加藤貴之さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

その議論の中で出た案が、”再生可能エネルギー”を中心とした街づくりでした。原発事故が起きたことで、新たなエネルギーなしには持続可能な地域は実現できないという強い意識が生まれたのです。町ではこれまでも温泉の熱水を利用して雪を溶かす「ロードヒーティング」を取り入れていました。さらに温泉を活かせないかと考え、行きついたのが「地熱発電」でした。加藤さんたちは、専門家や大手企業にアドバイスをもらいに奔走を始めます。

 

町の再起をかけた地熱発電への挑戦

地下の地熱エネルギーを使う「地熱発電」。火山地帯に位置する日本は、世界第3位の地熱資源量を持つとされ、日本の高度な地熱発電技術は世界をリードしてきました。しかし、日本国内での地熱発電は2019年時点でエネルギー全体の0.3%にとどまっています。

これまで地熱発電が普及しなかった理由は、数千万円から数億円にのぼる掘削コストや、掘削成功率が3割程度というリスク、発電にいたるまで10年ほどかかるという長い月日などがあります。また、山間部にあたることが多いので造成作業も簡単ではありません。

それでも、加藤さんたちは地熱発電所建設に向け、観光協会と温泉組合の出資でまちづくり会社「元気アップつちゆ」を設立しました。

調査を進めていくと、土湯温泉は「バイナリー発電」という小中規模な地熱発電に適した条件がそろっていることがわかりました。地熱バイナリー発電は、150度以下の熱水に沸点の低い熱媒体を加えて生まれる蒸気でタービンを回し発電する仕組みで、天候や季節に左右されず安定的に供給できる持続可能な再生可能エネルギーです。

土湯の源泉は130度あり、源泉の1つが平地にあったため、整備にかかる費用や時間が抑えられました。資金調達が一番の課題でしたが、再エネの機運が社会で高まっていたこともあり、地熱発電を進める独立行政法人の支援を取り付けることができました。

地熱発電に利用された土湯温泉16号源泉 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

発電事業について一つ一つ学び、行政と交渉を重ね、複雑な認可申請をクリアしていきました。住民にも泉質に影響は出ないことなどを説明し、町の未来に貢献できることを訴え続けました。日本国内で地熱発電の実例が少ない中での挑戦は、数度の計画延期を迫られながらも、2015年、ついに工事の着手にこぎつけます。奇跡のようだったと加藤さんは言います。

「有事だったということが大きいと思います。福島県原発事故があって、エネルギーのことは県民総ぐるみで絶対に考えていかなければなりませんでした。震災があり土湯温泉町がどうなるか分からない中、住民のみんなが心を一つにしていました。再エネを中心に新たな魅力を創出して町づくりをしていこう、少しの希望や光であっても掴んでいこうという思いがみんなにありました」

豊かな自然の中に湧出する温泉が希望となった 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

 

地熱発電が住民にもたらしたもの

土湯温泉16号源泉バイナリー発電所 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

2015年11月、「土湯温泉16号源泉バイナリー発電所」の運転が開始しました。発電量は400キロワット。これは800世帯を賄える数字で、約160世帯の町には十分な量です。余剰電力を売った収入は1億2000万円になりました。町の再起をかけてつくった発電所の売電収入は、土湯温泉の復興や観光振興にあてています。

発電所について説明するスタッフの佐久間富雄さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

例えば、売電収入から56%という高い高齢化率の土湯温泉町の高齢者に、町のバスの定期代を無料にする予算を組みました。少子化問題への対策として、高校生までの生徒が通学に使うバスの定期代も無料です。

住民の足となるバス、高齢者と通学する生徒は定期代が無料に
 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

さらに、新たな産業と観光スポットを生み出しました。バイナリー発電時に出る温水を二次利用したオニテナガエビの養殖です。26度から27度で育つ繊細なオニテナガエビを育てる難点は水温管理にかかる光熱費ですが、バイナリー発電で出るぬるめの温水を温泉の熱で再び温めて活用することができました。全国でもユニークなこの取り組みで、4万匹を育てています。

バイナリー発電で出る温水を利用したオニテナガエビの養殖 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

空き店舗が多い町中に「エビ釣りカフェ」も開きました。その場で釣ったエビを調理し、焼いて食べられると、新たな観光スポットになっています。

エビ釣りができるカフェ「おららのコミセ」 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

 

故郷を持続可能な再エネの町に 

土湯温泉の取り組みには全国から熱い視線が注がれ、新型コロナウイルス感染症が広まる前は年間で2500人ほどが視察に訪れていました。加藤さんたちは視察や講演の依頼を積極的に引き受けています。

土湯温泉の復興と利益のために始めたことではありますが、それが日本全体のカーボンニュートラルに向かうエールにもなるのではと思っています。再生可能エネルギーの理解促進にも貢献したいと思っています」

温泉街の中の足湯の前に立つ加藤貴之さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

加藤さんの思い描く町の未来はどのようなものなのでしょうか。加藤さんは当初、土湯温泉のいたる所に再生可能エネルギー発電所を作ることを考え、町には新たに小水力発電所もできました。他方で、ごみをなるべく出さない事や、自然環境を保つことなども持続可能な町づくりには必要だと考えるようになりました。今後、温泉街で食品ロスを抑えたり、脱プラスチックに取り組んだりして、総合的なエコタウンにしていければと考えています。

苦境を経験し、立ち上がった地域だからこそのメッセージを発信していくつもりです。

土湯温泉のある福島県は震災から10年以上経っても、マイナスイメージの地域になっていると思います。反面、有名であることは間違いない。これを逆手にとって、福島がどういう所なのかをしっかりとPRするきっかけにと考えています。

人々が幸せで喜び暮らせる地域づくりを行っていって、最終的にはなぜ日本の小さな温泉地がそんなに輝いてるんだという地域にしたいなと思っているんです」

町を流れる清流は小水力発電のエネルギーの源
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

世界では、開発コストの低下やエネルギー危機に押され、再生可能エネルギーの導入が過去最高となり、新たな雇用も生まれています。日本の各地にも、洋上風力を含む風力発電バイオマス発電、地熱発電、次世代型太陽電池の推進など、再生可能エネルギー開発の現場で日々挑戦する人たちがいます。

私たちの暮らしに欠かせないエネルギー、皆さんはどんな未来を描いていきますか。

 

冬景色の土湯温泉 提供 土湯温泉観光協会




日本から世界に伝えたいSDGs ③ 【”普通”じゃないことは可能性 異彩作家が描くアートの輝き】

田崎飛鳥さんのフクロウのシリーズの作品 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

【団体概要】ヘラルボニー 福祉を起点に新たな文化を創り出す”福祉実験ユニット”。主に知的障害のある作家とアートライセンス契約を結び、彼らの作品を活かした商品や企画を大手企業や行政などと連携して実現。創業者で双子の松田文登(ふみと)・崇弥(たかや)兄弟は世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」受賞。

“普通”じゃない、ということ。それは同時に、可能性だと思う。

そう掲げて、岩手県盛岡市を拠点に全国へと活動を広げる企業「ヘラルボニー」。日本全国の主に知的障害のあるアーティストと共にアートライフスタイルブランドを作り、商品を生み出しています。

世界保健機関(WHO)によると、世界の人口の15%が何らかの障害がありながら暮らしています。日本には、1000万人近い身体障害者知的障害者精神障害者がいます。企業は、雇用する労働者の2.3%に相当する障害者を雇用することを義務付けられていますが、障害のある人の2人に1人が年収100万円以下で、相対的貧困とされるライン以下で暮らしているという統計もあります。

「誰ひとり取り残さない」を基本理念に掲げられたSDGsの目標には、障害者に関するものも多く含まれます。障害者の包摂性は、多様な人が活躍できる社会や組織づくりの鍵でもあります。

ヘラルボニーは盛岡市に独自のギャラリーを構え、大手企業や公共施設との連携も実現しています。ヘラルボニーの考える可能性とはどのようなものなのか、代表取締役副社長の松田文登さんにお話を伺いました。

 

障害のある兄と生きて

松田文登さんには自閉症で重度の知的障害を持つ兄がいます。小さなころから兄がかわいそうだと言われることが多く、”障害者”の印象がネガティブに捉えられていることを感じてきました。兄の存在を隠し、それに罪悪感を感じる時期もあったという松田さんの転機となったのは、知的障害や精神障害のあるアーティストの作品が多く展示された「るんびにい美術館」を訪れたことでした。松田さんは、支援や社会貢献の文脈ではなく、作品としての素晴らしさを感じ、そのエネルギーに衝撃を受けたと言います。

 ヘラルボニー代表取締役副社長 松田文登さん © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

「彼らだからこそ描ける世界があるし、伝えられることがある。障害ではなく、”異彩”と捉えることによって違う見え方になるんじゃないかと。アートという尊敬が生まれる世界と障害者の出会いを多くつくっていくことで、障害のイメージをを変えていけると思いました」

2018年、松田文登さんは、双子の弟の崇弥さんを社長に、障害のある作家の才能から生まれるアートをビジネスに展開するため、「ヘラルボニー」を設立します。福祉施設を回り作家や家族と対話をして、作品のデータを預かるライセンス契約を結び、ネクタイや傘、ハンカチ、エコバック、額絵などの商品を制作、販売するビジネスモデルをつくっていったのです。

人気作家のアートを活用した商品 提供 ヘラルボニー

いま、約40の福祉施設とライセンス契約を結び、保有ライセンス数は2000点を超えています。ライセンス契約によって年収数百万円を超える人気作家も出てきました。

 

震災を経験した作家

ヘラルボニーと契約している作家のひとりが田崎飛鳥さん(41歳)です。生まれながらに脳性麻痺と知的障害があります。幼い頃から絵画や画集に興味があった飛鳥さんは、若くしてアート展で受賞する実力を備えた作家です。

現在の制作活動に大きく影響したのが東日本大震災でした。飛鳥さんの故郷、陸前高田市津波による壊滅的な被害を受け、長年飛鳥さんが描きためていた200点の絵は家と共に全て流されました。町が津波にのみ込まれる様子を高台から見ていた飛鳥さんは家に帰りたがりましたが、被災後に家の跡を見に行った時は、手を強く握りしめて反対側を向き、決して家のほうを向かなかったそうです。

仮設住宅で少しずつ生活が落ち着く中で、飛鳥さんは再び絵を描き始めます。最初にテーマにしたのは、震災前いつも飛鳥さんに声を掛けてくれていた近所の人たちでした。タイトルは「星になった人」。飛鳥さんと同じ町内会には8世帯が暮らしていましたが、そのうち津波によって10人が亡くなりました。

飛鳥さんが震災後に描いた作品「星になった人」 提供 ヘラルボニー

作品は以前の優しい柔らかいタッチと全く違う荒々しい筆運びで、強い線で輪郭を引き、人物の唇は紫に塗られています。

津波で流されてしまった作品「フクロウの家族」も描き直しました。以前の作品とは変わってフクロウの表情は鋭く、背景は真っ赤になりました。

飛鳥さんと「フクロウの家族」(背景右)  © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

気持を整理するかのように描く飛鳥さんに、父の實さんは飛鳥さんがアートによって震災を乗り越えていると感じたと言います。徐々に、色使いが落ち着き始め、柔らかい感じが戻ってきました。

いま、飛鳥さんの作品は、対象物の実際の色ではなく違った色で表現することが多いそうです。なぜその色を使うのかと聞かれた飛鳥さんは「聞こえてくるから」と答えたそうです。何を表現しているのかという問いに、飛鳥さんは「心です」と返しています。

津波被害から1本だけ耐え残ったを木を描いた飛鳥さんの作品「希望の一本松」 
©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

 

厚い社会の壁を越える

倒壊した市庁舎を新築する工事現場の仮囲いに「絵を飾ろう」と飛鳥さんに提案したのがヘラルボニーでした。ヘラルボニーは行政や建築会社と連携し、建設現場や商業施設内の「仮囲い」を期間限定の「ミュージアム」とするアート・プロジェクトを展開しています。色鮮やかな絵が展示されることで現場の雰囲気は華やかに一変します。

岩手県陸前高田市内 飛鳥さんの作品が展示された仮囲い 提供 ヘラルボニー 

以前、父親の實さんは、障害者やその家族と地域の壁は分厚いものだと感じていました。陸前高田市の調べでは、市民の中で障害のある人の震災時の犠牲者の割合は、市民全体での犠牲者の割合の1.3倍とされ、障害者のほうがより高い割合で亡くなっているのがわかりました。

「障害者がいる家庭はどうしても地域の中でも遠慮してしまう。避難所に行けば、パニックになるだろうし、大きな声を出すだろう、それなら傾いていても家にいることを選んでしまう。普段の生活の中では理解されているように思われても、非常時には孤立してしまうこともあります。だから横につながりたいんです。だけど横に連なるのには一歩踏み出さなくちゃならないんです。その一歩がなかなか難しいんですよね」

實さんは、ヘラルボニーの事業が、飛鳥さんに新たな道を作ってくれたと感じています。

「ヘラルボニーとの出会いで人とのつながりがすごく広がりました。見知らぬ方が飛鳥くんの作品を見かけた、あの商品買ったよと声を掛けてくれるようになりました。アートを通じて飛鳥の絵がいろいろな目に触れることによって、ああいう人がいるんだ、こんな絵を描いているんだと理解してもらえる。何かあった時には声を掛けてくれる。そんな状態になっていると思います。アートは大きな一つの道だと思いました」

 

”ふつう”とは何か 

障害をあえて”特性”と言い切り、それを可能性として、「”異彩”を、放て。」という理念で活動するヘラルボニー。作家に光が当たる「ハレの場」を作ることで障害のある人に対する社会の壁を低くしたいと、作家による作品の公開制作やトークイベントなどを開催しています。

百貨店内でのイベントで作品を描く作家 衣笠泰介さん 提供 ヘラルボニー 

関西の大手百貨店でイベントを開催した際には、周りに迷惑をかけてしまうかもしれないという不安で百貨店に来られなかった障害のある人と家族が、ヘラルボニーが開く場だから安心だと足を運んでくれたそうです。障害のある兄弟がいると話してくれた来場者もいました。作家のファンたちもかけつけるようになりました。松田文登さんは事業への抱負を改めてこう語ります。

「私達の事業の大きな価値は、心理的ハードルが高かった人達が、そのハードルを飛び越えやすくすることなんじゃないか。障害のある人と一緒に働く価値観を作っていくとは、すべての人達を受け入れ、色々な人がいていいんだという価値観が広がっていくことだと思っています。そして、チャレンジしたいと思ったら、どんな人もチャレンジできる権利が同じようにあればいいなと願っています」

ヘラルボニー代表取締役副社長の松田文登さんと広報担当の玉木穂香さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

障害のある人など、多様な背景の人と一緒に商品や企画の開発、サービスの改善などをデザインし、課題解決していくアプローチを「インクルーシブデザイン」と呼び、いまいくつもの連携が生まれています。ヘラルボニーは現在、金沢21世紀美術館での初となる展覧会で、知的障害のある人の日常の行動から生まれる音を紡ぎ、音楽にして届ける実験的展示も行うなど、美術館とのコラボレーションも進めています。

岩手県盛岡市内のホテルではヘラルボニーの作家の作品が様々な形で使われている
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

背景の違いを活かしてパートナーシップを組むことは、それぞれの力を活かし高め合う、より面白い社会の実現につながるのではないでしょうか。