オンライン上の誤情報や偽情報、ヘイトスピーチは、国連PKO要員にとって脅威となります。オンラインでの有害な言論は、現実世界の分断を深め、民族間の憎悪を煽ることを可能にし、多くのPKO活動の現場での暴力につながるからです。
こうした情報リスクに対処するために、国連平和活動局(DPO)に新たに設けられた「情報の誠実性ユニット」の宮下直美チームリーダーに、国連PKO活動が直面する現状と、対策のポイントなどについて、寄稿頂きました。

国連平和活動局(DPO)情報の誠実性ユニット・チームリーダー
【略歴】 国連平和活動局(DPO)で、平和維持環境における情報の誠実性に関する活動を率いる。ルワンダやコンゴ民主共和国(DRC)、チャド、スリランカ、ハイチで国連や人道支援機関の職員として経験。日本人とスペイン人を両親として日本に生まれ、3大陸で育った経験から、旅行や異文化体験にも高い関心を持つ。ロンドン大学で学士・修士号を取得。
*記事中の写真は筆者提供
「外国からヘイトスピーチが発信されています。カナダやオーストラリア、米国からです」通訳のマヤルさんは、ブルーヘルメットの下から流れ出る玉のような汗を拭いながら語りました。通訳しているのは、アビエイ特別行政区ミオコル・アレイ国内避難民居住地のコミュニティーリーダーの言葉です。岐阜県ほどの面積を有し、スーダンと南スーダンが領有権を争うこの地域には、国連アビエイ暫定治安部隊(UNISFA)が展開しています。
刺すような日差しを避け、アカシアの木陰に立つ、このコミュニティーリーダーは、アビエムノム出身のアロル・クル・クート系の威厳ある長身の女性で、2026年3月1日に南スーダンのルウェン行政区アビエムノム郡で発生した虐殺について私と同僚たちに語ってくれました。当日の早朝、武装した若者がこのコミュニティーを襲撃し、女性と子ども、男性、少なくとも200人が殺害されたと報告されているこの事件は、まだ短い南スーダンの歴史上でも最も多くの死者を出した虐殺事件の1つ。そこで生き残った人々の一部が、アビエイに避難してきたのです。

彼女はヌエル族のことを指し、「彼らは、私たちの仲間が彼らの2人を殺害したからだと言っていました」と語ります。同じくコミュニティーリーダーを務める高齢の男性が「牛の放牧と関係しているのかもしれません。ヌエル族とミッセリーヤ族が私たちの農地で放牧するので、これが戦いを助長しているのです」と付け加えました。アビエムノムのアロル・クル・クート系ディンカ族と、ヌエル、ミッセリーヤの民族グループは、遊牧民と半農半牧民が共に暮らす、この乾燥したアフリカの貧困地域で長い間、土地と遊牧ルートを巡る紛争を繰り広げてきました。
インターネットがほとんど使えないこの遠隔地でさえ、はるか遠くの国で暮らす地元出身者(ディアスポラ)がFacebookやTikTokなどのSNSを通じ、世論に影響を与えたり、暴力を煽ることがあります。この虐殺事件を受けて、オンラインではヌエル族に対するヘイトや、これに対するカウンターがいずれも軽蔑的、差別的、人間性を否定するような言葉で一気に広がりました。特にオンラインでの有害な言論は、現実世界での行動にも影響して分断を深め、暴力を助長するおそれがあります。

私がチームとともにアビエイを訪れたのもそのためです。誤情報や偽情報、ヘイトスピーチにどう対処すべきか、UNISFAのPKO要員と現地のメディア関係者に研修を行うことが目的でした。アビエイでは、ほとんどの情報が口コミで伝わるものの、衛星インターネットサービスのStarlinkを通じてインターネット接続ができるカフェや企業も多くあります。私たちが話を聞いたジャーナリストやメディア関係者のほとんどは、FacebookやWhatsApp、YouTube、TikTokのアカウントを持っていて、これを利用して情報を共有していました。民族的な敵対を煽るヘイトスピーチは、アビエイの人々に関わるSNS環境の大きなかく乱要因となり、これに隣国スーダンの内戦や、南スーダンでの紛争激化が拍車をかけています。


誤情報や誤解を招く情報、操作された情報は現地のコミュニティーだけでなく、国連PKO要員にとっても脅威となります。事実、2025年には、要員の圧倒的多数にあたる76%が、誤情報や偽情報、ヘイトスピーチによって、自らの安全と安心に中程度から深刻な影響が生じていると回答しています。
残念なことに、同じ状況は多くのPKO活動で生じています。レバノン南部では2022年、偽情報から生じた誤解によって、アイルランドのPKO要員1名が殺害されました。また、コンゴ民主共和国(DRC)でも、誤情報で生じた暴動により、要員が殺害されたほか、国連の施設も略奪に遭い、破壊されました。報道官や政務または人権担当官など、最前線で活動する要員が個人的に、恐ろしい脅迫にさらされることもあります。また、SNSで写真や住所が公開されてしまうケースも見られます。
このような情報リスクは、国連が平和と安全を支援できる能力に深刻な悪影響を及ぼします。SNSは民族間の憎悪を煽ることを可能にし、それによって南スーダンやアビエイだけでなく、多くのPKO活動の現場で暴力を生んでいます。紛争当事者の中には、国連安全保障理事会がPKOミッションに与えたマンデートが気に入らず、情報戦を通じて国連の役割を損なおうとする向きもあります。その手段として、AIが生成した画像や動画など、高度なデジタル技術を活用し、オンラインで有害なコンテンツを一気に拡散させることもあります。

ブルーヘルメット(国連PKO要員)を標的とするか、その保護対象となる現地コミュニティの民間人を標的とするかにかかわらず、こうした情報は現地の住民が要員に対して抱く信頼感を弱めかねません。人々が国連に対する信頼を無くせば、人命が失われるだけでなく、士気も損なわれ、ミッションのパフォーマンスと実効性にも影響します。
現地を巡回し、コミュニティーとの意思疎通を図ることは、PKO要員の重要任務の1つです。停戦違反を監視し、民間人を保護し、存在感を示し、治安状況に関する情報を収集することがその目的です。しかし、DRCでは2022年の暴動後、要員がリスクを回避する守りの姿勢に入っているため、コミュニティーを巻き込んで、保護するとともに、信頼を構築し、国連への反感に対処できる機会も少なくなっています。
より根本的な問題として、国連PKO要員と国連という組織自体が、信頼を柱に成り立っているという事情があります。国連は、加盟国が国連に対し、その決定を実施する権限を認めるという形で与えている正当性に立脚しています。国連のフィールド活動は、受入側の当局と住民全体の同意を受けて展開されます。情報操作によってこの同意が揺らげば、ミッション展開の基盤自体が損なわれてしまいます。
ニューヨーク国連本部の平和活動局はこうした理由から、ミッションによる情報リスク対策を支援しており、最近では私が責任者を務める「情報の誠実性ユニット」も創設しました。国連が財政危機に直面する中で、私たちの活動は日本をはじめ、誤情報や偽情報、ヘイトスピーチの拡散に対して同様の危惧を有する国々からの寛大な予算外の支援によって可能となっています。
これは、2024年に国連事務総長が発表した「情報の誠実性のための国連グローバル原則」に沿った取り組みです。この原則は、すべての人に選択、自由、プライバシー、安全を提供し、世界中の人々が自由に自己表現し、情報に基づいた独立した意思決定を行える情報エコシステムを構想しています。
国連PKOミッションは現在、誠実性のある情報、すなわち、すべての人々が入手できる正確で信頼できる情報の流れに対する支援を強化しているところです。それこそが誤情報や偽情報、ヘイトスピーチなど、有害な情報形態に対する最善の防御となるからです。日本を含め、国連加盟国はこの点で合意しています。その趣旨で採択された「グローバル・デジタル・コンパクト」には政府、テクノロジー・プラットフォーム企業、市民社会のメンバーがデジタル情報領域で、信頼や安全、説明責任、人権を強化するために何をすべきかを定める一章が設けられています。
私たちは多くのミッションで、対話と信頼構築のための空間を横断的に強化しています。その目的は、事実やエビデンス、検証済みの情報に基づき、受入国での平和実現に向けた課題と国連ミッションの役割について、共通の理解を得ることにあります。例えばアビエイ北部では、国連PKO要員が共同コミュニティ保護委員会(JCPC)と連携していますが、この委員会はンゴック・ディンカ、ミッセリーヤの両民族集団出身のメンバーで構成され、治安事件の調査と解決、社会的連帯の構築を任務とするものです。


情報の誠実性の強化には、人々が正確で信頼できる情報を入手できるよう支援するという意味もあります。UNISFAなどのミッションは、現地のジャーナリストやメディア関係者を支援することにより、大きな成果を上げています。噂や憶測が広まりやすく、情報の乏しい環境の中で、UNISFAはコミュニティラジオ局「アビエイFM」の再建を支援しています。アビエイFMは地域初で、唯一のコミュニティラジオ局ですが、戦闘によって2023年11月に停波していました。私のチームも現地訪問中、あらゆる民族グループ出身の現地メディア関係者に責任ある報道倫理に関する研修を行うことで、UNISFAの取り組みに貢献しました。

UNISFAのように、民間人を保護するというマンデートを担うPKOミッションは、情報の誠実性と効果的な保護との間に関連性を見出し始めています。紛争環境下のジャーナリストやメディア関係者は特に脆弱であり、その報道に対する報復や嫌がらせ、脅迫にさらされます。ジャーナリストを保護することは、表現の自由を擁護しつつ、安全保障理事会によって与えられたマンデートを履行する具体的な方法の1つです。
情報の誠実性と民間人保護との間の関連性は、早期警報という点でも見られます。誤情報や偽情報、ヘイトスピーチは、戦闘行為や暴力の予兆となるからです。私たちはこの理由から、PKO要員に対し、誤情報や誤解を招く情報、操作された情報、暴力の扇動を含め、懸念すべきナラティブを特定、追跡するよう要請しています。そうすることによって、ミッションは問題が生じる前に、民間人や要員自身に対する脅威を予期し、これに対処できるようになるからです。
いかにして情報の誠実性に貢献すべきか、すべてのPKO要員に周知徹底させるのは、決して容易なことではありません。117カ国から派遣された5万人を超える要員が定期的にミッションに出入りする中、私たちの活動では、情報リスクへの対処方法について、誰もが基礎的な研修を共有できるようにすることが重要となります。
日本政府からの財政支援のおかげで、私たちは国連ミッションで展開する軍司令官と警察指揮官向けの研修パッケージを作成しました。このパッケージは、有害なナラティブを集め、分析する方法について、実践的な指導を行うものとなっています。例えば、司令官は「現地住民は、国連ミッションが武装集団に弾薬を提供していると言っている」といった誤った噂話がどんな結果をもたらすかを考え、自らの部隊に対する影響を把握するよう求められます。それは移動の自由や部隊の保護、後方支援、現地住民と交流する能力に影響を与えるものか、といったことです。その狙いは、SNSを通じて拡散された、たった一言が、部隊に目に見える悪影響を及ぼし得ることを示すことにあります。
そして、この活動は実を結びつつあります。ミッションは情報リスクを定期的に特定し、報告するとともに、予防策と対応策も講じるようになりました。また、デジタルメディアの新しいインフルエンサーとの架け橋となり、連携することで、国連PKOミッションの活動を広く周知させています。例えば、以前はUNISFAの活動について、誤情報に基づく漫画を描いていた南スーダンのある人気コメンテーターは現在、アビエイの平和と安全に対するミッションの貢献を示す絵を描くようになっています。
その転機は驚くほど簡単に訪れました。UNISFAの報道官がこの漫画家をアビエイに招き、ミッションが現地で行っている活動を見学させたのです。活動を目の当たりにし、コミュニティとどのように関わり合っているかを理解する機会を得たことで、PKO要員の役割に関する彼の考え方は一変しました。


今日のデジタル世界で起きている有害な情報の「津波」は、圧倒的に大きく、克服不可能に感じられることもあります。しかし、アビエイでは過酷な状況と苦難にもかかわらず、現地の人々や、これを支援するPKO要員の粘り強さと希望が、インスピレーションを与えてくれます。今後の進展はこれまで以上に、国連と加盟国、そして現地の関係者が緊密なパートナーシップによって連携し、信頼を構築し、レジリエンス(強靭性)を高め、平和に投資することができるかどうかにかかっているのです。
情報の誠実性に関するDPOの活動について、詳しくはこちら(英語)。
UNISFAについて詳しくはこちら(英語)。















































