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「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(32) 日比絵里子さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第32回は、日比絵里子さん(FAO駐日連絡事務所長)からの寄稿です。

 

大洋州勤務を終えながら見たコロナ - 世界では飢餓急増の一年

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神戸市出身。上智大学法学部で法学士、英国レディング大学大学院で国際関係学修士号、米ワシントンDCジョンズホプキンズ大学大学院(SAIS)で国際関係額修士号取得。国連人口基金UNFPA)のニューヨーク本部、ウズベキスタン事務所、アジア太平洋地域事務所に勤めたのち、2011年にFAO入職。ローマ本部戦略企画室にシニア・オフィサーとして2年間勤務した後、紛争下のシリア事務所長としてダマスカスで3年半にわたり人道支援に携わる。2016年から大洋州14ヶ国を担当する大洋州事務所長としてサモア独立国に赴任。2020年9月から現職。 ©︎ Eriko Hibi

コロナ禍の中での異動

新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響で、世界をつなぐ交通網が遮断され混乱が起きた昨年の春、私は南太平洋のサモアにいた。サモアを含む大洋州14ヶ国の国連食糧農業機関(FAO)代表としての任期を終える準備をしていたが、4月に日本に異動という辞令にもかかわらず、まったく動きがとれない状況だった。考えてみれば当然だ。コロナ禍の影響が拡大した昨年春の時期は、世界のどの国でも移動は困難だった。世界の主要都市から距離があり、普段から移動手段が限定されている大洋州島嶼国が、国境封鎖や入国規制、航空便の減便などのコロナ対策の影響で、ますます孤立することになったことは驚くことではなかった。


そもそも、大洋州島嶼国は航空便の選択肢が少ない。様々な要因がある。主要中継地や隣国から距離がある。行き先が限定される。便数が少なく曜日が限定される。頻繁にキャンセルされる。競争が少ないため、価格も高い。何よりも移動は不便で時間がかかる。体力勝負の世界だ。


例えば、サモアに滞在しながら担当国であるパラオに出張した際、アピアサモアの首都)を出発後、オークランドニュージーランド)、ホノルルとグアム(米国)を経由し、コロール(パラオ)へ。片道だけで17,000キロを超える。乗り換えの時間も長く、3日くらいかかって「ぜーぜー」の到着である。サモアの隣のトンガ王国に行くのもオークランドやフィジーを経由してV字型で飛ぶのが定番だ。また、サモアからローマに行った時は、安い航空券のせいか、片道55時間もかかり疲労困憊して到着したのを記憶している。 

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(外務省ウェブサイトより)


大洋州はコロナ禍でますます孤立したが、孤立のおかげか、私の担当する国では、少数の例外を除き、新型コロナ感染はほぼなかった。それでも人は移動しなければならない時もある。欧州や中東に戻れない出張者の旅程を立てて準備・交渉することは至難の業だった。次の中継地の入国制限が突然変更したため、中継地で搭乗を拒否された行き場のない出張者への対応など、無事に最終目的地に着くまで気が抜けない。ちなみに私自身の場合、日本への異動が実現したのは、待つこと三ヶ月の昨年7月末。オークランドシドニーの二つの経由地の時間制限を超えないように緻密な計算を重ね、各国保健当局の事前承認をとりつけ各国大使館から中継用ビザを取得、経由地で入国しないように繋げながら、無事に羽田に到着。成功したのが奇跡かと思った。そのようなルートを正確に調べあげ、的確な情報を迅速に通知していた在サモア日本大使館には感謝の言葉しかない。日本人だけでなく多くの人が、時宜を得た有益な情報の恩恵を受けたことは特筆すべきだ。


残念ながら、私がサモアで動けなかったあいだに母は他界していた。人生初の日本勤務が決まった時は、これで母と最後の時間を過ごせるかと思ったが、結局コロナで間に合わなかった。実に悔しい。私のようなケースは少なからずあるようだし、そもそも海外で仕事をしていると、通常でも親の死に目に会えない可能性が高くなると言われたとしても。
 

コロナで世界の飢餓人口が急増

さて、本日のテーマ、このパンデミックが世界の食料や栄養の問題に与えた甚大な影響についてとりあげたい。今年7月、FAOが関連国連機関と共同で出した報告書「世界の食料安全保障と栄養の現状 2021」によると、2020年の世界の飢餓人口は、最大8億1100万人と推定される。一年で最大1億6100万人も増加したことになる。ちなみに、一年でこれだけの飢餓人口の増加があったのは何十年ぶりのことだ(下グラフを参照)。栄養を考慮すれば、数値はもっと悪くなる。世界では30億人が経済的理由から栄養バランスのとれた食事をとることができない。2030年までに飢餓をゼロにすることを目指す持続可能な開発目標(SDGs)には逆行している状況だ。  

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飢餓状態の人々の割合(灰色の線)も人口(オレンジ色の線)も、過去5年間は漸増、ほぼ横ばい。2019年から2020年への増加率はここ何十年も見られない規模のものだ ©︎ FAO


新型コロナの感染拡大は、この飢餓急増の大きな要因と考えられる。供給サイドから見ると、生産に必要な肥料や飼料などの農業投入材が入手できない、移動規制などにより生産に携わる人が現場に行けない、生産された食料がサプライチェーンの混乱や寸断で市場に到達しない、外食産業や観光業向けに生産されたものが行き場を失う、など多様な要因が考えられる。一方、需要の側面から見ると、失業や所得の低下などにより貧困に苦しむ人が増え、その結果、経済的に食べ物を十分に購入できない人が増えたことが一因だ。世界銀行によると、2020年にはコロナによって、新たに1億1900万から1億2400万人が極度の貧困に苦しむようになったと推定。供給側でどれほど有効な政策的介入をしても、根底にある貧困や不平等を解消しなければ、世界の飢餓や栄養不良は解消できない、というのが今年の報告書の重要なメッセージである。
 

パンデミック当初の島嶼国の食料事情

前述の通り、新型コロナの感染拡大が始まった昨年前半は、私はサモアにとどまっていた。食料輸入に依存する島嶼国では、サプライチェーンの寸断や混乱は不安につながる。しかし、実際には買い占めなど、当初懸念していたような混乱はほぼ見られなかった。コンテナ船などによる供給網は継続、不定期に飛ぶ航空便によりニュージーランドなどからの物資も入ってきていた。何よりも、現地産の野菜や果物、肉などが入手できたことは大きい。これは私がサモアという大洋州の中では比較的大きな国に居住していたことのメリットである。もっと土地が狭い環礁の国、例えばキリバスとかツバル、マーシャル諸島などでは、そもそも国内での食料生産が限定されていることもあり、コロナ禍での状況ははるかに厳しかったと推察される。このような状況下で、FAOは野菜の種苗の配布、データや統計の分析、政策提言などの支援をいくつかの国で実施した。

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FAOが支援するオセアニアの島国ニウエの学校菜園。ここで野菜づくりを学んでもらい、地域の家庭菜園と野菜の消費を奨励 ©︎ Eriko Hibi


供給の問題以上に深刻だったのは、コロナによる所得への影響だ。島嶼国の多くは観光収入と海外からの送金に依存する。観光業は真先に影響を受け、多くの人が仕事を失った。失業した都市部の住人の多くが、出身の農村部や離島に戻り、自給自足あるいはそれに近い状況のコミュニティで食べつないでいた。大洋州島嶼国の場合、農村や漁村のコミュニティが、「社会保障」のような役割を果たしたと言える。一方で、海外からの送金が少なくなったり途絶えたりしたことで、都市部だけでなく農村部の経済にも大きな影響が及んだのであろう。その後、長期的な影響も出たのではないだろうか。


不動の重要課題 - 気候変動

さて、世界の飢餓の根底にあるとして必ず言及されるのが、「紛争」「気候変動などの環境問題」そして「経済ショックや経済停滞」の三つの要因である。新型コロナ感染拡大による影響は、まさに深刻な経済ショックと言えよう。コロナにより甚大な影響を受けた世界の食料問題について話してほしいと言われることが多い。しかし、各国の生産者や食料関係の専門家の圧倒的多数が、コロナ禍においても、既存の長期的課題、特に気候変動、生物多様性喪失などが、これまでと変わらず、いや、これまで以上に重要であることを強調したことを特筆したい。「深刻さではコロナと比較にもならない」と断言した島嶼国の生産者の声を思い出す。


食料の生産段階(農業、林業やその他の土地利用)での温室効果ガス排出は人為のガス排出の約四分の一と推定される。それに、食料の加工、流通、消費、廃棄などの段階も含めた食料システム全段階での排出を加えると34%に達する。先月、気候変動に関する政府間パネルIPCC)第6次評価報告書の第I作業部会報告書(自然科学的根拠)が公表された。人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がないとしたうえで、最近の気候システムの変化の規模は、何世紀も何千年もの間、前例のなかったものである、と指摘する。報告書は畜産や窒素肥料・厩肥の利用などが温室効果ガス排出に繋がっていることにも言及。一方、気候変動の影響により猛暑や干ばつや豪雨などの極端な気候現象が激しさを増し頻発するようになると予想。それにより生態系、農業、畜産、水産などに大きな影響を及ぼすという。食料は気候変動と切っても切れない関係にあるだけでなく、一蓮托生の状態だ。

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気候変動は、サバクトビバッタの発生拡大を促している ©︎ FAO/Petterik Wiggers


生物多様性の喪失も重要な課題だ。食料生産はやり方により生物多様性衰退につながる。例えば農地拡大のための原生林伐採が一例だ。FAOが2019年に公表した報告書では、農作物の総生産量の3分の2を占めるのは植物9種のみ、畜産の97%を支えるのは8種のみ、魚種資源の3分の1が乱獲されており、淡水魚種3割が絶滅危惧種に指定されている。他方、生態系も食料生産も、生物多様性に依存せざるを得ない。生物多様性も、食料生産と相互に影響する関係だ。


これまで、食料と環境は両立できないというゼロサム的な見方が比較的強かった。しかし、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)、人新世、などの言葉とともに、岐路に立つ地球を今どう救うかという声が高まり、このような相互依存関係を強調するような考え方に国際社会のパラダイムが移行しつつある。

 

システムという概念

この一連託生の考えに則り登場したのが「食料システム」の概念だ。生産、加工、流通、消費、廃棄など食料や農業のサプライチェーンを縦割りにとらえず、体系立てて考慮するものだ。環境の課題の他にも、実に多くの課題を含む。栄養、肥満や過体重、生活習慣病、食料のロスや廃棄、消費者の所得と生計、貧困と不平等、紛争と食料、農家の高齢化、女性の登用、若者参加、家族農業、食の安全、学校給食、食文化と伝統、違法漁業、技術革新、バイオテクノロジー、農業補助金などの政策、統計やデータ、貿易と通商、水資源、災害への備え、ONE HEALTH(ワンヘルス)などは一部の例に過ぎない。複雑で多岐にわたる発想だ。このような認識のもと、「システム」全体を持続可能なものとする変革に着手しようという声が広がった。この大きな変革を目指して9月23日に開催されるのが、国連の食料システムサミットである。


食料システムサミットでは気候変動を含め、持続的な食料システムを考えるうえで不可欠な課題が多岐にわたり取り上げられる。各国での国内対話の結果や世界の科学者グループによる提言などが持ち込まれ、食料システムを強靭で持続可能なものに変革するため、今後の課題に関してコンセンサスをつくることを目指す。


注意すべきは、このサミットで出てきた合意や勢いを、食料以外の課題を扱うグローバルなイベントに繋げることで、その火を絶やさないことだ。その意味において、10月11日から開催される第15回生物多様性条約締約国会議(CBD COP)や、10月31日から開催される第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)などは重要な試金石となる。特に12月に日本で開催される東京栄養サミットは、食料システムサミットの結果を引き継ぐ重要なイベントとして期待されている。


もちろん、何よりも注目すべきは、各国で実際にどのような行動がとられどのような変革につながるのか。せっかくのグローバルな合意や熱意が絵に描いた餅にならないよう、私自身も日本から積極的に関わっていく心づもりだ。

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ミクロネシアのバナナ市場で ©︎ Eriko Hibi

日本・東京にて

日比 絵里子

写真でつづる中満泉 国連事務次長・軍縮担当上級代表の訪日 (2021年8月)

国連広報センターの根本かおるです。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が蔓延する中での広島・長崎での平和式典に、昨年に続き今年も、中満泉 国連事務次長・軍縮担当上級代表がアントニオ・グテーレス国連事務総長の名代として参列しました。

 

2017年に国連の軍縮部門のトップに就任して以来、中満事務次長は毎年欠かさずこれらの式典に参列し、今回で5回を数えることになりました。昨年同様、COVID-19対策上の防疫措置として2週間の隔離期間を経ての出席に、決意の程がうかがえます。「被爆者の方々に対して、今の立場にある限り毎年出席することを約束していますから」と中満事務次長は語ります。

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広島市で平和の象徴である折り鶴を手に持つ中満事務次長 © UNODA

 

2017年7月に採択された核兵器禁止条約が今年1月に発効してから、初めての式典であると同時に、COVID-19の世界的大流行の勢いが衰えを見せない中、今年初めてのニューヨークの国連本部からの高官の訪日です。国連広報センターでは、中満事務次長の力強いメッセージに多くの方々に触れていただきたいと様々なイベントやメディア出演・インタビューをサポートました。

 

スポーツを切り口に持続可能な開発目標(SDGs)達成にむけた取り組みやアイディアを共有する国連と朝日新聞社とが主催したオンラインイベント「SDG ZONE at TOKYO」シリーズでは、その開幕セッションで「平和と開発のためのスポーツ」をテーマにした議論に登壇。国連の平和オペレーションや人道支援・開発など幅広い分野に従事した経験も基に、スポーツの力が紛争や危機に直面した社会で信頼を醸成したり若者がよりリーダーシップを発揮する手助けをしたりと、コネクターとしてのスポーツの役割について熱く語りました。

リオ2016大会に出場したピュール・ビエルUNHCR親善大使や北澤豪サッカー日本代表および日本サッカー協会理事とオンラインで議論を行った

 

さらに、国際的なキャリアに関心のある若者たちを対象に外務省 国際機関人事センターが開催したオンライン・セミナーに出演し、自らの若かりし頃のエピソードを交えた基調講演を行うとともに、国連職員・幹部に求められる資質など、質疑応答では時間が許す限り質問やコメントに丁寧に回答する姿が印象的でした。

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セミナーでは気候変動枠組条約事務局(UNFCCC)の若手とともに国連の仕事の現場やキャリア形成のアドバイスを共有した ©︎ 外務省

 

「自分が何をしたいのか・どういった分野で貢献できるのか・なぜそうしたいのか」というWHATとWHYへのこだわり、ビジョンを示し背景の異なる関係者を納得させるだけのコミュニケーション力、混沌とした中から核となるプリンシプルを紡ぎ出す洞察力など、中満事務次長の長い国連での経験から、国連幹部職員に必要だと痛感される素養について多くの踏み込んだアドバイスが共有されました。ほかのイベントではなかなか触れることのできない、強いメッセージが詰まったイベントとなりました。

 

報道番組へのライブ出演での議論は、「核なき世界への羅針盤」と題して、来年開催の核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議や核兵器禁止条約第1回締約国会議をめぐる議論をはじめ、米中ロの動きと日本の役割、新興技術の兵器転用をめぐる最新動向についてグローバルな知見を共有しました。さらには「ジェンダー平等への取り組み促進は日本の死活問題」にも議論が拡がりました。

 

私はスタジオで立ち会いましたが、ゲストも女性、番組側出演者も全員女性で軍縮・安全保障の丁々発止の議論を1時間みっちり行ったのは、日本の軍縮・安全保障をめぐる環境において非常に画期的だったと感じています。

 

公務の締めくくりとして、8月11日の日本記者クラブで「岐路にある軍縮と安全保障:AI・サイバー・宇宙と核兵器をめぐって」をテーマに記者会見を行いました。何と、偶然にも昨年同クラブで記者会見したのも8月11日で、中満事務次長がメディアに対してメッセージを伝えることを重視していることの表れでしょう。

 

この記者会見は新興技術の軍事転用や宇宙利用も含め、速いスピードで進んでいる軍縮・安全保障の議論の最前線に直接触れる機会であり、是非多くのメディア関係者や国際政治を学ぶ学生の方々に上記の会見の録画を視聴していただければと願っています。

 

来年1月のNPT再検討会議・3月の核兵器禁止条約第1回締約国会議で成果を出し、21世紀型の新しい安全保障・軍縮のアプローチを紡ぎあげるためにも、中満事務次長の奔走が続きます。

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BS日テレ「深層ニュース」生放送終了後、出演陣の皆さんと ©︎ Kaoru Nemoto

 

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(31) 小松原茂樹さん

n 国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第31回は、小松原茂樹さん(UNDPマラウイ常駐代表)からの寄稿です。

 

コロナ禍のマラウイから考える:アフリカの可能性とTICADへの期待 

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徳島県生まれ。東京外国語大学卒業後、ロンドンスクールオブエコノミクス大学院で経済学修士号(国際関係学)を取得。(社)経済団体連合会事務局、OECD経済協力開発機構)民間産業諮問委員会(BIAC)事務局出向を経て2002年より国連開発計画(UNDP)に勤務。本部アフリカ局カントリーアドバイザー、ガーナ常駐副代表、本部アフリカ局TICADプログラムアドバイザーなどを歴任、2019年6月より現職。© ︎UNDP Malawi

 

私が国連開発計画(UNDP)の常駐代表を務めるマラウイ共和国は、アフリカ大陸の東南部に位置する人口約1900万人の国です。淡水湖として世界で5番目に大きいマラウイ湖(瀬戸内海程度)と、それを抱く陸地(近畿・中国・四国・九州を合わせた程度)で構成され、3000メートルを超える山もある、起伏に富んだ国土です。農業国で、タバコ、茶、コーヒーなどが商品作物ですが、目立った天然資源はなく、経済がなかなか発展しない一方で、人口は毎年数%増え続けており、一人当たり国内総生産GDP)は401ドル(日本は約4万ドル)と最貧国に留まっています。首都のリロングウェは標高約1000メートルの高地にあり、湿度が低く快適な気候に恵まれており、首都から一歩出れば風光明媚な光景が広がる一方で人々の生活は大変厳しいのが現状です。

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(外務省ウェブサイトより)

 

マラウイでは昨年4月に新型コロナウイルスが初めて確認され、6月から9月にかけて第一波が、12月から3月にかけて第二波がマラウイを襲いました。7月からは第三波が襲っており、第一波と第二波で既に厳しい状況に置かれているマラウイの経済や社会は更なる試練に晒されています。マラウイ保健省の発表によれば(2021年8月20日現在)新型コロナウイルス感染症の感染者は累計で5万9249名、死者が2044名となっていますが、マラウイでは元々医療システムが非常に脆弱(人口10万人あたり医者が3名)な上に、基本統計が整っておらず、死者の8割が病院に行かずに亡くなるとも言われていることを考えると、実際のコロナ関連の死者数は遥かに多いのではないかと思われます。

 

このような状況で、強く望まれるのがワクチン接種の拡大・加速です。マラウイは、ワクチンの公平な分配をめざす国際的な枠組みである「COVAXファシリティ」を通じて3月に約40万回分の供給を受けました。その後、アフリカ連合AU)、インド、米国、フランス、英国などからも二国間協力によってワクチンが追加提供されましたが、一度でもワクチンを接種した人は人口の3%強、完全に接種を済ませた人に至っては2%弱に過ぎません。世界保健機関(WHO)によれば、アフリカ全体では今までに約1億2000万回分のワクチンが供給され、9000万回弱の接種が行われましたが、13億人以上の人口に対する接種率は6%強に留まっており、WHOが目標とする年末までに40%の接種率達成は困難な状況です。

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COVAXファシリティを通じたワクチンの提供 © UN Malawi

 

更に、ワクチンの供給が進んだとしても、それを現場まで輸送した上で、安全に管理し、接種状況を把握するためには、サプライチェーンの強化が不可欠です。マラウイでは、道路、電力、通信全てが不十分・不安定ですが、日本政府がコールドチェーン(低温物流)の強化を支援しており、UNDPでも保健省と協力して、2Gの携帯通信網でワクチンの温度・在庫管理ができる技術(Electric Health Information Net-work:E-HIN)の展開を進めています。また、UNDPでは、マラウイの有力6大学と協定を結び、日本政府の支援で、産学協力を通じたコロナ対策に不可欠な個人用防護具(PPEs)のマラウイ国内生産を支援しており、あわせて、イノベーション、起業家支援、観光セクターへの支援など、民間経済分野の支援も進めています。

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日本政府が支援するPPEプロジェクトのローンチ ©︎ UNDP Malawi

 

世界各地で様々な緊急事態が発生した際、状況が許す限り現地に留まって支援を続けるのは多くの場合国連機関です。国連職員は世界各地の現場で、「エッセンシャルワーカー」(必要不可欠な人員)として日々汗をかいています。マラウイでは、約800名の国連関係者が広範な支援業務に携わっていますが、医療インフラが極めて脆弱なため、コロナウイルスに感染したとしてもマラウイ医療機関での治療を期待することはできません。そこでマラウイで活動する国連機関が連携・協力し、最初のコロナ感染から4ヶ月後の2020年8月に、世界で2番目となる国連職員及び家族向けのコロナ一時治療施設を立ち上げました。2020年12月から2021年3月にかけてマラウイを襲った第二波では、残念なことに8名の国連職員・関係者がコロナに感染して亡くなりましたが、多くの関係者が、このクリニックに救われました。2021年3月以降は、マラウイ政府の厚意で国連・外交・援助関係者向けにもワクチンが割り当てられ、国連のコロナクリニックを通じてワクチン接種が行われています。2020年4月に空港と国境が閉鎖され、情報、物資、人的サポートなど、全てが不足する中で国連関係者が文字通り暗中模索で立ち上げたクリニックは、国連のスタッフや家族だけでなく外交・援助関係者の命を救うことに大きく役立ちましたが、職員や関係者の全てがワクチン接種を済ませるまでには至っておらず、第三波でも職員や関係者にコロナ感染者が出ています。数名が重症化して飛行機で国外に緊急搬送されるなど、依然として油断ならない状況が続いており、残る職員と家族へのワクチン接種を急いでいます。 

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国連が支援している治療センター(Treatment Centre)が携わった飛行機による緊急搬送では、患者をビニール製の隔離用チューブに覆って搬送することもあった © UN Malawi

 

アフリカでは2021年1月1日から、アフリカ大陸自由貿易地域(African Continental Free Trade Area)が発効し、人、モノ、資本の移動をアフリカ大陸で促進する世界最大の自由貿易地域の実現に向けた取り組みが始まりました。しかしながら、先進国を中心にワクチン接種が進み、経済や社会が急速に「ニューノーマル」に移行しようとする一方で、アフリカ・アジアの途上国や低開発国でコロナの感染拡大とともに死者、重症者が増加し、経済・社会活動に支障をきたす状況が続けば、コロナが次第に “Pandemic of Unvaccinated”(ワクチン接種を受けていない人たちのパンデミック)となり、世界で、あるいは各国内で様々な分断と格差が生まれるリスクが懸念されます。世界共通の取り組みであるSDGsの達成が更に遠のく状況にもなりかねません。

 

他方、コロナ禍はICT、デジタル技術、イノベーションなどによるマラウイ経済・社会の発展の新たな可能性を切り拓くきっかけともなりました。UNDPが支援してきた身分証明書(ナショナルID)プロジェクトでは、マラウイ政府がデジタル技術を活用して1000万人を超えるマラウイの成人全てに身分証明書を発行しました。この身分証明書は、すでに民間銀行の本人確認、パスポートをはじめとする出入国管理、年金や各種補助の不正受給防止、公務員の人員管理など、多様な分野で活用されており、その革新性が評価されて2021年5月に万国通信連合(ITU)のWorld Summit on Information Society(情報社会サミット、通称WSIS)で表彰されました。コロナ禍においては、ワクチン接種の管理とフォローアップに活用されています。さらに、マラウイ国会では、コロナの状況下でも安全に国会審議ができるよう、UNDPの支援でビデオ会議設備を導入し、それをきっかけに、インターネットを利用した「国会TV」を設立して、国会審議の生中継を始めました。

ビデオ会議用のデジタル機器は直接国会議長に寄贈した。国会TVの導入は、議員を感染から守り、人々と国会との距離を縮めることに貢献した 

 

マラウイはコロナ危機に襲われた2020年にも堅調な農業などに支えられて1%のプラス成長(世界銀行)を維持しました。2021年は2.8%(世銀)まで回復するものと見込まれています。アフリカ全体でも2020年はマイナス2.1%(アフリカ開発銀行)成長と、世界的に最も軽微な影響に留まり、2021年には3.4%(同)が予測されています。アフリカからアジア、南北アメリカ、欧州、中東の各地を結ぶエチオピア航空は、コロナ危機の2020年度も黒字を計上した世界的にも珍しい航空会社となりました。依然としてコロナの影響が懸念されるアフリカですが、将来に向けて着実に再加速が始まっています。

 

また、コロナ禍は今まで気がつかなかった働き方を発見する機会ともなりました。UNDPマラウイ事務所ではほぼ一年にわたって在宅勤務が続きましたが、様々なリモート会議ツールが日常的に活用されるようになり、国内外の様々な専門家や関係者から助言を得たり、プロジェクトに協力してもらったりすることが容易になりました。リモート会議では対面よりも周りの目線を気にせずに意見やアイデアを出しやすい(?)という意外な効果もあるようで、特に若手のスタッフから積極的に意見や提案が出るようになりました。これらのツールは「コロナ後」も引き続き活用したいと考えています。

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3月に開かれたUNDP人間開発報告書2020のマラウイでの発表もオンラインで行われた 

© UNDP Malawi

 

2019年にUNDPの常駐代表としてマラウイに赴任するまで、私はUNDPが日本、アフリカ連合AU)、世界銀行、国連事務局と共に運営するアフリカ開発会議TICAD)でUNDP側の調整窓口を務めていました。1993年に第一回のTICADが開催されて以来、TICADはアフリカの将来に関心を持つ多様な人々が一堂に会し、アフリカ各国の首脳と共にアフリカの安定と成長を議論し、具体的な行動に繋げる世界的なフォーラムとして発展を続けてきました。アフリカ各国首脳に加えて、欧米やアジア諸国、100を超える国際機関、民間企業、市民社会、研究者など、参加者は益々多様になり、取り上げられるテーマも開発援助や南南協力に加えて貿易投資、イノベーション、起業家支援、ビジネス環境の整備改善、市民社会同士の交流・協力を通じた草の根支援など多岐にわたっています。アフリカに特化してこれ程幅広い関係者を集め、多様な議論や交流を展開しているフォーラムは他に見当たりません。また、国連の場で合意されたミレニアム開発目標MDGs)や持続可能な開発目標(SDGs)などにはTICAD の議論や提言が反映されています。アフリカ開発に関する国際的な論調をリードしてきただけでなく、アフリカの声を世界に届ける役割も果たしてきた事もTICADが関係者に高く評価されてきた理由の一つです。

 

コロナ危機はアフリカの新たな可能性を発見するチャンスでもあります。TICADは政府間協力と民間経済を両軸とする、アフリカに関する総合的なフォーラムに進化しましたが、来年チュニジアで開催されるTICAD8が新たな時代の開発援助のあり方を考え、経済社会の可能性を引き出す大変重要な機会になることを期待しています。

 

マラウイリロングウェにて

小松原 茂樹

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(30) 根本かおる

 国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第30回は、根本かおる(国連広報センター所長)からの寄稿です。

 

コロナ時代のメンタルヘルスを考える 

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2013年に国連広報センター所長に就任。それ以前は、テレビ朝日を経て、1996年から2011年末まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)にて、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。WFP国連世界食糧計画広報官、国連UNHCR協会事務局長も歴任。2012年からはフリー・ジャーナリストとして活動。コロンビア大学大学院修了 ©︎ UNIC Tokyo

 

著名人のメンタルヘルスに関するニュースが相次いでいる。俳優の深田恭子さんが、7月スタートの連続ドラマの出演を降板した。所属事務所の芸能活動休止の発表では、昨年春から体調を崩し、今年5月に医師から「適応障害」と診断されたという。仕事のことは忘れてゆっくり休養し、再び元気な「深キョン」スマイルを見せて欲しい(私は特に彼女がコメディエンヌぶりを全開して主演した『下妻物語』の大ファンで、気分がふさいだ時にこの映画をみると心が軽くなる)。

 

さらに、テニスの大坂なおみ選手も、2018年の全米オープンで優勝してからうつ病に苦しんでいることを告白した。公表するのには大きな勇気が要ったことだろう。心身が万全でない中で決断するに至った大坂選手にエールを送りたい。テニスからしばらく距離を置いて、休養に専念して自分らしい「これから」を見出して欲しい。また、私自身も記者会見やパブリック・スピーキングでの緊張や失敗を数多く経験し何とか今に至っている当事者であり、「自分を自分よりよくわかっている人間は他にいない。大坂なおみを語らせたら、私が一番」ぐらいの開き直りを持って発信するのを楽しむようになって欲しいと老婆心ながら思っている。

 

さて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大で、経済・雇用・教育をはじめ、あらゆる分野において将来が見通せなくなっている。さらに、日頃頼りにしていた家族・親類縁者・仲間たちにも、思うようには直接会えなくなっている。だからこそ精神的な支え合いが必要になる。しかしながら ― 私はある日本を含めた国際世論調査のデータから衝撃を受けた。国際調査会社のIPSOSとイギリスの研究機関が共同で日本を含め世界28ヶ国を対象に行った調査を、今年3月に発表したものだ。3月8日の国際女性デーに合わせて公表されたが、その調査内容はジェンダー分野を越えてコロナ禍における人々の意識を理解する上で興味深い。

 

「COVID-19の世界的大流行を受けて、私は以前より地域の人々を助けるようになっている」という設問に対して、そう思うと回答した人の割合は、全体の平均が33パーセントだったのに対して、日本は10パーセントで28ヶ国中最低だったのだ(表1)

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表1:パンデミックによって前より地域の人々を助けるようになったと回答した人の割合が緑で示されている

 

さらに「COVID-19による混乱の中で、あなたの友人と家族からどの程度支援を受けたと感じるか?」に対して「支えてもらった」と回答した人の割合は、28ヶ国の平均が71パーセントだったのに対して、日本は38パーセントで圧倒的な最下位(表2)。下から2番目のポーランドの55パーセントまではなだらかに下降しているものの、日本で大きな段差を伴う減少となっている。

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表2:パンデミックの中で、友人と家族から支援を受けたと感じたと回答した人の割合が緑色で示されている

 

これらの回答のデータだけを見ると、「支える・支えられる」という地域のつながりや友人・家族からの直接の支援の関係が、日本で希薄に受け止められているのかもしれないということが浮かび上がってくる。それは即ち「助けて欲しい」という声をなかなか上げにくくなっていることも示している。

 

長期化するCOVID-19により社会全体で不安の増大やモチベーションの低下があり、これはうつや適応障害をはじめ、メンタルヘルス上の課題を生みやすい。メンタルヘルスの問題は元気な人と外見からはなかなか区別がつかず、周囲からのサポートを受けづらく、そして誰にでも起こりうることである。

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WHOもパンデミック当初から、メンタルヘルスの重要性を発信してきた ©WHO

 

実は私自身も、うつと適応障害の苦しみを当事者として経験したことがある。これからメンタルヘルスの問題に直面する人、今直面している人たちにとって、その対処方法の参考になればと思い、自分の経験について語ろうと思う。自分のこの苦い経験について書くのはこれが初めてのことだが、専門医や周囲のサポートを受けながら乗り越えられるものだと知って欲しい。

 

十数年前、国連難民高等弁務官事務所の仕事で新しい任地に日本から単身赴任してまもなくして、不安や緊張が強くなり、眠れないことや気分がふさぐことが多くなった。それまで一つのオフィスを切り盛りして成果を出していたのに対して、海外赴任で仕事環境・人間関係に大きな変化があったのに加え、新しい職場で自分の所掌すべき分野が長らく手つかずに放置されてきていたことに気づいた。自分の手に負える範囲を越えていた上、自分がイメージする「自分らしさ」を全く発揮できず、日に日に自信を喪失していった。オフィスの自席にいることがいたたまれず、10分おきにお手洗いに駆け込んではため息ばかりついていた。

 

プライベートでも、単身赴任で時差の大きな日本の家族ともなかなか話せなかった。サポートしてくれるネットワークに乏しく、大きな孤独感を抱えていた。赴任の時期がヨーロッパの暗くて長い冬の入口だったことも影響しただろう(太陽光を浴びることで活性化される「セロトニン」という脳内物質が精神的な安定に寄与すると言われている)。

 

気づけばベッドから起き上がれず、かと言って、ベッドの中にいて眠れるわけでもない。そうこうするうちに、食事の味がしなくなり、食べることが億劫になり、家の中でも立ち上がれない状況に陥った。もちろん医者に診てもらってはいたが、日本と違って彼の地では完全予約制。医者も患者も英語を母語としない者同士でのカウンセリングは、今にして思えば歯車がかみ合っていたとは思えない。数カ月間、経験したことのない体調不良が続き、思い切って療養のため日本に帰国した。帰国のためのフライトは十数時間。他人と密接する密閉空間にギリギリ耐えることができた。空港から自宅にたどり着いてテレビを点けると、バンクーバー五輪を中継していた。好発進していた織田信成選手は靴紐が切れて一転悪夢に、そして高橋大輔選手が3位で表彰台に ― 「人生いろいろ」と思ったことをいまだによく覚えている。

 

日本でかかった医者とは相性がよく、徐々に回復し、半年で日本を発って再度任地に向かった。前回の失敗を繰り返さないように、まだ夏のうちに復帰したのだが、頼りにしていた医者から離れざるを得なかったことが大きかった。再びみるみるうちに体調を崩し、日本に帰国したが、「もう自分は職場に戻れないかも」との予感があり、打ちのめされ度は大きかった。

 

病気になった当時の自分は、痛々しいほどに「優等生」で、悪い意味で「完璧主義者」。よく言えば真面目、裏を返せば融通が利かず、人の目ばかりを気にしていた。夫には「いい年して『優等生』なんて。『人生こんなもんだろう』と気楽にやってくれ」と言われた。仕事が人生の柱となっていただけに、病気で人生の優先順位を見失い、帰国した東京で、ふと気が付くと地下鉄のプラットホームの端を歩いていた。助けられたのは、勤めていた国連機関が、職員の長期の疾病休暇取得に寛容だったことだ。転勤を多く伴う、紛争と隣り合わせで治安状況が不安定な任地を多く抱え、ストレス度の高い職場環境だけに、メンタルヘルス上の問題に苦しむ職員は少なくない。

 

帰国してしばらくは、心療内科医への通院と近所の買い物以外は一日中ソファーに横たわり、窓から雲が流れるのをぼーっと見ていた。テレビでも、バラエティー番組のけたたましい笑い声に耐えられず、見るのは専らニュースと教育・教養番組のみ。文字を読むのも辛かった。しばらくすると、カウンセラーの勧めもあり、自分の気持ちが前向きになることやモノを書き出し、努めて行うようになった。私が実際に行ったことを以下に紹介する。

 

 

スポーツ選手が集中力を高め平常心を保つための「ルーティン」ではないが、気持ちが崩れそう、否定的になりそうになった時に、これらを意識的に行うと気持ちが整うことを知った。さらに、自分に出来なかったことではなく、出来たことに目を向けて、小さな達成感を積み重ねていく、ということだ。「きょうはこれができた」「あそこまで行けた」と記録を付けた。

 

また、日本での療養中に東日本大震災津波に遭遇したことも、自分が一直線ではなく斜め方向に進む選択をすることに背中を押した。多くの方々が命を落とし、住む家を失う中で、自分の抱える問題がいかに小さなことか思い知らされると同時に、長年海外で培ってきた難民支援の経験を今こそ日本に還元すべきでは、と思ったのだ。避難所の運営上の課題は難民キャンプに通じるものが多分にあり、また復興過程についても共通点は枚挙にいとまがない。多くの市民団体が震災復興支援の在り方について積極的にセミナーを開催し、政府に提言を行っていたことにも勇気づけられた。層の厚い市民社会の存在と知見の深さを実感した。

 

そんな中、ブータンの国王夫妻が被災地を訪問し、にわかにブータンが「幸せの国」としてブームになったのだが、そのブータンから国籍をはく奪され追放された難民たちに寄り添って支援活動をしてきた身としては、あまりにも一方的な伝えられ方がいたたまれなかった。この課題について詳しく書けるのは自分だけ、ただ組織に属したままでは迷惑がかかる ― 震災後の日本につなげながらブータン難民について本にまとめたいという気持ちと国連機関に所属しなくともきっとどうにかなるだろうという気持ちから、2011年いっぱいで国連難民高等弁務官事務所を退職した。そして、フリーの立場から2012年に2冊(いずれもブータン難民関連)、2013年に1冊(日本の難民受け入れについて)本を上梓し、その後2013年夏から縁あって国連事務局の日本における出先事務所にあたる国連広報センターに勤務している。国連の活動全般に関する広報発信を柱とする非常に守備範囲の広い仕事内容だが、これまでのところやりがいを持ってやって来ることができた。

 

これらの経験とうつ・適応障害からの回復、そして人生の中間地点での一直線ではなく斜め方向に進む選択は、より楽に生きられるよう人生をリセットする上で、必要なことだったと今では思っている。年齢を重ねるとともに、いい意味での「図太さ」「いい加減さ」も身に付いた。苦手なことも「トライしてみるチャンス」、緊張を伴う大舞台も「みんなに見てもらえるチャンス」と捉えられるようになった。さらに、今ある自分を支え、今立っているステージを作ってくれている多くの関係者や自分の周りのチームに感謝する気持ちも強くなった。主治医を定期的に受診し、微量の服薬を続けつつ、自分のこころと付き合っている。

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COVID-19の影響が続く中、いまいちどメンタルヘルスを保つ大切さが認識されている ©WHO/G. Motturi

 

このコロナ時代、なかなか思ったように物事は進まない。水が半分入ったコップを見て、「半分しかない」ではなく、「まだ半分ある」と考える気持ちが大切なのはもちろん、気候危機や感染症対策といった途方もなく大きな地球規模の問題も解決策を紐解いていけば、個人のアクションのレベルにまで突き詰められる。個人レベルに存在する力が集積して解決策が生まれる。「どうせ」という無力感ではなく、個人に備わった解決への力に目を向けたい。それは、メンタルヘルスを良好に保つ一助にもなると確信している。

 

日本・東京にて

根本 かおる

「国連平和維持要員の国際デー」に向けて:フィールドの視点を本部での調整に活かす

5月29日の国連平和維持要員の国際デーに向けて、国連オペレーション支援局 メディカルトレーニングオフィサーの川﨑真知子さんから、平和維持のための能力構築支援について寄稿をいただきました。

 

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1998年岡山大学大学院薬学研究科修了。薬剤師。陸上自衛官。 1998年に陸上自衛隊入隊以降、自衛隊中央病院陸上幕僚監部衛生部での勤務を経て、中央即応集団司令部民生協力課長、第10後方支援連隊衛生隊長、衛生学校教官等として勤務。2002年には第1次東ティモール派遣施設群薬剤官として、2013年にはUNMISS軍事部門司令部兵站幕僚として2度のPKOに参加。 2020年8月より国連オペレーション支援局メディカルトレーニングオフィサーとして国連三角パートナーシッププロジェクトに関する業務に従事。© Machiko Kawasaki

 

能力構築支援との縁

実は2014年にも国連平和維持要員の国際デーにあたり、国連広報センターのブログに根本所長とのインタビュー記事を載せていただきました。当時の私は国連南スーダンミッション(UNMISS)での6か月の司令部幕僚としての勤務を終え帰国したばかりで、派遣中に感じたことやPeacekeeperとして現場で働くやりがいなどについてお話をさせていただきました。その最後に今後の抱負について「能力構築支援等の事業企画にかかわり経験を活かしたい」と述べていました。もちろんその時は、7年後にニューヨークの国連本部でPeacekeeperの能力構築にかかわることになるとは全く想像もしていませんでした。2020年8月より医療分野にかかわるPeacekeeperに対する能力構築を担当するために国連三角パートナーシッププログラムのチームとして国連本部で勤務することになり、偶然のめぐりあわせに驚くとともに、自分のこれまでの経験を活かせるチャンスが巡ってきたことにとてもやりがいを感じています。

 

国連三角パートナーシッププログラムの輪

国連三角パートナーシッププログラムは国連が企画を担当し、支援国が資金協力や教官や装備品の提供をして、要員派遣国に対し訓練を実施して質の高いPeacekeeperを育成することを目的として2015年から始まりました。国連、支援国、要員派遣国の3者が協力するユニークな取り組みで、施設分野の訓練を皮切りに医療分野、情報通信分野に訓練分野を拡大しています。PKOのための行動(Action for Peacekeeping 略してA4P)に関する様々な会議や報告書でも国連三角パートナーシッププログラムについて言及されており、認知度が高くなっていることを実感しています。このプログラムには事業の当初から日本政府による資金協力がなされているほか、人的支援として自衛隊から施設や医療の教官が派遣されています。日本のほかにも、施設訓練にはスイスやブラジル、医療訓練にはドイツやベルギー、情報通信分野の訓練にはカナダやデンマーク、フランスなどが教官を派遣しています。また、ベトナム、モロッコケニアウガンダなどが訓練施設の提供などを行っており、この国連三角パートナーシッププログラムの輪は大きくなってきています。

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2019年にウガンダで実施した第1回野外衛生救護補助員コースの実施風景。日本の教官等がUNMISSおよびMONUSCOに派遣中の各国軍の歩兵要員等に対し、マネキン人形を用いて救護実習を行った。 ©︎ UN

 

医療訓練への期待

現在、私が担当する医療訓練については、人工呼吸の課目など訓練参加者が近接して行う実習が含まれるため、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の状況を踏まえ従来のような対面での訓練は延期せざるを得ない状況にあります。しかし、厳しい状況が続く中でも、いろいろな国から関心が示され、期待の高まりを感じています。従来から教官派遣を行っている国からは、「今後も教官派遣を継続したい」、更には継続的に教官を派遣できるよう「教官養成コースに若手教官を派遣したい」との要望も出されています。また、これまで医療訓練に関与していなかった国からは「自国で国連三角パートナーシッププログラムの下、医療訓練を実施できないか」との問い合わせが寄せられており、協力の意思を示していただけることに感謝の気持ちでいっぱいです。COVID-19の状況下ではあるものの、PKOの現場では敵対行為や事故による死亡事案は発生しています。そのため、より多くの国に関与してもらい最前線のPeacekeeperの救命処置などの技術を向上させ、適切にそれを使えるようにしていかなければならないと強く感じています。

 

一方、訓練において語学力が大きな壁になることがあります。前回の訓練は英語で実施されましたが、英語を母国語としない訓練生にとっては、十分に内容を理解できなかったり、わからないところを質問するのをためらったりすることも見受けられました。また指示や注意事項を聞き逃してしまう問題も発生しました。医療用語は母国語でも正しく理解することは簡単ではありません。そのため、必要な時に適切な救命処置などを実施できる能力を身に着けるために、それぞれの国で母国語によるコース開催を可能にする教官の養成が急務と認識しています。また、教官養成コースが持つ幅広い効果も見逃せないと思います。私自身、国連の「文民の保護」に関する教官養成コースに参加をした経験がありますが、国や文化、宗教などが異なる人を対象に教える際の注意点や、多様性ある参加者から意見を引き出して主体的に参画してもらえるような講義や訓練の進め方などを習得でき、日本で教官として勤務する際に非常に役立ちました。特に若い教官にとっては新しい発見があり教官として成長する良い機会になりうると思います。COVID-19の状況下でも実施可能なオンライン講義を取り入れた教官養成コースの開発中で、今年中に何とかコースの開催ができるよう現在同僚たちとアイディアを出し合っています。

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国連の同僚とのオンラインミーティング © Machiko Kawasaki

 

さいごに

ニューヨークに赴任した当初はCOVID-19の猛威がニューヨークを襲った直後で、国連本部もほとんどの職員が在宅勤務の中、新しい環境に適応し新しい仕事を把握するのには正直苦労しました。現在は徐々に規制が緩和されつつあり、オフィスに出勤する機会も増えています。オンラインミーティングなどを活用すれば直接会わなくても仕事ができるようになっていますが、人と人との直接的なコミュニケーションがいかに大切かをニューヨークに来て以来痛切に感じています。治療や処置に関する手取り足取りの技術的な訓練はオンラインでは実施が難しい分野です。リモート訓練やオンライン講義など新しいやり方を取り入れつつ、従来型の対面式訓練がよりグレードアップするよう訓練の準備を進めていく予定です。 

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最近はオフィスでもオンラインミーティングが行えるようになった © Machiko Kawasaki

 

UNRWA日本人職員より緊急報告:パレスチナ・ガザ地区の状況について

国連パレスチナ難民救済事業機関UNRWA)に勤める日本人職員から緊急報告(5月18日付け)が届きました。ぜひご一読ください。

(無断での転載を禁止します)

パレスチナにおけるUNRWAの活動や、パレスチナ難民についてさらに知りたい方は、2018年掲載のシリーズ【故郷を後にして70年。今も試練に直面し続けるパレスチナ難民と彼らを支援する国連機関UNRWA】をぜひ参考にしてください。

また、コロナ禍におけるパレスチナ難民の状況について、2020年の5月にUNRWA保健局長の清田明宏さんから寄稿をいただいています。こちらも併せてご覧ください。

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(29) 進藤奈邦子さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第29回は、進藤奈邦子さん(WHO感染症危機管理シニアアドバイザー)からの寄稿です。

 

COVIDの行く先 ー 世界保健デーに思う

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1990年東京慈恵会医科大学卒、医師、医学博士。英国王立内科医協会フェロー。2014年フランスロレアル女性科学者特別賞受賞、2019年イタリア国立スパランツァーニ研究所「科学の母」賞受賞。米国ダナ・ファーバー研究所附属病院、英国セントトーマス病院、オックスフォード大ラディクリフ病院にて臨床研修。専門は内科学、感染症学。国立感染症研究所情報センター主任研究官を経て2002年厚生労働省よりWHOに技術派遣、2005年よりWHO職員。危険感染症発生情報の収集と解析、現地調査及び対応を担当。2018年1月よりシニアアドバイザーとしてWHOの感染症危機管理のブレイン役を勤める。 ©︎ Nahoko Shindo

 

「まさかこんな世の中になるなんて、誰が想像したでしょう。

パンデミックが全てを変えてしまいました。」

 

日本に住む親しい友人から、ジュネーブの私の手元に届いたクリスマスカード。次の文章に移ることができず、しばらくこの二行をじっと見ていました。少なくともこの20年あまり、私が仕事として積み上げてきたことの全てがパンデミックのためだったので、何か私の知らない言語で、意味の分からないことが書いてあるかのように感じたのです。自分が異次元に浮遊しているようにも思えました。

 

感染症の「地球防衛軍」とも言える私の同志たちも、この異次元感覚にさいなまれながらこの一年を過ごしてきたのではないでしょうか。津波のような仕事量に押しつぶされそうな毎日。自明ともいえる単純な基本がどうしてわかってもらえないのか、実行できないのか、大きく脱線していくパンデミックの運命をなんとか軌道に戻すことはできないのか。動く標的を全力で追いかける日々。


一日の終わりが近づくころ、人気のないエントランスホールを横切り執行理事会会議室に入ると、煌々と照明に照らされて今日もカメラの前で静かにプレスカンファレンスに臨むテドロス事務局長が見えます。

 

テドロス事務局長はどんなプレッシャーや混乱の下でも決して声を荒げることはなく、いつも真っ黒な大きな瞳に静けさを漂わせ、じーっと目を見据えて話されます。2002年にWHOに勤め始めてから4人の事務局長にお仕えしましたが、テドロス事務局長は不思議度ナンバーワンです。驚異的な精神力と体力の持ち主で、本当にこの人は自分と同じ人間なのかと思うことしばしばです。柔らかく静かで、ちょっとハスキーな声は説得力抜群です。テドロス事務局長はWHOスタッフを「きょうだい」と呼びます。私のことも名前の前に、「マイ・シスター」をつけて呼んでくれます。悪い気はしません。みんな一つの家族なんだということなんです。私たちのほうが、本当の家族より過ごす時間が長いのは明らかです。

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WHOテドロス事務局長、第147回執行理事会にて(2020年11月16日)©︎ WHO

 

執行理事会会議室。WHOのジュネーブ本部で最大の会議室です。木をふんだんに使ったこの巨大な空間は、高い天井から自然光のような照明が降り注ぎ、吸音素材のおかげで静寂なことこの上ありません。後方の椅子に身を沈め、正面に掲げられたWHOのエンブレムを見上げ、静かなテドロス事務局長の声を聴き、気持ちを落ち着かせて元気をもらい帰途につきます。

 

地球防衛軍、と言いましたが、私たちが目立たず取り沙汰されないほうが地球は平和だということです。取り沙汰されていないときに着々とパンデミックの準備をしていたのです。いえ、している「はず」でした。パンデミック対策の成功は9割が準備にかかっているといっても過言ではありません。2009年新型インフルエンザパンデミックの直後に組織された国際保健規約(IHR)検証委員会の議長Harvey Fineberg氏(当時米ハーバード大公衆衛生院学長)はその最終レポート発表時の記者会見で、「世界は重症のインフルエンザ、あるいは類似の地球規模かつ遷延する公衆衛生上の危機に対して病的なまでに準備不足」と述べました。WHO感染警戒プログラムではこの言葉を受け、過去のアウトブレークのデータと様々な指標を組み合わせ、いわゆる新興・再興感染症の「ホットスポット」を割り出し、それらホットスポットに照準を合わせて準備を積み重ねてきました。もちろん地域事務局のリーダーシップと国オフィスやパートナーの協力なしにはできないことです。また、パンデミックインフルエンザ枠組み条約(PIPF)[i]を作り地球規模の準備を進めてきました。2014〜2015年に起こった西アフリカのエボラウイルス病(旧名:エボラ出血熱)の大爆発では、危険感染症が世界の危機管理問題として初めて国連安全保障理事会の議題になりました[ii]パンデミック問題を政治のアリーナに持ち上げるために2017年にはGlobal Preparedness Monitoring Board[iii]が設立され、世界に警鐘を鳴らしてきました。 

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トルコでは、鳥インフルエンザ感染の対応の一環で、ヴァン大学病院にて亡くなった患者さんのベッドを消毒した(2005年)©︎ Nahoko Shindo

 

母なる地球は少しずつページをめくりながら、これから先何が起こるのか教えてくれていたと思います。1997年香港での最初の鳥インフルエンザ(H5N1)の人感染、2002〜2003年の重症呼吸器症候群SARS, 2004〜2005年ふたたび大規模になってもどってきた高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)、2009年新型インフルエンザパンデミック(H1N1)、2012年中東呼吸器症候群MERS、2014〜2015年西アフリカエボラウイルス病、2015〜2016年ジカ熱、2017年鳥インフルエンザ(H7N9)。アジア、とくに中国南東部は科学的根拠に基づき最もパンデミックの起源となる可能性が高く、中国およびその周辺諸国は真剣にパンデミック準備策に取り組んできましたし、世界銀行をはじめ多くのドナーエージェンシーが資金提供して下さいました。その結果、アジアはほかの地域に比べ、COVID-19に強固な体制で立ち向かうことができましたが、米州や欧州は対岸の火事と思ってはいなかったでしょうか。

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西アフリカ、エボラ出血熱のフィールドレスポンスを指揮した(2014年)©︎ Nahoko Shindo

 

WHOは、COVID-19は対応次第ではパンデミックにならなくて済んだのではないか、と今でも真剣に考えています。テドロス事務局長は2020年3月にCOVID-19の状況を「パンデミック」と表現しました。この時点でも各国の真剣な科学に基づいた囲い込みがうまく行けば流行拡大を抑え込めるかもしれないと考えていました。もう覆水盆に返らず、の状況になってしまったのはインド亜大陸や米州にも感染爆発が起きた夏ごろからです。

 

WHOがパンデミック宣言をしなければならない感染症は、当時も今もインフルエンザだけです。パンデミック宣言により、PIPFで約束されたパンデミックワクチンの製造にスイッチが入り、抗インフルエンザ薬やパンデミックワクチンの無償、あるいは割引供与が始まる取り決めができているからです。普段は季節性インフルエンザを作っている製造ラインを一度止め、パンデミックワクチン製造に切り替える必要もあります。もともとパンデミックは誰かが宣言したからパンデミックなのではなく、現象(Phenomenon)です。ある病原体が引き起こす感染症が世界的に拡散し、健康被害を起こす状況を言い、たとえばHIVエイズの原因ウイルス)は潜在的パンデミックになった感染症の一例です。

 

WHOは国連の健康に関する専門機関であって、その最高の意思決定機関は194の加盟国代表で構成される世界保健総会です。その世界保健総会が満場一致で採択した世界保健規約[iv]に基づいてWHOが宣言できる最高レベルの警報はPHEIC(Public Health Emergency of International Concern, 公衆衛生上の国際緊急事態宣言)であって、その宣言は2020年1月末にすでに発令されています。この時点ですべての国で緊急対応が取られるべきでした。3月のWHOによるパンデミックという認識の表明は、欧州での、それにイランでの感染爆発により、パンデミック封じ込めがほぼ失敗に終わったとの最初の敗北宣言にほかなりません。

 

地球温暖化森林伐採国際紛争、飢餓、都市化、高度に発達し多様化した人の移動と交易。すべてが新興感染症の発生を促し、爆発が起こりやすい土壌を作っています。WHOの統計によると、一年間に170余りの「パンデミックの芽」が発生していて、およそ5年に一度は感染症による顕著な社会的現象が観察されています。COVID-19はそのうちの一つであって、パンデミックはこの先起こるかどうかが問題なのではなく、いつ起こるか、が問題なのです。

 

もともと人の病原体でない微生物が人間を宿主として生き延びようとするとき、必ず初めは非効率的な現れ方をし、感染が爆発することによって多くの遺伝子変異が起こり、微生物は適応に叶った変異を見つけ出し、より感染しやすいものに変異していきます。個体として脳を持たない微生物は数と確率試行で脳の機能を代替して生き残りを目指します。個体として最も発達した脳を持つ人類が、その知恵を統合して勝てないはずがないのです。ただ、人間には社会があり、習慣があり、人々の信念と欲求があります。この裏をかいてくるのが、脳を持たないけれども群として生存繁栄を目指す微生物の賢さなのです。COVID-19の病原体コロナウイルスは、人間が社会的動物であることに目をつけ、パンデミックになることに成功したのです。

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高機能N95マスクの装着テスト。空気漏れがないことを確認してSARS病棟へ(2003年)©︎ Nahoko Shindo

 

21世紀は何事も劇的に変化する世紀です。足し算でも掛け算でもなく、指数関数的にです。しかし、まだAIにすべてを任せられるところまでは来ていません。携帯アプリなど、先端テクノロジーを使うことで接触者把握ができると高を括って、専門員による聞き取り調査をしっかり行わなかった国は、接触者把握が不十分で封じ込めもうまくいきませんでした。一方、日本では基本に忠実な方法で保健所の保健師を動員してより丁寧に調査をしたため、接触者把握が正確で対応も効果的なものになりました。動員された調査指導員たちは接触者リストを根気よく割り出しただけでなく、接触者に対する保健衛生指導も徹底して行い、フォローアップ訪問や、症状が出た接触者の訪問検査なども行いました。COVID感染拡大阻止対策の基本は正確な接触者把握であり、そのために労を惜しんではなりません。COVID-19の病原体はクラスターを作ることで広がり、クラスターなしには逆に広がれませんでした。だからこそ接触者把握を徹底してクラスターをしっかりと追うことが封じ込めの基本です。早々に市中感染(あちこちに患者が発生して接触歴がわからずクラスターを追えない状態)と諦めてきめ細やかな調査を放棄した国はその後制御不可能な感染蔓延の状態に陥り、ロックダウンを余儀なくされたのです。

 

そして日本が絞り出した3密。今3CとしてWHOも世界に発信しています。そして今度はワクチン。ワクチン開発は急速に進み、緊急使用のワクチンが使われ始めています。同時に世の中では抑え込めなかった感染爆発をワクチンをあたかも万能薬のように考えて、ワクチンを接種していれば自由に行動できるようになる、また、ワクチンパスポートのように、ワクチンを打てば証明書がもらえて海外に自由に渡航できるようになる、という風潮も広まっているように思います。しかし、それが果たして正しい解決策なのでしょうか。このワクチンはあくまでも緊急対応のワクチンであって、重症化と死亡を減らすことが最大の目的です。新しいプラットフォームで作られたワクチンで、その効果や中長期的健康被害はまだまだこれから議論されていかなければなりません。ワクチンを打った人が感染しない、感染させない、ということもまだ十分にわかっていません。手洗い、マスク、人と人との距離を取る、といった公衆衛生対策はこれまでも、ワクチン接種開始後も、引き続き対策の要です。ワクチンはあくまでもトランプでいう手の内のカードの一枚で、ほかにも強いカードをそろえ、またそれらのカードを組み合わせて勝負しなければ勝つことはできません。切り札は使い方を間違えると切り札の役割を果たせないということです。

 

今回の緊急事態は、ウイルスの感染拡大による実際の感染症による「パンデミック」と、大量の情報が氾濫するなかで不正確な情報や誤った情報が急速に拡散して社会に悪影響を与える「インフォデミック」が並行して起こったことも特筆すべきです。ソーシャルメディアなどを通じて起こったこの「インフォデミック」で誤情報や風評が流布して人々は混乱し、正しい情報が伝わりにくくなり、パンデミック対応が困難になりました。政治的決断も世論に影響を受け、科学的に推奨される対応をすぐ政策に反映する、というようなサイエンスとポリシーも今までのようにはすんなりつながりませんでした。そのほかのパワフルな「グローバル・トレンド」[v]により、パンデミックの運命が決まっていったのです。近い将来COVIDがどうなっていくのか、未来を考え、すべての重大なリスクを洗い出し、あらかじめ対策に向けて準備していく。それが私の今の最大かつ緊急のタスクです。

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シエラレオネのケネマ病院にてラッサ熱患者の治療にあたった時に共に働いたWHOスタッフや現地の人々と(2005年)©︎ Nahoko Shindo

 

スイス・ジュネーブにて

進藤 奈邦子

 

[i] Pandemic Influenza Preparedness Framework https://www.who.int/influenza/pip/en/ accessed March 2021

[ii] https://www.bbc.com/news/world-africa-29262968 accessed March 2021

[iii] https://apps.who.int/gpmb/ accessed March 2021

[iv] International Health Regulation (2005) https://www.who.int/publications/i/item/9789241580496 Accessed March 2021

[v] Global Trends 人口増加、都市部への人口集中、移民・移住、高所得国の高齢化社会、貧富の格差拡大、第四次産業革命、新勢力の台頭など。https://www.dni.gov/index.php/global-trends-home accessed March 2021