国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

日本から世界に伝えたいSDGs⑤ 【私たちが何を選ぶかで社会は変わっていく 伝え続ける若き環境活動家】

茨城県笠間市稲田中学校での講演 ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

【略歴】露木しいな 2001年生まれ、神奈川県横浜市出身。高校3年間を「世界一エコな学校」と言われるインドネシアのGreen School Baliで学ぶ。2018年と2019年に国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP24・25)にも参加。現在大学を休学し、日本各地の学校で若者たちに環境問題について講演する活動を続ける。社会問題を1分で学べる動画も配信。

 

世界の優先課題「気候変動」に立ち上がる若者たち

いま気候変動はあらゆる国に影響を及ぼし、その対策は世界の最優先課題となっています。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、「地球はいまだ緊急の治療室にいる」とし、気候危機を深刻化させ、生態系を破壊している、自然に対する「自滅的な戦争」を終わらせなければならないと述べています。

気候変動の影響を切実に受けるのは、ギリギリの生活を強いられている最も脆弱な立場に置かれた人たち、そして未来を担う若い世代です。世界中で若き環境活動家が立ち上がっています。

日本各地で小学校から大学まで若い世代に向けて、環境問題を伝え続ける22歳の露木しいなさんもその一人です。「環境問題は待ってくれない」と、大学を休学し、日本各地200校で30,000人に向けて講演してきました。自分たちの手で変化を起こそうと、行動し続ける露木さん、その道のりと思いを取材しました。

 

大人になるまで待たなくていい 今できることを

去年11月、茨城県笠間市にある稲田中学校の全校生徒約120人を前に、露木さんはいま地球や自然に起こっている問題について講演しました。露木さんはこうした学校での講演を2020年、19歳の時に始めました。

稲田中学校の全校生徒に向けた講演 ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

活動の出発点は、高校3年間を学んだインドネシアGreen School Baliでの経験です。「世界一エコな学校」と呼ばれ、環境問題のリーダーを育てることを理念とし、校舎は竹で作られ、電気は太陽光や水力など自然エネルギーで自給、排泄物は堆肥にするなど、生徒たちは循環するシステムを体感しながら学校生活を送ります。教科書はなく、課外活動など体験から学び、行動することに重点が置かれています。

インドネシアのGreen School Bali  撮影 甲斐昌浩

露木さんは、そこで世界各地から集まった生徒が、環境問題のために行動を起こす姿を目の当たりにしました。10代の姉妹は買い物時のレジ袋をゼロにする団体を立ち上げました。彼女らは、店舗と交渉し、署名活動も行い、最終的に州知事の合意をとりつけ、その地域でのレジ袋の撤廃を実現したのです。そんな仲間の姿に大きな刺激を受けながら、露木さん自身も在学中にCOP24、25 に参加するなど、様々な機会に積極的に出向きました。その経験を、生徒たちにこう伝えました。

Green School Bali のクラスメイトたちと 提供 Zissou

「学校の半分くらいの時間は課外活動でした。行動することに力を入れているので、海洋プラスチックごみについて学ぶとなると、世界で年間800万トンのごみが出ているという情報だけでなく、実際に海に行ってごみ拾いをします。インターネットや教科書の知識にはあてはまらないこともあり、実際に現場を見て何ができるかを考えます。

一番学んだことは、行動したいと思ったら大人になるまで待たなくていいということです。Green School Baliには行動する人たちがたくさんいて、年齢に関係なくできることがあるのだと感じました」

 ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

知ることから始める

露木さんは、50分間の授業の中で、地球温暖化によって洪水や飢餓などの異常気象が世界各地で起きている実例や、生態系の危機、その原因の1つでもある大量消費の社会の現実などを、生徒たちに問いを投げながら話していきます。

人類が自分たちの暮らしのために家畜を増やしたことで、地球上に生息する哺乳類の62%が家畜、34%が人類で、野生動物は4%のみという事実や、世界で必要な食糧援助420万トンよりも多い612万トンの食品が日本で一年間に捨てられていること、世界の衣料品の半分以上が売れずに廃棄処分されていることなどを説明すると、生徒たちには驚きの表情が浮かびました。

©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

待ったなしの環境問題に対し、世界ではスウェーデンの活動家グレタ・トゥーンベリさんのように若い世代が立ち上がっています。露木さんは、COPの現場でグレタさんにも会いました。グレタさんが一人で始めた気候変動への対策を求める抗議行動が、1年後には150か国以上400万人に広がり、いまや700万人が賛同するにいたったことを、生徒たちに伝えました。

露木さんは、日本と世界の行動の差はどこから生まれるのか考えてきました。情報の格差が行動の格差になっているのではと感じ、知ることなしに行動は生まれないのではないかと考えて教育現場での講演活動を始めたのです。

2018年COP24に参加した際にグレタさん(中央)と 提供 露木しいな

人にも環境にも優しい商品とは

持続可能な開発目標(SDGs)のゴール13には「気候変動に具体的な対策を」が掲げられていますが、これはほかのゴールにも密接に関わっています。ゴール12の「つくる責任、買う責任」は、限りある地球資源や環境に配慮し、持続可能な生産や消費を目指します。露木さんは講演活動に加え、地球環境に優しい商品の開発も行っています。自らの挑戦を生徒たちに伝えました。

露木さんはGreen School Baliに留学中、化粧品の研究に打ち込みました。その理由は、2歳年下の妹が肌が弱く、化粧品を買った時に「ナチュラル」と書かれた商品を選んだにも関わらず、が赤く腫れてしまったことでした。原材料や製造の過程など、商品の背景を理解して買うことの大切さを痛感したと言います。

妹が使える安全な化粧品を開発したいという願いから、人にも環境にも優しいコスメブランドを立ち上げました。原材料を明記し、動物性原料は使わず、容器や梱包も含めて、人にも環境にも優しい商品とは何かを追及しています。椿油など、昔から継承される知恵や技術について調査に行くなど、Green School Bali で学んだ”行動”を実践しています。

口紅づくりのワークショップも開催し、これまでにおよそ1000人が参加しました。自らの手で作ることによって、それが何で作られているのか、その材料はどこから来ているのか、などの意識が広がると考えたからです。生徒たちにこう呼びかけました。

「私が思うに一番権力があるのは消費者です。企業は消費者に買ってもらえない商品は作れない。毎日どんなものを買うかの判断、選択が、社会の1つ1つをつくっていくのです」

口紅を手作りするワークショップの様子 提供 露木しいな 

私たちは解決の一部になれる

露木さんは、行動する人を増やし、世の中を変えていきたいという願いから、教育の可能性を信じて、学校などで若者たちに語り続けてきました。講演で生徒たちにどんな社会にしていきたいかを投げかけました。

いま、幸せは”便利”というふうにとらえられている部分もあります。”便利”が悪いわけではないけれど、大量にものが作られ、大量に消費され、大量に破棄されています。日本のGDPは昔より上がっているけれど、幸福度は下がり続けています。

世界では幸福度が高い国と環境先進国はだいたい一致しているんです。幸せは”サステナビリティ(持続可能性)”ととらえることもできるのではないかと思います」

国連広報センターの取材に応える露木さん ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

露木さんが勇気づけられているデータがあります。ハーバード大学の研究では、人口の3.5%が立ち上がれば社会は変わるということが明らかになっています。このことを最後に生徒たちに伝えました。

「3.5%が立ち上がれば、歴史上革命が起きてきたのです。私はそれに希望を感じて活動をしています。人間が原因や問題を作り出している中、自分が原因だと思うと悲しくなりますが、行動によって私たちは解決策にもなれるのです」

露木さんのもとには、これまでに講演を聞いた生徒たちから、「給食のプラスチックストローをやめるよう働きかけた」、「規格外の野菜を農家と一緒に商品開発している」など、”行動”の報告が届いています。それは露木さんにとって一番の喜びです。この日、この日講演を聞いた稲田中学校の生徒たちからもこんな感想が聞かれました。

「行動するのに年齢は関係ないという言葉がすごく心に残りました。年齢に関係なく、自分が解決しようと思うことに力を注いでいい、そうしている人もいるのだと心動かされました。アンテナを張って情報を得ていくべきだなと思いました」

SDGs ボードを掲げる稲田中学校生徒会のみなさん ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

より多くの人に届けるための新たな挑戦

より多くの若者にスピード感を加速して伝えていきたい、いま露木さんは新たな伝え方を模索しています。環境問題をはじめ、持続可能な目標(SDGs)に関連する社会問題を伝えるショート動画の制作を去年から始めました。

動画の撮影に臨む露木さん ©UNIC Tokyo/Mariko Iino

若い世代に見てもらえるよう各テーマを1分にまとめSNSで公開しています。クラウドファンディングで集まった資金をもとに、100本を目指し毎週2本を配信しています。

「1年で200日学校を回り、1日2回話したとしても400校です。学校以外の時間でも見てもらえるようにと動画を作ったのですが、先生たちからも学校で活用しているよと言ってもらっています」

リサーチやファクトチェックにも時間をかける ©UNIC Tokyo/Mariko Iino

廃棄食品から作られる堆肥燃料、海洋ゴミを回収する発明品、古い衣料品を利用した家具など、環境に関わる問題から、日本国内の難民支援、政治への女性参加の現場など様々なテーマを、カメラマンと共に各地に取材し、新たな解決のアイデアなど希望となる視点もあわせて伝える動画は、これまでに50本になりました。

動画を配信し始めた当初は再生数が伸びましたが、変化が激しいオンラインの世界でいかに飽きられずに見てもらえるかが、露木さんの悩みです。呼びかけの一つ一つや、映像をどの角度からどう見せるか、など試行錯誤は続きます。

食品ロスから堆肥燃料を生み出す企業の取り組みを取材 提供 露木しいな

環境問題について様々な方法でパワフルに伝えてきた露木さんですが、いつも自分自身に問いかけるのは、「いま、自分にしかできないことは何か」です。自分が選択した行動が本当にベストなのかという葛藤は尽きないと言います。

「手段は無限にある中で、自分が今このタイミングでやるべきことは何かを判断するのはとても大変です。だからこそ、自分の活動には常に疑いを持っています。これでいいのか、これで世の中は変わるのか、これで十分なのか、などの疑問で頭の中がいっぱいです。これからもクリアになることはないと思います」

毎週2回配信しているSDGsについて伝える1分動画

SDGs達成期限である2030年にどんな地球になっていると思うか、露木さんに聞いてみました。

「どうなっているかというより、どうしたいかが大事だと思います。どうなっているかと考える時点でどこか他人事になっているように思います。もちろん、今のこの美しい自然環境を今後も残して次世代の人に見てもらいたいです。

私は自然が好きなんです。そこに負荷がかかっている今の社会が悲しい。自分が好きな場所なのだから改善できることがあれば、改善したいのです」

露木さんは、去年10月、潘基文国連事務総長の率いる財団や研究機関が主催した韓国での国際環境イベント「Trans-Pacific Sustainability Dialogue」に登壇し、世界各国の代表者や研究者に交じって、SDGsの実践の発表を行いました。

韓国で行われた国際環境イベントに登壇 提供 谷本まさのり 

環境をめぐる議論では、先進国、途上国などの間での対立もあります。分断する世界が対話に迎えるような関わりができるよう力をつけていきたい、それも露木さんの未来の目標の1つです。

もし、私たちの行動の選択で世界に変化を起こせるとしたら、あなたは今日何をしますか。





 

SDGsを合言葉に、 さまざまな図書館が集まり、学び、交流しました (後編)

国連広報センターの千葉です。

1月19日(木)にオンライン開催した図書館の研修について綴らせていただいています。

前編では、国連広報センターからのブリーフィングと図書館の皆さんの活動報告の様子をお伝えしました。

SDGsを合言葉に、さまざまな図書館が多彩な取り組み

後編は、午後に続いた研修で、公立中学校図書館、子ども本の森をお訪ねしたり、ブレイクアウトセッションを行ったりした様子をお伝えします。

墨田区立吾嬬第二中学校~図書委員たちのSDGsx読後トーク

午後の研修はまず、東京都内の墨田区立吾嬬第二中学校を訪ね、その図書館の取り組みをみました。吾嬬第二中学校図書館は昨年、公立中学校図書館として初めて私たちの図書館ネットワークに参加した図書館です。同校の駒田るみ子校長先生は、一昨年の図書館研修で発表された、三田国際学園高校でのSDGブックトークをもとに、その実践を広げてくださっています。

中学生たちがそれぞれ、SDGsのゴールと本を紹介

今回のオンライン訪問では、昨年11月、同校の図書館と板橋区立板橋第3中学校、豊島区立西巣鴨中学校、大田区立大森第6中学校の4校の図書委員を中心にして、SDGブックトークに取り組んだ様子を録画した動画を見せていただきました。

動画の中で、生徒たちは本を手に取って紹介し、SDGsのゴールに関連させて読後感を共有していました。そして、生徒たちは、本をきっかけに、多様性とは何かといったテーマなどに思いを馳せ、それぞれの学校での取り組みを紹介するなどし、世界には多様な考えがあること、他人を偏見で決めつけないことの大切さなどについて議論していました。

墨田区立吾嬬第二中学校の駒田るみ子校長先生

駒田校長先生によると、図書委員の生徒たちは他校の図書委員の生徒たちとの交流を通じて、SDGsへの視野をおおいに広げていたそうです。また、この取り組みを後輩たちにつなげていきたいという気持ちを強くしていた生徒がたくさんいたそうです。駒田先生は今、仲間を増やしながら、この取り組みを続けていきたいと思っていらっしゃいます。

このオンライン訪問について、参加者の皆さんから以下のような感想をいただきました

「本をきっかけに、こうした議論をできるんだということにあらためて気づかされた」
「子どもたちがSDGsの目標を自ら見つけ出し説得力のある説明をしていたことに感服」
「感動した。自分の地域の学校図書館でもぜひSDGブックトークを広めていきたい」

「こども本の森 中之島」~子どもと本の感動的な出合いの場

続けて、「こども本の森 中之島」にもオンライン訪問しました。建築家の安藤忠雄さんが大阪市に寄附した素敵な図書施設です。

「子ども本の森 中之島」をオンライン訪問、案内人は広報担当の池田ひかるさん

「子ども本の森 中之島」の池田ひかるさん(広報担当)がライブで案内してくださいました。配架された本は12のテーマのもとに並べられ、その他にも特別テーマ展示が行われています。私たちが訪問したときは、「みんなで考えよう、SDGs」というテーマの展示がされていました。

「子ども本の森 中之島」では本の貸出は行われませんが、1人1冊、中之島公園内など外に本を持ち出して読むこともできるそうです。赤ちゃんのための絵本コーナー、子どもの目線にあわせた窓や子どもが楽しめる空間演出など、子どもたちにやさしい様々な工夫やしかけがなされている様子を説明していただきました。

伊藤真由美館長と質疑応答

また、ライブツアーが終わったあと、伊藤真由美館長が皆さんからのさまざまな質問にていねいに答えてくださいました。この施設が、子どもたちと本との素敵な出合いをなによりも大切に考えていらっしゃる思いがつよく伝わってきて、参加した図書館の皆さんはふかく感動していました。

この訪問について、皆さんから以下のような感想をいただきました。

「図書館内をライブで案内してくださり、テレビ中継のようで臨場感たっぷりだった」
「建物全体に未来を担う子どもたちへのあたたかい愛情が感じられた」
「子どもを対象にした文化施設だが、その工夫は一般の図書館にも大変参考になった」

ブレイクアウトセッション 館種を超えて、1対1のフリートーク

研修の最後は、昨年同様、図書館同士で、リラックスして、たっぷりとフリートークをしていただきました。

図書館の皆さんでブレイクアウトセッション、最後は互いに手を振りあって退出

昨年のブレイクアウトセッションは、各ブレイクアウトルーム内の人数がもう少し多めでしたが、今年は、2人ずつのペアーになり、相手を変えながら、10分ずつ、合計8回、フリートークをしていただきました。

SDGsへの取り組みについて、それぞれの図書館が互いの経験を学びあっていらっしゃいました。

ブレイクアウトセッションについて、皆さんから以下のような感想をいただきました。

「初めての人達とのトークで最初は緊張したが、始まると楽しくあっという間だった」
「いろいろな種類の館の方々と話せて、刺激を受けるとともに視野が広がった」
「複数の図書館が一緒だと遠慮するが、二人ずつだと安心していろいろ話せた」

終わりに ― 図書館のゆるやかなつながりへの期待

今年の図書館研修もまた昨年に引き続き、オンラインで開催しました。

対面形式でないことに寂しさもありましたが、図書館の参加者の皆さんのなかでは、「身体の障害・子育て・介護・遠距離という課題をかかえていたとしても誰もが参加できるオンライン開催はありがたい」と歓迎する声が圧倒的でした。こうした外部の研修に参加したいと思っているけれど、さまざまな事情があって現場を離れることはなかなか難しいという多くの図書館の方々にも、こうして研修に臨んでいただけるのは、デジタルならではの強みです。

実際、遠い地域の図書館を含め、多くの皆さんにご参加をいただけるオンライン開催は、「誰ひとり取り残さない」というSDGsのモットーにも沿うものだと思います。

さまざまな図書館からの豊かなご報告を伺いながら、図書館が人の集まる場所として、日々、利用者の方々と直接につながっていらっしゃること、現在はデジタルツールも一層駆使するようになり、その活動がさらに多様になっていることをあらためて思いました。図書館の皆さんが、SDGs達成のために、ゆるやかに連帯し、行動をしてくださっていることに、国連広報センター職員一同、勇気づけられています。

図書館の皆さんは、国連広報センターにとって本当に大切な財産です。

図書館の皆さんもまた、種類の異なる図書館の方々とゆるやかなつながりを感じ、それを育てていくことに意義を見出していただけているようです。とくに、ブレイクアウトセッションでの皆さんのご様子を拝見していて、今後は、国連寄託図書館、そして、その他のパートナーの図書館の皆さんがこのゆるやかなつながりを活かし、図書館同士で協力しながら、互いの強みを活かしあうような取り組みの事例もたくさんでてくるかもしれないと思いました。

最後に個人的な話で恐縮ですが、私は、今年3月で64歳。これまで、図書館ネットワークの構築を担当してきましたが、次回の図書館研修が、私自身が退職前にたずさわれる最後の研修となります。図書館の皆さんのこれまでのご協力に感謝しながら、また、図書館の皆さんの今年の取り組みに期待をしながら、最後の一年間を過ごしたいと思っています。(了)

 

SDGsを合言葉に、 さまざまな図書館が集まり、学び、交流しました (前編)

youtu.be

みなさん、こんにちは。

国連広報センターで、国連寄託図書館を担当している千葉です。

現在、日本にある国連寄託図書館は全部で14館。この20年余り、この国連寄託図書館のネットワークを超えて、ゆるやかにつながる図書館の輪を広げてきましたが、その数は現在、80館。二つのネットワークをあわせると、国連広報センターのパートナーと呼ぶべき図書館は90館を超えます。

1月19日(木)、今年もまた、こうした図書館の皆さんを対象にして、オンライン研修を行いました。

今年の参加館は、50館(76人)です。

以下、この研修会の様子を写真で綴ります。

国連広報センターから、国連に関する最新情報を提供

研修は午前と午後の2部構成。

午前中の研修ではまず、国連広報センターから国連に関する最新情報をご提供しました。

国連広報センター職員から講演・ブリーフィング、真ん中が所長の根本かおる、 右上から時計回りで、佐藤桃子、岸田晴子、岡野隆、日下部祐子、高橋恵理子、千葉潔、 飯野真理子(UN Volunteer)、T.K(同左)

最初にセンター所長の根本かおるから、いまだ収束したとは言えないコロナ禍、一層加速する気候危機、ウクライナでの戦争とcost of living crisesと格差の急拡大、情報戦を含む誤情報・偽情報の蔓延などが連鎖的に同時進行する中で、国連が国連史上最も難しい局面をかじ取りしなければならない状況にあることを説明。そして、なによりも今年がSDGs達成年までの中間地点であることを強調して、SDGs達成に向けた図書館の皆さんの協力を訴えました。

次に、広報官の佐藤から、向こう一年間の注目すべきイベント行事や予定などについて案内。それに続いて、私を含めて、その他の各職員から、国連広報センターにおけるメディア対応や日本語資料づくり、ウェブサイト、ソーシャルメディア、渉外、財務など、それぞれに担当する業務に関するブリーフィングを行い、私たちの活動全般について理解を深めていただきました。

さまざまな館種の図書館から、多彩な取り組みを発表

また、研修に参加したすべての図書館の皆さんから、一館ずつ順番に、それぞれの取り組みについてのご報告をお聞きしました。

北海道から沖縄まで、規模の大小や、公共図書館大学図書館、中学校・高校の図書館、専門図書館といった館の種類の違いなどはありますが、いずれもSDGsという世界共通のゴール達成をめざした豊かな取り組みです。

研修に参加した全国各地の図書館の皆さん

SDGsの関連図書の展示、環境に配慮したソーラーランタン照明のもとでのクイズ探検、SDGsを学ぶための楽しいワークショップ、SDG絵本展、図書館でのエコバッグづくり、包装紙などを利用したブックカバーづくり、SDGs読書感想画コンクール、学生ボランティアによるSDGs関連本の選書・展示、国連広報センターのニュースレター配架、国連資料リサーチ講座など、活動報告の内容は多岐にわたりました。

ここに、そうした取り組みのいくつかを写真でご紹介します。― 冒頭の動画サムネールをクリックすると、その他の図書館の取り組みの様子をあわせて映した写真スライドをご覧いただけます

「国連とSDGs」と題する特別図書展示 @岩手県立図書館

学校図書委員会が「SDGs絵本展」を実施 @長野県上田染谷丘高等学校図書館

SDGs読書感想画コンクール @(神奈川県)相模原市立図書館

「気候変動と国連」と題する図書展示 @日本大学国際関係学部/国連寄託図書館

環境に配慮したソーラーランタン照明の下、SDGsクイズ探検 @東洋大学附属図書館

地球を考えるワークショップを開催 @(神奈川県)大和市立図書館

中学生対象のワークショップ @九州国連寄託図書館(福岡市総合図書館)

図書館でエコバッグづくり @三田国際学園中学校高等学校図書館

包装紙等を再利用したブックカバーづくり @昭和女子大学図書館

古本リサイクルやSDGs関連本を選書展示 @金城学院大学図書館

学生たちがSDGs関連の図書展示を支援 @帝京大学メディアライブラリーセンター

国連広報センターのニュースレター配架 @愛知大学図書館

国連資料リサーチ講座 @北海道大学附属図書館/国連寄託図書館

午前中の研修への皆さんからの感想に、手応え

後日、参加者の皆さんから、午前中の研修について次のような感想をいただきました。

国連広報センターからのブリーフィングについて

「国連は安保理だけでなく、国連総会やその他の機関もあることを明確に認識できた」
「普段はあまり接することがない国連の最新情報を直接くわしく聞けて有益だった」
「今後一年間の予定を踏まえて、早速、次年度の展示やイベントに備えたい」

図書館からの取り組み報告について

「それぞれの図書館の担当者から直接に取り組みの内容を聞けてとても励みになった」
「なによりも種類の異なる図書館からの報告は、新鮮かつ刺激的だった」
「自館でも実践できると思うものが多々あり、ぜひ次年度に試したい」

午前中は、国連広報センター職員、図書館の皆さんが勢ぞろいするセッションでしたが、オンライン上ではあっても、なによりも、お互いの顔を確認しあいながら、同じ時間を共有できたことを喜んでいただけたようです。

研修は午後へと続きましたが、その様子は、ブログ後編に綴らせていただきます。

⇒ 後編へ

日本から世界に伝えたいSDGs④ 【地熱の恵み ”再エネ”で立ち上がった福島の温泉町の物語】

土湯温泉と町の未来を拓いた地熱発電

 

【団体概要】 株式会社元気アップつちゆ  福島県福島市にある土湯温泉東日本大震災福島第一原子力発電所事故からの復興と振興を目指し、2012年に地元の団体が出資して設立したまちづくり会社。温泉を利用した地熱バイナリー発電所を2015年に稼働開始させ、再生可能エネルギーを通した新たなまちづくり事業を展開している。

 

世界的に求められる再生可能エネルギーへの転換

福島県福島市の中心部から西に16キロにある「土湯温泉」は、豊かな自然広がる磐梯朝日国立公園内に位置しています。この温泉のある土湯温泉町は、2015年に地熱バイナリー発電を導入し、次世代エネルギーを軸に町づくりを推進し、全国から注目を集めています。

土湯温泉全景 提供 土湯温泉観光協会

再生可能エネルギーの活用はいま、世界的に大きく進んでいます。気候変動の原因である温室効果ガスを発生させる化石燃料から、再生可能エネルギーに転換することが急務となっているからです。国際エネルギー機関(IEA)が先月出した報告書では、再生可能エネルギーは、2025年には石炭を抜いて最大の発電源になると予測されています。

持続可能な開発目標(SDGs)のゴール7「エネルギーをみんなに、クリーンに」でも、石油・石炭などの化石燃料ではなく、太陽光・風力・地熱・水力などをエネルギー源とした「再生可能エネルギー」への移行がターゲットの一つにあります。

デンマークの洋上風力発電  
© UN Photo/Eskinder Debebe

日本政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指し、再生可能エネルギーの割合を引き上げようとしていますが、まだ多くの前進が必要です。

土湯温泉は、地熱発電を導入して町を活性化した”再エネ”の先進事例として、視察の依頼が堪えません。しかし、少し前には、東日本大震災という未曾有の困難を経験し、地域の先行きは危機的状況にありました。地熱発電事業を推進する「元気アップつちゆ」代表取締役CEOの加藤貴之さんに、震災からの復興とその先の未来を描いて立ち上がった挑戦を聞きました。

土湯温泉の温泉施設    提供 土湯温泉観光協会

 

3.11 東日本大震災で苦境に立たされた土湯温泉

東日本大震災は、1400年以上の歴史を持つ土湯温泉に大きな衝撃を与えました。多くの客が宿泊する中で発生した停電は3日で復旧しましたが、福島第一原子力発電所の事故により約70キロ離れた土湯温泉も客足が遠のきました。

震災の前から観光は下火で苦境にあったところに、震災が追い打ちをかけました。当時、温泉街には16軒ほどの宿がありましたが、地震の被害で5軒が廃業を余儀なくされ土湯温泉そのものの存続が危ぶまれるほどの危機感でした

なんとかしなくてはならないと、加藤さんたち住民は、「土湯温泉町復興再生協議会」を立ち上げます。温泉宿、飲食店、行政など、立場を超えて約300人の住民の1割が結集しました。

「震災は大きな出来事であるけれど、負けるわけにはいかない。復興させようと。協議会では大きく2つの事業を進めていきました。”復旧復興”と、”新しい価値の創造”です。元に戻るだけじゃく、ピンチだけれど、だからこそ前を上回る観光地にしようと話し合いました」

元気アップつちゆ代表取締役CEO 加藤貴之さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

その議論の中で出た案が、”再生可能エネルギー”を中心とした街づくりでした。原発事故が起きたことで、新たなエネルギーなしには持続可能な地域は実現できないという強い意識が生まれたのです。町ではこれまでも温泉の熱水を利用して雪を溶かす「ロードヒーティング」を取り入れていました。さらに温泉を活かせないかと考え、行きついたのが「地熱発電」でした。加藤さんたちは、専門家や大手企業にアドバイスをもらいに奔走を始めます。

 

町の再起をかけた地熱発電への挑戦

地下の地熱エネルギーを使う「地熱発電」。火山地帯に位置する日本は、世界第3位の地熱資源量を持つとされ、日本の高度な地熱発電技術は世界をリードしてきました。しかし、日本国内での地熱発電は2019年時点でエネルギー全体の0.3%にとどまっています。

これまで地熱発電が普及しなかった理由は、数千万円から数億円にのぼる掘削コストや、掘削成功率が3割程度というリスク、発電にいたるまで10年ほどかかるという長い月日などがあります。また、山間部にあたることが多いので造成作業も簡単ではありません。

それでも、加藤さんたちは地熱発電所建設に向け、観光協会と温泉組合の出資でまちづくり会社「元気アップつちゆ」を設立しました。

調査を進めていくと、土湯温泉は「バイナリー発電」という小中規模な地熱発電に適した条件がそろっていることがわかりました。地熱バイナリー発電は、150度以下の熱水に沸点の低い熱媒体を加えて生まれる蒸気でタービンを回し発電する仕組みで、天候や季節に左右されず安定的に供給できる持続可能な再生可能エネルギーです。

土湯の源泉は130度あり、源泉の1つが平地にあったため、整備にかかる費用や時間が抑えられました。資金調達が一番の課題でしたが、再エネの機運が社会で高まっていたこともあり、地熱発電を進める独立行政法人の支援を取り付けることができました。

地熱発電に利用された土湯温泉16号源泉 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

発電事業について一つ一つ学び、行政と交渉を重ね、複雑な認可申請をクリアしていきました。住民にも泉質に影響は出ないことなどを説明し、町の未来に貢献できることを訴え続けました。日本国内で地熱発電の実例が少ない中での挑戦は、数度の計画延期を迫られながらも、2015年、ついに工事の着手にこぎつけます。奇跡のようだったと加藤さんは言います。

「有事だったということが大きいと思います。福島県原発事故があって、エネルギーのことは県民総ぐるみで絶対に考えていかなければなりませんでした。震災があり土湯温泉町がどうなるか分からない中、住民のみんなが心を一つにしていました。再エネを中心に新たな魅力を創出して町づくりをしていこう、少しの希望や光であっても掴んでいこうという思いがみんなにありました」

豊かな自然の中に湧出する温泉が希望となった 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

 

地熱発電が住民にもたらしたもの

土湯温泉16号源泉バイナリー発電所 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

2015年11月、「土湯温泉16号源泉バイナリー発電所」の運転が開始しました。発電量は400キロワット。これは800世帯を賄える数字で、約160世帯の町には十分な量です。余剰電力を売った収入は1億2000万円になりました。町の再起をかけてつくった発電所の売電収入は、土湯温泉の復興や観光振興にあてています。

発電所について説明するスタッフの佐久間富雄さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

例えば、売電収入から56%という高い高齢化率の土湯温泉町の高齢者に、町のバスの定期代を無料にする予算を組みました。少子化問題への対策として、高校生までの生徒が通学に使うバスの定期代も無料です。

住民の足となるバス、高齢者と通学する生徒は定期代が無料に
 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

さらに、新たな産業と観光スポットを生み出しました。バイナリー発電時に出る温水を二次利用したオニテナガエビの養殖です。26度から27度で育つ繊細なオニテナガエビを育てる難点は水温管理にかかる光熱費ですが、バイナリー発電で出るぬるめの温水を温泉の熱で再び温めて活用することができました。全国でもユニークなこの取り組みで、4万匹を育てています。

バイナリー発電で出る温水を利用したオニテナガエビの養殖 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

空き店舗が多い町中に「エビ釣りカフェ」も開きました。その場で釣ったエビを調理し、焼いて食べられると、新たな観光スポットになっています。

エビ釣りができるカフェ「おららのコミセ」 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

 

故郷を持続可能な再エネの町に 

土湯温泉の取り組みには全国から熱い視線が注がれ、新型コロナウイルス感染症が広まる前は年間で2500人ほどが視察に訪れていました。加藤さんたちは視察や講演の依頼を積極的に引き受けています。

土湯温泉の復興と利益のために始めたことではありますが、それが日本全体のカーボンニュートラルに向かうエールにもなるのではと思っています。再生可能エネルギーの理解促進にも貢献したいと思っています」

温泉街の中の足湯の前に立つ加藤貴之さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

加藤さんの思い描く町の未来はどのようなものなのでしょうか。加藤さんは当初、土湯温泉のいたる所に再生可能エネルギー発電所を作ることを考え、町には新たに小水力発電所もできました。他方で、ごみをなるべく出さない事や、自然環境を保つことなども持続可能な町づくりには必要だと考えるようになりました。今後、温泉街で食品ロスを抑えたり、脱プラスチックに取り組んだりして、総合的なエコタウンにしていければと考えています。

苦境を経験し、立ち上がった地域だからこそのメッセージを発信していくつもりです。

土湯温泉のある福島県は震災から10年以上経っても、マイナスイメージの地域になっていると思います。反面、有名であることは間違いない。これを逆手にとって、福島がどういう所なのかをしっかりとPRするきっかけにと考えています。

人々が幸せで喜び暮らせる地域づくりを行っていって、最終的にはなぜ日本の小さな温泉地がそんなに輝いてるんだという地域にしたいなと思っているんです」

町を流れる清流は小水力発電のエネルギーの源
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

世界では、開発コストの低下やエネルギー危機に押され、再生可能エネルギーの導入が過去最高となり、新たな雇用も生まれています。日本の各地にも、洋上風力を含む風力発電バイオマス発電、地熱発電、次世代型太陽電池の推進など、再生可能エネルギー開発の現場で日々挑戦する人たちがいます。

私たちの暮らしに欠かせないエネルギー、皆さんはどんな未来を描いていきますか。

 

冬景色の土湯温泉 提供 土湯温泉観光協会




日本から世界に伝えたいSDGs ③ 【”普通”じゃないことは可能性 異彩作家が描くアートの輝き】

田崎飛鳥さんのフクロウのシリーズの作品 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

【団体概要】ヘラルボニー 福祉を起点に新たな文化を創り出す”福祉実験ユニット”。主に知的障害のある作家とアートライセンス契約を結び、彼らの作品を活かした商品や企画を大手企業や行政などと連携して実現。創業者で双子の松田文登(ふみと)・崇弥(たかや)兄弟は世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」受賞。

“普通”じゃない、ということ。それは同時に、可能性だと思う。

そう掲げて、岩手県盛岡市を拠点に全国へと活動を広げる企業「ヘラルボニー」。日本全国の主に知的障害のあるアーティストと共にアートライフスタイルブランドを作り、商品を生み出しています。

世界保健機関(WHO)によると、世界の人口の15%が何らかの障害がありながら暮らしています。日本には、1000万人近い身体障害者知的障害者精神障害者がいます。企業は、雇用する労働者の2.3%に相当する障害者を雇用することを義務付けられていますが、障害のある人の2人に1人が年収100万円以下で、相対的貧困とされるライン以下で暮らしているという統計もあります。

「誰ひとり取り残さない」を基本理念に掲げられたSDGsの目標には、障害者に関するものも多く含まれます。障害者の包摂性は、多様な人が活躍できる社会や組織づくりの鍵でもあります。

ヘラルボニーは盛岡市に独自のギャラリーを構え、大手企業や公共施設との連携も実現しています。ヘラルボニーの考える可能性とはどのようなものなのか、代表取締役副社長の松田文登さんにお話を伺いました。

 

障害のある兄と生きて

松田文登さんには自閉症で重度の知的障害を持つ兄がいます。小さなころから兄がかわいそうだと言われることが多く、”障害者”の印象がネガティブに捉えられていることを感じてきました。兄の存在を隠し、それに罪悪感を感じる時期もあったという松田さんの転機となったのは、知的障害や精神障害のあるアーティストの作品が多く展示された「るんびにい美術館」を訪れたことでした。松田さんは、支援や社会貢献の文脈ではなく、作品としての素晴らしさを感じ、そのエネルギーに衝撃を受けたと言います。

 ヘラルボニー代表取締役副社長 松田文登さん © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

「彼らだからこそ描ける世界があるし、伝えられることがある。障害ではなく、”異彩”と捉えることによって違う見え方になるんじゃないかと。アートという尊敬が生まれる世界と障害者の出会いを多くつくっていくことで、障害のイメージをを変えていけると思いました」

2018年、松田文登さんは、双子の弟の崇弥さんを社長に、障害のある作家の才能から生まれるアートをビジネスに展開するため、「ヘラルボニー」を設立します。福祉施設を回り作家や家族と対話をして、作品のデータを預かるライセンス契約を結び、ネクタイや傘、ハンカチ、エコバック、額絵などの商品を制作、販売するビジネスモデルをつくっていったのです。

人気作家のアートを活用した商品 提供 ヘラルボニー

いま、約40の福祉施設とライセンス契約を結び、保有ライセンス数は2000点を超えています。ライセンス契約によって年収数百万円を超える人気作家も出てきました。

 

震災を経験した作家

ヘラルボニーと契約している作家のひとりが田崎飛鳥さん(41歳)です。生まれながらに脳性麻痺と知的障害があります。幼い頃から絵画や画集に興味があった飛鳥さんは、若くしてアート展で受賞する実力を備えた作家です。

現在の制作活動に大きく影響したのが東日本大震災でした。飛鳥さんの故郷、陸前高田市津波による壊滅的な被害を受け、長年飛鳥さんが描きためていた200点の絵は家と共に全て流されました。町が津波にのみ込まれる様子を高台から見ていた飛鳥さんは家に帰りたがりましたが、被災後に家の跡を見に行った時は、手を強く握りしめて反対側を向き、決して家のほうを向かなかったそうです。

仮設住宅で少しずつ生活が落ち着く中で、飛鳥さんは再び絵を描き始めます。最初にテーマにしたのは、震災前いつも飛鳥さんに声を掛けてくれていた近所の人たちでした。タイトルは「星になった人」。飛鳥さんと同じ町内会には8世帯が暮らしていましたが、そのうち津波によって10人が亡くなりました。

飛鳥さんが震災後に描いた作品「星になった人」 提供 ヘラルボニー

作品は以前の優しい柔らかいタッチと全く違う荒々しい筆運びで、強い線で輪郭を引き、人物の唇は紫に塗られています。

津波で流されてしまった作品「フクロウの家族」も描き直しました。以前の作品とは変わってフクロウの表情は鋭く、背景は真っ赤になりました。

飛鳥さんと「フクロウの家族」(背景右)  © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

気持を整理するかのように描く飛鳥さんに、父の實さんは飛鳥さんがアートによって震災を乗り越えていると感じたと言います。徐々に、色使いが落ち着き始め、柔らかい感じが戻ってきました。

いま、飛鳥さんの作品は、対象物の実際の色ではなく違った色で表現することが多いそうです。なぜその色を使うのかと聞かれた飛鳥さんは「聞こえてくるから」と答えたそうです。何を表現しているのかという問いに、飛鳥さんは「心です」と返しています。

津波被害から1本だけ耐え残ったを木を描いた飛鳥さんの作品「希望の一本松」 
©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

 

厚い社会の壁を越える

倒壊した市庁舎を新築する工事現場の仮囲いに「絵を飾ろう」と飛鳥さんに提案したのがヘラルボニーでした。ヘラルボニーは行政や建築会社と連携し、建設現場や商業施設内の「仮囲い」を期間限定の「ミュージアム」とするアート・プロジェクトを展開しています。色鮮やかな絵が展示されることで現場の雰囲気は華やかに一変します。

岩手県陸前高田市内 飛鳥さんの作品が展示された仮囲い 提供 ヘラルボニー 

以前、父親の實さんは、障害者やその家族と地域の壁は分厚いものだと感じていました。陸前高田市の調べでは、市民の中で障害のある人の震災時の犠牲者の割合は、市民全体での犠牲者の割合の1.3倍とされ、障害者のほうがより高い割合で亡くなっているのがわかりました。

「障害者がいる家庭はどうしても地域の中でも遠慮してしまう。避難所に行けば、パニックになるだろうし、大きな声を出すだろう、それなら傾いていても家にいることを選んでしまう。普段の生活の中では理解されているように思われても、非常時には孤立してしまうこともあります。だから横につながりたいんです。だけど横に連なるのには一歩踏み出さなくちゃならないんです。その一歩がなかなか難しいんですよね」

實さんは、ヘラルボニーの事業が、飛鳥さんに新たな道を作ってくれたと感じています。

「ヘラルボニーとの出会いで人とのつながりがすごく広がりました。見知らぬ方が飛鳥くんの作品を見かけた、あの商品買ったよと声を掛けてくれるようになりました。アートを通じて飛鳥の絵がいろいろな目に触れることによって、ああいう人がいるんだ、こんな絵を描いているんだと理解してもらえる。何かあった時には声を掛けてくれる。そんな状態になっていると思います。アートは大きな一つの道だと思いました」

 

”ふつう”とは何か 

障害をあえて”特性”と言い切り、それを可能性として、「”異彩”を、放て。」という理念で活動するヘラルボニー。作家に光が当たる「ハレの場」を作ることで障害のある人に対する社会の壁を低くしたいと、作家による作品の公開制作やトークイベントなどを開催しています。

百貨店内でのイベントで作品を描く作家 衣笠泰介さん 提供 ヘラルボニー 

関西の大手百貨店でイベントを開催した際には、周りに迷惑をかけてしまうかもしれないという不安で百貨店に来られなかった障害のある人と家族が、ヘラルボニーが開く場だから安心だと足を運んでくれたそうです。障害のある兄弟がいると話してくれた来場者もいました。作家のファンたちもかけつけるようになりました。松田文登さんは事業への抱負を改めてこう語ります。

「私達の事業の大きな価値は、心理的ハードルが高かった人達が、そのハードルを飛び越えやすくすることなんじゃないか。障害のある人と一緒に働く価値観を作っていくとは、すべての人達を受け入れ、色々な人がいていいんだという価値観が広がっていくことだと思っています。そして、チャレンジしたいと思ったら、どんな人もチャレンジできる権利が同じようにあればいいなと願っています」

ヘラルボニー代表取締役副社長の松田文登さんと広報担当の玉木穂香さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

障害のある人など、多様な背景の人と一緒に商品や企画の開発、サービスの改善などをデザインし、課題解決していくアプローチを「インクルーシブデザイン」と呼び、いまいくつもの連携が生まれています。ヘラルボニーは現在、金沢21世紀美術館での初となる展覧会で、知的障害のある人の日常の行動から生まれる音を紡ぎ、音楽にして届ける実験的展示も行うなど、美術館とのコラボレーションも進めています。

岩手県盛岡市内のホテルではヘラルボニーの作家の作品が様々な形で使われている
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

背景の違いを活かしてパートナーシップを組むことは、それぞれの力を活かし高め合う、より面白い社会の実現につながるのではないでしょうか。

 

グローバル・コミュニケーション担当 国連事務次長が4年ぶりに訪日

 

地球規模の課題について日本の様々なアクターと活発な意見交換

激動の2022年も暮れようとしています。皆様は、どのように今年の締めくくりの時を過ごしていらっしゃいますでしょうか。

12月4日~8日、国連広報センターでは、ニューヨークから来日した、国連グローバル・コミュニケーション局(DGC)を率いるメリッサ・フレミング事務次長と同局の戦略コミュニケーション部の幹部を迎えました。

国連広報センターのチームと。2列目右から4人目メリッサ・フレミング事務次長、左から3人目ナネット・ブラウン次長、4人目マルティナ・ドンロン気候担当チーフ、5人目フランシーヌ・ハリガン持続可能な開発・人権担当チーフ © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

同行した幹部3人は、DGC戦略コミュニケーション部次長(キャンペーン担当)のナネット・ブラウン、同部の持続可能な開発・人権担当チーフのフランシーヌ・ハリガン、そして、気候担当チーフのマルティナ・ドンロンの3人です。

DGCの戦略コミュニケーション部は、国連グローバル・コミュニケーション局において、世界各地に置かれた約60の国連広報センターを統括する部署です。

滞在中、フレミング事務次長一行は、政府、メディア、被爆者、ユースなど、日本のさまざなステークホルダーの皆さんとお会いし、SDGsや気候変動、誤情報・偽情報などについての活発な意見交換を行いました。

その様子を写真で綴ります。

 

国連安全保障理事会非常任理事国、G7議長国、大阪・関西万博 ― 日本との連携強化を確認

レミング事務次長は滞在中政府要人を精力的に表敬し、2023年―2024年の日本の国連安全保障理事会入り、2023年に日本が議長国を務めるG7プロセスで国連が取り組む重要課題が議論され大きな接点があること、そして2025年の大阪・関西万博での国連のパビリオン参加についてDGCがリードを取ることを踏まえて、日本との連携の強化を確認しました。

木原誠二内閣官房副長官と © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

木原誠二内閣官房副長官への表敬では木原副長官から、国連憲章の理念と原則に立ち戻り法の支配の徹底を図ることが重要であり、安保理改革を含む国連全体の機能強化に国連と協働していきたいとの強い決意の表明がありました。また事務次長からも法の支配の重要性では国連も軌を一にしており、国連グローバル・コミュニケーション局として、SNS上の誤・偽情報の拡散等に対策を講じていることを説明しました。

山田賢司外務副大臣(右から3人目)、安藤重実国連企画調整課長(右端)と © UNIC Tokyo / Momoko Sato

山田外務副大臣との会談でフレミング事務次長は、DGC及び東京の国連広報センターに対する日本の支援に謝意を表明するとともに、日本では世界各国と比較してもSDGsの浸透が極めて進んでいることに感銘を受けたとし、2025年の大阪・関西万博に国連が参加するにあたっても引き続き日本との連携を強化したいと述べました。

中谷真一経済産業副大臣とフレミング国連事務次長、根本所長ら © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

レミング事務次長は中谷真一内閣府副大臣(2025年国際博覧会担当)を表敬訪問し、、大阪・関西万博の成功に向けて今後とも国連と日本で緊密に協力していくことを確認しました。

 

メディアとの連携の強化

「SDGメディア・コンパクト」フォーラム 

「SDGメディア・コンパクト」フォーラム(国連大学で開催)にて © UNIC Tokyo/Takashi Okano

今回、事務次長一行が訪日した主な目的の一つが、「SDGメディア・コンパクトに加盟する日本のメディアの皆さんと直接意見交換し、関係を強化することでした。

日本では現在、「SDGメディア・コンパクト」の参加メンバー数が200に迫り、世界全体の6割以上を占めています。

訪日に合わせて開催された「SDGメディア・コンパクト」フォーラムには、全国各地からおよそ80のメディアが出席し、メディアとしてSDGsを推進する中で感じる課題や他国の事例などについて、率直な意見交換を行いました。

フォーラムでは、フレミング事務次長が国連の広報戦略などについて幅広く紹介するとともに、DGCの幹部たちからSDGsをはじめとする様々なキャンペーンや気候変動への取り組みを促すコミュニケーション戦略についてブリーフィングを行いました。

フォーラム壇上でスピーチするメリッサ・フレミング国連事務次長 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

写真右から、ナネット・ブラウン次長、フランシーヌ・ハリガン持続可能な開発・人権担当チーフ、マルティナ・ドンロン気候担当チーフ、 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae & Takashi Okano

根本かおる国連広報センター所長(司会)© UNIC Tokyo / Takashi Okano

日本のメディア側からの事例発表も行われ、フジテレビジョン木幡美子CSRSDGs推進室部長が民放キー局5局とNHKとの共同で展開した「1.5℃の約束 – いますぐ動こう、気温上昇を止めるために。」キャンペーンについて共有するとともに、博報堂の神長澄江マーケティングプランニングディレクターが同キャンペーンのインパクト調査結果概要を報告しました。

フジテレビジョン木幡美子CSRSDGs推進室部長(左)、博報堂の神長澄江マーケティングプランニングディレクター(右)© UNIC Tokyo / Ichiro Mae

その他の多くのメディアの方々もフォーラム会場からそれぞれのSDGsへの取り組みなどについて話しました。日本のメディアの皆さんが見せた熱意と創造性は、フレミング事務次長を大いに驚かせていました。

誤情報・偽情報に関する意見交換会 

現在、誤情報・偽情報がますますオンライン上で拡散され、不信と分断が深まる中、フレミング事務次長はこの課題に対応するファクトチェック団体、メディア、プラットフォーマーの関係者との意見交換会に臨みました。同事務次長が国レベルでこの分野で様々な関係者と横断的な意見交換会を持つのはこれが初めてのことです。

誤情報・偽情報に関する意見交換会の様子 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

メリッサ・フレミング事務次長(左から2人目)© UNIC Tokyo / Ichiro Mae

国連側からは、フレミング事務次長が、世界における誤情報・偽情報の蔓延の拡大と広範な負の影響について共有するとともに、DGCがリードして、2024年9月に開催される「未来サミット」に向けて情報の健全性のための行動規範を策定する計画であることなどを述べました。

 写真左から、マイクを手に持つブラウン戦略コミュニケーション部次長、ハリガン持続可能な開発・人権担当チーフ、ドンロン気候担当チーフ © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

ナネット・ブラウン次長は、「事実を伝えるだけでなく、わが事として捉えてもらえるようなストーリー・テリングの必要性」、「偽情報に対抗し、こちらの信頼のおけるメッセージも視覚に訴えて魅力的であること」、「シェアする前にいったん立ち止まって考えてもらう」、「大手メディアだけでなくSNS運営側とも対話し、方針転換を求めていくダイアローグ」などが誤情報・偽情報の蔓延を防ぐ上で重要だとメディア関係者へ説明しました。

誤情報・偽情報に関する意見交換会の様子 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

当日、日本ファクトチェックセンター、ファクトチェックイニシアチブ(FIJ)、BuzzFeed Japan News、読売新聞、NHK、ヤフーから誤情報・偽情報との闘いの第一線で活躍する関係者が参加し、日本での動向、この課題に関する報道や社としての対応、市民への啓発の取組などについて意見交換を行いました。

誤情報・偽情報に関する意見交換会の参加者と国連事務次長一行 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

SNSの隆盛とそのビジネスモデルの変貌によって新たに浮かび上がってきた問題だけに、話は尽きませんでした。

 

メディアへの表敬訪問

レミング事務次長は訪日の機会にメディア幹部とも意見交換を行いました。NHKの林 理恵 専務理事・メディア総局長への表敬では、「1.5℃の約束」キャンペーンでのNHKと6つの民放キー局との連動番組の放送・配信や国連の「SDG Media Zone」への参画など、メディアとしての取り組みに加えて、NHKにおける温室効果ガスの削減など環境経営の取り組みについて説明を受けました。フレミング事務次長はNHKのこれらの取り組みに対して感謝を伝えるとともに、新型コロナウイルス感染症パンデミックや気候変動などに関する誤情報・偽情報の蔓延や不信の増大に対処する上で、アジア太平洋地域を代表する公共メディアであるNHKは非常に重要な役割を担うとの期待を示しました。

NHK 林理恵 専務理事兼メディア総局長(写真後列 左から5番目)を表敬 © UNIC Tokyo / Momoko Sato

「SDGメディア・コンパクト」創設メンバーでもある朝日新聞社中村史郎社長への表敬では、朝日新聞社が実施しているSDGs認知度に関するアンケート調査をはじめ、日本で一早くSDGsを取り上げてきたメディアとしての知見を基に、SDGsの認知度がが日本でこれだけ高まった背景や今後の課題などについて伺いました。フレミング事務次長は、国連も人々にSDGsを自分事化してもらえるように引き寄せる説明を行うよう常に心がけていると説明するとともに、情報発信におけるメディアとの連携の重要性を強調しました。

朝日新聞社 中村史郎社長を表敬 © UNIC Tokyo / Momoko Sato

 

被爆者、ユース、クリエイターとともに平和を考える

平和のための行動のための非公式対話

レミング事務次長一行は日本の被爆者、ユースの方々と対話し、被爆者の方々の個人的なストーリーに直接触れるとともに、高齢化する被爆者のレジリエンスを今後につなげる革新的な活動をリードする若者たちから刺激を受けました。世代を超えて、参加者の皆さんがそれぞれの平和への強い思いと取り組みを語りあい、核兵器のない世界、平和な世界を守り、つくるために何ができるかを考え、対話しました。

日本の被爆者は、日本原水爆被害者団体協議会 (日本被団協)の田中熙巳代表委員、木戸季市事務局長、濱住治郎事務局次長、和田征子事務局次長が参加しました。ユースは、KNOW NUKES TOKYOの高橋悠太さん、中村涼香さん、Peace Culture Village(PCV)のメアリー・ポピオさん、そして「記憶の解凍」プロジェクトに取り組む庭田杏珠さん。また、デジタル技術を駆使して戦争や災害体験者の記憶をつなぐ活動について東京大学渡邉英徳先生がビデオメッセージで、そして対話の会場となったUniversity of Creativity平和教育プロジェクトに取り組む近藤ヒデノリさんが加わりました。

車座になって対話に臨む参加者たち © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

国連の平和への取り組みを説明するフレミング事務次長 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

自らの被爆体験を語るとともに、核兵器廃絶を訴える被爆者。左から時計回りで、日本原水爆被害者団体協議会日本被団協 )の田中熙巳代表委員、濱住治郎事務局次長、木戸季市事務局長、和田征子事務局次長、© UNIC Tokyo / Ichiro Mae

 

日本における平和への取り組みを説明する若者たちー左上から時計回りで、KNOW NUKES TOKYOの高橋悠太さん、中村涼香さん、Peace Culture Village (PCV)のメアリー・ポピオさん、「記憶の解凍」プロジェクトに取り組む庭田杏珠さん © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

DGC幹部3人 左上から時計回りで、ブラウン次長、ドンロン気候担当チーフ、ハリガン持続可能な開発・人権担当チーフ © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

平和教育プロジェクト”Akasaka Peace Flag”について説明するUniversity of Creativityのサステナビリティフィールドディレクター、近藤ヒデノリさん © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

平和のための行動のための非公式対話の参加者の皆さんと © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

被爆者・ユースとの対話の場となったUniversity of Creativity

被爆者やユースとの対話が行われたのは東京・赤坂にある創造性の研究機関、University of Creativityです。

University of Creativityの施設案内を受ける一行、左上写真でコーヒーカップを手に説明しているのが市耒健太郎主宰 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

対話の開始前に、一行はこの研究機関の主宰・市耒健太郎さんから説明を受けながら、創造性を刺激する展示に囲まれた施設内を案内していただきました。

 

市民に向けたメッセージ

レミング事務次長は、日本での日程の締めくくりに国連大学主催のUNU Conversation のイベントに臨みました。演題は、“Cutting Through the Noise: How the UN is Building Trust in an Age of Disinformation”。偽情報が拡散する時代における国連の信頼構築のための取り組みについて講演しました。特に新しいメディアのトレンド、COVID-19パンデミックから学んだ教訓から、国連がコミュニケーション戦略をどのように再構築しているか、 国連大学のコミュニケーション責任者であるキキ・ボウマンさんとともに対話を通して説明しました。講演の後半では参加者からの偽情報に関する質問に答え、参加した市民の偽情報に対するさらなる理解に努めました。

レミング事務次長が国連大学で講演 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

 

日本で働く国連職員たちと

滞在中、フレミング事務次長一行は、駐日国連機関の代表たち、そして、東京の国連広報センターの職員たち、インターンたちとも懇談しました。日本に拠点を置く国連機関にとって、広報アウトリーチは活動の柱の一つ。ウクライナ戦争と食料・肥料・エネルギーなどへのグローバルな影響、気候危機、SDGs実施の中間点など、国連が一丸となって取り組むべき課題が山積し、広報アウトリーチでのチーム力の結集が不可欠です。

駐日国連機関の代表たちとオンラインで懇談 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

 

今年もあと少し、どうぞ良いお年を

グローバル・コミュニケーション担当の国連トップとして4年ぶりに訪日し日本の様々なステークホルダーと直接意見交換し深い対話を行ったフレミング事務次長は、8日、大きな手応えを感じ取りながら、国連本部のあるニューヨークへと旅立っていきました。

国連の取組や国連の場で議論されるグローバル課題について、日本の方々に自分事化していただけるよう、日本における広報アウトリーチに誠心誠意努めてまいります。

来年もまたどうぞよろしくお願いいたします。

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日本から世界に伝えたいSDGs ② 【“子どもの貧困”に向き合う お寺のおそなえで優しさの循環を】

© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

【団体概要】おてらおやつクラブ 2014年に奈良県の安養寺の住職松島靖朗さんによって、お寺の「おそなえ」を仏様からの「おさがり」として困りごとを抱えるひとり親家庭に「おすそわけ」する活動がスタート。2018年グッドデザイン大賞受賞。2020年にNPO法人認定。

 

先進国 日本の見えにくい”貧困”

「子どもの貧困という言葉が日本でも近年聞かれます。2019年の厚生労働省の報告によると、日本の子どもの7人の1人が、国の平均的所得の半分以下の所得しかない「貧困ライン」以下に置かれています。ひとり親の世帯では約半数が「貧困層」に当てはまるという実態があり、さらにそのおよそ30%が食料が買えなかった経験があるとしています。日本は、こうした国の生活や文化の水準と比較して困窮している「相対的貧困」の状況において、OECD加盟国の中でも最悪の水準となっています。

困窮した家庭に対して、お菓子、飲料、レトルト食品、米などの食料や日用品などのお寺の「おそなえ」を「おさがり」として「おすそわけ」する活動をしているのが、認定NPO法人おてらおやつクラブ」です。1840の寺院の賛同と653団体との連携を通して、全都道府県で月間のべ2万4000人の子どもを支援しています

多くの困窮世帯の助けとなっている「おてらおやつクラブ」の発起人である奈良県の浄土宗安養寺住職、松島靖朗さんに話を伺いました。

 

ショックを受けた日本での餓死 

 おてらおやつクラブ代表で安養寺住職の松島靖朗さん © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

松島さんには忘れることのできない事件があります。2013年に、母親と子どもが大阪で餓死状態で発見されたのです。報道によると、母親は夫のDVから逃げ、預金口座の残高はわずか数十円でした。

「”餓死”という言葉が本当に衝撃的でした。飽食の時代とも言われている中で、そうした理由で尊い命が失われてしまう現実が身近にあることにショックを受けました。お寺にはたくさんのお菓子がおそなえとして集まり、食べきれずに、どこにおすそ分けしようかと常に考えているような状況でした。目の前にあるお菓子をそういう子どもたちに届けることができたら、少しは悲劇を予防できるのではと思いました」

その翌年、松島さんは、お寺のおそなえを地域で困窮するひとり親家庭におすそわけする活動を個人的に始めました。当初は、1箱分のお菓子を持っていって「有り難いのですが、まだまだ必要としている方が大勢いるんです」と言われたり、「お坊さんもたまにはいいことするんだね」と皮肉を込めて言われることもありました。それでも活動を続けていく中で、子どもの貧困の現状に何かできないかと同じように心を痛め、応援してくれる人も出てきました。

 

おそなえで“つながり”を作る

写真提供 おてらおやつクラブ

仏教には「おそなえをおさがりして仏様からいただく」慣習があります。もらったおそなえは、仏様やご先祖様に捧げることで人の手をいったん離れ、それを仏様からのおすそわけとして受け取ります。安養寺の取り組みは「仏の教えに適っている」と、他の寺社にも賛同する動きが広がり、口コミや取材などを通し、全国に協力者が増えていきました。仏様からのおさがりのおやつを活用し、多くの人が手を取り合いながら全国の子どもの貧困問題に取り組んでいく活動として、「おてらおやつクラブ」と名付けられました。

 安養寺の入り口に掲げられた活動ののぼり ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

松島さんが以前インターネット関連の企業に勤めていた経験も活かされました。LINEやメールを活用し、ひとり親家庭が支援を求めたときに、居住地域のお寺から支援が届くネットワークをつくったのです。

「インターネットで、お寺とは対極にあるような仕事をしていたように思われていたのですが、情報と人をつなぎ、人と人とをつなぐことで解決できなかった課題を解決していく”つなぐ”仕事をしていたんですね。僧侶になってからもつなげる仕事をしていると思っています」

写真提供 おてらおやつクラブ

打ち明けられない孤独感 助けてと言える社会へ

おてらおやつクラブの支援先の9割は30〜40代のシングルマザーと子どもの家庭です。今年支援者に対し聞き取りした調査では、月収が10万程度、預貯金も50万円未満の家庭が多く、その7割が「生活費の支払いに支障があった」としています。

おすそわけを受け取った母親からは、子どもが夜寝るときにおやつを抱っこして寝たというほほえましい話を聞くこともあるそうです。「久しぶりに人や社会と繋がれた気持ちになり涙が出ました」と、ものが届いたことだけでなく、精神的な安心感を伝える感謝の声も少なくありません。

おすそわけを受け取った支援先からのお礼の手紙 写真提供 おてらおやつクラブ

「お母さんの声を聞くと、ひとり親家庭で子育てをしているということを、周りに打ち明けられない方が多いです。”助けて”と言えば荷物が届き、自分たちは独りじゃないんだということを感じてもらえる、それがつながりを作っていく第一歩になるのではと思っています。どこかで誰かが見ていてくれる、気にかけてくれている、ということは大きな力になります。それが貧困問題の根っこにある孤独感や孤立感をやわらげるきっかけに少しでもなれたらと願っています」

最近は、食べ物に加えて、シャンプーやリンス、化粧品、マスク、ティッシュなど日用品も届けています。子どもの貧困の問題は、親も含めた世帯全体への支援の視点も大切だと松島さんは考えています。

仕分け作業をするボランティア © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

おそなえの仕分け作業をするボランティアには、自分が子育てをしていた時に助けてもらった恩返しがしたいと手伝う人も多いそうです。松島さんもこの活動を通して、自分の子ども時代を改めて振り返ったと言います。

自分も仏様からのおさがりで育ててもらっていて、そこにはいろんな人の思いがあって、その支えの中で自分は成長させてもらっていました。自分がしてもらったのと同じように、将来がある子どもたちに託していくことを自分の役割としていくんだと気づいた瞬間がありました。

日本には7万のお寺があると言われ、コンビニエンスストアよりも多い数です。ある意味で社会インフラなわけなんですよね。まだまだ活動を広げていく可能性はあると思ってます」

 

子どもたちの声を聞く居場所づくり 

松島さんたちは、今年新たな活動も始めました。子どもたちの居場所作りです。安養寺の向かいにある空き家を子どもたちと一緒にリノベーションした空間に、月2回小学生から高校生までの10人の子どもが通ってきます。子どもたち自身が考えてビンゴ大会などを催したり、大学生がサポートする学習支援などをしたりして、子どもたちが思い思いに過ごせる場所になっています。宿題をするとポイントがもらえて、貯めたポイントにあわせて、おそなえのおやつを持って帰れる仕組みもあります。

子どもたち自身に居場所づくりを任せている © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

この事業を思い立ったのは、子ども達の声をあまり聞けていないことに気づいたからです。

「子どもたちの貧困の問題なのに子どもたちの声をあまり聞けてないという話になったんです。子どもたちが本音を言える場所を作らないといけないと思いました。”和菓子はもういいので、ポテトチップスをください”と言う声は生意気にも聞こえますが、一番子どもらしい姿です。子どもの真の声が大事なのではないかと思いますし、それを聞いて活動の源にできたらと思っています」

宿題をしたポイントでもらえるおやつもおそなえから © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

子どもたちは、少しずつ学校や生活の中での困りごとを話し始めているそうです。手伝いに来ている大学生の一人は、こんな思いを聞かせてくれました。

「私自身も貧困家庭で育ち、居場所を探してしんどかった時期があるので、そういう子どもたちの横で寄り添ってあげられる人になりたい。当時私を助けてくれた大人への憧れが、今の自分のモチベーションになっています」

 子どもたちの居場所づくりを手伝う大学生 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

“たよってうれしい たよられてうれしい。” を広める

SDGsの17のゴールの1つ目は「貧困をなくそう」です。それは間違いなく、いまの日本社会にもあてはまる課題です。 

松島さんは新型コロナウイルス感染症が始まってこの3年、職を失ったり、収入が減ったりして、よりつらい思いをしている人たちが増えていると感じています。おてらおやつクラブが支援する世帯数も2019年度から激増し、2021年度には約17倍の5943世帯今年は8000世帯にもなりました。

© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

 

「助けて」の声が急増する一方で、松島さんのもとには「助けたい」という声も多く届いています。個人が特別給付金を寄付してくれたり、企業が商品の寄贈やボランティアを派遣してくれたりするケースが増えているそうです。

「助けてほしいという人と、助けたいという人をつなげることで、”たよってうれしい、たよられてうれしい。”という支え合いの社会をつくっていきたいなと思っています。今、人々はつながっているように見えるけれども、実は孤独感を感じている人も多い。日本国内の貧困は見えにくいのが課題だと思います。

私達に欠けているのは想像する力ではないでしょうか。想像力の貧困はより深刻です。遠くに思いをはせることもそうだし、身近にも苦しんでいる人がいる。自分もいつそういう状況になるかわからないからこそ、想像力をしっかりと培って考え続けることが大事だと思います」

支援先から届いたお礼のメッセージ 写真提供 おてらおやつクラブ

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