国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

国連「未来サミット」が目指すもの(1): 祖父母のために構築されたシステムから脱却し、21世紀型の多国間主義を

国連ハイレベルウィークを前に、注目が集まる「未来サミット」について、根本かおる国連広報センター所長の寄稿をお届けします。    

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マンハッタンの街並みを背景に、国連本部ビル建設に従事する作業員 (1949年)©UN Photo

135もの国家元首・政府トップの参加のもと、来たる9月22日・23日にニューヨークで開催される国連「未来サミット」は、4年に一度、首脳レベルで「持続可能な開発目標(SDGs)」の進捗を点検する「SDGサミット」が昨年9月に開催された延長線にある。その意味では、2030年までの達成という目標の軌道から大きく外れてしまっているSDGsについて、資金面での手当てを含め、その進捗をより強固なものにすることが重要な目的だ。しかし、それだけが未来サミットの目的ではない。国連を中心とする多国間主義をより包摂的でネットワークに根差した効果的なガバナンスへとシステムレベルで改革し、地殻変動レベルで激動する21世紀の国際社会のニーズに迅速に対応できるものに再生することを射程に置くという、首脳レベルでの関与がなければ実現できない、非常に野心的な高みも同時に目指している。

2023年、国連総会ハイレベルウィークを前に、ドローンプロジェクションマッピングがNYの空を彩った ©UN Photo/Paulo Filgueiras

私たちを取り巻く国際環境を見渡してみよう。地政学的な分裂が深刻化し、猛烈な紛争と暴力が多くの民間人に途方もない苦しみを与えている。営々と築かれた、国連憲章を中心とする国際法と国際秩序が公然と破られ、不平等と不公正が拡大し、信頼が失われ、不満を悪化させ、ポピュリズムと過激主義を助長している。気候危機の現実は私たちの対応をはるかに上回る速度で進み、さらに生成AIに代表される科学技術の進歩は、暮らしを豊かにする一方で偽情報の蔓延を生み、さらには戦争の闘い方も変えている。自律型殺戮兵器をはじめとする新興技術の兵器化を含め、その暴走は社会にとって計り知れないリスクを呈している。

破壊され、がれきとなったガザの街をわずかな荷物を持って歩く家族 © UNRWA

国連の加盟国数も、1945年の創設時には51カ国だったが、多くの植民地が独立したことを受け、現在では193カ国と4倍近くになった。新興国の隆盛も相まって国際社会は多極化に向かっているものの、国連をはじめとする国際的な意思決定の制度は創設時のままだ。大陸全体で50カ国を超えるアフリカが常任理事国に入っていない国連安全保障理事会は言うに及ばず、国際金融システムも開発途上国に機動的なセイフティーネットを提供できていない。苦しい資金繰りに陥った途上国は債務返済に追われ、国民に資金を回せないでいる。また、市民社会や民間セクターという、現実社会での主要なアクターたちは限られた発言力しか与えられていない。今日の政策決定の影響を将来にわたって受けることになる若者たちの姿はほとんどなく、今世紀中に新たに加わる100億人を含め、これから生まれてくる将来世代は利益を代表されずにつけを払わされることになる。

2022年2月24日のウクライナに対するロシアの侵略を受け、軍の撤退を求めた安保理決議案は、ロシアの拒否権行使により採択されなかった  ©UN Photo/Mark Garten

これはアントニオ・グテーレス国連事務総長がしばしば口にしていることだが、私たちの祖父母のために構築されたシステムで、孫にふさわしい未来を作り出すことはできない。未来サミットは、これまでのシステムをアップデートして21世紀にふさわしい多国間協力を再構築する上で、一世代で一度のチャンスなのだ。

2024年1月17日世界経済フォーラムでの国連事務総長発言より

未来サミットに向けたプロセスは4年越しの道のりだった。世界が新型コロナウイルス感染症の大流行に見舞われ、多くの人命が失われ、ロックダウンで人の移動と物流が停止し、未知の感染症におののいていたさなかの2020年9月、国連は創設75周年を迎えた。この節目にあって、国連総会は加盟国の総意として、グテーレス事務総長に国連を中心とする国際協力のこれからに向けたビジョンをまとめることを要請した。

国連創設75周年記念会合は、新型コロナウイルス感染症の大流行を受けて、異例の全面ビデオとオンライン対応で開催された  ©UN Photo/Eskinder Debebe

これを受け、国連75周年の節目で世界150万人から優先課題と目指すべき将来像について声を聞き取った調査も踏まえて事務総長が取りまとめた提言が、2021年9月に発表した「私たちの共通の課題」報告書だ。この提言が掲げた重要項目について、国連は2022年から23年にかけて、合計11本の政策概要を加盟国の議論の参考のためにまとめ、公表してきた。若者、将来世代、緊急事態へのプラットフォーム、国内総生産GDP)を越えて、グローバル・デジタル・コンパクト、情報の誠実性、国際金融アーキテクチャー、宇宙、新たな平和への課題、教育の変革、国連2.0、の11分野に及ぶものだ。また、報告書が当初提案していた2023年9月の未来サミットの開催時期を1年延期し、未来サミットとその成果文書に関する準備の本格化を同年2月にスタートさせた。

2024年5月、ナイロビで開催された国連「市民社会会議」で演説するグテーレス国連事務総長 ©UN Photo/Duncan Moore

ニューヨークでのコンサルテーションに加えて、今年5月ケニアのナイロビで開催された国連「市民社会会議」をはじめ、世界各地で広く市民社会から意見を聴く機会を設けてきた。全体のプロセスを国連側で統括してきたのが、ILOの事務局長を長年務めたガイ・ライダー政策担当国連事務次長だ。ライダー事務次長は今年6月訪日した際、国際問題研究所・国連広報センター共催のセミナーで未来サミットの期待値について率直に語った。その中でライダー事務次長が、未来に向けた「対話」が「圧倒的に欠如している信頼の回復」につながる契機となることへの期待を繰り返し強調していたことが、特に印象に残っている。

今年6月に来日したライダー政策担当国連事務次長は、 『効果的で包摂的、ネットワーク化された21世紀型多国間主義を目指して』と題したセミナーで日本の聴衆に向け語りかけた ©UNIC Tokyo

成果文書としてサミット初日の冒頭で採択される予定の「未来のための協定」ならびにその付属文書である「グローバル・デジタル・コンパクト」と「将来世代に関する宣言」は、それぞれの共同進行役のもとで、テキストの交渉の最終局面にある。未来のための協定はアクション中心の文書であり、前文と5つの章立て(持続可能な開発と資金調達、平和と安全、すべての人のためのデジタルの未来、若者と将来の世代、グローバルガバナンス)からなる。人権、ジェンダー平等、気候危機などは、横断的に関わる課題として前文に統合されている。また、唯一の戦争被爆国である日本で関心の高い核兵器のない世界の実現に向けた努力は、平和に向けた国際社会の行動の中で、中核として据えられている。

2022年8月6日広島平和記念式典に出席したグテーレス国連事務総長 核兵器の使用が抽象ではなく現実の脅威になりつつある中、核兵器の廃絶は、「新たな平和への課題」の中で中核に据えられている ©UN Photo/Ichiro Mae

未来サミットそのものは国連加盟国政府が主役だが、彼らは人々の代弁者として出席している。さらに、未来サミットに先立って9月20日・21日に国連本部で開催される未来サミットの「アクション・デイズ」は非国家アクターがむしろ主役であり、特に20日は若者が国連をジャックする。日本の若者も多く現地に入り、参加する予定だ。アクション・デイズを通じて、サミットの目的と未来志向 に沿ったイニシアチブについて、市民社会、民間セク ター、他のステークホルダー、加盟国などの幅広い主体からコミットメントを動員し、行動を促すことを目的とし ている。

2022年の広島訪問時、核軍縮と平和における若者の役割について対話 ©UNIC Tokyo  

国連憲章の前文が国連加盟国政府ではなく「我ら人民」という言葉から始まることを思えば、このサミットはすべての人のためのサミットであり、自分たち自身がそれに反映されていると手ごたえを感じられるものでなければならない。例えば、事務総長直属の部局として新設された「国連ユースオフィス」では、サミットに先立ち #YouthLead というプラットフォームを立ち上げて、世界中から賛同者の声を集めている。集まった声を世界のリーダーに示し、世界のリーダーたちの決定の結末を甘受しなければならない若者たちに意味ある参画の道を開くよう、訴えようというものだ。

2022年のエジプトでのCOP27に際し、事務総長は若者たちから気候アクション推進のエネルギーをもらった(事務総長X投稿より)

未来サミットで課題が完結するのではなく、むしろこれは様々なアクションの出発点だ。このサミットで蒔く種のほとんどは形になるまでに時間がかかり、サミットでの約束を果たすよう政府に説明責任を問い続けなければならない。サミットを受けて、未来のための協定に含まれる勧告や約束の実施に焦点が移ることになる。11月にはアゼルバイジャン気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)が開催され、気候資金の手当てが優先議題となる。そして来年6月のスペインでの開発資金国際会議では、開発途上国に対する融資、無償資金供与、技術援助をどのように、どのような条件で提供するかを決定する世界銀行国際通貨基金などをまじえ、国際金融アーキテクチャーを改革する努力がなされることになる。

未来を私たちの手に ― そういう思いを持って、未来サミットを受け止め、サミットからの発信を見守っていただきたい。

未来サミットは幅広い分野の課題に対し、世界の指導者たちがブレークスルー(突破)のための選択をする機会となる

「何もしないともっと暑くなる」SNSムーブメント立ち上げ

国連広報センター所長の根本かおるです。

ウクライナやガザでの戦争で分断の深まる世界を一つにまとめるものがあるとすれば、それは私たち全員がますます暑さを感じているということでしょう。2023年7月に「地球温暖化の時代は終わり、私たちは地球沸騰化の時代に突入した」とアントニオ・グテーレス国連事務総長が評してから1年あまり、地球の平均気温は月ごとの最高気温を更新し続け、世界中の誰にとっても危険になっています。

 

今年、灼熱の気候で、ハッジ巡礼で1,300人もが命を落としました。熱波によって、年間約50万人が死亡していると推定されており、これは熱帯性低気圧による死者の約30倍にも相当します。そしてアジアとアフリカ全域で学校が閉鎖され、8,000万人以上の子どもたちに影響を与えました。国際労働機関(ILO)は、世界の労働者の70%以上、つまり24億人が現在、猛暑の危険にさらされていると警告しています。

深刻な干ばつに見舞われたザンビアでは食料不安も広がる ©UNICEF/UNI308044/Schermbrucker

過度の暑さは世界中で約 2,300 万件の職場での負傷の原因となっています。そして、毎日の気温が34°Cを超えると、労働生産性は50%も低下します。気候危機によって、より激しいハリケーン、洪水、干ばつ、山火事、海面上昇がより頻繁に引き起こされ、「○○年に一度の~」と評される気象現象に遭遇することも珍しくなくなりました。グテーレス事務総長が今年7月に世界的な高温について緊急対策を呼びかける記者会見で表現したように、これはまさに「新たなアブノーマル(非常態)」です。

今年7月カリブ海地域のグレナダを襲ったハリケーン・ベリル 気候変動に最も寄与しない地域の人々がその影響を最も受けている ©WFP/Fedel Mansour

朗報は、私たちには気候危機に歯止めをかけるソリューションがあるということです。気候変動に関する政府間パネルIPCC)の科学者たちは、生活者・消費者の選択や暮らし方を変えることで、温室効果ガスの排出量を2050年までに4割から7割削減することができると指摘しています。気候変動への危機意識はあるものの何をしたらいいのかわからないという人々が多い中、排出削減効果の大きな行動を示しつつ世の中に浸透させていくことが求められています。

 

科学者の90~100%が、人間は気候変動に対して責任があることに同意。今すぐ行動すれば気候変動を抑制できるとしている。

例えば、日本ではもともと豆腐などの植物性たんぱく質を多く摂る食文化がありますが、それをさらに進めて、大豆ミートや植物由来のアイスクリームなどを日頃の食生活の選択肢に入れることもあるでしょう。日本を代表するビジネス街である大手町・丸の内・有楽町エリアの街おこしの取組である「大丸有SDGs ACT5」が主催したイベントで植物性のアイスクリームにトライする機会がありましたが、まろやかさが引き立ち、通常のアイスクリームとかわらないおいしさでした。イベントに集まった参加者の方々から質問やコメントが積極的に寄せられ、食を通じて気候変動対策を考える機会の強みを実感しました。

7月26日に行われた気候変動セミナーでは、植物由来のアイスクリームの試食も行われた   @大丸有SDGs ACT5実行委員会

また、夏は暑く、冬は寒くてヒートショックを起こしかねない日本の住宅において、クオリティー・オブ・ライフを高めながら暑さ・寒さに対応して快適に暮らせる「断熱」は、エネルギー消費を抑えることで温室効果ガスの排出量の削減につながります。個人・地域レベルでの効果的な気候アクションとしても注目されています。学校の断熱化に関するメディア向け勉強会の開催で連携した気候政策シンクタンククライメート・インテグレート」では、地域と学校を巻き込んで行った「断熱ワークショップ」に関連する資料や動画を公開すると同時に、住宅・建築物における気候変動対策について自治体での先行事例と利用可能な補助金・支援制度をまとめて公表しています。

エネルギー消費を抑えることにつながる「断熱」についてのメディア向け勉強会では、各地の実践例も紹介された

さらにより多くの方々に気候危機に歯止めをかけるアクションを知ってもらい、行動してもらおうという狙いから、国連広報センターでは、SDGメディア・コンパクトに加盟する日本メディア有志とともに、2022年から「1.5℃の約束 ― いますぐ動こう、気温上昇を止めるために。」キャンペーンを展開してきましたが、3年目の今年は、気候危機に意識が向かう猛暑の時期をとらえて、「何もしないともっと暑くなる」SNSムーブメントを立ち上げました

国連が推奨する「個人でできる10の行動」を中心に気候行動を呼びかける

8月1日から9月30日までの2カ月間、国連広報センターとこれらのメディア・団体は、#1.5℃の約束 #何もしないともっと暑くなる #10の行動 の3つのハッシュタグをつけて、それぞれのSNSアカウントから「野菜をもっと多く食べる」「環境に配慮した製品を選ぶ」「声を上げる」といった気候行動を紹介していきます。そして、個人に対してもこれらのハッシュタグを使って、「個人でできる10の行動」のうち、すでにとっている行動やこの機会に始めた行動をシェアすることを呼びかけます。そうして、行動を実践していることを共有し合う好循環を生み出すことを目指します。特に「声を上げる」は、個人の選択と行動を社会変革の力につなげるものとして重要です。

 

 

気象キャスターネットワーク理事長の井田寛子さんも、自身のアクションについての投稿

 

気候危機の流れの中で、ただ手をこまねいているだけでいるのか、それともソリューションの担い手として積極的に行動していくのかで、見えてくる景色もきっと違うはず、と思っています。

グテーレス国連事務総長は異常な暑さに対する世界的な気候行動を要請

ガザの紛争による爆発物のリスクから市民を守る

 

戦禍を受けたガザの人々に人道支援を届けることは命がけです。不発弾などの爆発物が残る瓦礫の中や破壊された地域を長時間かけて進む人道物資の運搬は、国連地雷対策サービス(UNMAS)が不発弾等のリスクを確認し、危険なルートを避けて人道支援の隊列を守らなければ、どんな支援も届けることができません。

そして、日本は、今回のガザ紛争による爆発物の問題に支援を表明した最初の国です。UNMASパレスチナ事務所の中山朋子プログラム・オフィサーが報告します。 

【略歴】中山朋子(なかやま・ともこ) 国連地雷対策サービス(UNMAS)パレスチナ事務所プログラム・オフィサー。在ムンバイ日本国総領事館専門調査員、JICA南スーダン公共放送局能力強化プロジェクト専門家、UNMASニューヨーク本部、UNMASナイジェリア事務所等を経て2022年より現職。

※この文章は、筆者個人の経験、見解であり、UNMASおよび国連の見解を代表するものではありません。

2023年10月 破壊されたガザの様子 @UNRWA 

突然の大規模紛争

10月7日、スペインで参加していた研修を終えた翌朝、インターネットに接続した瞬間、ガザを実効支配する武装組織、ハマスイスラエルを攻撃したとの第一報を目にしました。最初に目にした映像は、ハマスのロケット弾によるとされる建物などへのダメージや火災の様子や、ガザとイスラエルの境界線に張り巡らされた軍事フェンスの一部が破壊された様子で、直感的に、これはとんでもないことが始まった、今回の紛争はこれまでのような数日から一週間のものではなく、数か月から年単位のものになる、と思いました。私を含め、多くのガザ関係者は、ハマスがしばらく小規模な攻撃もしていなかったことから、近く何かしらの動きがあってもおかしくない、という感覚を持っていたと思います。しかしそれはこれまで定期的に発生していた程度の規模のものだと考えていました。第一報に接した時の衝撃は、言葉では表せないほどでした。

イスラエル側には、アイアン・ドームと呼ばれる高性能のミサイル迎撃システムと、ガザとの境界全体に張り巡らされたフェンスと監視塔があります。これまでのガザ側からの攻撃は、あくまでガザ領域内からのロケット弾等による攻撃で、そのほとんどがアイアン・ドームによって撃ち落とされており、これらの防衛システムを突破することはありませんでした。

ところが、この時の初期報道は既に、これまで行われたことのない規模の攻撃が行われていることを示していました。ハマスが周到に準備をしていたことと、今後のイスラエル側からの報復と、長期間にわたる激しい戦闘が予想されました。

ガザに残る同僚は安全が確認されましたが、国際職員とは違いガザから退避することが非常に難しいであろう現地職員や、多くの罪のないガザ市民にとっては非常に厳しい状況が待ち受けていることは明らかで、何もできないことに心が痛みました。

また、イスラエル側の被害、特に私たちがガザから出入りする際に通過していた何重もの塀やブロックが設置されたエレズの検問所や、よく立ち寄っていたガザに最も近いイスラエルの町が攻撃を受ける様子を目にし、人の良いイスラエル人の検問所職員や町の人々の安否を思い心が痛みました。

私は、UNMASニューヨーク本部、ナイジェリア事務所を経て2022年からパレスチナ事務所で勤務しています。

2018年6月 ニューヨークから南スーダンに視察に訪れた際の筆者(中央) @UNMAS

ガザでは、これまでに何回か規模の大きな紛争がありましたが、私が着任して以降は、ほとんどの場合ロケット弾やミサイルの応酬を中心とするもので、一週間前後で停戦となっていました。週に何回か爆撃の音が聞こえるのは日常で、ガザからの出入りに検問所で長ければ数時間を費やしたり、イスラエルの空港では別レーンで荷物を細かく調べられたりする不便もありましたが、スーパーには十分な品ぞろえがあり、治安も比較的よく、私がそれまで赴任したナイジェリア北東部のボコ・ハラム活動地域や南スーダンに比べ、生活しやすい場所でした。

仕事面では、度重なる紛争でガザに残された爆発物のリスクから市民や人道支援従事者を守るための安全教育や爆発物の調査、除去のプロジェクトを管理する仕事をしていました。当時から、パレスチナ、特にガザでは、食糧、医療、教育などを国連や他の援助機関の支援に頼る人口の割合が高く、多くの問題がありました。不発弾などの爆発物も、人々の生命や安全を脅かすだけでなく、人道支援や、復興、産業の発展を妨げる、重大な問題でした。

しかし、今回の紛争による影響は、これまでの規模をはるかに超えるものです。食糧、医療、教育などとともに、爆発物の問題も、今後長期間に渡り深刻な問題となることが予想されます。

 

混乱を極める中でのガザ支援

UNMASは国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)コンパウンド内に事務所を借りていましたが、そのUNRWAコンパウンドも多くの部分が破壊され、UNRWAの学校、国際機関、NGOなどの事務所なども破壊されたり、損害を受け、戦闘によりこれまでにない規模の人道的支援が必要とされる中、UNMASを含む国連等支援機関の活動は大きく制限されました。

2023年10月 破壊されたUNRWAのガザ事務所 UNMASも入居していた @UNRWA

国連や援助機関には、ある程度の水、食糧、燃料、医薬品などのストックがありますが、今回のように、誰も予測できなかった事態に対して、十分な体制は全く整っていませんでした。それはUNMASも同じで、人員や予算、機材など、通常時の必要性を超えてこの未曾有の事態に対応する体制は整っていませんでした。

また、まず職員の安全確認、国際スタッフの退避、現地スタッフのガザ南部への避難等安全確保が優先された事や、通信状況が不安定であったことで、状況の把握や、今後の見通しが経たない中、数週間は手探りの状態が続きました。

2023年12月 国連の避難所で生活する人々の様子 @UNRWA

そのような中でも、UNMASの現地職員や、紛争発生時にガザにいた国際職員は、ラジオやSNS、携帯電話のメッセージを通して推定120万人に安全メッセージを届けたり、在庫のポスターやリーフレットを避難所に掲示、配布したり、爆撃の影響を受けた国連等人道支援機関の施設の安全確認を行ったり、紛争直後からできる限りの活動をしました。

11月から12月に掛けて、エジプト側からの国際スタッフの出入りが可能になり、国連全体として、現地にある人材と物資でとりあえずできることをするという段階から、緊急対応の体制が少しづつ整っていきました。UNMASも、戦闘開始時に休暇中だった爆発物処理の専門家がガザに戻り、新たに爆発物処理専門家を増員し、ガザ市民や、人道支援に従事する人々の安全を守る活動を強化しました。

2023年11月 避難所となった国連施設に支援物資が運ばれる様子 @UNRWA

一方、私個人はマネジメントの専門家であり、ガザに戻ることで安全確保、水、食糧など、ただでさえ不足するリソースをひっ迫することや、仕事内容的に通信の安定している場所にいることが現地にいることよりも重要であるため、アンマンに勤務地を変更しました。

この時期の私の業務は、これから必要となる活動の資金を確保するためのコンセプトノート、プロポーザル作成、ドナーとの交渉が最優先でした。これらは非常に短い期限が設定されていることも多いうえに、プログラム管理部門ではたった一人、通信状況など紛争の影響を受けずに作業できる環境にいた私は、プログラム管理部門の仕事のほとんどを行うことになり、週末も深夜まで作業する日々が続きました。しかし、現地職員も自身も厳しい状況になる中できる限りの仕事をしてくれたほか、ニューヨーク本部からの協力もあり、何とかこの時期を乗り切ることができました。

 

ガザに残る同僚たち

多くのガザ市民同様、UNMASのパレスチナ人職員も、ほとんどが退避できず、ガザにとどまっています。多くは家や財産の大部分を失い、南部に避難しています。彼ら自身が非常に厳しい状況にある中、他のガザ市民を爆発物のリスクから守るために働いています。

爆発物の専門的な知識が必要な作業は国際スタッフが行っており、私を含めガザの外にいる国際職員がプロジェクト管理、ロジ、広報等を行っていますが、ガザの現地職員も、爆発物処理専門家のアシスタント業務、市民や国連、国際機関職員に対する危険回避教育、プロジェクト管理の補佐、ロジ、アドミン業務等など、多くの業務を担っており、彼らの貢献なしにはUNMASの活動は維持できません。

その一人が、爆発物危険回避教育を担当する、アマニ・アブ・カルーブさんです。アマニさんも、自宅を追われ、ガザ南部に避難しています。アマニさんは現在、国連で避難民の支援を担当する職員に対して、避難民に爆発物の危険と身を守るための行動を周知してもらうための研修を行ったり、ポスターやリーフレット等の作成と配布、市民に対する直接の爆発物回避教育を行う準備をしています。アマニさんは、「私たちは毎日恐怖に怯え、毎日家族の食糧や生活必需品を確保するのに苦労しています。しかし、市民の命を守るため、危険回避教育を続けます。」と話してくれました。

避難所で働く国連職員に対し、避難民に爆発物の危険性を伝えるための研修を行うアマニさん @UNMAS

一方で、紛争が続くガザに、域外から赴任した国際スタッフがいます。主に爆発物専門家で、ガザには高度な訓練を必要とする爆発物専門家が存在しないため、カルロス・メサさんを含む国際スタッフが派遣され、人道支援を行う国連や援助機関の安全を確保しています。カルロスさんは、「不発弾などの爆発物が残る瓦礫の中や破壊された地域を長時間かけて進む人道物資の運搬は命がけで、UNMASが同行し、不発弾等の脅威を確認し、危険なルートを避け、人道支援の隊列を守らなければ、どんな支援も届けることができません。前回、ガザ南部ハン・ユニスの病院に医薬品、水、燃料などを届けた際には、厳しい状況の中で働く医療従事者や女性や子ども、重症患者が私たちを歓声を上げて迎えてくれました。そのような姿を見ると、自分の仕事を誇りに思います。」と話してくれました。

UNMASの爆発物処理専門家 @UNMAS

爆発物の深刻な影響とガザの今後

私の現在の仕事は、怒涛のコンセプト・ノートやプロポーザル作成とプログラム管理部門のあらゆる緊急の仕事に対応し、なんとか穴を埋めていた段階から、チームのメンバーも増え、中長期を見据えた仕事に少しずつ移行しています。緊急事態の最中、少ない情報と正確に立てられない見通しに基づいて計画されたプロジェクトは、時間が経てば現状に合った計画とは言えなくなります。目の前の状況だけでなく、中長期的に不発弾などの爆発物は、ただ人々の生命や安全を脅かすだけでなく、水、食糧、医薬品、燃料などの支援物資の安全な運搬や配布を脅かすため、UNMASとしても紛争継続中、紛争終結直後、復興から開発段階と、国連全体の方針や優先順位とも照らせ合わせながら、常に計画や実施優先順位を調整していく必要があります。不発弾などが散乱する中では、支援物資を運搬するルートや、配布場所などで爆発事故を招き、被害を増やしかねないからです。

また、停戦が実現すれば、瓦礫の除去と復興へ向けた努力が始まりますが、爆発物はこれらの作業を行う上でも非常に危険です。現在、ガザでは人口の75%にあたる170万人が避難しています。彼らが地元に戻り、家を再建し、農業や畜産業、商売などを再建するにも、彼らに対して人道支援と復興支援を行い、学校や病院を再建するにも、爆発物の除去は必要不可欠です。

現在、UNMASは、爆発物処理の専門家をガザに派遣し、食料、水、燃料、医薬品等を運搬する車列の安全管理のために同行したり、国連や国際機関等の施設の不発弾等によるリスクの評価、上記活動中に確認された不発弾等の分析と記録や、有刺鉄線や危険標識等によるマーキングを行っています。

さらに、SNSメッセージやラジオを通じた爆発物危険回避メッセージの発信や、国連、国際機関の職員に対する危険回避教育や、避難所での安全メッセージを記載したポスターの掲示、食料などの支援物資へのステッカーの貼付、リーフレットの配布などを行っています。さらに、UNMASが低リスクと判断したルートを使用する車列の保安要員への研修を行い、彼ら自身が車列の安全確保を行う取り組みも進めています。

今後、休戦が実現し、治安が改善すれば、詳細かつ広範囲における調査、探索を行い、不発弾等の除去を行う予定です。ガザにおける人道支援や復興支援は、今後数年、十数年に渡ることが予想されます。不発弾等爆発物による詳細な汚染状況は停戦後、調査が可能になるまではわかりませんが、戦闘の規模から考えて、ガザ全土に多くの爆発物が残されることが予想されます。大規模な探索や除去作業が必要となることが予想されるほか、ガザに設立されるであろう新しい統治機構が自ら人道的地雷対策を行うための能力育成も必要です。停戦が実現した後も、息の長い支援が必要になります。

日本は、今回の紛争による爆発物の問題に支援を表明した最初の国です。 ほかのドナー国からの支援も届き始めています。ただし、休戦の見通しが立たず、状況の見極めが困難な中、多くの支援を集めるのは困難が伴います。

状況は非常に不透明ですが、これからも、ガザおよびパレスチナ全体の爆発物対策に貢献し続けたいと思います。

2023年2月 対パレスチナ日本政府代表事務所のメンバーをガザの爆発物処理現場に案内する筆者 @UNMAS

 

ジェンダーと気候変動 南スーダン共和国から

水や薪を求めて、南スーダンの女性たちは遠方まで歩かざるを得ない
©UNMISS Patrick Orchard 

気候変動の深刻化は、気候災害の大幅な増加や多くの国内避難につながっています。さらには安全保障に大きな影響を与え、国連安全保障理事会で気候変動が安全保障の文脈で議論されると同時に、国連PKOの現場では、気候変動が安全を脅かす中でその打撃を受けている女性たちに対して、特別な対応が求められています。国連南スーダンミッション(UNMISS)ジェンダーセクションのチーフを務める、西谷佳純(にしがや・かすみ)シニアアドバイザーの報告です。

 

西谷佳純(にしがや・かすみ)
国連南スーダンミッション(UNMISS)
シニアジェンダーアドバイザー・ジェンダーセクションチーフ
ジェンダー政策アドバイザー。軍事衝突・政変後の鎮静化、和平合意の交渉プロセス・実施促進、復興への移行期、緊急人道支援の開始時の戦略策定における助言、プログラム化、資源の動員やパートナーシップを専門とする。2015年から現職。国連機関(国連開発計画、国連人口基金国連難民高等弁務官事務所JPO)の他、国際協力機構-JICAインドネシア・カンボディアにおいて政策アドバイザー、また、本部にて国際協力専門員を務めた。哲学博士・政治学国際関係学修士・東南アジア研究学修士オーストラリア国立大学)、英文学士(明治学院大学文学部)。千葉県立長生高等学校出身。

南スーダンと気候変動

南スーダン共和国は、気候変動による影響に対する脆弱性が最も高い国々の一つである。一口に気候変動の影響といっても、それは、地域、国、また、人によって、影響や深刻度は、異なるが、ここでは、平和、及び、安全保障に対する脅威を増長させるような繰り返し起こり、また、予想がつきにくい気候事象について焦点をあてる。

ここ数年特に顕著なのは、降雨期と雨量の変化や不安定さ、洪水、干ばつ、害虫の蔓延などの気候事象で、既存の紛争促進要因、紛争に対する脆弱性、紛争によって引き起こされる不満や怒りをさらに増長させている。また、これら気候事象は、社会・経済面での負荷を増加し、すでに悪化している人道的な危機に、さらなる負荷を加えている。南スーダン共和国の人口の約95%ほどが、気候に敏感な経済活動に従事し生活の糧を得ていると考えられるが、気候変動によるショックは、ショックを乗り越え対処していくメカニズムにさえ、新たな挑戦を突き付けている。

また、南スーダン共和国は、すでに前代未聞の食糧不足に見舞われている最中だが、気候変動によるショックは、紛争やパンデミックによって引き起こされた課題や日々悪化を続ける価格の高騰にも深刻な負荷を加えている。

2019年 大雨による洪水被害の出た南スーダン南東部  UN Photo/Nektarios Markogiannis

ジェンダーによって異なるインパク

平和や安全保障に対する脅威をさらに増長させるような気候事象がもたらすインパクトは、男女によって異なる、という報告が少なからず挙がってきている。南スーダン共和国は、他民族で60以上の部族が存在するため、必ずしも男性・女性と一括りにして議論をすることはとても困難である。しかしながら、こうした複雑さを理解した上で言えることは、気候変動ショックは、すでに存在する男女間の不平等や女性・女子の阻害化を明らかに悪化させている、ということだ。

例えば、数多くのコミュニティーで、水汲み、また、薪集めは、女性や女子が行う仕事であるが、気候変動ショックが続くことにより、こうした無償労働の負担が増加し、その道すがら正体不明の武装勢力による攻撃・性暴力、また、強盗などの一般犯罪に巻き込まれる危険性が高まる。

また、南スーダン共和国では、和平合意が包括する政府側と野党勢力たちによる政治的対立と並行して、コミュニティー間の紛争や対立も顕著であり、気候変動によりこれらコミュニティー間の紛争周期がより頻繁になってきている。特に、土地や飲み水を求めた家畜と遊牧民による移動は、移動先の住民社会全体に脅威を与えるだけでなく、農業や役畜の世話を行う女性や女子にとっては、誘拐や性暴力などの危険を伴う。

さらに、長く続いた紛争により、南スーダン共和国では、女性世帯主の増加が顕著である。女性世帯主は、家族を養うためにこれまで以上の努力をしなくてはいけないため、気候変動によるインパクトで、さらに大きな負荷がかかっている。

南スーダン、ジョングレイ州の光景  UN Photo/Martine Perret

UNMISSに期待されていること

他のミッションに先駆け、2021年、UNMISSのマンデートである国連安保理決議2567号は、「気候変動は、紛争をさらに悪化させることになる脅威である」という認識を示す前文を含め採択された。さらに、2022年のマンデートである国連安保理決議2625号では、気候変動、自然環境の変化、自然災害などが、南スーダンの人道状況や安定に影響を与えるという認識が示され、気候変動・自然環境・自然災害対策プログラムには、南スーダン共和国政府や国連によるリスク評価・リスク管理戦略が必要と強調し、気候変動対策のための国連枠組み条約・パリ協定について認識を新たにした。

また、人道援助のために、気候変動による負の影響の評価においてジェンダーに敏感なリスク評価を含むことを指針として示した。さらに、2023年のマンデートでは、上記に加え、事務総長の報告書に、気候変動がミッションのマンデート執行に与えるリスク、及び、南スーダンの平和・安全保障に与えるインパクトについて言及することが求められている。

国連西バヘルエルガゼル州病院に設置されたジェンダー暴力被害者支援を目的とするワンストップセンターのハンドオーバーセレモニー 出典:UNMISS広報部

「女性・平和・安全保障(WPS)」に関する国連安保理決議1325号が2000年に採択されたことにより、国連のフィールドミッションには、それぞれジェンダーアドバイザー、及び、セクションが配置されていて、ミッションマンデートのサイクルにおいて、WPS分野の安保理決議によって期待されている成果、及び、ジェンダー視点の統合を促進する責任を担っている。

当ミッションでは、ジェンダーセクションに、私を含め計18名のスペシャリストが、配置されている上、軍と警察にも、それぞれジェンダー担当官が配置されていて、女性の保護アドバイザーセクションのアドバイザー達と協力しながら、文民保護、和平合意の支援、人権問題の調査・検証、人道支援に資するような環境の創出という4つのマンデート分野で活躍している。

ジェンダーセクションとして特に目指している方向性は、紛争解決から復興・開発へと続く公的意思決定のすべてにおいて、女性の参加と意見の尊重が担保されること、そのリーダーシップが見事に発揮できるようにすること、女性の社会・政治参加を阻むジェンダー暴力などの危険からの保護、法による統治・説明責任の強化、被害者の正義へのアクセスの強化、並びに、すべての紛争分析にジェンダー分析を統合することである。

 

さらに、マンデートにも含まれているジェンダーパリティーの視点から少しコメントをすると、当ミッションは、困難で家族を帯同できない任地であるにもかかわらず、各国からの女性職員が数々のフィールドオフィスでトップを務め、文民保護の中心に女性の保護を据え、コミュニティーの安全を確保してきた。中でも、ユニティー州の紛争や洪水の被害から立ち直ろうとしている女性達の多くを継続して支援してきた日本人職員平原弘子氏が、昨年、本部民生部のディレクターとして昇進し、ミッション本部へ移動となり、これまでに以上に近い距離で一緒に仕事ができるようになったのは大変ありがたい。

国連本部から平和オペレーション担当のラクロワ国連事務次長が南スーダンを訪問した折に、UNMISSミッション本部の女性シニアオフィサーとミーティング 右から6人目が筆者
出典:UNMISS広報部

女性を中心・全面に据えた平和・安定化プロセスへ

南スーダン共和国では、すでに2018年に採択された再活性化された和平合意、及び、2022年に採択されたロードマップをもって、現在ゆるやかに和平プロセスを進めている。和平合意に向けたプロセスでは、50以上の女性市民団体からなる連合「平和のための南スーダン女性連合(South Sudan Women Coalition for Peace)」の活躍により、和平合意実施にかかるメカニズムや機構すべてに、少なくても35%までのレベルに女性を指名せよ、という文言が含まれた。

現在、憲法改定・選挙プロセスのフェーズにまで何とかこぎつけたが、メカニズムや機構への女性の指名は、必ずしも35%以上というところまでは達していない。しかしながら、南スーダン共和国は、その固有の歴史上強い女性リーダーたちが存在し、現在の和平プロセスでも、副大統領、閣僚ポスト、国会議長、知事などのポストにつき、優先法案の可決、地域紛争の仲裁、ジェンダー暴力撤廃などで、女性としてのお手本となりうるリーダーシップや手腕を発揮してきた。さらに、最近では、国際人権条約を次々と署名・批准し、それらの国内化プロセスを進めようという明らかな動きがみられる。

近く予定されている当ミッションの新なマンデートにおいても、平和・安全保障に対する気候変動インパクト、また、南スーダン共和国に対する人道的支援におけるインパクト評価とジェンダー視点の必要性は、以前と同様有効な文言として考えられる。

ミッションとして実質的に関与できうる活動としては、

(1)女性市民社会、及び、任国政府意思決定者、国会議員、治安部門の女性リーダーを対象とした平和・安全保障に対する気候変動インパクト評価、女性の社会進出を踏まえたジェンダー視点の必要性、ジェンダー分析の作成手法などのキャパシティービルディング

(2)コミュニティー紛争を防止するための女性紛争調停者の能力形成、女性紛争調停者ネットワークの構築、女性紛争調停者による紛争解決ベストプラクティスの共有

(3)気候変動対策パイロット事業を通じたコミュニティー女性のエンパワーメント

(4)市民社会団体、伝統的リーダー、地方政府の平和・安全保障に対する気候変動インパクトとジェンダー視点の強化

などが考えられる。当ミッションジェンダーセクションとしては、ミッションや国連事務局の幹部の指導の下、ミッションや国連内での協力はもとより、アフリカ連合、地域間開発協力機構、ドナーによる女性・平和・安全保障についてのコンパクト、各界の女性リーダーやそのネットワークを通じて任国政府・市民社会とパートナーシップや協力関係をさらに深めて、女性・平和・安全保障に係るアジェンダを推進していく所存である。

平和と安定の促進におけるUNMISSの役割を啓発するイベントに参加する女性たち
UN Photo/Martine Perret

 

誰が何のために発信しているの? 子どもたちと考える災害時の情報

戸田市立美女木小学校5年生に向けたデジタル・シティズンシップの授業の1コマ
(C) UNIC Tokyo

 

デジタル・シティズンシップ」という言葉をご存知ですか?「デジタル技術の利用を通じて、社会に積極的に関与し、参加する能力」と欧州評議会が定義しているもので、そのために必要な能力を身にけることを目的とした「デジタル・シティズンシップ教育」が、いま広がっています。

急速な技術革新により、人々のコミュニケーションや情報へのアクセスが大きく変わり、ソーシャルメディア検索エンジン、アプリなどの「デジタル・プラットフォーム」は、いま地球上の何十億もの人々をつないでいます。ニュースや情報が瞬く間に社会に拡散されるようになる中で、オンライン上のデマや不確かな情報、ヘイトスピーチなどが大きな問題となっています。

私たちは、情報にどう向き合っていけばいいのか、何に気をつければいいのか。1月末に埼玉県戸田市立美女木小学校で行われていたデジタル・シティズンシップの授業をのぞいてみると、大人の私たちも心に留めておくべきことがいくつも語られていました。

 

情報について考える授業

去年5月から続くこの授業は、この日6回目。5年生121人が学んできました。生まれた時からインターネットに親しんでいる「デジタル・ネイティブ世代」の子どもたちは、パソコンやタブレットを駆使して学んでいきます。子どもたちは、これまでの授業で、オンライン上には様々な情報が玉石混になっていること、正しい情報を探すのは簡単ではないこと、きちんと情報を検索するとはどういうことなのか、などを学んできました。

(C) Mariko Iino / UNIC Tokyo

この日のテーマは1月1日に起きた「能登半島地震」。災害や紛争などの緊急時には、誤情報、偽情報が特に拡散されやすくなるからです。先日起こった震災については子どもたちの関心も高く、この日講師として教壇に立った、小中高生に向けてメディア情報リテラシー教育を行う「インフォハント」代表の安藤未希さんが質問を投げかけると、積極的に声が上がっていました。

(C) Mariko Iino / UNIC Tokyo

その情報どこから?

情報をどこから得たかの問いに、子どもたちからは、「テレビをつけた」「ネットニュースを見た」「石川県にいる友達に連絡した」などの回答がありました。これまでの授業でも、知りたい情報を検索する方法を学んでいた子どもたち、「”地震”、”現在”、”石川”と入れたら”震度7”と出てきた」という児童もいました。

安藤さんは、どこにアクセスするかで得られる情報が変わることを子どもたちに伝えていきます。出来事の全体的なことを早く知ることができるテレビ、科学的な情報や気象・地震データを出す気象庁など専門機関のサイト、自分が暮らす地域への影響や避難が必要かなどの地元の情報は市町村のサイトや防災無線、友人や知人の安否はその人のSNS発信をチェックするなど、情報収集の方法と目的を確認していきました。自分が必要としている情報は何で、どこから得るのが最適かを理解することも大切な一歩です。

(C) Mariko Iino / UNIC Tokyo

その情報は正しいもの?

情報が氾濫する中では、誤情報、偽情報への注意も必要です。「誤情報」が不正確な情報の意図しない拡散を指すのに対し、「偽情報」は不正確なだけでなく、欺くことを意図し、時に深刻な害を及ぼすために拡散されます。生成AIなど技術の発展によって、偽の動画や画像が巧妙に作られて拡散されるケースも少なくありません。熊本地震の際に、動物園からライオンが逃げたというSNS投稿で使われていた画像は、実際は南アフリカで撮影されたものでした。

安藤さんは、能登半島地震の発生直後に、オンライン上で発信された実際の情報から3つの例をあげました。今回、「人工地震」だという情報がX(旧Twitter)で多く流れていました。その根拠としてあげられていた動画では気象機関の専門家が話しています。これが正しいものかどうか確認できるところはないか、子どもたちにしっかりと見てもらいました。何人かの生徒が動画の日付が2016年だということに気づきました。動画は、実際に過去に専門家が話したものでしたが、今回の能登半島地震とは全く関係ありませんでした。オンライン上に掲載されているリンクや動画の内容もしっかりとチェックすることで、気づけることもあります。

(C) Mariko Iino / UNIC Tokyo

何のために発信されたのか?発信者には意図がある

次に安藤さんがあげたのは、救助を求める個人の投稿です。

「助けてください。挟まれて逃げられません。消防にも連絡つきません」

住所も書いてあり、非常に多くの人がこの投稿を拡散していました。これが本当かどうか調べるにはどうしたら良いか聞かれた子どもたち、班ごとに考えてみます。示された住所を検索してみると、実際にはない場所でした。

「住所を調べるのは大正解ですね。でも一瞬ドキッとしませんか?この人もしかしたら死んでしまうかもしれないって思ったら、拡散してあげたいと思った人もいるかもしれませんよね」

この投稿者は次の投稿で、今後のための資金を送ってほしいというメッセージを書いていました。それを知った子どもたちからざわめきが起こります。安藤さんは、情報発信する人は意図や理由があって発信していることを伝えました。

知らずに誤情報、偽情報を拡散してしまうことで、本当に助けを求める声や正しい情報が届くことの妨げになり、命の危険につながることもあります。シェアする前にいったん立ち止まり、情報の背景を考えてみることを、安藤さんは子どもたちに伝えました。

(C) Mariko Iino / UNIC Tokyo

別の見方もあるかも?

次に子どもたちが考えたのは同じことを取り上げた2つの新聞記事です。被災地で自動販売機が壊されたことを伝える内容で、どちらも実際に掲載されたものです。

1つ目は、自動販売機が壊され、飲料が盗まれてパニックになったということを、2つ目は、避難していた人に飲み物を確保するために、許可を取った上で壊して配ったということを伝えるものでした。正しかったのは、現場の責任者や警察に確認して書かれた2つ目の記事でした。

不安も高まる緊急事態では、噂やデマなども広まりやすくなることを学んだ子どもたちへのアドバイスは、ある情報を見た時は、そういう見方もあるかもしれないと「気に留める」、そして本当だろうかと「ちょっと考える」、必要な情報なら「調べる」こと。

調べる時のポイントとして、「誰が発信しているか」「いつ発信されたのか」「他の投稿はどんなものがあるか」「自分で確認できることはあるか」などを、子どもたちは教わりました。そして故意でなかったとしても、間違えてしまった場合には、誠実な対応が誤情報、偽情報のさらなる拡散を防ぎます。

「ないほうが良いけれど、間違ったことを信じて周りに言ってしまうことはあると思います。もしそうしてしまったらどうしたらいいですか。謝ることですね。実はこれはけっこう大人でも難しいんですよね。でも、間違ったことを発信してしまったら、しっかり謝って訂正しましょう」

授業を終えた子どもたち、感想をしっかりと書いていました。

「その情報が事実なのか、他のサイトでも調べて、それが事実だとわかるまで話を広めないようにしたいと思いました」

 

「簡単に言うと、”結論を急がない”ということになると思います。パニックになっているときこそ、人は騙されやすいから、冷静に情報を確認しないとと思いました」

 

「間違えた情報を発信してしまった時は、ちゃんと謝罪したほうがいいんだなと知りました。情報を見る側もいろいろと注意が必要なんじゃないかとも思いました」

大人にとっても耳の痛いこともあるのではないでしょうか。

(C) Mariko Iino / UNIC Tokyo

授業を依頼した美女木小学校教頭の勝俣武俊さんは、大人でも情報に振り回されてしまうことが少なくない中、どうやってデジタル・シティズンシップを教えていくか、教員も子どもたちと一緒に学びながら模索していると言います。

「授業を受けた5年生の子どもたちは、情報に対する感度が上がり、多角的な見方をできるようになってきていると感じています。情報を鵜呑みにせず、いろんな視点でとらえて、自分なりの考え方を持ってほしいと思っています」

講師の安藤さんのもとには、教育現場だけでなく、保護者や企業などからも問い合わせがくるそうです。安藤さんは、改めてメディア情報リテラシーで大切なポイント、そして情報化社会に対する願いをこう語ってくれました。

ニュートラルに冷静さを持って情報を見ることが大切です。感情を揺さぶられる時、情報に一喜一憂しやすくなります。決めつけずに、情報を冷静にとらえて判断できるようになると、デマやディープフェイクなどの被害も少なくすることができると思います。情報への向き合い方を学ぶことで、互いに尊重したり、いたわりあえる、より優しい社会になってほしいとも願っています」

国連も誤情報・偽情報を優先課題の一つに

SNSの浸透や生成AIの目覚ましい発展に伴い、その負の影響が人々の権利や健康を損ね、人々や国の安全をも脅かすようになりつつある中、国連は誤情報・偽情報・ヘイトスピーチ対策を優先課題の一つと位置付けています。

グテーレス国連事務総長は、デジタル空間での情報の誠実性について政策ブリーフを昨年発表しました。グテーレス国連事務総長はこの中で、「偽情報に対処するには、社会のレジリエンス(強靱性)の構築と、メディアリテラシー情報リテラシーに向けた持続的な投資が必要だ」と述べ、人権を守りながら、デジタル空間を安全かつ包摂的な場所にするための国際的な協調行動を呼びかけています。

9月にマルチラテラリズム(多国間主義)を強化するための「未来サミット」が国連で開催されるのに向けて、国連はこの政策ブリーフをベースに「デジタル空間における情報の誠実性のための行動規範」を策定し、今年6月を目途に発表することにしています。

子どもたちが授業で学んだように、私たちにできることの第一歩として、日々見聞きする情報の海の中で、一呼吸置き、少し立ち止まって考えることは、ますます必要となってきています。

(取材・構成 飯野真理子)

【誤情報・偽情報に関する参考記事はこちら】

偽情報への対処 ー 偽情報がもたらす課題とその対応について | 国連広報センター (unic.or.jp)

国連事務総長、誤情報の阻止を目指し、新時代の「ソーシャルメディアの誠実性」を呼びかけ(UN News 記事・日本語訳) | 国連広報センター (unic.or.jp)

グローバル・コミュニケーション担当事務次長による寄稿(日本語訳):「戦時下で情報の誠実性をどう守るか」 | 国連広報センター (unic.or.jp)

気候関連の誤情報・偽情報に取り組む:「緊急の行動が必要なフロンティア課題」(UN News 記事・日本語訳) | 国連広報センター (unic.or.jp)

未曽有の「人類の危機」

2023年を振り返って、根本かおる国連広報センター所長の寄稿をお届けします。

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年の瀬を迎え2023年を振り返るとき、10月7日の世界を震撼させたイスラム組織ハマスなどによるイスラエルへのテロ奇襲攻撃と大勢の人質の拉致、そしてそれに対するイスラエルによるガザへの攻撃と民間人が置かれている阿鼻叫喚に飲み込まれてしまっている自分がいます。アントニオ・グテーレス国連事務総長の12月22日の今年の締め括りにあたる記者会見もガザ一色の内容になり、今の国連の状況を反映するものとなりました。

グテーレス事務総長は会見で、「世界中の紛争地域や災害現場で奉仕した人道支援のプロたちから、今日のガザで見られる光景ほどのものは見たことがないと聞く」と述べた。 

 

ガザ危機が勃発する直前の 10 月初め、フィリップ・ ラザリーニ国連パレスチナ難民救済事業機関UNRWA) 事務局長がガザの中学生3人とともに訪日し、シンポジウムやミーティングでご一緒する機会があっただけに、国連広報センターの職員も私も10月7日を境に起きている出来事から大きなショックを受けています。

折しも今年は日本政府が UNRWA への支援を開始してから70年の節目にあたり、多くの日本の関係者に会い、日本からのこれまでの寛大な支援に対して感謝を伝えるための訪日でした。

同時に、パレスチナともイスラエルとも良好な関係を築いてきた日本において、記者会見メディア・インタビューを通じて「平和からこれほど遠のいたことはない。パレスチナ難民の多くが国際社会から見捨てられて、絶望感が広がっている。このままでは危機が再燃する」と警告のシグナルを発し、難民への支援を続けパレスチナ問題の解決に正面から取り組むよう、強く訴えていました。その矢先に、この紛争が起きたのです。

10月初め、国連広報センターを訪問したUNRWAのラザリー二事務局長(右から3人目)や清田明宏保健局長らとともに(右から2人目) (c) UNIC Tokyo

愛する家族を人質に取られたイスラエルの人々のいたたまれない表情、そしてガザの圧倒的な破壊と人々の絶望とを映し出す映像が、報道とSNSを通じてひっきりなしに流れてきます。私自身コソボブルンジ、ネパールなどで紛争の現場を見てきましたが、人口密集地ガザでの破壊のレベルは想像を超えるものです。グテーレス事務総長は11月6日の記者会見で「ガザでの悪夢はもはや人道危機(humanitarian crisis)ではなく、人類の危機(crisis of humanity)だ」と評しています。

(c) Ashraf Amra /UNRWA

ヴォルカー・ターク国連人権高等弁務官は、ハマスが残虐行為を行い人質を取ったことを戦争犯罪だと指摘するとともに、イスラエ ルがパレスチナの一般市民に対して「集団的な処罰」を行い、学校 や病院を攻撃し、北部から南部へ強制的に避難させていることに ついて、区別・均衡・予防措置を含む国際人道法のルールを厳守していなければ戦争犯罪に当たる可能性があると非難しています。これほどまでに「国際人道法」が多くの関係者から言及されることは近年なかったことだと思います。

エジプトとガザ地区の境界にあるラファ検問所を訪れたターク国連人権高等弁務官。多くの国連幹部が現地に入り人道の危機を訴えた (c) OHCHR

兵糧攻め、あるいは食料がガザに運び込まれても激しい戦闘で食料に安全に提供できない・アクセスできない状況が続き、国連世界食糧計画(WFP)はガザの全人口が深刻な飢餓に、4人に一人が最も深刻なフェーズである壊滅的飢餓に直面していると警告を鳴らしています。人々が食料配布用のトラックの荷台に乗り食料を奪うということも起きてしまっていますが、援助関係者が驚いたのは、人々が逃げずにその場で食料を食べ始めるというこれまでに見たこともない光景が繰り広げられたこと。人々がいかに食料難の極限状態に追い込まれているかを表しています。

ガザの人口の85%にあたる190万人が家を追われ、国内避難民となっている (c) UNRWA 

最悪の数字

この原稿を書いている12月25日の時点で、ガザ保健当局の発表で、ガザ地区の人口のおよそ1パーセントにあたる2万人超が殺害されています。最前線で支援にあたる人道支援要員も例外ではなく、UNRWAの職員が確認されているだけでも142名も殺されました。一つの危機で亡くなった国連職員の数としては最多という悲しい記録です。亡くなった同僚たちは、絶え間ない砲撃と飛び地の完全包囲のさなか、ガザ地区の 220 万人の命をつなぐ支援活動を行っていました。彼らは学校の校長、教師、産婦人科医を含む医療従事者、エンジニア、サポートスタッ フ、心理学者でした。それぞれが信念とやりがいを持ちながらパ レスチナ難民のための活動にあたっていたのです。

11月13日、犠牲となったスタッフを追悼し、世界各地の国連事務所で国連旗が半旗で掲揚された (c) UN Photo/Evan Schneider

私も過去に紛争と隣り合わせの国の最前線で国連の人道支援活動にあたった経験がありますが、一人でも職員が殺害されると、残された者は悲しみに打ちひしがれ、「明日は我が身」とおののくと同時に、「なぜ自分でなく、あの同僚だったのか」という自問自答にがんじがらめになることがありました。家族や親戚はもとより142人もの仕事仲間を失い、UNRWAの職員は激しい砲撃のもとでギリギリの救援活動を行う一方で、同僚の死に向き合わなければならず、その苦しみいかばかりかと慮らずにはいられません。UNRWAで保健局長を務める清田明宏さんは「現地出身のUNRWAの職員は何度も戦闘を経験している。ガザでも空爆や銃弾を避けながら、対応に追われた時がある。だが今回の戦闘は規模が全く違う。戦禍は甚大で、終わりが見えない。戦後復興の枠組みも分からない。初めての事態だ」と深く憂慮しています。

避難所でヘルスケアにあたる医療スタッフ。自ら家を追われたスタッフも多い。 (c) UNRWA 

日本に事務所拠点のないUNRWAに代わり、国連広報センターは微力ながら、ガザの人々の命をつなぐ支援活動を行う現場の声を日本の方々に届ける努力を重ねてきました。11月29日の「パレスチナ人民連帯国際デー」には、市民社会が企画したガザのドキュメンタリー映画の特別上映会にてグテーレス事務総長のこの記念日に寄せるメッセージとともに清田明宏UNRWA保健局長のメッセージも紹介させていただきました。

 「今日、パレスチナ人民連帯国際デーの11月29日は、10月7日に始まったガザの戦闘の53日目になります。この53日でガザは全く変わってしまいました。多くの子供たちが命を落とし、生き延びた子供たちも家を失いました。本来なら夢を育てる国連の学校がすべて避難所になり、勉強の機会が奪われました。人道支援物資は未だに圧倒的に不足、子供たちの食糧状況は悪化、飲料水も足りず、寒い冬の到来もあり、子供の下痢は昨年と比べて40倍増えました。子供たちの命や夢が奪われています。

 子供たちに罪はありません。パレスチナ人民連帯国際デーの今日、ガザの子供たちのために、ぜひ強い思いを広げてください。全く変わり果てたガザの街の中で、避難所の中で、絶望に押しつぶされているかもしれないガザの子供たちに、一人ではないんだ、決して置き去りにはしないんだ、という声を届けてください。UNRWAもガザの子供たちを守るために非常に厳しい中、必死で仕事をしています。ガザの子供たちの命を繋ぐために、ぜひ皆様のご協力をお願いします」

UNRWAの学校に避難する少女。収容可能な人数の数倍の人が避難し、屋外で過ごさざるを得ない人も多い。 (c) UNRWA 

国連の「様々な顔」を意識して欲しい

UNRWAをはじめ国連世界食糧計画(WFP)、国連児童基金UNICEF)、国連人道問題調整事務所(OCHA)、世界保健機関(WHO)などの国連の人道支援機関は様々な制約の中でガザで活動し、人々の命をかろうじてつなぐライフラインの役割を担っています。国連には様々な顔があり、人道部門が紛争下で果たしているライフライン的な役割も国連の顔の一つであるとともに、ニューヨークの国連本部を舞台に繰り広げられる国連外交も国連の異なる顔です。国連外交の主役は加盟国政府であって、国連という場を生かすも殺すも加盟国次第なのです。例えば安全保障理事会において、事務総長はブリーフィングを行うことはできるものの、決定は理事国の専権事項です。

ガザ危機において国連が機能不全に陥っているとの批判がしばしば寄せられますが、これはあくまでも、平和と安全を維持することに主要な責任を負う国連の主要機関である安全保障理事会が機能不全に陥っているのであって、国連全般が機能不全と評するのは不正確でしょう。ガザの人々への救援活動を提供している国連の人道支援部門はフル回転しているのは、前述の通りです。

安保理でのガザ危機の協議は、これまでにアメリカが決議案に対して2回拒否権を行使するなど、度々暗礁に乗り上げてきました。12月6日にはグテーレス事務総長が「事務総長は、国際の平和及び安全の維持を脅威すると認める事項について、安全保障理事会の注意を促すことができる」とする国連憲章99条を彼の任期で初めて適用し、まさに決死の覚悟でガザ地区での人道停戦を安保理に対して求めました。しかし、これを受けて提出された決議案も12月8日、アメリカの拒否権行使を受けて否決され、成果を上げられませんでした。

新たな決議案はぎりぎりの文言調整のために4日連続で投票が延期され、12月22日にようやく可決されました。紆余曲折を経て何とか採択にこぎつけた安保理として2つ目の決議は、あくまでもガザ地区への人道支援の拡大が内容の中心であって、敵対行為の停止については「敵対行為の停止に向けた条件をつくるよう求める」と言及するにとどまっています。

12月22日の安全保障理事会では、ガザの市民に対し、即時で安全かつ妨げられない、大規模な人道支援の提供を要請する決議案が採択された (c) UN Photo/Loey Felipe

安保理が2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以降、大規模な紛争を前に十分にその機能を果たせていないのに対して、活発になっているのが国連総会の動きです。「緊急特別会合」を開催し、10月27日には人道目的での休戦などを求める決議を121か国の賛成で採択、そして12月12日には即時の人道的停戦を求める決議を前回採択時よりも賛成票を大幅に増やして153カ国の賛成で採択しています。日本も、最初の決議案には投票を棄権しましたが、2つ目の決議案には賛成票を投じました。決議に法的拘束力はありませんが、国際社会の総意として、侵攻を続けるイスラエルに停戦を強く訴える形になっています。平和と安全保障について、国連総会により大きな権限を与えていくべきだとの声が非常に高まっています。

さらに、総会では安保理で拒否権が行使された場合に総会を開いて理由の説明を求めるという、リヒテンシュタインが主導した決議が2022年4月に採択されています。拒否権行使を思い留まらせるまでの効果はなくとも、常任理事国に対して道義的な責任を求められるまでにはなっています。これも加盟国政府の知恵と経験に基づくものです。

 

2024年を照らす希望を

愛する家族を人質に取られた人々やガザの子どもたちを取り巻く状況が改善する兆しがないまま、2023年が暮れようとしています。

グテーレス事務総長は国連職員にあてた一年を締めくくるメッセージで、「来年は間違いなく挑戦的な年になるだろう」と語ると同時に、「どこに行っても、共通の利益のために協力する人々から湧き出てくる希望に、人々が深い飢えを抱いていると感じる。協力は人類最大の希望であり、それは国連で働くスタッフが日々実現しているビジョンだ」として、私たち職員が希望を持ち続け、平和・持続可能な開発・人権のために世界を結集して自分の役割を果たし続けることに期待を託しています。

2024年9月には、国連中心の多国間システムの刷新と多国間主義への信頼回復という非常に野心的なアジェンダを俎上に載せた「未来サミット」が開催されます。未来サミットに向けて、どのように「希望の灯」を示していけるかは国連にとって大きな課題です。国連広報センターとしては国連の高官の訪日などの機会を活かして発信していく計画です。

さらに、「1.5℃の約束」キャンペーン3年目 を2024年1月1日から125のメディア・団体と発進する上で、「地球沸騰化」時代への危機感をより強く持ち、気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)で示された「化石燃料からの脱却」を推進するアクションを積極的に提案していきたいと考えています。

さらに、今回ご案内した国連の多様な顔を日本の方々に一層理解していただき、国連の場で議論されるグローバル課題をより自分事化していただけるよう、日本における広報アウトリーチに誠心誠意努めてまいります。

どうぞ良いお年をお迎えください。

2023年9月16日、SDGサミットを前にニューヨークの夜空がドローン・アートで彩られた。SDGsの実施は2024年から後半戦に (c) Projecting Change/Marie Lombardo

 

リレーエッセイ「人権とわたし」(6)小保方智也さん:国連特別報告者(現代的形態の奴隷制担当)の活動から

 

 今年は「世界人権宣言」が採択されてから75周年の節目です。国連創設の3年後に現代人権法の礎となる文書が生まれた背景には、第二次世界大戦中で特定の人種の迫害や大量虐殺などを許してしまった経験から、人権問題が国際社会全体にかかわる問題であり、人権の保障が世界平和の基礎であるという考え方が主流になったことがあります。30条からなる人権宣言は、すべての国のすべての人が享受すべき基本的な市民的、文化的、経済的、政治的および社会的権利を包括的に規定するものです。

 採択から75年経った今、国連人権条約機関の委員や国連の人権特別報告者を務める専門家の方々に「人権とわたし」をテーマに、国連での活動や所管する人権分野の動向などについて、シリーズで寄稿していただきます。シリーズ最終回となる第6 回は、国連特別報告者(現代的形態の奴隷制担当)務める小保方智也さんです。

2022年より英国ヨーク大学国際人権法教授。専門分野は現代的形態の奴隷制と国際組織犯罪。2000 年に法務補佐として国連難民高等弁務官(UNHCR)駐日事務所で難民保護に従事。これまでに英国のキール大学、クィーンズ大学ベルファストや、ダンディー大学でも教鞭を執る。2020 年5 月から国連人権理事会の任命にもとづき「現代的形態の奴隷制担当の国連特別報告者(UN Special Rapporteur on Contemporary Forms of Slavery )」を務める。 

 

国際人権法との出会い

 今年は世界人権宣言採択の75周年ということで、改めて人権の大切さを考える良い節目の年です。宣言が採択された1948年と2023年を比べると、人権に対する認識や国際社会の取り組みも少しづつですが発展してきたと思います。特に昨今ではウクライナパレスチナでの紛争などの人道危機に対処するはずの国連安全保障理事会もうまく機能しない傾向が続き、国連人権理事会の重要度が上がってきたと思います。

「世界人権宣言」初期の文書。法的・文化的背景を異にする代表が集まって起草が行われた UN Photo/Greg Kinch

 私が人権に初めて興味を持ったのは大学生4年生の時。国際人権法のコースを受講した時に非常に感銘を受け、もう少し深く勉強をしたいと思いました。そのコースを担当されていた当時の教授が英国のエセックス大学で学ぶ事を勧めて下さり、渡英することを決意しました。エセックス大学の人権修士プログラムは充実したもので、国際人権法の他に人権政治や哲学コースもあり、幅広い観点から人権を学ぶ事が出来ました。国際人権機関でエキスパートとして活躍されていた教授陣が直接教えて下さったのも一つの魅力でした。

 その翌年はイギリス南部ブライトンにあるサセックス大学に移動し、国際刑事法の修士プログラムに参加しました。当時は旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷ICTY)やルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)も活動している最中で、国際刑事裁判所ローマ規定が採択された年でもあったので、とても良い時期に国際刑事法を学べたと思います。

ルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)の設置を決める安全保障理事会決議955の採択の様子(1994年)UN Photo/Milton Grant

国際人権法・刑事法を守り活かしていく道へ

 元々は博士号もイギリスで取得する予定でしたが、少しでも実務経験を積むために1年間日本に帰国する事にしました。サセックス大学のプログラムが修了する頃、当時まだ乃木坂近辺にあったUNHCRにインターンシップがあるかどうかメールを送り、数日後インターン歓迎という返信があったので、帰国したらすぐUNHCRで働くことになりました。職務内容は主にリサーチでしたが、始めて数か月後当時法務補佐を務めていた方が産休に入ったので、期間限定で法務補佐の職を継ぐことになりました。難民保護や政府、市民社会とのやり取りなど、非常に忙しかったですが、毎日勉強になる日々過ごす事が出来ました。

 UNHCRでの任期が無事終了し、ノッティンガム大学で博士号を取得するため2000年の9月渡英しました。テーマは国際人権法の人身売買に対する役割で、各国に課せられた法的義務などの研究をしました。博士課程が修了するとスコットランド北アイルランドイングランドで国際人権法や英国刑法などを20年近く教えてきました。その傍らで人身売買や現代的形態の奴隷制の研究を重ね英国議会、EUIOM(国際移住機関)UNODC(国連薬物犯罪事務所)などで独立専門家としてアドバイスなどをしてきました。

 そして2020年、新型コロナウイルスの真っただ中、国連人権理事会から「現代的形態の奴隷制担当の特別報告者」に任命され、今年で2期目に入りました。私たち人権理事会のエキスパートは一般的に「特別手続きの任務保持者」と呼ばれており、一個人がなるテーマ別と国別の「特別報告者」の他に5人から構成される「作業部会」もあります。日本の方々がご存じなのは、おそらく今年公式訪問した「ビジネスと人権の作業部会」ではないでしょうか「国連」というタイトルはついていますが、独立性を保つため実は私たちは無報酬、無給でこの職務にあたっており、正式な国連の職員ではありません。

 任務保持者のポストは定期的に人権理事会より公募されており、私の場合2019年の11月に応募しました。最初の書類審査は各国大使などから構成される諮問グループ(Consultative Group)で行われ、ショートリストに残った候補者は後日電話で面接を受けます。その後推薦リストが諮問グループから人権理事会の議長に提出されます。議長は色々なステークホルダーと意見交換の後最終候補者を決め、そして人権理事会から正式に任命されます。

2023年ニューヨーク国連本部で報告書をプレゼンテーション 

国連特別報告者の仕事とは

 主な仕事はまず事実調査で、毎年テーマ別の報告書を作成し、人権理事会と国連総会に提出します。報告書の中では実務的な勧告を各国政府や他の関係者に対し行っております。招待された国を公式訪問し各国の現代的形態の奴隷制への取り組みなどを調査します。その際は政府関係者のみならず、市民社会労働組合、学者、労働者、そして被害者とも直接お会いし聞き取り調査します。人権侵害の疑惑がステークホルダーから通報されると国や企業に通知書を送り、事実確認や現状完全を勧告する「コミュニケーション」というシステムも活用します。

 私自身が就任してから今まで訪問した国はスリランカモーリタニアコスタリカ、カナダとコートジボワールです。私の任期が終わる前に、出来れば日本にも公式訪問出来ればと思います。

カナダで労働者の権利の向上と保護に貢献するグループCanadian Labourへの聞き取り調査にて(後列左から3人目が筆者)

 

 世界人権宣言の第4条は奴隷制度や奴隷売買を禁止しています。宣言自体は法的効力がありませんが、後に「市民的及び政治的権利に関する国際規約」やヨーロッパ、アメリカ、そしてアフリカに存在する地域別の人権法に反映されており、そして奴隷制の禁止は慣習国際法の一部であるとも認められております。しかし残念ながら強制・児童労働、性奴隷、強制・児童婚などの現代的形態の奴隷制は上昇傾向にあり、各政府や企業の取り組みが不十分なのは明らかです。刑法や労働法などの法整備を強化するのは勿論のことですが、その他に被害者の救済と保護、そして現代的形態の奴隷制を生み出す原因(例えば、貧困、不平等、差別など)もきちんと解消していかなければなりません。

詩人の谷川俊太郎さんとアムネスティ・インターナショナル日本がわかりやすい日本語に訳したバージョンの世界人権宣言より第4条

 国際社会も今後より強力なリーダーシップを発揮しなければ、SDG8/ターゲット8.7(児童労働を含めた現代的形態の奴隷制を2030年までに撲滅する)の達成もできなくなると懸念しております。私としても色々なステークホルダーが一体となってこのターゲットが達成出来るよう、対話や勧告などを通じて日々努力を重ねて参ります。

国連人権理事会で現代形態の奴隷制に関して報告する筆者