国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

「被爆地の外でも平和を考える機会を」SDGsのためのヤングリーダーズ 中村涼香さん

 持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた取り組みを主導する若いアクティビストを称える国連の「SDGsのためのヤングリーダーズ」に2025年、日本からは初めて、NPO法人ボーダレスファウンデーション理事の中村涼香さんが選ばれました。

 被爆3世として長崎で生まれ、高校時代から平和活動に向き合い、核兵器のない未来への道を模索してきた中村さんに、活動の原点とこれからの目標を伺いました。

中村 涼香(なかむら すずか)NPO法人ボーダレスファウンデーション理事
【略歴】2000 年長崎県生まれ。祖母が被爆者の被爆3世。高校で平和学習部に入部し、長崎を拠点に平和活動を始める。2017年にノーベル平和賞を受賞したICANキャンペナーとして核兵器禁止条約を推進し、2022年、2023年の同条約締約国会議に出席。 被爆地の外でのアクションを広げるために東京を拠点とした「KNOW NUKES TOKYO」を設立。2024年には被爆体験を継承するために、東京大学で「あたらしいげんばく展」を企画。NPO法人ボーダレスファウンデーションでは、2,000 人を対象に平和をテーマにしたアンケートを行い、2025年8月に東京・日比谷で「へいわのつくりかた展」を開催。2025年10月、国連「SDGsのためのヤングリーダーズ」17人の1人に選出。

「続けていくうちに、想いが本物に」

 中村さんの原点は、地元の長崎の高校の「平和学習部」での活動です。様々な場で平和活動を行い、時にテレビで取り上げられる機会もある平和学習部は、校内でも"花形の部活" でした。

 中村さんは被爆3世ですが、被爆を経験した祖母から、被爆に関する話を直接聞いたことがありませんでした。平和学習部に入部した理由も、核軍縮そのものへの関心よりも「海外に行ってみたい」「英語を使ってみたい」といった気持ちの方が大きかった、と振り返ります。

 活動を始めてみると、平和の語り部として前に立つ仲間は、被爆者の方との繋がりが深くあったり、祖父母の話を自分事として話すことができる人ばかり。そうした繋がりのない自分に劣等感を感じたこともありましたが、「続けていくうちに、想いが本物になる。自分の言葉で伝えることが大事なんだよ」と受け入れてくれた顧問の先生の言葉に、背中を押されました。

 活動を通じて、祖母からも少しずつ話を聞くようになりましたが、それでも詳しく語ることはほとんどなく、祖母が長く語らずにきた理由を考えるきっかけにもなったといいます。

平和学習部の活動で署名活動を行う中村さん(中央) (中村さん提供)

 特に記憶に残っているのは、毎週、街頭で核兵器廃絶を呼びかける署名活動をしたことです。入部前は、海外に向けた発信などの活動が印象に残っていましたが、普段の活動は地道なものでした。被爆地の長崎であっても、署名活動で立ち止まってくれる人は、必ずしも多くはありません。道行く人に、断られる前提で「署名をお願いします」とペンを差し出し、マイクを使って話すときには、どうしたら振り返ってもらえるのか、と何度も考えました。2時間の署名活動は、身体的にも、精神的にもきつく、最後の残りの30分は「まだ終わらない」と果てしなく感じられたこともあります。それでも、署名を集めている高校生がいると伝えられたことは、平和や核兵器の現状について多くの人に考えてもらう機会になったのではないかと考えています。

 被爆者の方々と交流を深め、被爆の実相を知ると、怒りに似た感情が沸くこともありました。しかし、そうした面だけでなく、冗談を言い合ったり、談笑したりする時間を重ね、被爆者の方々と、一人の人間同士としての関係性を築くことができたといいます。「被爆者」という言葉や、固定概念に囚われず、平和活動に取り組むことができた経験は、中村さんの今の活動を支えています。

被爆者の方々がいなくなった後の平和活動の形

 被爆者の方々の証言活動や平和活動が「核のタブー」を築いてきたことには、心から尊敬の念を抱く一方で、活動をそのままの形で継承していくことには疑問もありました。「この活動の形で本当に若い人たちが集まってくるだろうか?」「本当にこれで課題を解決できるんだろうか?」という思いがあったからです。

 高校卒業後は、東京都内の大学に進学。「被爆者の方々がいなくなった後の平和活動の形」を真剣に考え、若者が主体となって核兵器のない世界を目指して啓発活動を行う「KNOW NUKES TOKYO」を設立しました。より多くの若者に平和や核軍縮について考えてもらう機会をつくろうと、ウェブサイトや発信のデザインにもこだわり、従来の核軍縮の啓発活動とは異なるトーンやビジュアル表現を追求しました。

 活動の一環として、核兵器禁止条約の締約国会議にも参加し、様々な関係者との議論を通し、知見やネットワークを広げました。核兵器禁止条約第2回締約国会議では、着物をまとって登壇。国際社会の場で日本の若者として存在感を示し、核兵器の問題に対してより多くの人の関心を引き寄せられるよう、腐心しました。

核兵器禁止条約第2回締約国会議で着物をまとってスピーチをする中村さんⒸUnited Nations

 「平和活動を仕事として続けていきたい」と考え、その方法を模索する中で出会ったのが、ビジネスを通じて社会課題の解決を目指すソーシャルビジネスの世界です。従来の平和活動、社会運動の限界も感じていた中で、PDCAサイクルを回す文化や、企画のターゲットを掘り下げる手法、ゴールの数値化など、ビジネスの手法を学び、「これは、100%平和活動に活かせる」と確信したといいます。そうした中村さんの思いに応えてくれる環境もあり、NPO法人ボーダレスファウンデーションでの挑戦を決めました。

 中村さんは、「平和をテーマに社会課題の解決に挑む起業家」を“ピース・アントレプレナー(Peace Entrepreneur)”と呼び、ビジネスの手法によって平和活動を持続可能な形にしていくことこそが、自分が進むべき道だと感じたといいます。

"核兵器をなくす選択" ができる世界

 それでも、「どうしたら核兵器のない世界を作れるのか」という問いへの答えは簡単には見出せませんでした。他のビジネスの課題には、鋭いフィードバックを出していたメンターも、中村さんの課題には頭を抱えたといいます。手ごたえは感じながら、何をすれば良いのか分からない━。そんな状態が続いた中で学んだのは、「どんな起業家も、1個目のプランニングと仮説検証でうまくいってることはない」ということでした。挑戦しては仮説を崩し、また挑戦しては崩し、と繰り返しながら自分を作っていくことが大事だと、次第に失敗を受け止められるようになっていきました。

 試行錯誤を経て、定めた目標は「"核兵器をなくす選択" ができる世界をつくること」。地政学的な緊張が高まる中、「核兵器がない方が良い」と口にすることが憚れる風潮が強まっていると感じていました。それでも、「核兵器がない方が良い」という意見さえ出てこなかったら、なおさら、核兵器を無くすための施策は生まれない。まずはそのための社会の土壌作りをつくりたい、と考えるようになりました。

国連広報センターで取材に応じる中村さん ⒸUNIC Tokyo

移動型の原爆資料館

 そこで目に留まったのは、原爆資料館の来館者数です。その数は、首都圏の有名な美術館にも引けを取らないほどで、被爆の実相を伝えるコンテンツの可能性を感じさせるものでした。一方、原爆資料館に行くのは、物理的にも、精神的にも、ハードルがあると感じ、原爆資料館を訪問しようと思う一歩手前の、入り口となる仕掛けが作れないかと考えました。

 現在企画の準備を進めているのは、「移動型の原爆資料館」。クリエイティブや、アートの力を使って、若い世代の人も呼びこみながら、核兵器に関する問題提起を共有することを目指しています。

 特徴的なのは、企画の成果指標です。来場者数だけではなく、「アクションする側に回る人を増やすこと」も含めています。企画展開催のためのキットの貸し出しも行うことで、参加者に「自分の地元でも開催したい」と思ってもらい、平和のための行動の輪を広げてもらうことを構想しています。

2024年に実施した「あたらしいげんばく展」では、アートとテクノロジーを使って核の脅威を表現。写真はAR(拡張現実)技術を使った渋谷に核兵器が落とされた状況をシミュレーションしたもの。ⒸNPO法人ボーダレスファウンデーション

SDGsと核兵器廃絶

 核兵器廃絶は、1カ国では解決できない課題です。だからこそ、グローバルなネットワークを活用して、世界中に活動を広げていたいと考え、SDGsのためのヤングリーダーズに応募しました。

 核兵器のない世界をつくることは、SDGsの17の目標全てに関わることだと、中村さんは説明します。核兵器が使われてしまうと、私たちの生活のすべてが崩壊してしまうからです。一方、SDGsの文脈で、核兵器の話題を目にしたことはなく、今回自身が国連のヤングリーダーズに選出されたことによって、核兵器廃絶は、SDGsの達成に向けても重要なアジェンダだと胸を張って言えるようになったと考えています。

 移動型の原爆資料館は、まずは国内で企画していますが、今後は、世界中のヤングリーダーとも連携し、海外にも展開していくことを目指しています。

「核兵器をなくしていくための、具体的でリアルな対話が、今、世界には求められていると思っています。その議論の始まりとなる場所を作っていきたいです」

 

UN Newsでのインタビュー記事はこちら(英語)

news.un.org

 

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