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国連ハイレベル政治フォーラム×SDGs×日本【連載No.5】

      SDGsを舞台裏で支える日本人国連職員たち 

 

みなさま、こんにちは。国連広報センターの千葉です。

 

今年7月にニューヨークに出張し取材したハイレベル政治フォーラム(HLPF)を起点にして、ブログを綴らせていただいております。

 

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©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

今回は、私がニューヨークでインタビューした、SDGs達成の取り組みを舞台裏で支えていらっしゃる日本人国連職員の方々をご紹介したいと思います。

 

ご紹介するのは3人です。

 

1人目は、JPOとしてユニセフの水と衛生のセクションに勤務する松橋明裕子さん、2人目は、国連広報局のベテラン職員である須賀正義さん、そして3人目が、日本の総務省からの出向で国連経済社会局のSDGsモニタリング・ユニットで働く小川友彬さんです。

 

3人の方々の出身職業はそれぞれ、看護師、新聞記者、統計専門家で、所属機関、その活動もまったく異なります。でも、お話を伺ってみると、人道支援、統計、広報という仕事はSDGsのもとにともにつながり、その達成に向かう世界の国々の歩みを舞台裏で、それぞれの側面から支えていることをつよく感じました。

 

ユニセフで支える 松橋明裕子さん

 

まずは、松橋さんから。

 

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©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba


出張前に外務省国際機関人事センターにご相談したところ、「ちょうど今年のHLPFでレビューの対象となったSDGsのゴール6「安全な水とトイレをみんなに」の分野でJPO*として貢献する方がいらっしゃるということで、ユニセフで働く松橋さんをご紹介いただきました。

 

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*JPO(Junior Professional Officer)派遣制度とは、将来的に国際機関で正規職員として勤務することを志望する若手邦人を対象に外務省が実施している制度です。日本政府が派遣にかかる経費を負担して一定期間(原則2年間)各国際機関に職員として派遣して知識・経験を積む機会を提供し,派遣期間終了後に正規職員としての採用につなげるものです ⇒ シリーズ「わたしのJPO時代」をあわせてご覧ください。

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インタビューの依頼を快くお引き受けいただいた松橋さんが勤務するユニセフ本部の建物、ユニセフハウスは、国連本部ビルから急ぎ足だったら10分ほどのところです。

 

一部改修中のユニセフハウスを訪れると、建物は広い通りに面していましたが、入り口は通りから少し奥まったところにありました。受付のスタッフに松橋さんと面会の約束があることを伝えてしばらくお待ちしていると、松橋さんが迎えに来てくださいました。

 

松橋さんは品がある芯の強さとやさしさをあわせもつ雰囲気の魅力的な方でした。

 

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©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

水と衛生(WASH)のセクションのフロアーにご案内いただき、お話を伺いました。

 

松橋さんは、ニューヨークで、WASHセクションのなかで人道チームに所属し、WASHセクターの人道支援を改善することと人道危機が起きた際のショックを和らげるためのWASHの開発分野へのアドボカシーを担当していらっしゃることを説明してくださいました。

 

松橋さんは、2016年4月から2018年4月まではエチオピアの事務所で働いていらっしゃったそうです。

 

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©UNICEF Ethiopia
2016
Mersha

 エチオピアは干ばつが何年も続いたり、民族間紛争で国内避難民が多数発生したり、コレラ感染が長期に蔓延したりして支援は困難なものである一方で、支援予算の規模は大きく、その使途については政府の意思も強く、援助機関との調整が難しかったけれど、それだけに、やりがいのある仕事だったと松橋さんは振り返られました。

 

現在、人道支援は、教育、水と衛生、シェルター、栄養、保健などセクターごとに国連諸機やNGOsが協働し、重複をなくし効率を高める調整をはかるクラスター・アプローチというしくみで行われていることを松橋さんはご説明くださいました。各クラスターではそれぞれ主導機関が決まっていて、WASHの分野でいえば、ユニセフが主導機関を務めています。そのため、松橋さんはエチオピアでもこの分野での援助がもっとも効果を生むよう、現地国政府、国連機関やNGOなどの調整にあたっておられたのです。

 

ちなみに、このクラスター・アプローチという援助のありかたは2005年、スーダンダルフールにおける人道対応のレビューに基づく人道活動の主要な改革の一環として導入されたものです。それを決めたのはIASC=Inter-Agency Standing Committee。さらに遡っていえば、このIASCは1991年12月採択の国連総会決議46/182を受けて、1992年6月に設置され、それ以降、緊急援助調整官のリーダーシップのもと、機関間調整のための第一義的なメカニズムとなっています。松橋さんのお話には、このIASCという言葉が何回も出てきました。

 

こうして、松橋さんはユニセフに勤務しているものの、ユニセフがWASHの主導機関であることから、ユニセフのミッションのことばかりを考えるのではなくて、WASHのセクター全体としての成功を考えておられるのです。

             

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 「ユニセフとして、子どもと女性に水と衛生を届けることはもちろん大切ですが、さらに、政府やその他の援助諸機関、ドナーと一緒になって、WASHをどこまで成功させることができるのかを考えていなければなりません。ユニセフだけでは、WASHは成功しません。WASHのセクターとして活動を調整しながら、そして、みんなでSDGsという同じゴールに向かうなかで具体的な成果をおさめることが大切なのです。」

 

ユニセフで働く松橋さんが繰り返し、共通のゴールということをおっしゃっていることが印象的でした。

 

最後に、松橋さんはご自身が国連で働きたいと思ったきっかけは、中学生のときに見たあるテレビのドキュメンタリー番組であることを教えてくださいました。それはまさに援助物資が届くべきところに届いていないことについての特集だったそうですが、その番組を見た松橋さんは、途上国で窮状にある人たちへの思いとともに、「なぜ?」という素朴な疑問が心から離れなかったそうです。そして、いつか途上国で、支援を必要とする人に物資が確実に届くような援助をしたいというつよい思いをもったのだそうです。その後、松橋さんは看護大学に通い、いったん看護師になりますが、10代のときの思いを捨てられず、青年海外協力隊に参加してマダガスカルで援助活動に携わります。そして、公衆衛生を専門的に学ぶために海外の大学院に進学。そして、資格要件が揃って、JPOに応募されました。そして今、中学生のときに疑問をもった援助が届くべきところに届かないということがないようにするため働いていらっしゃるのです。松橋さんのお話を伺っていると、あらためて、若いころに純粋に抱く素朴な疑問や夢はそのひとの生き方を決定づけ、そのひとをつくる大切な原動力になるのだということをつよく思いました。

 

広報で支える 須賀正義さん

 

松橋さんのインタビューを終えユニセフハウスを出た私が次に向かったのは、国連事務局ビルでした。

 

同ビルの11階にある国連広報局(DPI)のニュース・メディア部ニュース・コンテンツ課で勤務する須賀正義さんをお訪ねしました。

 

須賀さんはとても温厚なお人柄で、柔和な笑顔が素敵な方でした。

 

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©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba


須賀さんは好奇心いっぱいの私にオフィスを案内してくださいました。

 

映像を撮影したり、編集したりするスペースも見せていただき、ニュース・コンテンツ課が、国連発出ニュースのコンテンツであるテキストをはじめ、オーディオ(ラジオ)、ビデオ、写真、インフォグラフィクスなどを多様なメディアで制作している部署であることがよくわかりました。

 

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国連広報局の撮影スタジオ
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

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視聴覚編集室
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

「ホットデスキング」(複数の職員が机やコンピューターを共有するシステム)が導入されたオフィスで須賀さんの同僚たちがコンテンツづくりに勤しんでいる様子も見せていただきました。

 

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ホットデスキングのオフィス
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

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ダブルスクリーンのPCで作業する須賀さん
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

11階のフロアーには職員共用のキッチンスペースもあって、そこで職員たちは食事をしたり、休憩したりすることができるようになっていました。その場所で、須賀さんにお話しを伺いました。

 

須賀さんは、ニュース・コンテンツ課に8か国語の言語チームがあり、ご自身が英語チームに所属して、UN News の英文記事を執筆していることをくわしく説明してくださいました。

 

毎日、複数の英文記事を書くという須賀さんですが、最近は、一日に一つはSDGsの関係の記事が含まれているとおっしゃっていました。

 

私がお訪ねした日も、午前中にSDGsに関するハイレベル政治フォーラム(HLPF)のスペシャルイベントとしてビジネスフォーラムが開催されていたことから、少し前にその記事を一本書きあげたところだったそうです。

 

須賀さんにとって、最大の課題はいつでも、難しいことをできる限りわかりやすく伝える、ということです。難しいことについて書こうとしたら、その背景を知らないひとにもわかるように書かなければいけない、でも、それは口で言うほどやさしいことではなくて、たとえば、SDGsにしても、考えてみれば、持続可能な開発、sustainable developmentという言葉自体が難しい概念で、SDGsのニュースをわかりやすく伝えるつもりなら、面倒でもそこのところから考える必要がある、ということを須賀さんは話してくださいました。

 

須賀さんはまた、記事の与えるインパクトということについても考えておられました。現在、解析ツールなどを利用して、ウェブページやSNSのアクセス数値はわかるようになっているけれど、ほんとうに大切なことは、深いところで読者の行動変容をもたらすインパクトを記事が与えられたのかということ、アクセスの数値が高いことは重要であるものの、記事を書く人間としては、それだけで安易に満足することがあってはならないということです。

 

そして、須賀さんが執筆された、世界津波の日(11月5日)に関する記事のことに話が及びました。

 

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UN Newsのウェブページ
“FEATURE: Feudal-era Japanese village leader stands as beacon for tsunami education”

 

この記事は国連広報センターからのアプローチで始まり、さまざまなパートナーの協力を結集してつくられた記事という意味で良い評価を受けたとのこと。でも何よりも大切なのは、それが読者の行動変容を促したかどうかということ、こうした記事を読んだ方がそれをきっかけにして、津波に備えた訓練の大切さを考えて避難場所を確認したり、家族で話し合ったり、地域の訓練に参加したり、実施したりするなどしたときに初めて、その記事はインパクトがあったということがいえるのだと思う、と話してくださいました。須賀さんは、あくまでも謙虚に、真摯に、記事を書くということに向き合っていらっしゃいました。

 

そんな須賀さんにとって、SDGsは特別なものだそうです。

 

2015年9月25日にSDGsが国連総会で採択されたとき、須賀さんはまさにその場にいて、プレスオフィサーとして、SDGs採択に関する記事を書かれたのです。そして、須賀さんが定年(65歳)を迎えるのは2029年9月27日。つまり、須賀さんが国連を離れた翌年にSDGsは達成期限の年を迎えます。国連職員として、SDGsの最後の年を見届けることはできないけれど、その前年までSDGsとともに過ごすということ、自分にとってSDGsは、運命共同体のような存在なのです、と須賀さんは感慨深そうにおっしゃっていました。

 

須賀さんのご経験についてもっと知りたい方は、須賀さんが以前、国連広報センターに寄稿された記事もあわせてお読みください。⇒「国連広報局のプレスオフィサー須賀 正義 さん」(注:取材時のお役職名は、マルティメディア・プロデューサーです)

 

統計で支える 小川友彬さん

 

最後にご紹介するのは、小川さんです。

 

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国連統計部のオフィスで
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

小川さんは、総務省から出向という形で国連に派遣された方です。実は、小川さんは現時点で、すでに一年間の任期(昨年9月ー今年8月)を終え、東京に帰任されていますが、7月にはまだ国連で統計部のSDGsモニタリングセクションで、持続可能な開発目標(SDGs)の232の指標(indicators)*の利用に関して、担当国際機関との調整を行ったり、各国政府向けのガイダンスを提供したりしておられました。出向中の小川さんにくわしいお話をお伺いしたく、オフィスをお訪ねしました。

 

(注:小川さんがニューヨークを離れた後、総務省から別の方が着任しておられます)

 

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* 2015年に国連総会で採択された「私たちの世界を変容する:持続可能な世界のための2030アジェンダ(Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development, A/RES/70/1)」と題する決議が打ち出したSDGsの17の目標と169のターゲットには、その進捗状況をはかるため、200を超える指標がつくられています。それらは上記決議とは別に、SDG指標に関する機関間専門家グループ(IAEG-SDGs = Inter-Agency and Expert Group on Sustainable Development Goal Indicators)によって「グローバル・インディケーター・フレームワーク」として策定され、統計委員会を通して、国連総会で承認されました(A/RES/71/313, Annex、2017年7月)。169のターゲットの指標をすべて数えると244件ですが、複数のターゲットにまたがり重複するものを除くと、その数は232件となります。

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お忙しい小川さんでしたが、その日時だったら時間を空けていただけるということでオフィスをお訪ねしたのは、松橋さんと須賀さんをインタビューした翌日の夜です。この日はHLPF最終日で、私は夕方から環境省のサイドイベントに出席していましたが、それを早めに抜け出して、小川さんのオフィスが入るOne UN Plazaへと向かいました。国連本部からファースト・アベニューを挟んで向かい側の建物です。ニューヨークの夜はかなり遅くなっても日が落ちずに明るいとは聞いていましたが、もう午後7時半を回ろうかという時間帯にもかかわらず、街はほんとうに昼間のようでした。小川さんは就業時間外にもかかわらず私を快くお迎えくださいました。仕事場を案内していただいたり、写真など撮らせていただいたりしたあと、オフィスに近いこじんまりしたレストランに場所を移し、食事をしながら、ゆっくりお話を伺いしました。

 

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右の建物がOne UN Plaza、左はChurch Center
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba


数学をこよなく愛し東大大学院で解析学微分方程式を研究したという小川さんは穏やかでさわやかな正義感を感じさせる雰囲気の方でした。

 

冒頭にご紹介したとおり、小川さんのお仕事はSDGsの指標に関する担当国際機関との調整や各国政府向けのガイダンス提供です。

 

SDGs自体、法的拘束力を有するものではないように、その指標もまたmandatory(義務)のものではなく、それぞれの国の自発性に任されていますが、各国があまりにも逸脱した指標を使っていると、SDGsのグローバルな進捗状況をはかることが難しくなり、その達成も危うくなることから、国連としては各国に前述のフレームワークの利用を奨励し、国連統計部がその調整やガイダンスの仕事を担っているのです。途上国の統計に関する能力開発支援はそれ自体がSDGsの目標17になります。小川さんは自らのお仕事について、ていねいに説明してくださいました。

                                    

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各国におけるSDGsの進捗状況はこうして指標ごとに集められ、公開されていますが、そこにはあまりにもショッキングな数字を見つけることになるかもしれません。たとえば、SDGsの一丁目一番地ともいえる指標1.1.1の「性別、年齢、雇用形態、地理的な場所などでみた、国際貧困ライン(1.9ドル)未満で暮らす人の割合」について、各国の状況をみてみると、その割合が高い国がたくさんありますが、そのなかでも、マダガスカルという国の割合は非常に高く、70%です。国民の7割近い人々が1日1.9ドル未満で暮らしているという状況は日本人にとって想像するのはなかなか難しいことですが、統計はその現実を私たちに容赦なく突き付けます。小川さんは指標があるからこそ、そうした統計が収集される、と指標の意義を強調しておられました。

 

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持続可能な開発目標(SDGs)指標のウェブページ
https://unstats.un.org/sdgs/



また、小川さんは、SDGsのターゲットに含まれる包摂的(inclusive)、強靭な(resilient)、持続可能性(sustainability)などの言葉が、指標にどのように落とし込まれているのかをみることの大切さを繰り返し述べておられました。

 

日本で一般の方々が指標まで見ることはないかもしれないけれど、たとえばゴール3(すべての人に健康と福祉を)の下の指標には、重大な感染症ばかりでなく、精神疾患や自殺など、先進国の課題も指標に落とし込まれていることはもっと認知されるべきだと思います、と小川さんはおっしゃっておられました。

 

また一方、指標と一口に言っても、SDGsの指標にはアウトカムとアウトプットという性格が違う指標が混在しており、たとえば、環境関係でアウトカムといえば、二酸化炭素の濃度となるところ、SDGsのゴール13(気候変動に具体的な対策を)のすべての指標は温暖化対策を講じている国の数など、アウトプットと呼ぶべきものであり、そうした国の数が増えることはアウトカムを生むための重要な条件ではあるものの、それが即、地球環境が良くなっていることを示す数値ではないということなど、それぞれの具体的な指標について冷徹に認識してこそ、SDGsの達成に向けた努力を考えることができるはずです、と指摘しておられました。

 

小川さんのお話しはとても興味深く、あっという間にときが過ぎました。普段あまりスポットライトを浴びることがない統計、SDGs指標の大切さがよくわかりました。SDGsはさまざまな条約や行動計画などが打ち出している個別の目標やターゲットを17の目標と169のターゲットにまとめて「見える化」しましたが、それらの達成に向けた努力の成果と現状を「見える化」するのは指標とそれをもとに収集されるデータなのです。小川さんのお話しを伺って、そのことをふかく認識しました。時計をみると、その針は、夜10時をとうに回っていました。平日の夜、こんなに遅くまで、お時間を割いていただいた小川さんに心からお礼を申し上げました。

 

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私がインタビューした3人の日本人国連職員の皆さんは所属先も仕事の内容も異なる方々でしたが、最初に綴らせていただいたように、ユニセフでWASHの活動調整を行うJPO職員の松橋さんも、国連ニュースの記事を書いてSDGsの啓発促進を担う広報職員の須賀さんも、統計のプロとして指標に関する仕事に携わる政府出向職員の小川さんもそれぞれ、他国出身の職員と一緒になってSDGsの目標の達成に向かって働いていらっしゃいました。多国間主義を体現する国連という場で、人類共通のゴールのために働くことで得られる喜びを皆さんからつよく感じました。

 

私のニューヨークの公式出張期間は、小川さんをインタビューした日で終わりました。本来はこの日の便に乗って日本に戻らねばなりませんでしたが、私にはどうしても国連本部で参加したいプログラムがありました。訓練を受けた若いガイドたちが国連本部を案内してくれるツアーです。私はもう一日、ニューヨークでの滞在を私費で伸ばして、翌日の午前中にツアーを予約して参加することにしました。皆さんはご存知でしたでしょうか。日本語ガイドツアーがあること、日本人職員がガイドおよびコーディネーターを務め支えていることを。ツアーに参加してみると、そこでは、SDGsの啓発促進も行われていました。私はコーディネーターを務める日本人職員の方にお話しを伺ってみました・・・。

 

次回は本連載ブログの最終回、どうぞお楽しみに。

(連載ブログ 国連ハイレベル政治フォーラム×SDGs×日本)

第4回 ~ HLPFでの日本の市民社会の情報発信、そしてインタビュー
第3回 ~ HLPFでの日本企業、経団連の情報発信について
第2回 ~ HLPFでの日本政府の情報発信取材と星野大使インタビュー
第1回 ~ ニューヨーク国連本部でみたハイレベル政治フォーラム