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京都コングレス・リレーエッセイ 「法の支配で世界の安全を守る 」(3) 加藤美和さん

3月7日-12日に京都で第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)が開催されます。会議に向けて、本会議の事務局を務める国連薬物犯罪事務所(UNODC)の3人の邦人職員が、今日のグローバルな犯罪防止や刑事司法分野における課題と、それらに対して国際社会がどのように取り組み、SDGs推進につなげているか、ご紹介します。第3回は、加藤美和さん(国連薬物犯罪事務所(UN Office on Drugs and Crime/UNODC)事業局長)からの寄稿です

 

誰もが安全に尊厳を持って暮らせる社会を実現するために 

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国連薬物犯罪事務所(UN Office on Drugs and Crime/UNODC)事業局長。1998年より、日本政府在ニューヨーク国連代表部にて安保理担当専門調査員として勤務。2003年、国連正規職員として採用されて以降、ウィーン、カブール、カイロ、バンコク転勤。2015年より、UN Womenエジプト国事務所長、後に同アジア太平洋地域事務所長として、女性のエンパワーメント推進に従事。3年間の単身赴任を終え、2018年春より、現職に就任し、UNODCの世界80カ国にまたがるフィールド・プレゼンスを統括。学術専門分野は、国際政治。上智大学比較文化学士(政治学)、上智大学大学院修士(国際関係論)、ウィーン大学政治研究大学院博士号(国際政治)。ウィーンに夫と14歳の息子と暮らす。© UNODC DO/OD

 

「法の支配」という概念は、国連憲章の中核にあり、特に今世紀に入って以降、国連システムをあげての推進が必要だと認識されてきていますが、「貧困撲滅」「教育」「保健衛生」「環境保全」などに比べて、日本のみなさんにとって馴染みのない概念なのかもしれないと思います。それは、「法の支配」が基本的に機能している環境に住む人々にとっては、それを重要概念としてを認識する必要があまりないからです。息をする必要があることを意識するのは、息苦しい時だったりしますよね。

 

しかし、世界全体を見渡し、また、日本国内においても多くの格差が広がる中で、「法の支配で世界の安全を守る」ことの意義は増しているのが現状です。こうした認識は、国際社会優先課題の枠組みにも反映され、2015年に採択された持続可能な開発目標(SDGs)においては、ミレニアム開発目標MDGs)にはなかった、法の支配の推進を中心に据えた「ゴール16:平和と公正をすべての人に」が登場しました。これは大きな転換です。

 

グローバル化と情報技術の飛躍的進展により、犯罪行為がますます進化し、繋がりを強化し国境を超えて拡張する中で、人類の安定した持続的な発展を実現するには、法の支配の確立と犯罪・治安悪化への対応が不可欠です。テロや暴力的過激化、サイバー犯罪など、安心して暮らすことを阻む近年加速化している諸問題への対応も待ったなしの状態です。こうした中、司法行政や法執行が国際基準に基づき、持続的開発や人権を考慮した総合的な発展を支えていくことが非常に重要です。さらに、昨年から世界を揺るがしている新型コロナウイルス感染症パンデミックで、国連の支援課題は爆発的に増え、緊急性を増しています。従来通りの対応では、多くの人を犯罪から守り、安全な生活を提供することができなくなってきています。

 

世界中の人々が求める、安全で公正な社会を実現すること。2030アジェンダの誓い「誰一人取り残さない」の理念に基づき、あらゆる人々が尊厳を持って、最大限のポテンシャルを発揮して、自由に安全に生きる世の中を実現するためには、法の支配と正義をこれまで以上に加速化して推進しなくてはなりません。これを「行動の10年」と名打たれた今後10年間で、具体的にどう実現していくか、国連総会、国連人権理事会、そしてUNODCが事務局を務める国連犯罪防止刑事司法委員会などの枠組みで様々な議論が行われています。

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タイがASEAN議長国として国境管理における犯罪防止の域内方針をまとめるお手伝いをした際、プラユート首相と ©︎ UNODC ROSEAP

 

「犯罪」と聞くと、日々ニュースで取り上げられるような犯罪行為を連想されるかもしれませんが、これら各国内の犯罪に加えて、近年では、犯罪行為が国境をまたいで進化し繋がりを強化しながら「事業」として拡張し、法の支配の及ばないところで、たくさんの人々の生活が脅かされ、巨額の利益が創出され、その財源が「腐敗」という犯罪を通して制度をむしばみ、さらなる不正を招いているという構造があります。21世紀の初めの20年は、これらの越境組織犯罪が劇的に増えた時期でもありました。こうした問題の解決には、国境を越えた連携が不可欠であり、それをサポートするのが、私が現在、事業局長として勤務している国連薬物犯罪事務所(United Nations Office on Drugs and Crime/UNODC)の仕事です。

 

多くの国やアクターの国際的な協力なしには解決できない問題が急増する中、差し迫った問題解決における国連の手腕が問われており、こうした重要な時期に、まもなく日本で開催される「京都コングレス」にも期待が高まっています。

 

犯罪や治安の悪化は世界中の国々で多くの人が懸念することですが、これらを防ぐためには、刑罰の厳格化や司法機関のみの対応では、望む結果に繋がらないことが広く認識されています。犯罪・再犯を防ぎ、法の支配に基づく社会を現実のものとしていくためには、貧困や虐待経験、差別や職につけない苦しさなど、色々な困難を抱える人々も含む社会において、世代や職種を超えて、みなが助け合い、誰もが再チャレンジの機会に恵まれる、暖かい、開かれた、寛容な社会風土を作っていくことが、とても大切です。女性、若者、ビジネスの視点など、これまで犯罪に関する議論の中心から欠けていた多様な視点を取り入れて、人間同士の繋がりやエンパワメントに重きを置く姿勢で、社会全体としての犯罪対策を強化することも急務です。

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エジプトのカイロでUNODCが支援している、犯罪被害に遭った女性のケア・社会復帰を支援するセンターを視察 ©︎ UNODC ROEA

 

こうした認識に基づき、コングレスでは、画期的なスペシャル・イベントがいくつも企画され、私たちも準備に力を注いできました。これらの一つ一つに国連としての優先課題が反映されているので、二つ例を挙げて紹介させて頂きます。

 

女性のエンパワメントと正義の推進

一つは、3月8日国際女性デーに行われるWomen’s Empowerment & Advancement of Justiceというスペシャル・イベントです。女性の視点とエンパワメント、夫婦の対等な支え合い、家族の絆などを中心に、西川きよし・ヘレンご夫妻にトークショーに登壇して頂き、また、社会正義の推進に日々具体的に取り組んでいる日本人4名にパネル・ディスカッション形式で、政治、教育、若者の取り組み、国際支援など各分野の視点から、それぞれの思い、そして今求められているアクションについて語って頂きます。公的要職につく方々からのステートメントに加えて、西川きよし・ヘレンご夫妻、そして、日本と世界を変えるために日々具体的な仕事に取り組んでいる多彩なパネリストのみなさんのお話を日本語で発信して頂くことで、本コングレスの中心的参加者である刑事司法・法曹界の専門家のみならず、より広く、ホスト国・日本のみなさんとの対話を深めることを目指しています。

 

犯罪への対応の再考

もう一つは、3月9日に行われるRethinking Responses to Crimeと題されたイベントです。日本でも有名なマララ・ユサフザイさんと一緒にノーベル賞を受賞されたインドの社会変革活動家のカイラシュ・サティヤルティさんに基調講演を頂き、多くの虐げられた人々や子供が犯罪を犯したり、虐待や犯罪の犠牲者となることの多い現状を捉え、私たちが暮らす21世紀の社会において「犯罪」というものをどう捉え、どうやって社会全体として減らしていくのかというテーマについて、国連内外の最先端の考えを議論します。

 

例えば、刑務所等、矯正施設の過剰収容という問題は、世界の多くの国で問題となっており、京都コングレスでも様々な専門的議論が行われます。過剰収容に対応するために刑務所の予算・施設を増やしたり、国際規範にそぐわない収容状態において刑務所職員がどのように対応すべきかの最低基準を設定するなどの技術的議論を超えて、そもそも刑務所に収容されている人々はそこにいるべき人なのか、どのような対応が受刑者の再犯防止・社会における犯罪減少に有効なのかという問いかけから始める必要があります。そして、刑事司法関係機関やこうしたテーマに関心をお持ちの市民団体の方々のみならず、政治家・教育機関・民間企業・地域共同体等々、色々なアングルの観点を取り入れ、これまで犯罪・再犯防止を捉えてきた視点を変えてみることを目指しています。これは、国連システムとしても注目を集めているテーマで、ニューヨーク国連本部の事務総長室からフォルカー・トゥルク事務次長補も参加してくださいます。コングレスにご登録の方々のみならず、事後ウェブ配信も通して、一人でも多くの日本のみなさんに、これらのイベントを通しての問題提起にご賛同頂き、コングレス以降のフォローアップにも繋げていけたらと考えております。

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フェリペ6世・スペイン国王が、世界各地から異なる業界の若手リーダーを集め、社会変革に関する意見交換の機会を設けて下さった ©︎ GYLF

 

暮らし方・働き方を含め、様々な業界において発想の枠組みが大きく転換する今、多様化し複雑さを極める諸問題を有効に解決するには、議論で終わらせず、結果重視の思考をもち、新たな視点や連帯を促すことが大切だと、個人的にも日々感じています。法の支配、犯罪分野に限らず、国連が世界の人々が抱える課題に対する具体的解決の一助となるには、国境や専門分野等、これまで個別に議論されてきた領域の分断を超えていくべきです。様々な分野の視点を取り込み、公的セクター、民間セクター、そして何より社会をつくる市民のみなさんとの対話、積極的参加を得て、みなで一緒になって社会全体として協働していけたらパワフルですよね。実に50年振りに日本で開催される法の支配に関する大型国連会議を契機に、たくさんのみなさんに関心をお持ち頂き、議論に参加して頂ければ、と楽しみにしています。

 

オーストリア・ウイーンにて

加藤 美和