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京都コングレス・リレーエッセイ 「法の支配で世界の安全を守る 」(2) 菅野直樹さん

3月7日-12日に京都で第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)が開催されます。会議に向けて、本会議の事務局を務める国連薬物犯罪事務所(UNODC)の3人の邦人職員が、今日のグローバルな犯罪防止や刑事司法分野における課題と、それらに対して国際社会がどのように取り組み、SDGs推進につなげているかご紹介します。第2回は、菅野直樹さん(犯罪防止刑事司法オフィサー)からの寄稿です。

 

法の支配の促進と薬物・犯罪対策の推進 〜国連薬物犯罪事務所東南アジア大洋州事務所から〜

 

菅野直樹(すがの・なおき)<略歴>

2020年から国連薬物犯罪事務所東南アジア大洋州地域事務所(バンコク)にて、東南アジア地域における刑事司法サブプログラム(法執行機関・司法機関の能力構築支援,捜査共助・犯罪人引渡等の司法協力の促進,矯正施設の運用改善支援等)を担当。2001年に検事任官し、東京地検横浜地検広島地検神戸地検長野地検などで勤務。2011年から2015年まで外務省在ウィーン国際機関代表部一等書記官。その後、法務省大臣官房国際課を経て現職。ハーバードロースクール修士号(LL.M)を、東京大学で法学士を取得。

 

はじめに

国連薬物犯罪事務所(United Nations Office on Drugs and Crime、略称UNODC)は、グローバリズムの負の側面ともいうべき、薬物不正取引、国際組織犯罪、テロリズムなどの問題に対し、包括的に取り組む国連機関です。UNODCは、これらの問題に取り組むための国際的な条約や準則の策定、条約の履行状況のレビュー、加盟国の能力構築支援などを行っており、こうした活動を通じて、国際社会における薬物対策、刑事司法政策の形成に貢献しています。

 

UNODCは、オーストリアのウィーンに本部を置いていますが、世界約80か国にフィールドオフィスを有しており、私が所属する東南アジア大洋州事務所(Regional Office for Southeast Asia and Pacific,略称ROSEAP)は、バンコクに所在するフィールドオフィスの一つです。

 

UNODC ROSEAPでは、東南アジア大洋州地域内の各国との協議などを経て策定した地域プログラムに基づいて、当該地域における政策形成支援、能力構築支援などを行っています。地域プログラムの下では、①国際組織犯罪対策、②腐敗対策、③テロ防止 、④刑事司法強化及び⑤薬物と健康問題の5つのサブプログラムが設定されています。私は、その中の④刑事司法強化を担当しており、そのプログラムマネージャーという立場で、各国の法執行・司法機関の能力強化、捜査共助などの国際協力支援、刑務所運営の改善支援などに携わっています。


東南アジアに浸透する組織犯罪

東南アジア大洋州地域における組織犯罪の蔓延は深刻で、その被害額は、豪州やニュージーランドにおける活動によるものまで含めると600億ドルにも上ると言われています。東南アジア地域は、近年、地域統合の進展が進み、人、モノ、資金の移動が活発となっており、これに伴って不正薬物取引、人身取引(trafficking in persons)、移民の密輸(smuggling of migrants)などが深刻な脅威となっています。

 

UNODC ROSEAPでは、こうした東南アジア大洋州地域における組織犯罪の脅威に関する評価書を作成し、地域内外の国連加盟国やASEANなどのパートナー機関と共に、各国の政策形成、能力構築支援、国境を超えた捜査協力等のプラットフォーム作りなどを行っています。

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メコン側と黄金の三角地帯 ©︎ UNODC ROSEAP


ROSEAPと日本の関係

日本は、UNODC ROSEAPの活動に対し、多くの資金を拠出しています。このような拠出金は、組織犯罪や腐敗、テロ対策を効果的に行うための統合したプログラムの構築に用いられており、例えば、各国において、人身取引、不正薬物対策など、各種の組織犯罪対策プロジェクトを行うとともに、国境管理や、国境を超えた捜査協力を円滑に行うためのプラットフォーム構築プロジェクトを策定し、これらのプロジェクトが相互に補完し合う、相乗効果のあるプログラムを構築することに意を用いています。

 

このようなプログラムを実施するスタッフとして、人身取引、野生動植物の不正取引、サイバー犯罪など、様々な分野における専門的な知見を持ち、また、欧米やアジアの法執行・司法機関において捜査・公判に携わった実務経験があるインターナショナルスタッフがいます。そのほか、ベトナムカンボジアラオスミャンマー、フィリピン、インドネシアなど各国のフィールドオフィスに、薬物、保健衛生、刑務所運営などの様々なバックグラウンドを持った専門スタッフが常駐しています。日本からも、検察や矯正などのバックグラウンドを持つ職員が勤務しているほか、外務省やUNODC以外の国際機関での勤務経験を持つ日本人職員もプログラムの実施に携わっています。

 

また、近年では、特にカンボジアやフィリピン、東ティモールにおける犯罪者の処遇について、東京都昭島市に拠点を置くUNAFEI(国連アジア極東犯罪防止研修所)と協力し、相手国及び日本国内での研修なども行っています。このUNAFEIは、国連と日本の間の協定に基づいて設立された機関であり、日本の法務省がその運営に当たっています。

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UNAFEIと共同実施した東ティモールの刑務所運営セミナー ©︎ UNODC ROSEAP


近年の主な活動

以下、私が担当している刑事司法に関するサブプログラム4の近年の主な活動について紹介します。


児童の性的搾取

日本は、長年にわたり、UNODC ROSEAPを通じて、東南アジア地域における児童の性的搾取に対処するための法執行機関、司法機関に対する支援を行ってきました。東南アジア地域では、地域外からの旅行者による児童買春を始め、児童の性的搾取が問題となっており、ROSEAPでは、日本の資金協力を得て、ベトナムラオスカンボジア、タイなどの国々を対象に支援を行っています。そして、2017年には、児童の性的搾取に対処するための域内協力の強化を宣言したシェムリアップ宣言を取りまとめて、地域における協力強化のモメンタムを形成し、各国における警察官や検察官のための研修教材の作成やトレーニングを行っています。


国際協力のプラットフォーム

児童買春や人身取引、特に最近問題となっているオンラインでの児童の性的搾取など、国境を越えた犯罪は後を絶たず、東南アジア地域における法執行機関、司法機関の国境を越えた協力は、IT技術の進展、地域統合の進展に追い付いていません。国境を越えて捜査を行い、末端構成員にとどまらず、犯罪組織の幹部を訴追・処罰し、犯罪による収益を没収するためには、各国の当局による国際捜査共助などの協力が不可欠です。UNODC ROSEAPでは、日本の支援を得て、ASEAN加盟国及び東ティモールの各国の捜査共助等の担当者が、お互いの顔が見える形で情報交換し、円滑に協力するためのプラットフォーム作りを支援しています。2020年には、このようなプラットフォームの設置に関する基本合意を経て、SEAJust (South East Asia Justice Network)と名付けられた司法協力のためのネットワークが立ち上がりました。


矯正施設の過剰収容対策

東南アジアでは、矯正施設の収容定員を大幅に超えて受刑者等が収容される、いわゆる過剰収容が大きな問題となっています。このような過剰収容は、衛生面で問題があるほか、犯罪傾向の進んでいない少年等が成人と同じ施設に収容されることにより、かえって犯罪傾向が進むなどの問題があります。特に刑務所の中で受刑者等が暴力的過激主義に感化されることにより、地域におけるテロのリスクも高まることから、UNODC ROSEAPでは、日本の拠出を得て、暴力的過激主義の防止に重点を置きながら、インドネシア、フィリピンやベトナムカンボジアなどの過剰収容問題に取り組んでいます。こうした刑務所の問題は、新型コロナウィルスの感染が世界中で広がる中で、特に優先すべき課題となっています。

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ASEAN加盟国における刑務所過剰収容の状況。緑色の数字が収容率を示しており、データがある国のほとんどが100%を超えている。©︎ World Prison Brief


新型コロナウィルスの影響

2020年春以降、世界各地で感染拡大が続く新型コロナウィルスは、東南アジア地域においても大きな影響をもたらしています。感染拡大防止措置として各国で人の移動制限が課されていますが、そのような中でも違法な薬物取引は止まることなく続いていますし、移民の密輸、人身取引など、脆弱な立場におかれた人々をターゲットにした国際組織犯罪も後を絶たず、新型コロナウィルスの感染拡大の防止と各種の組織犯罪対策を両立する必要性が増しています。

 

また、東南アジア地域では、先に述べたとおり、矯正施設の過剰収容問題が特に深刻であり、このような施設において新型コロナウィルスの感染拡大への対応力を強化することが急務となっています。UNODC ROSEAPでは、そのための政策形成への支援、矯正施設職員へのトレーニング及び矯正施設へのPPE(マスクなどの個人防護具)や衛生用品等の物品供与等の支援に力を入れています。特にカンボジアでは、昨年10月の豪雨による洪水で刑務所が深刻な浸水被害を被るなどし、受刑者を別の刑務所へ移送することが余儀なくされるなど、災害対策と新型コロナウィルスの感染拡大防止を図ることが必要となりました。UNODC ROSEAPでは、日本の資金を活用して、水没した刑務所から水を排出するためのポンプの供与、PPEや衛生用品等の提供など、迅速な対応・支援に努めました。

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カンボジアの刑務所への衛生用品等の提供 ©︎ UNODC ROSEAP


京都コングレスについて

2021年3月7日から12日まで、京都で第14回となる国連犯罪防止刑事司法会議(通称「京都コングレス」)が開催されます。コングレスは5年に一度開催され、各国の法務大臣検事総長などのハイレベルから刑事司法実務家、学術関係者、NGOなどが集う犯罪防止・刑事司法分野における国連最大の会議です。日本では、1970年に第4回コングレスを京都で開催して以来およそ半世紀ぶりの開催となります。今回の会議では、全体テーマ「2030アジェンダの達成に向けた犯罪防止、刑事司法及び法の支配の推進」の下、再犯防止を含む包括的な犯罪防止政策、刑事司法が直面する様々な課題、法の支配の推進に向けた多面的なアプローチ、国際協力の促進などについて議論が行われます。

 

UNODC ROSEAPで刑事司法サブプログラムを担当する者として、京都でのコングレスに、東南アジア諸国からより多くの人々に参加していただきたいと思っています。そして、官民連携を含む様々なステークホルダーと連携した犯罪防止施策、特に、再犯の防止と刑務所過剰収容対策に有益な社会内処遇施策が促進され、東南アジア地域はもとより、広くアジア太平洋地域における国際協力促進のための実務家プラットフォームの設置・強化について議論が深まることを期待しています。

 

タイ・バンコクにて

菅野 直樹