国連創設80周年の節目に寄せた、国連広報センターの根本かおる所長の寄稿です。
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今年は第2次世界大戦の終結から80年であり、2つの世界大戦を受けて設立された国連にとっては創設から80年の節目の年だ。

史上初の「総力戦」と呼ばれる第1次世界大戦で、戦争の性質がそれまでの「軍人同士の戦い」から、民間人を含む国家全体を巻き込む戦争へと大きく変化した。第2次世界大戦による死者数は、世界全体で5,000万〜8,000万人と推定され、民間人が軍人を上回り、全体で当時の世界人口の2.5パーセントから4パーセントにも相当する。現在進行形のガザでの戦争によるガザの死者は8月末の時点で6万2千人超を数え、これはガザの人口の3パーセント程度にあたる。単純比較はできないが、世界全体で今のガザと同程度の比率で人々が殺害された計算になる。

国連憲章の前文の冒頭にある「われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救」うことを決意して国連を設けるという言葉には、平和を求める切実な願いが込められているのだ。国連憲章は、「武力行使の原則的禁止」と「国家主権の法的平等の尊重」を定めて国際社会が戦争を未然に防ぐためのルールを明文化し、戦後の国際秩序の中核を担ってきた。「法による支配 = 国際法に基づく秩序」を打ち立て、国家間の関係を根本から変え、現代の国際社会の基本構造の礎となった。
それから80年。国連はそれぞれの時代の制約の中で、第3次世界大戦が起きるのを未然に防いできた。対話は戦争よりも解決につながるものであり、共に協力することであらゆる人々が健全な地球の上で平和、尊厳、平等のうちに暮らせる世界を構築できるという理念を掲げ、希望の光であろうとしてきた。過去80年間、国連は和平の仲介、平和維持活動、平和構築を通じて、戦争や強制移住の地獄から、天然痘やポリオなどの疾病から、そして不公正や人権侵害から、数え切れないほどの人々を救ってきた。 国連の活動は、飢饉の回避、核兵器の拡散の防止、疾病の封じ込めや根絶、子どもたちの教育、多くの人権条約の推進、そして環境危機に対処するための連携などに寄与してきた。

しかしながら、国連創設80周年にあって、各国のリーダーたちが集う国連総会ハイレベルウィーク初日の9月22日に80周年記念式典は予定されているものの、今の国連に祝賀ムードは一切ない。10年前の国連創設70周年の2015年に、3年にわたる交渉を経て持続可能な開発目標(SDGs)を含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が9月に採択され、12月には気候変動対策の「パリ協定」が合意されて国際協調の機運が高まったことが、まるで幻のように感じる。
安全保障理事会の常任理事国として重責を負うロシアが自ら国連憲章に違反してウクライナに侵攻し、イスラエルが民間人の保護をはじめとする国際人道法を踏みにじってガザ攻撃を続け、史上初めてアフリカ大陸以外で飢饉宣言が出されるまでにガザを追い込み、餓死者が続出している。このような危機にあって、拒否権の発動で安保理がこれらの紛争に対して有効な手立てを取ることができない。こうした不処罰は、国連加盟国の間にあった既存の国際秩序を壊すことへの躊躇を弱め、規範の弱体化につながる。

アントニオ・グテーレス国連事務総長が8月下旬に横浜での第9回アフリカ開発会議(TICAD9)と大阪・関西万博での国連スペシャルデーの式典に出席するために訪日した際、国連を取り巻く厳しい状況に対して事務総長が心情を吐露する場面があった。8月22日の万博での国連スペシャルデーでのあいさつで、「これは個人的な見解だが」と断った上で、準備されていたスピーチ原稿から離れ、安保理が1945年の世界ではなく、今日の世界を代表するよう改革が必要だと突然アドリブで話し始めたのだ。ステージ横の大型スクリーンに投影されていた予定原稿の和訳が話している内容に合わなくなり、会場の空気がピンと張りつめた。

「すべての地域が公正に代表され、そして戦争の容認につながる決定やその欠如ではなく、平和を保障するための決定が下される安全保障理事会でなければならない」と力を込めたところで、会場から大きな拍手が巻き起こった。
「世界中の非常に多くの人々にとって、国連を見るときに安全保障理事会でなされていないことが目に映ることを残念に思う。しかしそれは国連のごく一部にすぎず、しかも明らかに改革が必要な部分だ。国連の他の活動や、世界を一つにしようとする私たちの努力は、ときに忘れ去られてしまう。しかし私は断言できる。私たちは、国連をより効果的に、より費用対効果の高いものに、より現代的に、そして私たちの時代の巨大な課題により的確に応えられるものにするために、あらゆる努力を尽くす」と真剣勝負の言葉が続いた。

国連はいま、道のりの厳しい改革努力の真っただ中にある。地政学的な対立の深まりに加え、国連加盟国として数を増やし、分極化する国際関係の中で力をつけてきたグローバル・サウスの国々の間には、1945年当時のままの安保理の常任理事国の体制やガザでの戦争におけるダブル・スタンダードなどへの不満や不公平感が高まっている。自国第一主義とポピュリズムの強風が吹き荒れ、世界の軍事費の増加が人道支援や開発のための資金を圧迫している。アメリカと欧州の主要ドナー国が援助資金を大幅に削減し、国連の人道・開発部門を含む援助機関が組織と活動の縮小を余儀なくされただけでなく、何よりも最貧国の脆弱層が必要とする、命を救うための人道支援や医療支援などを受けられなくなり、打撃を受けている。さらに、アメリカは国連事務局の通常予算と平和維持活動(PKO)予算への義務的に支払わなければならない分担金についても大幅に減らす構えだ。こうした中、グテーレス国連事務総長は今年3月に国連自らの改革努力として「UN80イニシアチブ」を立ち上げた。これまでも組織改革には取り組んでいたが、資金難がそれに拍車をかけた形だ。

「UN80イニシアチブ」には3つの柱がある。第一に、大胆な組織改編や人員整理などを断行してより効率化し、スリム化する。第二に、加盟国から国連に委ねられたマンデート(任務)の重複、細分化、時代遅れの任務、膨大な数の会議の開催と報告書の作成を整理して、国連をより効率的で一貫性があり、影響力のある組織にするよう、加盟国に促す。国連には加盟国の同意なしに自らマンデートの整理を行うことはできず、加盟国がこれを主導しなければならない。第三に、国連システム全体における構造的な変革や事業の再編成を検討する。80年の間に肥大化し複雑になってしまった国連システムの構造を見直そうというものだ。7つのテーマ別クラスター(平和と安全、人道問題、開発(事務局)、開発(国連システム)、人権、訓練と研究、そして専門機関)を設置し、複雑になり過ぎた国連システムの構造を再検討するものだ。

資金繰りのひっ迫が続いていることを受けて、グテーレス事務総長は国連事務局における資金と人員の大幅な削減を盛り込んだ2026年の通常予算案の修正版を今月加盟国に提出する。
苦難を国連の再生につなげることを目指す「UN80イニシアチブ」。それは、財政的な持続可能性と国連の使命の有効性を同時に追求し、必要不可欠な存在としてあり続けられるようにすることだ。単に官僚機構の改革を行うものではなく、その最大の目的は、国連の支援を必要とする人々のためにリソースを効率的に、そして効果的に、使えるようにすることだ。この大胆な改革努力には、人々からの信頼が必要だ。
先に触れた万博の国連スペシャルデーの式典で、グテーレス国連事務総長はこう語っている。

「私たちは危機の時代に生きている。ただし、それは多くのチャンス、そして責任が生まれる時代でもある。国連が紡いできた物語の教訓はシンプルだ。『人類は団結したとき最も強くなる。』2025年大阪・関西万博は、そんな可能性を祝う場だ。未来を描くことは政府だけの仕事ではなく、私たち全員に共有の責任がある。そのことを万博は再認識させてくれる。…尊厳、平等、そして世界平和のために、共に(物語を)紡ぎ続けよう」

石破茂総理大臣は、横浜で行われたグテーレス国連事務総長との会談で、日本が国連と多国間主義に強いコミットメントを示してきたことに力を込めた。ニューヨークでのUN80イニシアチブの議論においても、日本の代表は「多国間主義へのコミットメント」を強調しつつ、このイニシアチブが国連の再活性化という緊急性に応えるものであると述べている。さらには「UN80イニシアチブの成功は、私たちが責任を共有し補完し合えるかにかかっている」とも語っている。
日本は戦後80年、平和国家として国際秩序に貢献し、法の支配や自由貿易体制をはじめとする国際協調から恩恵を受けてきた。秩序の回復と多国間主義強化のために、国連加盟国の間の利害対立を調整する橋渡し役の難業をリードしていただきたい。