3月7日-12日に京都で第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)が開催されます。会議に向けて、本会議の事務局を務める国連薬物犯罪事務所(UNODC)の3人の邦人職員が、今日のグローバルな犯罪防止や刑事司法分野における課題と、それらに対して国際社会がどのように取り組み、SDGs推進につなげているか、ご紹介します。第1回は、海上の犯罪への対応と防止に取り組む、山口正大さん(国連薬物犯罪事務所(UNODC)国際海上犯罪プログラム(GMCP)インド洋西岸チーム副プログラムコーディネータ)です。
海洋の法の支配を支える
山口正大(やまぐち・まさとも)<略歴>
2020年12月より現職。それ以前は、日欧の人道援助NGO等で勤務。その後、シェラレオネの国連PKO(UNAMSIL)の勤務ののち、広島大学と内閣府にて平和構築や平和維持に関する研究員として勤務。2008年からソマリアの国連特別政治ミッション(UNPOSとUNSOM)勤務し、2015年からマリの国連PKO(MINUSMA)及び平和維持活動局(DPKO)に勤務。UNODCには2019年11月に異動し、スリランカに着任し、インド洋東側地域を担当。早稲田大学を卒業後、ブラッドフォード大学大学院平和学修士課程修了。オックスフォード大学大学院開発学修士過程満期退学。
京都コングレス
今年3月7日から12日までの日程で、第14回国連犯罪防止刑事司法会議(通称、京都コングレス)が京都で行われます。国連犯罪防止刑事司法会議は、5年に一度開催される犯罪防止と刑事司法分野における国際会議で、国連薬物犯罪事務所(UNODC)はその事務局を務めています。日本で国連犯罪防止刑事司法会議開催されるのは1970年以来2度目となり、今回の会議では『SDGsの達成に向けた犯罪防止、刑事司法及び法の支配の推進』というテーマで、国際社会が直面する組織犯罪、腐敗やテロなどの脅威等の犯罪防止・刑事司法分野の諸課題について、世界各国の政府代表団、専門家、NGOなどが参加して話し合われる予定です。
UNODCのマンデート
UNODCは、持続可能な開発と人間の安全保障の観点から違法薬物、犯罪予防、国際テロリズム関わる問題を包括的に対処できるよう、1997年に国連薬物統制計画と国連犯罪防止刑事司法計画とを統合する形で、国連事務局に設立されました*1。本部はオーストリア・ウィーンにあり、119のフィールドオフィスを通じ世界80カ国以上の地域で、違法薬物及び犯罪に関する調査・分析、犯罪や麻薬関連条約の締結・実施と国内法整備支援、組織犯罪・テロ対策能力向上のための技術協力を国連加盟国に対して行っています。UNODCは、国連経済社会理事会(ECOSOC)の機能委員会である麻薬委員会(CND)、犯罪防止刑事司法委員会(CCPCJ)と国際麻薬統制委員会(INCB)の事務局を務めているほか、国際組織犯罪防止条約や国連腐敗防止条約の事務局ともなっています。また、テロリズムの脅威が世界的に増大したことに伴い、1999年には新たにテロ防止部が設置され、テロ予防が新たな業務の柱となり活動の幅が拡大しています。
UNODC国際海上犯罪プログラム(GMCP)
違法薬物、犯罪予防、国際テロリズム関わる問題を包括的に対処できるよう設立されたUNODCの中で、海上犯罪に特化したプログラムが国際海上犯罪プログラム(GMCP)になります。GMCPは、もともとソマリア沖で発生した海賊に対する海賊対策プログラム(CPP)として2009年に発足しました。海賊問題に対して、海賊被疑者が人権などの国際的な規範に基づき滞りなく公平で公正な裁判が受けられるよう、ソマリア及びその周辺国に対して支援を始め、具体的には、被疑者の弁護人や通訳の手配支援、証人や被害者が遠隔地からでも出廷できるようビデオリンク方式の導入支援、裁判官、検事、弁護人など法曹関係者の訓練・研修など行っていました。
発足当時、ソマリア周辺のインド洋周辺国に対して海賊対策に対する支援を行っていたGMCPは、今では世界の海を7つの地域チームでカバーし、海賊のみならず、違法薬物、人身売買、違法操業、海事テロ、武器等の密輸など多岐にわたる海上犯罪に関して、海上保安機関など加盟国の海事に関わる法執行及び司法機関に対して刑事司法制度及び能力強化を行っています。
現在、私が所属しているインド洋西岸(IOW)チームでは、ケニア、タンザニア、モーリシャス、モザンビーク、マダガスカル等、ケニア以南の東アフリカ及び南部アフリカ地域12カ国をカバーし、セーシェルで海賊行為の容疑者捕まっているソマリア人の公判等に関わる支援から、管轄国の各海上法執行機関に対して、海上テロも含めた海上犯罪対策の政策策定から法執行や訴追に必要となる技術指導まで、その能力向上のために包括的な支援を行っています。
海上犯罪は、他の国際的な組織犯罪と同様、国境をまたいで発生し複数の国の司法管轄が関わることが多く、国際的な協力が不可欠です。そのため、UNODCでは、近隣国等同士の地域レベルでの協力促進も視野に入れ、地域近隣国等同士の関係強化を目的に複数の国々を対象にした実践的な訓練やワークショップも行っています。このように各国の海上犯罪対策に関わる実務家が、それぞれの知識と経験を共有しネットワークを構築することは、年々巧妙化する海を使った犯罪に対して、その取り締まりだけではなく抑止の観点からも非常に重要といえます。同時に、取り締まりなど法執行の際、人権や法の支配など国際的な規範に基づいて行われることも重要で、UNODCでは国際的な規範に基づいた能力強化を推し進めています。
これらの能力強化支援は、例えば、国境管理の視点からUNODCのコンテナ管理プログラム(CCP)や空港コミュニケーションプログラム(AIRCOP)、刑務所内での海賊やテロ関連の受刑者の対応及び更生、暴力的過激主義の予防に関して、国際刑務所チャレンジプログラムなど、UNODC内で相互に連携しながら行われています。
UNODC GMCPの活動拡大の背景
GMCPの活動は、この10年で世界の海をカバーするまでに急速に拡大しました。その背景には、いくつかの要因があると考えられます。一つは、海の海洋交通路としての重要性が、経済のグローバル化に伴いより一層増している点です。海上輸送は、世界の貿易の約8割を担っており、その貨物量はこの20年でほぼ倍増し、増加の一途をたどっています*2。そのため、世界経済を支える海上交通の海洋の法の支配に基づく海洋秩序や航行の自由の確保が、より重要な意味を持ってきているといえます。
もう一つは、このような海上輸送を狙った、あるいは海上を使った犯罪が起きている点です。この象徴的な例は、GMCPがはじまるきっかけとなった海賊行為といえるでしょう。今では、ソマリア沖での海賊の発生件数は周辺国や国際的な取り組みにより大きく減少していますが、一時期大きく減っていたマラッカ海峡や、ギニア湾沖でも近年海賊行為が増え*3、安全な海上交通の妨げになっています。
さらに、海賊行為だけではなく、海を使った犯罪も深刻化しています。例えば、インド洋周辺地域は『黄金の三日月地帯』や『黄金の三角地帯』と呼ばれる世界的な麻薬生産地域を抱え、近年これまでの陸路だけではなく海路を使った密輸も目立ってきています。特に、アフガニスタン周辺の黄金の三日月地帯からの麻薬は、『北部ルート』と呼ばれる中央アジア-バルカン半島―ヨーロッパを結ぶ密輸ルートへの取り締まり強化などもあり、10年ほど前から『南部ルート』呼ばれる海を使ったケニア、セーシェル、モザンビークなどの東アフリカ及びスリランカやモルジブ南アジア経由での麻薬の密輸が目立ってきています。近年では、これらの地域での『黄金の三日月地帯』を産地とする覚醒剤の押収量も急激に増えてきています*4。同様に、大西洋やカリブ海沿岸地域でも、南米や中南米から北米、西アフリカを経由しヨーロッパへのヘロインの密輸が深刻な問題となっています*5。
これら麻薬などの国際的な密輸にみられる国際組織犯罪の一つの特徴として、衛星電話やインターネットなどを使いながら、昔からから使われている交易ルート(例えば、貿易風を使ったインド洋交易路やサハラ交易路)を使っている点があげられます。また、広大な領域を形成している公海やサハラ砂漠など、各国の法執行機関にとって手薄で、政府による統治がなかなか思うように行き届かない地域を狙って、犯罪組織や、時にはテロ組織が、暗躍している点です。そのため、UNODCのような各国政府の海上法執行機関の能力強化及び周辺各国間の国際協力を促すプログラムが、より一層重要になってきているといえます。
日本とのつながり
国土を海に囲まれ、『自由で開かれたインド太平洋』を通じて法の支配に基づいた海洋秩序を促進し、法の支配などの普遍的価値を通じて司法外交を展開している海洋大国日本と海上法執行機関等の能力強化を図るGMCPの関心分野や目指す方向は、相互に重なり合っている領域が少なくなく、UNODCが取り扱う他の分野とともに、近年日本との連携関係を深めています。
例えば、2019年度には、日本の海上保安庁との連携を通じて、UNODCが行うVBSS訓練と呼ばれる海上阻止船舶臨検訓練に、海上保安庁のモバイルコーポレーションチーム(MCT)の職員が講師として参加し、船艇への立入検査の技術などをアジアやアフリカ諸国の海上法執行機関の職員に対して指導しました。また、2020年度には、人事院の研修制度を利用して海上保安庁の職員の方がUNODCのスリランカ事務所に着任し、アジアやアフリカ地域の海上法執行機関への訓練を取りまとめる分野等での活動をしています。
さらに、UNODCは2016年から日本政府からの支援を受けて、海上法執行機関などの能力強化、レーダーなどを使って自国海域等でどのような活動や状況なのかを把握する海洋状況把握(MDA)と呼ばれる分野の強化、海賊やテロへの対応力強化などの支援をアジア及びアフリカのインド洋沿岸国に対して行っています。
近年では、日本の高い科学技術を使った顔認証技術導入支援や5G通信などに関わる海底ケーブルの国レベルでの保安保護プラン及び関係法令の策定支援*6、沿岸警備隊などへの海上法執行機関への機材供与なども進めています。このように、日本は海洋に関わる知見も多く、日本政府はUNODCのかけがえのないパートナーとなっています。
終わりに
ひとたび海を見渡すと、インド洋は世界の資源や物流の重要な海上交通路となっており、また水産資源の宝庫でもあります。その一方で、アジアから東アフリカや南アフリカ地域を経由、あるいは南アジア地域を経由した各種薬物密輸ルートが形成され、世界各国の薬物犯罪の経路となってしまっています。さらに世界に目を向けると、難民や移民、情勢の不安定な地域からの武器・テロリストの移動など、海を経路にした問題が拡大する中、いかにこの海上の安全を守るか、そして海洋をいかに持続可能で社会経済的な繁栄につなげ、海洋の平和と安定を確保してゆくことができるのかが、国際的な大きな課題となっています。
今回の京都コングレスでは、『SDGsの達成に向けた犯罪防止,刑事司法及び法の支配の推進』というテーマで、法の支配の推進に向けた各国政府による多面的アプローチが議題の一つとされています。1970年に同じ京都の地で開催された第4回国連犯罪防止刑事司法会議では、社会経済開発の中での犯罪防止が議論されました。世界政治経済がより一層グローバル化し、昨年発生したコロナ禍を通してすべて人が平和と豊かさを享受できることの重要性が改めて認識され、SDGsの達成の目標とされている2030年まで10年を切った今年に、同じ京都の地で再び国連犯罪防止刑事司法会議が開催される意義の大きさを感じます。
ケニア・ナイロビにて
山口 正大
*1:UN (1997). ST/SGB/1997/5.なお、事務所の名前が、現在の国連薬物犯罪事務所(UNODC) となったのは2002年
*2:UNCTAD (2020). Review of Maritime Transport 2020.
*3:IMO (2020). Reports on Acts of Piracy and Armed Robbery Against Ships: Annual Report - 2019.
*4:例えば、Sri Lanka Navy (2021). Seizure of Crystal Methamphetamine (ICE) from 2018-2020.
*5:UNODC (2020). World Drug Report 2020: 1 Excecutive Summary.
*6:UNODC (2021). Global Maritime Crime Programme: Briefing Package .