国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(5) 根本かおる(後編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第5回は、根本かおる(国連広報センター所長)の寄稿の後編として、日本のメディアへの期待、日本における「信頼」の課題、そしてコミュニケーションの役割について考えます。

 

コミュニケーションを「ニュー・ノーマル」推進の中核に(後編)

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2013年に国連広報センター所長に就任。それ以前は、テレビ朝日を経て、1996年から2011年末まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)にて、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。WFP国連世界食糧計画広報官、国連UNHCR協会事務局長も歴任。2012年からはフリー・ジャーナリストとして活動。コロンビア大学大学院修了 ©︎ UNIC Tokyo

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)危機を受けて私が期待することの一つに、これを契機にメディアや市民社会から、誤った情報に踊らされず、正しい情報を見極める力を持つなど、情報を受け取る側のメディアリテラシーを促進し、自らを守る動きが生まれることがあります。その意味で日本赤十字社の取り組みをご紹介します。新型コロナウイルスの3つの“感染症”である病気・不安と恐怖・差別と偏見の負のスパイラルの仕組みについてわかりやすく解説し、「ウイルスの次にやってくるもの」という動画にまとめて、どうしたら氾濫する情報から距離を置き、情報の信頼度を見極めることができるのかを提言しています。ぜひご覧になっていただき、3つの感染症の仕組みを理解して自らを守るヒント、そしてコンテンツ制作の専門性とネットワークを持つメディア・クリエイティブ業界の参考にしていただければと思います。

「ウイルスの次にやってくるもの」は200万回以上再生されている © 日本赤十字社

 

COVID-19ほど社会全体に打撃を与えている危機は、一つの主体だけでできることには限りがあります。ここは一致団結し、いろいろな主体が協力して知恵を出し合う連携型の発信を積極的に推進することが重要になるでしょう。日本でも、「#コトバのチカラ」というコラボ型のメディアプロジェクトが立ち上がっています。日々の鍛錬を経て数々の困難を克服してきたスポーツ選手たちの言葉には、危機を乗り越えるチカラと勇気が凝縮していると考え、Googleニュースイニシアティブからの支援のもと、日本全国の新聞・テレビ・オンラインメディアなど24社が協力して実施されているものです。

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コトバのチカラで紹介されている池江璃花子さんの言葉(出典:コトバのチカラ/時事通信社 https://powerofwords.jp/

 

これまでにも読者からの情報提供や調査依頼を受けて取材を進める「あなたの特命取材班」が課題解決型のメディアとして多くの地方新聞に提携が広がっていますし、今年の国際女性デーでは12社を超えるメディアが「#メディアもつながる」などの共通のハッシュタグを添えて連携しながらジェンダー平等や女性の権利について積極的に発信し、世の中に関心のうねりを作ることに成功しています。

 

私が深く関わってきた持続可能な開発目標(SDGs)の推進についても、SDGメディア・コンパクトに加盟する日本のメディア企業の間で、SDGsという人類全体の大問題について連携して発信していこうではないかという声が上がり始めていました。これからの「Build Back Better - 復興するならより良い形に」という復旧・復興のフェーズにおいて、まさにSDGs羅針盤の役割を担うことになります。より包摂的で公正、よりグリーンで持続可能な社会づくりというみんなに関わる課題について、業態や社の垣根を越えてメディアがつながり、協力し合いながら発信するという形が拡がることを期待しています。幅広い分野から英知を結集し、ネットワークを持ち寄って初めて、ウィズ・コロナ、アフター・コロナという未知の海を渡っていくことができるでしょう。

 

さて、危機においてリーダーの信頼は不可欠ですが、日本について気になる分析結果が公表されています。政府・企業・市民社会・メディアなどに一般の人々から寄せられる信頼を数値化して分析しているEdelmanが、COVID-19危機を受けた国際調査結果を発表しています。日本に焦点をあてた分析では、国際的には危機を受けてこれらの主体への信頼が高まっているのに対して、日本では停滞し、特に政府は信頼を失っているなど、気になる結果が見て取れます。Kekst CNCの国際意識調査も信頼について同様の傾向を示しています。これらの調査結果を見ると、リーダーシップを発揮すべき主体が、どのようなメッセージをどういったタイミングで発信すべきか、戦略的に考えられていなかったのかもしれません。

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(出典:2020 エデルマン・トラストバロメーター 中間レポート(5月版):信頼とCOVID-19パンデミック

 

他方で、「新たな日常」「新しい生活様式」に向けた環境が日本で醸成されつつあることもこれら調査は浮き彫りにしています。Edelmanの調査は、経済よりまず健康と安全と考える度合い、この危機をポジティブにとらえる度合いは日本でも高いということを示しています。

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(出典:2020 エデルマン・トラストバロメーター 中間レポート(5月版):信頼とCOVID-19パンデミック

 

また、Kekst CNCの分析では、日本はCOVID-19後に経済が根本的に変化することを望むと回答した人たちの割合が他の調査対象国(英・米・独・スウェーデン)よりも高く、支持政党で違いが見られた他国と異なり、自民党を含む全政党の支持者の過半数が経済の根本的な変化を望んでいることが明らかになっています。ここは日本が目指すべきこれからの社会のビジョンを早急に示すことが必要ではないでしょうか。さらに同調査がCOVID-19危機からの経済回復で最も重要なことは何かと具体的な項目について尋ねたところ、日本では「将来的な健康への脅威に対して適切な準備と対策をしておく」(24%)、「社会的弱者に対する支援を行う」(15%)、「一刻も早く通常時に戻す」(15%)と続いています。「将来的な健康への脅威に対して適切な準備と対策をしておく」について20%台を示したのは日本だけで、日本の防災意識の高さが見て取れます。それに反して気候対応を柱に据えた経済を上げた割合は、どの国も一桁に留まりましたが、日本が2%台と突出して低い結果となりました。今後の発信で、感染症対策と気候・環境対策が密接不可分であると明示的に訴えていく必要があるでしょう。

 

コロナ禍を抑え込むには一般の人々による新たな日常・新しい生活様式の実践が不可欠で、人々の協力なくしては成立しません。さらに、新たな日常・新しい生活様式は、これからどのような社会にしていきたいのかというビジョンを支えるべきものです。各種調査からも浮き彫りになっているリーダーシップを発揮すべき主体への信頼の低下に真摯に目を向け、人々の願いや関心項目を念頭に、ここは日本の関係者の間でも、情報伝達・市民との対話・人々の参画の枠組みとしてコミュニケーションの優先度を上げて、社会づくり戦略の中核に位置付けるべきではないでしょうか。

 

ニュー・ノーマルをみんなで築くという後世の歴史の教科書に載るぐらいの転換点に立って、自分には何ができるだろうかと悩み考えながら日々の発信にあたっています。

 

日本・東京にて

根本かおる 

ツイッターでも、この危機を乗り越えるためのインスピレーションとなるメッセージを日々共有している