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SDGsを伝える仕事(4)―「1.5℃の約束」キャンペーンが始動(国連広報センター 根本かおる所長)

コミュニケーションの側面から「持続可能な開発目標(SDGs)」を日本社会に普及させるための試みについて、このブログ・シリーズで書いてきたが、今回はメディアとの連携について取り上げたい。

 

SDGsに対する認知向上に新たな弾みをつけるためのイニシアティブとして、国連は2018年9月 、国連とメディアとの協力の枠組み「SDG メディア・コンパクト」を立ち上げた。30社以上の創設メンバーには、日本から朝日新聞日刊工業新聞日本テレビの3社が参画した。この枠組みを作った背景には、野心的で高みを目指したSDGsは、加盟国政府や国連だけではおよそ達成することが難しく、企業・自治体・NPO・個人など様々なレベルのステークホルダーを巻き込むにはメディアの力が欠かせないという狙いがあった。

SDG メディア・コンパクトの重要性について話すグテーレス国連事務総長

 

発足からおよそ3年半で、2022年6月9日現在、SDGメディア・コンパクトの世界の加盟メディア数は279で、そのうち日本のメディアは170とおよそ6割を占め、大きな存在感を示すに至っている。メディアによっては多年度にわたる全社を挙げた本格的なSDGsキャンペーンを展開するなど、メディアを通じた発信が一段と増えたことがSDGsの認知度の向上に大きく貢献していることは、2022年4月に発表された電通第5回「SDGsに関する生活者調査」からも浮き彫りになっている。

SDGsの認知経路(前回調査比較)出典:電通 第5回「SDGsに関する生活者調査」概要

 

日本でメディアとの連携のネットワークがここまで拡がったことを受けて、国連広報センターでは、加速度的に深刻化して人類を脅かしている「気候変動」に歯止めをかけるためのキャンペーンを行いたいと考えた。気候危機は私たちが適応できるスピードをはるかに上回るスピードで進行し、深刻になってしまい、今対策を取らなければ手遅れになり、後世に大きな禍根を残しかねない。気候変動を含む「プラネット」の課題は、SDGsの13・14・15番目のゴールという環境関連の個別目標にとどまらず、全ての17の目標を支える礎だ。土台が揺らぐと、社会も、経済も成り立たなくなる。

2022年1月から2月にかけてマダガスカルを襲った度重なるサイクロンによる洪水被害の様子。気候危機は異常気象の頻度と深刻さに拍車をかけている。© UNICEF/Rindra Ramasomanana

 

2021年11月に英国・グラスゴーで開催された「気候変動枠組条約 第26回締約国会合(COP26)」で、国際社会は 「世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1.5℃に抑える」という新たな決意を表明した。2015年に採択された「パリ協定」では、目標は2℃に抑えることであり、1.5℃は努力目標だったのが、COP26を受けて1.5℃が事実上の目標になったと言えるだろう。そのためには世界のCO2排出量を2030年までにほぼ半分に減らし、2050年ごろに実質ゼロに、そしてメタンなどその他の温室効果ガスも大幅に削減させる必要がある。これまでと同じ程度の取り組みを、できる範囲でやっていればどうにかなる。 そのようなことは、もう言っていられないのだ。

COP26の閉幕を宣言するアロック・シャルマ議長とパトリシア・エスピノーサUNFCCC事務局長 © UNFCCC/Kiara Worth

 

気温上昇は、猛暑・豪雨・干ばつなどの異常気象、生物多様性の喪失、食料不足、健康被害、貧困、強制移住など、 私たちの暮らしに様々な影響をもたらしている。毎年のように大型台風や土砂崩れなどの自然災害に見舞われる日本も例外ではない。ドイツのNGO「ジャーマン・ウォッチ」が発表している「Global Climate Risk Index」によると、日本は2018年で世界1位、2019年で4位となっており、世界でも有数の気候による被害を受けやすい国だ。しかしながら、2021年11月時点での各国の温室効果ガス削減目標を足し合わせても、世界の排出量は減るどころか、2030年に14%近く増加する見通しだ。

IPCC1.5℃特別報告書の各シナリオ(青帯)とNDCの実施に伴う世界の排出量(赤帯)の比較 
出典:公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)第1回グローバル・ストックテイク(GST)技術的評価に向けた『各国目標(NDC)の効果と進捗に関する統合報告書』
(転載許可を得て掲載しています。© 2021 IGES)

 

世界の平均気温はすでに1.1℃上昇しており、今後の上昇幅を0.4℃に抑えるためには、個人も含め、あらゆる担い手が気候変動対策のためのアクションを実践して社会システムを大きく変革することが急務となっている。「気候変動に関する政府間パネルIPCC)」のプリヤダルシ・シュクラ第3作業部会共同議長は2022年4月の報告書発表にあたり、「私たちの生活様式と行動の変化を可能にするための正しい政策、インフラ、テクノロジーを導入することで、2050年までに温室効果ガス排出量を40-70%削減することができる。これは、未着手の大きな可能性をもたらすものだ。エビデンスによれば、こうした生活様式の変化によって、私たちの健康と福祉を増進することも可能だ」と述べている。私たちの暮らしと美しい地球を将来につないでいくためには、政策、インフラ、テクノロジーを通じて私たちの行動変容に結び付けられるかが、まさに大きなカギとなる。

IPCCのプリヤダルシ・シュクラ第3作業部会共同議長 © IPCC

 

温室効果ガスの国別排出量で世界第5位の日本でも、2020年秋に当時の菅義偉首相が2050年までの排出量実質ゼロという日本の削減目標を表明して以来、ゼロ・エミッションや脱炭素という言葉が浸透してきてはいる。2021年4月には、2030年までに2013年比で46パーセント削減、さらに50パーセントの高みを目指すとも表明している。しかし、自らのアクションが求められることとしての「自分事化」が十分に社会に浸透しているかというと、まだまだだろう。

2021年10月に閣議決定された「地球温暖化対策計画」について 環境省ホームページ https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/topics/20211028-topic-15.html より

 

日本政府が2021年秋に5年ぶりに改定した「地球温暖化対策計画」では、エネルギー由来の二酸化炭素排出量について、家庭部門で2013年度比66パーセント削減という目標を掲げている。家庭でのエネルギー源の選択や節電をはじめ個人レベルでできる気候アクションや、建築物の省エネ化など業界を挙げて推進すべき施策を推進していかなければならない。このような危機意識を幅広く共有するためには、今こそメディアの力を通じて日本で気候アクションを幅広く呼び掛けていくことが必要だ、と思ったのだ。もちろん個々のメディアでは気候変動に関する報道はすでにあるものの、SDGs推進に賛同してくださった、異なる視聴者・読者層を持つ様々なメディアが力を合わせて、キャンペーンとして量そして質ともに、気候変動について理解を深め、危機感を自分事化してもらい、対策としてのアクションを訴える報道が大切だろう。

個人でできる10の行動 | 国連広報センター

節電はもちろん、日々の食生活や移動手段、家庭のエネルギー源や買い物の選び方を変えるなど、個人レベルでも気候危機に立ち向かう方法があることを、社会に広く伝える必要がある。

 

ここは是非SDGメディアコンパクトの加盟メディアに連携してもらいたいとの「願望」を抱き、2022年初めから国連広報センターのチーム内および米国・ニューヨークの国連本部と議論を始めた。というのも、このように国レベルにおいてSDGメディア・コンパクト加盟メディアに対して共同キャンペーンを提案するのは、世界で初めてのことだったからだ。幸い国連本部からは、先駆的な試みを支援するとの返事をもらうことができた。

 

この日本発・世界初のプロジェクトをサポートしてくださったのが、2016年初めにSDGsのゴールとアイコンの日本語化で協力してくださった博報堂の方々だった。同社の「クリエイティブ・ボランティア」という、コピーライター、デザイナー、PRプラナー、ストラテジックプラナーが社会課題の解決に向けて貢献するという制度を通じての協力だ。博報堂チームの皆さんとともに練ったたたき台をSDGメディア・コンパクト加盟メディアの方々に「私たちと一緒にキャンペーンに加わっていただきたい」と説明し、コメント・要望・質問を受け付け、それに対応し、素案をキャッチボールしながら計画を練っていった。また、SDGメディア・コンパクト関係者に気候危機の現在地をより深く知っていただくための勉強会も始めた。

 

こうして紡ぎ上げられた「1.5℃の約束」キャンペーンは、第1次締切までに参加表明してくださった108社のSDGメディア・コンパクト加盟メディアの方々とともに6月17日、スタートを切ることができた。キャンペーンの船出に向けた決意表明とも言える共同ステートメントは、「私たちははじめます。世の中の価値観を、行動を、社会の仕組みを変える新しい取り組みを、連携しながら。メディアが持つ言葉・声・音・画像・映像・ネットワーク、使えるものを全部使って。メディアだからできることが、メディアがまだやっていないことが、きっとまだまだあるはずだから。」とメディアだからこその可能性に力を込めている。

気候危機対策への思いが詰まったキャンペーンがいよいよ始動。

キャンペーンの参加メディアは今後も受け付けていく。番組や編集コンテンツ、自社のウェブサイトやSNS、イベント等の発信の場を通じて、気候変動の現状を伝えるとともに、対策を拡大、加速するためのアクションなどを提案し、個人や組織に「1.5℃の約束」を自分事化してもらうことを目指す。さらに、メディア企業としての自社の気候アクションの取り組みも強化することが期待される。

 

キャンペーンは発表とともに始動したが、各国首脳や世界のリーダーたちがニューヨークに集結する第77回国連総会ハイレベルウィーク初日の2022年9月19日(月)から、エジプトのシャルム・エル・シェイク で開催される気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)の最終日(予定)である2022年11月18日(金)までの2か月間をキャンペーン強化期間として、情報発信をプッシュしていく。

 

このキャンペーンを機会に、幅広い多くの方々に、気候危機について理解を深め、変化につなげることのできる担い手として気候アクションを実践してもらいたい。そしてその声を、政策の転換につなげて欲しい。

COP26閉幕の様子。この会議を機に、平均気温の上昇を1.5℃に抑えるための新たなコミットメントが各国に求められている。© UN News/Laura Quiñones