国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(4) 根本かおる (前編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第4回と第5回は、根本かおる(国連広報センター所長)からの寄稿を二部構成でお送りします。今回は前編として、パンデミック下における国連の取り組みや日本のメディアの現状について考えます。

 

コミュニケーションを「ニュー・ノーマル」推進の中核に(前編)

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2013年に国連広報センター所長に就任。それ以前は、テレビ朝日を経て、1996年から2011年末まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)にて、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。WFP国連世界食糧計画広報官、国連UNHCR協会事務局長も歴任。2012年からはフリー・ジャーナリストとして活動。コロンビア大学大学院修了 ©︎ UNIC Tokyo

 

日本には29の国連機関・組織の事務所が拠点を置き、3月下旬から全面的に在宅勤務に移行し、仕事の仕方を変えて活動を続けています。打ち合わせもイベントへの登壇も、取材を受けるのも日々の情報発信もほぼ全てがオンラインで行われ、朝から晩までコンピューターとスマホの両方に釘付けの状況が続いてきました。 私が在籍する国連広報センターは、これら29の国連諸機関を広報分野において調整しつつ、国連システム全体の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応について、日本の方々に対して日本語で発信する司令塔のような役割を担っています。非常に速いスピードで進展する国連の危機対応をほぼリアルタイムで伝えるために、時差13時間のニューヨークとの深夜のビデオ会議がほぼ日課になっています。

世界中の国連のコミュニケーション担当者が、オンラインでCOVID-19 に対する広報面の対応を議論

 

前例のない危機には前例のない対応でともに乗り越えようと、日本の国連ファミリーの間でも、世界に拡がる国連の広報関係者のネットワークでも危機を受けて連帯感が強まっていると感じています。今回のCOVID-19危機では「活動を伝える」という伝統的な広報発信にとどまらず、「危機広報」が緊急対応の中核の一つとして据えられ、その重要度が非常に大きくなっているというのが大きな特徴です。これほどまでに広報の比重が高いグローバル危機は、私の国連でのキャリアの中でも初めてのことです。決まったことをプロセスの川下で伝えるというのではなく、対象とするオーディエンスは誰か、どのようなメッセージをどのような手法で伝えるかなどについて緊急対応の戦略作りの中で一緒に考えています。広報関係者の士気は高く、前例がない大海原を、同じように模索する仲間たちと経験と教訓、データと分析などを共有して、叱咤激励し合いながら小さな船を漕ぎ出しているような気持ちで日々膨大な情報に向き合っています。

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国連広報センターはCOVID-19専用ページを立ち上げて発信。国連とクリエイターの協働で作ったCOVID-19対応のためのロゴとメッセージ・スタンプも活用

 

30秒かけて入念に手洗いする、2メートル以上の距離を確保するなどの公衆衛生上のメッセージをどのように伝え、どうしたら生活習慣として定着させることができるだろうかと考えるのは前向きになれる仕事です。協力してくれそうな著名人に声を掛けたところ、瞬く間にダンスや歌、イラストや笑いも交えてSNSでバイラルに拡がっていきました。平時には考えられないようなパートナーシップも生まれています。例えば、サンリオのハローキティとベネッセのしまじろうが世界の子どもたちを励まそうと、社の垣根を越えてコラボし、「みんなといっしょたいそうビデオシリーズ」を立ち上げています。また、国連は初の試みとして世界のクリエイターたちにCOVID-19関連のメッセージをわかりやすく伝えるためのクリエイティブの提供を「オープンブリーフを通じて募集しました。これに応じて日本を含め140を超える国々から1万6000以上の作品が寄せられ、作者をクレジットすれば自由に使用できるよう公開されています。これらの手応えから、コロナ禍を受けて「こういう時だから連帯して協力したい」という気持ちが社会に溢れていることを実感しています。 

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United Nations COVID-19 Response Creative Content Hubは日本を含む世界中のクリエイターの作品を自由に使用できるよう提供 ©︎ Hikaru Igarashi

 

反対に目を覆いたくなるのが、不確かな情報の氾濫や扇動目的や悪意に基づく誤った情報の拡散、特定の国籍や人種、感染者とその家族、医療従事者らを差別・攻撃する極端な言説です。不確かな情報が蔓延すると正しい情報が伝わりにくくなり、人々の健康がリスクに晒されかねません。さらに差別と偏見そのものが人権上大きな問題であるのに加えて、公衆衛生の面でも、感染の可能性がある人が差別を恐れて受診しなくなってしまう危険性があります。不安や恐怖は熟考を妨げ、短絡的なものの考え方しかできなくしてしまい、感情的な差別・排除・攻撃につながりやすくなります。それは日本のSNS上の両極端に振れがちなコメントの応酬を見ても明らかでしょう。

 

国連では「COVID-19に関するヘイトスピーチ対策への国連ガイダンスノート」を作成し、政府やソーシャルメディア企業、メディア、市民社会などへの提言をまとめたところです。ナチスによるユダヤ人虐殺もルワンダの虐殺も、いずれもヘイトスピーチから始まっていることから早い段階で声を上げることが重要です。「感染は本人のせい」「感染は自業自得」と考える人の割合が日本では他国よりも突出して多いことが調査でも明らかになっていますが、こうした中、日本の政府・自治体、またインフルエンサーから差別と偏見を許さないという強いメッセージが発出されていることを心強く感じています。

 

SNSのプラットフォームを提供する企業も有害なデマの拡散を減らすよう注力し、Facebookは3月だけで4000万ものCOVID-19関連で問題のあるポストを削除しています。BBCの報道では、英医学誌の研究から、調査対象となったYouTube上のCOVID-19関連動画の4分の1は誤解を招く情報あるいは不正確な情報を含んでいたことが明らかになっています。UNESCOの発表では、SNS上のCOVID-19関連ポストのおよそ4割が信頼できないソースからのもので、4割以上がボットから自動的に送信されたと指摘しています。さらに不確かな情報の蔓延は人々を疑心暗鬼にさせ、メンタルヘルス上の問題を増大させてもいます。 

 

ここまでの規模とスピードで拡がるインフォデミックとの闘いは、マルチステークホルダーによるパートナーシップ型で立ち向かわなければ到底歯が立ちません。この状況を受けて、国連は国連システム全体をあげてプラットフォーマーやメディアと連携して、信頼できる情報に基づく発信に認証マークをつけて発信する「Verified(ベリファイド)」という取り組みを5月下旬に立ち上げました。 

 

日本から20ものメディアが参加している、国連とSDGs推進に熱心なメディアとの連携のプラットフォームの「SDGメディア・コンパクト」加盟メディアに協力を求めると同時に、一般の人々に対してもVerifiedからのメッセージを広める「情報ボランティア」として参加するよう募っています。”検証済み“を意味する「Verified」では確かな情報の発信にとどまらず、各国での課題解決型の取り組みに関するストーリーも取り上げていきます。ネット空間にウソ、恐怖、ヘイトではなく、事実、科学、連帯を溢れさせようと意気込んでいます。人々に希望と共感と自己肯定感をより強く持ってもらうきっかけにして欲しいと願っています。 

 

後編では、日本のメディアへの期待、日本における「信頼」の課題、そしてコミュニケーションの役割について考えてみたいと思います。

 

日本・東京にて

根本 かおる