国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第1回は、中満泉さん(国連事務次長 兼 軍縮担当上級担当)からの寄稿です。
ブログシリーズ「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」を始めるにあたって
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックの影響でニューヨーク(NY)の国連本部がリモート勤務、NYや私の住むニュージャージー州(NJ)でも基本的に外出禁止・自粛となり、すでに2カ月が過ぎました。普段のように出張に追われるわけではないものの、オンラインのツールや電話を使っての様々な会議・会合で仕事はかなり忙しく、携帯電話は鳴り止まず、朝から晩までコンピューターの画面に向かっていることもしばしばです。国連での私の現在の主管分野は軍縮・不拡散など安全保障に関わる分野ですが、この分野でも4月から5月に予定されていた5年に一度の核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議などの会議が延期になりました。今は、これまで積み重ねてきた準備とモメンタムを失わないよう、最大限の努力を続けています。
専門機関も含め世界各地の国連システム幹部をつなぎ会議。コロナの影響を全面的に分析、国連のなすべきことを議論。安全保障や保健医療、人道、マクロ経済、途上国の債務、物資流通、貧困層の家賃や公共料金支払い、女性への暴力や強権発動下での人権保障など社会の隅々まで影響。最大限の努力を確認。 pic.twitter.com/SLN4YSjLUU
— 中満泉 (@NakamitsuUN) April 1, 2020
我が家では、家族がそれぞれ、仕事やオンラインでの授業やアルバイトなど、変則的で不自由な中でもルーティンができており、この危機の中一緒にいられることを感謝しています。同時に、この未曾有の危機の中、ウイルスに感染して闘病している人、仕事を失って不安の中暮らしている人のことを思っては、「連帯(ソリダリティー)」という言葉の重みを噛みしめています。何より命を救うために毎日奮闘している医療従事者や、行政機関の現場など、様々な分野で社会を支える仕事を続ける方々に感謝しています。
NY州は5月6日の段階で、6日連続で毎日の死者数が300人を下回る状況になり、総入院者数も23日間連続で減少を続け、ようやく4日連続で1万人を下回るようになりました。クオモ州知事の会見ではどのように経済社会活動を再開していくかについてが焦点になりつつあります。知事の会見は、危機のピークでも詳細なデータを駆使して冷静になすべきことを提示し、「我々に出来ないことなどない」「ニューヨーカーを信頼している」、と自信を持って語りかけるもので、聞き終わると、大丈夫、乗り越えられる、と安心感を得ることができました。知事はその後も、入院者数、感染率、死者数、病院のキャパシティ、抗体検査率、ウイルス検査率などに注目しつつ、感情や政治ではなく、事実とデータに基づいて再開する、と連日詳細な会見を続けています。
日本でも緊急事態宣言が延長になりました。医療現場は厳しい状況にあり、経済活動も制限され、最も弱い立場にある人たち、そして自営業やフリーランスの方々の生活への不安は言葉にならないほど深刻になっていらっしゃるだろうと思いを馳せています。長く海外に暮らす私は、日々、日本のニュースをフォローしていますが、母国のために何もできないことに大きなもどかしさを感じています。
SNSやメディアの報道から、私が今もっとも心配しているのは、この危機の中、感染した人やヒーロー・ヒロインともいうべき医療従事者への差別や嫌がらせがなどで、社会の分断が垣間見え、皆の心が一つにまとまっていないように思えること。特にSNSでは、この危機をどう乗り越えるべきかについて異なる考え方の議論がエスカレートし、冷静さや礼節を欠いた個人攻撃もしばしば見受けられることです。
私は長い国連の仕事の中で、危機の現場や本部で危機対応に携わってきました。難しい人質事件の対応をしたこともあります。これらの経験で学んだことは、危機を乗り越えるには、何よりも冷静であること、目的をしっかり共有すること、その実現のために政治的立場を超え前例主義や官僚主義を排して、最適な方法と道筋を探すことが重要だということです。これを可能にするために必要なのは分断や非難の応酬ではなく、冷静な議論です。建設的な批判や議論は重要ですが、自分の立場や自分が属する組織を利するものであってはなりません。「危機」に対応するわけですから、通常では不可能と思われることを可能にしなければならず、大胆で早急な策が必要です。どの国もそれぞれの状況に合う対応を図り、各国でのこれまでの経験や教訓、未知のウイルスに関する研究データなどを参考に戦略を作っていくのは自然なことだと思います。
昨年亡くなった緒方貞子さんは、私の仕事上の恩師でしたが、「一人でも多くの命を救うためになすべきことを考え、党派を超え官僚主義を排し、それをどうやって実現するかを全力で模索せよ」という彼女の言葉を今、思い返しています。
COVID-19パンデミックによって、これまでの私たちの社会の不平等や格差、脆弱性がなお一層明らかになっています。このパンデミックは、医療・保健衛生上の危機というだけでなく、政治、経済、社会、文化、国際関係などありとあらゆる分野に深遠な影響を及ぼしています。第2次世界大戦以来最悪とされるこの世界的な危機を乗り越えたあとは、私たちの住む世界は以前の「普通」に戻るのではなく、おそらく様々な意味で根本的に異なるものになるのでしょう。つまり、どのような世界にしたいのかを、私たちは今からしっかりと考える必要があるということです。国連では、事務総長の指揮のもと、その途上で国連が果たすべき役割とは何かを幹部会で議論し始めています。先日、そんな議論の場に参加してくれた歴史学者・哲学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏の言葉が強く印象に残っています。「コロナ後の世界がどのようなものになるのかは誰にもわからない。わかっているのは、世界のあり方が、私たちの現在と向こう数カ月の行動にかかっている、ということだ。私たちは歴史上の分岐点にいるのだろう」
月曜日からNYの国連本部は半旗。この類稀なる素晴らしい街、ホストコミュニティーが「PAUSE(一時停止)」でいる間、連帯を示すために半旗に。国連のテレワークでも5月末までつづくことになりました。でも、大丈夫、絶対この危機は乗り越えられる、より良い世界に復興できるって毎日思っています。 https://t.co/dqeVRtS6qP
— 中満泉 (@NakamitsuUN) April 18, 2020
国連で軍縮の仕事を続けながら、同時に日本人として自分に何ができるか、何をすべきかを考えています。そのなかで、様々な分野で経験を積んだ人たちが個人の資格で、日本が一人でも多くの命を救えるような形でこの危機を乗り越えるにはどうするべきか、何に留意すべきなのか、復興の際に以前からあった様々な問題点や課題に対応しながら一層強靭な社会を作るにはどうすればいいのか、ということについてそれぞれの考えをシェアする場をつくるべきではないかと考えました。
一人ひとりの力は限られていることから、大掛かりなプロジェクトを立ち上げることはできませんが、東京の国連広報センターの理解と協力を得て、既存のブログサイト内に特別のシリーズを設けてもらえることになりました。
国連広報センターのブログサイトは、国連の公式な広報活動から一線を画し、国連の枠を超えて広く国際協力に携わる各方面の方々の寄稿などを活発に掲載しており、今回のブログシリーズにまさにふさわしいプラットフォームです。
ブログ寄稿のルールはシンプルです。日本の危機対応とより良い復興に貢献するという目的を共有すること。所属組織のもつ情報や専門的なデータの利用は可とするが、その組織の立場を代弁するのではなく、個人の資格で語ること。特定の組織や政治的立場に与したり、また自己の私益をはかったりするものではないこと。特定の組織や国、個人を攻撃するものではないこと。批判や反対意見を述べる際には、共通の目的に貢献するために、建設的な批判であること。多くの人々に理解してもらい、日本国内での議論・意見交換に役立つように、日本語で平易な言葉で語ること。
私の立場に当てはめると、国連事務次長として意見を述べるのではなく、これまでの経験といくばくかの知見に基づき、私個人の責任で発言します。国連が様々な分野で多くの専門家の知見・データを駆使して発表している政策提言などを引用することはもちろんありますが、国連の立場を促進することが目的ではありません。危機対応と復興に国際協力がなぜ必要不可欠であるかをわかりやすく主張しますが、国連をサポートしてほしい、という主張はしません。この危機にもっと効果的に対応できるように、国連がどうあるべきかという建設的な意見・批判は、私はむしろ謙虚に耳を傾け、各国政府・人々からの期待に最大限応えられる国連にしていくのが務めだと思っています。
様々多様な分野でご活躍の方々に声をおかけしたところ、すでに数人の方にご快諾いただき、それぞれの専門的知見からのお考えを執筆していただけることになっています。私自身も仕事の合間にいくつかのテーマについて、考えていることを文章にしてみようと思っています。
こうして、このブログシリーズを通じて、危機対応と危機からのより良い復興について、皆さんとご一緒に考えていければと思っています。寄稿者はそれぞれに通常の仕事の合間の執筆となることもあり、ブログの更新は不定期となることはあらかじめご了承ください。
寄稿の一つひとつが日本の皆さんへの励ましとなるよう願っています。
私の愛する母国日本が、一日も早くこの危機を乗り越えられますように。
そして何より、どうか皆さまも心身ともに健康でおられますように。
2020年5月7日
米国ニュージャージーの自宅にて
中満 泉
今日はNYも五月晴れ。大事にしてるテラスに這わせた藤が咲き始めました。毎年恒例の、小さな鯉のぼり。この危機を乗り越えて、世界の日本の子供たちの未来を守りたい。 pic.twitter.com/YSqk5ZQGW2
— 中満泉 (@NakamitsuUN) May 2, 2020