国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第6回は、有馬利男さん(一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)代表理事)からの寄稿です。
「コロナ対応型」のビジネスのあり方とは
突然降って湧いた新型コロナの災厄、世界は鎖国状態になり、社会は巣籠もりと、生活もビジネスも大きなダメージを受けている。グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)もイベントはすべて延期、会議や打合せはオンラインに切り替えた。しかし、やってみると大きな問題はないし、かえって会話が身近に感じられ、お互いの意見もわかり易い。更に効用がある。事務所で会議する場合、終わると次の場所へ急ぐ。しかし、オンラインの場合は自宅からの参加が多く、その必要がない。新型コロナの話題もあり、会議終了後も会話の続くことが多い。
今回、折角声をかけて頂いたので、このようなオンライン会議での対話を通じて、新型コロナに関して私が抱いた個人的な感想を述べてみたい。
国連グローバル・コンパクト(UNGC)
先ずは、国連グローバル・コンパクト(UNGC)をご存知ない方のために、UNGCの簡単な説明をさせて頂こうと思う。UNGCの発端は1999年のダボス会議でのコフィ・アナン国連事務総長(当時)のスピーチ。1990年代、ベルリンの壁の崩壊で冷戦が終了し、グローバル化が急激に進むと、企業による人権や環境破壊などの問題が世界に広まった。アナン氏は、ダボス会議に集まった世界のビジネスリーダーを前に「企業が問題の原因を作っている。解決には企業が力を発揮すべきだ」と指摘し、国連と民間企業が手を結んで「人間の顔をしたグローバル市場」を一緒に創ろう、と提案した。
その翌年2000年7月にUNGCが発足し、同年9月、ミレニアム開発目標(MDGs)が承認された。UNGCは「人権」「労働」「環境」「腐敗防止」の4領域で10の原則を掲げ、賛同する企業や組織が加盟する。UNGCにとって、MDGsは10原則を通じて達成すべきゴールであるが、いまは持続可能な開発目標(SDGs)に受け継がれている。UNGCは「世界最大のCSR推進組織」と言われるが、現在14,000を超える企業や組織が加盟している。70数カ国にローカル・ネットワークがあり、ビジネス社会を動かしてSDGsを推進する実働部隊になっている。日本のGCNJはその一つであるが、2003年に編成され、現在約370の加盟企業や組織が活発に活動している。
これからのコロナ後の時代
コロナ後の時代は、コロナから身を守り、コロナと共生する生活に転換しなければならない。世界中の人々の生活やビジネスの様式が変わり、グローバルな交流や取引が「コロナ対応型」に変わる。これは一体どう言うことなのだろうか。「人間の顔をしたグローバル市場」を標榜するGCNJからみて、これからの企業経営に影響を与える2つの重要な視点がありそうだ。
①「グローバル市場は今後も健全に発展できるのか?」そして、
②「テレワークは日本企業の競争力と生産性を増強するのか?」である。
以下に「ネガティブとポジティブ」の主な考え方と、私の意見を述べてみたい。
①「グローバル市場は今後も健全に発展できるのか?」
ネガティブな見方としては、新型コロナが急速に世界に広まったのはグローバル化のせいであるから、人の交流はなるべく抑えて、インバウンド観光客などは制限してゆく。マスクの輸入が途絶えたのは過度な中国シフトのせいである。工場やサプライチェーンの自国回帰、そして可能な限り「自国優先」や「ブロック経済」へと向かうべきだ。企業経営の面では、事業停止のダメージからの回復に時間がかかるので、CSRやSDGsに関わっている余裕はなく、今後は収益優先の経営に向かう、とする考え方。
ポジティブな見方は、グローバルかつ迅速な情報開示や説明責任の不足が問題を大きくした。コロナウイルスを前に人類は皆同じ、一つの「種」に過ぎない。また、“先進国で収束しても、途上国で終わらなければ第2波、第3波がやって来る”と、「誰一人取り残さない」ことの重要性も認識した。命を守るためにビジネスを停止したが、その結果、収入が途絶え、自ら命を絶つリスクが生まれる。人類社会が持続するためには「命も経済も」統合的に守らなければならない。このような経験から、世界の一体感と協調意識が共有されたとする考え方。
私の見方と意見
これからは、コロナウイルスと闘いつつ共存する、人類存続のための長期戦になる。グローバル市場は既に不可分に組み上がっており、いまさら元には戻せない。しかし、これまでの無防備・無制限な「グローバリゼーション」から「コロナ抵抗力を備え、持続的に発展するグローバル社会と市場」を整備しなければならない。今こそ世界が、アナン氏の言う「人間の顔をしたグローバル市場」の実現に取り組まなければならないと言えるのではないだろうか。また、そこで日本は重要な役割を果たせると私は思う。それは「自然と共生する生活様式」や「三方よし」「人を大切にする経営」など日本で古くから共有されて来た価値観が生きるのではないかということと、もうひとつ重要なことは、SDGsを積極的に活かすことである。そのためには、コロナ後の時代の「新しい生活様式」と「人間の顔を持つグローバル市場」に相応しい、真に持続的な日本社会の構築に向けた、日本としてのSDGsの目標設定とPDCAサイクルの設計をしなければならないと考える。
②「テレワークは日本企業の競争力と生産性を増強するのか?」
ネガティブな見方としては、日本の住宅は狭く部屋数も少ない。防音も弱い。長期となると家族の生活が耐えられない。IT設備のコストもかかる。上司と部下の相互理解と部下育成の機会が減る。仕事のプロセスも見えない。機密保持の問題もある。日本生産性本部の調査では66%が効率は下がったと答えている。やはりリアルなオフィスに戻すべきである、との考え方。
ポジティブな見方は、テレワークを必要に迫られてやってみたら充分に機能した。オンライン会議はむしろ距離感が縮まる。各種の調査では6割以上がテレワークを続けたいと答えている。今後のオフィスは「社会的距離確保」のため、より広いスペースが必要となり不経済になる。また、満員電車での通勤は不快かつ感染リスクが高く、従業員には不人気である。今後、実務上の問題点を解消しながらテレワークを継続発展させたいとの考え方。
私の見方と意見
テレワークの効果は大きい。エネルギー消費やCO2排出(E:環境)そして、QOL、ダイバーシティ、ワーク・ライフ・バランス、健康維持(S:社会)、ビジネス効率とスピード(G:企業統治)など、いま広がっているESGに対応し、SDGsの多くの課題につながる。企業はテレワークを「はたらき方の主流」に据えるべきである。特に「自律的なはたらき方」はカギで、日本型の「終身雇用、年功序列、個別指示型」から「職務規定とKPIに基づく自律・成果型」への転換が重要で、併せてマネジメント・プロセスの変革も必要。この自律的な働き方から、全体の見えるリーダーや自律性と専門能力の高い人材が育成される。
日本のオフィスワークは、「そろばん、鉛筆、カーボンシート」の第一世代から「電卓、ワープロ、複写機」の第二世代に、更には「PCとインターネット」の第三世代へと「道具の進化」によって生産性と仕事の質を上げてきた。しかし「はたらき方」の面では、第一世代の「終身雇用、年功序列、個別指示」そのままである。日本の労働生産性がOECD36カ国中21位、先進7カ国の最下位に低迷する所以であろう。いま日本はテレワーク化という「はたらき方の進化」の絶好のチャンスを前にしている。この「進化」をミスすると取り返しのつかないことになる。逆に、先行すれば少子高齢化と労働力不足に悩む日本にとって、正に「ゲームチェンジャー」になると私は考える。
CSRの視点で言えば、企業は収益で株主に報いるだけでなく、ビジネスに直接・間接に関わってくるステークホルダーの期待や要求に応えなければならない。しかし新型コロナが提起した問題は、日常の企業活動とは無関係の社会課題(コロナ)であっても、経済システムを根底から崩してしまうと言うことである。BCP(事業継続計画)とDRR(防災・減災)の視点の重要性があらためて認識されたが、このような新しいレンズでSDGsをみると、企業の日常とは離れたSDGsの課題が、人類社会の一員である企業にとっては放置できない問題としてみえてくるのではないかとも思う。
日本・東京より
有馬 利男