2023年を振り返って、根本かおる国連広報センター所長の寄稿をお届けします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
年の瀬を迎え2023年を振り返るとき、10月7日の世界を震撼させたイスラム組織ハマスなどによるイスラエルへのテロ奇襲攻撃と大勢の人質の拉致、そしてそれに対するイスラエルによるガザへの攻撃と民間人が置かれている阿鼻叫喚に飲み込まれてしまっている自分がいます。アントニオ・グテーレス国連事務総長の12月22日の今年の締め括りにあたる記者会見もガザ一色の内容になり、今の国連の状況を反映するものとなりました。
🎬 Watch live as the Secretary-General @antonioguterres makes some remarks and takes a few questions from journalists. https://t.co/Z1rWsOEHg3
— UN Web TV (@UNWebTV) 2023年12月22日
グテーレス事務総長は会見で、「世界中の紛争地域や災害現場で奉仕した人道支援のプロたちから、今日のガザで見られる光景ほどのものは見たことがないと聞く」と述べた。
ガザ危機が勃発する直前の 10 月初め、フィリップ・ ラザリーニ国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA) 事務局長がガザの中学生3人とともに訪日し、シンポジウムやミーティングでご一緒する機会があっただけに、国連広報センターの職員も私も10月7日を境に起きている出来事から大きなショックを受けています。
折しも今年は日本政府が UNRWA への支援を開始してから70年の節目にあたり、多くの日本の関係者に会い、日本からのこれまでの寛大な支援に対して感謝を伝えるための訪日でした。
同時に、パレスチナともイスラエルとも良好な関係を築いてきた日本において、記者会見やメディア・インタビューを通じて「平和からこれほど遠のいたことはない。パレスチナ難民の多くが国際社会から見捨てられて、絶望感が広がっている。このままでは危機が再燃する」と警告のシグナルを発し、難民への支援を続けパレスチナ問題の解決に正面から取り組むよう、強く訴えていました。その矢先に、この紛争が起きたのです。
愛する家族を人質に取られたイスラエルの人々のいたたまれない表情、そしてガザの圧倒的な破壊と人々の絶望とを映し出す映像が、報道とSNSを通じてひっきりなしに流れてきます。私自身コソボやブルンジ、ネパールなどで紛争の現場を見てきましたが、人口密集地ガザでの破壊のレベルは想像を超えるものです。グテーレス事務総長は11月6日の記者会見で「ガザでの悪夢はもはや人道危機(humanitarian crisis)ではなく、人類の危機(crisis of humanity)だ」と評しています。
ヴォルカー・ターク国連人権高等弁務官は、ハマスが残虐行為を行い人質を取ったことを戦争犯罪だと指摘するとともに、イスラエ ルがパレスチナの一般市民に対して「集団的な処罰」を行い、学校 や病院を攻撃し、北部から南部へ強制的に避難させていることに ついて、区別・均衡・予防措置を含む国際人道法のルールを厳守していなければ戦争犯罪に当たる可能性があると非難しています。これほどまでに「国際人道法」が多くの関係者から言及されることは近年なかったことだと思います。
兵糧攻め、あるいは食料がガザに運び込まれても激しい戦闘で食料に安全に提供できない・アクセスできない状況が続き、国連世界食糧計画(WFP)はガザの全人口が深刻な飢餓に、4人に一人が最も深刻なフェーズである壊滅的飢餓に直面していると警告を鳴らしています。人々が食料配布用のトラックの荷台に乗り食料を奪うということも起きてしまっていますが、援助関係者が驚いたのは、人々が逃げずにその場で食料を食べ始めるというこれまでに見たこともない光景が繰り広げられたこと。人々がいかに食料難の極限状態に追い込まれているかを表しています。
最悪の数字
この原稿を書いている12月25日の時点で、ガザ保健当局の発表で、ガザ地区の人口のおよそ1パーセントにあたる2万人超が殺害されています。最前線で支援にあたる人道支援要員も例外ではなく、UNRWAの職員が確認されているだけでも142名も殺されました。一つの危機で亡くなった国連職員の数としては最多という悲しい記録です。亡くなった同僚たちは、絶え間ない砲撃と飛び地の完全包囲のさなか、ガザ地区の 220 万人の命をつなぐ支援活動を行っていました。彼らは学校の校長、教師、産婦人科医を含む医療従事者、エンジニア、サポートスタッ フ、心理学者でした。それぞれが信念とやりがいを持ちながらパ レスチナ難民のための活動にあたっていたのです。
私も過去に紛争と隣り合わせの国の最前線で国連の人道支援活動にあたった経験がありますが、一人でも職員が殺害されると、残された者は悲しみに打ちひしがれ、「明日は我が身」とおののくと同時に、「なぜ自分でなく、あの同僚だったのか」という自問自答にがんじがらめになることがありました。家族や親戚はもとより142人もの仕事仲間を失い、UNRWAの職員は激しい砲撃のもとでギリギリの救援活動を行う一方で、同僚の死に向き合わなければならず、その苦しみいかばかりかと慮らずにはいられません。UNRWAで保健局長を務める清田明宏さんは「現地出身のUNRWAの職員は何度も戦闘を経験している。ガザでも空爆や銃弾を避けながら、対応に追われた時がある。だが今回の戦闘は規模が全く違う。戦禍は甚大で、終わりが見えない。戦後復興の枠組みも分からない。初めての事態だ」と深く憂慮しています。
日本に事務所拠点のないUNRWAに代わり、国連広報センターは微力ながら、ガザの人々の命をつなぐ支援活動を行う現場の声を日本の方々に届ける努力を重ねてきました。11月29日の「パレスチナ人民連帯国際デー」には、市民社会が企画したガザのドキュメンタリー映画の特別上映会にてグテーレス事務総長のこの記念日に寄せるメッセージとともに清田明宏UNRWA保健局長のメッセージも紹介させていただきました。
「今日、パレスチナ人民連帯国際デーの11月29日は、10月7日に始まったガザの戦闘の53日目になります。この53日でガザは全く変わってしまいました。多くの子供たちが命を落とし、生き延びた子供たちも家を失いました。本来なら夢を育てる国連の学校がすべて避難所になり、勉強の機会が奪われました。人道支援物資は未だに圧倒的に不足、子供たちの食糧状況は悪化、飲料水も足りず、寒い冬の到来もあり、子供の下痢は昨年と比べて40倍増えました。子供たちの命や夢が奪われています。
子供たちに罪はありません。パレスチナ人民連帯国際デーの今日、ガザの子供たちのために、ぜひ強い思いを広げてください。全く変わり果てたガザの街の中で、避難所の中で、絶望に押しつぶされているかもしれないガザの子供たちに、一人ではないんだ、決して置き去りにはしないんだ、という声を届けてください。UNRWAもガザの子供たちを守るために非常に厳しい中、必死で仕事をしています。ガザの子供たちの命を繋ぐために、ぜひ皆様のご協力をお願いします」
国連の「様々な顔」を意識して欲しい
UNRWAをはじめ国連世界食糧計画(WFP)、国連児童基金(UNICEF)、国連人道問題調整事務所(OCHA)、世界保健機関(WHO)などの国連の人道支援機関は様々な制約の中でガザで活動し、人々の命をかろうじてつなぐライフラインの役割を担っています。国連には様々な顔があり、人道部門が紛争下で果たしているライフライン的な役割も国連の顔の一つであるとともに、ニューヨークの国連本部を舞台に繰り広げられる国連外交も国連の異なる顔です。国連外交の主役は加盟国政府であって、国連という場を生かすも殺すも加盟国次第なのです。例えば安全保障理事会において、事務総長はブリーフィングを行うことはできるものの、決定は理事国の専権事項です。
ガザ危機において国連が機能不全に陥っているとの批判がしばしば寄せられますが、これはあくまでも、平和と安全を維持することに主要な責任を負う国連の主要機関である安全保障理事会が機能不全に陥っているのであって、国連全般が機能不全と評するのは不正確でしょう。ガザの人々への救援活動を提供している国連の人道支援部門はフル回転しているのは、前述の通りです。
安保理でのガザ危機の協議は、これまでにアメリカが決議案に対して2回拒否権を行使するなど、度々暗礁に乗り上げてきました。12月6日にはグテーレス事務総長が「事務総長は、国際の平和及び安全の維持を脅威すると認める事項について、安全保障理事会の注意を促すことができる」とする国連憲章99条を彼の任期で初めて適用し、まさに決死の覚悟でガザ地区での人道停戦を安保理に対して求めました。しかし、これを受けて提出された決議案も12月8日、アメリカの拒否権行使を受けて否決され、成果を上げられませんでした。
新たな決議案はぎりぎりの文言調整のために4日連続で投票が延期され、12月22日にようやく可決されました。紆余曲折を経て何とか採択にこぎつけた安保理として2つ目の決議は、あくまでもガザ地区への人道支援の拡大が内容の中心であって、敵対行為の停止については「敵対行為の停止に向けた条件をつくるよう求める」と言及するにとどまっています。
安保理が2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以降、大規模な紛争を前に十分にその機能を果たせていないのに対して、活発になっているのが国連総会の動きです。「緊急特別会合」を開催し、10月27日には人道目的での休戦などを求める決議を121か国の賛成で採択、そして12月12日には即時の人道的停戦を求める決議を前回採択時よりも賛成票を大幅に増やして153カ国の賛成で採択しています。日本も、最初の決議案には投票を棄権しましたが、2つ目の決議案には賛成票を投じました。決議に法的拘束力はありませんが、国際社会の総意として、侵攻を続けるイスラエルに停戦を強く訴える形になっています。平和と安全保障について、国連総会により大きな権限を与えていくべきだとの声が非常に高まっています。
【速報】#国連総会 はガザ情勢に関する #緊急特別会合 を開き、人道目的の即時停戦を求める決議案を採択
— Kaoru Nemoto (@KaoruNemoto) 2023年12月12日
賛成 日本を含む153
反対 10
棄権 23
決議案はエジプトが提出
人道目的の即時停戦のほか、すべての人質の解放や人道支援の確保などを求める内容https://t.co/cOsDkZTJxh https://t.co/dx7givrNTd
さらに、総会では安保理で拒否権が行使された場合に総会を開いて理由の説明を求めるという、リヒテンシュタインが主導した決議が2022年4月に採択されています。拒否権行使を思い留まらせるまでの効果はなくとも、常任理事国に対して道義的な責任を求められるまでにはなっています。これも加盟国政府の知恵と経験に基づくものです。
2024年を照らす希望を
愛する家族を人質に取られた人々やガザの子どもたちを取り巻く状況が改善する兆しがないまま、2023年が暮れようとしています。
グテーレス事務総長は国連職員にあてた一年を締めくくるメッセージで、「来年は間違いなく挑戦的な年になるだろう」と語ると同時に、「どこに行っても、共通の利益のために協力する人々から湧き出てくる希望に、人々が深い飢えを抱いていると感じる。協力は人類最大の希望であり、それは国連で働くスタッフが日々実現しているビジョンだ」として、私たち職員が希望を持ち続け、平和・持続可能な開発・人権のために世界を結集して自分の役割を果たし続けることに期待を託しています。
2024年9月には、国連中心の多国間システムの刷新と多国間主義への信頼回復という非常に野心的なアジェンダを俎上に載せた「未来サミット」が開催されます。未来サミットに向けて、どのように「希望の灯」を示していけるかは国連にとって大きな課題です。国連広報センターとしては国連の高官の訪日などの機会を活かして発信していく計画です。
さらに、「1.5℃の約束」キャンペーン3年目 を2024年1月1日から125のメディア・団体と発進する上で、「地球沸騰化」時代への危機感をより強く持ち、気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)で示された「化石燃料からの脱却」を推進するアクションを積極的に提案していきたいと考えています。
さらに、今回ご案内した国連の多様な顔を日本の方々に一層理解していただき、国連の場で議論されるグローバル課題をより自分事化していただけるよう、日本における広報アウトリーチに誠心誠意努めてまいります。
どうぞ良いお年をお迎えください。