国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

リレーエッセイ「人権とわたし」(6)小保方智也さん:国連特別報告者(現代的形態の奴隷制担当)の活動から

 

 今年は「世界人権宣言」が採択されてから75周年の節目です。国連創設の3年後に現代人権法の礎となる文書が生まれた背景には、第二次世界大戦中で特定の人種の迫害や大量虐殺などを許してしまった経験から、人権問題が国際社会全体にかかわる問題であり、人権の保障が世界平和の基礎であるという考え方が主流になったことがあります。30条からなる人権宣言は、すべての国のすべての人が享受すべき基本的な市民的、文化的、経済的、政治的および社会的権利を包括的に規定するものです。

 採択から75年経った今、国連人権条約機関の委員や国連の人権特別報告者を務める専門家の方々に「人権とわたし」をテーマに、国連での活動や所管する人権分野の動向などについて、シリーズで寄稿していただきます。シリーズ最終回となる第6 回は、国連特別報告者(現代的形態の奴隷制担当)務める小保方智也さんです。

2022年より英国ヨーク大学国際人権法教授。専門分野は現代的形態の奴隷制と国際組織犯罪。2000 年に法務補佐として国連難民高等弁務官(UNHCR)駐日事務所で難民保護に従事。これまでに英国のキール大学、クィーンズ大学ベルファストや、ダンディー大学でも教鞭を執る。2020 年5 月から国連人権理事会の任命にもとづき「現代的形態の奴隷制担当の国連特別報告者(UN Special Rapporteur on Contemporary Forms of Slavery )」を務める。 

 

国際人権法との出会い

 今年は世界人権宣言採択の75周年ということで、改めて人権の大切さを考える良い節目の年です。宣言が採択された1948年と2023年を比べると、人権に対する認識や国際社会の取り組みも少しづつですが発展してきたと思います。特に昨今ではウクライナパレスチナでの紛争などの人道危機に対処するはずの国連安全保障理事会もうまく機能しない傾向が続き、国連人権理事会の重要度が上がってきたと思います。

「世界人権宣言」初期の文書。法的・文化的背景を異にする代表が集まって起草が行われた UN Photo/Greg Kinch

 私が人権に初めて興味を持ったのは大学生4年生の時。国際人権法のコースを受講した時に非常に感銘を受け、もう少し深く勉強をしたいと思いました。そのコースを担当されていた当時の教授が英国のエセックス大学で学ぶ事を勧めて下さり、渡英することを決意しました。エセックス大学の人権修士プログラムは充実したもので、国際人権法の他に人権政治や哲学コースもあり、幅広い観点から人権を学ぶ事が出来ました。国際人権機関でエキスパートとして活躍されていた教授陣が直接教えて下さったのも一つの魅力でした。

 その翌年はイギリス南部ブライトンにあるサセックス大学に移動し、国際刑事法の修士プログラムに参加しました。当時は旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷ICTY)やルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)も活動している最中で、国際刑事裁判所ローマ規定が採択された年でもあったので、とても良い時期に国際刑事法を学べたと思います。

ルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)の設置を決める安全保障理事会決議955の採択の様子(1994年)UN Photo/Milton Grant

国際人権法・刑事法を守り活かしていく道へ

 元々は博士号もイギリスで取得する予定でしたが、少しでも実務経験を積むために1年間日本に帰国する事にしました。サセックス大学のプログラムが修了する頃、当時まだ乃木坂近辺にあったUNHCRにインターンシップがあるかどうかメールを送り、数日後インターン歓迎という返信があったので、帰国したらすぐUNHCRで働くことになりました。職務内容は主にリサーチでしたが、始めて数か月後当時法務補佐を務めていた方が産休に入ったので、期間限定で法務補佐の職を継ぐことになりました。難民保護や政府、市民社会とのやり取りなど、非常に忙しかったですが、毎日勉強になる日々過ごす事が出来ました。

 UNHCRでの任期が無事終了し、ノッティンガム大学で博士号を取得するため2000年の9月渡英しました。テーマは国際人権法の人身売買に対する役割で、各国に課せられた法的義務などの研究をしました。博士課程が修了するとスコットランド北アイルランドイングランドで国際人権法や英国刑法などを20年近く教えてきました。その傍らで人身売買や現代的形態の奴隷制の研究を重ね英国議会、EUIOM(国際移住機関)UNODC(国連薬物犯罪事務所)などで独立専門家としてアドバイスなどをしてきました。

 そして2020年、新型コロナウイルスの真っただ中、国連人権理事会から「現代的形態の奴隷制担当の特別報告者」に任命され、今年で2期目に入りました。私たち人権理事会のエキスパートは一般的に「特別手続きの任務保持者」と呼ばれており、一個人がなるテーマ別と国別の「特別報告者」の他に5人から構成される「作業部会」もあります。日本の方々がご存じなのは、おそらく今年公式訪問した「ビジネスと人権の作業部会」ではないでしょうか「国連」というタイトルはついていますが、独立性を保つため実は私たちは無報酬、無給でこの職務にあたっており、正式な国連の職員ではありません。

 任務保持者のポストは定期的に人権理事会より公募されており、私の場合2019年の11月に応募しました。最初の書類審査は各国大使などから構成される諮問グループ(Consultative Group)で行われ、ショートリストに残った候補者は後日電話で面接を受けます。その後推薦リストが諮問グループから人権理事会の議長に提出されます。議長は色々なステークホルダーと意見交換の後最終候補者を決め、そして人権理事会から正式に任命されます。

2023年ニューヨーク国連本部で報告書をプレゼンテーション 

国連特別報告者の仕事とは

 主な仕事はまず事実調査で、毎年テーマ別の報告書を作成し、人権理事会と国連総会に提出します。報告書の中では実務的な勧告を各国政府や他の関係者に対し行っております。招待された国を公式訪問し各国の現代的形態の奴隷制への取り組みなどを調査します。その際は政府関係者のみならず、市民社会労働組合、学者、労働者、そして被害者とも直接お会いし聞き取り調査します。人権侵害の疑惑がステークホルダーから通報されると国や企業に通知書を送り、事実確認や現状完全を勧告する「コミュニケーション」というシステムも活用します。

 私自身が就任してから今まで訪問した国はスリランカモーリタニアコスタリカ、カナダとコートジボワールです。私の任期が終わる前に、出来れば日本にも公式訪問出来ればと思います。

カナダで労働者の権利の向上と保護に貢献するグループCanadian Labourへの聞き取り調査にて(後列左から3人目が筆者)

 

 世界人権宣言の第4条は奴隷制度や奴隷売買を禁止しています。宣言自体は法的効力がありませんが、後に「市民的及び政治的権利に関する国際規約」やヨーロッパ、アメリカ、そしてアフリカに存在する地域別の人権法に反映されており、そして奴隷制の禁止は慣習国際法の一部であるとも認められております。しかし残念ながら強制・児童労働、性奴隷、強制・児童婚などの現代的形態の奴隷制は上昇傾向にあり、各政府や企業の取り組みが不十分なのは明らかです。刑法や労働法などの法整備を強化するのは勿論のことですが、その他に被害者の救済と保護、そして現代的形態の奴隷制を生み出す原因(例えば、貧困、不平等、差別など)もきちんと解消していかなければなりません。

詩人の谷川俊太郎さんとアムネスティ・インターナショナル日本がわかりやすい日本語に訳したバージョンの世界人権宣言より第4条

 国際社会も今後より強力なリーダーシップを発揮しなければ、SDG8/ターゲット8.7(児童労働を含めた現代的形態の奴隷制を2030年までに撲滅する)の達成もできなくなると懸念しております。私としても色々なステークホルダーが一体となってこのターゲットが達成出来るよう、対話や勧告などを通じて日々努力を重ねて参ります。

国連人権理事会で現代形態の奴隷制に関して報告する筆者