国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

リレーエッセイ「人権とわたし」(1)秋月弘子さん:幸運な国の不運な女性?

 

今年は「世界人権宣言」が採択されてから75周年の節目です。国連創設の3年後に現代人権法の礎となる文書が生まれた背景には、第二次世界大戦中で特定の人種の迫害や大量虐殺などを許してしまった経験から、人権問題が国際社会全体にかかわる問題であり、人権の保障が世界平和の基礎であるという考え方が主流になったことがあります。30条からなる人権宣言は、すべての国のすべての人が享受すべき基本的な市民的、文化的、経済的、政治的および社会的権利を包括的に規定するものです。

採択から75年経った今、国連人権条約機関の委員や国連の人権特別報告者を務める専門家の方々に「人権とわたし」をテーマに、国連での活動や所管する人権分野の動向などについて、シリーズで寄稿していただきます。シリーズ第1回は女子差別撤廃委員会委員を務める秋月弘子さんです。

 

幸運な国の不運な女性?

亜細亜大学国際関係学部教授、2019年1月より国連女性差別撤廃委員会委員。国際基督教大学大学院行政学研究科博士課程修了(学術博士)。国連開発計画 (UNDP) プログラム・オフィサー、北九州市立大学助教授、コロンビア大学大学院国際公共政策研究科客員研究員などを経て、2002年より現職。主な著書は『国連法序説』(単著、国際書院、1999年)、『国際社会における法と裁判』(共著、国際書院、2014年)、『人類の道しるべとしての国際法』(共著、国際書院、2011年)など。©︎ Hiroko Akizuki

 

世界人権宣言採択75周年、おめでとうございます。

第二次世界大戦前、人権問題は国内管轄事項とされ、いずれかの国で甚だしい人権侵害があったとしても、一般的には国際的な場で議論されることはありませんでした。それが、国連が創設されたことにより、「人種、性、言語または宗教による差別なくすべての者のために人権及び基本的自由を尊重する」ことが国連の目的となり(国連憲章第1条第3項)人権は国際問題化されました。その後、国際社会における人権問題への取組みは目覚ましく発展してきました。その発展の第一歩となったのが、1948年に総会決議として採択された世界人権宣言です。

私は今、国連の女性差別撤廃委員会の委員として、各国における女性と少女の権利保護の進捗状況を監視する仕事をしています。

女性の権利に関しては、世界人権宣言第2条で、すべての人は性別、その他の差別を受けることなく権利と自由とを享有することができると規定しています。1966年に採択された「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)」、および、「市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)」も、第3条において、男女の同等の権利を保障しています。その後、女性の権利に関するいくつかの条約の採択を経て1979年に「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(女性差別撤廃条約)」が採択されました。

189ヵ国(国連加盟国のアメリカ、イラン、スーダンソマリアパラオ、トンガが批准しておらず、国連非加盟国であるクック諸島パレスチナが批准している)が締約国となっている女性差別撤廃条約は、ほぼすべての国が参加する普遍的な条約です。また、国籍、教育、保健、雇用、意思決定への参加、女性に対する暴力、売春による搾取など、女性が直面するあらゆる問題、および、農山村の女性、先住民の女性、障害を持つ女性、庇護を求める女性、性的少数者の女性など、脆弱な女性の問題のほぼすべてを扱うことのできる包括的な条約となっており、まさに「女性の権利章典」となっています。

 

ニューヨーク国連本部で開かれた2022年の「女性に対する暴力撤廃国際デー」記念式典では少女たちが合唱を通して女性に対すジェンダー平等を訴えた ©︎ UN Photo/Loey Felipe


女性差別撤廃条約によって設置された女性差別撤廃委員会は、締約国が国内で女性差別撤廃条約をきちんと履行しているかを監視し、女性の権利の進展を評価し、さらに進展させるための方法を勧告しています。1回の会期で8ヵ国ずつ、1年に3回で合計24ヵ国の審査を行っていますが、女性の権利状況は、国によって大きな違いがあります。

 

現在の女性差別撤廃委員会は、アジア太平洋、アフリカ、欧州、中東、南米の様々な国から選出された委員で構成されている。 (右から2人目が筆者、OHCHRウェブサイトより)

 

封建的、伝統的な国では、未だに女性が権利の主体とはみなされず、男性の所有の対象であるかのように結婚、就職、居住、離婚、財産の所有などで差別を受けたり、夫が妻に暴力を振うことが許されたりしています。女性個人の人権よりも家父長的な家制度が重視され、レイプされた娘を父親が殺害(名誉殺人)することが横行している国もあります。法律で禁止されているにもかかわらず、女性性器切除(FGM)が文化、伝統、慣習の名のもとに行われている国もあります。

日本のように法律で男女平等が規定されている国においても、実社会の中では固定化された男女役割分担(ステレオタイプ)意識が根強く残り、「男性は社会に出て働く、女性は家で家事、育児、介護を行う」ことを前提とした社会制度・構造が残っています。女性差別撤廃条約は、法律上の男女平等だけを目指しているのではなく、事実上の平等、つまり、実社会の中での実質的なジェンダー(社会的、文化的に作られた性差)平等を目指しています。国連は、完全にジェンダー平等な社会ができるまでには300年近くかかると報告しています。社会を変えるために、人々の心の中にあるジェンダーに関する無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)と真剣に取り組まなければなりません。

北・西欧の人権意識が高いように見える国でも、裁判制度の中にジェンダー差別が残っています。まだ裁判官、検察官に男性が多く、判断を下す際に無意識の偏見(たとえば、痴漢や性暴力に会った女性は、男性を誘惑するような肌を露出した衣服を身に付けていたに違いない、など)が左右する可能性があるからです。ジェンダーに配慮した(ジェンダー中立的な)判断を下せるように、司法関係者の啓発を続けていく必要性があります。

持続可能な開発目標(SDGs)の目標5「ジェンダー平等を実現しよう」のターゲットうち、現時点で達成が見込めているのは15%のみだ ©︎ UN Photo/Manuel Elías

締約国の条約履行の監視以外にも、女性差別撤廃委員会は、40年以上も前に採択された女性差別撤廃条約を、国際社会における人権意識の向上、人権問題の変化に適応させるために、一般勧告と呼ばれる新たな解釈を採択したり、女性差別撤廃条約選択議定書の下の個人通報手続および調査手続により、権利侵害の被害女性からの通報を受け付けて救済したり、重大な権利侵害の状況を調査したりもしています。

最近の世界的課題としては、女性に対する暴力の増加があげられます。とくに、コロナ感染症パンデミックで家に閉じこもる時間が増えたため、世界的に家庭内暴力が増えたことが報告されています。また、女性が職を奪われ経済力を失う、家族が家に居ることにより家事、介護の負担が増えるなど、女性にとくに大きな負担がのしかかっています。コロナの影響の緩和策、コロナ後の経済政策の中で、とくに女性の過剰な負担を取り除くようなジェンダーに配慮した政策が望まれます。

また、保守主義の台頭と人権擁護者に対する抑圧や暴力の増加も危惧されます。これまで認められていた中絶を禁止し、女性のリプロダクティブ・ヘルス・ライツを否定する動きが増えています。また、性的志向性自認(SOGI)という言葉を使うことすら否定するような動きもみられます。もちろん、LGBTIの方々に対する暴力、そして、女性の権利およびLGBTIの方々の権利保護を求める人権擁護者に対する暴力、殺害なども見られます。世界が一丸となってジェンダー平等に突き進む未来が見えないことが本当に心配です。

アフガニスタンで唯一の産科病院で、女性たちが待機している © UNICEF/Shehzad Noorani

 

さらに、アフガニスタンでは、実効支配を確立したタリバン事実上の当局が、女性の教育の権利、働く権利を奪ってしまいました。追い詰められた女性の中で、健康被害も出ているようです。タリバン当局には、女性と少女の権利を守るよう説得していかなければいけないのですが、タリバン当局は国民を正当に代表していないという正統性の問題があるため、タリバン当局の正統性を認めないという立場を明確にしながら、タリバン当局を説得していかなければならないという難しい問題が生じています。また最近は、アフガニスタンの状況を「ジェンダーアパルトヘイト」と定義し、この「ジェンダーアパルトヘイト」という言葉を国際法に取り込むべきだという主張も出てきており、新たな課題となっています。

 

2023年4月、国連安全保障理事会は、タリバンがアフガンニスタンで国連の女性の現地職員が勤務することを禁止したことを非難する決議を全会一致で採択 ©︎ UN Photo/Loey Felipe

 

日本に関しては、ジェンダー・ギャップ指数で146ヵ国中125位である、という事実は広く知られているのではないかと思います。なぜそれほど低いのかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、日本は政治と経済の分野で大きな問題を抱えています。政治の分野は国会議員の女性比率が10.3%で193ヵ国中164位、経済の分野では女性管理職比率が低く146ヵ国中123位です。どちらも、意思決定過程への女性の参加が低く、ここが日本の大きな問題となっています。つまり、ジェンダー平等を進めるために社会を変革しなければいけないのに、女性が意思決定に参加していないため女性の意見が法律、政策等に反映されず、男性優位な硬直的な社会を変えることができない、という状況に陥っています。社会全体で女性の参加、リーダーシップの必要性を考え、少なくとも30%は女性の参加を確保するためにクオータ制を導入する必要があります。

 

日本の国会議員に占める女性の割合は1980年には他国と同程度だったが、いまは大きく後れを取っている ©︎ 亜細亜大学

途上国や紛争地域のように、今日、明日、命に危険が及ぶ可能性が高い国は、女性の大臣たちが、女性を保護し、能力を強化するための政策を熱く語ってくれます。貧しく危険な状況にある女性を心配しながらも、彼女たちにはより良い未来が来るのではないかと期待をもって話を聞くことができます。振り返って日本の現状を見ると、今日、明日の命の危険性が少ないことは日本の幸運ではあるが、命の危険性がないからこそ、人権を真剣に考える機会が奪われ、ジェンダー差別を深刻な人権問題としてとらえられていない現状は、日本の女性の不運なのではないかと感じてしまうのは私だけでしょうか。