国連広報センター ブログ

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SDGsを伝える仕事(3)― 笑いのちからで、SDGsに振り向いてもらう(国連広報センター 根本かおる所長)

前回は、持続可能な開発目標(SDGs)の実施が始まったばかりの2016年初め、幅広い関係者との協議を経て17分野の目標それぞれの日本語のキャッチコピーを作り、発信をスタートさせたばかりの頃のことについて綴った。2016年5月、日本政府に総理大臣を本部長とする全省庁横断的な「SDGs推進本部」が設けられ、12月には「SDGs実施指針」が策定されて政府としての実施の方針が示された。こうして政府側の容れ物はできたものの、世の中への浸透度はまだゼロに等しかった。

 

もちろん第一義的には国連加盟国政府がSDGsの推進の責任を負うものではあるが、極めて野心的な世界目標を政府と国連だけで達成できるものではない。これは自治体・企業・市民社会・教育研究機関・個人などのあらゆるレベルでSDGsの理念を理解し、自分事としてとらえ、2030年に到達すべき高みを目指して効果の高いアクションを拡大してもらわなければならない。まさに「社会運動」を作り出す必要があった。そのためには、まずは知ってもらわなければならないのだが、「SDGs」を「エス・ディー・ジーズ」と読んでもらうこともままならない状況だった。

 

2015年9月にSDGsを含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択された際も、2016年1月1日に実施が始まった時も、「SDGs推進本部」が設立された時も、マスコミに取り上げられることはまずなかった。経済団体にSDGs推進での協力のお願いの挨拶に行ってみたものの、ほとんど相手にしてもらえないこともあった。「このままではおよそSDGsの読み方さえも知られないままで終わってしまいかねない」と大いに焦った。「物事は知られなければ、その存在は無に等しい」を広報する上での持論とする私にとっては、非常にこたえた。

 

そんなピンチに立たされた時に、関西人としてのオープンかつ「出たとこ勝負」的な気質に助けられたかもしれない。夢物語を他人に話していると、時として現実になることがある。以前も国連世界食糧計画(国連WFP)日本事務所で広報官をしていた頃、国連WFPが緊急食糧援助をテーマにしたオンラインゲームを公開した際に、「日本語版の作成に協力してくださる方を探しています」と新聞の取材を受けて語ったところ、日本のゲームメーカーの社長がたまたまその記事を見て協力してくださり、日本語版を作ることができたのだ。SDGsを多くの日本の方々に知ってもらうために、一体何ができるだろうか、という私の妄想が始まった。SDGsの実施が始まって2年目の2017年に入って、少しずつ形になっていった。

 

客観的に考えて、SDGsそのものに大災害や紛争のような切迫感、ニュース性や緊急性はなく、普通にはなかなか振り向いてもらえない。だからこそ今回のSDGsの認知度アップという課題には、意外性、話題性と楽しさが大切だろうと思った。そして、負担感よりもついつい楽しく実践して、もっとやってみようと頑張れるようなアクションを提示することがカギだろう、ともイメージした。

 

そんな時にたまたま吉本興業の関係者と話す機会があり、恐る恐る「国連の広報活動に協力してもらえないだろうか」と相談したところ、ありがたいことに同社の経営層に直訴する機会をいただけた。SDGsが世の中でほとんど知られていない2016年秋のことだ。

 

私は以前、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の職員として難民キャンプでの支援活動を統括する立場にあったが、その際、難民たちがピエロの慰問団のパフォーマンスを見て、支援物資の配布では絶対に見せることのない実に人間的な笑顔で大笑いするのを目の当たりにし、大いに「嫉妬」したことがある。そんなエピソードを紹介しながら、「笑いという非常に人間的かつ普遍的な力で、SDGsという世界目標にみんなで取り組む機運を盛り上げるために協力していただけないだろうか」と体当たりした。「国連 x 吉本」という組み合わせ、意外性には事欠かないだろうと思ったし、同社の「47都道府県住みます芸人」「アジア住みます芸人」という地域振興型の芸人のあり方もSDGsの理念と親和性が高いのでは、とも考えた。

 

嬉しいことに、「Laugh & Peace」・「笑いはひとを寛容にする」という同社の理念・価値観とケミストリーが合い、協力してくださることになった。そこからの猛スピードには、本当に舌を巻いた。同社内にSDGsチームが作られ、チームの方々とのブレインストーミングが早速始まり、そして年が明けて2017年1月、私は東京・新宿の「ルミネtheよしもと」のステージに立った。

 

「まずは社員の間のSDGsへの理解を深めてやる気を持ってもらい、社員からの提案を大切にしたい」との同社の強い希望で、国連広報センター・国連大学 サステナビリティ―高等研究所・JICA・市民社会の代表を講師に、社員に加えて関心のあるよしもと所属の芸人、文化人や俳優、ダンサーらを対象とするSDGs研修会をキックオフ的に開催したのだ。今でこそSDGsについていろいろな場で講演したりマスコミの取材を受けたりしているが、当時はまったく話し慣れておらず、足が震えた。難民キャンプでの経験から「笑いが人を逆境から救う、笑いが人を支える」と実感したことや、「お笑い」の持つ伝播力への期待、「私たち専門家がどんなに話してもなかなか伝わらないことを、芸人さんはわかりやすく面白く伝えることができる」というリスペクトなど、思いを伝えるのに必死だった。勘所が鋭いなと感じたのは、「SDGsに早くから取り組むことは、社会貢献を越えてビジネスチャンスにもつながる」とお話ししたところ、番組制作を担当している社員の方から「SDGsをテーマとした番組づくりについて」の質問がいち早く挙がったことだ。

 

このキックオフ研修会を経て、同社が企画運営している4月の「沖縄国際映画祭」と10月の「京都国際映画祭」という国際色のある大型行事にて、SDGs特別企画を設けて所属タレントの皆さんの協力を得ながら発信を立ち上げよう、という提案を超特急でまとめてくださった。国連広報センター側は「映画祭」も「芸人の皆さんとの仕事」も初めて。経験値がなく、どんなものになるのか、なかなかイメージできない。おっかなびっくりの気持ちも強かったが、とにかく「賽は投げられた」のである。

 

最初の本番である「島ぜんぶでおーきな祭・第9回沖縄国際映画祭」を2ヶ月後に控えて、吉本興業のチームの皆さんは突貫工事で大勢の人気芸人を動員し、SDGs啓発アニメ動画、そして17のゴールごとの芸人の顔スタンプを台紙に集めれば福引で景品が当たるという子ども向けのSDGsスタンプラリーを作ってくださった。エンタメ業界が力を合わせて新しいこと・面白いことにチャレンジしようとする「爆発力」に触れた思いがした。

 

そして、沖縄での映画祭本番。圧巻だったのは、映画祭最終日に那覇国際通りに設けられたレッドカーペットでの生まれて初めての体験だった。西川きよし師匠、そしてアジア6カ国・地域で活躍している「アジア住みます芸人」の方々と一緒にSDGsのプラカードを持ってにぎやかにアピールし、9万1千人を動員した華やかなレッドカーペットを歩く機会をいただいた。老若男女、あらゆる世代から絶大な人気を誇る西川きよし師匠が通るだけで、歓声が沸き上がった。取材でマイクを向けるテレビの芸能レポーターの方々からも「ところで、師匠が手に持っていらっしゃるプラカードはいったい何ですか?」と自ずと質問がある。強力なアピールにつながっていた。

映画祭最終日に那覇国際通りに設けられたレッドカーペットで西川きよし師匠、そして「アジア住みます芸人」の方々と一緒にSDGsのプラカードを持ってにぎやかにアピールした

 

10月の「京都国際映画祭2017」は、ニューヨークの国連本部の担当者にも訪日して出席してもらい、この新機軸のSDGs推進の取り組みを実際に体感してもらった。この担当者がたまたま日本への留学と日本企業での勤務経験がある人物だったことも、国連本部との連絡調整の円滑化に寄与した。京都でのハイライトは、映画祭という人が集まる機会をとらえて「よしもと祇園花月」で開催された「SDGs-1グランプリ」と「SDGs新喜劇」だった。人気芸人たちがSDGsのゴールを盛り込んだネタでバトルし、吉本新喜劇という独特の笑いの世界にSDGsを反映するという高等戦術。SDGs-1グランプリは参戦する芸人の腕に任されていた一方で、新喜劇の方は筋書きの草稿段階から相談を受け、どのように新喜劇の世界観を大切にしながらSDGsを盛り込んでいけるのか、一緒に悩みながら考えた。

筆者も西川きよし氏やケンドーコバヤシ氏らと「SDGs-1グランプリ」の審査委員を務め、お笑いとSDGsの両面からネタが審査された 写真提供:吉本興業

 

SDGsが目指す世界に共感して全社をあげて笑いの力でSDGs果敢に挑んだことが評価され、吉本興業は2017年12月、日本政府の「第1回 ジャパンSDGsアワード」でパートナーシップ賞を受賞し、翌年の8月には国連本部での会議で事例発表するに至った。

2018年8月にニューヨークの国連本部で開催された「第67回 国連広報局/NGO会議」の場で、吉本興業電通SDGs市民社会ネットワークの方々と一緒に、日本で様々な分野のアクターが連携してSDGsの発信に協働で取り組んでいる事例について発表した © UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

 

私にとっても、同社との連携はその後のエンタメ業界との協働を考える際に大いに参考になった。例えば、国連本部と「きかんしゃトーマス」とのSDGs推進のためのコラボ動画を日本でも展開するとともに、Hello Kittyとの日本でのコラボを国連本部にレベルアップして国連本部とサンリオとの協働を実現することに至ったのだが、これは今後詳述したい。

 

しかし、そう簡単に新しい世界目標の認知は世の中に拡がらない。今でこそ街中でよく見かけるカラフルなSDGsのロゴとアイコンも、この頃は偶然目にすると狂喜乱舞し、スマホで写真を撮って、キャーキャー言いながら同僚や関係者に見せるほどだった。2018年4月に公表された電通の「第1回SDGsに関する生活者調査」では、SDGsの認知度は14.8パーセント。調査結果を発表する電通のプレスリリースの見出しは「SDGs の認知度自体は低いが、理解が進めばアクションを起こさせる力がある」と、何とか今後に期待をつなごうと苦心するものだった。このリリースでは、調査結果に対する私のコメントも紹介されている。

 

「認知度は15%程度ですが、SDGsを理解すれば共感しアクションにつながる可能性が調査結果からうかがえました。女性より男性の認知が高いのは、現状ではSDGsがビジネスの文脈で語られることが中心で、まだ暮らしやライフスタイルに浸透していないためかもしれません。SDGsを理解すれば『それに貢献する商品やサービスを選びたい』という人が女性に多いこと、関連する分野で『ボランティア活動やNPO活動に参加・協力をしたい』人が10代に多いことなど、今後についても勇気づけられます!」

 

いやはや、一脈の光明にすがらんとするばかりのコメントだが、2018年以降毎年同様の調査を継続的に行って発表してきた電通チームの方々には、感謝の気持ちでいっぱいだ。国連という組織に長年身を置いて痛感することだが、国連は「金欠」という状況もあり、インパクトを測ることが後回しになりがちだ。この定点観測は、SDGsの浸透に関して「ファクト」を提供するものとして、国連の広報関係者の間でも高く評価されている。SDGsの基本理念でもある「パートナーシップ」に私たちがいかに支えられているかを痛感する。

 

ちなみに、今年4月27日発表の同社の「第5回SDGsに関する生活者調査」では、SDGsの認知度は86パーセントにまで向上した。特に10代の世代がジェンダー平等に取り組むことをはじめとしたSDGsアクションに高いモチベーションを持っていること、そしてSDGsに関心を持つようになったきっかけとして、SDGsアクションの実践のレベルの違いに関わらず、「環境問題への危機感」を挙げる人が一番多いことなど、非常に勇気づけられる結果内容だ。今後の課題は認知拡大から、持続可能な社会に向けたインパクトの大きいアクションの拡大と加速化に移っている。

SDGsの認知率(時系列)出典:電通 第5回「SDGsに関する生活者調査」概要

 

SDGsが世の中でここまで広く知られるようになるには、メディアの関わりが大きかった。次回はメディアとの旅路について綴ることにする。