国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(24) 塚本美都さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第24回は、塚本美都さん(ILO 雇用政策局・開発投資部 部長)からの寄稿です。

 

ウィズ・コロナ時代の働き方を考える

f:id:UNIC_Tokyo:20201119110548j:plain

1994年国際労働機関(ILO)での勤務開始後、2018年よりILOジュネーブ本部の雇用政策局・開発投資部(DEVINVEST)部長。これまで、脆弱性と気候変動の諸課題を人間中心のアプローチを通じた持続可能なインフラ開発に結びつけ、ILOにおけるキャリアの半分以上にわたってアフリカ、アジア、ラテンアメリカの様々な国のコミュニティ主導の取組を支援。開発投資部では、貿易とマクロ経済の雇用への影響分析、雇用集約型の雇用創出スキーム(EIIP)、平和と強靭性のための雇用(JPR)、フォーマル化移行支援に関する取組を推進。ILOでの勤務以前は、日立グローバルデータストレージテクノロジーズに勤務。 ジョージタウン大学にてMBA及び国際ビジネス外交の優等学位を取得。(写真:ジュネーブ平和ウィーク2020にて、『コロナ禍での健康、雇用と平和構築の課題の相互関係についてパネルスピーチを行う様子』)

 

多くの国連機関と同様、私が勤務する国際労働機関(ILOジュネーブ本部では、3月16日から「エッセンシャル・ワーカー」を除く全職員のテレワークが義務付けられました。私の部署では、1,2名の同僚が定期的にテレワークを実施しており、部内会議は既に対面とリモートのハイブリッドな環境であったことから、テレワークへの移行は比較的スムーズでした。 しかし、子どもや家族のケアに責任を持つ職員の多くが今回改めて気付いたことは、家事・育児といった家庭における仕事と職業としての仕事のバランスを取る、そして柔軟な勤務形態を可能にする必要があるということでした。自分や配偶者の「オフィス・スペース」と子どもの「学習スペース」を共有しなければならないケースもあり、これはロックダウンや外出自粛期間中は特に顕著でした。私の場合、 仕事とプライベートの時間を明確に区切ることが難しく、子どもがウェビナーに飛び込んできたり、ピアノのレッスンの音が聞こえたりしないようにする方法を見つけることに苦心しました。 テレワークで通勤時間が節約された分、こうした「仕事」に費やす時間が多くなりました。

f:id:UNIC_Tokyo:20201111114135p:plain

パンデミック期間中のテレワークの様子 © World Bank Photo Collection

 

30年近く前に日本の企業で働いた経験を振り返り、現在の日本の労働者の生活はどう変わったのだろうと思うことがあります。 残業時間の削減などを含め、働き方改革に向けた取組が進んでいると聞きますが、当時の現実は、帰宅時間が遅かったり、土日も仕事をしたりと、家族と過ごす時間が殆どなく、ワーク・ライフ・バランスの取れていない労働者が多かった印象です。これは、会社への「義理」や「忠誠心」による残業や、同僚、上司あるいは取引先との飲み会に深夜まで同行したりする慣例が理由の一つであったと思います(そして、非公式な交渉がそこで成立することも多くありました)。  

 

新型コロナウイルス感染症の流行は、こういった働き方を変えたのでしょうか。(テレワーク等の代替的な職場での安全衛生が確保されていることを前提として)一部の職業や業務では、どこからでも仕事ができること、労働者のモチベーションが高ければ生産性を高く保つことができること、そして良好なワーク・ライフ・バランスが労働者とその家族の心身の健康にとって重要であることに、社会が長期的な視点から気づくことを私は望みます。今回の危機によって、「仕事の未来」やデジタルな働き方を考える必要性が、かえって前面に押し出されました。 私たちは、デジタルな世界を受け入れ、男女ともにより柔軟な働き方を実現する、バランスのとれた方法を見つけることが必要です。これは労働者個人だけでなく、市民全体にも重要です。日本は、労働人口減少のギャップを埋めるために、デジタル技術を積極的に取り入れる努力を進めています。それに加え、ワーク・ライフ・バランスの重要性を文化として受け入れる必要があるのだと私は思います。こうしたバランスの欠如が、日本の人口減少の一因となっていることも否めないのではないでしょうか。

 

「在宅勤務は労働生産性を低下させる」という印象は、多くの場合間違っていることが証明されています。 生産性には、働く場所よりも、個人のモチベーションと、そして個人が自身のスキルを発揮できる健全な環境が重要なのです。

 

私たちILO開発投資部は、新型コロナウイルス感染症の流行が始まってからも精力的に活動を続けてきました。テレワーク期間中は、パンデミックの社会・経済への影響や、それが仕事の世界に与える影響の分析、そしてこれらの分析に基づく政策提言など、多くの取り組みが行われてきました。現在は、ILOが作成した「新型コロナウイルスのパンデミックの中での安全で健康な職場づくりの手引き」や、「安全な職場復帰に関するガイドライン」に基づき、ILO本部では、全職員の安全、健康、家庭の状況を考慮した段階的なアプローチを経て、既に半数以上の職員が職場での仕事を再開しています。「労働安全衛生(Occupational Safety and Health, OSH)」は、ILOの基盤となる重要な分野で、これまでに40以上の国際労働基準がILO加盟国に採択されています。 新型コロナウイルスがもたらす脅威は、職場の全ての人たちを対象として安全かつ健康的な労働環境を整備することの重要性を、さらに浮き彫りにしたと言えるでしょう。 雇用者と労働者は共に、職場の安全を確保する上で重要な役割を担っています。

 

私は1994年にILO勤務を開始しましたが、最初の任務は、1995年のILO総会において採択された「1995年の鉱山における安全及び健康条約(第176号)」の起草でした。  鉱山であろうと、オフィスであろうと、「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事) 」を確保するためには、労働安全衛生基準が不可欠です。ディーセント・ワークは、SDGsの目標の一つであり、経済、社会、健康、教育、環境などすべての分野に深く関連しています。私が初めて携わった条約の採択から26年経った今、私は、1970年代に始まった雇用集約型投資プログラム(EIIPを実施する部署を任されています。このプログラムは、労働力を基盤としたインフラ整備と環境事業を行い、それらを通じて雇用機会を創出するという、ILOの国際労働基準を中心とした規範の枠組みを実際に現地で具現化する取組です。現在のEIIPは、社会・環境的側面により焦点を当てた6つの分野における活動に取り組んでいます。 ILOはこれまでEIIPを通じて、様々なインフラ建設プロジェクトを実施し、脆弱な立場に置かれた人々の雇用を創出し、技能開発による雇用機会を増やし、また、現地の制度を強化してきました。

f:id:UNIC_Tokyo:20201112125551j:plain

カメルーンにおける「Kumba Mamfe道路建設プロジェクトにおける排水溝整備の様子 

© ILO CO-Yaounde

 

EIIP事業のうちインフラ建設プロジェクトでは、高い足場からの落下、頭上からの落下物、重機事故などによる労働災害のリスクが特に高いことが知られています。EIIPでは、すべての雇用者と労働者を対象に労働災害の予防と安全衛生意識向上のためのトレーニングを実施しており、さらに、労働行政強化を目的に労働基準監督官のキャパシティ・ビルディングを行うこともあります。

 

これに加えて、新型コロナウイルス危機により、新たな労働安全衛生リスク対策が必要となりました。これには、職場での人と人との物理的距離の確保、手洗い施設やそのアクセスの確保、頻繁な手洗いや咳エチケットを含む衛生意識の向上、職場における消毒機材の確保、マスクを含めた適切な保護具の使用、労働者の健康状態のモニタリングなどが含まれます。これらの新たなニーズに対応し、ILOは、職場での新型コロナウイルス感染症予防及びリスク低減 アクションチェックリスト、「職場における新型コロナウイルスを止めよう!」と題したセクター別のガイド、および「雇用集約型のインフラ建設プロジェクトで遵守すべき新たな労働慣行の調整に関するガイドライン」等を策定しました。これらのツールは、新型コロナウイルス感染症に対する労働安全衛生対策だけでなく、ロックダウンやその他の事業中断の事態での計画作成にも役立ちます。その後これらのガイドラインは、ILOがインフラ建設プロジェクトを実施、あるいは支援している20カ国以上の国々で、それぞれのニーズや状況に応じて改訂されました。いくつかの国では、政府や開発機関が、新型コロナウイルス危機に直面、あるいはその余波が残る時期に、特異的な対応を進めるための手段として、これらを取り入れています。

f:id:UNIC_Tokyo:20201111114927p:plain

労働者が物理的距離を保って業務の現場に就く様子 © World Bank Photo Collection

 

一連のガイドラインに基づいて対策を実施してきた国の一つがレバノンです。レバノンでは、新型コロナウイルスの脅威が高まる中、2020年3月中旬に全国的なロックダウン政策措置が導入されました。この措置の期間は自治体によって異なるものの、概ね6月頃まで続き、その間、インフラ建設プロジェクトを含むほとんどの経済活動を停止せざるを得ない状況に陥りました。レバノン全国で幅広いインフラ建設プロジェクトを展開するILOレバノン事務所は、政府や自治体との協議を重ねた上で、前述のガイドラインを現地のニーズに適合させ新型コロナウイルス危機に対応するための新たな労働安全衛生基準を作成し、労働基準監督官に追加的トレーニングを実施したり、必要な個人用保護具を調達するなど、安全な事業再開に向けた準備を着々と進めてきました。実際に、6月初旬のインフラ事業再開時には、すでに職場における新たな労働安全衛生基準を実施するためのシステムが出来上がっており、労働者が適切な物理的距離を保つことができるように建設作業工程が修正され、プロジェクト参加者の健康状態を毎日観察・記録するなど、徹底した管理が行われていました。これにより、同国におけるインフラ事業は軌道に乗り始めました。

 

しかし残念なことに、8月4日、レバノンの首都ベイルートで爆発が発生し、これによって200人近くが死亡、6,500人以上が負傷、30万人以上が家を失ったことは周知の通りです。

 

ILOレバノン事務所とEIIPチームはこの危機的状況に迅速に対応し、すぐさまドナー国、各省庁、自治体との調整を開始しました。これら関係者の積極的な反応が功を奏し、爆発後数日には、ベイルートのがれき撤去のための緊急雇用プロジェクトを開始し、200名の雇用が創出されました。がれきの撤去作業には、割れたガラスの破片の撤去などのハイリスク業務も含まれるうえ、新型コロナウイルスの脅威も依然として存在しています。繰り返しになりますが、労働安全衛生基準をしっかり実施することが、こうした新たな状況下でもディーセント・ワークを実現するための鍵となります。

f:id:UNIC_Tokyo:20201111115100p:plain

レバノンでは、ドナー国や関係省庁による柔軟な姿勢が緊急事態への早急な対応を可能にした。 © ILO CO-Beirut

f:id:UNIC_Tokyo:20201111115142p:plain

がれきを除去する労働者たち © ILO CO-Beirut

 

このような緊急雇用支援を提供するにあたり、ILOは脆弱で、支援を最も必要としている人々に手を差し伸べます。ILOレバノン事務所は、爆発の影響を直接・間接的に受けた人々の優先的な雇用を特別に配慮した労働者選考プロセスに関するガイドラインを作成しました。

 

例えば、20代のレバノン人テルジアン氏は彼の父親が亡くなった後、働けなくなった母親を養うために、爆発源の近くの宝飾店で勤務をしていました。しかし、今回の爆発でこの唯一の生計手段は無慈悲にも破壊され、彼の雇用の見通しは絶望的なものとなりました。このように弱い立場にある人たちに手を差し伸べるために、インターネットやSNSなど様々な手段で求人広告を発信し、国内外のNGO自治体のネットワークも活用し、彼らに仕事の機会が与えられ、セーフティー・ネットが機能するための工夫がなされました。「このプロジェクトは、私の未来への希望をつないでくれました」とテルジアン氏は言います。

 

レバノンにおけるインフラ建設プロジェクトは、細かく配慮されたステップに従って事業を進めることで、女性の参加を促進するだけでなく、現地レバノン市民とシリア人難民の双方に適切かつ均衡のとれた雇用機会を提供し、社会的結束の向上を目指していますレバノンはシリア難民の最大の受け入れ国の一つとして知られていますが、同国のひっ迫する財政状況や、限られた雇用機会を巡って、両者の関係が緊張することもあります。しかし、レバノン人とシリア人は、ベイルートの街の再建、そして新型コロナウイルスの脅威を食い止めるという共通の目標に向け、手を取り合って活動をしています。

 

モーリタニアでも、ILOは現地コミュニティと難民の平和的共存を支援しています。とりわけ、多くのマリ人難民が居住しているバシクヌー(Bassikounou)地域やムベラ(M’berra)難民キャンプでのILOの使命は、学校や道路などのインフラ資産の建設を通じて雇用機会を創出することです。新型コロナウィルス感染症の流行に際しては、職人の専門技術を生かしたマスクの生産で代替的な雇用機会を創出するなど、いくつかのイノベーションも生まれました。このような手作りマスクの生産には、生地の裁断や縫製に最大限の労働力を投入する必要が生じるため、「雇用集約型」の取組となるのです。ILOモーリタニア事務所は、ここに好機を見いだし、すぐに現地の仕立職人21名を対象に、2週間の集中トレーニング・コースを実施し、雇用集約型のマスクの大量生産方法を指導しました。何万枚ものマスクが現地で生産され、これらの仕立屋は、この困難な時期にも収入を確保することができました。

f:id:UNIC_Tokyo:20201111115233p:plain

モーリタニアにおける「訓練学校(Chantier école)」プロジェクトは、日本政府からの支援も受け、435名の男女の若者たちの雇用機会と技能開発機会が創出された。 © ILO CO-Nouakchott 2019

 

新型コロナウイルスパンデミックは、仕事の世界、そして私たちの働き方を変え、それらは今も変化し続けています。この不確定な状況においても、1つ確かなことがあります。それは、常に人々を私たちの対応や行動の中心に据える必要があるということです。安全で健康的な労働環境の確保は、政府、雇用者、労働者すべてが負う重要な責任の一つです。職場で労働安全衛生基準を順守することと、雇用機会を創出するインフラ建設事業のような雇用集約的な投資は相反しません。労働者の安全と健康は、こういった事業に組み込まれ、さらに改善されることが望まれます。レバノンでのILOの対応が示すように、新たな必要性に合わせて仕事や働き方を調整することで、すべての労働者、特に弱い立場にある労働者が危機下であっても生計を確保できるように支援を続けていく、そうした取組が求められています。このような、「人間中心のアプローチ」がディーセント・ワークの鍵を握っています。

 

今回の記事の寄稿にあたって、国際労働安全衛生基準の専門的観点から多くの有益なインプットをして頂いた氏田由可さん(ガバナンス三者構成主義局 労働行政・監督・安全衛生部 安全衛生専門家)、及びEIIPガイドラインの策定と現地事務所との調整に基づき知見を共有してくれた渡邉友基さん(雇用政策局 開発・投資部 JPO)に、この場を借りて感謝を申し上げます。


スイス・ジュネーヴにて

塚本 美都

この記事は10月上旬に執筆されました。現在は、ジュネーブ州の措置に従い、ILO本部職員の殆どがテレワーク形態に戻っています。)