国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(22) 岡井朝子さん(前編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第22回は、岡井朝子さん(UNDP総裁補 兼 危機局長)からの寄稿の前編です。

 

大胆な変革で 歴史的な危機からの飛躍を(前編)

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UNDPの危機関連の活動全般を指揮し、危機の予防や対応、復旧にむけたUNDPのビジョンと優 先事項を推進する。前職は2016年から在カナダ・バンクーバー日本国総領事。1989年に外務省 入省。国連を含め、国際舞台での30年以上のキャリアを通じ、開発、人道支援、防災、平和構 築分野での豊富な実績を有する。パキスタン、オーストラリア、スリランカ日本大使館での 勤務の他、国連日本政府代表部公使参事官や第66会期国連総会議長室上席政策調 整官として国連本部とも深く関わってきた。 英国ケンブリッジ大学一橋大学法学部卒業。 ©︎ UNDP

各国首脳陣が集う国連総会一般討論の週は、例年ニューヨーク国連本部周辺は交通規制が敷かれ、政府・国連関係者、報道陣などがあふれ、一年のうちで最も喧騒を極める時期ですが、今年は風景が一変しました。各国首脳の演説は録画されたビデオ、ほとんどのイベントはバーチャルで行われ、またその数も圧倒的に少数でした。主要国の演説の中には分断を象徴し、対立を煽るものもみられ、これが、75年前、第二次世界大戦の荒廃後、理想の世界を作ろうと設立された国連の総会議場で繰り広げられた討論かと、目を覆いたくなりました。

 

コロナ禍は世界の経済、仕事、生活に甚大なる影響を及ぼし、国連開発計画(UNDP)が30年前から公表している人間開発指数、すなわち世界の教育、健康、生活水準の総合的な指標は、統計開始以来初めてマイナスに転じるおそれがあります。分断の先に世界の未来はなく、今こそ国際協調と協力を通じて、人類の英知を結集し、この大きな試練をともに乗り越えなければなりません。

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人間開発指数は統計開始以来、初めてマイナスに転じるおそれ ©︎ UNDP


コロナ危機に際し、国連事務総長すべての紛争当事者に武器を置くよう停戦を呼びかけるとともに、世界保健機関(WHO)主導による保健医療分野の対策、国連人道問題調整事務所(OCHA)主導による人道支援、国連事務局開発調整室(DCO)/ UNDP主導による社会経済面における枠組みを立ち上げ、国連システム全体としてポストコロナも見据えた総合的対策を展開しています。UNDPは、特に社会経済環境面の対策の主導機関として、国連カントリーチーム他による今や百数十件にも上る社会経済影響評価調査、及び国別の対応策の立案、実施に携わってきており、持続可能な開発目標(SDGs)を羅針盤に据え、ポストコロナのよりよい社会づくりを加盟国政府をはじめとするパートナーとともに強く推し進めようとしています。私も危機にかかる政策とプログラム支援担当の局長として、ニューヨーク完全ロックダウンの中、3月以降、信頼する同僚とともに奮闘してきました。


まずこうした取り組みのなかで明らかになってきた世界中の弱い立場の人々への甚大な影響を概括します。そのうえで、今人類が直面している人間開発の最大の後退の危機を歴史的飛躍に変えるためには、どうすればいいか、今後の取り組みにおいて念頭におかなければならないと私が考えていることにつなげて論じたいと思います。

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コミュニティワーカーが貧困地区で新型コロナウイルスの予防方法などを広め、消毒キットを配布(バングラデシュ) ©︎ UNDP Bangladesh/Fahad Kaize

 

コロナ禍前の社会はそもそも持続可能でなかった


コロナ危機の現れ方は国によって異なります。最初に保健医療の危機として顕在化し、それに続いた経済封じ込めにより、仕事、収入、生活への影響が大きくなっているケースの他、むしろパンデミックが広がる前に、企業活動の停止や、集会の禁止、国境の閉鎖によって社会経済危機が先行するケースもあります。また、衣料産業や観光など特定の産業に依存していた国々、あるいはもともと脆弱で紛争や人道危機に瀕していた国・地域においては、特に深刻な影響がみられます。これに加えて、紛争、干ばつ、バッタ被害、異常気象、その他前例のないもろもろの複層的な危機に直面しています。 コロナ危機によって、5億人分のフルタイム雇用が失われ、今年中に1億人前後、今後の景気後退の深刻度次第では、2021年には、最大1億5000万人が新たに絶対貧困に陥ると推定されています。


顕著になったことは、コロナ禍は、最も脆弱な人々が最も影響を被り、発生前から存在していた不平等と脆弱性をさらに悪化させている、ということです。まず、悪影響は特に女性に偏って顕著に表れています。そもそも収入や貯蓄が少ない中、学校閉鎖による子どものケアや病人の介護など、無償労働が増え、さらにはジェンダーに基づく暴力(GBV)も蔓延しています。 インフォーマル・セクターの労働者は、低賃金の上、自宅にいると収入が入ってこず、また社会保障へのアクセスがありません。 統計的にみると、世界の10人中7人の労働者がインフォーマルな市場で生計を立てており、世界の人口の半分(40億人)は、全く社会保障の恩恵にあずかっていません。

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インフォーマル労働者や女性、若者、難民や移住者、障がい者には社会保障がない人も多く、深刻な打撃を受けている(コロンビア) ©︎ UNDP Colombia

 

医療システムの危機は、長年にわたる社会インフラにおける過少投資のつけともいえます。収入の不安定化などにより、食料不安が広がっています。今年の末までに新たに2億7千万人が飢餓の危機に瀕する予測がでています。移民のうち約100万人はすでに仕事や収入を失い、仕送り金は世界全体で2割減りました。移民、出稼ぎ労働者からの仕送りに依存していた国への経済的影響は深刻です。また、デジタル・ディバイドは、教育や行政サービスへのアクセスなど、持てる者、持たざる者の格差をさらに広げています。 インターネット を利用しているのは世界人口のうちの 53.6%で、残りの約36億人はアクセス がなく、うち後発開発途上諸国は接続人口が2割以下です。アクセスのない人のうち17億人が女性で男女格差は広がる一方。このような格差の問題は移民、難民、国内避難民、高齢者、若者、子ども、障がい者、農村の人々、先住民などの間にも存在します。


あらゆる形態の人種差別と差別の構造的問題がよりはっきりしたことで、「他者」への不信感が高まり、「外国人」への恐れにもつながる危険性をはらんでいます。人権が損なわれ、政府への信頼が揺らいだところもあります。特に若い世代を中心に何百万もの人々が60か国以上で、さまざまな社会的、経済的、政治的懸念に抗議するために街頭に出ました。


日本でも前例のない大規模な緊急経済対策を組んで対応していますが、税収は減少する中、財政ギャップは拡大し、多くの途上国で債務危機が迫っています。


無制限の森林破壊、違法な野生生物の取引などにより人畜共通感染症が制御不能パンデミックにつながると科学者が長年警告してきたにもかかわらず私たちは十分な対応をとってきませんでした。


そもそもパンデミック前の社会は理想ではなく、持続可能でもなかったことが、白日の下にさらされたのです。

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アラブ地域の多くの国が化石燃料から持続可能なエネルギーへの転換を進めている(イエメン) ©︎ UNDP Yemen

 

前例のない時代は前例のない措置を必要とする


このような実態が明らかになるにつれ、国連では最近、「もとに戻すならよりよく戻そう」(“Build back better”)では、十分ではなく、この地球規模の未曾有の危機を乗り越えるために、「社会を前進させよう」(“Build forward better”)と呼び掛け始めています。2030年に向けて、SDGs羅針盤として、人間開発の最大の後退の危機を歴史的飛躍に変えよう、と未来志向の行動要請です。


コロナ禍からの回復は、気候危機、あらゆる種類の不平等、そして私たちの社会保障システムのギャップに取り組む機会としなければなりません。持続不可能なシステムやアプローチに戻るのではなく、再生可能エネルギー、グリーンな雇用とインフラ、持続可能な食品システム、社会的包摂性、ジェンダー平等、より強力な社会的セーフティネット国民皆保険など、医療システムのみならず、あらゆるリスクへの備えができた、より回復力のある社会経済システムに移行する必要があります。また、グローバルレベルでは、21世紀の問題と課題に対応できる効果的な国際協力の枠組みを形成していかなければなりません。


UNDPでは、今まさに、開発のあり方、将来が問われていると認識し、全力をあげて取り組みを強化しています。既存のリソースの使用方法の再考、革新的で規模拡大が可能なソリューションの考案など、国際社会全体で、システムの変革、革新、デジタル化を加速する機会をあらゆる観点から模索する必要があると考えます。


そのために目下私たちが重視している変革への道筋を4つご紹介します。


道筋1:SDGs実現を加速化させる多分野横断型の統合的取り組みを共創する。


持続可能な開発のための2030アジェンダは、開発の社会的、経済的、環境的側面をカバーする17の一体不可分なSDGsを通じて、各国が複雑な課題に取り組み、より持続可能な未来を築くために、統合された方法で実施されなければなりません。

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干上がってしまったアラル海周辺地域では、収入確保と環境保全につながる養蜂の取り組みを実施(ウズベキスタン) ©︎ UNDP Uzbekistan

 

2030年までのわずか10年で、世界は古い開発の領域を超越し、新しいソリューションと新しい考え方、働き方、パートナーシップ、資金調達を必要としています。病気の蔓延を食い止めることから紛争を防ぐことまで、今日の複雑な課題は、ばらばらな対応では解決できません。 UNDPではこれをSDG integrationと呼び、個々のテーマ、セクターだけでなく、システムを対象とした開発アプローチをとりながら、根本原因や経済、社会、自然生態系全体への波及効果など、複雑な課題間の関係にも焦点を当てて対処しようとしています。


統合された行動は、社会全体の創造性とノウハウを活用することによってのみ可能です。統合された政策とプログラム策定、データと分析、資金調達とイノベーションなどを組み合わせ、 国や地方自治体、コミュニティ、市民社会、学界、民間セクターと協力して、人々の日常の現実に対応する持続可能なソリューションを構築していかないといけません。

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ワクチンの保管・輸送状況や使用率を管理できるアプリの導入でワクチン接種が効率的に(インド) ©︎ Prashanth Vishwanathan/UNDP India

 

SDGsの進展は、コロナ危機前も必ずしも順調ではありませんでしたが、コロナ危機で、さらに危ぶまれます。2030年に達成するという強い信念を貫くには逆算の発想が必要です。すなわち、2030年にSDGsが達成された地球を目標に、そこに到達するために起こらなければならない変革とそのスケール、スピードをイメージするのです。今と同じやり方を10倍積み上げたところで、到底SDGsを世界で達成することはできません。指数関数的変化が求められているのです。 

             
このような 開発の未来への突破口となるものを探し出すインキュベーターになりたいとの野望の下、UNDPは、SDGs加速化のための「アクセラレーター・ラボ」を設立しました。 現在、60のラボが設立され、ボトムアップアプローチで草の根のイノベーションを促進する78か国をサポートしています。全ラボはネットワーク化され、学びと試行を通じて、規模拡大可能なソルーションを模索しています。

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アクセラレーターラボを通じて空港と病院に導入した感染抑制ロボット(ルワンダ) ©︎ UNDP Rwanda

 

日本でも、SDGsの達成をイノベーションの機会と捉え、企業の技術・ノウハウで課題解決を目指すオープン・イノベーション・プラットフォーム、SDGs Holistic Innovation Platform(SHIP)の枠組みを活用し、今年から、内閣府の予算で5か所のUNDPのラボで日本企業との共創(Co-creation)が始まったことは嬉しい限りです。


ところで、新型コロナウイルスの流行は、デジタル接続がいかに不可欠な公共財であるかを証明しました。現在の緊急事態下では、コネクティビティ が基本的行政サービス、教育の継続、デジタル能力の促進、社会的インクルージョン推進などの基盤 であることが強く認識されました。デジタル技術は、食糧、水、住宅、エネルギー、医療などと並んだ中核的な社会機能を支える公共財として、優先的取り組みが必要です。


これにあたって、デジタル能力構築の必要性は重大です。UNDPではスキル開発とともに、先進国のテクノロジーやリソースにあまり依存しないで展開できるローカルソルーションとイノベーションネットワーク構築をサポートしており、この数か月で190ものイニシアティブが生まれました。 今、組織を挙げてこの取り組みを加速化させています。

コロナ禍を受けキルギスタンでは電話やオンラインでの法律相談を実施(英語動画)

 

道筋2:システム変革は複雑さと不確実性を受け入れるところから


課題は複雑化し、先が読めない世界をどう乗り切るか。単体の開発プロジェクト一件で解決できることは稀です。「プロジェクト」ではなく「プログラム」や「システム」というより広い視野から見る必要があります。複雑な現在を理解する新しい方法として、UNDPでは、新しい現状に意義を見出すという意味の「センスメイキング」というイノベーション手法を積極的に取り入れようとしています。上記のアクセラレーターラボでもまずそこから始めています。


科学者の報告から、パンデミックが発生する可能性が非常に高いことはわかっていましたが、ビッグデータモデリングの量に関係なく、正確な時期を予測することはできませんでした。イノベーションが重要と言っても、接触追跡アプリやテスト機器が単独でコロナ禍を「解決」しませんし、ハッカソンブロックチェーンソリューションも気候変動対策に貢献しこそすれ、「解決」しないのと同じです。 新型コロナウイルス対策の成功として広く認められているベトナム、韓国、またはセネガルの例を見ると、医療および技術の対応に加えて、社会、規制、調達、行動の問題に取り組む包括的なプログラムを実施しています。現代の複雑な問題には、魔法のような「万能薬」はなく、もっと根本原因、諸課題の連関性に目を向けて、オプションを拡張する必要があります。


UNDPでは、社会保障のあり方に革新が必要と考え重点事項として取り組んでいますが、現金給付のデジタル化などの個々のイノベーションとあわせ、社会セーフティーネットを再考するための第一歩として一時的な最低賃金保障制度を提言しました。債務救済の一環として、132か国にいる27億人の貧困に瀕した人々をウィルスの脅威から守りつつ、最低限の生活を保障できることをデータをもって示したのです。トーゴからパキスタンまでの多くの政府が既に採用しています。個々のプロジェクトを超えて、このタイプの大規模なシステム変革には、長期的な視点とポートフォリオアプローチに移行する意欲を持った忍耐強い資本が必要です。


こういった取り組みの実証事例をもっと積み上げ、スケールアップを実現させ、変革をあちこちで起こしていく必要があります。

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一時的に最低賃金を保証すれば社会保障を受けていない労働者も自宅に留まれる(バングラデシュ) ©︎ UNDP Bangladesh/Fahad Kaizer

 

後編では、私がUNDP危機局長として最も頭を悩ませている複合的な危機や官民あげて必要な資金の流れをつくるシステムについて論じます。
 
アメリカ・ニューヨークにて
岡井 朝子