国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第12回は、村上由美子さん(経済協力開発機構(OECD)東京センター所長)からの寄稿です。
ピンチはチャンス – よりよいアフターコロナ社会を目指して
私が勤める経済協力開発機構(OECD)は本部がフランスのパリにあり、多くの同僚が新型コロナウイルスに感染しました。幸いにも命を落とすケースは免れましたが、重症化し入院治療を受けるスタッフもいました。そんなフランスも、コロナウイルスの収束へ動き出しています。OECD本部は6月1日から段階的に出勤が始まりました。まだまだ限定的ですが、少しずつ日常を取り戻しています。
コロナ後はより強く包摂的な社会を構築しなければならないという問題意識を持った各国のリーダー達は、OECDで政策議論を再開しています。こうした議論に貢献すべく、OECDでは新型コロナウイルスに関するデータや政策提言をまとめた特設サイト(リンク)を開設し、コロナが経済・社会・教育・貿易・租税・環境などに与える影響を分析したポリシーブリーフをこれまでに100本以上公表しました。
【OECDの新日本語🇯🇵ウェブサイト🧐】#新型コロナウイルス と世界🌏が一緒になって闘う💪ために、OECDでは新たな日本語ウェブサイト📱💻を公開しました❗️#コロナ🦠 に関するOECDのデータ📊や政策提言📚などを日本語でご覧いただけます。
— OECD東京センター (@OECDTokyo) 2020年7月1日
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日本でも緊急事態宣言が解除され、社会経済活動が再開しました。公衆衛生上の危機的状況はピークを過ぎたかのように思えますが、強烈な打撃を受けた日本経済は多くの社会課題を顕在化させ、その解決には大胆なアクションが必要です。コロナウイルスは全ての人の健康の脅威となり、無差別に全ての人の生活を脅かします。しかし、コロナウイルスの影響から身を守る手段は、それぞれの人が置かれた社会経済的な立場により大きく異なります。その結果、コロナ危機の影響をより強く受けた人達は、生活の再建により多くの時間とリソースが必要になります。国全体で適切な対策をとらなければ、コロナが社会の分断に繋がる危険性も高まります。
新型コロナウイルスによるパンデミック以前から、日本は男女の経済格差がOECD加盟国中最も大きい国の一つでした。男女の賃金格差は約25パーセントもあります(表1)。安倍内閣の成長戦略として女性活躍が推進され、この数年間で女性の就業率は7割まで上昇し、今はアメリカよりも働く女性の割合は高くなっています。しかし、多くの女性が就業しても、男女の賃金格差の是正には繋がっていません。意思決定を行うリーダーや管理職のポジションに就く女性は依然として少なく、男性と比較して低い立場で働くケースが多いのが現実です。特に、非正規雇用やパートタイマーの女性割合は高く、報酬や職の安定性が不十分な状況下に置かれています。このような男女格差が、コロナ危機を経て更に悪化する可能性は否定できません。外出制限により多くのビジネスが影響を受けていますが、特にサービス業の中小企業で働く非正規労働者は、最も被害を大きく受けている可能性があり、その多くが女性です。失業や減給の影響を受けても、コロナ不況の中、再就職は容易ではないでしょう。
休校で子供達が在宅している家庭でも、男性より女性により負荷がかかる構造が見えてきました。コロナ危機以前から、日本では男女の無償労働時間に大きな隔たりがありました。家事や育児に費やす時間は、OECD加盟30カ国の男性の1日平均が136分なのに対し、女性は262分と2時間以上も長いという統計があります。日本の場合、男性の無償労働時間は41分と特に短く、OECD加盟国の中でも最低レベルです(表2)。リモートワークが普及し、通勤時間もなくなり効率良く働けると期待されましたが、家事や育児の負担が増え生産性が低下したと感じる女性が多いことが様々な調査で指摘されています。また、子供の休学により止むを得ず欠勤しなければならないケースは、圧倒的に男性より女性が多いようです。
さらに日本の抱える深刻な問題として、子供の貧困があります。特にひとり親家庭の子供の貧困はOECD加盟国中最悪のレベルです(表3)。背景には、男女の経済格差や、離婚後の親の扶養義務不履行などがありますが、コロナウイルスはそのような苦境にさらに拍車をかけることになりそうです。ひとり親家庭のほとんどが母子家庭ですが、彼女達は男性より経済的に不安定な場合が多く、コロナ不況の影響を受けやすい立場にあります。加えて、休校中の子供達の面倒も一人で見る以外に選択肢はありません。休校中の子供達は、インターネット環境が整っていれば学校や塾のオンライン学習で勉強の遅れを取り戻すことも可能かもしれませんが、貧困家庭ではそのような環境を整えるのは困難でしょう。コロナウイルス感染拡大以前から深刻だった子供の貧困問題が、パンデミックによってより悪化しないよう、我々は早急に対策を打ち出さなければなりません。
ピンチはチャンスという諺があります。今回のコロナ危機により引き起こされたピンチをいかにチャンスに変えることができるのか、私達一人一人が考えなければなりません。男女の経済格差や子供の貧困はコロナ以前から日本にとって大きな課題でした。日本社会に内在していた格差問題が、コロナウイルス感染拡大により顕在化してきた今こそ、この問題の真の解決策を探るチャンスだと捉えることができるのではないでしょうか。コロナ後を生きる私たちに求められるのは、単に社会生活をこれまで通りに戻すことではありません。コロナによって露呈した様々な社会の矛盾や不平等をどうすれば乗り越えられるのか、知恵を出し合いながら行動することが必要なのです。
変化は少しずつ芽生えているのではないでしょうか。例えば日本ではなかなか普及しなかった電子署名なども、コロナ禍を機に導入する企業が出始めています。これによって今後企業間の取引などビジネスのスピードはさらに加速するでしょう。オンライン診療の普及や非接触技術・医療テックの進歩など、コロナが撒いた新たなイノベーションの種はこれから大きく花開く可能性があります。変化は技術面だけにとどまりません。オンラインミーティングの普及で、物理的に集まらなくてもコミュニケーションや意思決定は可能だと気付いた人も多いのではないでしょうか。私たちのマインドにも、コロナによって大きな変化が起きています。
重要なのは、こうした変化の中核に、持続可能な開発目標(SDGs)の精神である「誰一人取り残さない」を据えることです。コロナによって加速度的に進む変化の根幹に「誰一人取り残さない」という視点を盛り込み、一人一人が包摂的な社会を作るアクターとなって行動すれば、ビフォーコロナ時代から根強く残る男女格差や子供の貧困などの問題にも解決策を打ち出せるのではないでしょうか。そして、個人・企業・国のすべてのレベルの行動によって包摂的な社会を作ることができれば、懸念されるコロナの第二波、そして将来起きるかもしれない未知のパンデミックに備えることも可能なはずです。
問題を見て見ぬふりをするのは、ビフォーコロナで終わりにしましょう。アクションを必要とする方向へ私達一人一人が主体的に動けば、アフターコロナの世界はビフォーコロナよりも良い社会になるはずです。
日本・東京にて
村上 由美子