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「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(14) 秋山信将さん(後編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。読者の皆さまに今後の日本と世界を考えてもらう一助となるよう、執筆者には組織を代表するのではなく個人の資格で、時には建設的な批判も含めて、寄稿いただいています。第14回は、秋山信将さん(一橋大学大学院法学研究科/国際・公共政策大学院教授)の寄稿の後編として、国際機関の体制や機能、また他ステークホルダーとの連携の有用性について考えます。

※文中の写真はいずれもイメージで、文章と直接関係はありません。

 

コロナ危機は新しい、実効的な多国間主義を考える契機である(後編)

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一橋大学大学院法学研究科/国際・公共政策大学院教授。2018年より同大学院院長を務める。それ以前は、2016年から2018年まで外務省に出向し、在ウィーン国際機関日本代表部公使参事官として、核セキュリティ、原子力安全を中心に国際原子力機関IAEA)での原子力・不拡散外交に携わる。また、2010年、2015年の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議には日本政府代表団アドバイザーとして参加。最近では、外務省の「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」メンバーを務める。一橋大学博士(法学)© ︎Nobumasa Akiyama

 

新たな多国間主義のあり方を目指して 

今後の多国間主義を通じた国際協力を考えるにあたって二つのカギとなる考え方を示したい。一つは、グローバル・ガバナンスの「重層化」である。そしてもう一つが、「マルチ・ステークホルダー」化である。いずれも国際機関をめぐる議論においては目新しい概念ではない。しかし、今回のパンデミックの中でのマルチラテラリズムの危機を目の当たりにし、改めてガバナンス改革の方向性としてこの二つの重要性を確認したい*1

 

今回の感染症パンデミックのようなグローバルな規模の危機への対処の実効性を高めるためには、対策のループホール(抜け穴)を作らないという点で国際的な協調が不可欠である。例えば、今回の新型コロナは、感染力が比較的強いために、時期は相前後するものの世界各地に蔓延しており、また免疫のメカニズムも明らかになっていない。一方で人の往来を完全に遮断し続けることは不可能である以上、世界規模での対応が必要であり、そのためには、グローバルな対応における「ウィーク・リンク(弱い鎖の輪:一つの輪が弱ければ鎖は役に立たないことの喩え)」を作らないことが重要である。その国際協調を実現するプラットフォームは、国際機関、今回の場合には世界保健機関(WHO)が中心となるが、国際機関のキャパシティやマンデートを考えると、国際協調をその枠内で追求するだけでは不十分である。

 

今回、WHOに対して、その危機対処ぶりに関して各国から多くの不満が寄せられていた。中国との間で、とりわけ初期段階において情報共有が円滑にできていなかったのではないか、またWHOから提供された新型コロナウィルスの特性や対処方法に関する情報が不適切であったのではないか、といった不満である。こうした不満が出るのは、新型コロナが新しい感染症であったことや、主権国家の集合体である国際機関の宿命として効果的に業務を遂行するためには、当事国たる加盟国と協調的な姿勢を取る必要があったということで理解できるが、そのことは、WHOの統治体制の見直しやエンパワーメントが不要ということを意味しない。

 

しかし、主権国家の集合体としての国際機関の側面を考えると、国際機関そのものの能力を強化するという国際協調体制改善の方向性の限界も認識したうえで、国際機関の強化と並行し、国際協調の重層化とネットワーク化を通じた、グローバル・ガバナンスの能力強化の方策を志向することも必要である。具体的には、有志国家間での協力体制の強化や、民間レベルにある専門知識や情報ネットワークの活用のために、エピステミック・コミュニティ(Epistemic community: 知識共同体、専門知を持つ人々の集団)/市民社会といった多様なステークホルダーのコミットメントを高め、国際機関と連携を取りつつ、国際社会全体としての能力向上を図るという方向性である*2。新型コロナの危機における国際社会の対応ぶりは、こうした形のガバナンスの改善が必要かつ有効であることを示している。

 

新型コロナは未知の感染症で、感染力や症状などが解明されておらず、また、効果的な治療法はいまだ確立されていない。そのような中で、政府の持つ情報や能力だけでは対応が追い付かず、各国政府の対策の策定にあたって感染症の専門家の役割に注目が集まった。さらに、感染者数や感染のパターン、あるいは症例などのデータが出始めると、政府や政府と密接に連携している専門家だけでなく、大学や研究所などに所属する研究者が、SNSなどを通じて情報や知見を交換しながら、様々な知見が蓄積されていくという現象がみられた。しかも、このような情報の交換と知の蓄積は、医学界、疫学の専門家という狭いコミュニティに留まらず、数理統計学や心理学、人工知能(AI)によるビッグデータ解析など多様な領域の専門家を巻き込む形で広がっていった。

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新型コロナウイルスのワクチン開発が世界中で進められている ©︎ UN Photo/Loey Felipe

 

このような専門家のコミュニティ(エピステミック・コミュニティ)は、政府の対策に対する「ピア・レビューワー(peer reviewer: 一種の査読者)」の役割を果たし、またある時には政府外の専門家の知見や情報が、政府内部の政策形成過程の中に取り入れられ、手探りの中で進められていた感染症封じ込め対策の改善に貢献したと言っても良いであろう。

 

また、言うまでもなく、感染症の症例に真っ先に触れるのは医師であり、そのほかの医療従事者である。新型コロナ危機において、中国政府からの情報提供のあり方に関する不満や不信感が国際社会に充満したが、従来の政府の担当窓口を通じたWHOへのコミュニケーション(通報や情報提供)が国家の利害関係の中で適切に機能しえないのであれば、医師や研究者といった非政府や市民社会の主要アクターが直接参加し、情報を提供・共有できるようなネットワークを構築することも一つの方策であろう。

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アフガニスタンイスラムカラで、新型コロナウイルスによる脅威に最前線で対応する医療従事者たち ©︎ UNOCHA

 

このようなエピステミック・コミュニティのネットワークを通じた早期通報、情報共有、そして集まってくる情報の科学的検証をネットワーク上の集合知にも一部頼りながら、公的なチャネルで活動するWHOを補完し、関係国やWHOに対し、蓄積されたデータによるエビデンスをもとに代替案を提示しつつ対応を促したりすることを可能にする。エピステミック・コミュニティのチャネルに情報が流れ、様々な、しかし専門的な知識に裏打ちされた情報や知見が社会に共有されることにより、国際機関や各国は、ある種のピア・プレッシャーも受けることとなり、国際機関や各国政府は、自らの危機への対応力(responsiveness)、情報公開等における透明性(transparency)や政策の妥当性や適切性に関するアカウンタビリティ(accountability)を高めていかざるを得なくなり、結果として国際社会全体での危機対応能力が向上することが期待できる。

 

その際に留意すべきは、このようなエピステミック・コミュニティのメンバーで、ネットワークを通じ早期通報を行った者が、国家の利益を損ねたという理由から当該国政府により罰せられるというような可能性もあるという点である。例えば感染症の情報というのは、国家安全保障に直結すると考えられており、そのような情報を漏洩することを禁じる国もある。また、政府の威信や国民からの信頼を維持するという観点から、政策の失敗ともとられかねない感染症の流行に関する情報の提供を躊躇する政府も出てくるであろう。しかし、国境を越えて影響が広がるパンデミック危機においては、一国の国益よりも国際公益を優先させるべきである。さらに言えば、国内においても、ある地域での感染症の流行を隠ぺいすることにより、国内の他の地域での感染症の蔓延を引き起こすリスクもある。そこで、そのような「公益通報」行為を行った専門家(whistleblower: ホイッスルブローワー)の権利保護の方法についても考える必要性があるだろう。その意味では、安全と人権の衡平性を確保する観点からも人権や民主主義の専門家の関与も欠かせない。

 

他方で、災害時に見られる社会的な現象に「インフォデミック(infodemic)」がある。ソーシャルメディア上などで真偽や出所不明な情報、あるいは「フェイクニュース」と呼ばれるような虚偽の情報が流通し、これらの情報が人々をパニックに陥れることによって社会的な混乱が生じるような状況が、今回の新型コロナのパンデミックでも、世界各地で生じていた。そのためには、誤った情報が否定され、その代わりにより確度の高い、出所の明らかな情報が流通されるべきであるが、エピステミック・コミュニティのネットワークを通じて発信される情報に、そうした「フェイクニュース・バスターズ」的な役割も期待しても良いのではないだろうか。

 

このようなネットワークはまた、医療機器や防護服など緊急時対応のための資機材の備蓄や生産拠点の所在に関する情報をあらかじめネットワークに登録しておき、緊急時には、感染症の流行状況やトレンドを適切に把握・予想して、資機材を相互に融通するためのプラットフォームとして活用しえるかどうか、検討しても良いであろう。新型コロナ対応で世界的に医療資機材が不足し、奪い合いになったことは記憶に新しいが、もしこのような危機対応時における資機材の相互融通が効率よく行えるようなネットワークが構築されれば、各国ごとに備蓄や生産体制を囲い込むよりも効率的かつ、おそらく迅速に物資の供給が可能になるであろう。

 

おわりに

新型コロナ危機によって、国際機関を通じた多国間協力への悲観論が高まっている。しかし、国際社会は、グローバルな取り組みを必要とする問題が深刻化している(そして、そうしたグローバルなイシューを単独でリーダーシップをとって解決できるような超大国が存在しない)今こそ多国間主義を必要としている。そこには、主権国家の集まりとしての国際機関が抱える制度的制約という構造的な問題が立ちはだかるが、それを悲観もせず、また理想論に固執することもなく、どう乗り越えるかを、従来の思考の枠組みを超えて柔軟かつ複眼的に考えていくことが求められよう。

 

本稿では、一つのアイディアとして、多国間主義の実効性を確保するためには、国際機関自体のガバナンスを改革していくことも重要であるが、その国際機関が政策領域のグローバルなガバナンスを、エピステミック・コミュニティ/市民社会のネットワーク化を通じた重層性を確保していく形で強化・改善していく方向性について述べた。このような重層性は、開発支援や、国際保健の分野でも公衆衛生など、すでに様々な政策領域においてみられる現象であるが、今後、政策の専門的技能や情報を国際機関などの公的セクターが独占することは一層困難になるであろうし、それを考えると、いかに民間(市民社会)という別のレイヤー(層)の国際協調ネットワークを構築し、公的レイヤーの国際協力との間での相互補完性を高めていくことは自然の流れのように思える。加えて、このような国際協調の重層化は、多様性と民主的価値を重視するリベラルな国際秩序における規範との親和性も高い。その観点からは、こうした多国間主義の重層化(ネットワークの構築)を、民主主義の有志国が支援に動いても良いのではないだろうか。

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UNDPの支援のもと、バングラデシュのコミュニティーワーカー達は、衛生用品の配布と新型コロナウイルス予防の啓蒙活動を行なっている ©︎ UNDP Bangladesh/Fahad Kaizer

 

さらに言えば、ともすれば、米国と中国という、対立を激化させている超大国の間にあって、パワーポリティクス的パラダイムで国際政治を見がちな日本ではあるが、同時に、日本ほどあらゆる面で国際社会との繋がりがなければ成り立たない国家はない。そのような国にとっては、より強靭且つしなやかなグローバル・ガバナンス、すなわち重層的なガバナンスは、良好な国際環境を構築・維持するうえで大きなメリットでもあるわけで、日本がこのようなネットワークづくりをスポンサーするくらいのビジョンがあっても良い。なお、これは、現下のパンデミック危機の中で浮上した別の重要なテーマである、データのフェアで公正な取り扱いに係るルールや規範作りという、ポストコロナの社会経済生活あるいは国家と個人の関係を規定しかねない大きな課題にも連なるテーマであると言える。

 

本稿で述べたガバナンスの重層化は、多国間協調のあり方をよりよくしていくための、一つのアイディアに過ぎない。しかし、今後、より良い多国間協調、あるいはグローバル・ガバナンスの制度設計と実現について、多くの人々がアイディアを出し合い、相互にレビューすることは、実はグローバル・ガバナンスを改善するうえで、多くの人たちのコミットメントを促すことにもつながり、それ自体にも重要な意義があると考える。

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Forum of Small States (FOSS) は、6月に国連憲章署名75周年記念イベントを開催し、多国間主義の重要性について議論した ©︎ UN Photo

 

日本・東京にて

秋山 信将

*1:新型コロナウィルスに対するWHOの対応とそこから導かれるガバナンス改革の在り方についての詳細は、拙稿「新型コロナウィルス対応から見る世界保健機関(WHO)の危機対応体制の課題」、日本国際問題研究所レポート、2020年5月17日を参照。

*2:エピステミック・コミュニティについては、International Organization, Vol. 46. No. 1. (Winter 1992)の特集号を参照。