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「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(34) 杢尾雪絵さん (後編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第34回は、杢尾雪絵(もくお ゆきえ)さん(UNICEFレバノン事務所代表)からの寄稿の後編です。

 

新型コロナウイルスパンデミックが子どもたちに与えた多大な影響 (後編)

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大学卒業後、都市計画建築コンサルタントとして就職後、青年海外協力隊員(JOCV)や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の国連ボランティア(UNV)を経て、1991年から1994年末まで米コーネル大学地域計画学科に留学。国連食糧農業機関(FAO)ローマ本部インターンを経て、1995年にジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)として国連児童基金UNICEF)モンゴル事務所に勤務。UNICEFコソボ事務所長(1997年〜)、モンテネグロ事務所長(1999年〜)、タジキスタン事務所代表(2001〜2008年)、ウクライナ事務所代表(2009年〜2014年)、キルギス共和国事務所代表(2014年~2019年)。
2019年7月より現職 © UNICEF

前編でみてきたように、子どもたちへのパンデミックの影響は多様です。ですから、私たちの対応も同様に多様で多層的である必要があります。社会全体で、すべての子どもたちへのより高いレベルの持続的な投資を確保する必要があります。では、「子どもたちへの持続的な投資」とはどういうことなのでしょうか。

 

世界の指導者たちは、将来の人的資本である子どもたちの健全な成長を、国の復興計画の中心に置くべきです。また、国家間の経済格差を考えると、国際協力との連帯がさらに重要になります。世界が一体となってSDGs(持続可能な開発目標)を成し遂げるにあたっても、子どもを中心とした社会政策が必要となります。

 

具体的には、いくつかの優先事項を掲げる必要があります。まずはメンタルヘルスとメンタルウェルビーイングに対処できる社会を創ること。子どもたちに限らず、誰もがコロナ禍において、何らかの形でストレスをためてきました。精神医療に対しては、今現在でもスティグマ(差別や偏見)が伴うといわれていますが、このパンデミックを機に、世界がそうした偏見を克服して、人々の、特に子どもたちと青少年の精神医療と心理的サポートを優先事項にする必要があります。

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感染予防対策を講じ、コロナの隔離病棟で子どもたちや若者向けのメンタルヘルスセッションを行う様子(ネパール、2021年6月撮影)© UNICEF/UN0472876/Nepal

 

次に、デジタル化された情報を正しく有効に、そして効率的に普及する、デジタル情報社会を構築することです。過去18カ月間は、オンラインによる情報交換とデジタル格差の大きな社会的影響が顕著になりました。学校教育だけでなく、多くの職場でもデジタル化が熱心に採用され、高く評価されてきました。その一方で、多くの貧しい国の子どもたちは同等の恩恵に預かることはできませんでした。国家間および国内における「デジタル格差」を克服すべく、世界の情報網を有効に活用することが大切です。デジタル化された子育てと教育に関する資料のより広範な普及は、教育・児童福祉現場で役立つだけではなく、子どもと青少年が、この過去一年半の教育の遅れを取り戻すことにも有効でしょう。

 

また、ソーシャルメディアを有効的に使うことは、21世紀の情報社会には欠かせないことです。ソーシャルメディアは正しく使用されれば、最も有効な情報発信と情報交換が可能なメディアです。たとえば、質の高いメンタルヘルス支援やキャリアプランニングに関する資料を青少年に普及したり、誤った情報を信頼性のある情報元からの発信で訂正する際などにも有効です。デジタル情報技術はこの先ますますの発展を成し遂げると思いますので、デジタル情報を有効に駆使する政策は将来的な持続性も高いでしょう。

 

さらには、母子保健医療の新たな優先事項を掲げることも大切です。新型コロナウイルスに関する情報は今でも医療情報の大半を占めていますが、通常の母子保健医療サービスの定期的な受診がないがしろになってはいけません。パンデミック前には、世界中でポリオや麻疹などのワクチン接種が進むことによって、予防可能な病気の根絶に大きな進歩がありました。 しかし、新型コロナウイルスパンデミックは、各国で子どもの定期予防接種事業を停滞させてしまいました。根絶間近のポリオや麻疹などの感染が再び起こらないよう、世界的に定期予防接種の接種率を上げていくことが緊急に必要とされています。また、日本でも妊娠中に新型コロナウイルスに感染した妊婦が、入院先が見つからないまま自宅での出産を余儀なくされ、新生児が死産に至るという悲しいニュースがありました。新型コロナウイルスへの感染によって、女性の妊娠出産、また新生児医療などにかかるリスクを、国や自治体は包括的に管理する必要があります。

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UNICEFとWHOの協力の下、レバノン保健省が主導する麻疹とポリオの全国予防接種キャンペーンで、子どもにポリオワクチンを接種する筆者 © UNICEF Lebanon/2020/Choufany

 

そして、パンデミックによる子どもへの暴力の急増はまだ終わっていません。それは、私たちが一体となって意識を高め、その効果とその保護策について率直に話し合っていかない限り、解決策は見込めないでしょう。先にも述べましたとおり、発育過渡期にある子どもや青少年への心理的なストレスや悪影響は回復に時間がかかり、この先の社会の発展に大きな影を落としてしまいます。子どもたちが直面している状況を早急に把握して、予防策を講じることが必要です。

 

こうした推奨事項を述べるにあたって、一つ重要なことがあります。それは社会全体が一丸となって、多層的に問題に取り組んでいく必要があるということです。教育、児童福祉、母子保健医療など、国や自治体が子どもたちの健全な発育を促していく政策を優先事項に掲げていかないといけないことは、言うまでもありません。そして直接子どもたちと関わる社会サービス提供者や学校関係者、児童福祉士、医療従事者などが、既に追われている多大な責務に潰されないよう、余裕を持って子どもたちの危険信号を察知できるように、働く人々のスキルアップと職場の改革も必要です。その一方で、市民社会やコミュニティでのサポートと助け合いも非常に重要です。より多くの市民が子どもたちを守っていくという意識を高めることで、子どもたちが安全に暮らしていく環境づくりができるのです。そして一番大切なのは、各家庭での子どもたちとのふれあいとコミュニケーションでしょう。おとなも多くのストレスを抱えて生活しているコロナ禍では、私たち一人ひとりが子どもと向き合って暮らしていく家庭環境を整えていくことが重要です。

 

ここに述べている様々な推奨事項は、多岐にわたる社会政策のごく一部であり、当然これだけで子どもたちを守ることはできません。

 

新型コロナウイルスの感染対策には、世界的な対応がまだまだ続くことでしょう。コロナ禍の経験から教訓を学び、子どもたちがより安全に、そしてその能力を最大限に発揮できる社会を守り、築き上げていく責務が、おとなである私たち一人ひとりにあります。そうした意識を高めるためにも、「この社会は子どもの発育にとって最適なのか?」といった問いかけを、私たちは常に一貫して自問していく必要があるのです。

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レバノンのブルジュ・バラジネにあるパレスチナ難民キャンプにおいて、UNICEFが支援する
新しい学習スペースで子どもたちと交流する筆者(中央) © UNICEF Lebanon/2019

レバノンベイルートにて

杢尾 雪絵