国連広報センター ブログ

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みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(23) 岡井朝子さん(後編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第23回は、岡井朝子さん(UNDP総裁補 兼 危機局長)からの寄稿の後編です。

 

大胆な変革で 歴史的な危機からの飛躍を(後編)

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UNDPの危機関連の活動全般を指揮し、危機の予防や対応、復旧にむけたUNDPのビジョンと優 先事項を推進する。前職は2016年から在カナダ・バンクーバー日本国総領事。1989年に外務省 入省。国連を含め、国際舞台での30年以上のキャリアを通じ、開発、人道支援、防災、平和構 築分野での豊富な実績を有する。パキスタン、オーストラリア、スリランカ日本大使館での 勤務の他、国連日本政府代表部公使参事官や第66会期国連総会議長室上席政策調 整官として国連本部とも深く関わってきた。 英国ケンブリッジ大学一橋大学法学部卒業。 ©︎ UNDP

 

前編では、コロナ危機の打撃の大きさを考察し、その深刻さゆえに、コロナ危機からのbuild forward betterの道筋には、SDGs羅針盤に課題を統合的にとらえ、しかも柔軟に思考することの大切さを論じました。後編では、build forward betterの道筋にさらに必要なポイントを論じたいと思います。

 

道筋3:複層的危機に瀕する脆弱な国々への支援アプローチにも革新を


UNDPの危機局長として、最も頭を悩ませている問題が、紛争や暴力の影響下にもともとある国々が、輪をかけたようにコロナ危機の影響を受け、さらには自然災害や気候変動の影響で連続パンチを食らっている状態にどう対処するかです。


例えば、スーダンでは、経済情勢の悪化とインフレが契機となり、バシール政権が軍によって倒されましたが、暫定政府が移行計画を準備している中でも、引き続き国内に反政府武力勢力を抱え、ここにこの夏、大規模な洪水被害が発生しています。サヘル地域では、過激主義勢力が一部地域を占拠、拡大を続け、人口1億5千万人のうち、既に420万人が家を追われています。人口の7割がエネルギーへのアクセスがない中、気候変動の影響は世界平均の1.5倍のスピードで現れ、毎年のように干ばつに襲われ、食料事情は悪化の一途。国境を越えた武器薬物の密輸に加えてマリではこの夏、軍事クーデターが起こり、近々選挙を予定している近隣の国々への波及が懸念されています。当然ながらこれらの国々の医療事情はもともと悪く、国民、避難民に十分な支援は到底行き届いていません。

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干ばつや暴力的過激派の襲撃など様々な問題を抱えるサヘル地域(チャド) ©︎ UNDP Chad / Aurélia Rusek

 

歴史を通じて、世界は脅威、リスク、激動に直面してきましたが、今日直面している課題は、脅威とその後のリスクの割合、頻度、強度、性質、地理的な広がりが大きく変化していると思います。地政学的不安定性と国境を越えた犯罪ネットワークと暴力的過激派の介入による紛争の長期化、経済的および財政的不安定性が政府の対処能力を大きく減退し、国境を越えたリスクを引き起こしています。パンデミックという世界的な脅威に直面し、気候変動、自然界とどう向き合うか、サイバー脆弱性などその他新たに出現する脅威をどう未然に防ぐかは、相互に関連しています。


コロナ禍はまた、政府の統治の問題と市民と政府との間の社会的結束の改善の必要性もまた明らかにしました。多くの国で政治危機に発展しており、既存の弱点を露呈または悪化させ、ガバナンスシステムへの一般市民の参加と信頼をさらに損なっています。各国がこの危機から立ち直るのを支援したいのですが、国内利害の対立、格差と決定過程への参画の不平等、誤った方向への資源投資、司法制度を含む機能不全または無反応の統治メカニズム、といったとても難しい課題に直面すると無力感が募ります。紛争や脆弱な状況では、政府の正当性はすでに存在せず、地元の治安機関ではなく、非国家武装グループや暴力的過激派による保護への依存度が高まっている場合もあります。


コロナ危機は、特に脆弱で紛争や危機の影響を受けた状況において、ショックに対する回復力を構築することの緊急性を改めて明らかにしました。レジリエンスの重要な要素の中には、社会的結束、人権、危機ガバナンス、中央のみならず地方レベルでの対応能力、外国人排斥やヘイトスピーチなどの未然防止などが含まれます。また、紛争停止と平和の追求、包括的で公平で法の支配に従う社会経済的枠組みも不可欠です。

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自然保護に従事する女性への資金提供プログラムを通じて環境保護と女性のエンパワメントを推進(コスタリカ) ©︎ UNDP Costa Rica

 

世界がさらなる危機と紛争に向かうのか、それともレジリエンスに向かうのかは、今私たちがガバナンス、人権、平和と安全の課題にどのように対処するかに大きくかかわってくるでしょう。そして、人々こそが変化の主体となることを示唆しています。UNDPでは、アジェンダ2030に向けた進展を損なわないために、市民の空間を拡大し、信頼を回復し、機関と代表する人々との間のギャップを埋める手段として、各国が新しくより包括的な社会契約を構築する方法を模索しています。外部からの人道支援はコロナ禍前にも既に限界に達し、世界のすべての脆弱な人々を救うことはできていませんでした。脆弱な人々自らが能力をつけ、開発の主体となるような社会を築かなければなりません。


国連と世銀がまとめた「平和への道筋」という共同研究では、国際社会が「予防」にもっと注力すべきで、開発政策がその中核を占めるべきことを提言しています。すなわち、今日の多くの暴力的紛争の根底には、権力、天然資源、安全保障、公正などにおける排除とそれに対する不満があることを検証し、より人々を中心としたアプローチを採用する必要を指摘しました。リスクが高い場合や高まっている場合には、対話を通じた包摂的な解決策、適応されたマクロ経済政策、制度改革、再分配政策が必要で、インクルーシブであることが鍵です。それは、市民参加の主流化であり、意思決定への女性と若者の参加の強化を意味します。さらにこの研究は、国内の開発プロセスが安全保障、外交、調停、その他紛争が暴力的になるのを防ぐための努力ともっと統合され、一貫性をもって行われるべきことも強調しています。


複数の同時多発する脅威とトレードオフの考慮事項を、開発政策に統合し、国連システム全体、NGO、国際ドナー、開発銀行、国および地方政府を含むすべてのアクターと共同対処できないか。防災協力の分野からRisk-informed Developmentという手法が生まれてきていますが、これをあらゆるリスクに応用し、そのリスク情報に基づく開発により、リスクの発生を回避し、回復力を構築するための手段できないか。


課題はとてつもなく大きいですが、日々模索しています。

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女性への経済的エンパワーメントや能力開発は経済発展やSDGs達成に向けた重要な投資(パレスチナ) ©︎ UNDP PAPP/Shareef Sarhan

 

道筋4: SDGsのための資金調達は官民をあげたシステム変革が必要


さて、上述したような脆弱国支援において、政府開発援助(ODA)予算の存在は必要不可欠です。ですが、日本も含め、各国の財政状況は厳しく、経済の後退も相まって、先細りが懸念されています。ここはなんといっても日本をはじめとしたドナー諸国に頑張って確保して欲しいところです。でも、途上国支援は政府資金でやるもので、自分たちは関係ない、とか、自国さえよければいい、他国に構っている余裕はない、と思考を閉ざしてしまっている方がいたとしたら、誠に残念です。感染症は、皆が安心な状態になるまでは、皆が不安を抱えたままなのですから。


コロナ禍で大きく後退を余儀なくされているSDGs実現のためには、国際および開発金融機関、ビジネスリーダー、イスラム金融など宗教的倫理に基づく取引を行う金融機関、その他の民間セクターパートナーとのパートナーシップやネットワークを通じて、公的、民間部門双方より、国内、国際双方の資金源を確保できるようにしなければなりません。SDGsの資金調達には、グローバルな金融システム内での大幅な変革が必要で、経済、社会、環境の分野を横断して、公的機関と民間機関との相互関係のあり方を変える必要があります。そして、次世代の開発計画への投融資を検討する際には、パンデミック、気候と災害のリスク、および経済的ショックをすべて同時に考慮する必要があります。

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モバイル決済を行う人。海外に住む家族からの仕送りで生計を立てている家庭は多く、海外送金の継続は重要(ケニア) ©︎ UNDP Kenya


開発資金を確保するために、国連事務総長の資金調達戦略は次のことを求めています。

  • 世界の経済政策と金融システムを2030アジェンダに合わせる
  • 地域および国レベルで持続可能な資金調達戦略を策定し投資を強化する
  • 金融革新、新技術、デジタル化の可能性をつかみ、金融への公平なアクセスを提供する。

UNDPは、財政と民間セクターの開発に長年携わってきた実績がありますが、近年、官民からのSDG資金調達にかかる要望の増大に応えるため、2019年4月にSDGファイナンスセクターハブ(FSH)を設立し、政府、民間セクター、および国際金融機関がSDGsへの資金調達を加速するお手伝いをしています。官民連携を深める国家戦略の支援から、SDGsに資するプライベートエクイティファンド、SDG債券および事業の指針を定めたグローバルスタンダードの策定、SDGs達成を可能にするグローバル、地域、国レベルでの投資分野をまとめた投資家マップまで、FSHは現在、SDGインパクト、統合国家フレームワーク(INNF)、保険およびリスクファシリティ、デジタルファイナンスの4つの主要なイニシアチブを提供しています。さらに、9月の国連総会時に開かれたSDGビジネスフォーラムにおいて、UNDPはグローバルコンパクト、国際商工会議所やマイクロソフトやDHLといった民間のパートナーとともに、The COVID-19 Private Sector Global Facilityを立ち上げ、民間企業がSDGsの理念に即してコロナ禍から回復するのを支援することとしました。 

 

政府によるルール作りと資金のより効果的な活用、民間企業とのパートナーシップにより、公的資金だけでは到底埋めきれないコロナ禍からの回復とSDGs達成のための資金ニーズを満たし、官民をあげた取り組みを邁進していって欲しいと思っています。

 

日本においても、経団連をはじめとしたビジネス団体、ベンチャーを含む企業、自治体、非営利組織、教育研究機関、若者団体などがもう深く内外でSDGsを促進する取り組みに参画し始めてくれています。シティ・ファウンデーションとは、若者によるイノベーションや社会企業を支援する活動「Youth Co:Lab」を共催しています。地球規模の危機に、GDP世界第3位の日本が官民あわせて国際的リーダーシップをぜひともとってもらいたいと願っています。

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Youth Co:Labのイベントには課題解決に取り組みたい若者が多数参加(東京) ©︎ UNDP Tokyo

 

結びに:「人間の安全保障」と日本への期待


分断とカオスを印象付けながら幕を開けた国連総会一般討論演説でしたが、菅総理の国連デビュー演説は、「人間の安全保障」を中核に据え、国際協調を訴える誠実なもので各国に好意をもって受け止められました。先日、菅総理は、2050年までの温室効果ガス排出量正味ゼロ達成を目指すと発表されましたが、グテーレス国連事務総長が即刻声明を出すなど、大歓迎されました。もともと「人間の安全保障」の概念は、1994年のUNDPの人間開発報告書で生まれ、2003年に故緒方貞子元国連難民高等弁務官アマルティア・セン教授とともに共同議長を務めた『人間の安全保障委員会』の報告書の中で定義されて以来、日本の国際協力のベースとなる考え方として脈々と受け継がれてきました。それから26年を経て、上記に見てきたように、恐怖や欠乏から人々の生活を守り、人間の尊厳を守る、そのために人々、社会の能力をつける、という考えの妥当性は不変です。むしろ、さらにバージョンアップして、現代社会が直面する紛争、暴力、自然災害や破壊、気候変動、パンデミック、デジタル社会の進展などによるあらゆるリスク、脅威の根本原因に未然に対処し、不平等などの構造的障壁を取り除き、人々が理不尽な扱いを受けないような社会づくりのためのシステム変革を起こす原動力としなければならないものとの認識を新たにしています。


この未曾有の危機に際し、日本も否応なく変化への適応を迫られています。危機の中に皆ともにいるからこそ、そこから這い出し、乗り切るためには、変化を恐れず、大変革を果敢にリードしていかなければなりません。官民、自治体、学界、市民社会その他どこにおられようとも、より多くの日本の皆さんが、その必要性に賛同し、人間開発の最大の後退の危機を歴史的飛躍に変えるための変革をともに力強く推進していく仲間となってくれることを願っています。

 
アメリカ・ニューヨークにて
岡井 朝子