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「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(34) 杢尾雪絵さん (後編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第34回は、杢尾雪絵(もくお ゆきえ)さん(UNICEFレバノン事務所代表)からの寄稿の後編です。

 

新型コロナウイルスパンデミックが子どもたちに与えた多大な影響 (後編)

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大学卒業後、都市計画建築コンサルタントとして就職後、青年海外協力隊員(JOCV)や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の国連ボランティア(UNV)を経て、1991年から1994年末まで米コーネル大学地域計画学科に留学。国連食糧農業機関(FAO)ローマ本部インターンを経て、1995年にジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)として国連児童基金UNICEF)モンゴル事務所に勤務。UNICEFコソボ事務所長(1997年〜)、モンテネグロ事務所長(1999年〜)、タジキスタン事務所代表(2001〜2008年)、ウクライナ事務所代表(2009年〜2014年)、キルギス共和国事務所代表(2014年~2019年)。
2019年7月より現職 © UNICEF

前編でみてきたように、子どもたちへのパンデミックの影響は多様です。ですから、私たちの対応も同様に多様で多層的である必要があります。社会全体で、すべての子どもたちへのより高いレベルの持続的な投資を確保する必要があります。では、「子どもたちへの持続的な投資」とはどういうことなのでしょうか。

 

世界の指導者たちは、将来の人的資本である子どもたちの健全な成長を、国の復興計画の中心に置くべきです。また、国家間の経済格差を考えると、国際協力との連帯がさらに重要になります。世界が一体となってSDGs(持続可能な開発目標)を成し遂げるにあたっても、子どもを中心とした社会政策が必要となります。

 

具体的には、いくつかの優先事項を掲げる必要があります。まずはメンタルヘルスとメンタルウェルビーイングに対処できる社会を創ること。子どもたちに限らず、誰もがコロナ禍において、何らかの形でストレスをためてきました。精神医療に対しては、今現在でもスティグマ(差別や偏見)が伴うといわれていますが、このパンデミックを機に、世界がそうした偏見を克服して、人々の、特に子どもたちと青少年の精神医療と心理的サポートを優先事項にする必要があります。

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感染予防対策を講じ、コロナの隔離病棟で子どもたちや若者向けのメンタルヘルスセッションを行う様子(ネパール、2021年6月撮影)© UNICEF/UN0472876/Nepal

 

次に、デジタル化された情報を正しく有効に、そして効率的に普及する、デジタル情報社会を構築することです。過去18カ月間は、オンラインによる情報交換とデジタル格差の大きな社会的影響が顕著になりました。学校教育だけでなく、多くの職場でもデジタル化が熱心に採用され、高く評価されてきました。その一方で、多くの貧しい国の子どもたちは同等の恩恵に預かることはできませんでした。国家間および国内における「デジタル格差」を克服すべく、世界の情報網を有効に活用することが大切です。デジタル化された子育てと教育に関する資料のより広範な普及は、教育・児童福祉現場で役立つだけではなく、子どもと青少年が、この過去一年半の教育の遅れを取り戻すことにも有効でしょう。

 

また、ソーシャルメディアを有効的に使うことは、21世紀の情報社会には欠かせないことです。ソーシャルメディアは正しく使用されれば、最も有効な情報発信と情報交換が可能なメディアです。たとえば、質の高いメンタルヘルス支援やキャリアプランニングに関する資料を青少年に普及したり、誤った情報を信頼性のある情報元からの発信で訂正する際などにも有効です。デジタル情報技術はこの先ますますの発展を成し遂げると思いますので、デジタル情報を有効に駆使する政策は将来的な持続性も高いでしょう。

 

さらには、母子保健医療の新たな優先事項を掲げることも大切です。新型コロナウイルスに関する情報は今でも医療情報の大半を占めていますが、通常の母子保健医療サービスの定期的な受診がないがしろになってはいけません。パンデミック前には、世界中でポリオや麻疹などのワクチン接種が進むことによって、予防可能な病気の根絶に大きな進歩がありました。 しかし、新型コロナウイルスパンデミックは、各国で子どもの定期予防接種事業を停滞させてしまいました。根絶間近のポリオや麻疹などの感染が再び起こらないよう、世界的に定期予防接種の接種率を上げていくことが緊急に必要とされています。また、日本でも妊娠中に新型コロナウイルスに感染した妊婦が、入院先が見つからないまま自宅での出産を余儀なくされ、新生児が死産に至るという悲しいニュースがありました。新型コロナウイルスへの感染によって、女性の妊娠出産、また新生児医療などにかかるリスクを、国や自治体は包括的に管理する必要があります。

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UNICEFとWHOの協力の下、レバノン保健省が主導する麻疹とポリオの全国予防接種キャンペーンで、子どもにポリオワクチンを接種する筆者 © UNICEF Lebanon/2020/Choufany

 

そして、パンデミックによる子どもへの暴力の急増はまだ終わっていません。それは、私たちが一体となって意識を高め、その効果とその保護策について率直に話し合っていかない限り、解決策は見込めないでしょう。先にも述べましたとおり、発育過渡期にある子どもや青少年への心理的なストレスや悪影響は回復に時間がかかり、この先の社会の発展に大きな影を落としてしまいます。子どもたちが直面している状況を早急に把握して、予防策を講じることが必要です。

 

こうした推奨事項を述べるにあたって、一つ重要なことがあります。それは社会全体が一丸となって、多層的に問題に取り組んでいく必要があるということです。教育、児童福祉、母子保健医療など、国や自治体が子どもたちの健全な発育を促していく政策を優先事項に掲げていかないといけないことは、言うまでもありません。そして直接子どもたちと関わる社会サービス提供者や学校関係者、児童福祉士、医療従事者などが、既に追われている多大な責務に潰されないよう、余裕を持って子どもたちの危険信号を察知できるように、働く人々のスキルアップと職場の改革も必要です。その一方で、市民社会やコミュニティでのサポートと助け合いも非常に重要です。より多くの市民が子どもたちを守っていくという意識を高めることで、子どもたちが安全に暮らしていく環境づくりができるのです。そして一番大切なのは、各家庭での子どもたちとのふれあいとコミュニケーションでしょう。おとなも多くのストレスを抱えて生活しているコロナ禍では、私たち一人ひとりが子どもと向き合って暮らしていく家庭環境を整えていくことが重要です。

 

ここに述べている様々な推奨事項は、多岐にわたる社会政策のごく一部であり、当然これだけで子どもたちを守ることはできません。

 

新型コロナウイルスの感染対策には、世界的な対応がまだまだ続くことでしょう。コロナ禍の経験から教訓を学び、子どもたちがより安全に、そしてその能力を最大限に発揮できる社会を守り、築き上げていく責務が、おとなである私たち一人ひとりにあります。そうした意識を高めるためにも、「この社会は子どもの発育にとって最適なのか?」といった問いかけを、私たちは常に一貫して自問していく必要があるのです。

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レバノンのブルジュ・バラジネにあるパレスチナ難民キャンプにおいて、UNICEFが支援する
新しい学習スペースで子どもたちと交流する筆者(中央) © UNICEF Lebanon/2019

レバノンベイルートにて

杢尾 雪絵

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(33) 杢尾雪絵さん (前編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第33回は、杢尾雪絵(もくお ゆきえ)さん(UNICEFレバノン事務所代表)からの寄稿の前編です。

 

新型コロナウイルスパンデミックが子どもたちに与えた多大な影響 (前編)

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大学卒業後、都市計画建築コンサルタントとして就職後、青年海外協力隊員(JOCV)や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の国連ボランティア(UNV)を経て、1991年から1994年末まで米コーネル大学地域計画学科に留学。国連食糧農業機関(FAO)ローマ本部インターンを経て、1995年にジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)として国連児童基金UNICEF)モンゴル事務所に勤務。UNICEFコソボ事務所長(1997年〜)、モンテネグロ事務所長(1999年〜)、タジキスタン事務所代表(2001〜2008年)、ウクライナ事務所代表(2009年〜2014年)、キルギス共和国事務所代表(2014年~2019年)。
2019年7月より現職 © UNICEF

 

新型コロナウイルス感染症の発生から、この年末には早くも2年が過ぎようとしています。世界各地でワクチンの普及が進む中、一見、子どもたちは新型コロナウイルスによる最悪の健康被害からは免れたように思われています。しかしながら、実は新型コロナウイルスパンデミックは子どもたちの毎日の暮らしに多大な影響を与え、今でもそのリスクは衰えていません。一般的には、新型コロナウイルスの医療的リスクや被害は少ないと思われている子どもたちですが、コロナ禍において最も顕著な犠牲者になっているともいえます。世界的な新型コロナウイルスパンデミックは、全世代の子どもたちに大きな影響を及ぼしており、回復には何年もかかる可能性があります。

 

新型コロナウイルスに関する知識が世界的にもまだ行き渡っていなかった初期段階の2020年7月。その時点で、世界的にも評価の高い医学誌「ランセット」は、「パンデミックの間接的な影響として食料と必須医療サービスへのアクセスが断たれることで、100万人を超える子どもが死亡する危機が起こるリスクが有る。」という警鐘を鳴らしていました。開発途上国の大部分で感染が更に広まっていますので、場合によっては100万人という数字も過小評価ということにもなりかねません。実際、新型コロナウイルスがもたらした社会的影響を世界的に見ると、このパンデミックは既存の不平等を拡大し、さらに多くの貧困層や社会的弱者に広範囲での打撃をもたらしたとも言えます。

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COVID-19対応を行うための物資が保管されている、レバノンベイルートの倉庫を訪れた筆者(左端) © UNICEF Lebanon/2020/Choufany

 

では、新型コロナウイルスパンデミックが子どもたちの生活に与える最も深刻な影響とは何なのでしょうか。やはり、一番懸念されるのは子どもたちの精神にきたす影響です。成長過渡期にある子どもや青少年が、心身ともに健康に発育していくためには、心理的な安心感や、社会とのつながりといったことが、言うまでもなく大変重要となります。しかし、新型コロナウイルスパンデミックは、子どもたちの日常生活、特に社会生活に劇的な変化をもたらしました。

 

新型コロナウイルスは、全世界で15億人以上の子どもや若者の継続的な教育を妨げてきました。多くの国で長期間の学校が閉鎖が行われ、この過去1年半の間、子どもたちの日常の活動は、ほぼ完全に家の中に限られてしまいました。私が現在暮らしているレバノンでも、学校は小中学校から高校・大学まで、全国的にすべての学校が1年半閉鎖となりました。ようやくこの9月に再開しましたが、場所によってはまだ閉鎖されている学校もあります。

 

コロナ禍の都市閉鎖中のレバノンでは、家にいて課外活動のできない青少年をサポートすべく、国連児童基金UNICEF)の青少年活動の一環として、10代の若者たちからいろいろな声を聞いてきました。青少年たちの声はとても切実でした。ある若者は、「今年は大学受験のための統一試験を控えているのに、このままだとどうなるのかとても心配です。半年以上も何も勉強できていない気がします。イライラする気持ちが募って、誰かから話しかけられてもつい大声を出したり、ドアを閉めてしまったりします。どうして良いのかわかりません。」と言っていました。また他からは、「友達と集まったりできなくなったし、結婚式などの冠婚葬祭も行われない。お葬式さえも電話のみ。まるでボトルに閉じ込められているような生活。」といった声も聞こえてきました。

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唯一自宅に一台ある携帯電話を使って、勉強に取り組む11歳のサムエルくん(右)とジャネットさん(左)兄妹(ケニア、2020年7月撮影) ©︎ UNICEF/UNI362244/Everett

 

学校での活動は子どもや青少年の日常生活の大半を占めており、学校は教育を受ける場所を提供するだけでなく、社会との繋がりや人間関係の構築など、子どもの成長に大きな役割を担っています。子どもが学校に行けないということは、まずオンライン学習のようななじみのない遠隔教育に適応するという課題が子どもたちに課せられます。それに加えて、生活パターンの変化や孤立感、教育の遅れなどによる、子どもたちのストレスレベルが非常に高くなりました。直接目には見えにくいものの、こうした面での子どもへの影響は、多大なものがあると言って過言ではありません。さらに、多くの子どもたちが、通常の身体運動の機会を失いました。自由に外で遊べない子どもたちのストレスは想像しがたいものがあります。こうした心理的ストレスは、子どもたちの将来の可能性と人生の展望にも影響を与えてしまいます。パンデミックによる心的外傷や不安神経症うつ病等を乗り越えるには時間がかかり、この後も長い期間にわたって人々を苦しめるかもしれません。特に子どもたちは、より敏感にメンタルヘルスの長期的な影響を受けるでしょう。

 

また、学校閉鎖と遠隔教育により、貧困格差や社会的差別がさらに顕著になりました。学校閉鎖期間中、いろいろな国で遠隔教育を通じて教育プログラムが提供されてきましたが、遠隔教育を通して子どもたちがどの程度の学習効果を出せたのかは、はっきりとわかっていません。また、遠隔の教育の多くはインターネットを通じてのオンライン教育が多く、こうした教育方法は国家間での格差を生むだけにとどまらず、国内での貧困格差や教育格差を生むという構造がますます顕著になりました。インターネットやデバイスへのアクセスが、すべての子どもたちに平等に与えられたとは言い難く、「デジタル・ディバイド(情報格差)」という言葉まで出てきて、教育へのアクセスが以前にも増して格差社会を浮き彫りにした形です。

 

さらに、新型コロナウイルスがもたらした大きな懸念の一つは、家庭内暴力の増加です。子どもたちが家で遠隔教育を受ける一方、多くの親たちが在宅勤務となりました。家族が一緒に家にいて活動をするというのは、家族間のコミュニケーションと家庭内の活動の機会が増えるという前向きな部分がありますが、すべての家庭がスムーズにそのような環境を保っているとはいえません。残念ながら場合によっては、必ずしも家庭が子どもにとって安全な場所であるとは限らず、中には様々な種類の虐待の被害を受けている子どももいます。貧しい家庭における限られたスペースは、過密状態のためにストレスレベルを上昇させ、欲求不満や、家庭内の諍いの増加、そしてしばしば精神的および身体的暴力をもたらします。親は子どもたちの前で日常生活を送ることを余儀なくされ、おとなたちも心理的ストレスを蓄積する中、子どもたちに影響を与える家庭内紛争や暴力が増えているという現状があります。

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母親が仕事を失った後、義父からの嫌がらせを受け家庭環境が悪くなったため、家出をした15歳のバリアさん。UNICEFがサポートするヘルプラインに電話をし、助けを求めた
ウクライナ、2020年11月撮影)© UNICEF/UN0399563/Filippov

 

新型コロナウイルスは経済活動にも大きく影響しました。多くの人が失業したり労働時間が短縮されたりしている中、親たちの焦点は、子どもの世話を中心とするよりも、各家庭の経済的安定性を確保することに移っています。さらに核家族の家庭では、親がウイルスの被害に遭った場合に、誰が子どものを世話するのかという問題も出てきており、子どもの放置やネグレクトにもつながっています。

 

たとえば、レバノンには150万人ものシリア難民や、50万人のパレスチナ難民が暮らしていますが、難民への影響はさらに大きなものでした。難民の多くは居住権をもたないため、定職につくことができません。実際、殆どの難民は、日雇労働と人道支援で家庭を支えているのが現状で、コロナ禍の過去一年半の間に、シリア難民の貧困率は、9割以上が極度の貧困に達しているという非常に憂慮される調査結果が出ています。また、児童労働に従事する難民の子どもの数はここ1年の間で倍に増えてしまいました。コロナ禍で親御さんの失業が増える中、農作業や廃棄物収集など過酷で危険な労働に携わる子どもがたくさんいる状況です。

 

社会における経済格差の構造は、貧困層であるほど、こうした問題に直面せざるを得ないという問題を抱えています。貧困と子どもへの暴力やネグレクトがつながっているという状況は、貧困の世代間連鎖を生み出す要因ともいえ、この悪循環を断ち切るような社会政策が必要となります。さらには、こうしたコロナ禍における社会経済格差は、貧困レベルを増加させるリスクを伴っており、国連世界食糧計画(WFP)は「飢餓の大流行」が起こるという警告も出しています。同声明によると、世界中の何千万人もの子どもたちが極度の貧困に直面する可能性があると予測されており、妊娠中および幼児期の栄養不良と貧困が子どもの身体的健康に悪影響を与える可能性があることを指摘しています。

 

また、世界のあらゆる国で、新型コロナウイルス感染予防のための緊急事態宣言や都市封鎖といった政策がとられてきましたが、こうした期間は、老いも若きも同様に、多くの人にとって、パソコンやスマートフォンを見る時間の増加をもたらしました。オンラインで遠隔教育を受けていた子どもたちも例外ではありません。パンデミックに関係なく、オンライン上のエンターテイメントにはリスクが伴いますが、新型コロナウイルスの感染の蔓延で、情報伝達に新たな脅威が発生しました。フェイクニュースです。特に新型コロナウイルス感染予防やワクチンの効果などに関して、有害な誤った情報が多く出回りました。このように情報に関するリスクが高くなるだけでなく、睡眠パターンの混乱や一般的な社会不安の高まりは、子どもたちの心身に悪影響を与えます。

 

このようにみると、新型コロナウイルスが社会にもたらした影響は、医療面にとどまらず多岐にわたって人々の暮らしに、特に子どもたちの健全な成長に脅威をもたらしたと言っても過言ではありません。特に貧困層の、社会から取り残された子どもたちに対するパンデミックの影響がさらに大きくなっていることが懸念されます。すべての子どもたちが日常生活の大きな変化を経験しましたが、貧困格差は子どもたちの毎日の生活に大きな影を落としているのが事実です。パンデミックに対処できる状況にあるのはごく一部の子どもたちだけで、実際は世界中の多くの子どもたちがあらゆる面で過酷な状況を強いられ、さらには将来への展望にさえも影響を及ぼしているという現実に直面しているのです。

 

こうした危機的状況が子どもたちに与える最終的な影響は、パンデミックが終わるまでにどれだけの時間がかかるかにかかっているともいえます。私たちが今行動しない限り、この社会的危機に巻き込まれた子どもたちは、そこから抜け出すのに大きな労力と時間を必要としてしまうでしょう。このパンデミックの悪影響が、子どもたちのこの先の生活を変えてしまうというリスクを認識して子どもたちを守っていかない限り、社会の将来の発展にも弊害が出てきます。

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レバノンのカランティーナ公立公園で、10歳の少女と話す筆者。カランティーナは、
2020年8月のベイルート港での爆発の影響を最も受けた地域の一つ 
© UNICEF Lebanon/2020/Choufany

 

では、パンデミックの危機がまだ終わっていない今、世界の子どもたちのために何をしなければいけないのでしょうか?

後編では、その具体策や子どもたちを守るための包括的な取り組み、そして課題についてお伝えします。

レバノンベイルートにて

杢尾 雪絵

国連広報センターの活動の裏側をご紹介:SDG ZONE at TOKYO開催までの道のり

10月24日は、1945年のこの日に国連憲章が発効し、国連が創設されたことを記念した「国連デー」です。今回はこの国連デーを前に、国連本部の日本における出先事務所である国連広報センターの活動の裏側を広報官の佐藤桃子が紹介します。

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朝日新聞社のスタジオで、国連広報センターのスタッフがテスト撮影を行う様子。東京にいる登壇者が一つの会場に集まる場合も、海外にいる登壇者はオンラインでつながり、ハイブリッドでの撮影が行われた (筆者、左端)©︎ UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

 

日本と国連をつなぐための「SDG ZONE at TOKYO」

国連広報センターが所属する国連グローバル・コミュニケーション局は、ニューヨークの国連本部の重要な部局です。その重要な使命の一つは、世界に60ほどある事務所や拠点のネットワークを通して国連の活動に対するグローバルな関心と理解を深めることです。日本の国連広報センターに置き換えれば、国連と日本社会をつなぐことを目指しています。

では、2021年、どのように国連と日本社会をより強力に繋げられるのか?私たちがカギになると考えたのは、世界も日本も今年大いに注目した「スポーツ」でした。スポーツを通して、国連と世界が2030年までに達成を目指す持続可能な開発目標(SDGs)について一緒に考えるために企画されたのが、東京2020オリンピック・パラリンピック大会に合わせて開催された「SDG ZONE at TOKYO」です。

このイベントは、ニューヨークの国連本部の私たちの同僚が2016年より国連総会などにあわせて開催してきた、「SDG Media Zone」という数人で社会の課題についてフランクに意見を交わすトークイベント・シリーズに倣ったもので、日本発のグローバル配信企画です。SDG ZONE at TOKYOは初の国レベルの事務所が主導するSDG Media Zone企画となりました。

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2018年の国連総会に合わせて開催されたSDG Media Zoneの模様 © UN

 

パンデミックが発生、どうする?

実は、SDG ZONE at TOKYOは2020年の開催を目標に数年前に発案されていました。しかし、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行(パンデミック)により延期に。同時に、登壇者が一つの会場に集まる計画も変更を余儀なくされました。2020年以降開催された様々なオンライン・イベントを参考にしながら、海外からの登壇者が日本に来られない中でどのようにグローバルな対話を実現できるのか、検討することになりました。

2021年の春にSDG ZONE at TOKYOを具体化するために、コーディネーター1名と、動画制作担当者2名がメンバーに加わりました。共催者の朝日新聞社の皆さんとの打ち合わせも国連広報センター内の進捗状況の確認も、全てオンラインで行いました。

まず決めなければならなかったことはテーマです。気候変動やジェンダー平等、障害者の権利擁護など、世界もスポーツ界も直面している課題について話し合いました。その後、各テーマについて多様な視点を提供してくださる登壇者の候補者出しと依頼を行います。「多様な視点」とは、分野の違いだけでなく、ジェンダーや国・地域なども含みます。世界各地の方々に登壇を依頼するために、日本に加えて、日本と6~8時間ほどの時差がある欧州・アフリカ地域と13~16時間ほどの時差がある北米地域とのやり取りが続きました。

 

ついに収録スタート

最終的に、6セッションのために合計24名の登壇者とモデレーターにご協力いただくことになり、全セッションは事前収録されることとなりました。各セッション、必ずだれかがオンラインで、それも日本以外から時差を越えて参加したため、画像や音声が乱れないか、関係者一同、ハラハラしていました。幸い、致命的なトラブルもなく、最後のセッションの収録が終わった時は心の底からホッとしたものです。

収録は、このイベントの意義を再認識する契機ともなりました。私たちは、企画段階から「このテーマで重要なスポーツの価値は何なのか?」という議論を頻繁に行い、自主性や忍耐、協調性、寛容性、お互いの尊重といった言葉が上がりました。しかし、オリンピアンやパラリンピアンを含むアスリートの皆さんが試合を通じて感じた他選手との心の通じ合いや、周りの人に与えられる影響とその責任、そしてアスリートを支える皆さんが感じるスポーツの可能性と課題は、スポーツに直接関わる人々だからこそ伝えられるものでした。

「スポーツは、困難な状況にある人に、また社会課題を解決するために希望をもたらすことができる。だからスポーツももっと持続可能で『誰一人取り残されない』スポーツにならなければいけない。」

スポーツ以外の分野を専門とする登壇者もこうしたスポーツの価値に共鳴し、不思議なことに別日に収録された全セッションで、このメッセージが共通して浮かび上がってきました。

セッション2では、日本・イギリス・インドをつなぎ、ハンナ・ミルズ オリンピック選手およびBig Plastic Pledge創立者野口聡一 宇宙航空研究開発機構JAXA)宇宙飛行士、アルチャナ・ソレン 気候変動に関する国連事務総長ユース諮問グループメンバーが登壇し、竹下隆一郎 ハフポスト日本版前編集長がモデレーターを務めて、気候変動や持続可能性について話し合った ©︎ UNIC Tokyo

 

さあ、日本と世界の人々に届けよう

ここまでは全体の作業の前半部分にすぎません。後半は収録動画の編集と、動画を人々に見てもらうための発信に向けた準備です。

収録された動画は、不要な箇所を省いたり関連写真を追加したりと編集を行い、登壇者が話している内容の字幕を日本語と英語でつけました。この過程でも登壇者の皆さんから写真や動画素材を提供してもらったり、適切な翻訳を行うために朝日新聞社の皆さんと相談したりと、細かい調整が続きました。国連広報センターの中でも、文字の大きさから画面のレイアウトまで毎日議論しながら「ライブ感を残しつつ、ただ話すだけではない面白味のある動画」とは具体的に何なのかを模索し続ける工程となりました。

加えて、30秒程度の予告動画やSNS用のGIFや登壇者のコメントを引用した画像など、各セッションの対話を象徴するコンテンツも作成しました。 

ピュール・ビエル UNHCR親善大使、北澤豪サッカー日本代表および日本サッカー協会理事、
中満泉 国連事務次長・軍縮担当上級代表が登壇したセッションの予告動画 ©︎ UNIC Tokyo

 

同時に、そのほかの国連広報センターのスタッフも、特設ウェブページの開設、プレスリリースの発信、パートナーへの告知、SNSの発信といった様々な面で準備を進めました。本イベント発案者である所長も本部や関係者と密な連携を加速化させていました。また、経理や人事の担当者は、発案時からこの活動に必要な資金やサービス、人材の確保に奔走してきていました。インターンも動画の文字起こしを担いました。文字通り国連広報センター総出でSDG ZONE at TOKYOの開催に向けて動いていたのです。さらに、ニューヨークのSDG Media Zone担当者、ウェブ担当者、動画配信担当者らとも連携し「日本とグローバルの同時配信」実現にむけて協力しました。

こうして7月21日にSDG ZONE at TOKYOの開催を発表する日を迎えました。朝日新聞社のウェブサイトや紙面でも本イベントを取り上げていただき、国連本部からもプレスリリースを配信し、7月28日から開発と平和、気候変動、ジェンダー平等、障害者の権利、イノベーション、ポスト・コロナの社会にスポーツの力と価値がどう貢献するか、人々にお届けすることとなりました。

国連本部からもグローバルにSDG ZONE at TOKYOの開催が発信された

 

つなげるとは、双方向の対話

SDG ZONE at TOKYOの発信は、最後の動画が公開された8月27日以降もSNSなどで続いています。この一連の発信は、共催者の朝日新聞社、登壇者とモデレーターの皆さんの継続的なご協力、拡散を手助けいただいているパートナーの皆さん、そして、SNSで私たちの投稿を共有してくださっている個人の皆さんのお力によるものです。

今回、総勢24名の皆さんによる対話を通じて、国連広報センターの仕事とは一方的なものではないことを実感しました。登壇者・モデレーターの皆さんがそれぞれの立場から、私たちは社会をより良い場所にすることが出来るのだというメッセージを伝え、他の登壇者の視点やアイディアに共感を示されたことで、連帯の輪を感じることができました。元エジプト代表のオリンピアンがスポーツとジェンダー平等の日本の研究者とともに女性の指導者が足りないことを問題提起したり、シエラレオネと日本のパラリンピアンが「障害にこそ可能性がある」ということに頷き合ったり、包摂的なスポーツを開発する団体の日本人の代表が米国のスペシャル・オリンピック選手と障害のある人もない人も一緒に楽しめるスポーツをもっと広めるべきだと主張したり、、、視聴者の方から、登壇者のコメントに胸を打たれたと感想をいただいたのですが、それは対話から生まれたコメントに他なりません。そして、それは、国連広報センターだけで成し得たことではありません。

今回ご協力いただいた皆さん、また動画をご覧いただいた皆さんに心より御礼申し上げます。SDG ZONE at TOKYOが皆さんとの対話を深め、広めるきっかけとなっていくよう、尽力してまいります。

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SDG ZONE at TOKYOの全セッションはこちらから

 

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(32) 日比絵里子さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第32回は、日比絵里子さん(FAO駐日連絡事務所長)からの寄稿です。

 

大洋州勤務を終えながら見たコロナ - 世界では飢餓急増の一年

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神戸市出身。上智大学法学部で法学士、英国レディング大学大学院で国際関係学修士号、米ワシントンDCジョンズホプキンズ大学大学院(SAIS)で国際関係額修士号取得。国連人口基金UNFPA)のニューヨーク本部、ウズベキスタン事務所、アジア太平洋地域事務所に勤めたのち、2011年にFAO入職。ローマ本部戦略企画室にシニア・オフィサーとして2年間勤務した後、紛争下のシリア事務所長としてダマスカスで3年半にわたり人道支援に携わる。2016年から大洋州14ヶ国を担当する大洋州事務所長としてサモア独立国に赴任。2020年9月から現職。 ©︎ Eriko Hibi

コロナ禍の中での異動

新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響で、世界をつなぐ交通網が遮断され混乱が起きた昨年の春、私は南太平洋のサモアにいた。サモアを含む大洋州14ヶ国の国連食糧農業機関(FAO)代表としての任期を終える準備をしていたが、4月に日本に異動という辞令にもかかわらず、まったく動きがとれない状況だった。考えてみれば当然だ。コロナ禍の影響が拡大した昨年春の時期は、世界のどの国でも移動は困難だった。世界の主要都市から距離があり、普段から移動手段が限定されている大洋州島嶼国が、国境封鎖や入国規制、航空便の減便などのコロナ対策の影響で、ますます孤立することになったことは驚くことではなかった。


そもそも、大洋州島嶼国は航空便の選択肢が少ない。様々な要因がある。主要中継地や隣国から距離がある。行き先が限定される。便数が少なく曜日が限定される。頻繁にキャンセルされる。競争が少ないため、価格も高い。何よりも移動は不便で時間がかかる。体力勝負の世界だ。


例えば、サモアに滞在しながら担当国であるパラオに出張した際、アピアサモアの首都)を出発後、オークランドニュージーランド)、ホノルルとグアム(米国)を経由し、コロール(パラオ)へ。片道だけで17,000キロを超える。乗り換えの時間も長く、3日くらいかかって「ぜーぜー」の到着である。サモアの隣のトンガ王国に行くのもオークランドやフィジーを経由してV字型で飛ぶのが定番だ。また、サモアからローマに行った時は、安い航空券のせいか、片道55時間もかかり疲労困憊して到着したのを記憶している。 

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(外務省ウェブサイトより)


大洋州はコロナ禍でますます孤立したが、孤立のおかげか、私の担当する国では、少数の例外を除き、新型コロナ感染はほぼなかった。それでも人は移動しなければならない時もある。欧州や中東に戻れない出張者の旅程を立てて準備・交渉することは至難の業だった。次の中継地の入国制限が突然変更したため、中継地で搭乗を拒否された行き場のない出張者への対応など、無事に最終目的地に着くまで気が抜けない。ちなみに私自身の場合、日本への異動が実現したのは、待つこと三ヶ月の昨年7月末。オークランドシドニーの二つの経由地の時間制限を超えないように緻密な計算を重ね、各国保健当局の事前承認をとりつけ各国大使館から中継用ビザを取得、経由地で入国しないように繋げながら、無事に羽田に到着。成功したのが奇跡かと思った。そのようなルートを正確に調べあげ、的確な情報を迅速に通知していた在サモア日本大使館には感謝の言葉しかない。日本人だけでなく多くの人が、時宜を得た有益な情報の恩恵を受けたことは特筆すべきだ。


残念ながら、私がサモアで動けなかったあいだに母は他界していた。人生初の日本勤務が決まった時は、これで母と最後の時間を過ごせるかと思ったが、結局コロナで間に合わなかった。実に悔しい。私のようなケースは少なからずあるようだし、そもそも海外で仕事をしていると、通常でも親の死に目に会えない可能性が高くなると言われたとしても。
 

コロナで世界の飢餓人口が急増

さて、本日のテーマ、このパンデミックが世界の食料や栄養の問題に与えた甚大な影響についてとりあげたい。今年7月、FAOが関連国連機関と共同で出した報告書「世界の食料安全保障と栄養の現状 2021」によると、2020年の世界の飢餓人口は、最大8億1100万人と推定される。一年で最大1億6100万人も増加したことになる。ちなみに、一年でこれだけの飢餓人口の増加があったのは何十年ぶりのことだ(下グラフを参照)。栄養を考慮すれば、数値はもっと悪くなる。世界では30億人が経済的理由から栄養バランスのとれた食事をとることができない。2030年までに飢餓をゼロにすることを目指す持続可能な開発目標(SDGs)には逆行している状況だ。  

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飢餓状態の人々の割合(灰色の線)も人口(オレンジ色の線)も、過去5年間は漸増、ほぼ横ばい。2019年から2020年への増加率はここ何十年も見られない規模のものだ ©︎ FAO


新型コロナの感染拡大は、この飢餓急増の大きな要因と考えられる。供給サイドから見ると、生産に必要な肥料や飼料などの農業投入材が入手できない、移動規制などにより生産に携わる人が現場に行けない、生産された食料がサプライチェーンの混乱や寸断で市場に到達しない、外食産業や観光業向けに生産されたものが行き場を失う、など多様な要因が考えられる。一方、需要の側面から見ると、失業や所得の低下などにより貧困に苦しむ人が増え、その結果、経済的に食べ物を十分に購入できない人が増えたことが一因だ。世界銀行によると、2020年にはコロナによって、新たに1億1900万から1億2400万人が極度の貧困に苦しむようになったと推定。供給側でどれほど有効な政策的介入をしても、根底にある貧困や不平等を解消しなければ、世界の飢餓や栄養不良は解消できない、というのが今年の報告書の重要なメッセージである。
 

パンデミック当初の島嶼国の食料事情

前述の通り、新型コロナの感染拡大が始まった昨年前半は、私はサモアにとどまっていた。食料輸入に依存する島嶼国では、サプライチェーンの寸断や混乱は不安につながる。しかし、実際には買い占めなど、当初懸念していたような混乱はほぼ見られなかった。コンテナ船などによる供給網は継続、不定期に飛ぶ航空便によりニュージーランドなどからの物資も入ってきていた。何よりも、現地産の野菜や果物、肉などが入手できたことは大きい。これは私がサモアという大洋州の中では比較的大きな国に居住していたことのメリットである。もっと土地が狭い環礁の国、例えばキリバスとかツバル、マーシャル諸島などでは、そもそも国内での食料生産が限定されていることもあり、コロナ禍での状況ははるかに厳しかったと推察される。このような状況下で、FAOは野菜の種苗の配布、データや統計の分析、政策提言などの支援をいくつかの国で実施した。

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FAOが支援するオセアニアの島国ニウエの学校菜園。ここで野菜づくりを学んでもらい、地域の家庭菜園と野菜の消費を奨励 ©︎ Eriko Hibi


供給の問題以上に深刻だったのは、コロナによる所得への影響だ。島嶼国の多くは観光収入と海外からの送金に依存する。観光業は真先に影響を受け、多くの人が仕事を失った。失業した都市部の住人の多くが、出身の農村部や離島に戻り、自給自足あるいはそれに近い状況のコミュニティで食べつないでいた。大洋州島嶼国の場合、農村や漁村のコミュニティが、「社会保障」のような役割を果たしたと言える。一方で、海外からの送金が少なくなったり途絶えたりしたことで、都市部だけでなく農村部の経済にも大きな影響が及んだのであろう。その後、長期的な影響も出たのではないだろうか。


不動の重要課題 - 気候変動

さて、世界の飢餓の根底にあるとして必ず言及されるのが、「紛争」「気候変動などの環境問題」そして「経済ショックや経済停滞」の三つの要因である。新型コロナ感染拡大による影響は、まさに深刻な経済ショックと言えよう。コロナにより甚大な影響を受けた世界の食料問題について話してほしいと言われることが多い。しかし、各国の生産者や食料関係の専門家の圧倒的多数が、コロナ禍においても、既存の長期的課題、特に気候変動、生物多様性喪失などが、これまでと変わらず、いや、これまで以上に重要であることを強調したことを特筆したい。「深刻さではコロナと比較にもならない」と断言した島嶼国の生産者の声を思い出す。


食料の生産段階(農業、林業やその他の土地利用)での温室効果ガス排出は人為のガス排出の約四分の一と推定される。それに、食料の加工、流通、消費、廃棄などの段階も含めた食料システム全段階での排出を加えると34%に達する。先月、気候変動に関する政府間パネルIPCC)第6次評価報告書の第I作業部会報告書(自然科学的根拠)が公表された。人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がないとしたうえで、最近の気候システムの変化の規模は、何世紀も何千年もの間、前例のなかったものである、と指摘する。報告書は畜産や窒素肥料・厩肥の利用などが温室効果ガス排出に繋がっていることにも言及。一方、気候変動の影響により猛暑や干ばつや豪雨などの極端な気候現象が激しさを増し頻発するようになると予想。それにより生態系、農業、畜産、水産などに大きな影響を及ぼすという。食料は気候変動と切っても切れない関係にあるだけでなく、一蓮托生の状態だ。

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気候変動は、サバクトビバッタの発生拡大を促している ©︎ FAO/Petterik Wiggers


生物多様性の喪失も重要な課題だ。食料生産はやり方により生物多様性衰退につながる。例えば農地拡大のための原生林伐採が一例だ。FAOが2019年に公表した報告書では、農作物の総生産量の3分の2を占めるのは植物9種のみ、畜産の97%を支えるのは8種のみ、魚種資源の3分の1が乱獲されており、淡水魚種3割が絶滅危惧種に指定されている。他方、生態系も食料生産も、生物多様性に依存せざるを得ない。生物多様性も、食料生産と相互に影響する関係だ。


これまで、食料と環境は両立できないというゼロサム的な見方が比較的強かった。しかし、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)、人新世、などの言葉とともに、岐路に立つ地球を今どう救うかという声が高まり、このような相互依存関係を強調するような考え方に国際社会のパラダイムが移行しつつある。

 

システムという概念

この一連託生の考えに則り登場したのが「食料システム」の概念だ。生産、加工、流通、消費、廃棄など食料や農業のサプライチェーンを縦割りにとらえず、体系立てて考慮するものだ。環境の課題の他にも、実に多くの課題を含む。栄養、肥満や過体重、生活習慣病、食料のロスや廃棄、消費者の所得と生計、貧困と不平等、紛争と食料、農家の高齢化、女性の登用、若者参加、家族農業、食の安全、学校給食、食文化と伝統、違法漁業、技術革新、バイオテクノロジー、農業補助金などの政策、統計やデータ、貿易と通商、水資源、災害への備え、ONE HEALTH(ワンヘルス)などは一部の例に過ぎない。複雑で多岐にわたる発想だ。このような認識のもと、「システム」全体を持続可能なものとする変革に着手しようという声が広がった。この大きな変革を目指して9月23日に開催されるのが、国連の食料システムサミットである。


食料システムサミットでは気候変動を含め、持続的な食料システムを考えるうえで不可欠な課題が多岐にわたり取り上げられる。各国での国内対話の結果や世界の科学者グループによる提言などが持ち込まれ、食料システムを強靭で持続可能なものに変革するため、今後の課題に関してコンセンサスをつくることを目指す。


注意すべきは、このサミットで出てきた合意や勢いを、食料以外の課題を扱うグローバルなイベントに繋げることで、その火を絶やさないことだ。その意味において、10月11日から開催される第15回生物多様性条約締約国会議(CBD COP)や、10月31日から開催される第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)などは重要な試金石となる。特に12月に日本で開催される東京栄養サミットは、食料システムサミットの結果を引き継ぐ重要なイベントとして期待されている。


もちろん、何よりも注目すべきは、各国で実際にどのような行動がとられどのような変革につながるのか。せっかくのグローバルな合意や熱意が絵に描いた餅にならないよう、私自身も日本から積極的に関わっていく心づもりだ。

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ミクロネシアのバナナ市場で ©︎ Eriko Hibi

日本・東京にて

日比 絵里子

写真でつづる中満泉 国連事務次長・軍縮担当上級代表の訪日 (2021年8月)

国連広報センターの根本かおるです。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が蔓延する中での広島・長崎での平和式典に、昨年に続き今年も、中満泉 国連事務次長・軍縮担当上級代表がアントニオ・グテーレス国連事務総長の名代として参列しました。

 

2017年に国連の軍縮部門のトップに就任して以来、中満事務次長は毎年欠かさずこれらの式典に参列し、今回で5回を数えることになりました。昨年同様、COVID-19対策上の防疫措置として2週間の隔離期間を経ての出席に、決意の程がうかがえます。「被爆者の方々に対して、今の立場にある限り毎年出席することを約束していますから」と中満事務次長は語ります。

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広島市で平和の象徴である折り鶴を手に持つ中満事務次長 © UNODA

 

2017年7月に採択された核兵器禁止条約が今年1月に発効してから、初めての式典であると同時に、COVID-19の世界的大流行の勢いが衰えを見せない中、今年初めてのニューヨークの国連本部からの高官の訪日です。国連広報センターでは、中満事務次長の力強いメッセージに多くの方々に触れていただきたいと様々なイベントやメディア出演・インタビューをサポートました。

 

スポーツを切り口に持続可能な開発目標(SDGs)達成にむけた取り組みやアイディアを共有する国連と朝日新聞社とが主催したオンラインイベント「SDG ZONE at TOKYO」シリーズでは、その開幕セッションで「平和と開発のためのスポーツ」をテーマにした議論に登壇。国連の平和オペレーションや人道支援・開発など幅広い分野に従事した経験も基に、スポーツの力が紛争や危機に直面した社会で信頼を醸成したり若者がよりリーダーシップを発揮する手助けをしたりと、コネクターとしてのスポーツの役割について熱く語りました。

リオ2016大会に出場したピュール・ビエルUNHCR親善大使や北澤豪サッカー日本代表および日本サッカー協会理事とオンラインで議論を行った

 

さらに、国際的なキャリアに関心のある若者たちを対象に外務省 国際機関人事センターが開催したオンライン・セミナーに出演し、自らの若かりし頃のエピソードを交えた基調講演を行うとともに、国連職員・幹部に求められる資質など、質疑応答では時間が許す限り質問やコメントに丁寧に回答する姿が印象的でした。

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セミナーでは気候変動枠組条約事務局(UNFCCC)の若手とともに国連の仕事の現場やキャリア形成のアドバイスを共有した ©︎ 外務省

 

「自分が何をしたいのか・どういった分野で貢献できるのか・なぜそうしたいのか」というWHATとWHYへのこだわり、ビジョンを示し背景の異なる関係者を納得させるだけのコミュニケーション力、混沌とした中から核となるプリンシプルを紡ぎ出す洞察力など、中満事務次長の長い国連での経験から、国連幹部職員に必要だと痛感される素養について多くの踏み込んだアドバイスが共有されました。ほかのイベントではなかなか触れることのできない、強いメッセージが詰まったイベントとなりました。

 

報道番組へのライブ出演での議論は、「核なき世界への羅針盤」と題して、来年開催の核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議や核兵器禁止条約第1回締約国会議をめぐる議論をはじめ、米中ロの動きと日本の役割、新興技術の兵器転用をめぐる最新動向についてグローバルな知見を共有しました。さらには「ジェンダー平等への取り組み促進は日本の死活問題」にも議論が拡がりました。

 

私はスタジオで立ち会いましたが、ゲストも女性、番組側出演者も全員女性で軍縮・安全保障の丁々発止の議論を1時間みっちり行ったのは、日本の軍縮・安全保障をめぐる環境において非常に画期的だったと感じています。

 

公務の締めくくりとして、8月11日の日本記者クラブで「岐路にある軍縮と安全保障:AI・サイバー・宇宙と核兵器をめぐって」をテーマに記者会見を行いました。何と、偶然にも昨年同クラブで記者会見したのも8月11日で、中満事務次長がメディアに対してメッセージを伝えることを重視していることの表れでしょう。

 

この記者会見は新興技術の軍事転用や宇宙利用も含め、速いスピードで進んでいる軍縮・安全保障の議論の最前線に直接触れる機会であり、是非多くのメディア関係者や国際政治を学ぶ学生の方々に上記の会見の録画を視聴していただければと願っています。

 

来年1月のNPT再検討会議・3月の核兵器禁止条約第1回締約国会議で成果を出し、21世紀型の新しい安全保障・軍縮のアプローチを紡ぎあげるためにも、中満事務次長の奔走が続きます。

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BS日テレ「深層ニュース」生放送終了後、出演陣の皆さんと ©︎ Kaoru Nemoto

 

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(31) 小松原茂樹さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第31回は、小松原茂樹さん(UNDPマラウイ常駐代表)からの寄稿です。

 

コロナ禍のマラウイから考える:アフリカの可能性とTICADへの期待 

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徳島県生まれ。東京外国語大学卒業後、ロンドンスクールオブエコノミクス大学院で経済学修士号(国際関係学)を取得。(社)経済団体連合会事務局、OECD経済協力開発機構)民間産業諮問委員会(BIAC)事務局出向を経て2002年より国連開発計画(UNDP)に勤務。本部アフリカ局カントリーアドバイザー、ガーナ常駐副代表、本部アフリカ局TICADプログラムアドバイザーなどを歴任、2019年6月より現職。© ︎UNDP Malawi

 

私が国連開発計画(UNDP)の常駐代表を務めるマラウイ共和国は、アフリカ大陸の東南部に位置する人口約1900万人の国です。淡水湖として世界で5番目に大きいマラウイ湖(瀬戸内海程度)と、それを抱く陸地(近畿・中国・四国・九州を合わせた程度)で構成され、3000メートルを超える山もある、起伏に富んだ国土です。農業国で、タバコ、茶、コーヒーなどが商品作物ですが、目立った天然資源はなく、経済がなかなか発展しない一方で、人口は毎年数%増え続けており、一人当たり国内総生産GDP)は401ドル(日本は約4万ドル)と最貧国に留まっています。首都のリロングウェは標高約1000メートルの高地にあり、湿度が低く快適な気候に恵まれており、首都から一歩出れば風光明媚な光景が広がる一方で人々の生活は大変厳しいのが現状です。

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(外務省ウェブサイトより)

 

マラウイでは昨年4月に新型コロナウイルスが初めて確認され、6月から9月にかけて第一波が、12月から3月にかけて第二波がマラウイを襲いました。7月からは第三波が襲っており、第一波と第二波で既に厳しい状況に置かれているマラウイの経済や社会は更なる試練に晒されています。マラウイ保健省の発表によれば(2021年8月20日現在)新型コロナウイルス感染症の感染者は累計で5万9249名、死者が2044名となっていますが、マラウイでは元々医療システムが非常に脆弱(人口10万人あたり医者が3名)な上に、基本統計が整っておらず、死者の8割が病院に行かずに亡くなるとも言われていることを考えると、実際のコロナ関連の死者数は遥かに多いのではないかと思われます。

 

このような状況で、強く望まれるのがワクチン接種の拡大・加速です。マラウイは、ワクチンの公平な分配をめざす国際的な枠組みである「COVAXファシリティ」を通じて3月に約40万回分の供給を受けました。その後、アフリカ連合AU)、インド、米国、フランス、英国などからも二国間協力によってワクチンが追加提供されましたが、一度でもワクチンを接種した人は人口の3%強、完全に接種を済ませた人に至っては2%弱に過ぎません。世界保健機関(WHO)によれば、アフリカ全体では今までに約1億2000万回分のワクチンが供給され、9000万回弱の接種が行われましたが、13億人以上の人口に対する接種率は6%強に留まっており、WHOが目標とする年末までに40%の接種率達成は困難な状況です。

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COVAXファシリティを通じたワクチンの提供 © UN Malawi

 

更に、ワクチンの供給が進んだとしても、それを現場まで輸送した上で、安全に管理し、接種状況を把握するためには、サプライチェーンの強化が不可欠です。マラウイでは、道路、電力、通信全てが不十分・不安定ですが、日本政府がコールドチェーン(低温物流)の強化を支援しており、UNDPでも保健省と協力して、2Gの携帯通信網でワクチンの温度・在庫管理ができる技術(Electric Health Information Net-work:E-HIN)の展開を進めています。また、UNDPでは、マラウイの有力6大学と協定を結び、日本政府の支援で、産学協力を通じたコロナ対策に不可欠な個人用防護具(PPEs)のマラウイ国内生産を支援しており、あわせて、イノベーション、起業家支援、観光セクターへの支援など、民間経済分野の支援も進めています。

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日本政府が支援するPPEプロジェクトのローンチ ©︎ UNDP Malawi

 

世界各地で様々な緊急事態が発生した際、状況が許す限り現地に留まって支援を続けるのは多くの場合国連機関です。国連職員は世界各地の現場で、「エッセンシャルワーカー」(必要不可欠な人員)として日々汗をかいています。マラウイでは、約800名の国連関係者が広範な支援業務に携わっていますが、医療インフラが極めて脆弱なため、コロナウイルスに感染したとしてもマラウイ医療機関での治療を期待することはできません。そこでマラウイで活動する国連機関が連携・協力し、最初のコロナ感染から4ヶ月後の2020年8月に、世界で2番目となる国連職員及び家族向けのコロナ一時治療施設を立ち上げました。2020年12月から2021年3月にかけてマラウイを襲った第二波では、残念なことに8名の国連職員・関係者がコロナに感染して亡くなりましたが、多くの関係者が、このクリニックに救われました。2021年3月以降は、マラウイ政府の厚意で国連・外交・援助関係者向けにもワクチンが割り当てられ、国連のコロナクリニックを通じてワクチン接種が行われています。2020年4月に空港と国境が閉鎖され、情報、物資、人的サポートなど、全てが不足する中で国連関係者が文字通り暗中模索で立ち上げたクリニックは、国連のスタッフや家族だけでなく外交・援助関係者の命を救うことに大きく役立ちましたが、職員や関係者の全てがワクチン接種を済ませるまでには至っておらず、第三波でも職員や関係者にコロナ感染者が出ています。数名が重症化して飛行機で国外に緊急搬送されるなど、依然として油断ならない状況が続いており、残る職員と家族へのワクチン接種を急いでいます。 

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国連が支援している治療センター(Treatment Centre)が携わった飛行機による緊急搬送では、患者をビニール製の隔離用チューブに覆って搬送することもあった © UN Malawi

 

アフリカでは2021年1月1日から、アフリカ大陸自由貿易地域(African Continental Free Trade Area)が発効し、人、モノ、資本の移動をアフリカ大陸で促進する世界最大の自由貿易地域の実現に向けた取り組みが始まりました。しかしながら、先進国を中心にワクチン接種が進み、経済や社会が急速に「ニューノーマル」に移行しようとする一方で、アフリカ・アジアの途上国や低開発国でコロナの感染拡大とともに死者、重症者が増加し、経済・社会活動に支障をきたす状況が続けば、コロナが次第に “Pandemic of Unvaccinated”(ワクチン接種を受けていない人たちのパンデミック)となり、世界で、あるいは各国内で様々な分断と格差が生まれるリスクが懸念されます。世界共通の取り組みであるSDGsの達成が更に遠のく状況にもなりかねません。

 

他方、コロナ禍はICT、デジタル技術、イノベーションなどによるマラウイ経済・社会の発展の新たな可能性を切り拓くきっかけともなりました。UNDPが支援してきた身分証明書(ナショナルID)プロジェクトでは、マラウイ政府がデジタル技術を活用して1000万人を超えるマラウイの成人全てに身分証明書を発行しました。この身分証明書は、すでに民間銀行の本人確認、パスポートをはじめとする出入国管理、年金や各種補助の不正受給防止、公務員の人員管理など、多様な分野で活用されており、その革新性が評価されて2021年5月に万国通信連合(ITU)のWorld Summit on Information Society(情報社会サミット、通称WSIS)で表彰されました。コロナ禍においては、ワクチン接種の管理とフォローアップに活用されています。さらに、マラウイ国会では、コロナの状況下でも安全に国会審議ができるよう、UNDPの支援でビデオ会議設備を導入し、それをきっかけに、インターネットを利用した「国会TV」を設立して、国会審議の生中継を始めました。

ビデオ会議用のデジタル機器は直接国会議長に寄贈した。国会TVの導入は、議員を感染から守り、人々と国会との距離を縮めることに貢献した 

 

マラウイはコロナ危機に襲われた2020年にも堅調な農業などに支えられて1%のプラス成長(世界銀行)を維持しました。2021年は2.8%(世銀)まで回復するものと見込まれています。アフリカ全体でも2020年はマイナス2.1%(アフリカ開発銀行)成長と、世界的に最も軽微な影響に留まり、2021年には3.4%(同)が予測されています。アフリカからアジア、南北アメリカ、欧州、中東の各地を結ぶエチオピア航空は、コロナ危機の2020年度も黒字を計上した世界的にも珍しい航空会社となりました。依然としてコロナの影響が懸念されるアフリカですが、将来に向けて着実に再加速が始まっています。

 

また、コロナ禍は今まで気がつかなかった働き方を発見する機会ともなりました。UNDPマラウイ事務所ではほぼ一年にわたって在宅勤務が続きましたが、様々なリモート会議ツールが日常的に活用されるようになり、国内外の様々な専門家や関係者から助言を得たり、プロジェクトに協力してもらったりすることが容易になりました。リモート会議では対面よりも周りの目線を気にせずに意見やアイデアを出しやすい(?)という意外な効果もあるようで、特に若手のスタッフから積極的に意見や提案が出るようになりました。これらのツールは「コロナ後」も引き続き活用したいと考えています。

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3月に開かれたUNDP人間開発報告書2020のマラウイでの発表もオンラインで行われた 

© UNDP Malawi

 

2019年にUNDPの常駐代表としてマラウイに赴任するまで、私はUNDPが日本、アフリカ連合AU)、世界銀行、国連事務局と共に運営するアフリカ開発会議TICAD)でUNDP側の調整窓口を務めていました。1993年に第一回のTICADが開催されて以来、TICADはアフリカの将来に関心を持つ多様な人々が一堂に会し、アフリカ各国の首脳と共にアフリカの安定と成長を議論し、具体的な行動に繋げる世界的なフォーラムとして発展を続けてきました。アフリカ各国首脳に加えて、欧米やアジア諸国、100を超える国際機関、民間企業、市民社会、研究者など、参加者は益々多様になり、取り上げられるテーマも開発援助や南南協力に加えて貿易投資、イノベーション、起業家支援、ビジネス環境の整備改善、市民社会同士の交流・協力を通じた草の根支援など多岐にわたっています。アフリカに特化してこれ程幅広い関係者を集め、多様な議論や交流を展開しているフォーラムは他に見当たりません。また、国連の場で合意されたミレニアム開発目標MDGs)や持続可能な開発目標(SDGs)などにはTICAD の議論や提言が反映されています。アフリカ開発に関する国際的な論調をリードしてきただけでなく、アフリカの声を世界に届ける役割も果たしてきた事もTICADが関係者に高く評価されてきた理由の一つです。

 

コロナ危機はアフリカの新たな可能性を発見するチャンスでもあります。TICADは政府間協力と民間経済を両軸とする、アフリカに関する総合的なフォーラムに進化しましたが、来年チュニジアで開催されるTICAD8が新たな時代の開発援助のあり方を考え、経済社会の可能性を引き出す大変重要な機会になることを期待しています。

 

マラウイリロングウェにて

小松原 茂樹

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(30) 根本かおる

 国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第30回は、根本かおる(国連広報センター所長)からの寄稿です。

 

コロナ時代のメンタルヘルスを考える 

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2013年に国連広報センター所長に就任。それ以前は、テレビ朝日を経て、1996年から2011年末まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)にて、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。WFP国連世界食糧計画広報官、国連UNHCR協会事務局長も歴任。2012年からはフリー・ジャーナリストとして活動。コロンビア大学大学院修了 ©︎ UNIC Tokyo

 

著名人のメンタルヘルスに関するニュースが相次いでいる。俳優の深田恭子さんが、7月スタートの連続ドラマの出演を降板した。所属事務所の芸能活動休止の発表では、昨年春から体調を崩し、今年5月に医師から「適応障害」と診断されたという。仕事のことは忘れてゆっくり休養し、再び元気な「深キョン」スマイルを見せて欲しい(私は特に彼女がコメディエンヌぶりを全開して主演した『下妻物語』の大ファンで、気分がふさいだ時にこの映画をみると心が軽くなる)。

 

さらに、テニスの大坂なおみ選手も、2018年の全米オープンで優勝してからうつ病に苦しんでいることを告白した。公表するのには大きな勇気が要ったことだろう。心身が万全でない中で決断するに至った大坂選手にエールを送りたい。テニスからしばらく距離を置いて、休養に専念して自分らしい「これから」を見出して欲しい。また、私自身も記者会見やパブリック・スピーキングでの緊張や失敗を数多く経験し何とか今に至っている当事者であり、「自分を自分よりよくわかっている人間は他にいない。大坂なおみを語らせたら、私が一番」ぐらいの開き直りを持って発信するのを楽しむようになって欲しいと老婆心ながら思っている。

 

さて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大で、経済・雇用・教育をはじめ、あらゆる分野において将来が見通せなくなっている。さらに、日頃頼りにしていた家族・親類縁者・仲間たちにも、思うようには直接会えなくなっている。だからこそ精神的な支え合いが必要になる。しかしながら ― 私はある日本を含めた国際世論調査のデータから衝撃を受けた。国際調査会社のIPSOSとイギリスの研究機関が共同で日本を含め世界28ヶ国を対象に行った調査を、今年3月に発表したものだ。3月8日の国際女性デーに合わせて公表されたが、その調査内容はジェンダー分野を越えてコロナ禍における人々の意識を理解する上で興味深い。

 

「COVID-19の世界的大流行を受けて、私は以前より地域の人々を助けるようになっている」という設問に対して、そう思うと回答した人の割合は、全体の平均が33パーセントだったのに対して、日本は10パーセントで28ヶ国中最低だったのだ(表1)

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表1:パンデミックによって前より地域の人々を助けるようになったと回答した人の割合が緑で示されている

 

さらに「COVID-19による混乱の中で、あなたの友人と家族からどの程度支援を受けたと感じるか?」に対して「支えてもらった」と回答した人の割合は、28ヶ国の平均が71パーセントだったのに対して、日本は38パーセントで圧倒的な最下位(表2)。下から2番目のポーランドの55パーセントまではなだらかに下降しているものの、日本で大きな段差を伴う減少となっている。

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表2:パンデミックの中で、友人と家族から支援を受けたと感じたと回答した人の割合が緑色で示されている

 

これらの回答のデータだけを見ると、「支える・支えられる」という地域のつながりや友人・家族からの直接の支援の関係が、日本で希薄に受け止められているのかもしれないということが浮かび上がってくる。それは即ち「助けて欲しい」という声をなかなか上げにくくなっていることも示している。

 

長期化するCOVID-19により社会全体で不安の増大やモチベーションの低下があり、これはうつや適応障害をはじめ、メンタルヘルス上の課題を生みやすい。メンタルヘルスの問題は元気な人と外見からはなかなか区別がつかず、周囲からのサポートを受けづらく、そして誰にでも起こりうることである。

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WHOもパンデミック当初から、メンタルヘルスの重要性を発信してきた ©WHO

 

実は私自身も、うつと適応障害の苦しみを当事者として経験したことがある。これからメンタルヘルスの問題に直面する人、今直面している人たちにとって、その対処方法の参考になればと思い、自分の経験について語ろうと思う。自分のこの苦い経験について書くのはこれが初めてのことだが、専門医や周囲のサポートを受けながら乗り越えられるものだと知って欲しい。

 

十数年前、国連難民高等弁務官事務所の仕事で新しい任地に日本から単身赴任してまもなくして、不安や緊張が強くなり、眠れないことや気分がふさぐことが多くなった。それまで一つのオフィスを切り盛りして成果を出していたのに対して、海外赴任で仕事環境・人間関係に大きな変化があったのに加え、新しい職場で自分の所掌すべき分野が長らく手つかずに放置されてきていたことに気づいた。自分の手に負える範囲を越えていた上、自分がイメージする「自分らしさ」を全く発揮できず、日に日に自信を喪失していった。オフィスの自席にいることがいたたまれず、10分おきにお手洗いに駆け込んではため息ばかりついていた。

 

プライベートでも、単身赴任で時差の大きな日本の家族ともなかなか話せなかった。サポートしてくれるネットワークに乏しく、大きな孤独感を抱えていた。赴任の時期がヨーロッパの暗くて長い冬の入口だったことも影響しただろう(太陽光を浴びることで活性化される「セロトニン」という脳内物質が精神的な安定に寄与すると言われている)。

 

気づけばベッドから起き上がれず、かと言って、ベッドの中にいて眠れるわけでもない。そうこうするうちに、食事の味がしなくなり、食べることが億劫になり、家の中でも立ち上がれない状況に陥った。もちろん医者に診てもらってはいたが、日本と違って彼の地では完全予約制。医者も患者も英語を母語としない者同士でのカウンセリングは、今にして思えば歯車がかみ合っていたとは思えない。数カ月間、経験したことのない体調不良が続き、思い切って療養のため日本に帰国した。帰国のためのフライトは十数時間。他人と密接する密閉空間にギリギリ耐えることができた。空港から自宅にたどり着いてテレビを点けると、バンクーバー五輪を中継していた。好発進していた織田信成選手は靴紐が切れて一転悪夢に、そして高橋大輔選手が3位で表彰台に ― 「人生いろいろ」と思ったことをいまだによく覚えている。

 

日本でかかった医者とは相性がよく、徐々に回復し、半年で日本を発って再度任地に向かった。前回の失敗を繰り返さないように、まだ夏のうちに復帰したのだが、頼りにしていた医者から離れざるを得なかったことが大きかった。再びみるみるうちに体調を崩し、日本に帰国したが、「もう自分は職場に戻れないかも」との予感があり、打ちのめされ度は大きかった。

 

病気になった当時の自分は、痛々しいほどに「優等生」で、悪い意味で「完璧主義者」。よく言えば真面目、裏を返せば融通が利かず、人の目ばかりを気にしていた。夫には「いい年して『優等生』なんて。『人生こんなもんだろう』と気楽にやってくれ」と言われた。仕事が人生の柱となっていただけに、病気で人生の優先順位を見失い、帰国した東京で、ふと気が付くと地下鉄のプラットホームの端を歩いていた。助けられたのは、勤めていた国連機関が、職員の長期の疾病休暇取得に寛容だったことだ。転勤を多く伴う、紛争と隣り合わせで治安状況が不安定な任地を多く抱え、ストレス度の高い職場環境だけに、メンタルヘルス上の問題に苦しむ職員は少なくない。

 

帰国してしばらくは、心療内科医への通院と近所の買い物以外は一日中ソファーに横たわり、窓から雲が流れるのをぼーっと見ていた。テレビでも、バラエティー番組のけたたましい笑い声に耐えられず、見るのは専らニュースと教育・教養番組のみ。文字を読むのも辛かった。しばらくすると、カウンセラーの勧めもあり、自分の気持ちが前向きになることやモノを書き出し、努めて行うようになった。私が実際に行ったことを以下に紹介する。

 

 

スポーツ選手が集中力を高め平常心を保つための「ルーティン」ではないが、気持ちが崩れそう、否定的になりそうになった時に、これらを意識的に行うと気持ちが整うことを知った。さらに、自分に出来なかったことではなく、出来たことに目を向けて、小さな達成感を積み重ねていく、ということだ。「きょうはこれができた」「あそこまで行けた」と記録を付けた。

 

また、日本での療養中に東日本大震災津波に遭遇したことも、自分が一直線ではなく斜め方向に進む選択をすることに背中を押した。多くの方々が命を落とし、住む家を失う中で、自分の抱える問題がいかに小さなことか思い知らされると同時に、長年海外で培ってきた難民支援の経験を今こそ日本に還元すべきでは、と思ったのだ。避難所の運営上の課題は難民キャンプに通じるものが多分にあり、また復興過程についても共通点は枚挙にいとまがない。多くの市民団体が震災復興支援の在り方について積極的にセミナーを開催し、政府に提言を行っていたことにも勇気づけられた。層の厚い市民社会の存在と知見の深さを実感した。

 

そんな中、ブータンの国王夫妻が被災地を訪問し、にわかにブータンが「幸せの国」としてブームになったのだが、そのブータンから国籍をはく奪され追放された難民たちに寄り添って支援活動をしてきた身としては、あまりにも一方的な伝えられ方がいたたまれなかった。この課題について詳しく書けるのは自分だけ、ただ組織に属したままでは迷惑がかかる ― 震災後の日本につなげながらブータン難民について本にまとめたいという気持ちと国連機関に所属しなくともきっとどうにかなるだろうという気持ちから、2011年いっぱいで国連難民高等弁務官事務所を退職した。そして、フリーの立場から2012年に2冊(いずれもブータン難民関連)、2013年に1冊(日本の難民受け入れについて)本を上梓し、その後2013年夏から縁あって国連事務局の日本における出先事務所にあたる国連広報センターに勤務している。国連の活動全般に関する広報発信を柱とする非常に守備範囲の広い仕事内容だが、これまでのところやりがいを持ってやって来ることができた。

 

これらの経験とうつ・適応障害からの回復、そして人生の中間地点での一直線ではなく斜め方向に進む選択は、より楽に生きられるよう人生をリセットする上で、必要なことだったと今では思っている。年齢を重ねるとともに、いい意味での「図太さ」「いい加減さ」も身に付いた。苦手なことも「トライしてみるチャンス」、緊張を伴う大舞台も「みんなに見てもらえるチャンス」と捉えられるようになった。さらに、今ある自分を支え、今立っているステージを作ってくれている多くの関係者や自分の周りのチームに感謝する気持ちも強くなった。主治医を定期的に受診し、微量の服薬を続けつつ、自分のこころと付き合っている。

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COVID-19の影響が続く中、いまいちどメンタルヘルスを保つ大切さが認識されている ©WHO/G. Motturi

 

このコロナ時代、なかなか思ったように物事は進まない。水が半分入ったコップを見て、「半分しかない」ではなく、「まだ半分ある」と考える気持ちが大切なのはもちろん、気候危機や感染症対策といった途方もなく大きな地球規模の問題も解決策を紐解いていけば、個人のアクションのレベルにまで突き詰められる。個人レベルに存在する力が集積して解決策が生まれる。「どうせ」という無力感ではなく、個人に備わった解決への力に目を向けたい。それは、メンタルヘルスを良好に保つ一助にもなると確信している。

 

日本・東京にて

根本 かおる