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ケニアで考える:SDGs推進の国連のチーム力、そして日本とのパートナーシップ(4)

連載第4回 青い海、白い砂浜、そしてテロとのたたかい (上)

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Photo: IOM/Etsuko Inoue

根本かおる国連広報センター所長は、毎年国連と日本との協働が展開する現場のオペレーションを訪問し、日本の皆さんに報告しています。第7回アフリカ開発会議 が今年8月に横浜で開催されるのを前に、3月10日から20日までの日程でケニアにおける国連の活動を「SDGs推進の国連のチーム力、そして日本とのパートナーシップ」を主眼に視察してきました。

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ブルー・エコノミーにこそアフリカの潜在力が

 

これまでケニアの内陸部での視察についてリポートしてきましたが、今回は沿岸部に移動します。ケニアの首都ナイロビは標高1800メートルの内陸部の高地にありますが、第2の都市モンバサは国際港湾都市で、インド洋に面する東アフリカ全体にとっての玄関口です。幅が広くて水深の深い入江にある、天然の良港です。

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モンバサ港から東アフリカの内陸国に広がる北部回廊 地図提供:JICA

日本もモンバサを起点としてウガンダルワンダブルンジコンゴ民主共和国など内陸の後背国とつながる「東アフリカ北部回廊」を重視し、域内貿易推進のための国際港モンバサの建設・機能強化や物流円滑化のためのモンバサ港周辺の道路開発 などをODAで包括的に支援しています。

日本出発を前に表敬にうかがったマイナ駐日ケニア大使も、また2016年にナイロビで開催されたTICAD 6を取り仕切ったケニア大統領府のオグトゥ大使にナイロビでお目にかかった際にも、海や河川、湖などを経済成長に活かす「ブルー・エコノミー」という考え方にケニアが力を入れていること、そして昨年ケニアの主催、日本とカナダの共催で「持続可能なブルーエコノミー国際会議」を開催し、170ヶ国以上から政府機関やNGOらの参加を得て成功を収めたことを強調されました。日本の援助を受けて進むモンバサ港の海運・物流拠点としての整備は、ブルー・エコノミーの観点からも非常に需要なインフラとなっています。 

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ナイロビで大統領府のオグトゥ大使(左端)を表敬。駐日ケニア大使を経験した知日家で、国際会議の運営を担当する

聞きなれない言葉かもしれませんが、「ブルー・エコノミーの推進」は、2012年に開催された「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」で提唱されています。海洋、河川、湖の資源の有効活用と環境保全、これら水域に関連する社会経済開発の強化により、雇用創出や産業振興に裏打ちされた持続的な発展を目指すものと捉えられており、水産、海運・輸送、貿易、観光、エネルギー、環境など多岐にわたる分野を対象としています。さらに、ブルー・エコノミーは持続可能性を重視するコンセプトで、適切なルールで漁業を管理するとともに、教育・訓練を通して人的資源の開発を進めるものです。

 

これらをまたぐ包括的な取組が必要とされ、2016年のTICAD 6の成果文書「ナイロビ宣言」でブルー・エコノミーの重要性が言及されています。漁業、エネルギー、海運業、物流、関連インフラの整備、観光業、人的資源などを持続可能性に重点をおきながら、トータルでプッシュしようというケニアのブルー・エコノミー推進の努力を、ケニアの国連チームもその開発支援枠組みの中で支えることを謳っています。

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若者とブルー・エコノミーに関するイベントで登壇したチャッタジー国連常駐調整官 Photo: UN-Habitat Youth

アフリカは54か国中、30か国以上が海に面し、総人口の4分の1以上が沿岸から100キロ圏内に暮らすほか、大きな湖や河川を抱えています。海岸線も4万7000キロに及びます。しかしながら、これまでアフリカではその資源にあまり活用できていません。

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国連の広報誌「Africa Renewal」より

(Africa Renewal 記事はこちら

 

国連食糧農業機関(FAO)によると、アフリカ全体で漁業、養殖業の年間生産額は240億ドル(2兆7000億円)と、域内総生産の1.6パーセントにとどまっています。また、国際エネルギー機関(IEA)の推計でも、海洋由来のエネルギーは20年までに年間25億ユーロ(3100億円)規模にとどまり、とてももったいない状況なのです。

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IOMは干ばつに強い収入創出の手段として、トゥルカナ県の県庁所在地のロドワーで魚市場の建設を日本政府からの財政支援を受けて実施 Photo: IOM Kenya

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ロドワーのレストランで、トゥルカナ湖で獲れたティラピラを食す。魚食は現地の人たちにはまだ一般的ではない

最近ではFAOも「魚の皮」を活用したファッションの推進に乗り出すようになっています。色に染まりやすく、加工しやすいと評判です。 

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もともとは捨てられていた魚の皮に付加価値を見出し、新たなビジネスと雇用につなげる。Photo: FAO/Luis Tato

このように関心が高まる中、島国として海とともに発展してきた日本はブルー・エコノミー先進国であり、日本の海・湖・河川という資源の活用の知見と技術に多くの期待が寄せられているのです。 

 

スワヒリ文化圏のリゾート地

 

さて、そのモンバサ。東アフリカの沿岸部の文化を総称して「スワヒリ文化」と呼びます。インド洋交易が栄え、イスラームを生活の規範としながら、外来のアラブ・ペルシャからの文化が土着のアフリカの文化と融合し、共通言語としてスワヒリ語を用いる文化圏にあります。モンバサの街中は建物も行きかう人々の姿もイスラムの香りをまとっています。至るところにモスクがあり、ナイロビとは全く異なる雰囲気です。

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白い壁に青い枠が強い日差しの中で映えていた

もともとイスラム商人が船で訪れ、交易の要として栄えていたところ、インド洋貿易開拓を目指して南アフリカ喜望峰を回ったバスコ・ダ・ガマ(歴史の教科書に出てきましたね!)がこの沿岸部に立ち寄り、ポルトガルがやってきます。世界文化遺産に登録されているモンバサの「フォート・ジーザス」は、1593年にポルトガル人の手によって建設されたものです。しかし、のちにポルトガルオマーンに敗れ、そして19世紀末にはイギリスの植民地に、と様々な手を経てきた地域です。

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モンバサのフォート・ジーザス要塞は世界文化遺産

海辺には高級リゾートホテルが並び、近郊には美しい白い砂浜が広がっています。ヨーロッパからの直行のチャーター便などを通じて、主にヨーロッパからリゾート客が訪れます。モンバサは物流のゲートウェイであるのと同時に、豊富な観光資源を有しています。

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モンバサ市内のレストランに併設された施設

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