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「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(21) 藤井明子さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第21回は、藤井明子さん(UNDPモルディブ常駐代表)からの寄稿です。

 

コロナ危機を転機に モルディブ - 未来の観光とは?

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UNDPモルディブ事務所常駐代表。それ以前は、大学院卒業後NGO勤務を経て、UNDPパキスタン事務所にて勤務開始。UNDP東京事務所(現・駐日代表事務所)、スーダン事務所、ジャマイカ事務所、フィジー・マルチカントリー事務所(現・パシフィック事務所)、ベトナム事務所を経て現職。大阪外国語大学京都大学大学院、英国サッセックス大学大学院卒業。 ©︎ UNDP

7月半ば、日本に一時帰国する為訪れたモルディブのヴェラナ国際空港は、目を疑う程閑散とした状態でした。3月にコロナ危機でシャットダウンした後、約4ヶ月振りに空港が再開した直後のことです。去年4月に就任してから幾度となく使ってきた空港。いつも華やかなリゾートで休暇を楽しむ人たちで溢れかえっていた「Sunny Side of Life」が、ひっそりとして、まるで別世界のようでした。

 

インド洋に浮かぶ26の環礁、1200の美しい島。日本ではハネムーンや晴れやかで贅沢なリゾート地として有名なモルディブ。例年170万人を超す観光客からの収入に頼る典型的な観光業中心経済は、3月に完全にストップ。あっという間に国の債務は膨らみ、国家予算を圧迫しました。現在も日々増加する新たなケースへの対応と予防のための費用、即座に必要な社会救済対策など、収入はゼロに等しいにも関わらず、国民の生活を守るために必要な支出は削ることはできません。8月に国連事務総長が発表した観光に関する政策ブリーフによると、今年は観光客の数が58%―78%減少すると予想されています。モルディブはまさに大打撃を受けている典型的な国と言えるでしょう。

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観光業が中心であるモルディブ経済は、新型コロナウイルス感染症の影響により、大きな打撃を受けている。 ©︎ UNDP/Akiko Fujii


同時に観光業への打撃は個人や家族の収入源のストップを意味します。リゾートだけでなくゲストハウスを含む1,000近くの観光宿泊施設、その他観光運搬業の従業員、リゾートで働くフリーランスのダイバーやミュージシャンなどが直接すぐに影響を受けました。UNDPモルディブ事務所が経済開発省と共同で行った調査では、政府が運営するジョブポータルにCOVID-19が原因の失職や減収についての相談のうち54%が観光業で働く人達によるものでした。今回のように1つのセクターに集中した経済が金融危機や自然災害などの危機に脆弱なことは以前から指摘されていましたが、目下、国の急務はいかに観光セクターを復興できるかにかかっていると言っても過言ではないでしょう。


一方、モルディブの観光業はこれまで、特に持続可能な開発目標(SDGs)の視点から、様々な課題が指摘されてきました。

  •  モルディブが将来も世界の観光客を魅了して止まない美しいサンゴや自然。2011年に低所得国を卒業し急速な経済成長を遂げたモルディブ。この両者のバランスが未来の観光の鍵。また、モルディブの観光業界が将来起こるであろう海面上昇の影響に備えること。またこの点は日本を含む国際社会が団結して気候変動などの地球規模の課題に取り組むことが以前にも増して求められています。

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    モルディブの美しい景観の維持と経済発展の両立に向けて、課題に取り組むことが求められている。 ©︎ Masrah Naseem/ UNDP Maldives


  • モルディブではリゾートに限らず年々近隣諸国からの安い労働力に頼る傾向にあり、現在在留する移民労働者は滞在に必要な書類を持たない人々も含め10−15万人、つまり全労働力のほぼ半数とも言われます。モルディブの若者や女性の観光分野での雇用創出や活躍にはまだまだ改善の余地があります。リゾートの雇用におけるモルディブ人女性の割合は全体の3%。若者や女性が未来の観光の形に自分の仕事や生活を描くことができることが重要です。

 

私が去年モルディブに着任してから思い続けてきたこれら2つの課題点は、コロナ危機によってさらに明確になりました。コロナ危機は長くても数年で乗り切ることができるかもしれません。でも奪われた自然や気候変動による影響は観光に根本的で長期的なダメージを与え続けます。今がモルディブの観光にとって大きな転機と言えるでしょう。


美しい自然と気候変動

モルディブの目を見張る美しさは、なんと言ってもターコイズブルーの海、白い砂浜にサンゴ礁。ところが気候変動による水温上昇や都市化に伴う汚染によって年々サンゴ礁の劣化が進んでいます。イエール大学が発表した、今年の環境と生態系持続力を測る環境パフォーマンス指数(EPI)を見ると、180カ国中127位。特に生物多様性の喪失分野では179位の残念な結果となりました。この課題に取り組むためには、リゾート開発に伴うラグーンの埋め立てや堆積物、都市化による海洋汚染やゴミ処理能力の限界など、気候変動のみならず複雑な生態系の変化に焦点を当て、開発のしかた、観光のあり方を早急に見直す必要があります。

 

コロナ危機はいつかは収束するでしょうが、一度失った生物は取り返しがつきません。先のEPIによると、過去10年間のモルディブの経済発展とともに温暖化ガス排出量が急速に増加したことを示しています。国の電力の9割以上は石油燃料、電力の約4割を占めるのが観光分野。環境省は昼間のピーク電力の7割を再生エネルギーで賄う目標を打ち出しました。リゾートのみならず観光業全体でもって再生エネルギーを活用するには国全体の法的、組織的、またマインドセットの転換が必要です。環礁からなり気候変動に大きく左右されるモルディブが世界の他の国々のモデルとなって気候変動の分野で発信していくことは、大変意義があります。モルディブの世界におけるリーダーシップを期待すると共に、日本などの国際社会の大胆なステップに期待します。来年グラスゴーで行われるCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)はコロナ危機前と後の地球的課題に対する国際社会の意識変化を試す大きな機会と言えるでしょう。

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美しい海や砂浜の傍、汚染問題が深刻化している。モルディブが世界の気候変動におけるリーダーシップの舵を切ることを期待する。 ©︎ UN


未来の観光像 ―地元の若者と女性を巻き込んだエコツーリズム

モルディブの若者の15%はいわゆるニートと呼ばれる、教育並びに仕事に就業していない人たちです。UNDPモルディブ事務所が去年日本政府の支援を得て行った「若者の脆弱性に関する調査」では、多くの若者達が将来の仕事に対する不安や男女格差に関する不満を訴えました。国全体で見ると、観光客数並びに観光業からのGDPは年々鰻登りであるにも関わらず、です。また、地元では女性が住み込みでリゾートで働くことに対する抵抗があることや、ボートなどの通勤手段がないなど住民島から日々通勤することが困難なことから、女性の進出が阻まれる状況があります。近年、地元住民が住む島にあるゲストハウスを訪れる外国観光客も出てきましたが、地元住民への経済・社会的な効果はまだまだ低いようです。また素晴らしいダイビング・スポットも、地元の子ども達や女性のほとんどは経験したことがないようです。自分たちの周りの自然や地球環境について知ることが自然を守る第一歩かも知れません。

 

家族や子どもたちが海洋生物を見たり学んだりできるような地元市民活動と観光合体型の観光業。海外旅行が困難な時期だからこそ、国内需要にも目を向け、モルディブの住民が楽しめる観光の形を探ってみても良いかもしれません。またデジタルテクノロジーを使ったダイビングなどバーチャルな体験を商品化するなど。これを機に、地元住民特に若者と女性を巻き込んで未来の観光像について徹底的な対話をしてはどうでしょうか。着任したばかりの意欲あふれる観光大臣に期待します。

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若者や女性を巻き込み、モルディブの未来の観光像に関する対話が求められている。 ©︎ UNDP


さらに、モルディブは独自の文化を持ち、またそれぞれの島にも少しずつ異なる生活様式や民話、民芸品、歴史的な場所や文化遺産などがあります。例えばモルディブ南部諸島のアッドウ(Addu)市メッドウ(Meddho)にあるモルディブ最古の900年前に作られたと言われる墓地。18世期に作られたというモルディブで一番大きな墓碑もここにあり、当時の王族の墓とも言われています。地元のNGO代表によると年々の気候変動による影響で砂浜の浸食が激しく、重要な文化遺産が失われる可能性があるとのことでした。

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美しい自然に加えて、豊かな文化も有するモルディブ。重要な文化遺産である墓碑を侵食から守るため、地元市民が尽力している。 ©︎ Abdulla Shaimaan Waheed

 

世界の観光客にも知ってもらい、この地を守っていきたい、と市民が立ち上がり、砂袋を設置し浸食を防いでいます。ですが、資金力のあるリゾート島と異なり、島への交通手段、上下水道、電気、ゴミ処理を含む基本的インフラの限界は否めません。特にコロナ危機で国庫が圧迫される中、200に散らばる住民島への基本的インフラ投資は困難です。近くにあるリゾートとインフラを共有するなどのPPP(官民パートナーシップ)で、エコツーリズムの新たな形を構築できるのでは。気候変動、環境破壊、地元住民への観光分野への参加は、21世紀のモルディブの観光業がこれからも若者に希望を与え続けられる重要な要素だと考えます。また、地球規模の課題を推進することに、官も民もありません。コロナ危機だからこそ気づいた様々な課題。今を持続可能な開発目標(SDGs)の達成を可能にする転機に。いつかはモルディブのビーチでハネムーンを、と夢見ているあなた。是非住民島にも足を伸ばしてみては。

  

モルディブ・マレにて

藤井 明子