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「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(20) 中満泉さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第20回は、本シリーズの第1回目として寄稿いただいた中満泉さん(国連事務次長 兼 軍縮担当上級担当)からの寄稿です。

 

歴史の転換期とリーダーシップ 

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2017年に国連事務次長 兼 軍縮担当上級代表に就任。同ポストへの就任以前は、2014年から国連開発計画(UNDP)総裁補・危機対応局長を務めた。国連平和維持活動局、事務総長室および国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を含め、国連システムの内外で長年経験を積んできた。米国のジョージタウン大学外交大学院で修士号を、早稲田大学から法学士号をそれぞれ取得 © ︎UN Photo

 

新型コロナウイルス感染症パンデミックが始まって早くも6ヶ月が過ぎました。この間私はNY近郊で「ロックダウン」生活を家族と共に送り、かなり忙しいオンライン勤務を経て、原爆投下75周年の広島・長崎での平和記念式典国連事務総長の代理で出席するため、2週間の自主隔離期間を含めて7月半ばから8月半ばまで約1ヶ月間日本で過ごす機会も得ました。久しぶりの長期滞在でもあり、終戦75周年という節目でもあり、コロナ禍の日本で現在を観察し、その過去と未来のことを考え、信頼する友人達と話す機会も持つことができました。

 

祖国日本が、心を一つにしてこの未曾有のコロナ危機を乗り越えられるよう小さな貢献として、数人の世界で活躍する仲間たちとこのブログシリーズを立ち上げた時、中心になって取りまとめてくださる同志でもある国連広報センターの根本かおるさんに、私は2つか3つのテーマについて書きたい、とお伝えしてありました。危機の時代のリーダーシップ、これからの世界の安全保障の問題、そして、複雑さを増す今の世界における国連の役割と日本に期待することについてです。今回はこの数ヶ月間の思索の期間を経て、リーダーシップについて私が考えることを駄文にまとめてみたいと思います。

 

ただし、焦点を「危機における」ではなく「歴史の転換期における」と変えます。私たちは、単に一過的な「危機」にあるのではなく、むしろこの危機がおそらくもたらすであろう様々な困難や、大変化のことを考えなければならない、と痛感するようになったからです。事実、世界中で多くの学者たちが歴史、哲学、社会学、人類学、政治学や経済学などそれぞれの視点から、コロナ危機と復興が私たちの歴史の分岐点になるだろうと述べています。

 

リーダーシップ論は東洋では諸氏百科、西洋ではギリシャ哲学の時代から盛んに研究・議論されてきたテーマです。日本でも、明治維新、敗戦、3.11・福島原発事故など、節目節目でリーダーシップについて様々な議論がなされてきました。もちろん私は、学術的な意味でリーダーシップについてきちんと調べたことはなく、単に日々の実務の中で期待されるリーダー像について考えてきただけです。初めて少しだけ真剣にリーダーシップについて考えたのは2017年のことでした。の年、母校ジョージタウン大学の外交大学院の卒業式でスピーチをすることになった時です。それぞれの道でおそらくリーダーとなっていくであろう卒業生に、アドバイスになるようなスピーチを、との依頼でした。

 

その時私は現代のリーダーに重要な資質として、以下の3点をあげました。

  1. 人を感動させ、インスピレーションを与えることができるビジョンや大局観
  2. 部下がその潜在力を十分に発揮し、リスクを恐れずに活躍できる環境を整え、個人の能力を越えてそれを集め大きなエネルギーを作り出す能力
  3. 大勢に流されずに正しい決断を下せる勇気と、最も困窮する脆弱な立場の人々に心を寄せる態度

今もこれらはリーダーに欠かせない重要な資質であると考えています。

 

あらためて世界を見渡せば、国際社会でも私達の住む社会の身近なところでも多層に分断の様相が深まり、気候危機が深刻化し地球が悲鳴をあげつつあります。サイバー、人工知能(AI)、バイオ技術など様々な新技術が「第4次産業革命」とも形容される大変革をもたらしつつあります。そして #MeToo、若者たちの「未来のための金曜日」や #BLM(Black Lives Matter)といった社会変革のための運動が世界各地で連動的に起こっています。

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人種差別や警察の暴力に抗議するニューヨークの若者たち ©︎ UN Photo/Evan Scheneider

 

今コロナ危機の渦中にあって、転換期には特に以下のような資質をもつリーダーが必要とされていると思います。まず1つ目に、不確実で混沌とした世界だからこそ、しっかりとした歴史観と知力を持ち、木と森を見極める大局観と未来へのビジョンを持つ人です。2つ目には、大変化・パラダイムシフトを恐れず、それを可能にする勇気と決断力です。3点目として、多様な意見の存在をプラスに捉え、それらに耳を傾ける余裕と柔軟さを持ち、ボトムアップを可能にし、社会変革へのプラスの力とする能力です。これは多様な考え方から、新しいビジョンやアイデアを生み出していく力とも言えます。そして4つ目に、特に分断の世界の今だからこそ、真に誠実さ、最も弱い立場にいる人々に心を寄せ共感する力、謙虚さを持ち合わせる人です。

 

私が「リーダー」と呼ぶのは、必ずしも政府のトップで国政を預かるような人だけではありません。どんな企業にも組織にも、コミュニティーにも、若者のグループにもリーダーはいます。それぞれのリーダーが、それぞれの場で、今の転換期に進むべき道を考えなければなりません。

 

1.不確実な時代だからこそ必要な大局観

私たちが今、大変革の時代にいることは数多くの人が論じています。歴史を見れば、30年戦争であれ、第1次世界大戦そして第2次世界大戦であれ、大変革と新しい秩序は戦争によって引き起こされた事が多くありました。そして、その戦争の背景にはもちろん、宗教的対立や経済危機など深刻な社会・経済的な問題がありました。私たちは、今いる大転換期を「戦争」なしに通過して、新しい時代の幕を開けなければなりません。私はコロナ危機後も、グローバル化の大きな流れが変わることはないと確信しています。グローバル化とは、様々な事象が「地球規模で」起こってくるということです。だから、今リーダーの持つべき歴史観とは、それぞれの過去の歴史から現在に続く私達の地球と世界全体の未来を考え、その中で彼ら彼女らの会社、グループ、組織、地域社会そして国のあるべき姿を考えることだと思います。日本には「ご先祖さまに恥ずかしくないように」という良い言葉がありますが、今必要とされるリーダーの歴史観とはそれに加えて「孫とそのまた孫にも恥ずかしくないように」というものだと私は思うのです

 

自らを利する行動などもってのほかですが、前例主義や短期的なタイムスパンでのみ方策を考える従来型の、あるいは安定期のアプローチはもはや通用しません。私たちの世界で進行している気候危機は、来年再来年ではなくても、将来必ず私たちの子どもや孫が住むこの地球に破滅的な影響を及ぼすことがわかっています。日本を毎年のように襲うようになった超大型台風や、オーストラリアやアメリカ西海岸の大規模森林火災など、明らかな兆候がすでに警告を発しています。地球を守るためにエネルギー源や食料生産など様々な経済活動の持続的なあり方、そして今、何に投資するべきかを考えることは、もはや先延ばしできない緊急の課題なのです。同様に、適切な自衛力を持ちながら誠実な交渉・対話によって安全保障を探ることは、緊急の課題です。第三次世界大戦でどのような兵器が使われるか、と問われたアインシュタインが、第三次世界大戦についてはわかりませんが、第四次大戦ならわかります。石と棍棒でしょう。」と答えたことからもわかります。

 

戦争論」の著者クラウゼヴィッツは「軍隊における階級が上がるにつれて、指揮官の行動が精神や知性、洞察力に支配される割合が高くなる」と言いました。知性や洞察力は、人類社会数千年の歴史とそれが生み出した私達の文化・芸術・美しいものを愛すことによって磨かれ、本質的なこととそうでないものの区別をつける能力を私たちに与えるのではないでしょうか。

  

2.「勇気」と決断力

大勢に流されずに「正しい」ことをするのにはとてつもない勇気がいります。そして、行く先の見えない不確実な状況にあり、必要な行動が何であるかが必ずしも明確でない時、多くの人は行動を先送りにします。知性や洞察力が、勇気と結合する時、時代の転換期に必要な決断力が生まれるのだと思います今、私たちはそういう勇気と決断力を持つリーダー必要としています

 

私にとって勇気とは、ブレない自分の信念というか軸のようなものを持ち、何か難しい局面に立ち向かう時にそれに照らして決断できることです。この軸のようなものを、私は「モラル・コンパス」とも呼んでいます。感情的になったり独善に陥らないように、客観的に事実を捉えて結論を導き出す訓練が必要だし、経験と難しい決定の場数を踏んでいることも役に立つでしょう。もちろん、リーダーがあらゆる分野で深い見識を持つことは不可能なので、難しい局面でのリーダーの決断力を支えるのが、政治的立場など特定の立場に偏った視点や、「結論ありき」でそれに忖度する分析ではなく、真に知的な誠実さを持つ専門家のみが提供できる専門知だと思います。そして、決断力の質を高めるのが、以下に述べる多様性の強みを理解できるか否かにもかかっていると思います。

 

3.多様性とボトムアップを変革への力にする

私たちが時代の転換点にあるとき、間違った決断を下さないためには多様な意見に耳を傾け、決断の質を高める必要があります。私たちの国はそう遠くない過去の転換期に、誤った方向に進んでしまった歴史を持っています。

 

島国である私たちの国では、多様性の持つ強みを理解する機会がこれまでは少なかったのかもしれません。欧米では、多様性が決定の質にどのような影響を持つかについて様々な研究がなされています。それらは一貫して、ビジネスであれ、政策決定であれ、多様性を持つチームによって下された決定の方が、そうでないものより優れているという結論に至っているようです。当然かもしれませんが、多様なメンバーがいるほど特定グループの潜在的なバイアスや感情・直感に支配されずに客観的にデータや事実を評価・分析して、意思決定に活かす傾向が強いです。そして、多様性がある組織の方が、イノベーション力が高く、より創造的で革新的なアイデアが生まれやすいです。ジェンダー格差の解消の議論でよく引用される、女性幹部が多い企業の方がそうでない企業に比べて利益率が高いという研究がありますが、これは女性を幹部に迎えることに抵抗のない多様性を尊ぶ組織文化が背景にあるとも言われています。

 

ボトムアップの運動を大きな改革へのエネルギーとして捉え、これをプラスのものとして理解することも、SNSや情報技術の発達した今日の世界では必要だと思います。そして、これらを分断の要素ではなく、プラスのものとして生かしていくことがリーダーの役割でしょう。多様性やボトムアップの大きな運動を変革のための力としていくには、リーダーに確固とした信念とビジョン、自分と異なる視点を評価できる余裕や自信、柔軟性がなければならないのは言うまでもありません。

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2019年の国連気候行動サミットの開会式で演説するグレタ・トゥーンベリ氏(右) ©︎ UN

 

4.分断の時代に必要な誠実さと共感力

なぜ今、リーダーは誠実であるべきなのでしょうか。最も弱い立場にいる人たちに心を寄せ、共感することができるべきなのでしょうか。人類社会が長い時間をかけて作り上げてきた人道主義の精神が、リーダーに求められるからだけではありません。今の世界の分断の構図の根底に、グローバリゼーションがもたらすはずであった繁栄から取り残されたと感じる多くの人々の、フラストレーションと怒りがあるからです。そしてそういった怒りが極限に達した時に、暴力を伴った大きな混乱をもたらしたことが歴史上、何回かありました。分断の構図を克服するのは、私達の世界の安定した未来にとって、必要不可欠なことだと私は確信しています。

 

拡大した格差を是正し、今の社会に存在する様々な不平等と不正義を正していくことは、残念ながら一朝一夕ではなし得ません。格差や不平等は改善すべきという信念を持ち、複雑な政策を組み合わせて一つ一つ変革していく努力の積み重ねが必要です。経済格差であれ、人種差別であれ、女性への差別であれ、その最初の一歩が、誠実に困窮する立場の人々に心を寄せ、彼らの痛みと怒りを理解し共感することなのだと、私は思います。一生懸命働いているのに、子どもに栄養のある食事を出すことができないお母さんって、どんな気持ちなのでしょう。経済的な理由で進学できない若者の悔しさって?業績を上げてるのに、女性だから男性より昇進が遅いって?肌の色が違うために、差別されるって?私たちはもっとそういう不安、絶望や怒りを想像して理解する努力をするべきです。そうすることによって、リーダーは机上の空論ではなく、適切な現場感覚を持って行動できるようになるのだとも思います。

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ネパールで男女平等と女性の権利を求めて抗議活動する若者たち ©︎ UN Women/Uma Bista 

 

専門家たちは人道主義者とリアリストを二項対立に位置付けて分類議論することが多いのが残念でなりません。これは政治的な右派・左派、保守・リベラルの問題ではありませんナショナリストとグローバリストの対立も関係ありません。政治的立場や経済的な立ち位置を超えて、リーダーは皆が等しく心に刻むべきことです。2年前にある夕食会で、名前を聞けば誰でも知っているグローバルな証券会社のトップと同席した時、彼の言った言葉が強く印象に残っています。「ここまで広がってしまった格差を是正していくことは、もはや企業の社会的責任(CSR)といったレベルの問題ではないと思う。私達の社会のあり方、そして資本主義という経済活動のあり方への根本的な疑問だろう。私たちの未来を守るために、我々も含め、すべてのリーダーが全力で取り組むべき問題だ。」

 

結びに

日本では「シンゴジラ」であれ「半沢直樹」であれ、近年の映画やドラマで描かれる政治家のほとんどが、危機にあって決断できない無能な人や、自らの利益のためにひたすら権力を求める悪人のように描かれていることに、私は危機感を持っています。もっとも、イギリスでも元カンタベリー大主教ローワン・ウィリアムス氏が「多くの場面で政治的リーダーシップが、最悪で最も腐敗したエンタメ産業の様相を呈し、公務の理想が完全に蔑まれるようになった」と言うので、これは多くの国での潮流なのでしょう

 

日本語には、英語のPoliticianとStatesmanを区別する訳語がありません。両方とも「政治家」なのですが、英語では前者は「政治屋」といった否定的な意味で使われることも多くあります。後者は「高潔で偉大な指導者」という意味です。ケネディ大統領をして「まさに今世紀(20世紀)最大のステーツマンであった」と形容された、国連のダグ・ハマーショルド第2代事務総長の言葉でこのエッセイを結びたいと思います。1958年4月9日国連特派員協会のランチでの言葉です。ある意味、このエッセイのアンチテーゼでもあります。

 

「私は、我々が破局に向かっていると信じる人々のグループには属していないのです。・・・これは私たちよりも古い世代が持っていたような、世界の最も有能な人々が全てを最善に導くだろうという危うい確信によるのではありません。もっと難しい確信によるものです。つまり、いつの世もこの世界には、未来をまともなものにするために闘う十分な数の人々がいるからこそ、未来は大丈夫だろうと確信しているのです。」

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ハマーショルド氏は、1953年から1961年にコンゴでの和平ミッション遂行中に搭乗機が墜落して事故死するまで、第2代事務総長として世界各地の戦争回避に尽力した ©︎ UN 

 

アメリカ・ニューヨークにて

中満 泉