国連広報センターの根本かおる所長は、2018年3月10日から16日、インド洋の島国モルディブを訪問し、気候変動対応の最前線や国連の活動などを視察しました。温暖化による異常気象や海面上昇が人々の暮らしに影響を及ぼしているモルディブで、サステナビリティーについて考えたことをシリーズでお伝えします。
連載第3回 モルディブの明日は、若者たちこそが担う
モルディブは人口のおよそ半分が25歳未満という国です。この連載でお伝えしてきた地球変動、異常気象、海面上昇、ごみ問題は、「これから」を生きる若者たちにこそ重くのしかかる課題だと言えます。今回の短い訪問で感じたのは、モルディブの若者たちは大人たちが決めてくれるのをただ待つのではなく、持続可能な明日を自分たちで作りだそうという気概にあふれているということでした。
連載第1回・第2回でもご紹介したラーム環礁のマーメンドゥー島は、国連の後押しを受けながら、島民議会がごみの分別と回収、そしてごみ処理の制度をいち早く確立しました。「自分たちのことは自分たちの手で」と考え行動する大人たちの背中を見て育ってきたこの島の子どもたちも、起業家精神に満ち溢れています。
マーメンドゥー島の学校では、子どもたちのイニシアティブで校庭に緑の屋根が作られつつあるのです。せっかく校庭にあるのに、休み時間に校庭に出てスポーツをしたくても、暑さで頭が痛くなってしまう。そんな問題意識から、校庭を緑の屋根で覆って涼しくしたい、というアイデアが生まれました。
プロジェクトには国連開発計画(UNDP)も支援していますが、コンセプトづくりは生徒たちがリードして行ったものです。ポンプで水をタンクにくみ上げてタンクから全体に水をまわし、残った水は校庭の池に戻し、池の水も再度タンクに、という形で循環させる仕組みのデザインと建設に、自分たちも関わったのです。
バドミントン用のネットが張られた校庭を、プロジェクトに携わった生徒たちが案内してくれました。「これから屋根にもっと緑を生い茂らせます。それから、水が通るパイプの部分に穴をあけて、そこでレタスの水耕栽培もする計画です」とのこと。生徒中心の取り組みが評価されて、首都マレでのマーケティング会議で生徒たちで事例紹介のプレゼンテーションをすることになっていると話してくれました。土地が狭く野菜をほぼすべて輸入に頼っているモルディブにおいて、コミュニティー単位で野菜を作ることのできる有効な事例でしょう。
生徒たちから話を聞いて大変関心したのは、連載第1回のストーリーでもお伝えしたように、地下水に塩分が含まれるようになってしまうなど飲み水の確保もままならない離島にあって、子どもたちが「水の循環」ということに意識が高いということです。
素晴らしいことに、マーメンドゥー島の学校の生徒たちが3月末に首都マレで開催された全国の学校対抗バドミントン大会の19歳未満の部で、見事優勝を果たした、とのニュースが飛び込んできました。
以前は暑くてなかなか練習できなかったものの、このプロジェクトのおかげで暑さをしのいでトレーニングできた成果だと、感謝の言葉がUNDPに寄せられたとのことです。
離島の人たちが敏感なこととしてもう一つ挙げられるのは、津波の恐ろしさです。2004年12月のインド洋大津波では必死に木によじ登って助かったと話す人がいました。
日本などの提唱で2016年に11月5日を「世界津波の日」とすることが国連で採択され、津波に備えるための啓発活動 が世界各地で行われるようになっています。
UNDPモルディブ事務所 では、日本政府からの財政支援を受けてUNDPがアジア太平洋地域で行う防災プロジェクトの一環として、モルディブ政府との連携で離島の学校を中心に津波避難訓練 を行い、どのように命を守るのか人々の意識に植え付けようとしています。
2017年9月に第1回の訓練をガーフ・アリフ環礁で行って以来、津波避難訓練をこれまでに5環礁6つの学校で実施 し、生徒・教員延べ2800名が参加しました。
小さな1200もの島々が南北およそ1000キロに広がる群島国家モルディブでは、津波が起こった際に他の島に逃げられず、救援物資を届けるにも輸送が大きな障壁になり、普段からのコミュニティーレベルでの備えと防災意識がカギを握ります。防災訓練の準備には生徒たちにも関わってもらい、今後はモルディブ政府側により強いリーダーシップを発揮して制度化してもらう必要があり、政府側に働きかけを怠りません。
国連の開催したコンテストを出発点に大きく羽ばたこうというモルディブ人の若い女性がいます。進学のために離島から首都マレに出てきたマリヤム・シバさん、22歳です。昨年、UNDPモルディブ事務所が民間企業などとの連携で開催する「Miyaheli ユース・イノベーション・キャンプ」の参加者募集の告知をフェースブックで見かけて応募し、同キャンプに参加して優秀者に選ばれたことで、大きく世界が変わりました。今は大学を卒業し、メンタル・ヘルスのためのウェブサイト「Blue Hearts」の立ち上げを実現しようと奔走する社会起業家です。
自分自身がうつに苦しんできたシバさんは、モルディブの離島ではなかなか専門家からメンタル・ヘルスのサポートを受けられず、緊急にカウンセリングや投薬などの治療を受けたくても首都マレまでの距離や専門家不足で予約が数ヶ月先になってしまうことなどを大きな問題だと感じてきました。うつによる知人の自殺が引き金になり、思いを行動に移そうと思い立ちますが、プロジェクト提案の仕方や資金の集め方などがわからず困っていたところで、Miyaheli ユース・イノベーション・キャンプの告知を見たのです。
シバさんは、自分のアイデアをプロジェクトとして成り立たせるためのノウ・ハウをキャンプの参加者やメンターたちから学び、それが大きな自信につながったことや、今後はメンタル・ヘルスのためのアプリ開発にも乗り出したいことなどについてインタビューで語ってくれました。そして、うつを一人で抱え込むのではなく、この病気と上手につきあっていく方法を見つけてほしいとも呼びかけます。
シバさんは3月末にUNDPがバンコクで開催する Youth Co:Lab Summit アジア・太平洋地域大会に招へいされ、私がインタビューした際にはその準備で興奮気味でしたが、なんとこのサミットで彼女のBlue Heartsプロジェクトが賞に選ばれた のです。アジア・太平洋地域から選抜された20の参加者の中で、Facebook上で一番多くの「いいね!」を集めたプロジェクトに贈られる「Popular Choice」賞を受賞しました。
自分と同じようにうつで苦しんでいる人々が容易にアクセスできるメンタル・ヘルスのサポートを提供したいとの願いから始まったプロジェクト提案が優秀者たちの集まりでも評価され、さらに大きな自信につながった ことと思います。
シバさんとマーメンドゥー島の生徒たちの姿勢から、私自身、思いを形に変えるために一歩を踏み出す勇気の大切さをあらためて実感しました。素晴らしい刺激をありがとうございます!