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「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(18) 野田章子さん(前編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第18回は、野田章子さん(国連開発計画(UNDP)インド常駐代表)からの寄稿の前編です。

 

コロナ危機におけるリーダーシップ: インドからの現場報告(前編)

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2019年5月よりUNDPインド常駐代表。それ以前は、三菱総合研究所を経て、1998年からUNDPタジキスタン事務所に勤務した後、UNDPのコソボユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)の各事務所を経て、2002-2005年は UNDP本部でマーク・マロック・ブラウン元総裁のもとでプログラムスペシャリストを務める。その後、国連コンゴ民主共和国ミッション(MONUC)、パキスタンの国連常駐調整官事務所での勤務を経て、2006年からUNDPモンゴル事務所にて常駐副代表、2011 年からUNDPネパール事務所にて国代表、2014年10月より2019年4月までモルジブ国連常駐調整官兼UNDP常駐代表を歴任。慶応義塾大学大学院修了(政治学修士)。 ©︎ UNDP

 

インド全土でのロックダウンが宣言されて2日目の3月26日。「Shoko、今晩中にTikTokにビデオを上げたいから、これからピアノを弾いて、一言二言みなさん家にいましょうと呼び掛けてビデオに撮って送ってくれる?全部で45秒ぐらいね。」これから夕食という時に、オフィスのソーシャルメディア担当者からこの様な指示。すでに空腹な夫に頼み、角度の調整や練習で結局1時間ほどかけて撮影。TikTokインドとUNDPインド事務所のコラボで行われた#StayHomeIndia (#GharBaithoIndia)キャンペーンで、私のビデオはモディ首相や人気ボリウッド俳優のメッセージと並びトップページに掲載されました。

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#StayHomeIndia (#GharBaithoIndia)キャンペーンを通して、家にいるよう呼び掛けている。
©︎ UNDP India


ビデオでは「Let’s stay at home(家にいよう)」と笑顔で言ってはみたものの、内心はコロナ対応プログラムの早期立ち上げのプレッシャー、自宅勤務となった総勢600人超のスタッフをどう統括するか、そして日本にいる両親のことなど、国連勤務23年目にして今まで経験したことのない危機に直面し、正直不安でいっぱいでした。3月上旬からはUNDP本部からのメールはすべてコロナ関連。夜型の広報チームから来る連絡や内容確認事項は早くても夕食の時間帯。ズーム会議もUNDP本部のあるニューヨークに合わせた時間と、何かと勤務時間が不規則になり、また本部のスピード感と流動的な現場での状況に挟まれ、週末もなく夜遅くまでパソコンに向かう毎日でした。

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UNDP本部のあるニューヨークの時間に合わせ、様々な会議が開かれている。 ©︎ UNDP/Hajime Kishimori 


UNDPインド事務所のスタッフは幹部3人を除いては、全員インド人です。これまでに紛争や大規模な自然災害のような危機に直面した状況でのプログラムを動かした経験がほぼないオフィスに、危機感を持たせコロナ対応のプログラムを早急に立ち上げ、既存のプログラムの軌道修正を行わせることには苦労しました。それを在宅勤務という形態で行うことは、以前に国連常駐調整官になるために受けたテストでも試されないような全く想定外の危機対応能力を求められました。


在宅勤務に入った当初のスタッフの勤務習慣はばらばらでした。また在宅勤務への適応も、各人の性格、家族構成、男性、女性、ITを使いこなせる若い世代とそうでない世代などによって様々です。前述のように広報担当のスタッフたちは皆、当初は典型的な夜型でした。またスタッフの中には働きすぎて自己調整ができなくなり、燃え尽き症候群状態で2、3日ダウンしてしまう人もいました。一人暮らしのスタッフも結構多く、彼らとは、ミーティングや「ズーム」ランチをして、日頃の調子や仕事の進捗を聞く機会を設けました。睡眠障害に陥っている人、オフィスが恋しい人など、家族と同居しているスタッフとはまた違った問題を抱えています。

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スタッフとのオンライン・ミーティングはチームの結束力のために欠かせない ©︎ UNDP/Swetha Kolluri


またスタッフの要望や問題を吸い上げるため、定期的にオンラインのアンケートを行いました。アンケートの結果から分かったことは、例えば女性はやはり家事全般を行うというプレッシャーがあり、女性スタッフは在宅勤務で自宅にいることで勤務時間中も家事や食事の準備を期待されてしまい、さらに負担が大きくなる傾向にあるという点です。私同様、ズーム会議疲れを感じているスタッフも見受けられました。そのため12時から14時まではミーティングをなるべく避ける時間帯と設定しました。自宅勤務のため、仕事と生活の区切りをつけるのがより難しく、ワークライフバランスが崩れる傾向にあるので、有給休暇の取得を促しました。またスタッフの健康を考えて、インドらしくヨガの先生によるオンラインのクラスやその他の趣味講座を設けました。ストレス対処方や家庭内暴力に関するウェビナーも随時、開催しています。

メンタルヘルスは体の健康と同等に重要です。#MentalHealthAwareness(メンタルヘルスへの関心)について、UNDPインド事務所は心の健康を保つためのヒントについて、フェイスブックメンタルヘルスの専門家とのライブ対談を開催します。」スタッフに対するケア以外に、専門家を招いたメンタルヘルスを取り上げたウェビナーも随時開催。

 

スタッフにはワークライフバランスの重要性を説きますが、有言実行につなげるのは決して簡単ではありません。私の通勤時間は、通常であれば1日1時間弱。これに相当する時間をなるべくジョギングやヨガに使うようにしています。ジョギングに関しては、毎月の合計距離を100キロに目標を定め、今のところ何とか達成しています。ヨガではカラスのポーズを習得できました。在宅勤務で一番嬉しいのは、飼い猫のたまとふじと過ごす時間がぐっと増えたことです。たまは午前中の昼寝を終え午後になると、私のズームミーティングやフェースブックライブの途中に、パソコンの周りを優雅に歩き回り愛嬌を振りまきながら登場することもしばしば。こういう息抜きがあってこそ、長時間に及ぶ在宅勤務もなんとかこなしています。

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長時間に及ぶ在宅勤務の癒しである、飼い猫のたま。この日は膝に乗って画面を凝視しています。©︎ UNDP/Shoko Noda


また5月には息抜きとインスピレーションを求め、お正月休みに日本で買ったUNDPの大先輩の丹羽敏之さんの「生まれ変わっても国連」を手に取りました。470ページに渡る本なので、読破できるか心配でしたが読み始めると結局、睡眠時間を削るほど集中して読めました。輝かしいキャリアをお持ちの丹羽さんですが、正直にご自分の成功、葛藤を描かれています。あとがきに「自信と不安、希望と失望、満足と落胆、信頼と裏切り、成功と嫉妬の連続であった。そうしたなかで、つねに試行錯誤をし、問題解決の道を探ることは価値のあることでもあった。」とあったのが大変印象的でした。


この「ニューノーマル」も5か月を過ぎると、ポジティブな効果も見受けられます。例えばUNDPでは主にズームで会議を行います。ズームの画面では、同じ大きさの四角形の枠に参加者が映し出されます。インドのような階級社会では日本のように上下関係がしっかり根付き、より上席のポストに付いているスタッフに気を使いながら話す傾向がありますが、ズーム会議になってからは、役職に関わらずやる気がありアイディアが豊富なスタッフの活躍がより明確に見えてきます。中間管理職の煩わしい管理を飛ばし、直接連絡をしてくるスタッフの中には、この「ニューノーマル」の勤務形態で上下関係の煩わしさからの解放感を有難く思える人もいるようです。またほぼすべてのミーティングがオンラインで行われるため、出張や移動の時間が大幅に短縮され効率化も図ることができ、今までの出張やセミナーに充てられた経費が節約され、少しでも多くの予算を受益者への支援に再編成できることも利点です。

 

後編では、UNDPインド事務所が様々な制約の中でどのような支援活動を行っているかについてお伝えします。

 

インド・ニューデリーにて

野田 章子