第7回アフリカ開発会議(TICAD7)が2019年8月28-30日、横浜市で開催されます。日本では6年ぶりとなるTICADに向けて、国連広報センターはアフリカを任地に、あるいはアフリカと深く結びついた活動に日々携わっている日本人国連職員らに呼びかけ、リレーエッセーをお届けしていきます。
取り上げる国も活動の分野も様々で、シリーズがアフリカの多様性、そして幅広い国連の活動を知るきっかけになることを願っています。第5回は、国際移住機関(IOM)ガンビア事務所代表の永野史子さんです。
第5回 国際移住機関(IOM)
永野史子さん
~アフリカの小国、ガンビアから見たグローバルな人の移動~
2010年にJPOとして国際移住機関(IOM)キルギス事務所プロジェクト・デベロップメント・オフィサーに就任。以降、バンコクのアジア太平洋地域事務所で国境管理分野、エチオピア事務所の移住ガバナンス等の職務を経て、2017年7月にガンビア事務所代表に着任。
西アフリカに位置するガンビアは、西の大西洋岸を除き陸地三方を隣国セネガルに囲まれた、人口200万人ほどの小国です。地図を見ると、東を向いた人間の頭のような形のアフリカ大陸、その後頭部に刺さった小さな棘のように見える国がガンビア共和国です。
着任前のガンビア
かつてガンビアは、前大統領ヤヤ・ジャメ氏の22年に及ぶ独裁下にありました。その当時から既に、何千人もの若者がよりよい生活を求めて国を捨てヨーロッパを目指す動きが後を絶たず、大きな問題をはらんでいました。しかし、人権侵害を放置する独裁国家の移民問題に、ドナーや国際機関の関心や支援は得られませんでした。
2016年12月の選挙でアマダ・バロウ氏が新大統領に就任、翌2017年1月、独裁政治に決別し新生民主国家を目指すものの、この間も事態はますます深刻なものになっていきます。例えば、2016年にイタリアに上陸したガンビア人はおよそ12,000人と、同年のイタリアへの上陸者のうち、アフリカで6番目に人数の多い出身国でした。国民一人当たりの流出率という点では世界でも突出しており、小国にとっては看過できない事態で、ガンビアは移民に関する支援を必要としていました。人口流出という非常事態は、22年にわたる独裁体制による政府の解決能力の著しい低下を示唆していました。
こうした問題を抱えたガンビアに2つの転機が訪れます。1つは2015年の欧州移民・難民危機です。EUはこれ以降、アフリカの移民・難民に関する支援に多大な資金を投入するようになります。そして、もう1つは先に述べたように大統領選挙での独裁体制からの脱却です。主要ドナーは新生ガンビアに対し、民主主義を根付かせ独裁へ二度と逆行させないための支援を決意しました。EUはガンビアの出入国管理に関連する事業に資金を拠出し、欧州、及びリビアやニジェール等、移民の経由国からのガンビア人の帰国事業に乗り出しました。プロジェクト当初の目標は、3年間で1,500人のガンビア人の帰国でした。これに加えてガンビア政府から寄せられた要望は、出入国管理制度と移住管理能力向上への支援でした。隣国セネガルとの国境線が未整備なことが懸念でした。
国境で見たもの
2001年開設のIOMガンビア事務所は、私が着任する2017年半ばまで、ガンビア人職員2~3人だけの小さなものでした。私は上記EUの支援による3年のプロジェクト完遂と、その完了時には、20名程度の職員を擁する中規模事務所にするとの使命を担い、ガンビアに向かいました。
ガンビアには、隣国セネガルの首都ダカールから陸路で入国しましたが、国旗も看板も役人の姿もなく、道路の両側に雑多な商品を並べた露店が並んでいるだけで、一体どこが国境なのかさえ分かりませんでした。運転手の説明がなければ、アフリカのどこにでもある小さな町の市場かと見過ごしてしまいそうな風景でした。
出入国の手続きも、セネガル側はまだ良いものの、ガンビア側はペンキも色褪せ汚く崩れかけた、およそ国境管理施設とは思えない建物の中で行われました。そこでは入国管理局、警察、諜報局が共に活動しており、諜報局と入国管理局の面接をパスすれば入国できます。パスポート読み取り機もなければPCもなく、局ごとに電話帳のような分厚い台帳に手書きするという恐ろしくアナログなシステムでした。これでは出入国のデータ管理などは望むべくもなく、人里離れた国境だけではなく最重要拠点である国境管理施設も穴だらけであり、ガンビア入国管理局からの国境管理システムの向上につながる技術的支援、能力・人材開発、機器・設備の充実等の諸要望は切実なものであるということが納得できました。
日本の支援で国境管理事業に着手
着任時には、リビアの治安が悪化し、先述のEUプロジェクトが始まる前に既に1,000人以上のガンビア人が、主にリビアやニジェールから帰国していました。ガンビアでの受け入れ態勢が整わない中、IOMはリビア内に拘束されながらも帰国を望むガンビア出身移民の帰国に最優先で取り組むことにしました。
一方で、喫緊の課題である国境における入国管理システムの強化事業を日本政府に提案、資金を得ることができ、国境管理システムの改善に着手しました。
この事業の実施期間は、2018年3月からの1年で、最初の半年は国境管理の現状把握に全力を注ぎました。なぜなら、現状を把握することは後に続く活動の基盤となり、今後のガンビア政府の出入国管理に関する方向性や政策を左右するだけでなく、ガンビア政府のIOM評価にも影響する最も基本的な土台になるからです。
事業では、主に4つの課題に焦点を置きました。はじめに、国境管理の現状について包括的評価を得るため、著名な専門家に助言を求めました。オーストラリア在住のその専門家は、多忙の中わずかな間隙をぬって遠路ガンビアに来訪、短期間で10カ所あるガンビアの正規国境管理施設のうち実に9カ所を自ら調査し、体制・設備・人材の詳細評価及び134点にも及ぶ具体的改善点を報告にまとめました。これに基づいたガンビア政府への提案は、実際的で極めて有効であると、ガンビア内務省から高い評価を得ることができました。
第2の課題は資材・設備の提供です。提供品目には、懐中電灯やオートバイから、旅券検査用の拡大鏡等の細々としたものまでありましたが、いずれも国境管理業務に必要不可欠な物ばかりでした。加えて執務用の椅子や机・書棚等の事務什器もあり、これまでの過酷な現場環境を改めて実感させるものでした。ガンビアでは日常的に停電に見舞われ、パスポート読み取り機やPCを備えても停電時は一切役に立ちません。そこで、太陽光パネルの寄付を申し出て、ガンビア政府と調整のうえ北部1ヵ所の国境管理施設に設置することになりました。また、国境管理施設2ヵ所の建物の改修・修理も行いました。
第3の課題である人材育成については、まず研修から着手しました。政府と共に洗い出した国境管理の問題点を基に研修内容を策定し、講師はあえて隣国セネガルの国境管理に関わる政府職員に依頼しました。英仏の植民地に分断されたという歴史があるものの、ガンビアとセネガルはもともと同一民族であるため、本来あるべき相互信頼回復を期して取り組んだものです。研修は、Training of Trainers(TOT)の手法を採り、ガンビア人講師を育成し、以降も自立的な研修の継続に資するよう配慮しました。
加えて、ガンビア・セネガル双方の国境管理施設職員を対象に合同研修を実施しました。国境管理に関する連携・情報交換が主たる目的ですが、その波及効果は大きく、携帯電話のグループ・チャット機能を活用してより緊密な連絡体制を模索するなど、着実に双方の友好関係は深まっています。更に両国相互の人的連携策として、両国政府高官対象の国境管理を主題とする会議を今年3月末に開催しました。
そして第4の課題は、国境管理・監視という活動に、政府職員のみならず周辺住民を巻き込んだコミュニティ全体で取り組み、不正規な出入国を防ぎ国民の安全を守ることです。IOMは入国管理局と共に、国境付近に住む村民の協力を得るため、ガンビア・セネガル各々の国境付近2か所(両国合計で4か所)で説明会を行いました。この説明会も好意的に迎えられ、今後コミュニティとの協働が国境管理をより効率的かつ効果的にし、将来にわたっても継続していくであろうと確信しています。
今後の展望
ガンビアに着任して早くも1年半が経ちました。現在ガンビア事務所は60名体制で、着任時の20倍、プロジェクト当初計画の20名体制に比べても3倍という大所帯になりました。これは、ガンビアにとって人の移動(移住)の問題が喫緊の課題であるとの証左でもあります。IOMはEU・米国の他、現在は英国・イタリアからも資金提供を受けていますが、日本の協力による本事業は、IOMガンビア事務所が初めて主導する地域協力プロジェクトであり、極めて意義深いものです。また、IOMガンビア事務所の国境管理分野での初のプロジェクトでもあり、非常に有益な取り組みです。ここに至る日本の支援は極めて大きく、改めて心からの感謝を申し上げます。今後はガンビアの国境管理システムの更なる向上を目指し、人の移動がより安全かつ効率的に行えるよう、また最終的にはガンビア経済の発展につながるよう努力していきたいと考えています。