国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(4) 根本かおる (前編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第4回と第5回は、根本かおる(国連広報センター所長)からの寄稿を二部構成でお送りします。今回は前編として、パンデミック下における国連の取り組みや日本のメディアの現状について考えます。

 

コミュニケーションを「ニュー・ノーマル」推進の中核に(前編)

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2013年に国連広報センター所長に就任。それ以前は、テレビ朝日を経て、1996年から2011年末まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)にて、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。WFP国連世界食糧計画広報官、国連UNHCR協会事務局長も歴任。2012年からはフリー・ジャーナリストとして活動。コロンビア大学大学院修了 ©︎ UNIC Tokyo

 

日本には29の国連機関・組織の事務所が拠点を置き、3月下旬から全面的に在宅勤務に移行し、仕事の仕方を変えて活動を続けています。打ち合わせもイベントへの登壇も、取材を受けるのも日々の情報発信もほぼ全てがオンラインで行われ、朝から晩までコンピューターとスマホの両方に釘付けの状況が続いてきました。 私が在籍する国連広報センターは、これら29の国連諸機関を広報分野において調整しつつ、国連システム全体の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応について、日本の方々に対して日本語で発信する司令塔のような役割を担っています。非常に速いスピードで進展する国連の危機対応をほぼリアルタイムで伝えるために、時差13時間のニューヨークとの深夜のビデオ会議がほぼ日課になっています。

世界中の国連のコミュニケーション担当者が、オンラインでCOVID-19 に対する広報面の対応を議論

 

前例のない危機には前例のない対応でともに乗り越えようと、日本の国連ファミリーの間でも、世界に拡がる国連の広報関係者のネットワークでも危機を受けて連帯感が強まっていると感じています。今回のCOVID-19危機では「活動を伝える」という伝統的な広報発信にとどまらず、「危機広報」が緊急対応の中核の一つとして据えられ、その重要度が非常に大きくなっているというのが大きな特徴です。これほどまでに広報の比重が高いグローバル危機は、私の国連でのキャリアの中でも初めてのことです。決まったことをプロセスの川下で伝えるというのではなく、対象とするオーディエンスは誰か、どのようなメッセージをどのような手法で伝えるかなどについて緊急対応の戦略作りの中で一緒に考えています。広報関係者の士気は高く、前例がない大海原を、同じように模索する仲間たちと経験と教訓、データと分析などを共有して、叱咤激励し合いながら小さな船を漕ぎ出しているような気持ちで日々膨大な情報に向き合っています。

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国連広報センターはCOVID-19専用ページを立ち上げて発信。国連とクリエイターの協働で作ったCOVID-19対応のためのロゴとメッセージ・スタンプも活用

 

30秒かけて入念に手洗いする、2メートル以上の距離を確保するなどの公衆衛生上のメッセージをどのように伝え、どうしたら生活習慣として定着させることができるだろうかと考えるのは前向きになれる仕事です。協力してくれそうな著名人に声を掛けたところ、瞬く間にダンスや歌、イラストや笑いも交えてSNSでバイラルに拡がっていきました。平時には考えられないようなパートナーシップも生まれています。例えば、サンリオのハローキティとベネッセのしまじろうが世界の子どもたちを励まそうと、社の垣根を越えてコラボし、「みんなといっしょたいそうビデオシリーズ」を立ち上げています。また、国連は初の試みとして世界のクリエイターたちにCOVID-19関連のメッセージをわかりやすく伝えるためのクリエイティブの提供を「オープンブリーフを通じて募集しました。これに応じて日本を含め140を超える国々から1万6000以上の作品が寄せられ、作者をクレジットすれば自由に使用できるよう公開されています。これらの手応えから、コロナ禍を受けて「こういう時だから連帯して協力したい」という気持ちが社会に溢れていることを実感しています。 

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United Nations COVID-19 Response Creative Content Hubは日本を含む世界中のクリエイターの作品を自由に使用できるよう提供 ©︎ Hikaru Igarashi

 

反対に目を覆いたくなるのが、不確かな情報の氾濫や扇動目的や悪意に基づく誤った情報の拡散、特定の国籍や人種、感染者とその家族、医療従事者らを差別・攻撃する極端な言説です。不確かな情報が蔓延すると正しい情報が伝わりにくくなり、人々の健康がリスクに晒されかねません。さらに差別と偏見そのものが人権上大きな問題であるのに加えて、公衆衛生の面でも、感染の可能性がある人が差別を恐れて受診しなくなってしまう危険性があります。不安や恐怖は熟考を妨げ、短絡的なものの考え方しかできなくしてしまい、感情的な差別・排除・攻撃につながりやすくなります。それは日本のSNS上の両極端に振れがちなコメントの応酬を見ても明らかでしょう。

 

国連では「COVID-19に関するヘイトスピーチ対策への国連ガイダンスノート」を作成し、政府やソーシャルメディア企業、メディア、市民社会などへの提言をまとめたところです。ナチスによるユダヤ人虐殺もルワンダの虐殺も、いずれもヘイトスピーチから始まっていることから早い段階で声を上げることが重要です。「感染は本人のせい」「感染は自業自得」と考える人の割合が日本では他国よりも突出して多いことが調査でも明らかになっていますが、こうした中、日本の政府・自治体、またインフルエンサーから差別と偏見を許さないという強いメッセージが発出されていることを心強く感じています。

 

SNSのプラットフォームを提供する企業も有害なデマの拡散を減らすよう注力し、Facebookは3月だけで4000万ものCOVID-19関連で問題のあるポストを削除しています。BBCの報道では、英医学誌の研究から、調査対象となったYouTube上のCOVID-19関連動画の4分の1は誤解を招く情報あるいは不正確な情報を含んでいたことが明らかになっています。UNESCOの発表では、SNS上のCOVID-19関連ポストのおよそ4割が信頼できないソースからのもので、4割以上がボットから自動的に送信されたと指摘しています。さらに不確かな情報の蔓延は人々を疑心暗鬼にさせ、メンタルヘルス上の問題を増大させてもいます。 

 

ここまでの規模とスピードで拡がるインフォデミックとの闘いは、マルチステークホルダーによるパートナーシップ型で立ち向かわなければ到底歯が立ちません。この状況を受けて、国連は国連システム全体をあげてプラットフォーマーやメディアと連携して、信頼できる情報に基づく発信に認証マークをつけて発信する「Verified(ベリファイド)」という取り組みを5月下旬に立ち上げました。 

 

日本から20ものメディアが参加している、国連とSDGs推進に熱心なメディアとの連携のプラットフォームの「SDGメディア・コンパクト」加盟メディアに協力を求めると同時に、一般の人々に対してもVerifiedからのメッセージを広める「情報ボランティア」として参加するよう募っています。”検証済み“を意味する「Verified」では確かな情報の発信にとどまらず、各国での課題解決型の取り組みに関するストーリーも取り上げていきます。ネット空間にウソ、恐怖、ヘイトではなく、事実、科学、連帯を溢れさせようと意気込んでいます。人々に希望と共感と自己肯定感をより強く持ってもらうきっかけにして欲しいと願っています。 

 

後編では、日本のメディアへの期待、日本における「信頼」の課題、そしてコミュニケーションの役割について考えてみたいと思います。

 

日本・東京にて

根本 かおる

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」番外編 山中伸弥さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。今回は番外編として、京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授からの本ブログシリーズへのご賛同とご協力についてご紹介します。

 

一致団結してこの危機を乗り越える

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2010年にiPS細胞研究所長に就任。それ以前は、臨床研修医を経た後、米国グラッドストーン研究所博士研究員、奈良先端科学技術大学院大学教授、京都大学再生医科学研究所教授などを歴任。2006年にマウスの皮膚細胞から、2007年にはヒトの皮膚細胞から人工多能性幹(iPS)細胞の作製に成功し、新しい研究領域を拓く。2010年に文化功労者として顕彰、2012年に文化勲章受章、また同年ノーベル生理学・医学賞を受賞。大阪市立大学大学院医学研究科博士課程修了(大阪市立大学博士(医学))© ︎京都大学iPS細胞研究所

 

京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授は、「感染症の専門家ではない」とことわりながら強い危機感から今年3月29日に「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」と題するウェブサイトを開設し、科学に基づく世界の最新情報を発信していらっしゃいます。「新型コロナウイルスへの対策はこれからが本番。私たちが一致団結して正しい行動を粘り強く続ければ、ウイルスとの共存が可能となります。自分を、周囲の大切な人を、そして社会を守りましょう!」とのウェブサイトに関する山中教授の言葉はまさに本ブログシリーズが目指すものと考え、ウェブサイトへのリンクを貼らせていただくことをお願いしたところ、「国全体で目的を共有して心を合わせて危機に取り組むことが最重要」という本ブログシリーズの目的に賛同していただき、ご快諾いただきました。

 

山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信 

https://www.covid19-yamanaka.com/index.html

 

山中伸弥京都大学iPS細胞研究所所長のコメント(上記ウェブサイト内「今、求められる対策は?」より)

「ウイルスへの対策は、有効なワクチンや治療薬が開発されるまで手を抜くことなく続ける必要があります。1年以上かかるかもしれません。マラソンと同じで、飛ばし過ぎると途中で失速します。ゆっくり過ぎるとウイルスの勢いが増します。新型コロナウイルスは強力です。しかし、みんなが協力し賢く行動すれば、社会崩壊も医療崩壊も防ぐことが出来るはずです。今、私たちが新型コロナウイルスに試されています。私たちの団結力を見せつけなければなりません!」

 

ありがたくリンクさせていただきます。

山中先生、ありがとうございます!

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(3) 清田明宏さん 

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第3回は、清田(せいた)明宏さん(国連パレスチナ難民救済事業機関保健局長)からの寄稿です。

 

誰も置き去りにしない新型コロナウイルス対策支援を
パレスチナ難民の現場からの報告―

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2010年に国連パレスチナ難民救済事業機関UNRWA)の保健局長に就任。それ以前は、結核予防会・結核研究所に勤務後、国際協力機構(JICA)でイエメン結核対策プロジェクトに従事した後、世界保健機関(WHO)にて中近東の結核対策、三大感染症の責任者として3,100人の保健医療スタッフをまとめた。2015年第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞受賞。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業 ©︎ Akihiro Seita

 

世界を席巻する新型コロナウイルス 、総計560万人のパレスチナ難民が避難しているガザ、ヨルダン側西岸、ヨルダン、レバノン、シリアでも感染が広がっている。5月14日現在で、これら国々の患者の総計は1,883 人、その内63人がパレスチナ難民だ。数としては多くないかもしれない。しかしその一人一人の苦悩は深い。

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UNRWAの活動地域を示す地図

4月中旬、レバノン西部のパレスチナ難民キャンプで一人の新型コロナウイルス の患者が見つかった。40代の女性、肺炎の症状で難民キャンプの近くの病院に入院、感染を疑われPCR検査を実施、陽性であった。治療のためにレバノン政府が認定する新型コロナウイルス 専門病院への転院が必要となった。至急その病院に連絡、救急車を手配し、転院が行われた。現在は治療を終え、無事に帰宅された、と聞いている。本当によかった。

 

ただ、この転院を巡り、大きな問題が生じた。専門病院での治療費を誰が払うかだ。レバノンでの新型コロナウイルス の治療は高額だ。集中治療室(ICU)が1日1,000ドル(約107,000円)、人工呼吸器を使えば1日1,500ドル(約160,000円)に、一般病棟でも一日500ドル(約53,000円)だ。もしICUに1週間、一般病棟に2週間入院となると、費用は14,000ドル(約150万円)になる。

 

レバノンに約50万人のパレスチナ難民がいるが、彼らの7割は一人月208ドル(約22,000円)以下で暮らす貧困層だ。彼らレバノンの公的医療保険を持てないので、もし3週間の入院となれば、その費用は150万円になり、全て自費となる。貧しい彼らにとって、それは不可能だ。公的資金を持つレバノン政府も極度の財政危機に見舞われ、債務残高が国内総生産の170%、今年3月には債務不履行(デフォルト)に陥っていた。レバノンの総人口は約700万人だが、そのうち100万人以上いるシリア難民や約50万人いるパレスチナ難民の治療に財政が回らない、とのことだった。

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レバノンの難民キャンプの様子(2019年2月撮影)© Akihiro Seita

最終的には、私が仕事する国連パレスチナ難民救済事業機関UNRWA)が治療費を支払うことで転院が実現した。UNRWAパレスチナ難民の支援をする国連機関なので、本来の業務といえばそうだが、我々も恒常的な資金難に見舞われている。しかし、もし我々が負担できなければ、患者さんが転院できない、治療を受けられない事態になる。それは絶対に避けねばならない。

 

新型コロナウイルス の対策の基本は、感染者の発見と隔離・治療だ。それには経済・社会状況にかかわらず全ての人が利用できる医療制度が必須だ。そうでなければ、患者さんは医療機関を受診しない。その結果、患者さんの命の問題となり、それとともに地域で感染が広がる。この状況はパレスチナ難民の様な社会的弱者にとって深刻だ。医療制度全体の底力が問われている。

 

新型コロナウイルス による苦悩が深いのは患者さんだけではない。住民全体だ。私が住むヨルダンでは、驚かれるかもしれないが、新型コロナウイルス の対策は今のところ比較的うまく行っている。5月14日現在の総感染者数は582名。ヨルダンの人口は約1,000万なので、感染者の率で言うと日本の半分以下だ。ヨルダン政府は感染が広がった3月からロックダウンをかけ、外出禁止、公的機関や空港の閉鎖、帰国者の強制隔離、他県への移動禁止、店舗の閉鎖等を行った。感染者が出た地域の封鎖と接触者検査も行い、感染拡大を抑えている。

 

ただこの対策が社会経済に与える影響は甚大だ。短期労働者が職を失い、商業施設で働く従業員も給料が止まった。ヨルダン政府は社会経済支援を進めているが、状況は厳しい。それをある日実感した。

 

ヨルダンにはUNRWAの診療所が25あるが(UNRWA全体では144)、その一つを訪問した。ヨルダンでは病院以外の診療所が、受診者間での感染を防ぐため3月末から閉鎖されていたが、ようやく最近予防接種が再開された。その視察のためだ。完全予約制で患者数も少ない。医療従事者も完全防御だ。本当によく仕事をしている。頭が下がる。

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今月、診療所で予防接種を受ける子ども(2020年5月撮影)© Akihiro Seita

診療所で19歳の母親に会った。近くのパレスチナ難民キャンプに住む、9ヶ月の子供を持つ母親だ。予防接種再開を喜んでいたが、生活は、と聞くと、表情が一変、非常に大変だと、答える。聞くと、ご主人は工事現場で働く日雇い労働者。通常は日当25ヨルダン・ディナール(約3,700円)だが、今回の対策の影響で工事が止まり、過去3ヶ月収入はゼロ。ご主人の兄弟の支援で生き延びている、とのことだ。

 

パレスチナ難民の生活基盤は非常に脆弱だ。社会経済変化の影響を直接受ける。新型コロナウイルス の対策にはロックダウンがある程度だが、それにより生じた社会経済上の影響を最初に、そして甚大に受けるのが彼らだ。失業保険の様な社会保障制度の恩恵を受けられる可能性も低い。対策の過程で彼らの生活が奪われる。包括的であるべき社会全体の底力が問われている。

 

もちろん、対策を進める中で生まれた素晴らしい話も多くある。新型コロナウイルス はある意味、社会に新たな機会を提供している。国境・制度・人種、その全てを超えて協力する科学者・医学者の事例はよく知られている。素晴らしい事例が地域レベルでも起こっている。

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薬局で患者用の薬剤を詰めている薬剤師(2020年4月撮影)© Akihiro Seita

ヨルダンでは、前述の様に病院以外の診療所が3月末から1ヶ月閉鎖された。UNRWAの25の診療所もだ。ただ、UNRWAでは約8万人の糖尿病・高血圧の患者さんの治療をヨルダンではしている。患者さんにとって、安定した薬剤提供が止まれば死活問題になる。そのため患者さんの自宅へ薬剤を直接配布することにした。そのため政府から、薬剤師と医師の出勤の許可を特別に取り、彼らに診療所で、薬剤を患者用の封筒を作り、入れてもらった。インシュリン、糖尿病薬、降圧剤、コレステロール剤等、薬剤の種類は多い。一人分の封筒を作るのに数分かかる大変な作業だが、黙々と進めている。

 

そして、封筒の配布はパレスチナ難民のボランティアが行う。彼らは自主的に診療所に集まっている。配布の前に患者さん一人一人に電話をし、住所を確認。そして自分たちの車で配る。感染を防ぐためマスク等の防具をつけて。4月末までには7万人以上に配り終わっている。ものすごい活動だ。この様な事例が各地で起こっている。地域の底力、実はすごい。

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診療所の待合所で薬剤を配布する患者に電話しているボランティア(2020年4月撮影)© Akihiro Seita

新型コロナウイルス とその対策は、我々に、我々の社会がどの様なものであるかを問いかけている。近代最大の感染症、そして、公衆衛生史上、恐らく人類を守る最大の戦いである新型コロナウイルス 対策、我々の社会の脆弱な部分が白日の元に晒される。そしてそれは常に、パレスチナ難民の様な社会的弱者を最初に、だ。

 

医療保険があれば受けられるはずの治療が受けられない。失業保険があれば守れるはずの生活が守れない。そして、難民キャンプの生活環境は劣悪で、いわゆる“3密”、ソーシャルディスタンスが取れない。一度感染者が出ると、難民キャンプ内で感染が急激に広がる。社会全体が危険に晒される。

 

その危険性は日本にもある。不安定な雇用形態にある人々、足腰の弱い中小企業への打撃が大きい。社会の問題は社会的弱者に集約されるが、新型コロナウイルス の様に近代社会最大の衝撃に晒された場合、それが明白になっている。社会的弱者を置き去りにしない、社会保障・医療政策等、包括的対策が必要となる。

 

国際協力も重要だ。ウイルス は、人間社会にあるすべての境界を簡単に超える。国境、地域、人種、社会、全く関係なく拡がる。国際的な開発アジェンダである、持続可能な開発目標(SDGs)は「誰も置き去りにしない」をその普遍的目標にしている。今回の新型コロナウイルス 対策では、それが如実になった。

 

世界中の全ての人が感染から守られて初めて、対策は成功となる。日本も安全となる。その際、決して忘れてはならないのは、パレスチナ難民の様な社会・経済的弱者の存在だ。強引な言い回しだが、パレスチナ難民を含め難民への対策支援、日本国内の対策に繋がっている。誰も置き去りにしない新型コロナウイルス の対策の支援が火急の課題だ。

  

ヨルダン・アンマンより 

清田 明宏

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(2) 國井修さん 

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第2回は、國井修さん(グローバルファンド 世界エイズ結核マラリア対策基金 戦略・投資・効果局長)からの寄稿です。

 

感染症対策に関わってきて、いま思うこと

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2013年より世界エイズ結核マラリア対策基金(グローバルファンド)戦略・投資・効果局長。それ以前は、国立国際医療センター東京大学、外務省などを経て、2004年より長崎大学熱帯医学研究所教授を務める。2006年より国連児童基金UNICEF)に入り、ニューヨーク本部、ミャンマーソマリアで母子保健、感染症対策、保健システム強化などに従事してきた。自治医科大学から医学士、 米国のハーバード大学院で公衆衛生修士東京大学で医学博士を取得。 現在も長崎大学千葉大学東京医科歯科大学客員教授を務める © Osamu Kunii

 

「新たな感染症パンデミックが起こることは想定していたが、これほどの規模と深刻さになるとは・・・」

世界で感染症の研究や対策にあたってきた専門家の中には、こう思っている人が少なくないと思います。私も中南米、アジア、アフリカなどで、感染症流行の恐ろしさはいやというほど知っていましたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、欧米・日本などの先進国にまでその影響が及び、これほどの人的・社会的・経済的損失がもたらされるとは思いませんでした。

母国のために何もできないもどかしさがありますが、せめて日本から依頼された寄稿やインタビューには応えさせてもらっています。拙文ですが私からのメッセージとしてご笑覧ください。

  

1)「緊急公開:人類と感染症、闘いと共存の歴史」ニューズウィーク日本版 2020年3月30日 掲載):過去からの教訓をまとめました

2)「新型コロナ:「医療崩壊」ヨーロッパの教訓からいま日本が学ぶべきこと」ニューズウィーク日本版 2020年3月29日 掲載):欧州からの教訓をまとめました

3)「日本で医療崩壊は起きるのか? 欧米の事例とデータに基づき緊急提言」ニューズウィーク日本版 2020年4月21日 掲載):医療崩壊についてまとめました

4)「(インタビュー)『鎖国』で解決する? 新型コロナ 國井修さん」(朝日新聞 2020年3月25日 掲載):新型コロナ感染症を様々な視点で考えました

 *記事全文は下記の記事の右上をクリックしてご覧ください。また朝日新聞デジタルの記事はこちらから

朝日新聞社に無断で転載することを禁じる。承諾番号 20-1748)

5)「世界が多くの感染症に苦しんでいることも知って欲しい」(ビデオニュース・ドットコム 2020年4月17日 掲載):様々な角度からの質問に答えたインタビュー動画です

今、COVIDー19が流行し始めているアフリカを含めて、保健医療システムの脆弱な国々の支援に奔走しています。少し時間に余裕が出ましたら、投稿させて頂きます。

 

スイス・ジュネーブより

國井 修

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(1) 中満泉さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第1回は、中満泉さん(国連事務次長 兼 軍縮担当上級担当)からの寄稿です。

 

ブログシリーズ「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」を始めるにあたって

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2017年に国連事務次長 兼 軍縮担当上級代表に就任。同ポストへの就任以前は、2014年から国連開発計画(UNDP)総裁補・危機対応局長を務めた。国連平和維持活動局、事務総長室および国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を含め、国連システムの内外で長年経験を積んできた。米国のジョージタウン大学外交大学院で修士号を、早稲田大学から法学士号をそれぞれ取得 © UN Photo

 

新型コロナウイルス感染症COVID-19パンデミックの影響でニューヨーク(NY)の国連本部がリモート勤務、NYや私の住むニュージャージー州NJ)でも基本的に外出禁止・自粛となり、すでに2カ月が過ぎました。普段のように出張に追われるわけではないものの、オンラインのツールや電話を使っての様々な会議・会合で仕事はかなり忙しく、携帯電話は鳴り止まず、朝から晩までコンピューターの画面に向かっていることもしばしばです。国連での私の現在の主管分野は軍縮・不拡散など安全保障に関わる分野ですが、この分野でも4月から5月に予定されていた5年に一度の核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議などの会議が延期になりました。今は、これまで積み重ねてきた準備とモメンタムを失わないよう、最大限の努力を続けています。

外出禁止・自粛のなかで、多くの幹部が自宅から時差を超えてオンライン会議に参加し、密に連携をとっている

 

我が家では、家族がそれぞれ、仕事やオンラインでの授業やアルバイトなど、変則的で不自由な中でもルーティンができており、この危機の中一緒にいられることを感謝しています。同時に、この未曾有の危機の中、ウイルスに感染して闘病している人、仕事を失って不安の中暮らしている人のことを思っては、「連帯(ソリダリティー)」という言葉の重みを噛みしめています。何より命を救うために毎日奮闘している医療従事者や、行政機関の現場など、様々な分野で社会を支える仕事を続ける方々に感謝しています。

 

NY州は5月6日の段階で、6日連続で毎日の死者数が300人を下回る状況になり、総入院者数も23日間連続で減少を続け、ようやく4日連続で1万人を下回るようになりました。クオモ州知事の会見ではどのように経済社会活動を再開していくかについてが焦点になりつつあります。知事の会見は、危機のピークでも詳細なデータを駆使して冷静になすべきことを提示し、「我々に出来ないことなどない」「ニューヨーカーを信頼している」、と自信を持って語りかけるもので、聞き終わると、大丈夫、乗り越えられる、と安心感を得ることができました。知事はその後も、入院者数、感染率、死者数、病院のキャパシティ、抗体検査率、ウイルス検査率などに注目しつつ、感情や政治ではなく、事実とデータに基づいて再開する、と連日詳細な会見を続けています。

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ハドソン川越し見えるニューヨークの風景と橋にかかるソーシャルディスタンスの看板
© Izumi Nakamitsu 

 

日本でも緊急事態宣言が延長になりました。医療現場は厳しい状況にあり、経済活動も制限され、最も弱い立場にある人たち、そして自営業やフリーランスの方々の生活への不安は言葉にならないほど深刻になっていらっしゃるだろうと思いを馳せています。長く海外に暮らす私は、日々、日本のニュースをフォローしていますが、母国のために何もできないことに大きなもどかしさを感じています。

 

SNSやメディアの報道から、私が今もっとも心配しているのは、この危機の中、感染した人やヒーロー・ヒロインともいうべき医療従事者への差別や嫌がらせがなどで、社会の分断が垣間見え、皆の心が一つにまとまっていないように思えること。特にSNSでは、この危機をどう乗り越えるべきかについて異なる考え方の議論がエスカレートし、冷静さや礼節を欠いた個人攻撃もしばしば見受けられることです。

 

私は長い国連の仕事の中で、危機の現場や本部で危機対応に携わってきました。難しい人質事件の対応をしたこともあります。これらの経験で学んだことは、危機を乗り越えるには、何よりも冷静であること、目的をしっかり共有すること、その実現のために政治的立場を超え前例主義や官僚主義を排して、最適な方法と道筋を探すことが重要だということです。これを可能にするために必要なのは分断や非難の応酬ではなく、冷静な議論です。建設的な批判や議論は重要ですが、自分の立場や自分が属する組織を利するものであってはなりません。「危機」に対応するわけですから、通常では不可能と思われることを可能にしなければならず、大胆で早急な策が必要です。どの国もそれぞれの状況に合う対応を図り、各国でのこれまでの経験や教訓、未知のウイルスに関する研究データなどを参考に戦略を作っていくのは自然なことだと思います。

 

昨年亡くなった緒方貞子さんは、私の仕事上の恩師でしたが、「一人でも多くの命を救うためになすべきことを考え、党派を超え官僚主義を排し、それをどうやって実現するかを全力で模索せよ」という彼女の言葉を今、思い返しています。

 

COVID-19パンデミックによって、これまでの私たちの社会の不平等や格差、脆弱性がなお一層明らかになっています。このパンデミックは、医療・保健衛生上の危機というだけでなく、政治、経済、社会、文化、国際関係などありとあらゆる分野に深遠な影響を及ぼしています。第2次世界大戦以来最悪とされるこの世界的な危機を乗り越えたあとは、私たちの住む世界は以前の「普通」に戻るのではなく、おそらく様々な意味で根本的に異なるものになるのでしょう。つまり、どのような世界にしたいのかを、私たちは今からしっかりと考える必要があるということです。国連では、事務総長の指揮のもと、その途上で国連が果たすべき役割とは何かを幹部会で議論し始めています。先日、そんな議論の場に参加してくれた歴史学者・哲学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏の言葉が強く印象に残っています。「コロナ後の世界がどのようなものになるのかは誰にもわからない。わかっているのは、世界のあり方が、私たちの現在と向こう数カ月の行動にかかっている、ということだ。私たちは歴史上の分岐点にいるのだろう」

4月半ばの国連本部の様子と、未来に向けた希望 

 

国連で軍縮の仕事を続けながら、同時に日本人として自分に何ができるか、何をすべきかを考えています。そのなかで、様々な分野で経験を積んだ人たちが個人の資格で、日本が一人でも多くの命を救えるような形でこの危機を乗り越えるにはどうするべきか、何に留意すべきなのか、復興の際に以前からあった様々な問題点や課題に対応しながら一層強靭な社会を作るにはどうすればいいのか、ということについてそれぞれの考えをシェアする場をつくるべきではないかと考えました。

 

 一人ひとりの力は限られていることから、大掛かりなプロジェクトを立ち上げることはできませんが、東京の国連広報センターの理解と協力を得て、既存のブログサイト内に特別のシリーズを設けてもらえることになりました。

 

国連広報センターのブログサイトは、国連の公式な広報活動から一線を画し、国連の枠を超えて広く国際協力に携わる各方面の方々の寄稿などを活発に掲載しており、今回のブログシリーズにまさにふさわしいプラットフォームです。

 

ブログ寄稿のルールはシンプルです。日本の危機対応とより良い復興に貢献するという目的を共有すること。所属組織のもつ情報や専門的なデータの利用は可とするが、その組織の立場を代弁するのではなく、個人の資格で語ること。特定の組織や政治的立場に与したり、また自己の私益をはかったりするものではないこと。特定の組織や国、個人を攻撃するものではないこと。批判や反対意見を述べる際には、共通の目的に貢献するために、建設的な批判であること。多くの人々に理解してもらい、日本国内での議論・意見交換に役立つように、日本語で平易な言葉で語ること。

 

私の立場に当てはめると、国連事務次長として意見を述べるのではなく、これまでの経験といくばくかの知見に基づき、私個人の責任で発言します。国連が様々な分野で多くの専門家の知見・データを駆使して発表している政策提言などを引用することはもちろんありますが、国連の立場を促進することが目的ではありません。危機対応と復興に国際協力がなぜ必要不可欠であるかをわかりやすく主張しますが、国連をサポートしてほしい、という主張はしません。この危機にもっと効果的に対応できるように、国連がどうあるべきかという建設的な意見・批判は、私はむしろ謙虚に耳を傾け、各国政府・人々からの期待に最大限応えられる国連にしていくのが務めだと思っています。

 

様々多様な分野でご活躍の方々に声をおかけしたところ、すでに数人の方にご快諾いただき、それぞれの専門的知見からのお考えを執筆していただけることになっています。私自身も仕事の合間にいくつかのテーマについて、考えていることを文章にしてみようと思っています。

 

こうして、このブログシリーズを通じて、危機対応と危機からのより良い復興について、皆さんとご一緒に考えていければと思っています。寄稿者はそれぞれに通常の仕事の合間の執筆となることもあり、ブログの更新は不定期となることはあらかじめご了承ください。

 

寄稿の一つひとつが日本の皆さんへの励ましとなるよう願っています。

私の愛する母国日本が、一日も早くこの危機を乗り越えられますように。

そして何より、どうか皆さまも心身ともに健康でおられますように。

 

2020年5月7日 

米国ニュージャージーの自宅にて

中満 泉

新シリーズ「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」がスタートします

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“一人ですべてを解決することはできないが、誰にでも何かできることがある” (Illustration by Fran Bennell)

親愛なる日本の皆様

新型コロナウイルス感染症(COVID-19) パンデミックによる外出制限が続く中、皆さま、ご無事にお過ごしでしょうか。

今、私たち人類社会は第2次世界大戦後最大の危機の渦中にあります。今回の危機は、日本が経験したバブルの崩壊やいわゆるリーマンショックという世界的な金融危機とはスケールやインパクトが異なります。このパンデミックは医療保健・公衆衛生上の地球規模の危機であるだけでなく、経済、社会、文化、地球環境、国際関係などすべての分野に深遠な影響をもたらしています。パンデミックによって、様々な意味で私たちの社会の脆弱さが露わになったとも言えるでしょう。一人でも多くの命を救い、脆弱な立場の人々に最大限の配慮しつつ、この危機を乗り越えなければなりません。そして、COVID-19後の世界を見据えて、私たちの国や世界をどのように再建するべきなのかを考えなければなりません。そして、COVID-19後の世界は、明らかになった社会の課題や脆弱性に対処し、より強靭なものであるべきです。

この度、このような問題意識を共有する私たちは、それぞれの経験や知見を持ち寄り、個人の立場で考えていることをメッセージとして発信し共有する場を設けたいと考えました。基本的に海外をベースに活動している私たちですが、祖国日本もこの危機を確実に乗り越え、COVID-19後にはより強靭な日本であってほしいと心から願っています。

私たちのメッセージが、日本の人々が心を合わせて危機に立ち向かいこれを乗り越え、COVID-19後の復興を考え、建設的な議論をするための参考になれば、と願っています。

この度、国連広報センターの本ブログ上で、「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」シリーズを立ち上げることになりました。国連の公式の広報活動ではなく、広く様々な分野・立場の方々から寄稿をお願いしていく予定です。微力ながら日本社会にとって一助になることを願っています。

 

共同呼びかけ人(五十音順):

石井菜穂子 地球環境ファシリティ(GEF)統括責任者(CEO)兼議長(ワシントン)

大島ミチル 作曲家(ニューヨーク)

中満泉   国連事務次長・軍縮担当上級代表(ニューヨーク)

根本かおる 国連広報センター所長(東京)

本田桂子  コロンビア大学多数国間投資保証機関(MIGA)前長官(ニューヨーク)

水鳥真美  国連事務総長特別代表(防災担当)兼 国連防災機関長(ジュネーブ

「新型コロナウイルス感染症と人類の安全保障:最貧国マラウイの闘いは世界の闘い」

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界規模での拡大が国際社会にもたらしている影響が物語っているように、ウイルスに国境はありません。

日本がCOVID-19の対策を多面的に進めているように、様々な国が今COVID-19と闘っています。

たとえば、日本から見たアフリカは遥か遠い地のように思えるかもしれませんが、アフリカの国におけるCOVID-19の闘いは決して日本にとって他人事ではありません。国連開発計画(UNDP)マラウイ常駐代表の小松原茂樹さんが、COVID-19と闘うマラウイの状況を報告してくださいました。 

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国連開発計画(UNDP)マラウイ常駐代表の小松原茂樹さん © ︎UNDP Malawi

【経歴紹介】徳島県生まれ。東京外国語大学卒業後、ロンドンスクールオブエコノミクス大学院で経済学修士号(国際関係学)を取得。(社)経済団体連合会事務局、OECD経済協力開発機構)民間産業 諮問委員会(BIAC)事務局出向を経て2002年より国連開発計画(UNDP)に勤務。本部アフリカ局カントリーアドバイザー、ガーナ常駐副代表、本部アフリカ局TICADプログラムアドバイザーなどを歴任、2019年6月より現職。

 

マラウイでは4月2日に新型コロナウイルス(COVID-19)の感染事例として最初の3件が見つかり、4月23日現在で計33件(うち死亡3名)となりました。1日1.9ドル以下で生活する人が人口の70%にものぼる最貧国のマラウイでは、極度の貧困のために栄養失調であったり健康状態が良くない人も少なくなく、糖尿病、喘息などに加えて、HIV/AIDSや結核なども依然として大きな課題であり、貧困そのものが「持病」と言ってもよい状況です。手を洗うにも水へのアクセスが容易でない、石鹸を使って手を洗うこと自体に慣れていない人が多い、衛生状態が悪い箇所も多く、医療へのアクセスが容易でない、マスクはほとんどの人にとって贅沢品、1800万人の人口でCOVID-19を検査できる施設が4カ所、ICU (COVID-19非対応)が全国で25床しかない、医者は10万人あたり1.5名、など、極めて予防も抑制も難しい環境です。

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手洗いをする現地の女性 ©︎ UN Malawi

農村部ではこれから主食のとうもろこしなどが収穫期(マラウイは南半球ですのでこれから秋冬です)に入りますので、食物は昔ながらの物々経済である程度手に入る可能性もありますが、都市部の貧困層の多くは非公式経済の中で文字通り日銭で生活しています。COVID-19の感染防止に向けて様々な行動規制が強化され経済活動が停止に向かうと、日銭が入らなくなり、直ちに食べるものに事欠きます。さらにスラムなどの劣悪な居住環境では基本的な社会サービスの欠落に加えて身体的距離を取ることなど望むべくもなく、一旦市中感染が始まれば、貧しく社会的に脆弱な環境にいる人々から影響を受け、急速に感染が拡がる危険は否定できません。

 

これほど世界同時の深刻な危機は国連機関にとっても初めてのことですので、国連も全組織をあげて、職員の命を守りながら、各国の闘いを応援する体制の構築を急いでいます。UNDPマラウイ事務所はアフリカのUNDPの中で6番目に事業規模が大きく、職員は130名を数えます。すでに航空便(国際線、国内線)は全て運航停止となり、国内の行動制限も大幅に強化されつつある中で、職員はそれぞれの不安を抱えながらも頑張っています。私も職員の健康と安全に心を砕き、職員と共に知恵を絞ってマラウイの闘いを応援し、これから長い籠城戦に入ろうとしています。

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マラウイに国連連帯航空(UN Solidarity Flight)でCOVID-19に対応するために必須な医療用品が届いた © ︎WFP Malawi

国連職員が現地の人々と危険や不安を共有しながら奮闘しているのはマラウイだけではありません。国連といえば、ニューヨークやジュネーブなどを連想される方が多いと思いますが、国連職員の大半は現場で汗をかいています。アフリカやアジアの多くの国では、紛争、テロ、自然災害、エボラ出血熱など、二重三重の危機に多くの同僚が立ち向かっています。マラウイでは3名の日本人国連職員(UNICEF、UNHCR、UNDP)が現地に踏みとどまって頑張っています。

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国連連帯航空(UN Solidarity Flight)で届いた医療用品 © WFP Malawi︎

また、当面はCOVID-19との闘いに全力をあげながらも、復興への道筋を考える事も重要です。しかし、アフリカへの資金流入のそれぞれ約3分の1を占める海外のアフリカコミュニティーや出稼ぎ者からの送金、企業による対アフリカ直接投資、公的な対アフリカ開発援助は、COVID-19による緊急財政出動や経済停止に大きな影響を受けており、アフリカ経済も一部ではマイナス成長が予想されるなど、アフリカを取り巻く環境は決して楽観を許しません。COVID-19という山を越えた後に見える風景は、アフリカだけでなく、世界的にも今までの世界とは極めて違うものになるのではないか、と感じています。


コロナウイルスが瞬く間に南極以外のすべての大陸に拡がったことが示すように、ウイルスに国境はありません。COVID-19は、グローバル社会ではリスクもグローバルで、国際協力なしにはどの国も安全でいることができない現実を改めて我々に突きつけました。国際協力と開発援助を自国の未来への投資と保険と捉え、感染症をはじめとするグローバルなリスクに対して、国際社会がこれまで以上に連携して立ち向かうことになるのか、それとも各国が自国優先になるのか、COVID -19による世界同時危機は、保健の問題を超えて、私たちの住む世界の経済、社会、政治などのあり方について再考を迫る大きな転換点になっているのかもしれません。

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咳やくしゃみをする際に肘などで覆うよう推進するポスターを持つ現地の女性 ©︎ UNICEF Malawi

アフリカでのウイルスとの闘いは、人類の安全保障をかけた闘いです。アフリカの最貧国の人々の命と暮らしを守ることは、先進国の皆さんの命と暮らしを守ることでもあります。日本自体が容易でない状況にある中、遠くアフリカの奮闘に想いを馳せることは容易なことではないと思いますが、これからCOVID-19との闘いに臨むアフリカの人々に、日本の皆さんから知恵や経験を共有していただけることを切に願っています。