【団体概要】おてらおやつクラブ 2014年に奈良県の安養寺の住職松島靖朗さんによって、お寺の「おそなえ」を仏様からの「おさがり」として困りごとを抱えるひとり親家庭に「おすそわけ」する活動がスタート。2018年グッドデザイン大賞受賞。2020年にNPO法人認定。
先進国 日本の見えにくい”貧困”
「子どもの貧困」という言葉が日本でも近年聞かれます。2019年の厚生労働省の報告によると、日本の子どもの7人の1人が、国の平均的所得の半分以下の所得しかない「貧困ライン」以下に置かれています。ひとり親の世帯では約半数が「貧困層」に当てはまるという実態があり、さらにそのおよそ30%が食料が買えなかった経験があるとしています。日本は、こうした国の生活や文化の水準と比較して困窮している「相対的貧困」の状況において、OECD加盟国の中でも最悪の水準となっています。
困窮した家庭に対して、お菓子、飲料、レトルト食品、米などの食料や日用品などのお寺の「おそなえ」を「おさがり」として「おすそわけ」する活動をしているのが、認定NPO法人「おてらおやつクラブ」です。1840の寺院の賛同と653団体との連携を通して、全都道府県で月間のべ2万4000人の子どもを支援しています
多くの困窮世帯の助けとなっている「おてらおやつクラブ」の発起人である奈良県の浄土宗安養寺住職、松島靖朗さんに話を伺いました。
ショックを受けた日本での餓死
松島さんには忘れることのできない事件があります。2013年に、母親と子どもが大阪で餓死状態で発見されたのです。報道によると、母親は夫のDVから逃げ、預金口座の残高はわずか数十円でした。
「”餓死”という言葉が本当に衝撃的でした。飽食の時代とも言われている中で、そうした理由で尊い命が失われてしまう現実が身近にあることにショックを受けました。お寺にはたくさんのお菓子がおそなえとして集まり、食べきれずに、どこにおすそ分けしようかと常に考えているような状況でした。目の前にあるお菓子をそういう子どもたちに届けることができたら、少しは悲劇を予防できるのではと思いました」
その翌年、松島さんは、お寺のおそなえを地域で困窮するひとり親家庭におすそわけする活動を個人的に始めました。当初は、1箱分のお菓子を持っていって「有り難いのですが、まだまだ必要としている方が大勢いるんです」と言われたり、「お坊さんもたまにはいいことするんだね」と皮肉を込めて言われることもありました。それでも活動を続けていく中で、子どもの貧困の現状に何かできないかと同じように心を痛め、応援してくれる人も出てきました。
おそなえで“つながり”を作る
仏教には「おそなえをおさがりして仏様からいただく」慣習があります。もらったおそなえは、仏様やご先祖様に捧げることで人の手をいったん離れ、それを仏様からのおすそわけとして受け取ります。安養寺の取り組みは「仏の教えに適っている」と、他の寺社にも賛同する動きが広がり、口コミや取材などを通し、全国に協力者が増えていきました。仏様からのおさがりのおやつを活用し、多くの人が手を取り合いながら全国の子どもの貧困問題に取り組んでいく活動として、「おてらおやつクラブ」と名付けられました。
松島さんが以前インターネット関連の企業に勤めていた経験も活かされました。LINEやメールを活用し、ひとり親家庭が支援を求めたときに、居住地域のお寺から支援が届くネットワークをつくったのです。
「インターネットで、お寺とは対極にあるような仕事をしていたように思われていたのですが、情報と人をつなぎ、人と人とをつなぐことで解決できなかった課題を解決していく”つなぐ”仕事をしていたんですね。僧侶になってからもつなげる仕事をしていると思っています」
打ち明けられない孤独感 助けてと言える社会へ
おてらおやつクラブの支援先の9割は30〜40代のシングルマザーと子どもの家庭です。今年支援者に対し聞き取りした調査では、月収が10万程度、預貯金も50万円未満の家庭が多く、その7割が「生活費の支払いに支障があった」としています。
おすそわけを受け取った母親からは、子どもが夜寝るときにおやつを抱っこして寝たというほほえましい話を聞くこともあるそうです。「久しぶりに人や社会と繋がれた気持ちになり涙が出ました」と、ものが届いたことだけでなく、精神的な安心感を伝える感謝の声も少なくありません。
「お母さんの声を聞くと、ひとり親家庭で子育てをしているということを、周りに打ち明けられない方が多いです。”助けて”と言えば荷物が届き、自分たちは独りじゃないんだということを感じてもらえる、それがつながりを作っていく第一歩になるのではと思っています。どこかで誰かが見ていてくれる、気にかけてくれている、ということは大きな力になります。それが貧困問題の根っこにある孤独感や孤立感をやわらげるきっかけに少しでもなれたらと願っています」
最近は、食べ物に加えて、シャンプーやリンス、化粧品、マスク、ティッシュなど日用品も届けています。子どもの貧困の問題は、親も含めた世帯全体への支援の視点も大切だと松島さんは考えています。
おそなえの仕分け作業をするボランティアには、自分が子育てをしていた時に助けてもらった恩返しがしたいと手伝う人も多いそうです。松島さんもこの活動を通して、自分の子ども時代を改めて振り返ったと言います。
「自分も仏様からのおさがりで育ててもらっていて、そこにはいろんな人の思いがあって、その支えの中で自分は成長させてもらっていました。自分がしてもらったのと同じように、将来がある子どもたちに託していくことを自分の役割としていくんだと気づいた瞬間がありました。
日本には7万のお寺があると言われ、コンビニエンスストアよりも多い数です。ある意味で社会インフラなわけなんですよね。まだまだ活動を広げていく可能性はあると思ってます」
子どもたちの声を聞く居場所づくり
松島さんたちは、今年新たな活動も始めました。子どもたちの居場所作りです。安養寺の向かいにある空き家を子どもたちと一緒にリノベーションした空間に、月2回小学生から高校生までの10人の子どもが通ってきます。子どもたち自身が考えてビンゴ大会などを催したり、大学生がサポートする学習支援などをしたりして、子どもたちが思い思いに過ごせる場所になっています。宿題をするとポイントがもらえて、貯めたポイントにあわせて、おそなえのおやつを持って帰れる仕組みもあります。
この事業を思い立ったのは、子ども達の声をあまり聞けていないことに気づいたからです。
「子どもたちの貧困の問題なのに子どもたちの声をあまり聞けてないという話になったんです。子どもたちが本音を言える場所を作らないといけないと思いました。”和菓子はもういいので、ポテトチップスをください”と言う声は生意気にも聞こえますが、一番子どもらしい姿です。子どもの真の声が大事なのではないかと思いますし、それを聞いて活動の源にできたらと思っています」
子どもたちは、少しずつ学校や生活の中での困りごとを話し始めているそうです。手伝いに来ている大学生の一人は、こんな思いを聞かせてくれました。
「私自身も貧困家庭で育ち、居場所を探してしんどかった時期があるので、そういう子どもたちの横で寄り添ってあげられる人になりたい。当時私を助けてくれた大人への憧れが、今の自分のモチベーションになっています」
“たよってうれしい たよられてうれしい。” を広める
SDGsの17のゴールの1つ目は「貧困をなくそう」です。それは間違いなく、いまの日本社会にもあてはまる課題です。
松島さんは新型コロナウイルス感染症が始まってこの3年、職を失ったり、収入が減ったりして、よりつらい思いをしている人たちが増えていると感じています。おてらおやつクラブが支援する世帯数も2019年度から激増し、2021年度には約17倍の5943世帯、今年は8000世帯にもなりました。
「助けて」の声が急増する一方で、松島さんのもとには「助けたい」という声も多く届いています。個人が特別給付金を寄付してくれたり、企業が商品の寄贈やボランティアを派遣してくれたりするケースが増えているそうです。
「助けてほしいという人と、助けたいという人をつなげることで、”たよってうれしい、たよられてうれしい。”という支え合いの社会をつくっていきたいなと思っています。今、人々はつながっているように見えるけれども、実は孤独感を感じている人も多い。日本国内の貧困は見えにくいのが課題だと思います。
私達に欠けているのは想像する力ではないでしょうか。想像力の貧困はより深刻です。遠くに思いをはせることもそうだし、身近にも苦しんでいる人がいる。自分もいつそういう状況になるかわからないからこそ、想像力をしっかりと培って考え続けることが大事だと思います」