国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第7回は、大島ミチルさん(作曲家)からの寄稿です。
アーチストの沈黙と挑戦
私の仕事は、映画、テレビドラマ、アニメーションなどの映像の音楽の作曲、アーチストのための作曲や編曲、そしてコンチェルトや交響曲のようにコンサートのための音楽の作曲などです。今年の1月に私は関西フィルハーモニー管弦楽団による「箏と尺八のための協奏曲」のコンサートのために日本に滞在していました。そして約2週間の滞在でコンサートや映画などの打ち合わせを終え、1月23日ニューヨーク(NY)へ戻るために私は羽田空港にいました。そこには海外からの旅行者がマスクを山のように買って行く姿が!でもその時はまだ私にとってコロナウイルスは他人事でした。
世界中でカフェもレストランも学校も舞台もコンサートもクローズ。でも今はじっと我慢の時。作曲は自宅作業なのでお休みはありませんが4月に予定しているオーケストラの録音が無事に出来るかな?ともかくどうぞ安全で健康でありますよう。 pic.twitter.com/73HpboEFgu
— 大島ミチル MichiruOshima (@OshimaMichiru) March 16, 2020
最初に仕事に影響が出たのは「核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議」期間中の国連での「平和のためのコンサート」でした。演奏家との打ち合わせの前日の3月11日に本コンサートの計画すべての中止の連絡が入りました。驚きと、残念!と、やはりそうか・・・と言う気持ちを抱えながらも落胆している暇などありません!お願いをしていたアーチストに「ごめんなさい、中止になりました」とキャンセルのメールをすぐに書いて送りました。そして、3月22日にNY州は在宅勤務義務付け・自宅待機要請が出されました。それ以前もレストランの多くはクローズし始め、カフェでお茶を飲むのも精神的に落ち着かない日々でしたから、その時はむしろどこかホッとした気持ちでした。ですが、本当に大変な状況が始まったのはそこからです。
私の仕事は自宅での作曲が仕事の8割以上です。会社や事務所へ出社して仕事をするということはありません。何十年もこういう生活をして来ましたからコロナウイルスによって特に生活が激変することはないだろうと思っていました。ですがそれも数週間くらいならば・・・の話です。何故かと言うと、作曲は自宅で出来ても、書き上げた譜面を演奏家が演奏しなければ音楽として形になりません。私の場合はオーケストラを使うことがほとんどですから70人から80人という演奏家をスタジオに集めて録音することが必要となります。
自宅待機要請が出た頃、私はハンガリーのオーケストラで3月末の締め切りの録音の直前でした。まだ感染者がわずかしかいなかったハンガリーでしたので安心していたのですが、数日後「録音はしばらく出来ないことになりました」との連絡が来ました。「そうですか、分かりました。また再開出来る時にご連絡いただければ・・・」と返事をして、私はすぐに他に演奏が可能なオーケストラとスタジオを探しました。そしてOKの返事が来たのがロシアのオーケストラでした。私も今は移動が出来ませんから、機械を通して遠隔で音を聴いたり演奏家の姿を見たりして作業を行います。その機材のテストを終えホッとしたのもつかの間、またもや直前になって「自主隔離の命令が出たので録音が出来なくなりました」と連絡が来ました。ため息をつく暇もなく 再び他の国にも連絡、いくつもの条件(人数や人との距離)を考慮して今度こそ!と思っていたのですが、その録音も前日になって「感染者が増えて来ているので止めましょう」との連絡が来ました。
“もう右を見ても左を見ても行き止まり”そんな気持ちでした。一つの部屋で大人数が一緒に演奏するのですからまさに3密です。諦めるしかありません。その仕事は結局オーケストラでの録音を諦め、シンセサイザーを使って自分で演奏して納品するという変更を余儀なくされました。通常の2倍、3倍の労力ですが仕方がありません。何よりも本意ではない形で作品を納品することが残念でなりませんでした。
この先6月、8月、11月とやはりオーケストラでの録音を予定しているのですが、本当に出来るのだろうか?という不安はぬぐい切れません。でも「出来ませんでした」とは言えません。音楽が完成しないと「映画」や「テレビ」の作品は仕上がらないのです。おそらくこの先1年間はこのプレッシャーと戦いながら過ごすことになるでしょう。そして今まで以上に世界中の音楽家としっかり連携を取りながら、関わる人々の健康を考慮し、新しいやり方を考え、仕事のタイミングを判断して行かなければ行けません。
もう一つ、私の周りには、演奏家、指揮者、役者・・・多くのアーチストの友人がいます。そして、そのほとんどの仕事(公演)はキャンセルになってしまいました。ニューヨークのブロードウエイは9月まで閉鎖。オーケストラの中には存続の危機を訴えるところも出ています。 コロナウイルス により“真っ先に中止になり、そして最後に再開”という、“最も長く活動が出来ない”仕事と言っても良いでしょう。 日本でも、多くのドラマや映画の撮影が延期になり、コンサートは6月18日までは上限人数を屋内で100人、屋外で200人、または収容人数の50%以内との条件が付き、演劇に関しては稽古や準備すらストップしてしまっていると聞いています。「仲間と準備して来た舞台が中止になりました」と友達から話を聞いた時、「いつか また出来れば、パワーアップして更にいい舞台になりますよ!」と励ましたつもりでしたが、「もう同じメンバーが集まることは、おそらく不可能なんです」と返され 、その気持ちを十分に理解していなかったと恥ずかしい気持ちになりました。
そんな中、各国の文化芸術への対応も様々です。ドイツ在住のオーボエ奏者の渡辺克也さんは「ベルリン州から5,000ユーロ、更にオーケストラの組合から500ユーロ、著作権協会から250ユーロの寄付がありました(合計額は日本円で約70万円)。経済的な危機感はないのであとは感染を避けるだけです」と語っています。フランスでは、マクロン大統領と文化大臣が音楽、映画、演劇、ダンス、書籍などで活躍する著名な人たちとビデオ会議で意見を交換。その後、具体的な支援策を発表しています。もちろん保証される内容は個人のよって違いますが、ヨーロッパでは積極的にアーチストを守ろうという国の姿勢が見られます。そして日本でも、5月26日、第二次補正予算で文化芸術・スポーツ関係者や団体に対して、活動の継続や再開などを支援するために、総額で560億円規模の新たな支援策を、個人に対しては、最大で150万円を支援する方針で固まったとのこと。一刻でも早く支援が進むことを心から願っています。
アーチストたちも動き出しました。オーケストラの演奏家たちがマスクを付けてコンサートをしたり(無観客ですが)、自宅に録音できるシステムを完備したり、インスタライブや、オンライン朗読をライブ配信したり・・・苦しい状況下でも新しい可能性を探っています。
日本で活躍している役者の今拓哉さんが私にこう話してくれました。
「『命より大事なものはない』と言う錦の御旗の如くが叫ばれてます。
もちろんこれは真理です。ですが、同時に語るべきは
『どう生きるか』『どう命を輝かせるか』
生かされている時間の密度や価値を豊かにしたい。
いま心の底からそう思ってます。
そして、心豊かな『生』に”文化”は必要だと・・・」
「ニューノーマル」と呼ばれる時代を生き抜かなければならないアーチストたちは、未来を見据えて一歩一歩、暗闇のトンネルの中を一筋の光をたぐり寄せるように歩き出しています。
米国・NYにて
大島 ミチル