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連載「日本人元職員が語る国連の舞台裏」 ~日本の国連加盟60周年特別企画~ (9)

    「日本人元職員が語る国連の舞台裏」 ~日本の国連加盟60周年特別企画~ (9)

                                     久山純弘(くやま すみひろ)さん

                    -日本政府と国連機関、2つの立場における挑戦-

第9回は、長年にわたり国連機関に関わるお仕事に従事され、2005年には国連諸活動に貢献したとして外務大臣賞を受賞された久山純弘さんです。久山さんは、日本政府のなかから国連に関わる仕事と、国連のなかで職員として国連に関わる仕事の両方をご経験されてきました。これまで関わってこられた「説明責任(Accountability)」ということを主軸のテーマに、国連のオペレーションの実態や改善へのご貢献、また、国益と国際益のために働くことの違いについて、とても貴重なお話を伺うことが出来ました。

(聞き手:国連広報センター所長 根本かおる)  

 

                         第9回:国連大学客員教授日本国際連合協会理事

                                      久山 純弘(くやま すみひろ) さん 

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東京大学教養学部教養学科を卒業後、上智大学国際学部大学院を修了。経済企画庁(現在は内閣府)、ニューヨークの国連開発計画(UNDP)等を経て、1975‐1984年、日本政府国連代表部にて外交官として従事。その間、1979‐83年に国連総会の主要委員会の一つである国連行財政諮問委員会(ACABQ)のメンバー、1983年には国連総会第5委員会議長を兼任。1984‐1993年、国連事務次長補に着任、「国連居住計画(UN - HABITAT)」事務次長として本部のあるケニアのナイロビを本拠に、都市を中心とした人間の居住環境改善問題に尽力。1994年に独立行政法人国際協力機構(JICA)、1995‐2004年には国連総会選出により国連合同監査団(JIU)のメンバーならびに同議長として、ジュネーブにて勤務。

2005年に帰国後、長年の国連諸活動への貢献を称えられ、外務大臣賞を受賞。また2015年春には瑞宝章瑞宝中綬章)を受賞。国際基督教大学国際大学で教鞭を執り、国連大学客員教授を経て、日本国連協会理事を含む多くの分野で積極的に活躍。】

 

国連の現状と理想のギャップー “Accountability” の視点から

根本:マルチラテラリズム(多国間主義)を担う国連がいま大変な危機、岐路に立たされているなかで、「説明責任」の徹底が非常に求められており、財政、マネジメントの部分に対しての説明責任、また、世界の平和構築を左右しかねない政策決定に対しての説明責任、その両面において国連は非常に試されています。

これまで「説明責任(Accountability)」に取り組んでこられた久山さんから、いまの国連の状況というのはどのようにみえますか。

 

久山:まず基本的なことですが、国連憲章の前文には、”We the Peoples of the United Nations” と書かれています。この ”First seven words” が象徴するように、国連をつくったのは確かに国家ではありますが、その受益者は地球市民全体(Global Citizens / Peoples)であるというのが国連の基本的な性格であり、この点については国連研究者の間でも大方の意見が一致しています。

 

そのような国連の基本的性格に照らしてみた場合、「現状はどうなのか」「国連のやっていることが本当に Peoples の利益・関心事に適ったものとなっているのだろうか」というと、現状は非常に問題があると言えます。では何が問題なのでしょうか。簡単に言えば、それは国連の正統性(Legitimacy)並びに説明責任(Accountability)の欠如です。Legitimacy については、国家、すなわち国連をつくった Member States からみると、当事者であることもあり正統性を一応は満たしている、しかし、受益者、すなわち Peoples からみると、正統性に欠ける情況となっています。

 

根本:どうして正統性が欠けているのでしょうか。

 

久山:Peoples からみて国連の正統性が高まり、価値ある存在となるためには、受益者である Peoples からの権限委譲を受けて、国連が行なっていること(事業等)並びにその効果・結果等について Peoples にきちんと説明し、期待通りの結果等が出ない場合は責任を取ることが必要になります。これが ”Accountability” であり、この Accountability を遂行することにより、国連は初めて Peoples の眼からみても正統性をもった存在となるのです。換言すれば、Peoples からみて国連の正統性が欠けているのは、Peoples に対する国連の Accountability が欠如しているからだと言えます。ちなみに Accountability の日本語は、私の話からもお分かりの通り、単に「説明責任」ではなく、「説明及び結果責任」というべきです。

 

ところで、国連のオペレーションは、基本的には第1段階で政策・事業等に関する意思決定、第2段階でその実施、第3段階でそれを評価し、その結果を新たな意思決定にフイードバックすることにより好循環を実現させることが理想的な姿として期待されています。例えば最近の SDGs(持続可能な開発目標) 作成過程では、Peoples の声もある程度は反映されるようになって来てはいますが、一般に国連総会等における色々な政策決定はあくまでも Member States が行っているわけです。

 

すなわち、意思決定過程において、Member States は、Peoples の声に対して「おっしゃることは参考までに聞いておきましょう」といった姿勢であり、それはあくまでも Member States が意思決定を行う際の参考としているに過ぎません。しかしながら Accountability の強化を含め、国連の有効性(Effectiveness)、効率性( Efficiency)、妥当性(Relevance)の改善のためには、第1の意思決定過程で Peoples の声がきちんと反映されるようなシステムを構築することが極めて重要です。

           

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                             インタビューで語る久山氏 ©UNIC Tokyo

 

オペレーションの現場での挑戦―JIU議長としての貢献

根本:現在16ヶ所で展開しているPKO国連平和維持活動)のうち、3つのミッションが縮少・終了の見通しですが、国連の組織論というものをみていると、つくる時は良いけれども、Exit Strategy(出口戦略)を実行することが本当に難しい組織であると思います。これは民間企業であれば利益という尺度がはっきりとしていますが、国連の場合は、財政的な無駄というものがあったとしても、一度つくったものを閉める、閉じるということが本当に難しい組織運営になっていると感じています。これをどう自ら改革していくのか、非常に気になるところです。

 

久山:何十年も前から議論されていることではありますが、”Sunset Rule”(サンセット・ルール)というものが非常に重要であると思います。例えば特定の事業(プログラム)について、5年なら5年の期限を最初に設定し、期限到来時は勿論のこと、期限前であっても、策定時に定めた目標達成のうえでの当該プログラムの効果(Effectiveness)の度合いをきちんと評価し、効果のないものは取りやめる。すなわち、マンデート上は有効であったとしても、実際のオペレーションの段階で色々な問題が出てきた場合、その時点で見直しをして、より望ましい方向に転換する、または新しい要素を加える、あるいはカットする、そういうことをちゃんとやっていくべきだと思いますね。

 

根本:以前お話しになっている講演録のなかで、Sunset Rule が中々導入できない、財政的な部分で考えると安易な予算増につながっているというご指摘もありましたね。実際に安易な予算増を見直すということは、どのように出来るものなのでしょうか。

 

久山:一言でいえば、すでにお話した通り、国連オペレーションの第3段階である評価機能の強化もその一つかと思います。私がいた国連合同監査団(JIU)でも Evaluation(評価)は、Inspection(監察), Investigation(調査)と並んで主要機能の一つであり、JIU の諸提言を通じ、国連システム全体の予算増問題にもそれなりの貢献をしてきたのではないかと考えています。

 

これとの関係で、私がJIUの議長であった頃に力を入れたのが、フォローアップシステムの構築・整備です。具体的には、JIUから政策提言(予算問題とも関わりのある提言を含む)が出された場合、関係国連機関はそれぞれの提言に関し検討・審議し、Acceptable(受諾) か否かについて決定を下すと共に、Acceptable なものについては、これをきちんと実行する義務を負うというもので、このようなフォローアップシステムについて関係国連機関と個別に協議のうえ、機関別にそのようなシステムを構築・整備したことは、私の一つの貢献であったかと思います。

 

ちなみに私がJIUで最初(1995年)に作成した報告書は ”Strengthening of the UN system capacity for conflict prevention” というものでしたが、このような内容のものを選んだ理由は、国連の紛争予防能力を強化することが出来るならば、紛争により発生する難民・人道援助等に関わる支出を大きく減らすことが可能となり、それにより浮いた資金(予算)は開発援助等、より建設的な目的のために使用可能となると考えたからです。

このような考えのもとに、同報告書は早い機会に国連総会等で審議されることを期待していたわけですが、事務局の総会担当責任者より、「国連総会として Prevention(予防) を扱う議題はない」との返答を受けた時には大きな驚きで、これは国連最大のジョークだと思いました。この点、現在はどうなっているのか未確認ですが、確か2015年の事務総長報告のなかに、課題の一つとして、今後 Prevention を国連総会の独立議題とすべしとの文言が入っていることから、ひょっとしたら未だに同じ状況なのかも知れません。

 

根本:実行を阻んでいる最大の原因は何だと思われますか。

 

久山:Prevention の問題を真正面から取り上げることへの躊躇があるとすれば、歴代の事務総長も指摘している通り、それは Member States の政治的意思に関わる問題だからでしょう。コンセンサスになっているはずの国連憲章の考え方に従えば問題はないはずですが、状況によっては「内政干渉」として問題視されることもあり得るということでしょう。いずれにせよ、グテーレス新事務総長は ”Prevention is not merely a priority, but the priority” と宣言していますので、Prevention への対応ぶりは今後ポジテイブな方向へ大きく転換するものと期待しています。

 

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                                              久山氏の話に聴き入る根本所長 ©UNIC Tokyo 

 

国益と国際益の追求―国連に関わる2つの立場を経験

根本:久山さんは日本の外交官という立場だった時もあり、国連のなかの要職も占めておられ、その両方を行ったり来たりのご経験をされていますが、日本政府のなかから国連に関わる仕事と、国連のなかで職員として国連に関わる仕事とはどのように性格が違うのでしょうか。

 

久山:国連の仕事に関わっている主要アクターは、Member Statesと事務局です。両者の機能の違いを国連の政策作りについて言えば、政策のドラフト作成(「お膳立て」)は主として事務局、その決定(意思決定)は Member States の機能ということになります。なお、Member States と事務局に加え、JIUのような ”Oversight body”(監査機関)も第3のアクターとして重要な役割を果たしており、また将来的には既に言及した通り、”Peoples” が第4のアクターとして組織的に関わるべきだと考えます。

 

根本:見ている方向性として、国益と国際益というものがあり、国連のニューヨーク本部はある意味で両者が最もせめぎ合う場所ではないかと思います。同じものを見ていても立ち居地が違う。両方をご経験されている久山さんにはどういう風に風景が違ってみえたのでしょうか。

 

久山:私はたまたま国連代表部で9年間外交官として仕事をしましたが、国連代表部で仕事をするというのは、日本政府の国益にしたがって仕事をするのが基本です。たとえば国連の主要委員会に出席する場合、それぞれの議題について原則として外務本省から対処振りについての「訓令」を受けて行動する。また「訓令」がない場合は、あらかじめ「請訓」というかたちで本省の指示を仰ぎ、それに基づいて行動することになります。ただ現実には色々な理由で代表部(現地)サイドでの裁量の余地も結構あります。すなわち、原則的には国益が基本という縛りがあっても、現実には単に日本だけではなく、広い意味での利益、つまり国際益も考えて対処するという余地が私の場合は結構ありました。

 

たとえば私が国連総会第5委員会の議長だった時のちょっとしたエピソードですが、ある時、審議中の特定の問題点について、米国の大使とキューバの担当官が発言したいとして同時に手を挙げたことがありました。その際、私としては米国の代表を先に指名すると、議論が錯綜し取りまとめが困難になるとの判断でしたので、敢えてキューバを先に指名した結果、うまく議論をまとめることが出来ました。会議の直後、ある国の外交官から「米国の盟友である日本の議長として、貴方の今日の采配振りは非常に勇気があった」とお褒めの言葉をもらいましたが、会議に出席していた日本の大使からは、ニコニコしながらも「久山君、あれは訓令違反だよ」と言われました。

 

今から30年以上も前の話なので正確には覚えていませんが、議長として国連加盟国全体の利益(国際益)を念頭におきながら公正な審議を心がけていた私にとって、若干日本の国益に反することもあったかも知れません。いずれにせよ、私としては国益というものは出来るだけ国際益とも一致することが理想的な姿だと考えています。

 

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                                  1983年に国連総会で議長を務めた当時(久山氏ご提供)              

 

最後に一つ余談ですが、第5委員会は毎年クリスマス前までの会期中には審議を終了することが出来ず、翌年に持ち越されるのが常態となっていました。しかし、第5委審議の若干の合理化導入に加え、第1回会合において「なるべく発言は簡潔に…。“point of order” には全く関心がないので、ご協力のほどを…」といった要請を行ったことの成果もあってか、その年はスケジュール通りに審議を終えることが出来、通常お世辞を言わない ACABQ議長(Conrad S.M.Mselle氏)が公式のランチョンの席で、「今年の議長はさすが日本人で、マネジメントに長けている」と述べていたのが想い出されます。

 

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                     インタビュー後の記念撮影。久山氏と根本かおる所長(右)©UNIC Tokyo