国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

日本の国連加盟60周年記念シリーズ「国連を自分事に」(10)

第10回 国連の障害者権利委員会のメンバー、石川准さん

~障害者が「楽しい!」と感じられるような研究を柱に~

 

世界人口は約74億人、そのうち約15%の10億人が何らかの障害を持っていると言われています。日本では、約7%の方が何らかの障害を有しています。そのような障害を持つ人々の社会参加や就業の推進のために、日本社会にはまだまだやるべきことが多いように感じられますが、2020年に開催される東京オリンピックパラリンピックを控え、一般の人々の間に障害者、および、共生社会の構築についての意識が徐々にではありますが高まっています。このような中、国連の障害者権利委員会の委員に今年選出された石川准先生にお話を伺う機会をいただきました。

 

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石川 准 (いしかわ じゅん)

<略歴>

【富山出身。16歳のとき網膜剥離により失明。全盲受験で初の東大合格を果たし、同大学にて社会学博士課程単位取得退学。社会学博士。現在、静岡県立大学 国際関係学部教授、東京大学先端科学技術研究センター特任教授。社会学ではアイデンティティ・ポリティックス論、障害学、感情社会学を専門とする。支援工学分野では、日本語英語自動点訳プログラム、スクリーンリーダー、点字携帯情報端末GPS歩行支援システム等の開発をしてきた。2012年より内閣府障害者政策委員会 委員長、2017年1月より、国連の障害者権利委員会の委員も務める。】

 

  1. 国際社会のなかの日本 

 

Q. まずはこの度、国連の障害者権利委員へのご就任おめでとうございます。日本として、権利委員会に日本人がメンバーとしていることは心強いことですね。

 

A. そうですね。政府にとっても障害者団体にとっても、悪いことではないと思います。委員は中立な立場でいるべきなので、直接日本のために何かができるということにはなりません。日本の政策について他の委員に理解していただくという点では、微力ですが、日本人の存在があると良いと思います。

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2014年 ニューヨークの国連本部で開催された締結国会議でのスピーチの様子

 

Q. 障害者の権利における国連の役割、または日本の役割についてお聞かせ下さい。

 

A. 人権は国連の活動の3本柱の1つと言えます。戦後さまざまな分野で人権に関する国際的な基準を作ってきたので、障害者権利条約が出来たことのインパクトは計り知れません。日本を含む先進国だけではなく途上国も、障害者権利条約という1つの枠組みに基づいて障害者政策を実施していくという、普遍的な考え方を確立できたと思います。国ごとに経済的、政治的、社会文化的な状況が違うので、障害者権利委員会による総括所見において、現状を踏まえた実効性のある、建設的な所見をだしていくことが期待されています。

 

Q. 他の先進国と比べた日本の現状と課題について、どのようにお考えですか?

 

A. 第一回の日本の政府報告は、今年の6月末に国連に提出されています。障害者政策委員会は国内監視機関としてその政府報告の中に監視機関の意見を入れさせていただきましたが、特に、精神障害者の地域移行が他国に比べてかなり立ち遅れていると思います。病院に長期入院されている方々がかなり沢山います。また、自己決定を支援する仕組みが弱いです。

 

例えば、日本では、知的障害の方々に対して成年後見制度が広く活用されています。誰かが本人の利益を守るために代理で決める、という制度です。後見人という仕組みによって、利益を脅かされる可能性が高い方々を守っていこうとしてきました。しかし、きちんと支援すれば自分で決められる方々に対しても、過剰にこの仕組みが使われてしまうと、本人は置き去りになったまま誰かが代わりに決定してしまういわゆる「パターナリズム的」支援になる傾向があります。

 

Q. 日本が模範とすべきような国はありますか?

 

A. 知的障害の方々に対する成年後見制度に関しては、条約が求めているレベルに達している国はほとんどないほど難しい問題です。どの国にとってもチャレンジです。また、精神障害者の地域移行に関しては、OECD諸国の中で日本ほど遅れている国はほとんどないと思います。40~50年前はどの国においても多くの精神障害者は施設にいたのですが、今では地域移行が進んでいます。そもそも長期入院の背景には、地域で暮らしていくための支援が不十分なため、行き場を失って入院が長期化している、ということがあります。日本ではこのことを社会的入院と呼んでいます。

 

2.  自らの存在意義を追求しながら、人生を楽しむ

 

Q. 石川先生は社会学者でありながら、プログラマーでいらっしゃいますよね。お手元にある端末はなんですか?こちらもご自身が開発されたのですか?

 

A. 点字携帯端末ですね。ブレイルセンスと言います。ブレイルは点字なので、「点字の感覚」という意味です。このハードウェアは韓国製ですが、入っているソフトウエアのかなりの部分を私が開発しました。

 

色んなことができるんですよ。音も出ますし、点字でも表示してくれます。Wi-Fiブルートゥースにも繋げますので、電子メールにもフェイスブック等にも対応できます。国連の障害者権利委員における選挙活動でもこれでプレゼンテーションをしましたし、議長をしている政策委員会でも、これでメモを取りながら委員の皆さんの議論を調整しています。

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ブレイルセンスU2。上半分は点字キーボードで、点字の6点入力ができる。下半分の黒い帯状の部分は点字ディスプレイで、白いピンが浮き上がって点字を表示する。ワードプロセッサー、電卓、予定帳、アドレス帳、コンパス、FMラジオ、音楽再生、録音などパソコンのように多彩な機能を搭載している。インターネットに接続し、電子メール送受信、SNS、チャットなども使うことができる。(詳細は 有限会社エクストラ ブレイルセンスU2日本語版の製品ページ >> ブレイルセンスU2日本語版)

 

Q. これは誰もが簡単に使えるようなものなのでしょうか?

 

A. ある程度習熟までに時間はかかります。利用者を支えるサポーターが全国にいて欲しいのだけども、なかなか難しくて。例えばパソコンですと、パソコンボランティアとして健常者のひとたちが色々サポートしてくれるんですね。でもこの端末は、そもそもこの端末を使える人じゃないとサポートできないので、健常者のサポーターを募るのはなかなか難しいです。普段自分が使ってないものを人に教えるのは困難ですからね。現状は、自分で説明書を読めば使いこなせるような一部の人たちと、販売会社のユーザーサポートに頼っています。

 

視覚障害であれば画面を音声で読み上げるソフトウェアをパソコンに入れておけば自動音声読み上げにより操作することができますが、盲ろう者の場合はやはり点字で読み書きする機器がないとコミュニケーションが取れないのでより切実です。盲ろう者協会も、熱心に支援していますが、自分には無理だと途中で諦めてしまう人も多くいます。そこをなんとかしなければいけない、と思っています。今回のインタビューに一緒に来てくれた永井(石川研究室のスタッフ)も、盲ろう者にブレイルセンスを教える活動のお手伝いをしています。

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インタビュー中の石川先生(UNIC Tokyo)

Q. 人と人が繋がり、巻き込んでいくことで、可能性の幅が広がるのですね。

ところで石川先生は、初の点字受験東大合格者ということですが、どうやって乗り越えられたのですか?

 

A. 元々弱視でしたが、高校生の時に見えなくなりました。2年弱入院した後、通常の学校から盲学校の高等部に転校し、3年間通いました。そこで初めて点字を習い、白杖(はくじょう)をついて歩くスキルは同級生に教えてもらいました。また大学受験の際には母親が参考書や問題書を片端から録音してくれたので、それを聞いて勉強しました。

 

3.  挑戦し続ける

 

Q. 先生の最近の研究の中心はどういったものがありますか?

 

A. 最近のコンセプトは「楽しい支援工学」です。今までは役に立つ支援工学、つまり教育や就労にとって“どうしても必要な支援機器”の研究や開発をやってきたのですが、今は、障害を持った人々が「楽しい!」と感じられるような研究を一つの柱にしています。もう一つは、障害者政策に関わるような研究、例えばアクセシビリティーに関する研究などが多いです。といっても実際は研究よりも実務系の仕事に追われています。(笑)

 

Q. アクセシビリティーについての研究とは、具体的にはどういったものですか?

 

A. ひとつはGPSの研究です。これは10年くらい手掛けています。最近は視覚障害者の移動支援の研究の一環で、拡張現実巨人将棋(AR巨人将棋)というイベント型の実証実験を行いました。広いフロアを大きな将棋盤に見立てて、視覚障害の方に歩いてもらいます。駒を発見したら詰め将棋の問題を頭の中にいれて解く、というゲームです。

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写真(左):予行演習の様子

写真(中央):プレイヤーが将棋盤のマスを踏んで駒を発見すると、システムが「1四 攻め方 香車」のように読み上げ、位置情報とそこにある駒の情報がわかる。
画面上では、キラキラと光りながらCGの駒が出現する。

写真(右):詰将棋に正解すると、画面に巨人の手が出てきて駒を動かす。

(石川先生HPより >>石川 准 ウェブサイト | アクセシビリティは高い技術と正しい思想により実現する)

 

Q. 反響はどうでしたか?

 

A. みなさんすごく喜んでやってくださいました。歩きながらランドマークの情報を聞き、そして自分の頭に地図を作る、というのは視覚障害者にとってとても難しい。このことが如何に大変なことか、という実証実験でした。

 

Q. 今後先生が挑戦してみたいと思う分野はありますか。

 

A. ディープラーニング(深層学習)です。人間よりも強いコンピューター将棋ソフトや囲碁ソフトが開発されているように、今までコンピューターは人間には勝てないと思われていましたが、プロよりもコンピューターの方が良い結果を出せるようになってきました。今後は、ディープラーニングの先端的な研究成果を支援工学に応用できればと願っています。

 

Q. 研究において、ご自身で常に心がけていらっしゃることはありますか?

 

A. 支援工学と言うのは元々不完全なもの、不正確だという側面があります。つまり100点は目指さないで、99点を目指していく。GPSを使った視覚障害者の移動支援についても、GPSは常に正確な位置情報を出せるわけではなく、例えば東京の渋谷近辺 のように高層ビルが多くある場所だと、相当誤差が出てきます。「そんな危ないもの使えない」という人には勧めることはできません。それを十分理解して上手く使える人向きなのです。それ以上どうにかして下さい、と言われてもどうしようもなく、「それはそのようなもの」と割り切る必要があります。

 

そもそも視覚障害者が一人で歩くことは、極めて困難なことですし、初めての場所を歩行すること自体が無謀です。なので、現時点で可能な限り十分な支援をする。特定の場所や実証実験で上手くいったとしても、どこでも実現可能になる訳ではありません。そういう意味で、私がやってきた支援工学系の開発は不完全なものばかりだと言えるでしょう。しかし、その不完全さについて「だからダメ」と言ってしまうのは簡単ですが、それが全く無い時と比べれば答えは明らかでしょう。

 

4. 不完全さを受け入れ、受け入れてもらう。100点は目指さない

 

Q. 2016年の4月に障害者差別解消法が施行され、障害者雇用促進法が改定されました。これらについて、どのような期待をお持ちですか?

 

A. 障害者差別解消法では2つのことを禁止しています。ひとつは、障害を理由とした不等な差別的な取り扱いを禁止しています。もうひとつは、過度な負担でない場合に合理的配慮を提供することを公的機関は義務、民間事業者は努力義務を負う、ということです。つまり、「合理的配慮」の不提供を禁止しています。

 

例えば、学校や職場において、聴覚に障害がある人ですと何かしらの代替的手段 ― 手話通訳やパソコン要約筆記がなければ授業が理解できません。そういった支援の提供を求められたときに、過度な負担ではないのに学校側が提供しない、というのが禁止されるということです。障害のある人は門前払い、などもかつてはありました。けれども、それは障害者差別解消法においては不当な差別的取扱いとして禁止されます。その上で、それぞれの障害に応じた合理的配慮の提供が義務として、あるいは努力義務として求められるようになりました。

 

Q. 社会が皆で支えあっていくという「合理的配慮」が、社会に浸透していくといいですね。

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 ブレイルセンスでメールをチェックする石川先生(UNIC Tokyo)

A.  「合理的配慮」への理解が広がるよう努めていきたいと思います。障害者雇用促進法の改定でも、ほぼ同様の内容が盛り込まれ、就労に必要な合理的配慮が求められます。例えば視覚障害の人が使えるコンピューターの提供であるとか、人的サポートなどが合理的配慮にあたります。事業者単独では限界があるので、国のアクセシビリティー政策が重要です。

 

今までは合理的配慮をしないことは不当なことではなかった。今まで自発的な善意だと思われていたことが、社会的には義務と見なされるので、事業者の立場からすると戸惑いもあるでしょう。しかし、建設的対話を通してどこまでが「合理的配慮」なのかという社会的合意は徐々に熟していくものだと思います。なお個人と個人の間の気遣いや配慮、善意は障害者差別解消法の施行前後で何か変わるということはありません。気遣いは気遣い、配慮は配慮、善意は善意です。

 

Q. 最後になりましたが、日本の若者に、期待も込めてメッセージをいただけますか?

A. リスク・テイク-危険を承知で取り組むこと-をした方がいいと思います。どうしようかな、と迷ったときはまずはやってみる。しかし、あれもこれも、とならないように。一度にできることは限られているので、目の前にあることから一つずつ、一歩ずつ、進めていくことが大切です。

 


あと、100点を目指さないことですね。完璧でなくてもいい。90点のものを95点のものにしようと思うと倍の努力が必要になりますし、さらにその95点を98点までにしようとするとまた倍の努力が必要で、指数関数的に増えていきます。100点にしたければ仕事を限定する必要があります。多くのことをこなすにはある程度、一つひとつは不完全さを受け入れ、相手方にも受け入れてもらうことが大切なのです。

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インタビュー後の記念撮影(左からインターンの秋本、城口、

石川研究室の永井さん、石川先生、UNIC妹尾広報官)