シリーズ第5回は、赤十字国際委員会(ICRC)の佐藤真央さんです。赤十字機関の中で一番最初にできたICRCは、紛争地に特化して人道支援を行っています。赤十字というと日本では医療のイメージが先行しますが、戦禍の人々に寄り添い、命と尊厳を守ることを使命とするICRCの活動は多岐にわたります。生活の自立支援や食料・水・避難所の提供、離散家族の連絡回復・再会支援事業、戦争捕虜や被拘束者の訪問、戦傷外科やトラウマケアなど、時には紛争の最前線で現場の人道ニーズに応えます。「公平・中立・独立」を原則に、政府、反政府勢力、ゲリラ勢力などすべての紛争当事者と対話して、人々に不必要な苦しみが与えられないよう、戦争のルールを説くのもICRC独特の活動です。
第5回 ICRC クアラルンプール地域代表部 サバ事務所所長 佐藤真央さん
~紛争下のプロテクション、様々なアプローチが必要~
佐藤 真央(さとう まお)ICRCサバ事務所所長(c)ICRC
日本の国際NGOピースウィンズ・ジャパンにて東日本大震災の緊急・復旧・復興支援、タイ緊急洪水対応、スリランカ北部緊急支援を経て2013年10月より赤十字国際委員会にてDelegateとして就任し、タイ南部、南スーダンに駐在した後、2016年1月より現職に至る。
今年5月にイスタンブールで開催される「世界人道サミット」では、国際社会が様々な視点から、いかに効果的な人道支援が実現できるのかについて議論されます。昨今の傾向としてICRCが懸念するのは、紛争の長期化です。シリアやイラクだけでなく、ソマリアやコンゴ民主共和国、アフガニスタン、中央アフリカ共和国など、国際社会が有効な解決策を見いだせないまま、たくさんの民間人が尊い命を奪われ、家を追われています。
日々変貌する人道ニーズに柔軟に対応することが求められる一方で、ICRCの現場での活動は、150年以上のあいだ頑なに守り続けている原則(Principles)に基づいて行われます。紛争下で活動するICRCがミッションを遂行するにあたり普遍的に守り続けていることとは、常に人道的であること、中立であること、公平であること、そして独立した国際組織であること、です。これらによって、他の機関や団体が介入できないような紛争地域での活動が可能になり、紛争で犠牲になった人びとのニーズに見合った支援を届けることができます。アニメーション:ICRCって何をしているの?
また、プロテクション(保護)という分野では、すべての紛争当事者に対して国際人道法の大切さを伝え続けていくという特別な役割を担っています。戦闘行為を行っている当事者は、人道法の柱の一つで、戦時下のルールを定めたジュネーブ諸条約によって次のことが求められます。①戦闘員と民間人の区別②民間の犠牲が軍事成果を上回らないこと③攻撃前の事前警告。こうした武力行使をする際の約束事に加えて、戦闘員以外(民間人や捕虜、傷病兵、医療従事者、難民など)の保護や、離散家族間の連絡回復、行方不明者の捜索に便宜を図ることなどの義務が伴います。その、紛争当事者が「便宜を図る先」というのが、何を隠そう私たち赤十字なのです。国際人道法の守護者としてのICRCの役割はこちら。
武器や兵器を携える組織や勢力に戦争のルールを直接説くことも、ICRCならではの重要な役割 (c)Getty Images/ICRC/Tom Stoddart
たとえば、収容所に囚われた捕虜などの被拘束者を訪問し、拷問や虐待を受けずにきちんと人道的な扱いを受けているか、暑さ寒さがしのげるなど収容環境が劣悪でないかなどについて、当局等と連携しながらモニタリングを行っています。アニメーション:収容所の訪問はなぜ必要?
国際人道法の“番人・守護者”としての役割
被害者の尊厳を守りながら、彼らのニーズに対応することが重要であると同時に、支援する側の身の安全を確保することも欠かせません。人道支援者が攻撃や誘拐の対象となる現在、激しい戦闘が続く紛争の最前線で支援を行うには、セキュリティ管理や現場の状況分析をきちんと行ったうえで、常に中立の立場で紛争当事者すべてと対話を続けることが肝心なのです。
私が駐在していた南スーダンでは、スーダンから分離独立した二年後の2013年12月より内戦が勃発し、和平合意がされた現在でも、度重なる治安の悪化や食料不足、干ばつや洪水等の自然災害から多くの人びとが移動を強いられてきました。衣食住の確保や基本的な医療へのアクセスがままならず、不安定な状況が続いています。私たちは、政府軍・反政府軍どちらとも対話を丁寧に重ね、南スーダンの10州すべてにおいて、それぞれの現状に見合った活動を続けることで、人道支援者のセキュリティを確保すると共に、人道ニーズへのアクセスを可能にしています。例えば、ICRCの移動外科チームは、政府軍・反政府軍を問わず医療機関が機能していない地域に出向き、市民や負傷した兵士に対して、救急手術や戦傷外科を施します。また、南スーダン軍と反政府軍の双方に対して国際人道法の遵守を訴え続けることも、大切な任務の一つです。いかなる紛争下であっても市民が犠牲になってはいけないこと、医療機関や医療関係者、患者や負傷した兵士を攻撃の対象としてはいけないこと、被拘束者を人道的に扱うこと、子ども兵士のリクルート禁止等を訴えます。悲しいことに、すべての国が守るべきはずの国際人道法が必ずしも遵守されていないのが現状です。
安全な水を住民に届けるため、ポンプ式の井戸の建設や維持も手掛ける(c)Getty Images/ICRC/Tom Stoddart
私が今駐在しているマレーシアは紛争下にないため、紛争予防の一環として、人道法の大切さを伝えて続けています。政府関係者や治安部隊のみならず、市民社会や大学等のアカデミックの分野を通じて、人道法についてのカリキュラムを大学と合同で作成したり、作文やロールプレイ・コンテストを開催することで、平時における国際人道法の促進に努めています。
紛争という複雑で緊迫した状況下で、治安部隊や武装勢力と対話を重ね、支援が必要なすべての人びとへのアクセスを得るためには、ICRCが政治的な介入をしない独立した組織であることに加え、私たちの支援の対象となる人々の選定は公平かつ独自に行うこと、当局との対話は原則全て非公開で行うことを理解してもらわなければなりません。ICRCは、
その一方で、現場の支援の重複を避けるために、他団体とのコーディネーションを円滑に行うことも必要です。例えば、南スーダンのレイク州では、近年の紛争が勃発して以来8万を超える人びとがジョングレイ州から命からがら避難してきました。ICRCはまず緊急物資の配付を行い、のちに国連や国際NGOと連携して避難民キャンプを立ち上げました。それぞれの団体が強みを活かした支援を提供する中で、ICRCはどこも手を付けていない約300基の簡易トイレを建設。同キャンプは内戦勃発から2年以上経った現在でも、国連や国際NGOにより運営が継続され、簡易トイレは避難民や地元住民のメンテナンスによって現在も使用されています。
南スーダンでの活動は、地元の赤十字社と密接に連携して行われる。土地勘や言語の問題など、赤十字社のボランティアの貢献は計り知れない。(c)Layal Horanieh/ICRC
世界最大の人道ネットワーク
赤十字のユニークな点は、支援はすべて赤十字の名の下行われるということです。そもそも赤十字の世界規模での活動は、赤十字運動(正式名称:国際赤十字・赤新月運動)と呼ばれ、3つの機関から構成されています。紛争地での人道支援は私たちICRCが主導します。紛争地以外の人道支援、たとえば災害救助活動や保健・医療・社会福祉事業などは、日本赤十字社のような各国赤十字・赤新月社がそれぞれの国の実情に応じて実施します。2016年1月末現在、世界には190の赤十字社・赤新月社があり、その国際的な連合体が、国際赤十字・赤新月社連盟です。これら3つの赤十字機関は、人道を柱に、独立、中立、単一、公平、世界性、奉仕という、7つの共通の原則を掲げ、いまや1700万人ものボランティアを抱える、世界最大の人道ネットワークを有します。赤十字運動と7原則についてはこちら。
中立性や独立性を重んじるICRCの現場での活動は、通常現地の赤十字社(イスラム圏では赤新月社)と連携して行われます。National とInternational 双方のアプローチを、赤十字の7原則の下に実施するのです。私がした当時、南スーダン赤十字社は世界で一番新しい赤十字社で、設立して間もなく内戦が勃発したので、彼らのキャパシティ・ビルディングを行いながら地域社会の再建能力を高める必要がありました。意識の高いたくさんのボランティアの力を借りて、衛星電話や赤十字通信(赤十字が家族に届ける簡易書簡)、写真付き登録簿などのツールを通して、離散した家族の連絡回復、再会を支援しています。必ずしも電波の届かない南スーダンのような国では、離ればなれになった家族に手紙を届けることで安否確認を試みますが、特定の住所を持たない地域では、ボランティアの知識やネットワークなしでは、手紙を届けたり行方不明者を追跡することはできません。また、急に紛争が激化する可能性を踏まえて、現場にいる市民や傷を負った兵士が自ら命をつなぐことができるよう、応急処置のトレーニングも連携して実施しています。私が所長を務めるマレーシア東部のサバ事務所も同じように、地元の赤新月社と密に連携しながら、移民や無国籍者など、基本医療を受けることができない最も脆弱なコミュニティに対して、公衆衛生のセッションや応急処置のトレーニングを行っています。
離散家族の再会に向けて作成された写真付きの登録簿。最新の登録簿には、南スーダン国内だけでなく、隣国に逃れた老若男女の顔写真およそ500名分が掲載されている。うち、身内や親族に確認されたのは150名で、赤十字通信によって便りのやり取りも可能となっている(c)Layal Horanieh/ICRC
このように、ICRCは地元の人々が自分たちの足で立ち上がれるよう、世界各地で赤十字・赤新月社と手を携えています。それにプラスして、地元当局と自治体を巻き込みながら、現地に暮らす彼らの手、意志によって再建へと導くことが最も重要だと考えています。
「戦争とはいえ、やりたい放題は許されない」
紛争により犠牲になったすべての人に手を差し伸べ、必要な支援を届ける私たちのスローガンは、「戦闘とはいえ、やりたい放題は許されない~Even Wars have limits」。最大限に紛争の犠牲者を守ろうとするのであれば、国際人道法の尊重が第一であるべきだとICRCは考えています。軍事目標と民間人・民用施設を区別しない無差別攻撃や、紛争下の性暴力、違法な拘束、意図的な食料難は、人道法違反のみならず、いかなる組織も手の付けられない重大な人道危機の引き金となります。アニメーション:戦時の決まりごと
今回のサミットを機にすべてのアクターが紛争下のプロテクション(現場の人々の保護)の重要性を再認識して果敢にチャレンジしない限り、人道支援はこれまでと何ら変わりない日常茶飯事の一コマ(“business as usual”)にしかなりえない、というのがICRCの危機感です。人々を守り救うには、一つの効果的な形を見出すのではなく、さまざまなアプローチが存在すべきだ、という持論です。もはや人道支援は、どのくらいの価値の支援が行われたか、自分たちがどれくらいの支援を行ったか、という競争やアピールの場であってはなりません。刻々と変わる現場のニーズの把握、支援を届けるためのアクセスの確保、支援対象者に寄り添うこと、そして正確な情報に基づいて活動を展開することで、初めて有効な人道支援が可能になるのだと思います。
紛争解決や平和構築を国際社会が模索する一方で、紛争に巻き込まれ暴力の犠牲となった人々に寄り添い、支援を届けるのが赤十字の仕事。(c)Getty Images/ICRC/Tom Stoddart
紛争下には、数多の支援が存在します。それぞれのアクターが自分たちの得意分野や直面している課題などについて打ち解けた議論をすることで、今回の世界人道サミットがより現実的で、相乗効果の望める支援の形を再構築する場となることを期待しています。
赤十字国際委員会(ICRC)とは
「公平・中立・独立」を原則に、紛争地で活動する国際人道支援組織。本部はスイス・ジュネ―ブ。
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