国連広報センターの根本かおる所長は、2018年3月10日から16日、インド洋の島国モルディブを訪問し、気候変動対応の最前線や国連の活動などを視察しました。温暖化による異常気象や海面上昇が人々の暮らしに影響を及ぼしているモルディブで、サステナビリティーについて考えたことをシリーズでお伝えします。
連載第5回・最終回 日本女性特有のしなやかさで 国連システムをとりまとめる
今回のモルディブ訪問では、たった一週間の滞在ながら、離島の視察も含め、政府・国連機関・自治体・民間企業・外交団・市民団体・若者・女子学生・エコリゾート・女性のロールモデル的存在など、様々な立場のアクターたちから話を聞き、モルディブの実相に触れることができました。国連開発計画(UNDP)モルディブ事務所 常駐代表で、モルディブで活動する国連機関をたばねる立場にある 国連常駐調整官 も務める野田章子(のだ・しょうこ)さんと、彼女を補佐官として支える大阿久裕子(おおあく・ゆうこ)さんの存在があったからこそ実現したと言っても過言ではありません。
モルディブに着任してから3年半になる野田さんは、UNDPのトップとして気候変動へのレジリエンスを高めるコミュニティー中心型のプロジェクトや津波避難訓練などを推進するのはもちろんのこと、UNDP、UNICEF、WHO、UNFPA、IOMなどモルディブで活動する国連の組織を束ねる国連常駐調整官の立場として「United Nations Development Assistance Framework (国連開発援助枠組み)2016-2020」の取りまとめでリーダーシップを発揮してきました。
ここ最近は国連常駐調整官としてニューヨークの国連事務局本部やジュネーブの国連人権高等弁務官事務所との調整の仕事が忙しくなっています。というのも、日本でも報道されたように、昨年後半からモルディブが度重なる反体制派の拘束や国家非常事態宣言の発動などで政治的混乱に陥っており(国家非常事態宣言は3月22日に解除)、様々なプレーヤーから情報収集しながら国連としての対応が求められるからです。
国連常駐調整官事務所に在籍する「平和と開発」に関するアドバイザーや人権担当官のサポートを受けながら、機微に触れる事項に関して、ニューヨークの国連事務局本部やジュネーブの国連人権高等弁務官事務所などとのきめ細かな調整が欠かせません。私の出張の直後の3月下旬には、ニューヨークの国連政治局からモルディブ担当者の訪問の受け入れがあり、関係者との会談が相次ぎました。
野田さんの提言がニューヨークの国連事務総長の名前で発出されるモルディブ情勢に関する声明に反映されることもあります。人権や民主主義に関する国連の立場を守りつつ、同時に現地において政府と国連との間に良好な関係を維持しなければならないという非常に難しいバランス感覚が求められる、神経を使う仕事ですが、大きなやりがいを感じながら任務にあたっています。
海岸通りに面したビルにある事務所の利点は、窓からの素晴らしい海の風景です。気が張る仕事の合間に景色に目をやることで、困難なことにも前向きに取り組む活力を保つことができます。
モルディブの人々へのリスペクトを形で表現したいと、野田さんは公式行事などでは進んでモルディブの民族衣装を着ることを心がけています。事務所のワードローブには色鮮やかな民族衣装の数々がありました。
また、「大学時代はマスコミに就職したいとも考えたことがあった」と語る野田さんは、モルディブの人たちに対して国連の活動に関心を持ってもらうことが肝心と考え、積極的にマスコミに登場すると同時に、ツイッター を通じてソーシャル・メディアで発信しています。
そうした広報重視の姿勢があってこそ、世界的に人気のあるテレビドラマシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』で有名なニコライ・コスター=ワルドーUNDP親善大使を招聘し、モルディブの状況を視察してもらいました。国連の現地スタッフをはじめ、モルディブ中の人たちが大歓迎したとのことで、一気にUNDPの認知がポジティブに広がったと言います。
今回の連載でも野田さんが撮影した美しい写真を多数活用させていただいていますが、駐在しているからこそ撮影できる写真をたくさん撮りためています。政府との関係で難しい舵取りを任されている中で、広報発信を通じて世論を味方につけ、携帯通信会社など若い年代へのリーチに強い民間企業と関係を築いてユースにリーチすることも野田さんが力を入れていることです。
エネルギーの塊のような野田さんにとってストレス解消は、自宅で飼っている2匹の猫、たまとふじとの時間を大切にすることと、夫との朝のジョギングで野良猫に餌をやることです。散歩やジョギングは、2平方キロメートルの土地に10万人がひしめき合ってごみごみしたマレ島ではなく、混雑緩和のために作られた人工島のフルマーレ島に住んでいるからこそできることでもあります。
フルマーレ島では、行政サービスの効率的な提供や気候変動や異常気象を理由に移住する人たちが移り住むことも見越して、まさに野田さんのマンションの目の前でさらなる拡張工事が行われています。事務所のあるマレ島まではフェリーで20分程度。オンとオフの切り換えに最適、と野田さんはいいます。
UNDPモルディブ事務所と国連常駐調整官事務所の職員は約7割が女性で、野田さんを筆頭に、国際スタッフも現地スタッフも、女性たちがそれぞれにプロ意識を持ちながら生き生きと仕事をしている姿が印象的でした。ラーム環礁への出張でサポートしてくれた現地スタッフのアザフさんは、まだ幼い娘のアムラちゃんを預ける先がなかったため、アムラちゃんを連れて出張していました。出張先でアムラちゃんを知人に預けて仕事をしていましたが、こうした柔軟性のある対応も野田さんの理解があってのことです。
若手の国連機関の正規職員への登竜門であるジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)の大阿久裕子さんは、国連常駐調整官としての野田さんを補佐官として支えています。ちなみに野田さんも私も、このJPOを出発点に国連でのキャリアをスタートしました。
国際NGO「ピースボート」、そして国連ボランティアとしてスーダンでの勤務経験を持つ大阿久さんは、2016年2月からモルディブで活動する国連機関の横の連携を調整しながら野田さんをサポートしています。
最後に、野田さんは日本出身の国連職員として日本に対して抱いている思いや日本への期待についてこう語っています。
日本でも、特に最近の政治情勢や中国の進出、気候変動の関連でモルディブのことがマスコミで取り上げられることが増えてきました。野田さん、大阿久さんという日本出身の国連スタッフがモルディブの人々に寄り添いながら献身的に活動しているということを覚えておいていただきたいと思います!