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国連のさまざまな活動を紹介します。 

TICAD7リレーエッセー “国連・アフリカ・日本をつなぐ情熱” (22)

第7回アフリカ開発会議(TICAD7)が2019年8月28-30日、横浜市で開催されます。日本では6年ぶりとなるTICADに向けて、国連広報センターはアフリカを任地に、あるいはアフリカと深く結びついた活動に日々携わっている日本人国連職員らに呼びかけ、リレーエッセーをお届けしていきます。

 

取り上げる国も活動の分野も様々で、シリーズがアフリカの多様性、そして幅広い国連の活動を知るきっかけになることを願っています。第22回は、国連児童基金UNICEFシエラレオネ事務所で保健マネージャーを務める末廣有紀さんです。

 

第22回 国連児童基金UNICEF) 

末廣有紀さん


~地域保健の強化シエラレオネのユニバーサル・ヘルス・カバレッジ達成に向けての取り組み~

 

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京都大学を卒業後、金融機関勤務を経て、ジョンズホプキンス大学公衆衛生大学院にて国際保健修士を取得。2018年1月にUNICEFシエラレオネ事務所保健マネージャーとして着任。それ以前は、UNICEFタジキスタン事務所保健・栄養セクション長、UNFPAバングラデシュ事務所副代表、NGOシエラレオネ事務所保健・栄養・HIV事業統括を歴任。また、UNICEFレソト事務所、UNICEF南スーダン事務所、UNFPAカンボジア事務所、世界銀行(米国)やNGO(ハイチ)にて保健関連業務を担当。 

 

シエラレオネは、西アフリカの大西洋岸に位置し、リベリアギニアと国境を接する人口700万人強の比較的小さな国です。ダイヤモンド、チタン、ボーキサイトなどの天然資源に恵まれているにもかかわらず、最貧国の一つです。10年にわたる内戦が2002年に終わった後、政治経済の安定化が順調に進んでいたものの、エボラ出血熱の流行(2014-2016年)や自然災害(2017年の地すべり被害など)の影響で、発展が一時阻害されました。復興のための努力が功をなし、昨年の大統領選挙および政権交代も平穏に実施され、現在はまた発展に向けて進み始めています。

 

それでも未だに、安全な水や電気のアクセスといった日本では当然のことが、一部の恵まれた人たちが享受できる特権でしかありません。医師の人数が全国で200人にも満たないうえ医療施設の整備が不足しているため、満足な医療サービスは、お金があっても、なかなか国内では受けられない状態にあります。また、国民のほとんどがインフォーマルセクターで搾取に近い形で働く一方で、一部の富裕層(レバノン人など)がビジネスを独占しているため、貧困率がとても高くなっています。

 

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※地図は参考のために掲載したもので、国境の法的地位に関して何らかの立場を示すものではありません ©UNICEF

 

私は、内戦後の2006年から3年あまりシエラレオネに赴任した経験があるので、今回の滞在(2018年1月に赴任)では、改善を実感することもたくさんあります。例えば、汚職。以前は空港がまるで戦場のようでしたが、現在は、空港スタッフのおしなべてプロフェッショナルな対応に驚きました。警官の汚職も減ったようです。以前は、住んでいた家の管理人が、定期的に買っていた水を近隣のホテルに売っていたこともありました。その他、援助関係者としては困りますが、人々の目の付け所に驚かされることが多々ありました。例えば、マラリア予防のために無料配布されていた蚊帳を細かく切って体を洗うためのネットとしてマーケットで売るビジネスがあり、一時人気商品になっていたこと。同じく蚊帳に関するトラブルとしては、蚊帳の無料配布と麻疹の予防接種のキャンペーンが同時に開催されたときに、蚊帳欲しさに何度も子どもを予防接種に連れてきたことが原因で悲しくも子どもが死んでしまったケースもありました。

 

シエラレオネの保健指標は世界的に極めて低い水準にあります。その原因は、貧困や汚職といった問題の他、女性や青少年の地位の低さ、良質の医療サービスへのアクセスの不足、環境気候上の要因からくる伝染病と栄養不良による疾病率の高さ、伝統的慣習とそれに基づく保健医療サービスの利用の低さなどが挙げられます。なかでも、妊産婦死亡率 (10,000 出生あたり1,360人 (国連推計、2015))は世界最悪で、5歳未満児死亡率(1,000出生あたり111人 (国連(UN IGME)推計、2018)も世界で4番目に高い水準です。その背景には、上記要因の他、政策上のギャップや人的資源(医療従事者の質と数の問題)の不足、財政不足、医療機器やその他サプライ(医薬品やワクチンを含む)の不足、インフラの不整備があげられます。また、医療施設へのアクセスが困難であったり、医療サービスにかかるコストが高すぎることや、家庭での病気予防やケアに関する知識が低く、衛生管理が悪いことも原因になっています。さらに、保健セクターのリーダーシップや管理が弱く、モニタリングや調整、規制が十分になされていないうえに、透明性やアカウンタビリティに乏しく、災害や突発的な病気の大流行などに迅速に対応するキャパシティーが低いなどといったことも問題としてあります。

 

一方で、国際社会では、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage : UHC、すべての人が適切な予防・治療・リハビリ等の保健医療サービスを支払い可能な費用で受けられる状態)達成の重要性について認識が高まっています。2015年9月の国連総会で定められた「持続可能な開発目標(SDGs)」のターゲットの1つとしてもUHCの達成が位置づけられており、全ての人々が基礎的な保健医療サービスが受けられ、医療費の支払いにより貧困に陥るリスクを未然に防ぐことが重要であることが確認されています。

 

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無料医療サービスイニシアティブの医薬品等を保管する倉庫
©UNICEF Sierra Leone/2018/Bangali-Sesay

 

特に日本は、ほかの先進国に比べ低コストで世界一の長寿を達成し国民皆保険制度をいち早く整えた経験をふまえて、積極的にUHCの推進に取り組んでいることが知られています。実際、2016年のG7伊勢志摩サミット・G7神戸保健大臣会合において、日本は、UHCの推進を主要テーマに設定し、国際社会・国際機関と連携して、アフリカ、アジア等でのUHCの確立を支援すること、さらに国際的議論において主導的な役割を果たしていくことを表明しました。同年8月にケニアで開催された第6回アフリカ開発会議TICAD VI)では、世界銀行世界保健機関(WHO)、日本政府等と共同で「アフリカにおけるUHC実現に向けた政策枠組み」が打ち出され、シエラレオネを含むアフリカ諸国はUHC達成を優先的な国家目的に掲げるようになりました。

 

そんな中、シエラレオネで近年進められている保健分野でのさまざまな取り組みの多くは、実施がさらに進めば、UHC達成への貢献が期待されるものであり、UNICEFも積極的に支援しています。

 

例えば、前大統領が導入を始めた、5歳未満児と妊産婦への無料医療サービスFree Health Care(FHC)イニシアティブの導入。2010年からの実施以来、UNICEFは主に医薬品等の調達・保管、および全国の医療施設への配送を支援してきました。配送に関しては、保健省が外部のサポートなしに実施できるようキャパシティー向上に向けても支援してきましたが、医薬品等のサプライチェーンを担当する政府機関の組織改革などにより、まだまだ保健省だけで効率よく保管・配送できる状態には至っていません。また、国や県の倉庫および医療施設に保管中に医薬品が窃盗の被害にあったり、無料で配布されるはずの医薬品が在庫不足で、結局消費者が薬局で購入しなくてはならなかったり、ということが今も頻繁に起こっています。在庫不足の理由は、需要に基づいた配給がなされていないこと、そもそも調達する際の推計量が不正確であること、医療従事者が医薬品を過剰に調剤する傾向にあること、医療従事者(無給のボランティア医療従事者が多数いる)が医薬品を売ってしまうことがあること、サプライチェーンのデータベースが効率よく管理されていないことなど様々です。UNICEFではこれらの問題を解決すべく、保健省と協力して透明性やアカウンタビリティの強化(例えば携帯電話を使って医薬品の配布状況をモニタリングをするRapidProイニシアティブ)、医療従事者の知識と能力の改善などを支援しています。しかしながら、サプライチェーンの問題は数ある保健システムの課題のなかでも最も根強く難しいものでなかなか改善がみられない状況にあります。

 

さらにUHC達成にむけてUNICEFが特に重点的に支援している取り組みの一つに、地域保健員(コミュニティヘルスワーカー:CHW)のプログラムがあります。2018年10月25・26日に、カザフスタンで開催された「プライマリ・ヘルスケアに関する国際会議:アルマ・アタからUHCとSDGsへ」でも確認されましたが、UNICEFは「プライマリ・ヘルスケアの強化なしにはUHCの達成なし、コミュニティヘルスシステムなしにはプライマリ・ヘルスケアの強化なし」という理念のもと、コミュニティヘルスシステムの構築にむけての支援を世界的に行っています。

 

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子どもの健康に関するグループカウンセリングを実施するCHW(ケネマ県にて)
©UNICEF Sierra Leone/2019/Juana

 

 シエラレオネも例外ではなく、医療サービスへのアクセスの不足および保健医療サービスの利用の低さに対応するための一策として、UNICEFはCHWのプログラムを政策からコミュニティでの実施支援まですべてのレベルで、長期にわたって支援しています。2012年のCHW政策の策定、エボラ流行後2017年の政策改訂、そして全国1万5,000人が参加したCHWの研修(継続的なOJTを含む)、人事管理、サービスの質改善、情報システム強化、資金調達などがUNICEFの支援内容です。

 

CHWの業務内容は、家庭訪問(妊産婦検診促進、家族計画、手洗いなどの衛生行為の改善、栄養指導、予防接種に関する啓蒙、蚊帳使用の促進のため)、三大疾病(下痢、肺炎、マラリア)の治療薬の配布、妊産婦・新生児・子どもの医療施設への照会、栄養不良児のスクリーニング、病気の流行などを迅速に察知するためのサーベイランス等、多岐にわたっています。そのため保健省内外での他セクターにおける調整とアドボカシーが必要で、UNICEFは、CHWプログラムを統括している保健省のプライマリ・ヘルスケア局の組織強化も支援しています。

 

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下痢治療のための経口保水液の作り方と亜鉛の補給について説明するCHW(ボンバリ県にて)
©UNICEF Sierra Leone/2018/Davies

 

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簡易検査キットでマラリアの診断をするCHW(カンビア県にて)©UNICEF Sierra Leone/2018/Davies

 

CHWプログラムは、2006年から2009年に私がNGO勤務としてシエラレオネに滞在中、UNICEFと協調して試験ベースで始めたプロジェクトです。それから10年後、保健マネージャーとしてUNICEFシエラレオネ事務所に戻ってきた時、小さなスケールで始めたCHWプログラムが保健省の主導で正式な保健システムの一部として統合されていたことに深い感慨を覚えました。

 

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急性呼吸器疾患の診断のため、呼吸数をはかるCHW(ボンス県にて)©UNICEF Sierra Leone/2018/Legesse

 

5歳未満児の死亡率の高さは、悲しい事実です。しかし一方で、多くの子どもたちの死亡は容易に予防可能であり、比較的安価で簡易なCHWによる活動などによって死亡率を今後4-5年で劇的に下げることができます。そのため目下の目標は、財政資源の確保も含め、CHWプログラムをプライマリ・ヘルスケアの要として更に保健システムに組み込むことです。

 

シエラレオネは、エボラ危機に対応する緊急人道支援及び復興支援から長期的持続可能なシステム構築をめざす開発支援への移行に伴う変革の時期にあります。人道支援は短期的なスパンで行われるものが多く、ドナーの投資も短期のものが圧倒的に多いです。人々の考え方も、人道支援の際には効率性を度外視して一人でも多くの命を迅速に助けようというものが主流です。しかしながら、エボラ危機が終息して早3年も経つので、実際にはドナー支援の絶対額が圧倒的に低下する一方で、シエラレオネ政府の財政は限られており、効率性を考慮しないプログラムはやりくりできるものではありません。他方で、もっと長期的なドナーの投資を誘致すべく政策を立案することも重要です。このような変革管理のもと、4-5年後には、UHC達成にむけて、そして、子どもたちの生存と発達において良い結果がうまれるということを目標にして、引き続き支援していきます。

 

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マケニ県立病院にて保健省と病院のスタッフおよびUNICEFの同僚とともに(左から3番目が筆者)

 

参考:世界保健総会でプライマリ・ヘルスケアやユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)におけるコミュニティヘルスワーカーの重要性が述べられました。

詳しくはこちら(英語):Community health workers delivering primary health care: opportunities and challenges