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国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

国連の「暴力過激主義防止の行動計画 (Plan of Action to Prevent Violent Extremism)」に、メディアも参画を

近年、ISIL、アルカイダ、ボコハラムなどのテロ集団が標榜する暴力的過激主義が世界に蔓延し、この脅威にいかに対処するかについて議論が展開されています。それらテロ集団の宗教的、文化的、社会的な不寛容さや、SNSの活用は、私たちの共通の価値である平和、正義、人間の尊厳をおびやかしています。

潘基文(パン・ギムン)国連事務総長は2016年1月15日、「Plan of Action to Prevent Violent Extremism(暴力的過激行為を防ぐ行動計画)」(A/70/674)を国連総会に提出しました。この報告書について、高須司江(たかす・すえ)国連テロ対策委員会事務局(CTED)上級法務官から寄稿が届きました。

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一向に衰えを見せないイスラム国やボコ・ハラムといったテログループの猛威には、事後的な対抗手段では足らず、もっとその根本原因に目を向けた対策を練らなくてはならない、というのがPVE(暴力過激主義防止)です。すでに2005年に採択された安保理決議(1624号)には「テロ行為扇動の禁止」と「異文明間の対話と理解の強化」が盛り込まれ、2006年のテロ対策グローバル戦略でも「テロ拡散に寄与する要因への対処」が明記されていましたが、外国人テロ戦闘員の急増した2014年になり、特にVE(暴力過激主義)への対策が強く要求される決議2178が採択されました。

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2014年9月24日 安保理決議2178号を採択 (UN Photo/Mark Garten)

今では、3万人以上の外国人がイスラム国に結集し(筆者の情報では、日本人もいると見られる)、罪のない人たちの殺戮を繰り返しています。そのほとんどは若者で、女性の数も少なくありません。いったい何が彼らを駆り立てているのか。その理由は一筋縄では解き明かせませんが、多くは、自分の力では何ともならない不平等感、不正義、差別、大きな経済格差、長引く紛争といった社会要因が若者の悲愴感を募らせ、生きる目的や自己アイデンティティを見失った者たちが、残された手段である暴力に訴えて錯覚したユートピアを実現しようとしている、と見ることも可能です。

このような単純でない要因に、私たちは取り組まなければなりません。今回の事務総長の提案(http://bit.ly/1S1wGV6)は、各国に独自の行動計画を策定することを推奨しています。いったい私たちの社会で、いったい誰に、何ができるのでしょうか。

暴力に訴えようという思想に発展していく過激化には、段階があります。これをいかに防止し、早い段階で認知して引き戻させることができるのか。オウム真理教団の化学兵器による無差別テロ事件を経験した日本は、あの事件から何を学び、今にどう生かしているのでしょうか。防止において国家にできることは多くなく、主役は市民社会に暮らす私たちです。平凡に響きますが、多様性を知り、寛容性を育むための学生主体による意見交換や交流、教育、温かい地域社会や思いやりの醸成、教育的ないし宗教的指導者の役割、といったことを見直す必要があるかもしれません。

そして特に、注目して頂きたいのはマスメディアの役割です。多くの若者たちは、インターネットを通じて過激化していきます。テロリズムの賛美、テロの扇動、テロリストのリクルート、爆弾の製造方法などが、日々、ウェブサイトに掲載され、世界中の誰か

らも簡単にアクセスできます。どうやって規制をかけるのか。政府による規制か自主規制か。そこには、プライバシーや表現の自由といった重要な価値との緊張関係が存在します。この点については、日本でも、もっと政府とメディアの方たちとの間で活発な議論、意見交換が望まれるところです。私の所属する国連テロ対策委員会事務局(CTED)では、グーグル、フェイスブック、ツィッター、マイクロソフト、微博といったサービスプロバイダーを集めて議論を重ねています。また、このような水面下での対応だけではなく、マスメディアが、テロリストが発信する情報に対抗して、積極的にメッセージを発信するという方策も考えてみる価値があるかもしれません。

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高須司江(たかす・すえ) 国連テロ対策委員会事務局(CTED)上級法務官
早稲田大学卒業後、検察官検事に。国連極東アジア犯罪防止研修所などを経て、国連テロ対策委員会事務局へ法務省より出向。'10年3月、検事を退官し、現職に。