国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

日本の国連加盟60周年記念シリーズ「国連を自分事に」(13)

           第13回 法務省 萩本修 人権擁護局長 

        ~違いは個性、多様性から生まれる豊かさを尊ぶ~

 

今日、日本を訪れる外国人の数が増える傾向にあるなか、2020年の東京オリンピックパラリンピックを契機にさらにその数は増加するだろうと言われています。言語、文化、宗教、習慣等の違いに起因する人権問題は日本でも起きており、法務省を含む政府全体で外国人に対する偏見や差別をなくし、多様性を受け入れる社会に転換する取り組みが行われています。今回は、国連が実施するTOGETHERキャンペーン(難民や移民の排斥・排除の風潮が世界的に高まるなか、多様性に満ちた包摂的な社会に向けた価値観を育むための国連主導の試み)にも参加されている法務省の萩本修 (はぎもと・おさむ)人権擁護局長から、3月21日の国際人種差別撤廃デーを前にお話を伺うことができました。

(聞き手:国連広報センター所長 根本かおる)

            

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            萩本 修 (はぎもと・おさむ) 人権擁護局長

【1986年に早稲田大学法学部を卒業後、司法修習生(40期)を経て、1988年に判事補に任官。その後、東京地裁那覇地・家裁に勤務し、1994年から法務省民事局付。1998年から甲府地・家裁判事に着任。東京高裁勤務を経て、2005年に法務省民事局参事官に任官。その後、大臣官房参事官、民事局民事法制管理官、大臣官房審議官(民事局担当)を経て、2014年には法務省大臣官房司法法制部長に就任。2016年8月から現職。】

 

マスコットキャラクターを通した人権啓発

 

根本:3月21日の国際人種差別撤廃デーに向けて、萩本人権擁護局長から様々なお話を伺えればと思います。近頃、「人 KEN まもる君」と「人 KEN あゆみちゃん」のマスコットキャラクターをいろいろな場所で見かけてとても嬉しく思うのですが、どのような思いを込めたマスコットなのでしょうか?

 

萩本:アンパンマンで有名なやなせ たかし先生にご協力頂き、まもる君とあゆみちゃんが誕生しました。全国各地で人権啓発のイベントをする際に、子どもたちの関心を惹きつけることができ、多くの方から好評を頂いています。髪形が漢字の「人」の文字を表していて、下のKENとあわせて「人権」を意味しているんですよ。

 

根本:ほんとうですね。最近は吉本興業とのコラボレーションもしていらして、楽しげなイベントにまもるくんとあゆみちゃんが登場する機会も多いように感じます。

 

萩本:人権と言うと、どうしても学校の社会科で勉強する憲法の中の小難しいコンセプトだと思われがちです。そのようなイメージを払拭して、国民の皆さんにもっと身近な「自分事」として人権を捉えて頂くよう努めています。

 

 

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         インタビューでの萩本局長。人 KEN まもる君(右)、人 KEN あゆみちゃんと(左)と  ©UNIC Tokyo

 

根本:いろいろな社会課題に対して敷居を低くして自分事として考えていただく働きかけは大切ですね。今回は外国人の人権、難民移民を取り巻く状況などについてお話を伺えればと思うのですが、外国人の人権問題としてはどのような事例がありますか?

 

萩本:外国人というだけで人種・言葉・文化や習慣の違いから差別を受けるという事例があります。例えば、銭湯で入浴を拒否されたり、理髪店で入店拒否されたり、アパートを借りる際に外国人は断られてしまうケースが未だにあります。震災などが起きたときに、外国人が悪さをしたというデマが広まるということもありました。昨年熊本で起きた地震のときも実際にそのような報道が一部でありました。いわゆるヘイトスピーチも事例のひとつです。このように、外国人を巡る様々な人権問題が日本では起きているという状況が残念ながらあります。

 

隙間からこぼれおちてしまう人権課題がないように

 

根本:外国人の子どもに対するいじめも問題になっていますね。

 

萩本:外国人というだけでいじめの原因になったり、仲間はずれにされてしまったり、ということが子どもたちのコミュニティーでも問題になっています。

 

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          イメージキャラクターを使った法務省による外国人の人権啓発活動 ©UNIC Tokyo

 

根本:私自身、子ども時代も含めて外国に暮らす経験をしてきて、言葉や文化、慣習の違いからとまどう場面もありましたが、相談する場所を見つけるのがなかなか大変でした。日本ではそういった外国人の方々を対象にした特別な相談窓口などはありますか?

 

萩本:政府全体、あるいは地方自治体を含めた行政全体でもそれぞれの分野で人権に関する相談窓口を設けています。法務省を例にすれば、人権擁護局という部署を設立し、人権に正面から取り組んでいます。人権擁護局では、広くあらゆる課題に対応しようと心がけています。外国人の人権もそのような課題のひとつです。外国人の人権擁護の一環として法務省では、外国人を対象とした人権相談窓口を設けています。この窓口で外国人の人権相談を受けてきたわけですが、この4月から外国人の人権相談への体制を強化することにしました。具体的には、新たに韓国語・タガログ語ポルトガル語ベトナム語が加わり、英語・中国語を含めて6言語での相談に対応できるようになります。手段としては電話やインターネットもあれば、直接法務局の窓口にお越しいただく形でも相談を受け付けるようにしています。

 

根本:人権擁護局はまさに人権の課題に対する調整役を担っているわけですが、人権問題というのは一人ひとりの足元での問題ですね。この意味で、地域に根付いた全国1万4000人の人権擁護委員の方々の活躍が非常に重要な役割を果たしているのではないでしょうか?

 

萩本:そうですね。人権擁護委員という制度は戦後まもなく設立されて、世界の中でもユニークな取り組みのひとつです。人権課題というのは国や専門家だけが取り組めばいいのではなく、民間の取り組みと行政の取り組みを車の両輪として協力しながら行うという信念からできた制度です。志が高い方々に委員として活躍していただいて、まさに地元に根ざした活動を担っているのが人権擁護委員のみなさんです。日本が世界に誇れる試みのひとつです。

 

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                                                人権擁護委員による小学校での人権教室 ©法務省

 

フェアプレー精神を人権のフィールドでも

 

根本:萩本局長のインタビュービデオ(霞ヶ関からお伝えします 2016)を拝見しました。Jリーグのサッカー選手による人権啓発の呼びかけが印象的でした。フェアプレーの精神でルールを守ることに重きを置いて活躍しているスポーツ選手だからこそできる取り組みですね。具体的にはどのようなコラボレーションが行われていますか?

 

萩本:人権を国民の方々にもう少し身近な問題として、自分自身の問題として感じてもらうためにはどうしたらいいだろうという観点から始めました。試合はお互い真剣勝負ですが、試合が終われば国やチームの枠を越えて相手をリスペクトするスポーツの精神は人権の本質を理解、共感するためにふさわしいものです。Jリーグのあるクラブの試合での「ジャパニーズオンリー」という横断幕が大きな問題になりました。その結果、無観客試合などの制裁を厳しく行いましたが、それを機にサッカー協会全体が、差別や人権啓発にもっと真剣に取り組まなければという意識を持つようになったと思います。人権擁護局がやりたいことも同じ方向を向いているので、タイアップして活動していくことになりました。現在、Jリーグの試合で一緒に人権啓発活動を行う「スタジアム啓発」や、子どもたちへのサッカー教室と人権教室をあわせて行うスポーツ人権教室などの取り組みも一緒に行っています。

 

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                            北海道コンサドーレ札幌の試合前に行われた「スタジアム啓発」の様子 ©法務省



一人ひとりの基本的人権を守るために

 

根本:街中で拝見して嬉しく思うのが「ヘイトスピーチ、許さない」のポスターです。黄色をバックにした非常に力強いポスターで、目に飛び込んできます。ヘイトスピーチ対策法が作られましたけれども、こういった法規制が必要であった背景を教えて下さい。

 

萩本:いま、世界中で排他的な価値観が広がり、日本も例外ではありません。一部で特定の民族、国籍、出自の人々を狙い撃ちして、合理的な理由なく日本から追い出そうとしたり、人間として見なさないかのような言動があったりして、社会問題になっています。本来は、法律で規制するのではなく、そのような行為をする人々を含めた国民の心に訴えかけて、ヘイトスピーチなどが起きないようにできればそれに越したことはありません。しかし、事態がここまで深刻になると、理想だけを唱えても現実は良くならないだろうという危機意識から、ヘイトスピーチは許されない、ということを掲げる法律が議員立法という形で昨年成立し、施行されたという経緯です。

 

根本:施行が始まって変化は感じられますか?

 

萩本:これまでもヘイトスピーチが許されないとの考えのもと、様々な取り組みをしてきましたが、この法律ができたことにより、ヘイトスピーチが許されないことが法律で明確になりました。また、法律ができたことでマスコミがヘイトスピーチの問題をより大きく取り上げるようになりましたし、裁判所サイドの司法判断にも一部影響を与えているとも言われています。そういう意味では、ヘイトスピーチは許されない、あってはならないもの、ということが社会の中で広く認識される大きなきかっけになったのではないかと思います。

 

根本:ヘイトスピーチ対策法の精神をくんだ地域、自治体の条例等も生まれていますね。

 

萩本:そうですね。地方が動いて国が動かされることもあれば、国が動くことによって地方も動きだす、という両方のパターンがあると思います。ヘイトスピーチに関しては、地方が少し躊躇していた部分もありましたが、国が法律を制定したことが大きな後押しとなって、勇気づけられた自治体が地域の実情に照らして必要なこと、ふさわしいこと、あるいはやれることをやろう、という雰囲気になってきているように感じます。                                                                                                                                                                                                                                               

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            萩本局長の話に耳を傾ける根本所長 ©UNIC Tokyo

 

違いに馴染むこと

 

根本:外国人の排除や差別意識というのは昔から少なからずあったとは思うのですが、最近それが顕著になってきていると感じられます。このような言動を生んでいる背景や理由について、どのようにお考えですか?

 

萩本:日本に限って言うと、やはり島国であり、未だに外国人に慣れていないということが大きいと思います。私の子どもはたまたま都心の小学校に通っていて、そこの学校には1クラスに5人以上は外国の子どもがいました。クラス名簿を見ると、カタカナの名前の子どもが何人かいるんですね。でも、いじめなどはなく、その子たちがいるのがもう当たり前のような雰囲気らしいのです。入学当初から周りに外国の子どもたちがいたから、違和感が生じなかったんだと思います。

 

しかし、そのような環境が地方にもあるかというとそうでもありません。外国の子どもがクラスに1人もいなかったり、極端になると全学年を見てもいるかいないかという学校もあると思います。そうなると、違い自体に馴染みがないために、違和感を覚えてしまったりすることがあると思いますね。

 

根本:2020年の東京オリンピックパラリンピックは、スポーツ・文化・環境の祭典であり、日本の社会をどう持続可能なものに転換して、多様性あふれる社会をつくっていくかという起爆剤のようなものになると思われます。外国人という要素も含めて、そのような多様性を受け入れられる社会に日本をつくり変えていくという課題に、法務省としてはどのような取り組みをしていらっしゃるのでしょうか?

 

萩本:法務省だけでなく、政府全体で2020年に向けて多様性を受け入れた共生社会を目指そうとしています。政府では「心のバリアフリー」という言葉を用いて、違いを受け入れて理解し合おうと呼びかけています。あらゆる機会に、一人ひとりに自分の問題として考えてもらえるよう啓発活動をしていく必要性を感じます。

 

昔だと電車の中で日本語以外の言葉が飛び交っていると遠巻きに見るなんてことがありましたが、いまはそれも当たり前と感じるようになりました。それは外国から観光客などがたくさん日本に来られ、外国人の存在に慣れてきて、違和感・抵抗感がなくなってきているからだと思うんです。対象が外国人に限らず、そのような意識変化がもっと進んで、違いが当たり前のことになるような取り組みを意識して進めていく必要があると思っています。

 

根本:ロンドンではパラリンピックがずいぶんと盛り上がり、またボランティアの参加がすばらしかったと思います。リオは持続可能性というものを前面に押し出して、それと同時に難民選手団という新たなレガシーができました。では東京は何だろう?という点に大いに期待しています。

 

萩本:そうですね。確かにリオのオリンピック・パラリンピックでは、私も難民選手団を初めてテレビで見たときに、ああこういうのがあるんだと思いました。日本開催の際にも、なるほどと思ってもらえるような取り組みができればと思っています。

 

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                 国連はオリンピック停戦を宣言し、
        世界中の人々にオリンピック期間中は武器を置くよう求めています。©UN Photo

 

理想と現実のバランスを取りながら

 

根本:TOGETHERキャンペーンでは、国連が呼びかけ、関連国連諸機関、JICA、市民社会、そして法務省のみなさまにも参加していただいて、みんなで難民・移民を受け入れられるようなオープンな社会について発信していこうと取り組んでいます。局長として、このマルチ・ステークホルダーで進めるキャンペーンについてどのような期待をお持ちですか?

 

萩本:日本だけでなく、国連の加盟国全体で取り組んでいるキャンペーンですから、いま政府全体で取り組んでいる2020年に向けた共生社会の実現と共に、相乗効果で成果を上げられたら、と期待しています。

 

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           法務省もTOGETHERキャンペーンをサポートしています
              (左:根本所長 右:萩本局長) ©UNIC Tokyo



国連広報センター広報官 妹尾:このTOGETHERキャンペーンを日本で広げていく上でのアドバイスがあれば、お伺いできますか?

 

萩本:多くの外国人が来日し、特にオリンピック・パラリンピックで日本の社会が世界から注目を浴びるときに、ハード、ソフトの両面で日本って成熟した良い国だな、と世界から思ってもらえるようにみんなでいまから取り組みましょうって言われると、多くの人が共感して、自分もその一助になることであれば協力しようと思ってもらえるのではないかと思います。

 

その一方で、我々も国内向けの様々な啓発を行いながらいつも思うのですが、平等の大切さや差別はいけないなどと理想ばかり唱えても、現実的には、なかなか自分事として受け止めてもらえないこともあります。でも、現実ばかりを見て対処療法的になると、大きな目指すところを見失ってしまうので、理想は掲げなければなりません。その理想と現実の狭間でどちらにどのくらいのウエイトを置くかというのは難しい問題です。その答えは直ちには出ないので、取り組みながら、ああちょっと理想にばかり軸が傾いていて誰も振り向いてくれないな、となったらもう少し現実に近づいていったり、結局はそのようなバランスのなかで進めていくしかないのかなと思います。

 

また、法務省による啓発活動に関して言えば、世の中には様々な主義・主張を持つ人がいて、それを唱えてはいけないというわけではないですよね。表現の自由もありますし、その主義・主張が国家の政策に反していても堂々と唱えられるのが成熟した民主主義国家です。人権侵害の歴史を紐解くと、最も人権を侵害してきた主体は行政なので、我々が国民の言論活動に良い悪いとコメントしたり、一定の制約をすることは危険をはらむものであるという思いは忘れてはいけないですし、日々反省、自戒しつつ取り組むべき難しい課題だと感じています。

 

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           インタビュー中の根本所長(左)と萩本局長(右) ©UNIC Tokyo

 

違いを認め、その良さを言葉で発信して

 

国連広報センター・インターン 岡嵜:あらゆる人々の人権について考える立場にある萩本局長ですが、普段の生活においてどのように視点を平等にすることを心がけているのでしょうか?

 

萩本:法務省は様々な人権課題を扱い、どこかに特別なフォーカスを当てているわけではないからこそ気づいたことですが、外国人、女性、子ども、障害のある方もみんな、違いは個性みたいなものです。違いがおかしいのではなく、いろいろな人がいるのが社会として当たり前だし、むしろ多様性があるからこそ豊かであり楽しいんだ、と自然に思えるようにするのが一番大事だと思います。法務省は人権課題を絞っていないので、様々な課題に関して関係者の方とお話しするたびに感じるのは、どの課題も根っこは一緒だということです。その同じ根っこにスポットを当て、それを啓発活動の際に対外的に発信していけたらいいなと日々意識しています。

 

インターン 広野:萩本局長は寛容さという点に重点を置いていらっしゃると思いますが、2020年を迎えた後にもレガシーとしてその寛容さを次の世代に受け継ぐために、私たちの身近なことでできることなどアドバイスはありますか?

 

萩本:私は日々の生活の中で違いに気づいたときに、その良さを言葉にして言うことが大事だと思うんです。みんな、違いに対して、「え、なに?」「やだ」とかマイナスな表現はよくしますよね。そうではなくて、「ああいう人もいるんだ、良いね」と違いの良さに目をつけて言葉にして言っていると、人間って流されやすいところがあるので、周りが言っているからそういうものか、と共感する人がどんどん増えると思います。日々の生活の中で文句を言いたくなることはあるし、それをつい口に出してしまうのも人間だから仕方がない気もします。けれど、良いことも楽しいこともたくさんあるはずなので、それをぜひ口に出して発信して周りにも良い影響を与えて、明るい人が増え、その明るいグループをどんどん大きくしていってほしいなと思いますね。

 

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             今回のインタビューの企画・実施に携わったインターンと共に
                       ©UNIC Tokyo