第7回アフリカ開発会議(TICAD7)が2019年8月28-30日、横浜市で開催されます。日本では6年ぶりとなるTICADに向けて、国連広報センターはアフリカを任地に、あるいはアフリカと深く結びついた活動に日々携わっている日本人国連職員らに呼びかけ、リレーエッセーをお届けしていきます。
取り上げる国も活動の分野も様々で、シリーズがアフリカの多様性、そして幅広い国連の活動を知るきっかけになることを願っています。第25回は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に勤務する古川敦子さんです。
第25回 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)
古川敦子さん
~未来への架け橋 難民コミュニティの自立の先にあるもの~
この数年で難民を取り巻く状況は急変しています。ミャンマー、シリア、南スーダンなど世界各地で発生している紛争や迫害によって、2018年末までに家を追われた人々の数は過去最大の7,080万人に達しました。その一方で、難民の受け入れや支援に積極的な国の数は減少傾向にあり、さらに、難民を受け入れている国の85%は 自国の状況も厳しい開発途上国に集中しています。
2016年、複雑化した難民問題の解決と難民を取り巻く状況の改善のために国際社会が団結し、2018年12月、難民支援に関する国際的な枠組み「難民に関するグローバル・コンパクト(以下、グローバル・コンパクト)」が国連総会で採択されました。グローバル・コンパクトは、難民を受け入れ国の社会・経済のシステムに組み込んで、難民が自立し、受け入れ国のコミュニティに貢献でき、難民という状況が解決に至るまで、安全で尊厳のある生活を送れるように環境を整えるというアプローチです。難民の受け入れ国の負担軽減、難民の自立、第三国定住の拡張、安全で尊厳ある帰還に向けた環境整備に焦点をおき、難民と受け入れコミュニティの双方が利益を享受できるような取り組みを目指しています。
私が2015年から4年半勤務したエジプトでも、グローバル・コンパクトの理念に沿い、政府、市民社会、民間や団体とのパートナーシップを通して、難民と受け入れコミュニティの融合と協力を促進し、難民の自立を支援する様々な取り組みが行われています。エジプトには、その地理的条件から、周辺国だけではなく様々な国からの人が集中していますが、その中には紛争や迫害を逃れてきた難民も数多く含まれています。シリア危機に始まり、イエメンやサハラ以南の国々の状況の悪化に伴い、エジプトに逃れてくる難民の数も急増し、2019年7月現在でおよそ25万人が 難民としてUNHCRに登録されています。UNHCRで難民として登録・認定されることによって、エジプトの滞在許可の申請、法的保護、 医療や教育へのアクセス、また職業訓練や自立に向けた支援などを受けることが可能になります。
私が勤務していたアレキサンドリア市にある事務所で特に力を入れていた活動の一つに、難民コミュニティに働きかけ、難民が自分の力で問題を解決し困難を乗り越える力を高めながら、地域社会への貢献も目指していく取り組みがあります。この活動の強力なパートナーとなるのが、可能性と才能にあふれた難民の人々。エジプトにどのような機会があり、どう活動の場を広げていけるのか、話し合いを重ね、技術・知識向上のためのトレーニングの機会を提供したり、受け入れコミュニティとの協力体制を敷いたりするなど、難民の力を引き出しながらバックアップしました。
参加する難民の中には、芸術家や アスリートもいれば、エンジニアや医者 も主婦もいます。難民となってから家族を養うために、語学の力を活かしてオンライン通訳という仕事を立ち上げた女性、仲間と協力してレストランやビジネスを立ち上げ成功を収めた人々。初めての仕事、数々の失敗の末の成功、という例もめずらしくありません。彼らのバックグラウンドは多様ですが、共通しているのは、苦境を乗り越えて道を切り開いた後、そこで立ち止まることなく、同じように母国を追われてきた同志、新しい社会で苦労をしている人たちを励まし勇気づけ、さらには受け入れコミュニティをも巻き込んでネットワークを広げているということです。彼らが難民と受け入れコミュニティに果たす役割とそのインパクトは、計りしれないものがあります。
エジプト在任中に、何人もの難民がUNHCRのプロジェクトをきっかけに苦境からはい上がり人生を切り開いていく姿を目にしました。その中でも特に強く心に残っているのは、バッセムとレファーというシリア難民の2人です。
バッセムは、シリアで紛争中に銃弾によって負った怪我により長期のリハビリを要していました。母国ではテレビのプレゼンターをしていたのに、エジプトに来てから怪我のため仕事につけず、激しい痛みと厳しい生活に耐える日々が続きました。2013年にUNHCRに来たのは、医療費の援助の申請をするためでした。しかしその2年後には、UNHCRが始めたコミュニティ・エンパワーメントのプロジェクトに参加し、いろいろな国や年齢層の難民からなるエンターテインメントグループやシアターグループを作り、演技指導、演出家として活躍の幅を広げていきました。今では難民コミュニティにとどまらず、エジプト人もシアターグループに参加するようになりました。シアターでは、性的暴力の抑止や差別、児童保護などの社会的テーマを題材にすることもあります。
芸術は、バッセムに自信と希望、そして困難に打ち勝ち人間としての尊厳を取り戻すための手段でした。「芸術が人々の融合に果たす役割は大きい、自分を温かく迎えてくれたエジプトに、これからも芸術を通して貢献していきたい」と語るバッセムの顔は輝いていました。
25歳の時にスリヤナコミュニティセンターを立ち上げたのはレファー。エジプトに来てすぐのころ、たまたま通りで困っているシリア人を助けたことがきっかけで自分ができることは何かを考えるようになり、いろいろな組織でボランティアとして経験を積みました。
スリヤナをオープンした当初は、保育園の運営と難民の子どもたちへの教育の場の提供をしていましたが、UNHCR やNGOからの支援を受け活動領域を増やし、現在は難民だけではなくエジプト人も対象にトレーニングやソーシャルサービス、技術訓練のクラスを提供するまでに。 また、学校の授業に遅れを取っている子どもを対象に、エジプト人大学生のサポートを得て、無料で授業を行っています。難民とエジプト人コミュニティに幅広いネットワークを持ち、コミュニティが必要としているものは何か、レファーの頭のなかはいつもフル回転。講演に呼ばれることも多く、特に若者や女性に強い励ましの言葉とエールを送り続けています。
この2人の例には、難民の困難を克服していく力、自立がどのように彼らのコミュニティ、そして受け入れコミュニティに貢献し、両コミュニティの架け橋の役割を果たしているのかを垣間見ることができます。
2019年、エジプトはアフリカ連合(AU)の議長国になりました。AUでは2019年を難民、帰還民、国内避難民の年と設定しています。世界の難民、避難民の3分の1を受け入れているアフリカゆえに、現在の難民状況は深刻にとらえられており、AUは難民を生み出す根本的な原因に取り組む 方向にあると言われています。
このプロセスにグローバル・コンパクトがこれからどのように関わっていくのか、その歴史的な節目に立ち会えていることは、難民問題に関わってきた私たちにとって非常に興味深いものです。グローバル・コンパクトは世界がひとつとなって難民問題に取り組んでいくための指針。政府レベルの大きなものから草の根レベルまで、すべてが絡み合ってこそ物事が動きます。その取り組みに難民自身、そして私たち一人一人にもできることは限りなくあります。一個人として難民問題の解決にどう貢献できるのか、この機会に皆さんもぜひ考えてみてください。