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シリーズ「今日、そして明日のいのちを救うために ― 世界人道サミット5月開催」(8)

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シリーズ第8回は、国連難民高等弁務官事務所UNHCR)元難民保護官で現在JICAシニア・アドバイザーの帯刀豊さんです。「難民の数、そのニーズは増え続け、人道支援の許容範囲を越えつつあります。この閉塞的な状況を抜け出すための一つの方策は、難民に出口を提供する仕組みを作ることです」と帯刀さんは強調します。難民と真摯に向き合ってきた帯刀さんが、難民問題の奥深さと、解決への展望を語ります。

 

                     第8回 国連難民高等弁務官事務所・元難民保護官 

                              現JICAシニア・アドバイザー 帯刀豊さん

                       ~人道と開発の連携による難民問題の「解決」に向けて~

 

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              帯刀 豊(たてわき ゆたか)

一橋大学法学部卒業後、東京銀行入行。外務省経済協力局出向、アジア経済研究所開発スクールを経て、エジンバラ大学、オクスフォード大学で国際法と難民・移民に関する修士号を取得。旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷勤務を経て、2003年よりUNHCR職員。インド、スーダンイラクアフガニスタン、タイ・ミャンマー国境で難民保護官として勤務後、現在はJICAシニア・アドバイザー。

 

2011年、アフガニスタン北部のとある村でのことです。UNHCRの難民保護官として赴任したばかりの私は、村の長老達と対面しました。タリバン勢力の崩壊とともに進展したアフガン難民の帰還も一段落し、全人口の4分の1に当たる570万人以上の難民がすでに帰還を果たしていました。故郷に帰還した難民の晴れやかな顔を私は想像していましたが、やがて一人の男性が私にこう告げました。「仕事のない私には家庭で居場所がない。昨日、学校にも行けず暇を持て余していた息子が家を出て行った」男性はこう続けました。「パキスタンにいた時の方が幸せだった」

UNHCRは全土で帰還民を対象に緊急サーベイを実施しました。質問は、帰還したという実感はあるか、ということに尽きます。結果は、60%が生活を取り戻すに至っておらず、15%は再び故郷を去っている、というものでした。私はその結果に驚愕しました。帰還民の多くはまだ「難民」のままであったということです。「この過ちは直ぐに正さなければならない」と、当時のUNHCRアフガニスタン代表は表明しました。

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                                                              帰還したアフガン難民と

 

2013年、私はタイ側国境でキャンプ生活を送るミャンマー難民の帰還を準備していました。ミャンマーでは武装勢力が政府との停戦に応じ、誰もが帰還の条件が整いつつあると感じていた時です。UNHCRはまず、難民自身の意思を問う聞き取り調査を実施しました。結果は、90%以上もの多数が帰還を望んでいないというものでした。予想外の結果でした。

何が帰還を思い止まらせるのでしょうか。何度も停戦に裏切られてきた難民の心中は容易に察しが付きます。しかし私が気になったのは、その次の理由、就業と生計への不安、でした。かつてのアフガン男性の顔が目に浮かびました。数か月後、私はキャンプ内で、とあるNGOによる映画上映会に立ち会いました。現実の将来を見通せない難民は映画に希望を見出せるのだろうかと、正直私は懐疑的でした。しかし翌日、私はキャンプ内で活発に動き廻る若者の一団と遭遇しました。「映画を見せるだけでなく、映像の撮り方を教えているのです」とそのNGOの職員が私に言いました。「若者は母国に戻ってニュース番組を立ち上げたいそうです」

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                                      難民を乗せたボートの行き交うタイ・ミャンマー国境の川

 

難民が「難民」でなくなることは容易ではありません。一方で、新たな難民と紛争による国内避難民の数は増え続け、ついに統計を取り始めて以来最大の6000万人に達しました。昨今のシリア情勢でも明らかなように、難民を生み出す紛争に終止符を打つことは政治的にも軍事的にも容易ではありません。難民の数、そのニーズは増え続け、人道支援の許容範囲を越えつつあります。

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                                               スーダンダルフールの避難民キャンプにて

 

この閉塞的な状況を抜け出すための一つの方策は、難民に出口を提供する仕組みを作ることです。実は難民の80%以上が開発途上国で受け入れられ、その半数以上が5年間以上、時に20~30年間もの長い間、難民生活を強いられています。そうした難民は昨今、キャンプでの受け身の生活に甘んじることなく、現地コミュニティに飛び出して自立した生活を志向し始めています。自立のために難民は、コミュニティ内で就業・生計手段の確保や教育の機会を必要としています。就業・教育を通じて継続的に難民をエンパワーメントしていくための支援。その比較優位を持つのは人道機関でなく、開発機関です。そして、難民がコミュニティの中で自立した存在となり得た時、それが受入国での現地統合という形であれ、帰還後の再統合という形であれ、難民が難民でなくなるという可能性が生まれるのです。

難民を生み出す紛争を止めることが難しいのであれば、紛争以外の要因のために長く難民状態に留め置かれた人々に対し難民であることを卒業するための手助けをする。難民問題においてはこれを、保護でも支援でもなく、解決(solution)と位置づけます。これは右肩上がりの難民支援ニーズを緩和することにも繋がり、ここに人道・開発連携の意義の一端が見出されるのです。

 

私は現在UNHCRからJICAへと出向し、この難民問題解決に向けた連携を追及しています。国際社会もまた、連携の動きを加速させています。2014年4月、UNHCRやUNDP等の国連機関、JICA等バイの開発援助機関、難民ホスト国、NGOや民間企業、大学研究機関、その他50以上の政府代表や国際機関が参集し、難民問題解決を目指す連携枠組み、’the Solutions Alliance’(SA) (http://www.endingdisplacement.org) を立ち上げました。UNHCRとJICAは共に、発足当初からこのSAの取組を積極的に支援しています。世界人道サミットにおいてもまた、’Leaving No One Behind: A Commitment to Address Forced Displacement’を旗印とした難民問題の解決、また’Changing People’s Lives: From Delivering Aid to Ending Need’をモットーに、包括的な連携枠組構築が優先分野として強調されています。UNHCRとJICAもその趣旨に強く賛同し、同サミットの場において、難民問題解決に向けた人道・開発連携の実績と提言を積極的に発信することを予定しています。

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2015年、私はザンビアウガンダを訪れました。SAは両国をモデル国に指定し、現地統合を通じた難民問題の解決を支援しています。難民に土地と生計手段を供与し、ホスト・コミュニティと共に国の開発の担い手として育てるという取組。難民問題解決に向けたこの稀有な取組をUNHCR・JICAとしても後押ししています。両国での取組は、世界人道サミットにおいても取り上げられるはずです。まずはこれらの国々で、人道・開発連携の目に見える成果を挙げることができればと、そう考えています。

 

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