2016年5月23・24日にトルコのイスタンブールで開催される「世界人道サミット」にむけて、国連広報センターでは国連をはじめとする援助機関の職員による寄稿をシリーズでお届けします。シリーズ第1回は、国連人道問題調整事務所(OCHA)神戸事務所長の渡部正樹さんです。渡部さんは日本の関係機関との連携強化を通じて、紛争や自然災害による被災者のための国際的支援を推進されています。史上初となる世界人道サミットの意義とその役割について寄稿していただきました。
第1回 国連人道問題調整事務所(OCHA)神戸事務所 渡部正樹所長
~世界人道サミットと私たちの未来~
渡部正樹 (わたべ まさき) 国連人道問題調整事務所 (OCHA) 神戸事務所長
2012年1月より現職。紛争や災害に苦しむ人々のための国際支援をより強化するため、日本政府や市民社会とのパートナーシップ構築に取り組む。以前はOCHAニューヨーク本部でスリランカ内戦及び東日本大震災を担当。また、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)及び海外経済協力基金(現在の国際協力機構(JICA))にも勤務。人道政策、避難民支援、災害リスク管理、民軍調整等に携る。早稲田大学政治経済学部卒業。ロンドンスクールオブエコノミクス(LSE)修士課程修了(発展途上国における社会政策・プランニング専攻)。共訳書に新戦争論(メアリー・カルドー著、岩波書店)がある。
今、世界の人道状況は大変厳しい局面を迎えています。紛争や自然災害、食糧不足や感染症の拡大などにより、いのちを繋いでいくための支援を必要とする人々の数が世界中でほぼ日本の総人口に匹敵する1億2,500万人を超えてしまいました。また、6,000万人もの人びとが、紛争や暴力のため住み慣れた土地を追われ、避難生活を余儀なくされています。その数は第2次世界大戦後最悪の水準に達すると言われ、実にその半数が子供たちです。一方で、食糧や保健医療、安全な水に教育といった支援ニーズに応えるための活動資金が追い付いていません。2016年の一年間で、私たちは国際社会に対して総額約200億ドル(約2.4兆円)の拠出を求めていますが、2015年度を振り返ると、ほぼ同額の資金需要に対しそのおよそ50%しか手当てすることが出来ませんでした。
シリアの子どもたち
なぜ世界人道サミットが開催されるのか?
このようなことになってしまっている原因として、各地で起こっている人道危機が、大規模化・複雑化・長期化していることがあげられます。そしてその背景には、気候変動の影響、人口増加、都市化、さらにはテロや治安の悪化があります。他方、人道支援に携わる関係者の数も増え、新興国ドナーや民間企業など、その種類も多様化しています。加えて、ソーシャルメディアや携帯電話といった技術革新が進み、特に被災者自身が単なる支援の受け手に留まらず、積極的に情報発信をする機会ももたらされています。このように国際人道支援を取り巻く環境がめまぐるしく変化する中、一人でも多くのいのちを救い、より効率的・効果的な人道支援を実現するためには、今何が求められているのでしょうか?
2016年5月23日と24日の2日間、史上初となる「世界人道サミット」がトルコのイスタンブールで開催されます。伊勢志摩でのG7サミットの直前に行われるこの世界人道サミットでは、既存の国際人道システムをいわば「21世紀型」に変えていくための方策を探ります。国際社会として今どういった行動が必要かを議論し、具体的な提案を検討するとともに、変化を引き起こすために必要な政治的コミットメントの確保を目指す。イスタンブールには潘基文国連事務総長の呼びかけに応じ、各国政府や関係機関のリーダーが結集します。そして、私たち国連人道問題調整事務所(OCHA)がその事務局を担っています。
イスタンブールへの道のり
ジュネーブで行われたグローバル準備会合の様子
このサミットに向けたプロセスでの最大の特色は、人道支援の原理原則に立ち返り、「被災者や最も弱い立場におかれた人々を議論の中心に据える」という考え方です。各国政府のみが討議をするのではなく、実際に紛争や災害の影響を受けている人々や市民団体、民間企業など、さまざまな関係者が議論に参加します。また多様な意見を反映するため、これまで世界各地域で準備会合を開催してきました。2014年7月には、東南アジアと北東アジアを対象とした準備会合も東京で開かれています(日本及びインドネシア政府との共催)。このほか、世界中で2万3,000人以上がこうした会合に参加し、インターネット上でも多くの意見が寄せられています。そして2015年10月14日には最後のグローバル準備会合がスイスのジュネーブで開かれ、これまでの議論と最新の人道危機状況を踏まえ、世界人道サミット本番に向けた意見集約が行われました。このグローバル準備会合の成果として、共同議長サマリーが発表されています。
グローバル準備会合でスピーチするスティーブン・オブライアン国連事務次長(人道問題担当)
世界人道サミットでは何が議論されるのか?
グローバル準備会合に先立ち、これまでの議論をまとめた総合レポートも発表されました。この中で、世界人道サミットで討議されるテーマがおおよそ次の5つに絞られてきています。
- 尊厳(Dignity)― 被災者の尊厳をいかに守るか。子ども・女性・高齢者・障害者など多様なニーズに応えるにはどうすべきか。
- 安全(Safety)― 激しい戦闘が続く紛争地で一般市民を保護するために何が必要か。同時に支援者の安全をどう確保するか。
- 強靭性(Resilience)― 危機が長期化する中、どのようにして脆弱性を克服し、地域社会としての強靭性(レジリエンス)を高めるのか。
- パートナーシップ(Partnerships)― 現地市民社会や民間企業との連携をどう強化するか。どのようにすれば人道支援に役立つような技術革新を促すことが出来るのか。
- 資金手当て(Finance)― 必要な資金をより効果的かつ持続的に確保するためには何が必要か。
いずれも、現在私たちが直面する人道危機に共通の、大変大きな、そして難しい課題です。次のステップとしては、こうした論点を中心に国連事務総長報告書がまとめられ、イスタンブールでの議論に持ち込まれることとなっています。そして世界人道サミットを通じて、求められる変化を引き起こすための約束事や、そこで必要とされるパートナーシップ、さらには行動計画などを、それぞれの関係者が打ち出していくこととなります。
グローバル準備会合で意見を交わす参加者
世界人道サミットと私たちの未来
第3回国連防災世界会議で登壇する潘基文(パン・ギムン)事務総長
世界人道サミットは、2015年3月に仙台で開催された第3回国連防災世界会議の成果とも密接な関係があります。この会議で採択された「仙台防災枠組」に立脚して、災害リスク削減のための投資をさらに進めるとともに、いざという時にはしっかりと応急対応できるような備えを強化しておく必要があります。そして、紛争などの影響を受けている国々に焦点をあて、特にこうした国々による防災努力を支援していく一方、支援側としても短期的な人道支援のみならず、より長期にわたる開発援助も合わせて、垣根を越えた努力が求められています。
また、2015年9月には持続可能な開発目標(SDGs)が国連総会で採択されました。貧困や不平等に取り組むとともに、気候変動問題にも対応し、同時に平和で包摂的な社会を推進する。「誰も置き去りにしない(leave no one behind)」- 国連事務総長はそう述べています。最初にご紹介した1億人以上もの人々を本当に「置き去りにしない」ためには、自然災害や紛争の被災者を開発努力の中にしっかりと位置付ける必要があります。また、人道危機による被災者がこれ以上生まれないよう、あるいは危機の瀬戸際に追い込まれている人々がそこで何とか踏み留まれるよう、特に脆弱な立場におかれた人々の自立を支え、地域社会が持つ力を応援していくことも大切です。こうしたビジョンを実現するためにも、世界人道サミットが極めて重要な役割を果すこととなるのです。
世界人道サミットは、私たちの、そして世界中で紛争や災害に苦しむ被災者の願いを現実のものとするための歴史的な一歩となります。相次ぐ人道危機がもはや常態化し、今世界は決して平和とは言えないでしょう。私たちが望む未来を築いていくためには、日々伝えられる悲劇を、ともすれば誰の身にも起こりうることと受け止めて、問題解決のためにきちんと関与していく必要があるのではないのでしょうか。ぜひ世界人道サミットに向けて、日本政府はもちろん、市民社会としても議論を深めて頂き、皆さん一人ひとりに出来ることは何かを改めて考えて頂ければと思います。
2013年11月にフィリピンを直撃し、6000人以上もの死者を出した台風30号「ハイヤン」の
被災地を訪れる潘事務総長(フィリピン、タクロバン)
ビデオ:世界人道サミットに向けた国連事務総長のメッセージ
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