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国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

「わたしのJPO時代」(7)

【連載中】<わたしのJPO時代>

「わたしのJPO時代」第7弾として、WFP 国連世界食糧計画ミャンマー事務所 副代表、 焼家直絵さんのお話をお届けします。JPO時代はWFP国連世界食糧計画・ローマ本部にて勤務した焼家さんは、その当時を「人間関係を築き、『国連としての方向性、国連WFPの執行理事会の仕組み』を学ぶ時間だった」と振り返ります。

 

  焼家直絵(やきや なおえ) WFP 国連世界食糧計画ミャンマー事務所 副代表 

                               ~ジェネラリストとしての私の道~ 

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    焼家直絵(やきや なおえ) WFP 国連世界食糧計画ミャンマー事務所 副代表 

WFP 国連世界食糧計画で、2001年から、ローマ本部でJPOとして国際機関支援調整の仕事をした後、ブータンスリランカ事務所にてプログラム・オフィサー、支援調整官として勤務。2009年から日本事務所にて資金調達を担当。2013年からシエラレオネにて副代表として、エボラ緊急支援など現場を指揮。2015年8月から現職。国連WFPで仕事を始める前は、コソボ東チモールイラクにて国連ボランティア、NGOに勤務。国際基督教大学教養学科卒。オーストラリア国立大学国際関係修士。大学時代にクイーンズランド工科大学に交換留学。

 

15年前に外務省のJPO試験に合格した時は、JPOはフィールド勤務をするものだと思って、フィールドでのポジションを検討していました。ところが、当時の在ローマ日本大使館のJPO担当者からJPOにはローマ本部のポストもあり、既に3年間の現場勤務の経験があった私には組織の事を包括的に学ぶ観点からローマ本部勤務はどうかと打診されました。

提示されたポジションは国際機関調整というポストで、国連WFPの政策と国連本部の活動を見つつ、他の国際機関と本部レベルで調整し、国連WFPの執行理事会、国連総会などへ報告するという職務でした。人道支援、開発支援に関する政策など、国連WFPだけではなく、国連としての方向性、国連WFPの執行理事会の仕組みなどを幅広く学ぶことができましたので、大変いい勉強になりました。

ニューヨーク、ジュネーブ国連の会議やサミットに出席し、マクロレベルで国連の活動を体験し、国連職員なんだなと実感しました。書く仕事、会議への出席が多かったのですが、ネットワーク作りになりました。最初の1年はこのような仕事は初めてづくしでした。国連WFPの中でもメジャーな仕事というわけではなかったので、慣れるのに時間がかかりました。このまま続けていっても大丈夫かと不安になることもありましたが、学ぶことが多く、同僚、上司のサポートもあり、仕事も任せられるようになり、徐々に楽しく感じるようになりました。

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         ミャンマーでの洪水を受けて、緊急支援に乗り出す

JPOとしての派遣期間を3年目に延長する際には、周りのJPOは3年目は異動する人が多かったので自分はどうしようかと悩みました。正規職員のポストは競争率が低そうな厳しい現場を受けたほうが可能性が高いので、3年目は援助の現場に異動しようかとも考えました。しかしながら、その当時理解のある上司に恵まれ、仕事の環境も良く、自分の仕事ぶりを評価をしてもらっていたので、新たに違う環境でやり直すよりも残留することにしました。

3年目に入り、幾つかのポストに応募し始めました。所属部署で私の職務内容と重なるポストを作る予定があり、そのポストにJPOから正規職員として移ってはどうかという話も出ました。ブータンのプログラム・オフィサーというポストがあり、そちらが先に決まったので、JPO3年目が終わる前にブータンに正規職員として異動しました。当時の上司がいい推薦をしてくれたのは心強かったです。

JPO以前の現場の経験、JPO時代に本部で学んだことが役に立ちました。面接は2回あったのですが、知識よりは協調性やチームとしてやっていけるか、考え方、厳しい環境で一人で精神的にやっていけるかなど重視されました。事実上副所長というポジションだったので、所長と仲良く仕事ができるかということも焦点でした。

内部公募で45人の応募者の中からJPOであるにもかかわらず選ばれたのは、運も良かったのですが、JPOの派遣先を前の経歴にプラスになる職務を選んだのが良かったのかと思っています。また、前職で厳しい環境でやっていけたというのと本部での人間関係構築ができたということで、バランスが取れていたのが良かったでしょう。

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          シエラレオネにおけるエボラ緊急食糧支援の現場にて

その後、シエラレオネにて副代表として大きな緊急支援に携わることになり、さらにミャンマーに副代表として赴任することになるとは思いませんでした。貧困、栄養失調改善に直接関われるので、やりがいがあります。

JPO時代に培った人間関係は今でも生きています。あの当時悩みながらも続けることで多くの事を学ぶことができ、忍耐力がつきました。

国連職員を目指す方から本部とフィールド勤務とでどちらがいいのか、JPO3年目は異動したほうがいいのかなどよく質問を受けます。組織に残ることのできる人は、どちらの選択肢をとっても残っている気がします。財務、購入など技術職でいくのか、ジェネラリスト、例えばプログラム・オフィサーなどで続けるか早めに決め、協調性、コミュニケーション能力などを磨き、どのような環境でも適応できるようにしておくのがいいかと思います。

JPO制度は非常にいい制度ですし、国連職員は勤務条件などハードな面もありますが、やりがいのある仕事なので、目指す方が増えることを願っています。