国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

国連ハイレベル政治フォーラム×SDGs×日本【連載No.5】

      SDGsを舞台裏で支える日本人国連職員たち 

 

みなさま、こんにちは。国連広報センターの千葉です。

 

今年7月にニューヨークに出張し取材したハイレベル政治フォーラム(HLPF)を起点にして、ブログを綴らせていただいております。

 

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©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

今回は、私がニューヨークでインタビューした、SDGs達成の取り組みを舞台裏で支えていらっしゃる日本人国連職員の方々をご紹介したいと思います。

 

ご紹介するのは3人です。

 

1人目は、JPOとしてユニセフの水と衛生のセクションに勤務する松橋明裕子さん、2人目は、国連広報局のベテラン職員である須賀正義さん、そして3人目が、日本の総務省からの出向で国連経済社会局のSDGsモニタリング・ユニットで働く小川友彬さんです。

 

3人の方々の出身職業はそれぞれ、看護師、新聞記者、統計専門家で、所属機関、その活動もまったく異なります。でも、お話を伺ってみると、人道支援、統計、広報という仕事はSDGsのもとにともにつながり、その達成に向かう世界の国々の歩みを舞台裏で、それぞれの側面から支えていることをつよく感じました。

 

ユニセフで支える 松橋明裕子さん

 

まずは、松橋さんから。

 

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©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba


出張前に外務省国際機関人事センターにご相談したところ、「ちょうど今年のHLPFでレビューの対象となったSDGsのゴール6「安全な水とトイレをみんなに」の分野でJPO*として貢献する方がいらっしゃるということで、ユニセフで働く松橋さんをご紹介いただきました。

 

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*JPO(Junior Professional Officer)派遣制度とは、将来的に国際機関で正規職員として勤務することを志望する若手邦人を対象に外務省が実施している制度です。日本政府が派遣にかかる経費を負担して一定期間(原則2年間)各国際機関に職員として派遣して知識・経験を積む機会を提供し,派遣期間終了後に正規職員としての採用につなげるものです ⇒ シリーズ「わたしのJPO時代」をあわせてご覧ください。

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インタビューの依頼を快くお引き受けいただいた松橋さんが勤務するユニセフ本部の建物、ユニセフハウスは、国連本部ビルから急ぎ足だったら10分ほどのところです。

 

一部改修中のユニセフハウスを訪れると、建物は広い通りに面していましたが、入り口は通りから少し奥まったところにありました。受付のスタッフに松橋さんと面会の約束があることを伝えてしばらくお待ちしていると、松橋さんが迎えに来てくださいました。

 

松橋さんは品がある芯の強さとやさしさをあわせもつ雰囲気の魅力的な方でした。

 

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©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

水と衛生(WASH)のセクションのフロアーにご案内いただき、お話を伺いました。

 

松橋さんは、ニューヨークで、WASHセクションのなかで人道チームに所属し、WASHセクターの人道支援を改善することと人道危機が起きた際のショックを和らげるためのWASHの開発分野へのアドボカシーを担当していらっしゃることを説明してくださいました。

 

松橋さんは、2016年4月から2018年4月まではエチオピアの事務所で働いていらっしゃったそうです。

 

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©UNICEF Ethiopia
2016
Mersha

 エチオピアは干ばつが何年も続いたり、民族間紛争で国内避難民が多数発生したり、コレラ感染が長期に蔓延したりして支援は困難なものである一方で、支援予算の規模は大きく、その使途については政府の意思も強く、援助機関との調整が難しかったけれど、それだけに、やりがいのある仕事だったと松橋さんは振り返られました。

 

現在、人道支援は、教育、水と衛生、シェルター、栄養、保健などセクターごとに国連諸機やNGOsが協働し、重複をなくし効率を高める調整をはかるクラスター・アプローチというしくみで行われていることを松橋さんはご説明くださいました。各クラスターではそれぞれ主導機関が決まっていて、WASHの分野でいえば、ユニセフが主導機関を務めています。そのため、松橋さんはエチオピアでもこの分野での援助がもっとも効果を生むよう、現地国政府、国連機関やNGOなどの調整にあたっておられたのです。

 

ちなみに、このクラスター・アプローチという援助のありかたは2005年、スーダンダルフールにおける人道対応のレビューに基づく人道活動の主要な改革の一環として導入されたものです。それを決めたのはIASC=Inter-Agency Standing Committee。さらに遡っていえば、このIASCは1991年12月採択の国連総会決議46/182を受けて、1992年6月に設置され、それ以降、緊急援助調整官のリーダーシップのもと、機関間調整のための第一義的なメカニズムとなっています。松橋さんのお話には、このIASCという言葉が何回も出てきました。

 

こうして、松橋さんはユニセフに勤務しているものの、ユニセフがWASHの主導機関であることから、ユニセフのミッションのことばかりを考えるのではなくて、WASHのセクター全体としての成功を考えておられるのです。

             

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 「ユニセフとして、子どもと女性に水と衛生を届けることはもちろん大切ですが、さらに、政府やその他の援助諸機関、ドナーと一緒になって、WASHをどこまで成功させることができるのかを考えていなければなりません。ユニセフだけでは、WASHは成功しません。WASHのセクターとして活動を調整しながら、そして、みんなでSDGsという同じゴールに向かうなかで具体的な成果をおさめることが大切なのです。」

 

ユニセフで働く松橋さんが繰り返し、共通のゴールということをおっしゃっていることが印象的でした。

 

最後に、松橋さんはご自身が国連で働きたいと思ったきっかけは、中学生のときに見たあるテレビのドキュメンタリー番組であることを教えてくださいました。それはまさに援助物資が届くべきところに届いていないことについての特集だったそうですが、その番組を見た松橋さんは、途上国で窮状にある人たちへの思いとともに、「なぜ?」という素朴な疑問が心から離れなかったそうです。そして、いつか途上国で、支援を必要とする人に物資が確実に届くような援助をしたいというつよい思いをもったのだそうです。その後、松橋さんは看護大学に通い、いったん看護師になりますが、10代のときの思いを捨てられず、青年海外協力隊に参加してマダガスカルで援助活動に携わります。そして、公衆衛生を専門的に学ぶために海外の大学院に進学。そして、資格要件が揃って、JPOに応募されました。そして今、中学生のときに疑問をもった援助が届くべきところに届かないということがないようにするため働いていらっしゃるのです。松橋さんのお話を伺っていると、あらためて、若いころに純粋に抱く素朴な疑問や夢はそのひとの生き方を決定づけ、そのひとをつくる大切な原動力になるのだということをつよく思いました。

 

広報で支える 須賀正義さん

 

松橋さんのインタビューを終えユニセフハウスを出た私が次に向かったのは、国連事務局ビルでした。

 

同ビルの11階にある国連広報局(DPI)のニュース・メディア部ニュース・コンテンツ課で勤務する須賀正義さんをお訪ねしました。

 

須賀さんはとても温厚なお人柄で、柔和な笑顔が素敵な方でした。

 

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©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba


須賀さんは好奇心いっぱいの私にオフィスを案内してくださいました。

 

映像を撮影したり、編集したりするスペースも見せていただき、ニュース・コンテンツ課が、国連発出ニュースのコンテンツであるテキストをはじめ、オーディオ(ラジオ)、ビデオ、写真、インフォグラフィクスなどを多様なメディアで制作している部署であることがよくわかりました。

 

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国連広報局の撮影スタジオ
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

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視聴覚編集室
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

「ホットデスキング」(複数の職員が机やコンピューターを共有するシステム)が導入されたオフィスで須賀さんの同僚たちがコンテンツづくりに勤しんでいる様子も見せていただきました。

 

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ホットデスキングのオフィス
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

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ダブルスクリーンのPCで作業する須賀さん
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

11階のフロアーには職員共用のキッチンスペースもあって、そこで職員たちは食事をしたり、休憩したりすることができるようになっていました。その場所で、須賀さんにお話しを伺いました。

 

須賀さんは、ニュース・コンテンツ課に8か国語の言語チームがあり、ご自身が英語チームに所属して、UN News の英文記事を執筆していることをくわしく説明してくださいました。

 

毎日、複数の英文記事を書くという須賀さんですが、最近は、一日に一つはSDGsの関係の記事が含まれているとおっしゃっていました。

 

私がお訪ねした日も、午前中にSDGsに関するハイレベル政治フォーラム(HLPF)のスペシャルイベントとしてビジネスフォーラムが開催されていたことから、少し前にその記事を一本書きあげたところだったそうです。

 

須賀さんにとって、最大の課題はいつでも、難しいことをできる限りわかりやすく伝える、ということです。難しいことについて書こうとしたら、その背景を知らないひとにもわかるように書かなければいけない、でも、それは口で言うほどやさしいことではなくて、たとえば、SDGsにしても、考えてみれば、持続可能な開発、sustainable developmentという言葉自体が難しい概念で、SDGsのニュースをわかりやすく伝えるつもりなら、面倒でもそこのところから考える必要がある、ということを須賀さんは話してくださいました。

 

須賀さんはまた、記事の与えるインパクトということについても考えておられました。現在、解析ツールなどを利用して、ウェブページやSNSのアクセス数値はわかるようになっているけれど、ほんとうに大切なことは、深いところで読者の行動変容をもたらすインパクトを記事が与えられたのかということ、アクセスの数値が高いことは重要であるものの、記事を書く人間としては、それだけで安易に満足することがあってはならないということです。

 

そして、須賀さんが執筆された、世界津波の日(11月5日)に関する記事のことに話が及びました。

 

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UN Newsのウェブページ
“FEATURE: Feudal-era Japanese village leader stands as beacon for tsunami education”

 

この記事は国連広報センターからのアプローチで始まり、さまざまなパートナーの協力を結集してつくられた記事という意味で良い評価を受けたとのこと。でも何よりも大切なのは、それが読者の行動変容を促したかどうかということ、こうした記事を読んだ方がそれをきっかけにして、津波に備えた訓練の大切さを考えて避難場所を確認したり、家族で話し合ったり、地域の訓練に参加したり、実施したりするなどしたときに初めて、その記事はインパクトがあったということがいえるのだと思う、と話してくださいました。須賀さんは、あくまでも謙虚に、真摯に、記事を書くということに向き合っていらっしゃいました。

 

そんな須賀さんにとって、SDGsは特別なものだそうです。

 

2015年9月25日にSDGsが国連総会で採択されたとき、須賀さんはまさにその場にいて、プレスオフィサーとして、SDGs採択に関する記事を書かれたのです。そして、須賀さんが定年(65歳)を迎えるのは2029年9月27日。つまり、須賀さんが国連を離れた翌年にSDGsは達成期限の年を迎えます。国連職員として、SDGsの最後の年を見届けることはできないけれど、その前年までSDGsとともに過ごすということ、自分にとってSDGsは、運命共同体のような存在なのです、と須賀さんは感慨深そうにおっしゃっていました。

 

須賀さんのご経験についてもっと知りたい方は、須賀さんが以前、国連広報センターに寄稿された記事もあわせてお読みください。⇒「国連広報局のプレスオフィサー須賀 正義 さん」(注:取材時のお役職名は、マルティメディア・プロデューサーです)

 

統計で支える 小川友彬さん

 

最後にご紹介するのは、小川さんです。

 

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国連統計部のオフィスで
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

小川さんは、総務省から出向という形で国連に派遣された方です。実は、小川さんは現時点で、すでに一年間の任期(昨年9月ー今年8月)を終え、東京に帰任されていますが、7月にはまだ国連で統計部のSDGsモニタリングセクションで、持続可能な開発目標(SDGs)の232の指標(indicators)*の利用に関して、担当国際機関との調整を行ったり、各国政府向けのガイダンスを提供したりしておられました。出向中の小川さんにくわしいお話をお伺いしたく、オフィスをお訪ねしました。

 

(注:小川さんがニューヨークを離れた後、総務省から別の方が着任しておられます)

 

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* 2015年に国連総会で採択された「私たちの世界を変容する:持続可能な世界のための2030アジェンダ(Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development, A/RES/70/1)」と題する決議が打ち出したSDGsの17の目標と169のターゲットには、その進捗状況をはかるため、200を超える指標がつくられています。それらは上記決議とは別に、SDG指標に関する機関間専門家グループ(IAEG-SDGs = Inter-Agency and Expert Group on Sustainable Development Goal Indicators)によって「グローバル・インディケーター・フレームワーク」として策定され、統計委員会を通して、国連総会で承認されました(A/RES/71/313, Annex、2017年7月)。169のターゲットの指標をすべて数えると244件ですが、複数のターゲットにまたがり重複するものを除くと、その数は232件となります。

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お忙しい小川さんでしたが、その日時だったら時間を空けていただけるということでオフィスをお訪ねしたのは、松橋さんと須賀さんをインタビューした翌日の夜です。この日はHLPF最終日で、私は夕方から環境省のサイドイベントに出席していましたが、それを早めに抜け出して、小川さんのオフィスが入るOne UN Plazaへと向かいました。国連本部からファースト・アベニューを挟んで向かい側の建物です。ニューヨークの夜はかなり遅くなっても日が落ちずに明るいとは聞いていましたが、もう午後7時半を回ろうかという時間帯にもかかわらず、街はほんとうに昼間のようでした。小川さんは就業時間外にもかかわらず私を快くお迎えくださいました。仕事場を案内していただいたり、写真など撮らせていただいたりしたあと、オフィスに近いこじんまりしたレストランに場所を移し、食事をしながら、ゆっくりお話を伺いしました。

 

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右の建物がOne UN Plaza、左はChurch Center
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba


数学をこよなく愛し東大大学院で解析学微分方程式を研究したという小川さんは穏やかでさわやかな正義感を感じさせる雰囲気の方でした。

 

冒頭にご紹介したとおり、小川さんのお仕事はSDGsの指標に関する担当国際機関との調整や各国政府向けのガイダンス提供です。

 

SDGs自体、法的拘束力を有するものではないように、その指標もまたmandatory(義務)のものではなく、それぞれの国の自発性に任されていますが、各国があまりにも逸脱した指標を使っていると、SDGsのグローバルな進捗状況をはかることが難しくなり、その達成も危うくなることから、国連としては各国に前述のフレームワークの利用を奨励し、国連統計部がその調整やガイダンスの仕事を担っているのです。途上国の統計に関する能力開発支援はそれ自体がSDGsの目標17になります。小川さんは自らのお仕事について、ていねいに説明してくださいました。

                                    

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各国におけるSDGsの進捗状況はこうして指標ごとに集められ、公開されていますが、そこにはあまりにもショッキングな数字を見つけることになるかもしれません。たとえば、SDGsの一丁目一番地ともいえる指標1.1.1の「性別、年齢、雇用形態、地理的な場所などでみた、国際貧困ライン(1.9ドル)未満で暮らす人の割合」について、各国の状況をみてみると、その割合が高い国がたくさんありますが、そのなかでも、マダガスカルという国の割合は非常に高く、70%です。国民の7割近い人々が1日1.9ドル未満で暮らしているという状況は日本人にとって想像するのはなかなか難しいことですが、統計はその現実を私たちに容赦なく突き付けます。小川さんは指標があるからこそ、そうした統計が収集される、と指標の意義を強調しておられました。

 

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持続可能な開発目標(SDGs)指標のウェブページ
https://unstats.un.org/sdgs/



また、小川さんは、SDGsのターゲットに含まれる包摂的(inclusive)、強靭な(resilient)、持続可能性(sustainability)などの言葉が、指標にどのように落とし込まれているのかをみることの大切さを繰り返し述べておられました。

 

日本で一般の方々が指標まで見ることはないかもしれないけれど、たとえばゴール3(すべての人に健康と福祉を)の下の指標には、重大な感染症ばかりでなく、精神疾患や自殺など、先進国の課題も指標に落とし込まれていることはもっと認知されるべきだと思います、と小川さんはおっしゃっておられました。

 

また一方、指標と一口に言っても、SDGsの指標にはアウトカムとアウトプットという性格が違う指標が混在しており、たとえば、環境関係でアウトカムといえば、二酸化炭素の濃度となるところ、SDGsのゴール13(気候変動に具体的な対策を)のすべての指標は温暖化対策を講じている国の数など、アウトプットと呼ぶべきものであり、そうした国の数が増えることはアウトカムを生むための重要な条件ではあるものの、それが即、地球環境が良くなっていることを示す数値ではないということなど、それぞれの具体的な指標について冷徹に認識してこそ、SDGsの達成に向けた努力を考えることができるはずです、と指摘しておられました。

 

小川さんのお話しはとても興味深く、あっという間にときが過ぎました。普段あまりスポットライトを浴びることがない統計、SDGs指標の大切さがよくわかりました。SDGsはさまざまな条約や行動計画などが打ち出している個別の目標やターゲットを17の目標と169のターゲットにまとめて「見える化」しましたが、それらの達成に向けた努力の成果と現状を「見える化」するのは指標とそれをもとに収集されるデータなのです。小川さんのお話しを伺って、そのことをふかく認識しました。時計をみると、その針は、夜10時をとうに回っていました。平日の夜、こんなに遅くまで、お時間を割いていただいた小川さんに心からお礼を申し上げました。

 

――――

 

私がインタビューした3人の日本人国連職員の皆さんは所属先も仕事の内容も異なる方々でしたが、最初に綴らせていただいたように、ユニセフでWASHの活動調整を行うJPO職員の松橋さんも、国連ニュースの記事を書いてSDGsの啓発促進を担う広報職員の須賀さんも、統計のプロとして指標に関する仕事に携わる政府出向職員の小川さんもそれぞれ、他国出身の職員と一緒になってSDGsの目標の達成に向かって働いていらっしゃいました。多国間主義を体現する国連という場で、人類共通のゴールのために働くことで得られる喜びを皆さんからつよく感じました。

 

私のニューヨークの公式出張期間は、小川さんをインタビューした日で終わりました。本来はこの日の便に乗って日本に戻らねばなりませんでしたが、私にはどうしても国連本部で参加したいプログラムがありました。訓練を受けた若いガイドたちが国連本部を案内してくれるツアーです。私はもう一日、ニューヨークでの滞在を私費で伸ばして、翌日の午前中にツアーを予約して参加することにしました。皆さんはご存知でしたでしょうか。日本語ガイドツアーがあること、日本人職員がガイドおよびコーディネーターを務め支えていることを。ツアーに参加してみると、そこでは、SDGsの啓発促進も行われていました。私はコーディネーターを務める日本人職員の方にお話しを伺ってみました・・・。

 

次回は本連載ブログの最終回、どうぞお楽しみに。

(連載ブログ 国連ハイレベル政治フォーラム×SDGs×日本)

第4回 ~ HLPFでの日本の市民社会の情報発信、そしてインタビュー
第3回 ~ HLPFでの日本企業、経団連の情報発信について
第2回 ~ HLPFでの日本政府の情報発信取材と星野大使インタビュー
第1回 ~ ニューヨーク国連本部でみたハイレベル政治フォーラム

 

                            

笑いの力でSDGs普及啓発を -「世界に受けた」と手ごたえ

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国連広報センターの根本かおるです。8月22・23日にニューヨークの国連本部で開催された「第67回 国連広報局/NGO会議」の場で、吉本興業電通SDGs市民社会ネットワークの方々と一緒に、日本で様々な分野のアクターが連携してSDGsの発信に協働で取り組んでいる事例について発表する機会がありました。世界から集まった聴衆から多くの反響があり、自分たちが日本で行っていることが世界でも通用するということに手ごたえを感じた次第です。

あまたある国連の会議の中でも、この国連広報局/NGO会議は市民社会の代表や若者らが主役で、参加者のみならず、会議の企画・運営やスピーカーも非政府の人々が中心に担っています。

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UN Photo/Loey Felipe

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UN Photo/Loey Felipe

 それだけに会議の雰囲気も柔らかく、好感が持てました。朝のウォーミングアップとしてヒップホップのセッションもあったほどです! 


            

最初の発表は会議2日目の午前の全体会合。定員700名程度の部屋は満席、かつ会議の模様がストリーミング中継され、アーカイブにも残るという場でした。

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UN Photo/Mark Garten

   

登壇者左から国連広報局アウトリーチ部 ジェフリー・ブレース課長、吉本興業 羽根田みやび執行役員電通 國枝礼子ディレクター、国連広報センター 根本かおる所長 

電通は吉本とのパートナーシップに加えて、社としてこの春実施したSDGsに関する生活者意識調査をもとに、現況と今後の課題と可能性を浮き彫りにするとともに、職員や役員、社を越えてクライアントに対して行っているSDGs研修・ワークショップについて紹介しました。会場に大きなインパクトを残し、終了後も多くの方々が感想を伝えたり、コンタクト先の交換などのために私たちに駆け寄ってくれました。  

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発表後、中国メディアのインタビューに答える吉本興業 羽根田執行役員(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

そして2日目午後には、吉本興業電通SDGsに取り組むNGONPOの中間支援組織である「SDGs市民社会ネットワーク」の黒田かをり代表理事を加え、エンターテインメント企業・広告会社・市民社会によるワークショップを私の司会進行で行いました。

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「Japan, Asia and Beyond: How an Ad Agency, the Entertainment Industry and Civil Society Are Promoting SDGs to Communities and Businesses (日本、アジア、そしてその先へ:広告会社、エンターテインメント業界そして市民社会による、地域とビジネス界へのSDGsの広め方)」をテーマにワークショップを開催

全体会合では10分でしか紹介できなかった内容をさらに深く掘り下げ、吉本のSDGsに関する地方自治体との連携や「アジアに住みます芸人プロジェクト」を通じたアジア展開、カンヌ広告賞での「SDG Lions」部門新設など最近の広告業界の動向などに言及。

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画面右からSDGs市民社会ネットワーク 黒田かをり代表理事電通 國枝礼子ディレクター、電通 水越悠輔シニア・アカウント・マネージャー、吉本興業 経営戦略室 B・ジャヤティラカ氏、吉本興業 生沼教行チーフプロデューサー、国連広報センター 根本かおる所長(写真提供:吉本興業

さらに、「誰一人取り残さない」というSDGsの大原則を重視して活動を行うNGONPOが発信や人々の巻き込みの面で感じている課題をメディアや広告企業との連携でいかに克服しているか、また、広告ガイドラインの策定の過程で市民社会の立場から緊張感を持ってどのような注意喚起を行ってきたかなどについて、最近の事例を交えて発表を行いました。(会場での発表資料(プレゼンテーション)はこちら

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『フューチャーランナーズ ~17の未来~』を会場で紹介

このワークショップでは、日本国内でSDGs実施に奔走する市民社会や地域のリーダーたちを取り上げたフジテレビの番組シリーズ『フューチャーランナーズ~17の未来~』の英語版も上映され、大きな拍手が巻き起こり、国境を越えて共感を喚起することのできる映像の力をあらためて感じた次第です。スクリーンを観ながらうなずく参加者の姿が印象的でした。

吉本興業電通SDGs市民社会ネットワークの方々はいずれも、今回の会議での発表についてそれぞれに手ごたえを感じていらっしゃいました。吉本興業の羽根田さんは「私たちの抱える芸人たちの取り組みが世界にも受けた、評価していただけたことはとても嬉しい」、電通の國枝さんは「国連で民間企業がこのように発表できること自体が驚きだったし、自分たちの取り組みを世界と共有できた意義は大きい」、SDGs市民社会ネットワークの黒田さんは「日本の市民社会として国連の会議のサイドイベントを企画しても、今回のように国連本部の中の大きな会議室で多くの方々を対象に話せることはまずない。国連広報局/NGO会議の存在を日本の市民社会に広く伝えたい」と語っています。

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今回の会議に参加した日本チームと共に(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

実を言うとこの私にとっても、ニューヨークの国連本部の会議で発表するのは初めてのことで、パートナー団体の方々をお連れしていることもあって、緊張の伴うものでもありましたが、結果として大きな成果につながる会議出席となり、努力した甲斐を感じると同時にほっとしています。会議全体の内容も、国連憲章の前文の最初にある「われら人民」にふさわしく、市民一人ひとりの力に訴えかける、大変力強い内容でした。2019年の第68回国連広報局/NGO会議はアメリカ・ユタ州の州都ソルトレイクシティーでの開催になります。いつか日本開催が実現できれば、と小さな野望を抱きました。

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NYで活動するライブリズムパフォーマンスグループ「COBU」が閉会式で演奏を披露(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

パレスチナのガザで活動する若手女性起業家とジェンダーやビジネスについて語らう

9月6日、ガザの若手女性起業家のマジド・マシュハラウィさんが国連広報センターを訪問しました。ジャパン・ガザ・イノベーション・チャレンジ ( Japan Gaza Innovation Challenge )が主催するビジネスコンテストで2016年に優勝、環境に優しい建設用ブロックを開発・販売する「Green Cake」という会社の設立、家庭用の太陽光発電機器を提供する「SunBox」の共同設立など、マジドさんは実業家として目覚しい活動をしています。今回、国連広報センターインターンの王、倉島、大上、呂の4名が、マジドさんと、ガザの現状、ジェンダー問題、ビジネスなど、様々なテーマについて意見交換を行いました。

 

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マジドさん(右から3番目)と写真撮影@国連広報センター

 

~インタビュー~

インターン(以下I):マジドさんがビジネスを始めたきっかけは?

マジド(以下M):ガザでは、爆弾によって人の命が奪われ、街が破壊されている現状があります。実際に、爆弾が窓に投げ入れられて、人の命が奪われる姿を目の当たりにしたこともあります。その時、何かを変えていかなければならないと感じ、どうすれば変えることができるのかを考え続け、ボランティアに参加しました。土木工学を専門に勉強した経験を活かして、紛争によって破壊されたガザの建物の跡地から取り出した焼却灰を利用して、新種ブロック「Green Cake」を考案しました。

 

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2014年の紛争で崩壊したガザの街©UN Photo by Shareef Sarhan

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新種ブロックGreen Cake製造の一コマ©Green Cake

 

I:会社経営で苦労することはありますか?

M:経営は本当に難しいです。「SunBox」という会社には多国籍の人が働いており、彼らが満足して仕事ができるためにはどうすれば良いか、また、仕事に対して積極的に取り組めるようにするにはどうすれば良いかをいつも考えています。いまは資金調達よりも人材育成に焦点を当てています。会社経営をしていて、人をマネジメントすることの難しさを感じました。

 

I:ガザの現状はどうなっていますか?

M:良い部分と悪い部分があります。ガザの大学就学率は中東で最も高く、ほぼすべての子どもが学校に通っています。一方で、卒業後の進路が不安定で将来に希望が持てず、これから先の将来を考える機会が与えられていないことが問題です。問題の原因は紛争です。産業が破壊され、経済が停滞しているため、十分な雇用を生み出せず、失業率が高まっています。特に女性の失業率は約6割、若年層では8割に達していると言われています。

 また、ガザでは社会参加が制限されることがあります。ガザでは、多くの女性は若く結婚して家庭に入ることを期待されており、就職先を探すのは至難の業です。女性に限らず、能力ある若者はたくさんいます。専門知識やスキルを持ち、才能溢れる人が大勢にいるのに、それを活かすチャンスがありません。女性でありながらエンジニアでもある私は、このような状況に本当にフラストレーションを感じます。だからこそ、自ら起業をして、ガザの人々に希望のある未来を作っていきたいと思っています。

 

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マジドさんにインタビューをするインターン

 

I:成功までの経緯は?

M:大学4年生のときに、『Green Cake』のアイデアが浮びました。アイデアを形にするため、リサーチして資料をたくさん作りました。ビジネスプランやキャッシュフロー計算書を作りましたが、教授に見せたら、「なんだこれは!」と資料を跳ね返されたこともありました。大学生活では苦い思い出も少なくなかったですね。

 初めは、ビジネスについて何もわかりませんでした。ビジネスのやり方を学ぶためにアメリカへ行き、MIT Enterprise Forum, Pan Arab Region主催のアラブ・スタートアップ・コンペティション(Arab Startup Competition)に参加しました。そこでは、MITの教授や2億円を稼いだ起業家と出会い、「ビジネスってなんて壮大な世界なんだ!」と触発されました。そして、私も「SunBox」を始めたのです。クラウドファンディングで資金調達し、「Green Cake」では9人、「SunBox」では10人を雇いました。そこからビジネスは進んでいきました。

 

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MIT Enterprise Forum, Pan Arab Region主催のアラブ・スタートアップ・コンペティション社会起業家部門2位を勝ち取ったマジドさん©Majd Mashharawi

 

I:ガザの女性はどのような立場に置かれているのですか?

M:ガザの社会は保守的な側面があり、女性は若くして家庭に入らなければいけないケースがあります。実際に、結婚問題を抱えていた女性メンバーは私たちのプロジェクトから身を退き、ある時期から連絡が取れなくなりました。私が思うに、彼女の結婚が少なからず関係していたと思っています。若く、夢と才能にあふれた女性の多くが、大学在学中に親が決めた相手と無理やり結婚させられるケースもあります。結婚後、大学に行くことはもちろん、夫の許可を貰わないと外出ができない女性も存在します。まるで箱のような場所で暮らしている女性がたくさんいるのです。

 

I:世界中の女性へのメッセージをお願いします。

M:自由以上のものは必要なく、自由であることに感謝することです。才能を持っているなら、それを正しいことのために使う方法を考えるのです。自分自身の個性を追求し、一人の独立した人間として生きていくことが大切です。経済的自由さえあれば、社会的圧力のもとで生きなくとも、生活する力を得ることができます。他人にコントロールされないために、希望を持って前へ進める力強い人間をめざしてもらいたいと思います。みんなで力を合わせて、自分が主役である人生にしていきましょう。

 

I:若い起業家へのメッセージをお願いします。

M:ビジネスで何よりも大事なのは、人と人とのネットワークを築くことです。資金や資本を調達する唯一の方法はすべて、人と人とのつながりから生まれます。ビジネスを始める前に、だれがサポートしてくれるのか、どれくらいの人が共感してくれるのかという観点を持つことが大切です。メンター・コーチ・アドバイザーといったサポーターを見つけることが、ビジネスの成功に繋がっていきます。

 

インターンの感想~

 貴重な経験を共有してくれたマジドさん、インターン一同感謝しています。本当にありがとうございました。ジェンダーの課題やビジネスの壁に何度もぶつかりながらも、様々な挑戦をして乗り越えていったマジドさんの前向きな姿勢や、活き活きとビジネスを語る姿に多くの刺激を受けました。

 また、自分で自分の限界を決めることなく行動を起こし、ガザを良い方向に変えようとするマジドさんから、強い責任感を感じました。私たちインターンにとって、今回お会いしたことは新たに多くのことを考えるきっかけとなりましたし、何か自分も行動したいという思いに駆られました。マジドさん、今後のご活躍を応援しています。

 

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マジドさん(一番左)と語り合う国連広報センターのインターンたち

 

こちらのブログもご覧下さい↓

http://blog.unic.or.jp/entry/2018/06/28/110710

国連ハイレベル政治フォーラム×SDGs×日本 【連載No. 4】

HLPFでの日本の市民社会の情報発信、そしてインタビュー 

 

みなさま、こんにちは。国連広報センターの千葉です。

 

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国連事務局ビルを前庭から見上げて
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba



今年7月にニューヨークに出張し国連本部で取材したハイレベル政治フォーラム(HLPF)について、ブログを綴らせていただいております。

 

今年のHLPFでは、日本の自発的国別レビュー(VNR)はなかったものの、政府、ビジネス、市民社会など、日本の各セクターの方々がさまざまな形で、日本のSDGsへの取り組みについて情報発信をしておられました。

本ブログでは、そうした情報発信の様子や私が現地でお会いした日本人の方々をセクターごとにご紹介しています。

 

日本の市民社会 -SDGsジャパン

 

今回のフォーカスは、日本の市民社会です。

 

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SDGsジャパンのウェブサイト
https://www.sdgs-japan.net/

 

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*HLPFでの日本の市民社会の活動を取材するにあたっては、SDGs市民社会ネットワーク(SDGsジャパン)の稲場雅紀さんにご相談しました。SDGsジャパンは、日本の市民社会において持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた取り組みを進めるさまざまなNGO/NPOが参加するネットワークです。SDGsジャパンが産声をあげたのは2013年。SDGsの形成のための多国間交渉に日本の市民の声を反映させるために「ポスト2015NGOプラットフォーム」として設立されました。その後、SDGs採択翌年の2016年4月に再編成されて、SDGs市民社会ネットワークとして始動。2017年2月には法人格(一般社団法人)を取得され、今年8月現在、およそ100団体が参加するネットワークとして活動を展開中です。アフリカ日本協議会の代表で、SDGsジャパンの代表理事を務める稲葉雅紀さんは、安倍首相を本部長とするSDGs推進本部のもとに設置されたSDGs推進円卓会議のメンバーとして、日本の市民社会の声を代表すべく活動していらっしゃいます。稲場さんから、HLPF開催期間中にSDGsジャパンのメンバー団体が主催するサイドイベントやニューヨークに赴いた方々を紹介していただきました。

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今年のHLPFでSDGsジャパンのメンバー団体が主催するサイドイベントは二つありました。その一つは結核を、もう一つは子どもに対する暴力をテーマにしたものでした。両サイドイベントはいずれもHLPFの前半の週の開催ということで、後半の週にニューヨークに赴く私の参加が叶うことはありませんでしたが、稲場さんは後半の週にもニューヨークに残っていらっしゃるSDGsジャパンのメンバー団体のお二人をご紹介くださいました。

 

その一人は、子どもに対する暴力をテーマにしたサイドイベントの主催団体の一つであるワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)でアドボカシー(政策提言)を担当するシニア・アドバイザーの柴田さん。もう一人は、ジャパン・ユース・プラットフォーム・フォー・サステイナビリティ(JYPS)の運営委員会理事の大久保さんです。

 

子どもに対する暴力撤廃を訴える -WVJの柴田さん

 

まずは、WVJの柴田さんのインタビューからご紹介します。

 

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ワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)の柴田哲子さん
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba

 

実はニューヨークでのさまざまな活動にお忙しい柴田さんとお会いする時間を設定できたのは現地に到着してからでした。なんとかHLPF閣僚会合2日目のお昼前に1時間ほど、お時間をいただけることになり、私はその日のスペシャル・イベント、ビジネスフォーラムの午前中のセッションを少しだけ早く抜け出して、指定の場所へ急いで向かいました。ご指定いただいた場所はVienna Café。実は、私は1日目には国連本部ビル内で、いったいどの建物のどの階のどこら辺にどの会議場があるのか、なかなかわからずに迷ってばかりいましたが、2日目になるとようやくそれぞれの会議場の位置関係が立体的にわかってきて、Vienna Caféもすぐにわかりました。ビジネスフォーラムが開催された会議棟2階の経済社会理事会議場から、総会ビル地下1階のVienna Caféまでは少し離れていましたが、Vienna Café はハイレベル政治フォーラムのVNRsの会場として使われているConference Room 4の近くで、国連職員、外交官やNGOの方がたが利用できる喫茶スペースです。コーヒーやサンドイッチなどもカウンターで購入して食べることはできるのですが、その時間帯は、とても混んでいて、カウンターも長い行列。私はとにかく急いで二人が座れるテーブルと椅子だけを確保して、柴田さんをお待ちしました。当日、Vienna Caféは予想以上にひどく混雑し、人の往来も激しかったので、無事にお会いできるかなと心配しましたが、柴田さんが私を見つけてくださいました。

 

柴田さんは言葉使いがていねいで、凛としながらも物腰が柔らかい、とても素敵な方でした。

 

柴田さんは、ワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)が世界の子どもを支援するワールド・ビジョン(1950年創設)の想いを受け継ぎ、1987年に設立された国際協力団体であること、またSDGsジャパンにおいては、その他の4団体(国際協力NGOセンター、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン、アドラ・ジャパン、アフリカ日本協議会)とともに、途上国開発全般・開発資金ユニットの幹事団体として活動されていることを説明してくださいました。

 

 

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そして、柴田さんは、WVJが今、SDGsの目標のなかでもっとも力を入れて活動していることの一つが、ターゲット16.2 (ゴール16のターゲット2)の「子どもに対する虐待、搾取、取引及びあらゆる形態の暴力及び拷問の撲滅」であること、このSDGsターゲットについては市民社会の活発な動きがあり、日本政府も市民社会とともにこの課題解決に前向きな姿勢を示し、積極的な資金拠出などを行なっていることを話してくださいました。

 

今年4月に東京・品川のユニセフハウスで開催された、子どもに対する暴力の撤廃に関する、WVJを含むマルティステイクホルダーのイベントにもお話しは及びました。このイベントは、私も参加し、ブログで詳しく綴っておりますので、ぜひそちらをあわせてご覧ください。

 

子どもに対する暴力撤廃に向けて:『子どものための2030アジェンダ:ソリューションズ・サミット』参加報告会

 

柴田さんは、WVJの優先課題として、その他にも子どもに関する重要な課題がたくさんあるけれど、WVJは今年のハイレベル政治フォーラム(HLPF)で、子どもに対する暴力という課題にフォーカスをあてた情報発信を行うことを決め、国連事務総長特別代表事務所(子どもに対する暴力担当)、子どもに対する暴力撤廃のためのグローバルパートナーシップ(GPeVAC)、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンなどとともに、今年のHLPFのレビュー対象のSDGsゴール11(レジリエントな社会)」を考えて、「平和でレジリエントな社会のためのパートナーシップ:子どもに対する暴力撤廃を通じて」と題するサイドイベントを主催したことを話してくださいました。開催日は前半の週の7月12日、場所は、マンハッタン中心部にあるScandinavian Houseで、セーブ・ザ・チルドレンの堀江由美子さんや共催団体の代表者や中南米の若者とともに、柴田さんもパネリストとして登壇したサイドイベントだったそうです。

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7月12日のサイドイベントで共催者と一緒に
柴田さんは右から3番目
©ワールドビジョンジャパン

前述のとおり、私がこのイベントに参加することは叶いませんでしたが、柴田さんによれば、サイドイベントでは、政府、市民社会、研究者、国際機関など多くの方が参加され、日本における子どもに対する暴力撤廃のアドボカシーについて、とても意義ある発信、関心を喚起することができたそうです。日本の事例について多くの質問、意見交換も活発に行われて盛会だった、と柴田さんは振り返っていらっしゃいました。

 

昨年のハイレベル政治フォーラムにも足を運んでサイドイベントを開催されたという柴田さんが今年あらためて思ったのは、「ああ、やはり、HLPFでいろいろな課題に関して大切なイニシアチブ、政治的な動きが生まれている」ということだったそうです。世界の政府、ビジネス、市民社会の各セクターから多くの人たちが集まってくるハイレベル政治フォーラムのようなところで日本での取り組みを発信することの意義をニューヨークで強く感じていると述べておられました。

 

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サイドイベントで発言する柴田さん
©ワールドビジョンジャパン

さらに、柴田さんは、国連でSDGsが採択されてから、WVJにおける自らの動きかたにある変化がでてきた、と話してくださいました。その一つ目は、日本からニューヨークなどに出向き各国政府や市民社会、国際機関と対話をするなど、国際的なアドボカシー活動に関与する機会が増えたこと。そして、二つ目は、国内外で、今までは疎遠だった分野のNGOとの連携が増えたこと、だそうです。「これまで、WVJはセーブ・ザ・チルドレンなどのような開発・人道分野で活動するNGOとの連携は多くあったものの、ヒューマンライツ・ナウやヒューマン・ライツ・ウォッチといった人権分野で活動するNGOとの連携の機会は殆どありませんでした。でも最近はそうした人権NGOとも連携することが多くなり、それと同時に、WVJと自分自身の活動の幅が広がりました。今も広がりは増していて、そのプラスの影響はとても大きいと思います」と話してくださいました。

 

小学3年生の娘さんがいらっしゃるという柴田さんは最近、2030年というのは自分の娘が成人したころなんだなあ、とよく考えるそうです。一人の親として、大人として、世界の子どもたちにSDGsを達成した地球を引き継ぎたい、SDGsのターゲット16.2を達成するために頑張りたい、との強い思いをあたたかい眼差しで話してくださいました。

 

最後に、柴田さんは、ご自身が今、東京大学の大学院に通って「人間の安全保障」を学んでいることを教えてくださいました。子どもに対する暴力をテーマに論文を執筆し、実践と学問をつなげて貢献したい、との思いからだそうです。前日に星野大使から教えていただいた「人間の安全保障」とSDGsのつながり(連載ブログの第2回で紹介)の一端を私はこの日、柴田さんに見たように感じました。

 

子ども・若者としての意見を述べるーJYPSの大久保さん

 

次は、ジャパン・ユース・プラットフォーム・サステイナビリティ(JYPS)の運営委員会理事の大久保勝仁さんをご紹介します。

 

JYPSは日本の若者たちのネットワーク集団で、大久保さんはその代表です。

 

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日本政府代表のレセプションでJYPSのメンバー
右から3番目が大久保さん、その左隣が筆者
©UNIC Tokyo Kiyoshi Chiba


大久保さんも柴田さんと同様にニューヨークでの活動に多忙を極めておられましたが、私がニューヨークに到着したその日の夕方であれば、どうにかお時間を割いていただけそうだことで、当日午後6時過ぎ、宿泊先のホテルにチェックインして荷物を置いてから、近辺の簡易食堂でお会いしてお話を伺いました。

 

大久保さんは背が高くて活動的なカッコいい青年であるとともに、気取りのない心優しい人でした。

 

大久保さんは、JYPSが日本の若者たちの緩やかネットワークで、若者の意見がさまざまな政策に反映されることを目的として活動を展開していること、そして、HLPFの場においては、「主要グループとその他のステークホルダー(MGoS)」の中で、子どもと若者の部門であるMajor Group for Children and Youth(MGCY)の中心的なメンバーのひとつとして活動していることについて、いろいろと話してくださいました。

 

持続可能な開発について議論する政府間会議の場であるHLPFにおいては、子ども・若者の主要グループ(MGCY)を含めて、女性、先住民、地方自治体など「主要グループとその他のステークホルダー(MGoS)」の参加が奨励されており、HLPFの開催形式など規定する国連総会決議(A/RES/67/290) によって、それらのグループはすべての公式会合に参加すること、あらゆる公式の情報/文書を入手すること、公式会合で発言すること、文書提出ならびに書式および口頭の貢献を行うこと、提案をすること、国連加盟国と国連事務局との協力によるサイドイベントや円卓会議を主催することを認められています。JYPSは日本の若者を代表して活動しているばかりでなく、世界の170か国の6,000を超える若者グループが参加登録するMGCYの中心的なメンバーとして活動を展開し、HLPFにおいて子ども・若者の声を届けるべく努めているのです。たとえば、昨年のHLPFにおいて、日本政府がVNRsに臨んだ際には、岸田外務大臣(当時)のプレゼンテーションのあと、タイ政府、カナダ政府の代表に続いて、MGCYから、大久保さんの前任者である小池宏隆さんが質問しました。

 

大久保さんは、JYPSがそうやって子ども・若者を代表して、実際にHLPFで意見表明を積極的に行っている存在であることを誇らしげに語ってくださいました。

 

 

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サイドイベントで発言する大久保さん
©JYPS

 

大久保さんによると、最近、JYPSの有力メンバーとして、「Japan National Young Water Professionals(Japan-YWP)」があらたに参加したということでした。Japan-YWPは、International Water Association(IWA)日本国内委員会(IWAの日本支部)の下部組織として、2010年3月5日に設立され、日本水環境学会、日本水道協会などと密接な連携をとりながら、上下水道・水環境に関連する分野の学術的研究・知識の普及・水環境保全への積極的な貢献を目的とした若手中心のプロ集団だそうです。子ども・若者といっても学生ばかりではなく、JYPSは、こうした若い専門家のネットワークも擁しているのです。Japan-YWPの参加もあり、今年のHLPFにおいては、大久保さんがJYPSを代表してSDGsのゴール6(安全な水とトイレを世界中に)に関連するサイドイベントでパネリストの一人を務めたそうです。

 

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最前列の左端が大久保さん
ユース特使は2列目中央の花柄ジャケットの女性
©MGCY

さらに、大久保さんは、他の国のユースとともに、国連のユース特使、ジャヤトマ・ウィクラマナヤケさんとの対談に臨み、世界各国のユースを取り巻く現状などに関する意見交換にも臨んだことを話してくださいました。

 

そして大久保さんは、JYPSのその他のメンバーの方々が活躍していること、サイドイベントのモデレーターを務めるたり、VNRsで発言したりするなどHLPFでいろいろな情報発信に臨んでいたことを熱心に話してくださいました。

 

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世界各国から参加した若者たちの集まり
セントラルパークで
©MGCY

現在、大学院で建築を学びながらJYPSの活動を続ける大久保さんの原動力となっているのは、大学生のときのスリランカへのバックパックの旅にあるそうです。

 

大久保さんがスリランカを訪れたのは大学2年生の冬で、カヌーに乗って行った先は、とても貧しい漁村。大久保さんが感激したのは、現地の人たちの精神的な豊かさでした。大久保さんは現地の人と一緒に食事をしたり、小さなバケツを使って身体を洗ったりして、現地の人に溶け込みながら、とても楽しいときを過ごしました。そして、物質的ではない、とても大切な何かを教えられたという思いをもって日本に帰ってきてしばらくしたころ、大久保さんはその村が台風で壊滅したことをニュースで知ります。大久保さんは、貧しいなかでも自分に対して心やさしく接してくれた村人たち一人ひとりの顔を思い出しました。気がついてみたら、大学を休んで、再びその村へと向かう自分がいたそうです。でも、現地につくと、大久保さんの眼前に広がっていたのは、政府によって封鎖される一方で、インフラも復旧整備もなかなか進まずに、村の人たちに対するケアは十分提供されていない状況でした。大久保さんはとても大きなショックを受けます。制度上の問題がある、と強く思ったそうです。

 

そこから、大久保さんの思いはどんどん強くなり、まもなく、HABITAT for Humanityという居住問題に取り組むNGOに加入するなど、行動を起こすようになったのです。

 

「自分はそんなに優秀な人間ではありません、でも、そんな自分が今、JYPSの代表となり、HLPFで若者の声を代弁しようと努めています。思いを持ち続けていれば、ひとは誰でも、何でもできるのです」と大久保さんは謙虚に、でも力強く話してくださいました。

 

―いまでも、スリランカの気が良くてやさしい人たちの顔が忘れられない、ほんとうに弱い立場の人が意思決定に参加できるしくみ、制度をつくりたい-

 

何度もそう語る大久保さんから、あつい本気がまっすぐに伝わってきました。

 

もう一つのサイドイベント 結核を終わらせるために

 

冒頭に申し上げた通り、今年のHLPFでは、日本の市民社会によるサイドイベントがもうひとつありました、結核に関するサイドイベントです。

 

冒頭に申し上げたとおり、このサイドイベントはHLPF前半の週の開催で、その主催団体であるアフリカ日本協議会の稲場さんも早く日本に戻られたことから、私自身が現地で参加したりお話をお聞きしたりすることは叶いませんでしたが、そのテーマの重要性は言うまでもありません。

 

簡単にご紹介いたします。

 

このサイドイベントは7月11日にニューヨーク日系人会ホール(マンハッタン中心部)で開かれました。

 

持続可能な開発目標(SDGs)はゴール3(すべての人に健康と福祉を)で、結核の流行を終わらせることをターゲットのひとつ(Target 3.3)にしていますが、サイドイベントは、国連総会で今月下旬に結核に関する会合が開催されることを視野に入れるとともに、今年のHLPFがゴール11(住み続けられるまちづくりを)をレビュー対象としたことを踏まえて、「結核への人間中心のアプローチ=より健康な都市と人間居住のために」というテーマのもとに開催されました。

 

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パネリストは、日本政府代表部の別所浩郎大使、ポーラ・フジワラ氏(世界結核肺疾患連合科学ディレクター)、レオ・バルンボ氏(国境なき医師団米国政策ディレクター)、マイク・フリック氏(「治療行動グループ」エイズ結核ディレクター)の皆さんでした。

 

このサイドイベントが視野に入れたのは、今月26日に国連総会で開催される、結核に関する初のハイレベル会合です。その会合のテーマは、「結核を終わらせるための連帯:グローバルな感染症への緊急の世界的対応“United to end tuberculosis: an urgent global response to a global epidemic”」。日本の別所大使が共同議長を務め、世界各国の首脳たちが結核対策強強化を目指して政治宣言を採択する予定です。

 

結核はほんとうに恐ろしい病気です。

 

卑近な話で恐縮ですが、私の母が結核に冒されました。私が7歳のときに父が脳溢血で他界し、それからしばらくしてから。母はまだ30代でした。小さい私は自宅でしょっちゅう母が血を吐く姿を見て育つことになりました。洗面器いっぱいに血を吐いて倒れる母を助けたくてもどうしてよいかわからず、ただ背中をさすってあげることと救急車を呼ぶことしかできませんでした。小さいころの私にとって、結核とは、母を苦しめる怖くて憎い病気であると同時に、すぐそばにいる哀しい母のことでした。病院に長期入院して治ったと思うとまた再発という繰り返しの状態が長い間、執拗に続き、完治したといわれてからも、母の肺が十分に機能することはありませんでした。がんをはじめ、生涯、病気続きだった母はけっきょく結核の痕跡が命とりになりました。

 

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総会ハイレベル会合のウェブページ
https://www.un.org/pga/72/event-latest/fight-to-end-tuberculosis/



今もなお、結核の流行は終わっていません。2016年時点で、世界じゅうで一年間に1,040万人が結核に感染し170万人が命を奪われているのです。

 

SDGsターゲット3.3 ― その達成を願ってやみません。

 

―――

 

ハイレベル政治フォーラム(HLPF)そのものの取材に関するブログは今回で終わります。次回は、ニューヨークで私がお会いした、SDGsを舞台裏で支える日本人国連職員の方々をご紹介します。

(連載ブログ 国連ハイレベル政治フォーラム×SDGs×日本)
第5回 ~ SDGsを舞台裏で支える日本人国連職員たち 
第3回 ~ HLPFでの日本企業、経団連の情報発信について

第2回 ~ HLPFでの日本政府の情報発信取材と星野大使インタビュー
第1回 ~ ニューヨーク国連本部でみたハイレベル政治フォーラム

 

 

 

写真で綴る、国連事務総長の訪日 2018


8月7日から9日までの3日間、アントニオ・グテーレス国連事務総長が日本を訪問しました。今回の主な目的は、長崎平和祈念式典への出席です。

昨年7月には国連で核兵器禁止条約(the Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons)が採択され、発効に向けた議論や取り組みが進められている中、今年5月には、ジュネーブ軍縮アジェンダ「Securing Our Common Future」を発表し、人類を守り、人命を救う、未来世代のための軍縮を訴えたグテーレス事務総長。今回の訪日でも、被爆者の方々との”強い連帯”を示し、2度と原爆の被害者を出さない、というメッセージを日本、そして世界に向けて発信しました。

”No more Nagasaki, never more Hiroshima, not any more hibakusha being necessary”
(ノーモア・ナガサキ。ネバーモア・ヒロシマ。これ以上の被爆者を出してはならない)

 

*** 

 

8月7日夜、グテーレス事務総長が日本に到着!

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グテーレス事務総長を羽田で迎える(右から)デイビッド・マローン国連大学学長、根本かおる広報センター所長、中満泉国連軍縮担当上級代表 @UNIC/Takashi Okano

 

*** 

 

8月8日には早朝からのインタビュー取材の後、国連広報センター所長根本かおるとインターンとパチリ。

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©UNU/Daniel Powell

 

その後、首相官邸に向かい、安倍総理との会談、および共同記者会見に臨みました。

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©UNIC/Takashi Okano

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©UNIC/Takashi Okano

会談では 、唯一の被爆国である日本は「核兵器のない世界」の実現に向け、国連と協力して取り組んでいくことで一致しました。また、北朝鮮から非核に向けた具体的な行動を引き出すためには、安保理決議に基づく措置の完全な履行が必要だという認識を再確認し、日本政府の拉致問題解決に向けた対話をめざす取り組みにも支持を伝えました。

事務総長は総理との共同記者会見で、今回の訪日には被爆者との深い連帯を示すという特別な意味があると述べました。日本について、「多国間主義を支える柱であり、また国連の重要なパートナーである」と評価し、平和や人権を推進する努力に感謝を表しました。

 

その後、政府専用機で長崎へ。

 

8日午後、長崎に到着したグテーレス事務総長は、田上富久長崎市長をはじめ地元の関係者と懇談を行ったほか、被爆者の方々にも面会しました。

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©UN Photo/Daniel Powell

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©UN Photo/Daniel Powell

被爆者からひとりの人間として直接話を聞きたい、という事務総長本人の希望を受けて、対話は車座で行われました。被爆者の方々の話に静かに耳を傾け、思いを受け止めました。

事務総長は、「広島と長崎の原爆を生き延びた被爆者の方々は、ここ日本のみならず、世界中で、平和と軍縮の指導者となってきました」と被爆者の方々に敬意を表しました。「ノーモア広島、ノーモア長崎」という大切なメッセージを広く伝えるため、そして核兵器が二度と使用されぬよう全力で取り組まねばならないとの思いを一層強くしたと述べています。被爆者の方々との対話は、事務総長にとって訪日プログラムの中で最も重要な時間のひとつとなりました。

 

この日は、グテーレス事務総長がかねてより望んでいた浦上天主堂にも足を運ぶことができました。

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若者に迎えられる国連事務総長浦上天主堂にて @UN Photo/Daniel Powell

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高見三明大司教より説明を受ける国連事務総長浦上天主堂にて @UN Photo/Daniel Powell


 

*** 

 

翌9日午前、グテーレス事務総長は、河野外務大臣と朝食会にて会談しました。国連改革や北朝鮮情勢に関して意見交換を行い、軍縮・不拡散に向けて共に協力することで一致しました。

 

続いて、長崎原爆資料館および国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館を訪れました。

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原爆資料館では山里小学校の子どもたちの歓迎を受けました ©UN Photo/Daniel Powell

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子どもたちは平和祈念式典でも合唱を披露しました ©UNU/Daniel Powell

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子どもたちと折り鶴を折るグテーレス事務総長 ©UNU/Daniel Powell

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原爆資料館を見学 ©UN Photo/Daniel Powell

 

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被爆した長崎の街を表現した模型の前で足を止める国連事務総長。彼の隣で説明するのは中村館長 @UNIC/Yasuko Senoo

 

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平和祈念館の追悼空間にて ©UNU/Daniel Powell

 

そして、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館での記者会見に臨み、核廃絶への強い決意を表明しました。被爆後の惨状を乗り越え活気ある街を作り上げた長崎の不屈の精神を称賛し、「核兵器が二度と使われないようにするのは私たち一人ひとりの義務だ」と訴えています。

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©UNU/Daniel Powell

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©長崎市

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「すべての原爆被害者、そのご家族のみなさま、そして長崎にお住まいの方々との深い連帯を私は表明します。私のメッセージは明確です。勇気ある被爆者の叫びに続くこと ― 長崎を二度と繰り返さないように、と」

(“I express my deep solidarity with all the victims of the atomic bomb, their families and Nagasaki community. My message is very clear repeating the cry of the courageous Hibakusha. Nagasaki never again.”)

記者会見後に残したメッセージには、そう書かれていました。

 

この後、被爆73周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参列しました。式典には、核保有国を含む71ヵ国の代表も参列しました。

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©UN Photo/Daniel Powell

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©UN Photo/Daniel Powell

 "Let us all commit to making Nagasaki the last place on earth to suffer nuclear devastation."
(私たちみんなで、この長崎を核兵器による惨害で苦しんだ地球最後の場所にするよう決意しましょう。)

現役の事務総長として初めて、長崎での平和祈念式典に参列したグテーレス事務総長はスピーチで、全ての国に対して核軍縮に全力で取り組むように呼びかけました。母国ポルトガルとも深いつながりのある長崎への訪問は、事務総長にとっても特別なものとなったようです。

 

***

 

“Peace is not an abstract concept and it does not come about by chance. Peace is tangible, and it can be built — by hard work, solidarity, compassion and respect.”
(平和とは、抽象的な概念ではなく、偶然に実現するものでもありません。平和は人々が日々具体的に感じるものであり、努力と連帯、思いやりや尊敬によって築かれるものです。)長崎平和祈念式典でのスピーチより

 

被爆者の平均年齢は82歳を超え、長年、戦争の悲惨さや平和の大切さを伝えてきた被爆者の減少が懸念されています。

日々生活する中で、頭の隅に追いやられてしまう「日本は唯一の被爆国である」という事実。

もし再び戦争が起こったら。

もしまた核兵器が使われたら。

家族や友人、大切な人を失うことになったら。

 

平和に過ごせるのが当たり前ではないということを噛み締め、平和のために何が出来るのか考えなければいけない、と痛感する3日間となりました。

 

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©長崎市

 

今回の国連事務総長の訪日に関してはこちらもご覧ください:国連と軍縮


インターン 安部・布施)

 

 

国連ハイレベル政治フォーラム×SDGs×日本 【連載No. 3】

HLPFでの日本企業、経団連の情報発信について

 

みなさま、こんにちは。国連広報センターの千葉です。

 

今年7月にニューヨークの国連本部で取材したハイレベル政治フォーラム(HLPF)について、ブログを綴らせていただいています。

第1回 ~ ニューヨーク国連本部でみたハイレベル政治フォーラム(HLPF)
第2回 ~ HLPFでの日本政府の情報発信取材と星野大使インタビュー

 

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国連本部の前で、はためく加盟国旗 ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

 

今年のHLPFにおいて、日本の自発的国別報告(VNRs)はありませんでしたが、日本による情報発信がなかったということはなく、政府、ビジネス、NGOなど、いろいろなセクターで、日本人の方々がそれぞれSDGsに関する情報を発信していらっしゃいました。

 

前回は日本政府のイベントについての取材やインタビューをお届けしましたが、今回(第3回)は、HLPFにおける日本のビジネス界の情報発信についてご紹介したいと思います。

 

ビジネスフォーラムでの経団連

 

ハイレベル政治フォーラム(HLPF)の閣僚会合2日目の7月17日(火)、経済社会理事会議場で、スペシャル・イベントのひとつとしてビジネスフォーラムが開かれていました。このフォーラムは官民一緒になって、SDGs達成への取り組みについて話し合う場です。国際商工会議所(ICC)、国連経済社会局、国連グローバルコンパクトの共催で、今年が3回目でした。

 

午前9時15分、主催者の国連グローバルコンパクトのリザ・キンゴ事務局長(下写真・右)と国際商工会議所(ICC)のジョン・デントン事務総長(写真・左)が冒頭挨拶に立ちます。

 

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©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

 

冒頭のセッションでは、国連事務局からアミーナ・モハメッド副事務総長とリュー・ジェンミン経済社会問題担当事務次長、そして経済社会理事会からマリー・チャタルドバ議長が出席して挨拶を述べ、それぞれ、世界の企業に対して、SDGsへの取り組みを訴えていました。壇上には、ビジネス界から、パラグアイとブラジルの両国共同出資会社のイタイプ―のCEO、ジェームズ・スポールディング氏も加わり、世界第2位の規模を誇るダムと水力発電を通じたSDGsへの貢献と取り組みを紹介していました。

 

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冒頭挨拶する副事務総長 ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

 

冒頭のセッションに続いたのは、「ビジネスの力を善のための力として解放する:マルティステークホルダーによるSDGsの実施とビジネスの役割(“Unlocking the power of business as a force for good: Multi-stakeholder implantation of the SDGs and the role of business)」と題するワークショップでした。パネル討論形式で行われ、フィンランド農林・環境大臣のキンモ・ティーリカイネン氏、ラドル(Ladol)のCEO、エイミー・ジェデシミ氏、シュナイダー・エレクトリック・南アメリカゾーン社長のタニア・コセンティーノ氏、ソルベイのCEOジャン・ピエール・クラマデュー氏、国際労働機関(ILO)事務局長のガイ・ライダー氏がパネリストとして参加し、SDGs実施におけるビジネスの役割を活発に議論していました。

 

日本からは経団連の二宮雅也・企業行動・CSR委員長 (損害保険ジャパン日本興亜会長)が参加して、会場から日本企業の取り組みについて発言し、その議論に加わりました。二宮委員長の隣には、スイスのドリス・ロイトハルト連邦参事(現在、環境運輸エネルギー担当大臣で、2017年の大統領)が座り、二宮委員長に続いて発言していました。

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前方のスクリーンに映る二宮委員長 ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

 

二宮委員長はその発言のなかで、日本の代表的な企業約1,370社と、主要な業種別全国団体、地方別経済団体から構成される経団連SDGsの達成に全面的にコミットしていることを紹介し、革新技術を最大限活用することによる経済発展と社会的課題の解決の両立をコンセプトとする「Society 5.0」を通じて、経団連SDGsの達成をめざしていることを説明されました。

 

“Dash to the Goals”と題した英語のブローシャ―を会場に配布。Society5.0とは、人類社会発展の歴史における5番目の新しい社会の姿であり、経団連はSociety5.0の実現を企業の社会的使命であると考えていることを述べておられました。

 

 

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経団連作成のブローシャー表紙



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経団連作成のブローシャーから


 

また、二宮委員長は、2017年11月に経団連が企業行動憲章を改定し、経団連に加盟するすべての企業がこれに遵守することに合意し、日本政府、学界、NGOsなどが広くSociety 5.0の実現に協力していることを紹介されました。

 

そして、経団連がつくった企業実践の事例集をウェブ化し、ビジネスフォーラムが開催されたまさにこの日にローンチしたことを発表しておられました。

⇒ URL:https://www.keidanrensdgs.com/

 

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経団連SDGsウェブサイト

 

経団連の二宮委員長、経済社会問題担当事務次長と懇談

 

17日(火)のビジネスフォーラムで会場から発言した経団連の二宮委員長は、翌18日(水)の午前中、国連事務局のリュウ・ジェンミン経済社会問題担当事務次長を表敬訪問されました。

 

二宮委員長は、同事務次長に対して、あらためて経団連の取り組みを説明し、今後の協力について意見交換されていらっしゃいました。

 

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©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

 

ジェンミン事務次長からは、経団連の取り組みへの歓迎の言葉がありました。経団連の会員企業はみな影響力のある企業であり、より活発にSDGsの達成に向けて取り組みを進めてもらいたい、他国の取り組みを支援してほしいと日本企業への期待を述べました。

 

昨年のビジネスフォーラムにも出席された二宮委員長はそれ以降、国連の多くの幹部職員と会って、詳しく話しを聞いてきたことによって、経団連SDGsへの理解を深め、それが企業行動憲章の改定にもつながったと述べられました。日本の企業も中長期計画のなかにSDGsを組み込み、その推進の動きがでてきているとし、日本の企業の取り組みの事例を掲載した小冊子を手渡して説明され、来年再会するときには、さらに事例をもって増やしてお見せできるようにしたい、民間の活発な取り組みへの事務次長の期待に応えたいと述べられました。

 

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©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

 

ビジネスとSDGs -日本企業の情報発信

 

18日(水)には、“Business and SDGs ―Insights from Chief Sustainability Officers & sustainable champions”をタイトルに冠したスペシャル・イベントが開催されていました。このイベントは、WBCSD(World Business Council for Sustainable Development:持続可能な開発のための世界経済人会議)と国連経済社会局の共催です。

 

**WBCSDとは、持続可能な開発を目指す企業約200社のCEO主導の組織で、持続可能な世界への移行を加速化するために協働しています。参加企業はすべてのビジネスセクター、すべての主要な国にまたがり、収益を合計すると、8.5兆ドル、社員は1900万人に及びます。

 

このスペシャル・イベントでは、日本語の同時通訳も提供されていました。

 

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サイドイベント“Business and SDGs” ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

 

同イベントにおいては、朝9時から10時20分まで、「SDGソリューションズ・ワークショップ」と題するセッションで、WBCSDのマネジング・ディレクターのフィリッポ・ベグリオ氏が司会進行し、UPMキュンメネのエグゼクティブ・ヴァイスプレジデントのピルコ・ハレラ氏、ネスレのシニア・マネージャーのヘレン・メディナ氏、ヴァーレ・インターナショナルのエグゼクティブマネージャーのグローザ・ジェズエ氏、DSM ヴァイス・プレジデントのジェフ・ターナー氏、そして富士通総研から生田孝史主席研究員がパネリストとして参加し、それぞれの企業内の取り組みを共有し、SDGsの統合に関して課題と解決の模索を議論していました。

 

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生田主席研究員 ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

 

生田主席研究員は、富士通の理念・指針である「FUJITSU Way」はSDGsの精神に合致するものであることを述べました。そして、富士通グループが以前から人間を中心に置いた「ヒューマンセントリック・インテリジェントソサエティ」の実現を目指して、テクノロジーを活用するとともに新たなイノベーションを創造しており、その活動とSDGsの方向性は一致していることを強調しておられました。また、2017年3月、国連開発計画(UNDP)と東北大学・災害科学国際研究所が設置した災害統計グローバルセンター(GCDS)に新たに設置される、「グローバルデータベース」の構築・運営に関するパートナーシップを締結したこと、このパートナーシップを通じて、世界の自然災害に伴う損害の削減に取り組んでいることなどを紹介されていました。

 

前日のビジネスフォーラムと同様、同イベントの会場にも、経団連の二宮委員長をはじめ、日本の企業の方々が足を運び、熱心に聴講しておられました。SDGsをどのように企業活動に根付かせていくのかを学ぼうとする企業の皆さんの熱心さがつよく伝わってきました。

 

次回は、HLPFにおける市民社会の情報発信とインタビューをお届けします。

(連載ブログ 国連ハイレベル政治フォーラム×SDGs×日本)
第5回 ~ SDGsを舞台裏で支える日本人国連職員たち 
第4回 ~ HLPFでの日本の市民社会の情報発信、そしてインタビュー
第2回 ~ HLPFでの日本政府の情報発信取材と星野大使インタビュー
第1回 ~ ニューヨーク国連本部でみたハイレベル政治フォーラム

 

国連ハイレベル政治フォーラム×SDGs×日本 【連載No. 2】

HLPFでの日本政府の情報発信取材と星野大使インタビュー 

 

みなさま、こんにちは。国連広報センターの千葉です。

 

前回に引き続き、ハイレベル政治フォーラム(HLPF)の取材のためのニューヨーク出張について、ブログを綴らせていただきます。

 

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国連総会ビル(左)と事務局ビル(右) ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

 

前回のブログでご説明したとおり、今年のHLPFにおいて、日本の自発的国別レビュー(VNRs)はありませんでしたが、日本による情報発信がなかったということはなく、いろいろなセクターで、日本の方々がSDGsに関する情報を発信していらっしゃいました。

 

今回から、HLPFを起点として、私がみた日本関連のイベントやお会いした日本人の方々を政府、ビジネス、市民社会など、それぞれセクターごとにご紹介してまいりたいと思います。

 

今回のブログは、日本政府関連のイベントやインタビューをお届けします。

 

HLPFの閣僚会合が開催されていた16日(月)~18日(水)、日本政府代表部と環境省がそれぞれに中心となってイベントを主催されていました。まずは、それらのイベントを簡単にご紹介します。また、日本政府代表部をお訪ねして星野大使にインタビューをすることができましたので、最後に、その貴重なお話しを共有させていただきます。

 

日本政府代表部レセプション

 

ハイレベル政治フォーラム(HLPF)の閣僚会合がスタートした16日(月)は午後6時15分から国連総会ロビーで、日本政府代表部が主催した「Designing Future Society for Our Lives; Expo 2025 towards achieving SDGs」と題するレセプションが開催されました。SDGsをメインテーマに掲げた2025大阪・関西万博の招致をPRするためのレセプションです。

 

私はその日の午後には国連本部近くにある政府代表部などをお訪ねしたあと、少し早めに会場に着きましたが、会場では政府代表部の方々が関係者とともに忙しそうに準備にあたっておられました。

 

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開始時刻。司会の方からレセプションの開始を宣言すると、ステージ上にビデオ映像が流れ、別所浩郎大使がご挨拶を述べ、岡本三成・外務大臣政務官をご紹介されました。

 

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岡本政務官は、安倍晋三首相が今年6月のSDG推進本部会合でSDGsを日本の国家戦略の主軸とすることを決意し、政策の強化拡大を示したとして、その3つの柱を説明されました。まず第1に、企業と連携した科学・技術・イノベーションを通じたSDGsを促進し、人間を中心に据えた社会の実現を図り、Society 5.0などによって、経済成長と社会課題の解決の双方を達成することをめざすこと、それと同時に、日本が共同議長を務めたSTIフォーラム(multi-stakeholder forum on science, technology and innovation)での議論を踏まえて、“SDGs for STI”の推進に主導的な役割を果たしていくこと。第2に、日本国内においてSDGsによる地方創生を促進するとともに、そうした地方の努力を世界に向けて伝えていくこと。第3に、SDGsの主要プレイヤーである女性と次世代のエンパワーメントを図るべく、保健や教育の分野での国際協力を強化すること。これらが3本柱で、2025年、大阪に万博を誘致し、その実現を図りたい、と岡本政務官は流暢な英語で述べておられました。2025年という年は、今からおよそ7年後、SDGsの達成期限となる2030年までにあと5年というときです。

 

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岡本政務官に続いて、吉村洋文・大阪市長がステージに立ち、万博の誘致、それを通じたSDGs、持続可能な未来社会の実現への貢献を訴えました。さらに、二宮雅也・経団連企業行動・CSR委員長もご挨拶され、Society 5.0を通じた経団連の取り組みを紹介するとともに、乾杯の音頭をとられました。大阪市長も二宮委員長も岡本政務官同様、雄弁な英語でのスピーチをなさっておられました。

 

ゲストの方々のスピーチの間に、SDGsの普及啓発に全社をあげて取り組む吉本興業に所属するKAMIYAMAさんが参加して、会場に設置されたステージで、「SDGs×大阪万博×パントマイム」というテーマでつくったオリジナルのパフォーマンスを披露しました。バーンスタイン作曲のラプソディー・イン・ブルーの音楽が会場に流れると、KAMIYAMAさんがステージに登場。パントマイムとマジックを融合させて創作したちょっと不思議でおしゃれなKAMIYAMAさんの世界が繰り広げられました。

  

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KAMIYAMAさん ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

 

最初はきょとんとしていた小さなお子さんたちもKAMIYAMAさんのパフォーマンスに次第に引き込まれていくのがわかりました。パフォーマンスの最後には、SDGsの17の目標をあらわすさまざまな色のカードで高く組みあげたお城がステージ中央に現れ、会場に華やかさが加わりました。

 

私はパフォーマンスを終えたKAMIYAMAさんにお話を伺ってみました。KAMIYAMAさんはとても謙虚なお人柄で、今回このレセプションで、SDGsをテーマに演技を披露できることをたいへん光栄に思います、とおっしゃっておられました。芸術家の故・岡本太郎さんが大好きで、その芸術作品におおいに触発されているというKAMIYAMAさんは今後、SDGsへの貢献をさらに考えるとともに、それに着想を得たパフォーマンスをもっと開発していきたいと意欲を示しておられました。

 

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ゲスト写真撮影©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

 

レセプションの後半では、ピカチュウも参加して、スピーチを終えた方々、そしてKAMIYAMAさんと全員一緒に写真撮影。そのあと、ピカチュウは会場に来られていたたくさんのお子さんたちと交流し、人気を集めていました。

 

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子どもたちに囲まれるピカチュウ ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

 

日本の官民一体となったSDGsへの取り組みを情報発信したレセプションは国連総会ロビーに集う人たちを笑顔にしていました。

 

環境省イベント 

翌17日(火)と18日(水)には、環境省が中心となって、今年のハイレベル政治フォーラムのテーマ別レビューの対象となった6つのゴールのうちの2つに焦点をあてたサイドイベントが行われていました。ゴール11(住み続けられるまちづくりを)に関連したサイドイベントとゴール12(つくる責任、つかう責任)をテーマにした2つの会議です。

 

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まず、ゴール11(住み続けられるまちづくりを)にフォーカスした会議が、17日(火)の午後6時半―8時に開かれました。「アジア太平洋地域における持続可能な都市に向けて("Toward Sustainable Cities in Asia-Pacific")」をタイトルに冠した会議でした。日本政府が国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)、地球環境戦略研究機関(IGS)、慶應大学SFCと共催しました。アジア太平洋地域の都市が直面する課題についての議論です。高橋康夫・環境省地球環境審議官が冒頭挨拶で、諸課題解決のために国を超えたパートナーシップの必要を訴え、慶応大学の蟹江教授が基調講演において、地方での諸行動が国およびグローバルな活動の成否のカギを握るとの旨を強調されていました。続くパネル・ディスカッションでは、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)の竹本和彦所長がモデレーターを務め、そのなかで、内閣府岡本事務局次長が、日本における「地方創生SDGs官民連携プラットフォーム」発足などについて述べられていました。また、北九州市から北橋市長も参加し、同市が過去に公害を克服した歴史などの説明をされました。

  

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ゴール12にフォーカスしたサイドイベントは、18日(水)の午後6時半―8時に開催。日本政府が、インドネシア政府、タイ政府、国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)、アジア太平洋SCP円卓会議(APRSCP)、PECoP-Asia(環境研究総合推進費戦略研究S-16)、地球環境戦略研究機関(IGES)と共催した会議です。タイトルは、”SCP in Asia and the Pacific for Accelerated Achievement of SDGs”。前日のサイドイベントで冒頭挨拶を述べられた環境省の高橋地球環境審議官がここでは、日本のSCP(Sustainable Consumption and Production)に関連する国家戦略として、第5次環境基本計画、第4次循環基本計画を策定、実施することを通じて、取り組みを進めていることを紹介していました。また、国立環境研究所・主任研究員の田崎智宏さんも参加し、持続可能な消費と生産の取り組みを進めていくうえで、政策担当者が創造力を発揮することの必要を述べておられました。

 

インタビュー:星野大使

日本政府代表部のレセプションが行われた16日午後、私は国連本部近くにあるニューヨーク日本政府代表部をお訪ねして、星野俊也大使(次席常駐代表)にお話しをお伺いすることができました。

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星野俊也大使 ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

 

星野大使は 今年6月5日(火)~6日(水)にニューヨーク国連本部で開催された、「第3回STIフォーラム(the third annual multi-stakeholder forum on science, technology and innovation)」の共同議長を務められた方です。各国政府代表、科学者、イノベーター、テクノロジー専門家、ビジネスリーダー、起業家、市民社会組織代表など、多様なステークホルダーが参加し、持続可能な開発目標(SDGs)の実現を後押しする科学技術やイノベーションの役割を討議する場で、ハイレベル政治フォーラム(HLPF)を前に、毎年2日間の会期で開かれます。政府代表部のレセプションでのスピーチで岡本外務大臣政務官がその重要性を指摘したのがこのSTIフォーラムです。今年が3回目で、参加者数はこれまでを上回り、およそ1,000人に達したそうです。

 

日々超過密なスケジュールでお忙しいのにもかかわらず、星野大使はお優しい笑顔とゆったりした雰囲気で迎えてくださいました。

 

とても興味深いお話しをお聞きすることができましたので、ご紹介したいと思います。

 

星野大使は、まず、日本政府がその推進に努力する「人間の安全保障」の理念が持続可能な開発目標(SDGs)に反映されていることの意義にふれ、誰一人取り残さずに持続可能な世界を実現するためには、SDGsと人間の安全保障が「車の両輪」となっていくことが大切、とりわけ、「誰一人取り残されない」という目標を目指しながらも、恐怖や欠乏、尊厳の欠如のなかに取り残されていたり、取り残されかねない状況におかれていたりしている世界の人々を実際に保護し、潜在力を高める人間の安全保障のアプローチはこれからますます重要になると強調されました。

 

大使は、また、今後、人口知能(AI)をはじめとする最先端の科学技術がわたしたちの日常生活に入り込むなか、人間にしかできない役割や人間の存在理由そのものにかかわる根源的な問いかけにこたえていく視点としても人間の安全保障の理念が役立つのではないかと述べられました。

 

そして、SDGsについては、それが政治的な交渉を経て生まれた妥協の産物であることから不備がないわけではないわけではないにしても、幅広いステークホルダーを巻き込み、加盟国の間のハイレベルでの合意を通じて国際社会の共通の目標を設定するという国連ならではの外交の成果物としての正統性が最大の強みであり、それを最大限に活かすべきと指摘しておられました。かつてリンカーン米大統領ゲティスバーグ演説で、人民の人民による人民のための政治を訴えたが、今はまさにSDGsこそ、人々の、人々による、人々のための取組であると考えて、各国政府も自治体も民間セクターも市民一人ひとりも、全員参加で、SDGsを合言葉に共同して行動することが大切であると強調されました。

 

SDGsの実現に果たすビジネス界の大きな役割をさらに前進させるため、星野大使は、企業の方にお会いになるたびに、SDGsの目標やターゲットを自社の本業に取り込むこと、本業との接点がすぐに見えなければあえて結びつきを探るなかに新しいビジネスチャンスやイノベーションに見出されるはずとお話されるそうです。大使は、さらに、SDGsは2030年を当面のゴール年にしてはいますが、大切なのは2030年を超えた先の世界で人々が持続可能な生活を送れているかどうかだと述べ、わたしたちが2030年を超えた未来への思いを胸に現在の日々の暮らしや活動を見直し、必要な行動をとる意義を語ってくださいました。

気がつけば、あっという間に30分以上の時間が経っていました。貴重なお話しとともに、星野大使のあたたかく気さくなお人柄も強く印象に残った30分でした。
 

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今回のニューヨーク出張に際して、私は日本政府代表部の岸守一参事官(下写真)にとてもお世話になりました。
 

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日本政府代表部の岸守参事官  ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

 

岸守参事官は冷静かつ誠実にお話しになる方です。そして誰に対しても分け隔てなくお優しい方で、ニューヨークを訪れるのが初めてで、ひとり不安な私を昼食にお誘いくださったり、また代表部を恐縮するほどていねいにご案内してくださったりしました。星野大使のお話しを伺うことができたのも岸守参事官のご配慮によるものでした。

 

日本政府代表部の報道官としてお忙しい日々を送っていらっしゃるはずなのにと思うと、感謝の念に堪えません。この場をお借りして、あらためて岸守参事官に深い謝意をお伝えしたいと思います。

 

次回のブログは、HLPFにおける日本の企業の情報発信に関する取材をお届けします。 

(参照)
第5回 ~ SDGsを舞台裏で支える日本人国連職員たち
第4回 ~ HLPFでの日本の市民社会の情報発信、そしてインタビュー
第3回ブログ ~ HLPFでの日本企業、経団連の情報発信について
第1回ブログ ~ ニューヨーク国連本部でみたハイレベル政治フォーラム