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連載:アフガニスタンで平和について考えた  ~ 根本かおる所長のブログ寄稿シリーズ (最終回) 悲観的なムードの中で平和をつくるチャレンジャー、山本忠通特別代表

私のアフガニスタン訪問記・連載ブログの第5回は、同国に展開する世界最大の国連特別政治ミッション、UNAMAを率いる山本忠通・事務総長特別代表をご紹介します。治安の悪化、失業、腐敗の蔓延によって、国民の間に悲観的なムードが広がるなかで、和平と復興に向けた機運を高めるため果敢な挑戦を続ける山本特別代表はUNAMAのトップとしての仕事について、外交官人生でももっともやりがいを感じると述べています。いよいよ最終回となった本ブログですが、5回の連載を通じて、ニュースで伝えられる悲惨の状況の裏に、人々の平和や平穏な生活への願い、また、山本特別代表をはじめ、その願いを叶えるべく活動する人々の思いがあることを感じ取っていただけたなら、こんなに嬉しいことはありません。

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アフガニスタンの人々の国民的なムードについて調査を重ねてきたものとして、アメリカに本拠地を持つアジア財団の「A Survey of the Afghan People」があります。2004年以来、毎年意識調査を行って結果の分析を発表していますが、2016年12月に発表された最新の2016年版の調査結果は、2014年の多国籍軍の大幅撤退以降の治安の悪化や失業率の悪化を色濃く反映したものとなり、回答の66パーセントが「アフガニスタンは誤った方向に向かっていると思う」と答えています。

 

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アジア財団「A Survey of the Afghan People 2016」より。「一般論として、あなたの経験では、アフガニスタンは正しい方向に向かっていますか、それとも間違った方向に向かっていますか?」との問いに、間違った方向と答えた人は66パーセントにものぼり、正しい方向の29パーセントを大きく上回る。

 

同調査では、このように悲観的な見方が強まっている背景として、人々は治安の悪化、失業、そして腐敗の蔓延を理由に挙げています。2014年に多国籍軍の規模が大幅に縮小されると、反政府勢力タリバンアフガニスタン国軍の防衛能力に挑戦し、2015年には情勢が悪化。タリバンは支配地域を拡大したのに対して、アフガニスタンの治安・防衛部隊は守勢に回る格好となり、最近ではイスラム国も活動を活発化させています。こうした中、2016年に戦闘やテロによって民間人が死傷した数は1万1,418人と、UNAMAが調査を開始した2009年以降最悪の数字を記録しました。UNAMAの発表によると、2009年初めから2016年末までに民間人の死傷者数の合計は7万人を超えています。

 

今年に入ってからも各地でテロ事件が相次ぎ、5月31日の首都カブールの各国大使館が集中する地区での爆破テロ事件は日本でも広く報じられました。アフガニスタンのガニ大統領は、6月6日、この事件による死者の数が150人以上、負傷者は300人以上に上ると明らかにしています。また、失業率は、2013年に8パーセントだったのが、2014年には25パーセント、2015年には40パーセントと急上昇している、というデータもあります。駐留軍や海外からの支援が生む需要に依存する経済構造になってしまっていたところ、2014年の多国籍軍の大幅撤退を受けて経済が落ち込んだことなどの影響を強く受けているものと見られます。

 

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間違った方向と回答した人に、その理由を聞いたところ、地方(濃い緑の棒)でも都市部(薄緑の棒)でも、トップ・スリーは治安の悪さ、失業、そして腐敗・汚職

 

このような中で和平と復興に向けた機運を高めるのは至難の業ですが、それに果敢に挑戦しているのが、アフガニスタンで2014年から事務総長副特別代表、そして2016年6月から事務総長特別代表を務める山本忠通さんです。

 

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アフガニスタン東部の拠点都市、ジャララバードにて(UNAMA Photo)

 

現在世界11か所で展開されている特別政治ミッションの中で最大規模のものが、「国連アフガニスタン支援ミッション(UN Assistance Mission in Afghanistan、略してUNAMA)」です。2001年11月のタリバン政権崩壊を受けて、2002年3月に国連安全保障理事会の決議により設立されました。UNAMAのスタッフの規模は総勢1,500名以上で、現地に拠点を置く特別政治ミッション全体の陣容5,000人超の3分の1を擁し、山本特別代表はそのトップを務めます。

 

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 インタビュー後に談笑。インタビュー中、庭にいるクジャクや猫の鳴き声がして、びっくり(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)の長である山本特別代表は、アフガニスタン国内に12のフィールド・オフィスを持ち、草の根の市民団体と連携して人々に寄り添って課題に取り組むUNAMAの基本姿勢を強調します。

 

山本特別代表は、アフガニスタン和平への道筋のカギとして周辺国などを含めた地域協力の推進に力を入れ、シャトル外交を行っています。また、和平交渉への下地として、タリバンとの接触にも乗り出しています。 

  

 

2016年10月にブリュッセルで行われたアフガン支援国際会合では、2017年から2020年までの援助として、世界全体で総額150億米ドルを上回る額を支援することで合意しましたが、同時にアフガニスタン政府が支援の実施についてガバナンスと説明責任を果たすことが求められています。

 

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2016年10月ブリュッセルにて。左から山本特別代表、フェルトマン政治局担当事務次長、潘基文事務総長(当時)、アフガニスタンのガーニ大統領、アブドッラー行政長官(UN Photo)

 

その中で特に重要なのが腐敗の防止です。アジア財団の意識調査からも、腐敗・汚職が国・県・自治体・地域・暮らしレベルで蔓延し、問題視されていることがわかります。

 

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a.毎日の生活(濃い橙色)、b. あなたの住んでいる近所(薄い橙色)、c. あなたの自治体の行政(灰色)、d. あなたの県レベルの行政(薄緑)、e. アフガニスタン全体(濃い緑)で、腐敗・汚職が大きな問題かどうかを聞いたところ、YESの回答のパーセンテージをグラフに。

 

山本特別代表の強いコミットメントのもと、UNAMAは2017年4月、『アフガニスタンの腐敗との闘い:もう一つの戦場』と題する報告書を発表しました。

 

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2017年4月25日、アフガニスタン法務大臣とともに報告書を発表した(UNAMA / Fardin Waezi)

 

その記者発表で、「反腐敗正義センター(Anti-Corruption Justice Centre)」の開設をはじめ大きな前進があることに触れながらも、「腐敗はまるで病魔のように長年にわたって蔓延し、人々の暮らしのあらゆる局面において複雑に根付いてしまっている」と述べています。

 

 

私にとってはほんの数日のアフガニスタン滞在ではありましたが、強く感じたのは、国連ならびに日本への信頼です。日本出身の国連職員として、その信頼の重みをヒシヒシと感じさせられましたが、それは山本特別代表も実感していることです。 

 

 

世界最大の国連の特別政治ミッションで、多岐にわたるマンデートに関わる1500人以上の国連職員を指揮している山本特別代表ですが、外交官人生の中で最もやりがいを感じていると述べています。

 

 

5月31日の首都カブールの各国大使館が集中する地区での爆破テロ事件は多数の犠牲者を出し、この国の脆弱性を改めて突き付けることになりました。前回のストーリーに登場した、バーミヤンのホテル運営と地域の女性たちの手工芸品を扱う会社を経営している安井浩美さんは、治安が悪化の一途をたどっているアフガニスタンの今について、「悲しい、残念、悔しいの3つの言葉です。この国のあらゆる問題ですが、問題の根源がわかっていながらどうしようもできない歯がゆい状況に常におかれていることに憤りを感じるとともに、武器をもって戦うこともできない無力な自分が苛立たしく思ったりします」とコメントを寄せてくださいました。

 

この秋、アフガニスタンに関係する国際会議が東京で開催されます。ユネスコは日本政府の支援により、9月27日から29日までバーミヤン大仏再建のための技術会合東京藝術大学で開催します。参加者は情報文化大臣をはじめとするアフガン政府要人の他、世界遺産文化財保護の専門家、教授、ユネスコ職員等計50名に及び、3日間の技術会合に続く9月30日には、同じく東京藝術大学で一般の方を対象に公開シンポジウムが開催されます。

 

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 バーミヤンの西大仏の前で、ユネスコ職員らから説明を受ける (UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

このバーミヤン大仏再建の会議は、壊された文化財をどのように補修するかという技術論に留まらず、テロによって破壊され、オリジナルの部材がほとんど散逸した文化財を新たに建立することの是非や、その作業指針についても話し合われます。そのため会議の結果次第では、従来の世界遺産条約の作業指針に大きな影響を及ぼす可能性がある重要な会議です。

 

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東大仏について、今後の方針が9月の東京の会議で話し合われる(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

バーミヤン文化遺産の保護については、生前ユネスコ親善大使だった平山郁夫氏の尽力に加え、日本政府・日本の専門家が多大なる協力を行ってきました。文化的な側面から世界の平和をどう築くべきか話し会う場が日本の支援によって東京で設けられることは大いに意義のあることでしょう。

 

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 壁画が剥がれ落ちそうになっている箇所もあり、素人でも心配になる(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

この5回にわたる連載を通じて、ニュースが伝えるテロの被害を受けた人々の数の裏側に、人々の平和と平穏な生活への願い、喜怒哀楽、そして一人一人が持つ可能性があるということ、そして国連や日本の関係者の思いがあるということを感じ取っていただけたならこんなに嬉しいことはありません。

 

ラマダン中の6月14日、アントニオ・グテーレス国連事務総長アフガニスタンをサプライズ訪問し、相次ぐテロ事件などで傷ついたアフガニスタンの人々への連帯の気持ちを表明しました。同時に、「平和こそが解決策だ」と強調し、和平にむけた動きを事務総長として支援する用意があると表明しました。

 

 

日本の皆さんにも、これからもどうぞアフガニスタンに関心を持っていただければ幸いです。

 

連載:アフガニスタンで平和について考えた  ~ 根本かおる所長のブログ寄稿シリーズ(全5回) (4)女性の井戸端会議力はいずこも同じ

今回のブログでも、アフガニスタンのさまざまな女性たちを紹介したいと思います。首都カブールでジャムやクッキー、バスケット、ニット製品、アクセサリーをつくって販売する女性たち。バーミヤンで出会った、ユニセフが支援する医療活動を支える女性たち、国連WFPが地元のNGOと連携して行うキリムづくりの職業訓練に参加する女性たち、東西の大仏と石窟群に対面する素晴らしいロケーションでホテルの経営を手伝い、アフガン女性たちが作る手工芸品を販売する会社を立ち上げた一人の日本人女性。バーミヤンでは、開発の遅れを象徴するような、洞穴に暮らす家族にも出会いました。9歳の女の子の怒りと諦めが入り混じった眼差し、子どもとは思えない達観した表情が心に深く突き刺さりました。

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海外のフィールドに出張すると、その国の女性たちが作ったアクセサリーや小物などの手工芸品を買うのが楽しみです。今回のアフガニスタン出張でも、多くの女性たちが語らいながら仲間でものを作る現場を訪問し、作り手の顔の見える小物を買い、わずかではありますが、彼女たちの収入創出に貢献させていただくことができました。

 

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  国連ハビタットの支援を受けて活動を立ち上げ、今は自立して手工芸品づくりを行っている女性たち。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

 

カブールでは、国連人間居住計画(国連ハビタット)の案内で、女性たちが集まって手工芸品やジャム、クッキーなどを作って販売するコミュニティーに根差したグループの活動を見せていただきました。元々は国連ハビタットのコミュニティー支援のサポートを受けていましたが、今では自立して援助を受けることは卒業し、自分たちのネットワークで販路を広げているというエネルギー溢れるグループです。ジャムとクッキー、バスケット、ニット製品、アクセサリーの4つの部門で成り立ち、それぞれに責任者がいます。手狭になったのでもうすぐ近くのより広いところに移る予定で、新たにジムも開くとのことです。テーブルいっぱいに所狭しと並べられたおいしそうなお菓子やフィンガー・フードは、すべてこのグループの手作りのものでした。

 

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 手作りのサモサやジャムが所狭しと並ぶ。いずれも上品な優しい味。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

 

「女性でビジネスを切り盛りするのは大変だと思いますが、皆さんはどのように道を切り開いてこられたのですか?」と問い掛けると、編み物部門の代表で最も年長で60歳のサフィアさんが、「私は長年教師をしていたので、ネットワークが広く、周りの人たちも私の意見に一目置いてくれていたんですね。夫の理解があったのも助かりました。ビジネスチャンスや見本市の話があると参加して、少しずつ広げていったんです」と答えてくれました。表情に落ち着いた自信がみなぎっています。

 

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 右が最年長のニット製品担当のサフィアさん、左がジュエリー担当のクブラさん。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

 

「最近、知人の紹介もあって、国境を越えてタジキスタンの見本市にも参加してきましたよ」と言うのはアクセサリー部門責任者のクブラさん、47歳。さすがデザイン性に富んだメガネをはじめ、身に着けているものが洗練されています。肝っ玉母さん的な明るさと大胆さがうかがえるのはバスケット部門のナルメンさん、46歳。この人は実に人懐っこい笑顔が魅力的です。「いろいろな女性グループに所属して、ネットワークを広げています。日本の女性団体ともつながりたい!」とのアピールも忘れません。この笑顔と押しの強さは大いに威力を発揮します。

 

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 右が人懐っこい笑顔が印象的な、バスケット担当のナルメンさん。バスケットと編み物とを組み合わせると  いう工夫をしている。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

 

「一番大変だったのは、この子ですよ」と先輩の女性たちが言うのは、食品部門責任者の19歳のムルサルさん。「競争が激しいし、なかなか参入できないですからね。ほら、恥ずかしがらないで、経験を話しなさいよ」と促されて、ようやく控えめなか細い声を語ってくれました。

 

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 まだ19歳でジャムとクッキー担当のムルサルさんは、次の世代を担う。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

 

「サンプルを持ってお店を回っても全く手ごたえがなくて。少しずつ口コミで広がっていって、こだわりのものを置くお店で扱ってもらうようになりました」今は引っ込み思案なムルサルさんも、いずれは先輩たちのようにたくましくなることでしょう。次世代の代表として頼りにされている様子がうかがえました。

 

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 これを編んでバスケットに。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

 

工房では、女性たちが楽しそうに作業をしています。忙しそうに手を動かしつつも、笑い声が絶えません。これぞ「女性の井戸端会議力」!インフォーマルな形で、暮らしに必要な情報やアイデアが交わされていることでしょう。

 

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  バスケットにほどこす飾りを編む。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

 

アクセサリー工房では、クブラさんの娘さんも細かい手仕事を手伝っていました。皆さんおしゃれに個性的なアクセサリーを身に着けていて、ついつい私も素敵なストーンのネックレス、ブレスレット、そして指輪を買ってしまいました。

 

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 クブラさんの上の娘さん。細かい作業を担当。(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

クブラさんの一番下の女の子が「私もママのようにビジネスウーマンになりたい」と言っていたのが印象的です。娘が母親の背中を見て育っていくのはいずこの国も同じですね。

 

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 クブラさんの下の娘さんは、利発そうな顔をしている。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

 

今回のアフガニスタン訪問では、狭い意味での国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)の活動のみならず、国連諸機関が行っている活動も視察しましたが、ここでもアフガン女性たちが活躍していました。UNICEFもその一つです。アフガニスタンは、パキスタンとナイジェリアと並び、ポリオが根絶できていない最後の3ヶ国の一つで、それだけに根絶にむけた努力に拍車がかかります。

 

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 カンダハールでのポリオ根絶のためのユニセフの活動。男女の区別が厳しいアフガニスタンでは、女性スタ  ッフの存在が欠かせない。(UNICEF Afghanistan/2015/Hayeri)

 

日本はポリオ根絶推進活動およびグローバルヘルスの分野において世界最大のドナー国の一つです。ポリオは発症すると手足にまひが生じる危険性があり、感染者の多くは貧しく、不衛生な環境で生活を送る幼い子どもたちです。治療方法は確立されていないものの、ワクチンの投与で予防が可能な病気です。

 

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鈴鹿光次駐アフガニスタン大使とUNICEFアフガニスタン事務所のアデル・コドル代表が日本政府からの予防接種プログラムへの無償資金拠出について調印。(UNICEF  Afghanistan/2016/Mehraeen)

 

カナダ政府とアガ・カーン財団の財政支援を受けて、バーミヤン市内に新しくできた美術館と見紛うばかりの病院で、UNICEFバーミヤン出張所のアタイ医師がUNICEFが支援する医療活動を案内してくれました。「日本はUNICEFにとって予防接種事業で主要なパートナーです。定期予防接種そして全土でのポリオキャンペーンの強化を支えてくださっていることに感謝しています」と感謝の気持ちを繰り返し述べていました。

 

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 バーミヤンにできた新しい病院。後ろの丘と一体感のある色調で統一され、まるで美術館のような雰囲気  が。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

アフガニスタンの乳幼児死亡率はこの10年で半分近くに下がりましたが、これは予防接種事業のおかげでもあります。また、病院では日本からの支援を受け、国連WFPとUNICEFとの連携によって栄養プログラムが実施されています。

 

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 お母さんは赤ちゃんをありとあらゆる布でグルグル巻きにして予防接種に連れてきた。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

予防接種、乳幼児を抱えたお母さんたちへの栄養面の指導、そして産科病棟で奮闘するのは皆女性たちでした。新生児集中治療室などの設備の整った新しい病院ができて、より多くの女性が病院で出産するようになったと言います。

 

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 病院には新生児集中治療室などの設備が整っている。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

彼女たちからそれぞれの手掛ける仕事について話を聞く中で仕事のやりがいについて尋ねると、皆一様に顔を輝かせ、自分の知識や経験を活かして人のためになる仕事に就いて家庭の外で働けること、そして家族を支える収入を得られることへの誇りと喜びについて語ってくれました。

 

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 産科病棟の職員と。医療という社会に貢献する活動に関わっていることに誇りを持ちながら勤務。中央が  UNICEFのアタイ医師。産科病棟で出会ったお母さんは、生まれたての娘が医師になってくれればと語ってい  た。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

バーミヤン県のデータを見て気になったのは、2011/2012年の数字ではありますが、清潔な水へのアクセスは全国平均の半分、そしてトイレへのアクセスがある人の割合が全国平均の8.4パーセントよりもはるかに低い0.4パーセントにとどまっていることです。国連WFPの栄養センターで配給を待つお母さんに「家にお手洗いはありますか?」と尋ねると、当然のように「そんなものありません」との答えが返ってきます。国連WFPでは乳幼児の栄養不良が著しい家庭に対して持ち帰り用の栄養強化食品を支援し、かつ栄養改善についてお母さんたちに指導を行っています。水がとても貴重な場所では子どもたちがほこりまみれで、清潔を保てないのが課題でしょう。

 

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 国連WFPが運営する栄養センター。病院で子どもの栄養状況について検診し、ここで栄養強化食糧を受け取  る。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

バーミヤン県の知事もUNAMAバーミヤン事務所長のアイリーンも、「バーミヤンの町中だけを見ていてもなかなかわかっていただけませんが、この県の遠隔地の開発はとても遅れているということを理解してほしい」と繰り返し強調していました。バーミヤンの町でも、暗くなってソーラーパワーによる街灯が点灯すると、家に明かりがない子どもたちがその下に集まって勉強する姿が見られるそうです。

 

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 国連WFPが地元のNGOと連携して支援するキリム織りを学ぶ職業訓練(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

テクノロジーの発展で、アフガニスタンでの食糧支援の形も変化しています。以前は道路などの地域に持続的に残る資産をつくるコミュニティー・ワークや訓練に参加した人たちに「food for asset」「food for training」などのスキームで食糧そのものがインセンティブとして支給されていましたが、アフガニスタンバーミヤン国連WFPが地元のNGOと連携して貧困層の女性を対象に行っているキリムづくりの職業訓練ではそうではありません。

 

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 SIMカードに電子食糧引換券となるショートメールが届き、契約店で食品に引き換える方式(イメージ)。(WFP/Wahidullah Amani)

 

受講者たちはSIMカードをもらい、このSIMカードが銀行口座のような役割を果たすのです。受講のインセンティブとしてSIMカードに電子食糧引換券がメールで送られて、契約店にて食品と引き換えることができるという仕組みになっています。これにより、地元の市場を活性化出来るだけでなく、受講者の食品選択の幅が広がり、より栄養価の高い食べ物を食卓に出せるようになります。

 

また、カーペットづくりの技術指導は、出来上がった製品のマーケティングも考えて、キリムの模様が特徴的で人気のアフガニスタン北部から先生をわざわざ招き入れて行われています。

 

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 6ヶ月の訓練修了後には自立することが求められるため、市場へのアクセスが重要だ。(UNAMA/Anna  Maria Adhikari)

 

「高校を卒業しても仕事に就けなかったので、こうして訓練を受けることが収入につながって、のちの仕事になるということが嬉しくてたまりません。家族もサポートしてくれています」と若い女性がキリムづくりの手を休めて、感極まったように語ってくれました。

 

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 糸紡ぎをする女性たち。受講者は脆弱な家庭から選ばれている。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

別の部屋では、年の行った女性が車座になって糸紡ぎのコマのようなものをブンブン回しています。明るい表情が印象的な年配の女性は、「うちの息子は日雇いの仕事をしていますが、ほかに収入はありません。この年で初めてSIMカードを持たせてもらって、おまけに稼ぎにもつながるので、とても喜んでますよ。避難生活も長かったのですが、やっぱり故郷はいいですね」と嬉しさいっぱいの表情でした。

 

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 このプロジェクトに参加できる喜びについて語ってくれた女性。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

驚いたことに、バーミヤンには東西の大仏と石窟群に対面する素晴らしいロケーションに、一人の日本人女性が経営を手伝うホテルがあるのです。「ホテル・シルクロードバーミヤン」の経営者の安井浩美(やすい・ひろみ)さんは短大卒業後、会社勤務を経て26歳でシルクロードの旅に出かけたことをきっかけに写真の道に入り、1993年以降フリーランスの写真家としてアフガニスタンなどを取材してきました。

 

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 カブールのUNAMAでのレセプションで、安井さんと(左端)。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

2001年のアメリカ同時多発テロをきっかけにアフガニスタンに入り、以来共同通信カブール支局で通信員として働くとともに、アフガン帰還民の子どもたちのための教育を支援。2007年にアフガニスタン人の夫がホテル・シルクロードをオープンし、客室用のクッションなどの備品の製作を手掛けたのがきっかけで、2010年にシルクロードバーミヤン・ハンディクラフトという手工芸品の製作と販売のための会社も設立しています。

 

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 世界文化遺産に登録されているバーミヤン渓谷の遺跡群を望む。左右の大きな石窟には、2001年にタリバン  に爆破されるまで大仏があった。(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

チームで夕食にホテルに立ち寄ったところ、私はクラフトショップの手工芸品の鮮やかな色使いに心をわしづかみにされて見入ってしまい、「あれも欲しい、これも欲しい」とたくさんお土産に購入してしまいました。他のお店だとなかなか日本に戻ってから使えるようなデザインや色のものがないのですが、安井さんが細かく指導して品質管理にも目配りしているのでしょう、ここには心惹かれるものがたくさんありました。

 

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 安井さんの指導の努力で、先進国の消費者の好みにあったデザインや縫製に。(Silk Road Bamiyan Handicrafts)

 

安井さんのお話では、バーミヤンの伝統的な織物をバーミヤンで作っているほか、クラフトはカブールで暮らすバーミヤンやガズニ出身のハザラ族の女性たち中心に作っているとのことです。「貧困社会のアフガニスタンでほんの少しですが私の会社に努める女性たちの家族の経済的な支援になっているところが励みになるし、素晴らしい刺繍や素晴らしい商品が出来上がることは、私にとってこの会社を運営していく上でのやりがいになっています」と事業への思いを語ってくださいました。

 

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 日本ではなかなかない色合いのポーチと刺繍の美しいバッグを購入。(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

アフガニスタンの魅力について「やはりいろんな文化が混ざり合うシルクロードの十字路という部分に引き付けられたのだと思います。日本にはない、多民族社会でそれぞれ異なる言語や文化習慣がある部分にも魅せられます。さらには、日本にはないダイナミックな景観となんでも大雑把なところが、私にはピッタリなのかもしれません!」と言う安井さんはホテルの運営を手伝い、ホテル内のレストランには和食のメニューもあります。まさかアフガニスタンで太巻き入りのボックス弁当をお箸でいただけるとは思っておらず、現地スタッフも含めみんな物珍しさもあって大はしゃぎしました。

 

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安井さんのアフガニスタンの人々への思いがたくさん詰まったホテルでしたが、こうした経験もバーミヤンではある程度の安定が確保できているからこそ可能なことであって、首都カブールでは国連職員は外部のレストランで外食することもできませんし、買い物に行くこともできないのです。バーミヤンの風景を見るにつけ、安心・安全がもう少し国全体に確保されればもっといろいろな可能性が生まれる国だろうに、と思えてなりませんでした。

 

バーミヤン県知事とUNAMAバーミヤン事務所長のアイリーンが指摘していた「開発の遅れ」を象徴するような家族にも出会いました。12年前に土地もなく、仕事もないことから地方からバーミヤンに移り住み、ずっと洞穴の一つに住み着いている一家です。電気も水もなく、もちろんトイレもありません。そこに夫婦と子ども5人の計7人で暮らしているのです。

 

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 移転は進んだものの、いまだに石窟に住み着いている人々が。(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

私たちが訪問したこの日、夫は日雇いの仕事、長男は学校で、家には30歳の妻と子ども4人がいました。子どもは全員この洞穴の中で産んだと言います。中に通してもらって、そのあまりのベーシックさに、多くの途上国の現場を知っている私でさえも一瞬言葉が見つかりませんでした。

 

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 洞窟が彼らの住まい。夜の明かりとして家族が使っている懐中電灯が見える。(UNAMA/Anna Maria      Adhikari)

 

次女は障害があり、落ち着きなく動き回り、目が離せません。聞くと、近くで不発弾処理をした時にたまたまそばにいて、そのショックで今のようになってしまったそうです。小学校に通う9歳の長女が面倒を見ていますが、長女の目は怒りと諦めが入り混じったような眼差しで、およそ9歳の子どもとは思えない達観した表情をしています。

 

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 右の長女の達観した表情が気になった。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

「洞穴の外に出たところの崖が危ないので、子どもたちだけを置いたままで出かけられません。水汲みに行くときも、いつも子どもを連れていく必要があるんです」と溜息まじりで話すお母さんは、実年齢よりも10歳は老けて見えます。唯一の救いは、この地域は治安がある程度安定していて行政サービスへの距離も近いので、学校や病院には行けているということです。

 

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 「多くの人々が私たちを訪れて、写真を撮って帰っていったけれど、私たち家族には何の支援もない」とい    うお母さんに、返す言葉がなかった。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

「ここに暮らし続けたいのですか?それとも引っ越し先があれば、移りたいですか?」という問いに、「もちろん他の場所に移れるんだったら、引っ越したいですよ。でも私たちにお金はありませんから、助けてもらわないと」と言います。

 

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 近くの洞窟に暮らす子どもたちが集まってきた。(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

しかしながら、同行していた役人に「世界文化遺産の石窟からの移住計画はどうなっているのですか?」とそれとなく聞くと、財政難で手が回らないとのこと。行政の働きかけで多くの人々が石窟から移り住んだものの、自力で移ることのできない最も脆弱な立場にある人々がいまだに住み着いているのです。

 

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 心の整理がつかないまま、洞窟を後にした。水汲み用の黄色い容器が並ぶ。水汲みは重労働。(UNAMA/Jaffar Rahim)

 

表向きはきらびやかなオフィスビルや豪華な結婚式場が立ち並ぶ首都カブールとかけ離れた世界を目の当たりにして、なかなか心の整理がつきません。

 

                               撮影 根本かおる

世界レベルの格差の拡大について「世界で最も裕福な8人の富の合計が世界人口の下半分の36億人の富の合計に相応する」というデータを用いながら講演などで語ってきましたが、厳しい現実を生き抜かなければならない家族を目の前にして、どこに生れ落ちるかでここまでの格差と不公平があるのかと、言葉を失ってしまいました。日本人に顔つきの似ている人々だからこそなおさら、その不条理が感じられてなりませんでした。

 

 

連載:アフガニスタンで平和について考えた  ~ 根本かおる所長のブログ寄稿シリーズ(全5回) (3)アフガニスタンへの難民の帰還ラッシュ

シリアに次いで世界で2番目に難民を生み出しているアフガニスタン。実は今、パキスタン、イランから難民が同国に戻る帰還ラッシュが起こっています。2016年には100万人を記録し、2017年には120万人が帰還すると予想されています。4月29日から5月3日にかけて、同国を訪れた私は、不安定な治安状況のなか、護衛のついた防弾車で移動し、これらの人々が暮らす帰還民支援センターなどを訪ねました。また、日本企業による女性自立を支援するプロジェクトのもと、避難民の女性が刺繍づくりに携わっている集会所も訪ね、女性たちの声を聞きました。厳しい状況下で懸命に生きる人々の様子をお伝えします。

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アフガニスタンの今を語る上で、難民の帰還は是非見て行ってほしい」と国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)広報部のリアム・マクダウル部長に言われ、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の職員の経験の長い私は、二つ返事で了解しました。

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 カブールの、帰還する難民たちに現金の支援を提供するセンター(UNHCR Photo)

 

2001年11月にタリバン政権が崩壊してから15年以上経つものの、アフガニスタンは、シリアについで世界で2番目に多くの国境を越えて逃れた難民を生み出してしまっているということをご存知でしょうか。難民登録している人たちだけでも、2016年半ばの時点でパキスタンにおよそ150万人、そしてイランにおよそ100万人、世界全体で250万人を超える人々が難民として避難しています。さらにおよそ同じ規模の人たちが、登録せずに事実上避難生活を送っているものと見られます。2016年にヨーロッパに渡った難民・移民でシリアに次いで多いのがアフガニスタン出身の人々です。

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 ヨーロッパを目指し、トルコ経由でギリシャのレスポス島にたどり着いた人々。アフガニスタン出身の人々  も多い。(UNICEF/Ashley Gilbertson VII)

 

また、紛争の影響で国内に留まりながら避難生活を送る人々についても、Internal Displacement Monitoring Groupによると、治安の悪化のあおりを受けて2016年で65万人が新たに避難を強いられ、2016年末の数字155万人は2013年の倍以上、120万人を記録した2002年以来記録を更新するまでに増えているのです。

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 北部クンドゥス県で紛争の被害にあった人々に支援物資を配給。2015年10月UNAMA/Shamsuddin  Hamedi)

 

UNAMAによると、2014年に多国籍軍が大幅撤退して以降反体制武装勢力の活動が活発化し、こうした武装集団による事件も2016年には2015年の23パーセント増えています。武力衝突という面でも、2016年には、全国34県のうち33県で反体制派武装勢力と政府軍との激しい衝突がありました。連載第1回で触れたように、2016年に戦闘やテロによって民間人が死傷した数は1万1,418人と、UNAMAが調査を開始した2009年以降最悪の数字を記録し、その3人に一人は子どもで、2009年初めから2016年末までに民間人の死傷者数の合計は7万人を超えています。さらに、5月25日にニューヨークの国連安全保障理事会で行われた紛争下での民間人の保護に関する討論でグテーレス事務総長は、アフガニスタンで医療施設や医療スタッフを対する攻撃が2016年には2015年のおよそ倍に増えていると警鐘を鳴らしました。調べれば調べるほど深刻な数字に行き当たり、巨大な結婚式場が立ち並ぶカブールの表面的なきらびやかさとは程遠い厳しい現実に驚かされます。

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 2017年5月25日の安全保障理事会での議論で、グテーレス事務総長は「病院や民間人への攻撃は国際法の著  しい無視だ」と警鐘を鳴らした。(UN Photo/Eskinder Debebe)

 

ところが、そのような状況にも関わらず、新たな動向として、2016年後半から大量の人々がパキスタン、イランからアフガニスタンに帰ってきているのです。2016年合計で難民として登録されていた人々、登録せずに避難していた人々あわせて合計100万人を超える帰還がありました。

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 難民たちは家財道具をトラックに積んで帰還(UNHCR Photo)

 

2017年に入ってからも厳しい冬による中断を経て、5月20日現在でおよそ22万人が帰還しています。国連の人道援助部門では、2017年には120万人が帰還するものとして事業計画を立てています。

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                                UNHCR Photo

 

特に憂慮されるのがパキスタンでの事情です。パキスタン国内の治安が悪化したのに加えて、パキスタンアフガニスタンとの二国間関係の悪化を受けて、2016年半ば以降アフガン難民が帰還せざるを得ない状況に追い込まれました。UNHCRが帰還民に調査したところ、警察による家宅捜索やハラスメント、パキスタン政府の政策により難民登録証が無効となる危険性などが帰還の主な理由に挙げられました。厳しい現実の中での選択だったことがわかります。長い人になるとソビエト連邦アフガニスタン侵攻の時代から30年以上にもわたるパキスタンでの暮らしをあとにしての帰国になります。

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 アフガニスタンに帰還する女性と子どもたち。トルカム国境検問所で(UNAMA/Kirk L. Kroeker)

 

定住先もなく、UNHCRの調査では、半数は元の故郷には帰らず、パキスタン北西部からトルカム国境検問所を経てアフガニスタン側のナンガハール県、そしてその隣で首都のあるカブール県などに留まっています。身寄りがない、定住場所がない、仕事がないという不安定な状況に加えて、ただでさえ脆弱な学校や医療サービスなどの社会インフラを圧迫しているのです。追跡調査に応じた人たちの75パーセントは「帰還してよかった」と回答し、「帰還したことを後悔している」の5パーセントを大きく上回っていることに救われます。

私はUNHCRがアフガニスタン政府や多くの援助機関と協力して運営するカブール近郊の帰還民支援センターを視察しました。

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カブール近郊の現金化センターにて(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

UNHCRは登録難民の帰還、国際移住機関(IOM)は登録されていない難民の帰還、という区分けで責任分担し、ここは登録難民が帰還した際に一人あたり200ドル程度(出身地までの距離によって多少の違いがある)という現金が手渡されるencashment center(現金化センター)です。

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 日本政府も支援国の一つ(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

子どもの予防接種、栄養失調の子どもへの栄養補給、地雷などの危険回避教育、土地問題の相談など、様々なサービスを一度に総合的に受けられる効率的な流れになっています。 

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様々な分野の支援サービスがまとめて受けられる仕組みに(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

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 地雷などの爆発物について真剣に耳を傾ける人々。特に子どもたちが被害に遭いやすい。(UNAMA/Anna  Maria Adhikari)

 

現金を受け取ったところを見計らって一人の年配の女性に声を掛けてみました。「そのお金は何に使いますか?」「これは部屋を借りるのに使うわ」

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この女性は人見知りなどせず、明るく話してくれた(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

「故郷はどちらですか?何年パキスタンにいたのですか?」「北部のクンドゥスだけど、そこには帰らないでカブールで暮らすつもり。頼れる親戚もいるしね。パキスタンには30年以上いたけど、やっぱりアフガニスタンに帰ってきて嬉しいわね」

もう少し若い人たちとも話してみました。「パキスタンで生まれました」というモハマドさんは28歳。同じく28歳の妻と小さな子ども3人で北部のクンドゥスに戻ります。

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                           UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

 

アフガニスタンでの生活を知らない中で、帰ってくることを決めた理由は?」「警察にいろいろと嫌がらせを受けるようになって、それならもう帰ろうと思いました。クンドゥスに戻るのは不安ですが、一応親戚や家族もクンドゥスにいるので、帰ります」クンドゥスという政府軍とタリバンとがしのぎを削っている前線に帰るというモハマドさんは苦しい胸の内を語ってくれました。先ほどの女性のあっけらかんとした感じとは正反対です。一家の無事を祈らずにはいられません。 

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                           UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

 

カブールには治安の悪化のあおりを受けて故郷を後にした人々が集まりますが、厳しい避難生活を送る女性たちの自立を支援するプロジェクトを日本企業が始めています。読者の皆さんの中にもユニクロの店頭などでもう着なくなった服を回収する呼びかけをご覧になったことがある方も多いでしょう。ユニクロ、GUなどのブランドを持つ株式会社ファーストリテイリングは、2006年の全商品リサイクル活動の開始以来、2017年初めまでに合計5000万点を回収し、世界の難民・避難民らに寄贈してきましたが、世界の難民のおよそ半分が子どもという状況の中では子ども服が十分に集まっていません。

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                ユニクロ(撮影場所:ルワンダ 撮影年:2016年)

 

そこで、人気刺繍作家の小林モー子さんとコラボして、小林さんデザインのモチーフをアフガン女性たちが刺繍して作ったチャームを、「世界難民の日」の6月20から8月31日までの「子ども服回収強化月間」に子ども服のリサイクルに協力してくださった方々先着1万人にプレゼントするというのです。

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 人気刺繍作家の小林モー子さんのデザインをモチーフにしたチャーム(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

ファーストリテイリングのグローバル・パートナーであるUNHCRを通じて現地のNGOと連携し、カブールの国内避難民の女性たち、そしてマレーシア、インドで暮らすアフガン難民の女性たちに刺繍を行ってもらい、女性たちに手間賃を支払うという職業訓練・収入創出のスキームです。日本からのデザインと材料がカブールに届き女性たちが活動をスタートさせたと聞いて、UNHCRチームの案内で活動現場に向かいました。幹線道路から脇に入り、土を固めただけの道を車はどんどん進みます。 

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 幹線道路から少し入ると道はデコボコに(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

行き着いたのは民家を活用した集会所で、UNHCRの男性の広報担当は中には入れません。この時ばかりは、自分が女性で本当に良かったと感じました。集会所では、白衣を着た女性たちが机に向かって一列に並んで座り、練習台の布を使ってお手本に倣って慣れるまで練習をしているところでした。

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 集会所には男性は入れない(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

女性たちは「刺繍は普段からやっていますが、こうしたデザインは初めてです。でも、新しいことを学ぶのは楽しいし、それが収入にもつながるのでとてもやりがいがあります」と嬉しさを口にします。武力衝突の激しいナンガハール県、クンドゥス県から避難してきた女性たちにとって、少しでも収入につながる機会は大変貴重です。

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 集中して刺繍をする女性たち(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

中には収入のある人が家族におらず、自分が家計を支えることになるという人もいました。赤とピンクの刺繍糸という色鮮やかでかつ柔らかいものに触れることも、先の見えない避難生活を送る女性たちにとって心理的にポジティブな効果があるのかもしれません。私は大学時代に母親に教えてもらいながら自分で簡単な服を縫って着ていた経験があります。日本から提案されたデザインを見ながら一生懸命に針仕事をするアフガン女性たちの姿を拝見し、国境を越えたつながりを感じ、何だか熱いものが胸に込み上げてきました。

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                                UNAMA/Anna Maria Adhikari

 

「ご家族は皆さんが家の外で仕事をすることに賛成してくれているのですか?」「すぐ近所に住んでいるので、家族もサポートしてくれています」「手間賃をもらえるので、家族も喜んでいます」こうした前向きな答えが聞こえるものの、写真を撮ってもいいかと尋ねると、スカーフで顔を隠す仕草をする女性たちもいて、やはりそこはカブールに暮らしているとはいうものの、前回ご紹介した女性活動家のライルマさん、サイフォラさんなどとはまったく異なり、伝統的な価値観の強い地方出身者なのだなと感じました。

                                                                                                       撮影 根本かおる

 ところで、今回の視察ではアフガニスタン治安当局と国連の安全担当チームとの護衛もついて、UNHCRチームの車と車列を組んで移動しました。車は防弾車で、ドアも防弾仕様になっているため非常に重く。ドアの開け閉めのにも一苦労します。

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アフガニスタン治安当局の護衛の車が先導(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

難民の現金化センターに向かう中で、突然大きな爆発音がし、振り向くと自分たちが来た方角で黒煙がモクモクと上がっているのです。後でインターネットを確認すると、北大西洋条約機構(NATO)の軍の車列を狙ったイスラム国の自爆テロで、少なくとも8人の民間人が死亡、アメリカ軍関係者を含むおよそ25人が負傷、多くの民間の車両が巻き添えになったとありました。もし私たちの車列が少し遅れていたなら、大変なことに巻き込まれていたかもしれません。アフガニスタンの人々、そしてこの地で働く同僚たちが日々強いられている緊張感を思い知らされた瞬間でした。

そして、ラマダン中の5月31日。カブール中心部は恐ろしいテロ事件に見まわれました。報道によると、各国の大使館などが集中する地区で大量の爆発物を積んだバキュームカーが爆破し、少なくとも80名が死亡、350人が負傷するという最悪の事件でした。日本大使館職員、国際協力機構(JICA)関係者の日本人2名も爆風で割れた窓ガラスで軽傷を負っています。山本忠通アフガニスタン担当事務総長特別代表は抗議声明の中で、「今日起きた攻撃は、はかり知れない苦しみを多くの人々にもたらしました。それ以上に、平和なラマダンの期間中、一般市民が暮らす地域を狙った大規模なトラック爆弾の爆発は、道徳上許されない非道な行為です」と強く非難しています。アフガニスタンで出会った人々のことを思うと、憤りを感じると同時に、何もできない自分にもどかしさを抱きながら、ただただ平和を祈るばかりです。

連載:アフガニスタンで平和について考えた  ~ 根本かおる所長のブログ寄稿シリーズ(全5回) (2)アフガン女性たちが平和をつくる

アフガニスタン訪問記の第2回は、同国での女性たちとの出会いにスポットを当てます。UNAMAフィールド事務所を率いるフィリピン出身の女性所長との出会いや、Afghanistan Justice OrganizationMedica Afghanistanなど、同国の市民団体をけん引する女性たちのインタビュー、バーミヤンのFMラジオ局の番組で女性の活動家や宗教家らと行っジェンダー論議など。依然として厳しい環境ながらも、身の危険をも乗り越えて活躍する女性たちの逞しさをお伝えできればと思います。

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国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)広報部のアウトリーチ部門チーフのアンナに、私はリクエストのトップに「アフガン女性たちを取り巻く状況について知りたい」と挙げていました。女性の権利推進とエンパワーメントは、アフガニスタンにおける国連の活動の重点項目の一つとなっています。4月29日、日本の支援で建設されたカブール国際空港に降り立ち、宿舎にスーツケースを置いた直後には、私は女性団体で働くアフガン女性たちとのミーティングに臨んでいました。

 

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日本からのお土産「柿ピー」を食べながら、ジェンダー論議。右の男性はUNAMAのジェンダー担当官 (UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

面会に応じてくださったのはAfghanistan Justice Organizationの創始者であり副会長を務めるライルマさんと、Medica Afghanistanのサイフォラさんです。お二人とも女性に対する暴力の根絶や男女の機会均等などに関する法制度の整備・改正に関わり、サイフォラさんは個別ケースの救済にも関わっていらっしゃいます。アフガニスタンでは、女性を暴力から守り、女性の権利を保障する活動は、まさに命がけの仕事です。社会のあらゆる側面において女性の権利を唱えることは伝統的な文化や社会規範に楯突くものと見なされるからです。タリバンなど武装組織のみならず、政府関係者、軍、軍閥らが加担することもあり、家族からの反対・反発もあります。ライルマさん、サイフォラさんもこうした圧力から無縁ではなく、そんな厳しさにも関わらず私との面会に応じてくださったことを心からありがたく思いました。

 

2009年に決定された「女性に対する暴力廃絶法」を骨抜きにしようという議会の動きがあることや、女性省や各省のジェンダー・ユニットがあるものの限られた影響力しかなく、公務員の採用において腐敗や縁故主義がはびこって実力を持った女性が登用されないこと、職場でのセクシャル・ハラスメントが蔓延していること、司法制度が男性中心である上、腐敗が激しいことなどについて、熱を帯びた口調で語ってくださいました。女性の司法へのアクセスを考える際、女性の裁判官の有無が重要ですが、タリバン政権下にはゼロだった女性の裁判官は、現在260名にまで増えたものの、女性の裁判官が任官されたのはカブール、ヘラートなどの5つの県に限られています。多くの障害を乗り越えて活動を続けてきたお二人からは、野太いたくましさが感じられます。

 

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Afghanistan Justice Organizationの創始者であり副会長を務めるライルマさん(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

UNAMAはこうした女性団体・女性の代表が活動の幅を広げ、声を上げることを、国連だからこその役割と調整力を発揮して側面支援してきました。「アフガニスタンの女性を取り巻く環境は、道半ばです」とライルマさんは言います。「政府は治安問題や和平交渉のことで頭がいっぱいで、教育や医療サービスを含む女性の課題は後回しにされがちです。2014年で多国籍軍のほとんどが撤退し、国際社会からの援助も減る傾向にあり、女性団体の数もピーク時の半分ほどに減っています。是非国際社会には粘り強く支援を継続すること、アフガニスタンの女性たちを取り巻く状況に関心を持ち続けることを強くお願いしたい」と苦境について説明してくれました。

 

治安の悪化を受けて、ただでさえ制約されている女性の移動の自由がさらに制限されるようになったとサイフォラさんは言います。「北部の重要都市のクンドゥスが2015年にタリバンの手に陥落したことは、人々を不安に陥れ、カブールでも安心できなくなりました。事実、私たちの事務所のすぐそばでも爆発がありました」と語るサイフォラさんは、イギリスとスウェーデンでそれぞれ修士号を取得した才媛です。「父親は医者ですが、母親は読み書きができません。父親が私の留学を応援してくれて、反対する家族や親せきを説得してくれました。単身スウェーデンに留学した時は、すでに結婚していましたが、夫が大変理解があったおかげで実現しました」

 

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Medica Afghanistanのサイフォラさんには、アメリカとスウェーデンへの留学経験が(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

もし是正するとしたら何から着手したいですかと尋ねると、ライルマさんは「強い公務員任用委員会」を挙げ、「改革への強い政治的な意志に加えて、それを担える人材を育成することが必要で、今のアフガニスタンには特に後者が欠けています」と、最大の雇用供給元である政府機関に対して注文を付けました。日本からの支援への感謝の気持ちを述べる中で、ライルマさんが語った言葉にハッとさせられました。「アフガニスタンは1970年代から平和を求めて苦しんでいますが、もとはと言えば外から持ち込まれた紛争のために傷ついてきたのです。日本も含めた国際社会には、是非そのことを忘れないでほしい」と訴えるライルマさん。ふるくはロシア・ソ連大英帝国にはさまれ、多くの国々と地続きで、世界・地域の大国に振り回されてきたアフガニスタンの歴史に、島国・日本がいかに幸運であったかを感じずにはいられませんでした。

 

実は、女性の政治参画や公務員に占める割合などにおいて、アフガニスタンは日本の上を行っています。議会下院で女性議員が占める割合は、クオータ制を設けて推し進めてきたアフガニスタンが27.7パーセントなのに対して、日本は9.3パーセント。国家公務員の幹部職員に占める女性の割合は、アフガニスタンは9.8パーセント、日本はおよそ4パーセントです。こうした数字の比較をアフガニスタンでラジオ出演した際に紹介したところ、ほかの出演者から随分と驚かれました。カブールから小型飛行機で西に30分のところにあるバーミヤンのFMラジオ局、「ラジオ・バーミヤン」で女性の社会参画を取り巻く課題についてのディスカッション番組に出演したときのことです。

 

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ラジオは、アフガニスタンで最も有力なメディアの一つ(UNAMA/Jaffar Rahim)

 

アンナがチーフを務めるUNAMA広報部のアウトリーチ部門は、アフガニスタンのメディアに対して客観的な報道や番組の作り方、ソーシャル・メディアの使い方などについて研修を行うとともに、女性団体をはじめとする市民団体についても、社会変革を担うエージェントとして、マスコミを通じて意見表明することに対して背中を押してエンパワーする支援を行っています。

 

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ラジオ・バーミヤンにて。アフガニスタンの職場では、子どもを連れて出勤するお母さんに寛容だ(UNMA/Anna Maria Adhikari)

 

ラジオ・バーミヤンは、アフガニスタンで最初の独立系ラジオ局として2002年に開局しました。コミュニティーに根差したラジオ局で(電力はすべて太陽光発電で賄われています)、地域の課題を丁寧に取り上げ、UNAMAと様々な形で連携しています。ラジオ・バーミヤンではスタッフの半数近くが女性で、私がバーミヤンを訪れているタイミングをとらえて、女性ディレクターの発案によりバーミヤン県庁の女性問題担当官、地域の女性活動家、女性の元県議会議員、女性の宗教家を集めてディスカッション番組を収録したのです。大学時代にラジオの深夜番組でDJを務めていた私は、ラジオというメディアが活躍していることを個人的にとても嬉しく思いましたし、UNAMAが女性の宗教家が社会に対して影響力を持っていることに着目して発言の場づくりに貢献していることに感心します。

 

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左は女性の宗教家、左から2番目は女性活動家(UNAMA/Jaffar Rahim)

 

バーミヤン県からは2005年にアフガニスタンの歴史の中で初めての女性の知事が生まれ、アフガニスタンの中では比較的リベラルな風土として知られ、女性たちが番組づくりに深く関わっていること、ラジオというメディアの場で臆せず意見を述べる女性たちがいることに大変勇気づけられます。国全体の民族・宗教構成の中ではマイノリティーにあたるイスラムシーア派のハザラ族が多く住み、開発が最も遅れている県の一つではあるものの、教育全般ならびに女子の就学に関連した指標では、全国平均を大幅に上回っていることに女性たちは胸を張ります。ハザラ族の間で女性に対して進歩的な意識が強いことは、アジア財団の世論調査でも明らかになっています。

 

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右はバーミヤン県の女性問題担当官、左はラジオ・バーミヤンのプロデューサー(UNAMA/Jaffar Rahim)

 

収録後5月17日に放送になった番組の中で話題になったのは、県の職員に占める女性の割合が17,5パーセント、意思決定を行えるレベルには3人にとどまっていること、女性の採用を推進するために県の人事センターから採用情報や面接の受け方、コンピューター・トレーニングなどの実務的なサポートの提供が必要であること、役場という職場からハラスメントをなくして安全な環境にすることが重要であることなど、次々に意見が出され、県の職員が防戦に回っていました。

 

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 ジェンダーについて語ると、国境を越えた連帯感が生まれる(UNAMA/Jaffar Rahim)

 

私からは、女性の課題の推進には先進国・途上国を通じてやはり男性トップのコミットメントが必要だと、安倍総理の進めるウィメノミクスの例をひいて訴えました。女性の元県議会議員の「女性が教育を受ければ、家族全体が教育を受けることにつながる(if a woman is educated, the whole family is educated)」という言葉が強く印象に残りました。番組収録が終了すると、出演者たちは「女性の課題に先進国・途上国の別はないのですね!」と語り、そこには同志としての連帯感が溢れていました。

 

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右は、元県会議員の活動家(UNAMA/Jaffar Rahim)

 

バーミヤンは雪山の連なりに囲まれて近くにスキー場まであります。標高2,500メートルの高地の町バーミヤンのUNAMAのフィールド・オフィスのヘッドは、フィリピン出身のアイリーン・ヴィラレアルさんです。

 

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バーミヤンの空港に出迎えに来てくれたアイリーン(UNAMA/Jaffar Rahim)

 

バーミヤンに赴任する前は、スーダン国連アフリカ連合ダルフール派遣団で勤務していました。「ダルフールに比べれば、バーミヤンのオフィスや宿舎、住環境はずっと快適よ」と言うツワモノで、フィリピンに大学教授の夫を残しての単身赴任です。UNAMAの12のフィールド・オフィスのうち5つを女性の所長が率いていますが、これも「lead by example」、つまり実例をもってして女性でもリーダーになれるということを周囲に示すことにつながるでしょう。「バーミヤンという県庁所在地だけを見て判断しないでほしい。はるか離れた地区に行くと、まだまだ伝統的な価値観が支配的で、女の子が学校に行かせてもらえないという現実がある」とアイリーンは口を酸っぱくして言います。

 

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バーミヤン県知事をアイリーンとともに表敬。県知事との関係構築もUNAMAフィールド・オフィスのヘッドの重要な任務(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

アフガニスタンの厳しい環境の中にあって、少なくとも女性たちが置かれた状況はゆるやかにではありますが、確実にタリバン政権のころと比べて前進しています。これは2004年からアフガニスタンの人々の意識調査を行ってきたアジア財団の分析にも表れていることでもあります。紛争による避難生活や女性として意見を主張することによる身の危険などを乗り越えてきた女性の代表たちの経験に裏打ちされた堂々とした態度に、大いに励まされました。

 

連載:アフガニスタンで平和について考えた ~根本かおる所長のブログ寄稿シリーズ(全5回) (1)15年ぶりのアフガニスタン再訪

アフガニスタンは今、長きにわたる劣悪な治安情勢により、人々の生活が深刻な影響を受けています。2016年末の国内避難民の数は約150万人。2009年から2016年までに民間人の死傷者数は合計7万人を超えたといわれます。現在、同国には、国連の特別政治ミッション、「国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)」が展開していますが、同国において、国連はどのように人々に寄り添って支援活動を行っているのでしょうか。国連広報センター所長の根本が今年5月はじめ、同国を訪ね、現地の様子や国連の活動を視察しました。その報告を全5回でお届けします。

 

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突然ですが、孫悟空が大活躍する『西遊記』はご存知ですね? 最近では香取慎吾さんが孫悟空の役を主演してドラマ、映画になっています。これに登場する三蔵法師は、唐時代の実在の高僧、玄奘三蔵がモデルです。『西遊記』はフィクションではありますが、玄奘三蔵が経典を求めてはるか天竺(インド)まで敢行した旅を記した『大唐西域記』、つまり実話が元になっています。日本仏教の発展には玄奘の貢献が少なからずあります。というのも、玄奘は天竺から持ち帰った経典を中国の言葉、つまり漢字に訳し、それがさらに日本に伝わり、日本仏教に受け継がれたからで、その中の一つが『般若心経』です。日本で最もよく知られ、親しまれているお経ですね。その玄奘は『大唐西域記』の中でアフガニスタンバーミヤンの石仏についても触れ、タリバンによる爆破で今はなきバーミヤンの石仏は金色に輝いていたと記しています。

 

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 バーミヤン渓谷をのぞむ。左右の石窟には、破壊された大仏が(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

このように日本とふるくからのつながりのあるアフガニスタンで、2016年6月から国連のトップを務めるのは山本忠通(ただみち)事務総長特別代表です。

 

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山本忠通事務総長特別代表は地方に頻繁に出向いて有力者に働きかける。2017年4月、クンドゥス県の知事と(UNAMA/Shamsuddin Hamedi)

 

明石康さん(カンボジア、旧ユーゴスラビア)、長谷川祐弘さん(東チモール)についで3人目の日本出身の事務総長特別代表で、アフガニスタンでの国連システム全体を束ねる国連の「顔」でもあります。外務省出身の山本さんは、休暇のための一時帰国の折に国連広報センターに立ち寄り、「自分の外交官人生の中で一番やりがいを感じる」とアフガニスタンでの仕事について語っています。

 

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世界報道自由デーに際して、ジャーナリストの安全について記者会見する山本特別代表(UNAMA/Fardin Waezi)

 

さらに、山本特別代表の存在に加えて、アフガニスタンは日本が国連を通じて多額の支援をしてきた国です。2001年以降、「アフガニスタンを自立させ、再びテロの温床としない」という目的のもと、これまでに総額およそ64億ドル(およそ6,330億円)に上る支援を実施してきました

 

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アフガニスタン東部のナンガハール県にて。日本の支援で人々が帰還する地域に潅漑用水などのコミュニティー・インフラを整備(UNHCR photo

 

2016年10月にブリュッセルで開かれたアフガニスタン支援国会合でも、日本は2017年から2020年までの4年間、毎年最大400億円の支援をアフガニスタンに対して行うことを表明しています。これは是非アフガニスタンでの国連の活動を視察して日本の方々に伝えるしかない!と思い、2017年4月29日から5日間、首都カブールとバーミヤンを訪問しました。

 

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国連WFPの支援を受けて女性たちを対象にカーペットづくりの職業訓練を行っている女性リーダーと。訓練に参加すると、換金できるEバウチャーが携帯電話のショートメールで届くという仕組み(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

後述する治安の悪化に伴い、日本の外務省はアフガニスタン全域について「レベル4:退避勧告」を発出していることから、日本の報道機関による現地取材も大幅に減っています。だからこそ、国連職員として国連の安全管理対策のもとで出張して発信できる立場は有意義でもあるでしょう。

 

一般的によく知られている国連PKOと並び、国連は現地を拠点として活動する「特別政治ミッション」を展開しています。紛争を予防し解決すること、および持続可能な和平を構築するために加盟国と紛争当事者を支援することを中核するもので、国連PKOと異なり、軍ではなく文民が中心です。紛争の中心にはしばしば政治的な問題があることから、平和を設立目的の柱とする国連には長い政治ミッションの歴史があります。しかしながら、現地を拠点とする「特別政治ミッション」は冷戦後の1990年代に入ってから飛躍的に増えました。人員・予算の規模が拡大するとともに、任務の面でも、人権、法の支配および紛争における性的暴力などの分野にわたり、多面的かつ複雑なものになっています。

 

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アフガニスタン政府と国際社会との調整を目的とする「アフガニスタン共同調整モニタリング・ボード(JCMB)」にアシュラフ・ガーニ大統領(左から3人目)とともに出席する山本特別代表。山本特別代表はJCMBの共同議長を務める(UNAMA/Fardin Waezi)

 

現在世界11か所で展開されているミッションの中で最大規模のものが、「国連アフガニスタン支援ミッション(UN Assistance Mission in Afghanistan、略してUNAMA)」です。2001年11月のタリバン政権崩壊を受けて、2002年3月に国連安全保障理事会の決議により設立されました。UNAMAのスタッフの規模は総勢1,500名以上で、現地に拠点を置く特別政治ミッション全体の陣容5,000人超の3分の1を擁しています。

 

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アフガニスタンのアブドッラー・アブドッラー行政長官と記者会見にのぞむ山本特別代表(UNAMA/Fardin Waezi)

 

アフガニスタンで政治的な調停を行い、政府に協力と支援を提供し、和平と和解のプロセスを支援し、人権と武力紛争における市民の保護を監視・推進し、法の支配の促進・腐敗廃絶・公正な選挙の実施への支援などガバナンスを促進するとともに、地域協力に向けた働きかけを行っています。さらに、アフガニスタンでの国連システムの先頭に立って、国際的な支援への取り組みを主導、調整しています。

 

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UNAMA広報部は、南部のカンダハールで地元のプレス・クラブと協力して、地元のジャーナリストを対象に研修を実施(UNAMA/Mujeeb Rahman)

 

首都カブールのみならず、アフガニスタン全土の12ヶ所にフィールド・オフィスを展開し、アフガニスタンの人々に寄り添った活動を行っています。パキスタンイスラマバード、イランのテヘランにも連絡調整のための拠点を持ち、周辺国を含めた地域協力の促進につなげています。

 

最近日本で報じられるアフガニスタンのニュースは、治安の悪化に関するものがほとんどです。事実、治安はアフガニスタンの人々の生活全般に深刻な影響を及ぼしています。2014年に多国籍軍の規模が大幅に縮小されると、反政府勢力タリバンアフガニスタン国軍の防衛能力に挑戦し、2015年には情勢が悪化。タリバンは支配地域を拡大したのに対して、アフガニスタンの治安・防衛部隊は守勢に回る格好となり、最近ではイスラム国も活動を活発化させています。こうした中、2016年に戦闘やテロによって民間人が死傷した数は1万1,418人と、UNAMAが調査を開始した2009年以降最悪の数字を記録しました。UNAMAの発表によると、2009年初めから2016年末までに民間人の死傷者数の合計は7万人を超えています。

 

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2016年に戦闘やテロによって民間人が死傷した数は1万1,418人と、UNAMAの調査開始以降最悪の数字を記録したというUNMAの記者発表は、国際的にも注目を集めた(UNAMA/Fardin Waezi)

 

2017年に入ってからわずか6週間の間にアフガニスタンの治安・防衛部隊側で807名が亡くなっています。4月21日には、北部の主要都市マザリシャリフで軍の基地が襲撃され、138名以上が死亡、60名以上が負傷するという事件があり、タリバンが犯行声明を出しています。

 

このような治安情勢では地域によっては医療や教育などの社会的なサービスへのアクセスが難しくなり、経済活動もなかなか進みません。加えて、駐留軍や海外からの支援が生む需要に依存する経済構造になってしまっていたところ、2014年の多国籍軍の大幅撤退を受けて2016年の経済成長率はマイナス2.4パーセントにまで落ち込んでしましました。国連開発計画の「人間開発報告書2016」によると、アフガニスタン人間開発指数は188ヶ国中169位。平均寿命、就学年数、妊産婦死亡率、乳幼児死亡率などの面では改善がありますが、一人当たり国民総所得は1990年と2015年の間に9.7パーセント減少しています。さらに、2016年だけで100万人以上のアフガン難民が、避難先のパキスタンで滞在する環境の厳しさが増す中で帰還し、過去14年間で最高の数を記録しています。突然100万人単位の人々が戻ってきたことは、すでに深刻化している治安状況もあり、脆弱な社会インフラに対して様々な圧迫要因になっています。

 

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2016年、パキスタンからアフガニスタンに帰還し、UNHCRからの当座の支援を待つ人々。長期にわたるパキスタンでの生活から、家財道具の多い帰還民が大勢見受けられる(UNHCR photo)

 

こうした中、2016年にはおよそ50万人があらたに国内避難民となり、2016年末の国内避難民の数はおよそ150万人と、2013年の倍以上になっています。2017年、国連アフガニスタンの人口のほぼ3割にあたる900万人が国際社会の支援を必要としていると見ています。

 

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IOMは日本の支援を受けて、アフガニスタン政府と連携して特に困窮するアフガン帰還民に対する「Assisting Afghan Return Migration Needs」支援プロジェクトを実施。イランとの国境に近い、西部のヘラートにて。イランから単身で送還されたこの女性はこのプロジェクトのもとサポートを受け、父親を見つけることができた(IOM photo

 

私はタリバン政権が崩壊した翌年の2002年にアフガニスタンを出張で訪問した経験があります。今の首都カブールは、表向きはきらびやかなオフィスビルやホテルが立ち並び、幹線道路は整備され、すべてが破壊されつくされていた当時とは比較にならないぐらいに「キラキラしている」ように感じられます。

 

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首都カブールの表通りは、整備が進む(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

しかしながら、依然としてインフラは行きわたらず、電気が安定的に供給されないため発電機が必要ですし、下水も整っておらず、首都カブールの街中でも一歩幹線道路を離れるとドブからさらえた汚物が道端にうず高く積まれ、強烈な悪臭に閉口しましたし、地域の人たちはこの粉塵を吸っていると思うと恐ろしくなりました。

 

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幹線道路から脇に入ると、ご覧のような状況。春でこの悪臭なら、夏にはどうなるのかと思いやられる(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

また、2002年には比較的自由に歩くことができたのに対して、今では少し移動するのにも、訪問先の安全面での事前チェック、防弾車・護衛の手配など、すべてがものものしくなっています。ものが溢れる首都での生活と洞窟できわめて原始的な暮らしを送る地方の貧困層とのギャップにも頭がクラクラしました。

 

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バーミヤンの石窟に暮らす家族。電気も水もトイレもない。5人の子どものお母さんは、職を求めてバーミヤンの町に移り住み、このほらあなで暮らし始めて12年になる。5人の子どもをこのほらあなで産んだ(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

 

このような状況の中で国連がどのようなアフガニスタンの人々に寄り添って支援活動を行っているのかを、UNAMA広報部アウトリーチ部門長でポーランド出身のアンナ・マリア・アディカリさんをガイド役に視察しました。アンナはネパールの国連人口基金南スーダン国連PKOでの仕事を経て、2014年からアフガニスタンに駐在しています。二人のお子さんをポーランドに残して働くパワフルなお母さんでもあります。

 

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UNAMA広報部アウトリーチ・ユニット長のアンナ・マリア・アディカリさん(左)が今回のガイド役(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

 

アフガニスタン国連に加盟したのは、国連が創設された翌年、また日本の国連加盟よりも10年早い1946年のこと。国連アフガニスタンでの活動の歴史は長く、様々な機関がふるくは1949年から活動を行っています。滞在中、人々が国連に寄せる信頼をひしひしと実感しましたが、これも人々に寄り添って支援活動をするアンナのような国連の同僚たちの努力の積み重ねによるものでしょう。

 

今回の貴重なアフガニスタン出張で見て、感じたことを、これからシリーズでお伝えしていきます!

TOGETHER、共に難民や移民の社会的排除の終わりを望んで -国連大学学長デイビッド・マローン氏とのインタビュー- Seeking an End to Social Exclusion of Refugees and Migrants TOGETHER -Interview with UNU Rector David Malone-

TOGETHERキャンペーンの一環として、この度、グローバル・マイグレーション・グループ(GMG)議長を務めるデイビッド・マローン国連大学学長(国連事務次長)にお話を伺いました。GMGとは、国際移住機関(IOM)や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を含む22の国連機関が集まるグループです。今年は、2018年秋に合意を目指す移民のためのグローバルコンパクトの基礎を整える活動を行っています。また、世界中で移民が重要な政治課題となっている現状を踏まえた上で、SDGsのゴール10(人や国の不平等をなくそう)にも関係する社会的排除を根絶するための取り組みなどについて、貴重なお話をお聞きしました。

(聞き手:国連広報センター所長 根本かおる)

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Kaoru Nemoto (KN): Thank you so much for being with us today. You’re holding the chairmanship of the Global Migration Group (GMG) at a very critical time.

 

David Malone (DM): Well, happily, the 22 agencies and funds and programmes plus the Secretariat who participate in the work have already set a very different work programme, for this year at least. What we are trying to do as a group of agencies is help member states negotiate the best possible compact on migration in 2018. That is our only purpose in 2017 and 2018 and that is the fundamental change that was agreed amongst us in February of this year, after a very frank dialogue amongst us.

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In all organizations there is a tendency to go on doing what you’ve been doing because you’ve been doing it. But what changes everything is the decision taken last September 19th at the summit level, of the Member States to negotiate two compacts, which may or may not be binding, probably not, but still engage their responsibility. One is on refugees and it’s important because there are so many refugees in the world today. But it’s probably an easier exercise because we already have a number of agreements on refugees. Indeed, the agreements that underpin the activity of the UN High Commissioner on Refugees have shown us the way and it may be possible to add to those. But we already have a good body of agreements that is widely subscribed.

 

On migration we have nothing; I shouldn’t say nothing because there is the Domestic Workers Convention and that’s very important because we know so many individuals, often women, travel the world in order to support their families back home, working as domestic workers, and have very often been treated shoddily in other parts of the world; basically not accorded their rights or even often paid what they were owed, had their passports confiscated, and all sorts of other unacceptable practices. There are also the Migration for Employment Convention and the Migrant Workers Convention. So we have these agreements and they discuss very practical matters, helpfully. But overall there are few agreements.

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During the opening of the UN Summit for Refugees and Migrants, Secretary-General Ban-Ki Moon seated right) and William Lacy Swing (seated left), Director General of the International Organization for Migration (IOM), sign the agreement to make the IOM a Related Organization of the UN. © 2016 United Nations

 

But there are a number of very dedicated NGOs internationally, as well as a wonderful international organization called the International Organization for Migration, Geneva based. It’s a very low cost, high-impact organization that focuses on the migrants. It doesn’t focus on chat, it doesn’t focus on international politics, and its only concern is service to the migrants. Not surprisingly, they are very well supported by funders because unlike so many agencies, they’re clear about what they’re doing, why they’re doing it, how they’re doing it and they do it at low cost. What’s not to like? So importantly, I mention IOM because it had always been an agency quite independent from the UN system, working with the UN quite often, occasionally sitting with the UN, but legally it had nothing to do with the UN. On September 19th at the Member States of the UN at the head of government level decided to invite IOM as a related organization. Nobody is quite sure what that means, but it brings IOM into the organization and that is very good. So the GMG, of which IOM was already a member, needs to adjust to the fact that IOM is now in the UN system, and this is a very good thing in my opinion.

 

There are many reasons for the GMG to change its work programme but I’d say the two immediate stimuli were that the Secretary General and his new Special Representative, Louise Arbour, needed support from the agencies to do their work to help the member states in negotiating a compact on migration. Secondly, the President of the GA also reached out to the GMG on how we could help delegates and government representatives in New York and Geneva educate themselves more, not on how we can negotiate agreements, but on migration itself. Most of us know much less than we think we know on migration. I come from a country of migration, both in and out. There are probably three million Canadians abroad at any given time and we have many non-Canadians in Canada; for us that’s a very good thing.

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Japan funds IOM humanitarian projects worldwide. © 2017 IOM

But if we were to ask even very knowledgeable people, frankly I think we would get about 1% at best of semi-accurate responses. I realize that also was the case for me after I realized that I would be chairing the GMG this year. Being a researcher myself, my first question was what do I know, and frankly the answer was too little, and of course, the more I’ve tried to learn, the more I realized I don’t know, because learning is a never-ending process and that’s why the GMG, with the expertise of the various agencies, funds and programmes, also the variety of opinion within this group of agencies can be helpful, and I’m not sure it had been so helpful in the recent past. Indeed, we were told at our retreat in February of this year, that Member States had been quite disappointed with the output of GMG and that was helpful for the agencies to hear, and also for me to hear. If our clients are disappointed that’s something you don’t want to ignore and we can change, because these are excellent agencies and funds and programmes, all with specific knowledge, specific programmes that are very valuable.

 

We were lucky because the previous chair of this group was UN Women, and they are a fairly small agency like UNU, but they have a very dedicated team working on this. They have done a good job of preparing us; if we hadn’t had the partnership of UN Women and some very solid research work the previous chair, the World Bank had done, we probably would not have been able to achieve what we have achieved so far, which is just a modest beginning of how GMG will probably wind up working in the long run. Nearly all individuals, certainly all organizations, are very resistant to change. So we needed this new stimulus from member states, from the Secretary General, for the agencies to understand that actually good enough isn’t good enough- we needed to be better and more focused and more responsible to what the member states actually needed.

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Fifteenth Coordination Meeting on International Migration 16-17 February 2017 United Nations Headquarters, New York (David Malone - second from the right) © 2017 United Nations

 

KN: Yes, I looked at the draft resolution for the modalities and it’s really packed!

 

DM: It is very packed, it may be over packed in fact, but what I like about the process is it’s at regular intervals. Many of the delegates are already quite well informed on some aspects of migration, so I think the way the process unfolds this year, which is a preparatory process, is that the member states will not be negotiating this year - they’re simply trying to prepare themselves. So in that sense having, if anything, too much activity is probably better than having too little. I think that was the thinking of the President of the GA and the two co-facilitators who were the ones who largely shaped the resolution - you’re mentioning the ambassadors of Mexico and Switzerland, both very accomplished actors. I think they felt more may be better than not enough because the challenge is a very significant challenge and not everybody in the UN realized how significant.

 

KN: Indeed, there is strong reaction of xenophobia in many parts of the world, and you talk about the importance of knowing facts. There are negative myths about migration, and it’s really important to know these facts and have analyses of the data.

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DM: But also to allow countries a forum in which to compare their national experience. Because the absence of facts, but also the absence of understanding how other countries have successfully benefitted from migration is important. For one thing, activists sometimes distort reality too. When I think of my own country, Canada, the first generation immigrants to Canada, the parents, have nearly always suffered a lot, including in Canada, after they settled. They often left behind good jobs in their own countries for which they were qualified. They come to Canada, find their qualifications don’t meet Canadian standards, wind up having to take jobs that they would never have considered in their own country. Why do they do this sometimes? Simply for their children or other family members to be safe, but nearly always, they have in mind the education of their children.

 

The positive aspect of what the Canadian example shows is not that we treat our immigrants so fantastically, frankly that is a Canadian myth, because for example doctors who have migrated to Canada have been very actively discriminated against by the Canadian professional associations of doctors who wanted to protect all the business for themselves. Only recently, with governments threatening the Canadian doctors to stop doing this, because there is now a shortage of doctors, are we seeing a more sensible approach by the doctors’ guilds, who are also responsible for certifying new practitioners. Governments started threatening to take away the certification process, and, oh! The doctors’ groups noticed that!

 

The good thing about the Canadian experience shows that while the parents suffer, and their standing falls, their qualifications often aren’t accepted, they find it difficult to meet the standards of the new country, the kids tend to do very well. I’ll give you an example of a family I knew in Iran who came to my country during the 1980s, the father had been in the hospitality business as a very good chef, and the children had a good basic Iranian education.

 

The only reason the parents wanted to come to Canada was to educate their children better - they poured all of their resources into that, it paid off very well. All their children are professionals, so the children managed to jump a socioeconomic level because the parents were willing to sacrifice themselves. That is often the story of migration that isn’t told very much. So the idea that every migrant does brilliantly in Canada is simply not true, but they’re willing to put up with the hardship in order that their children prosper. Parents are very altruistic towards their children and other family members even if they aren’t towards the wider public and so that is quite important.

 

KN: The other day, I went to a seminar organized at the Canadian Embassy, it was about private sponsorships of refugees in Canada.

 

DM: I think the system of sponsorship is a great one. It was tried first for the Vietnamese boat people, because the government didn’t know how many it wanted and they thought, one way of defining how many we want is by insisting that anybody who comes be sponsored and the public response will determine how many boat people come. The public response was much more generous than the government thought, a bit to the distress of the government because all of this was costing a lot.

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Ethiopian migrants who had been evacuated from Hodaidah, Yemen, are received in Djibouti Port by IOM staff. © 2016 IOM/Natalie Oren

But it worked, that’s the basics of it. But even sponsorship has a problem - when you sign up to sponsor you sign up for a year. You really work hard you give a tremendous amount of your time, you help newcomers negotiate all the problems that arise. But it’s a one year contract; what do the newcomers do after the year? How do the sponsors prepare them for being on their own? That transition is actually, emotionally, a very difficult transition on both sides and for the newcomers it’s very different. However, when they have children, after a year, because the kids are so adaptable compared to the parents, the kids are able to help the parents more. Language, also customs, they pick it all up at school in ways that adults have great difficulty because the brain starts deteriorating at the age of 17 and the arteries harden in our 20s –laughs–, so kids are the ones who adapt easiest and best.

 

KN: You are a migrant at the moment; I used to be a migrant, as a UN official working away from Japan, and migration is something that can happen to you and me, to everybody, and we can be a migrant any day.

 

DM: Indeed. And you know, some countries take that for granted. For example in Canada, we have a rough balance by the way, the number of foreigners studying, working in Canada and the number of Canadians abroad. But it’s a huge number. Other countries, for cultural or other reasons will never be comfortable with that large a group of foreigners in their midst; they will feel that somehow it is altering aspects of their culture and challenging their preferences in ways that make them feel uncomfortable. I think we have to respect that- we have to respect each country and how it is while rejecting xenophobia, comprehensively, because it is not the fault of the foreigner if the culture has reservations, but it is something that those of us that are engaged with international processes of migration have to accept and understand- that no two countries are exactly alike.

 

KN: Yes, every country is unique in how it perceives migration and deals with it. But when you look at the situation in Japan at the moment, there is a new initiative arising, for example, an NGO in Japan is now trying to sponsor Syrian refugees in Japan based on the experience of Canada. Also, the number of foreign residents in Japan is growing, while the proportion is still very small.

 

DM: But it’s growing much faster than people think in Japan, because in Japan, first of all, to live here is to know how many foreigners are actually in Japan. But they’re categorized in different ways. For example, many foreigners work in the agricultural sector in Japan as “technical interns” as part of the Technical Intern Training Program which aims at transferring skills through OJT to people from developing countries for a certain period of time as part of contributing to developing countries. The maximum duration of training period increased up to 5 years with the passing of a new law in November 2016 which also includes establishment of a special organization responsible for the investigation and inspection in relation to the technical intern training. Japanese agriculture would collapse without them, and this is not explained in Japan to the public because the government doesn’t want to inconvenience the public by challenging some of the deeply held myths in Japan. If you consider agriculture and its products sacred, then the reality that much of it is being produced and processed by foreign hands might upset some people. Why upset electors?

 

So there are in fact more foreigners in Japan very usefully occupied, well treated on the whole, because Japan does treat the migrants in Japan much better than most countries do. And this is not sufficiently understood in Japan or outside Japan. As a foreign resident here who enjoys being in Japan, who travels a lot in Japan, who sees how enthusiastic the foreign students in Japan are about being here, including from countries whose governments have a difficult relationship with the government of Japan, say Chinese students or Korean students, they’re extremely enthusiastic about their experience here. But these are things that for societal reasons the government just doesn’t talk about in great deal. Indeed, the business model of many Japanese universities relies and will increasingly rely on more foreign students. But please don’t inconvenience us the public or if you’re the government, please don’t inconvenience the public with this reality.

 

KN: When we look at the SDGs, its slogan is “No One Left Behind”, including migrants. Goal 10 specifically talks about migration.

 

DM: Yes, for the first time really, it has arisen as a big issue.

 

KN: The UN has embarked on a multi-stakeholder campaign called TOGETHER for respect, safety, and dignity for all, which the UNU is part of. We hope to highlight stories about positive contributions by refugees and migrants to our societies in order to engage the Japanese public, in particular the youth.

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Children from undocumented returnee families at the IOM Reception Center near Spin Boldak border, Afghanistan. © IOM 2017

 

DM: I’ll give you one example from my country. Although I’ve spent most of my life outside Canada I’ve never of course stopped being Canadian just as you wouldn’t stop being Japanese no matter how many years you’ve lived abroad. There was a newspaper essay in our best national newspaper, early in the most recent crisis level migration flows. And it was from the Chairman of the Human Rights Commission of one of Canada’s less populated but very interesting provinces, Newfoundland, which is halfway between Toronto and Ireland; geographically it’s closer to Ireland than to Toronto. And it used to be an independent country by the way and joined Canada only in 1949, I think.

 

So who is this person? This person is an Albanian born person, probably from parents who were at least middle class, probably even better than that. He had the best education possible in Albania, but still for a variety of reasons, he felt marginalised in his society, and wanted to be somewhere else. And one of the reasons he was marginalised was that he was gay in a very conservative society. So he somehow got himself to Canada, he had no money, but there was an openness to him. He went to university, he did extremely well, he professionally, started doing very well. People woke up and thought gee, this guy actually knows a lot about human rights because he suffered a lot from a deficit in human rights! He was appointed chair of the Human Rights Commission, an extremely popular appointment in Newfoundland. He was probably about only 34 when that happened, and he’s been a fantastic chair because when he talks about human rights, he knows what he’s talking about because he suffered from an absence of them early on. So he speaks about it with feeling, but also with sensitivity to how difficult migration is, how one person’s definition of basic human rights may be different from another person’s definition.

 

There you have a story of somebody who’s been very successful, who started out facing a number of problems but had the advantage of a good quality education. But also, who had the advantage of being single and making decisions only for himself. For parents everything is much more difficult because they have children and they’re responsible for those children. So I don’t want to make it sound easy as I started out saying, it’s very very difficult migrating, migrating in forced migration circumstances, when there’s famine, war, political repression. When some other factor, sometimes ethnic considerations, cause people to migrate, their circumstances are exceptionally difficult. We need to be more aware of this, we need to respect them as human beings just as we are human beings.

 

We won’t be able to help everyone, but we should all, as citizens of the world, try to be supportive to other citizens of the world that we can help, if we can help them.

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SDGs x 島ぜんぶでおーきな祭:持続可能な開発目標(SDGs)を沖縄から発信

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国連広報センター所長の根本です。4月20日から23日まで沖縄各地で開催された「島ぜんぶでおーきな祭・第9回沖縄国際映画祭」に参加し、最終日の23日にはレッドカーペットを歩くという、生まれて初めての体験をさせていただきました。

西川きよし師匠、そしてアジア6カ国・地域で活躍している「アジア住みます芸人」の方々と一緒にSDGsのプラカードを持ってにぎやかにアピールして、9万1千人を動員した華やかなレッドカーペットを歩く機会をいただいたのです。

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老若男女、あらゆる世代から絶大な人気を誇る西川きよし師匠が通るだけで、歓声が沸き上がります。師匠は、沿道でスマホを片手に手を振る人々に駆け寄り、「脱線」続きの行進となりましたが、カラフルなSDGsのプラカードは「Laugh&Peace」という同映画祭の明るいテーマにぴったりで、かつ目立っていました! 

取材でマイクを向けるレポーターの方々からも「ところで、師匠が手に持っていらっしゃるプラカードはいったい何ですか?」と自ずと質問があり、強力なアピールにつながりました。

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1986年から3期18年参議院議員として福祉問題に取り組んでこられ、政界引退後もタレント活動のかたわら、福祉の活動に関わってこられた西川きよし師匠は、「誰も取り残さない」を掲げるSDGsに大いに賛同してくださいました。師匠の座右の銘「小さなことからこつこつと」は、全員参加型で日々のアクションを必要としているSDGsの理念と通じています。

開催期間中33万人が来場した「島ぜんぶでおーきな祭・第9回沖縄国際映画祭」では、SDGsを映画祭あげてアピールしてくださいました。

人気芸人がナレーションをつとめたSDGs紹介ショートアニメ映像を映画本編・イベント本番前に上映。

 

「住みます芸人」たちが「自分の足元のSDGs」に目を向けて撮った写真と、昨年のSDGs学生フォトコンテスト入賞作品とのコラボ展示。

 

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SDGsのゴールごとの17の人気芸人のスタンプを、“自分たちの身近なところ”に目を向けさせる解説を見ながら全部集めると抽選くじに参加できるという、参加体験型の「そうだ!どんどん がんばろう!スタンプラリー」。

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さらには、沖縄出身のガレッジセールのお二人と、SDGs、とりわけ教育の大切さについてトークする機会もありました。

 

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私が知る限りでは今回の映画祭は、SDGs国連広報局の協力のもと、映画祭をあげてアピールした、世界で初めての国際映画祭となりました。このSDGs企画は、吉本興業が企画・運営の中核を担う他の大型イベントでも継続して展開していきたいとのありがたいお話をいただいています。

沖縄ののびやかな雰囲気の中、楽しみながらSDGsや世界のこと、足元のことに目を向けている親子連れなどの姿を見て、お笑いやエンタメの影響力・巻き込み力をあらためて実感しました。また、地元コミュニティーの方々が笑顔で一緒に映画祭の運営に関わっているのが、強く印象に残りました。こうした「参加型」の姿勢も、マルチ・ステークホルダーで連携して推進するというSDGsの精神に通じるものがあります。

素晴らしい機会を作ってくださった映画祭実行委員会ならびに吉本興業の皆さんに厚く御礼申し上げます。

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