国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第11回は、国吉浩さん(国連工業開発機関(UNIDO)事務次長)からの寄稿です。
ニュー・ノーマルでも変わらぬもの
日本では緊急事態宣言が解除されてから、一ヶ月以上が経過。その後もぶり返しの懸念が消えたわけではありませんが、少しずつコロナ後の社会へ向けて動き出しつつあります。私の勤務する国連工業開発機関(UNIDO:United Nations Industrial Development Organization)があるオーストリア(ウィーン)を含め、ヨーロッパ各国も制限を徐々に緩め、慎重に社会経済活動の再開を進めています。
オーストリアは、ヨーロッパで最初に感染爆発が起こったイタリア北部と国境を接していることもあり、いち早くロックダウンの措置をとりました。スーパーなどでのマスクの着用も、ヨーロッパ諸国の中ではいち早く義務化に踏みきりました。それまでマスクの着用は覆面禁止法により禁止されていたので、180度の方針転換です。こうしたオーストリアの措置や最近の段階的緩和は、うまく行っている例として、日本のメディアでも紹介されていました。とはいっても、6月30日時点で、オーストリアの確認感染者数は累計約18,000人、死者数は約700人。直近一週間の新たな確認感染者数は一日平均54.6人ですので、国の人口が約900万人と日本の14分の1程度であることを考えれば、数字を見る限り日本の方が遥かに良い状況にあります。
コロナへの対応は私達の生活を大きく変えました。UNIDOも、現在では段階的に職場復帰を進めていますが、3月中旬から5月中旬まで職場をほぼ完全に閉鎖し、在宅勤務をしていました。途上国の産業発展のために世界中を飛び回って仕事をしていたものが、突然ほぼすべての仕事がオンライン会議に置き換わりました。世界各地で展開しているプロジェクトでも、PPE(マスク、手袋、防護衣等)の製造、流通に役立てたり、医療廃棄物の処理を進めたり、といったコロナ下ならではの緊急対応を数多く行いました。
コロナ後も、途上国の衛生、医療関係の産業を力強く支援していくことになります。そして中長期的には、より幅広い産業分野で、寸断されたサプライ・チェーンの回復、生産能力の強化などにより、持続的産業発展を支援していきます。日本の経済がコロナに伴って大きな打撃を受けたのと同様、世界各国の経済が大きなダメージを受けています。特に、体力のない途上国はその被害が大きくなるだろうと予想されています。
『コロナ後』と言ったときに、近いうちにコロナが基本的には収束した社会となるのか、何年にもわたる長い期間コロナと共存していく社会となるのか、今の時点では見通せません。いずれになるにせよ、『コロナ後の社会』がこれまでの社会と大きく異なるものとなることは間違いないでしょう。ライフスタイル、ワークスタイルから、サプライ・チェーンなどの産業形態、世界経済・政治まで、あらゆる分野にわたっていわゆるニュー・ノーマルが議論されています。
ニュー・ノーマルを考えた時、オンラインによる在宅勤務の増加・定着など、コロナ後それまでの社会と変わるものはいろいろ想像できますし、それらを見通しておくことはもちろん重要です。同時に、人類として何を変えずに守るべきか、さらにこれを機により積極的に進めるべきか、を考え、コロナ後により良い社会を構築していくことが重要だと思います。
一例は、気候変動への対応です。各国のロックダウンにより、経済活動がとまり、温室効果ガスの排出量は激減しました。国際エネルギー機関(IEA:International Energy Agency)の報告によれば、2020年の二酸化炭素排出量は前年比-8%と試算されています。しかしこれだけ痛みの伴う強制的措置による減少でも、このレベルの排出量で今後推移しては、パリ協定の目標を達成することはできません。クリーンなエネルギーの導入や省エネのさらなる推進はもとより、ライフスタイルや社会制度の変革も含め、抜本的な対策を講じる必要性が示されたと言えるでしょう。そして、気候変動対策はコロナと同様、国境を超えた課題であり、世界が協力して取り組んでいくことが不可欠です。
もう一例として、経済を見てみましょう。コロナショックは、経済の安定が如何に重要かを再認識させました。そして、グローバル化した世界が如何に脆いかを示しました。サプライ・チェーンが寸断され、人の移動が制限され、消費、生産、投資のあらゆる経済活動が停滞しました。今後世界的大不況が長期間続くことは、残念ながらほぼ間違いありません。しかし逆に言えば、これまでの日常の繁栄が、グローバルな繋がりなくしては達成できないことを改めて明確にした、とも言えます。特に日本は、国土も資源も限られており、また人口減少傾向で国内市場には限界があります。世界と価値を共有して、その中で日本の繁栄を考えていかなければ成り立たないことは、明らかです。コロナ後のより良い社会の構築には、世界の経済とそれを支える産業を、しっかりとしたものにすることが、大前提となります。
そして最後に、途上国経済を考えてみたいと思います。途上国が世界の経済に占める割合はどんどん大きくなります。例えばアフリカをみてみると、現在その人口は約13億人ですが、若い人が多い人口構成であり、2050年には約25億人になると試算されています。これは、アフリカが、豊富な資源に加え、消費市場としても、労働力としても、日本の産業界にとって極めて大きな魅力を有していることを意味します。一方、途上国は、日本など先進国と比較して、様々な課題を抱えています。例えばコロナへの対応をみても、医療体制や設備の脆弱さはもちろん、日本で当たり前のように奨められている『手洗い』をする水さえない地域も珍しくありません。そして仮に途上国のどこかでコロナが収束せずに残る事態になれば、世界からコロナが永遠になくならないこととなります。経済発展のための基礎となる産業の基盤も、まだまだ十分ではありません。今回のコロナの事態を受けて、世界的に需要が低迷する中、先進各国が国内や近隣へ生産拠点を移転する動きもみられます。そうなれば、途上国は世界市場から一層取り残されることになり、途上国だけではなく、世界にとっても大きな損失となります。
さて、コロナ後の世界をより良い社会とするために、日本として何ができるでしょうか。気候変動への対応には日本の産業が有する、環境・エネルギー技術を世界に広げていくことが効果的でしょう。経済活動においては、他の国との信頼関係を構築しつつ、ともに繁栄していくという姿勢が重要です。新たな途上国へ生産拠点の分散化をすれば、サプライ・チェーンの強靭化にも繋がります。日本の良いモデルや技術を共有していくことも、途上国のためになり、日本産業のビジネス展開にもなります。ある日本の企業は、アフリカの国で手洗いを習慣づけるよう、アルコール手指消毒剤の提供を数年間続けてきています。日本企業の保健衛生、水・廃棄物処理技術などを途上国で活用してもらうのも良いかもしれません。UNIDOでも、日本政府の支援を得て、東京事務所(ITPO東京)が、日本企業の技術を途上国に展開するプロジェクトを進めているところです。もちろん、日本の技術が役立つのはこれらの分野に限りません。幅広い分野で協力し、途上国の生産能力の強化、多様化をサポートすれば、投資、貿易の増加をもたらし、途上国の持続的産業発展にも繋がります。
今回はテーマを絞って述べましたが、これらに限らず、これまで人類が築き上げてきた様々な共通の価値観、それが今、コロナによって試されているのだと思います。この共通の価値観は、持続可能な開発目標(SDGs)の17の目標に集約されています。17の目標のどれ一つとっても、コロナ後も引き続き、人類にとって極めて重要で、強力に進めていくべきものと思います。私たちは、変わるものに目を奪われがちですが、そこは柔軟に対応し変化を受け入れつつも、守るべき基本は堅持してブレないこと。それが人類のさらなる発展のために、重要なのではないでしょうか。これがグローバルな時代における『不易流行』だと思います。
オーストリア・ウィーンより
国吉 浩