国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

持続可能な開発目標(SDGs)と初等教育

~八名川小学校をお訪ねしました~

こんにちは。

国連広報センターで教育関係を担当している、千葉です。

突然ですが、東京都江東区立八名川小学校という小学校をご存知でしょうか。

八名川小学校はユネスコスクール(2011年認定)(注1)として「持続可能な開発教育(ESD)」(注2)への取り組みを活発に続けてこられ、東京都教育委員会から持続可能な社会づくりに向けた教育推進校に指定された学校です。

「持続可能な開発目標(SDGs)」がスタートしてからは、それをESDに巧みに融合させた先駆的な取り組みを行い、昨年12月、その功績を認められて、第1回ジャパン SDGsアワード「SDGsパートナーシップ賞」(注3)を受賞されています。ちなみに、SDGsアワードには当センター所長の根本が審査員の一人として携わりました。根本は、先月20日に全受賞団体によるプレゼンが行われたシンポジウムでもコメンテーターとして参加させていただいています。(注4)

--------------------------------------------
(注1)文科省ウェブページ参照
http://www.mext.go.jp/unesco/004/1339976.htm

(注2) 文科省ウェブページ参照
www.mext.go.jp/unesco/004/1339957.htm

(注3)首相官邸ウェブページ参照

https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201712/26sdgs_award.html

(注4)国連広報センターブログ参照
http://blog.unic.or.jp/entry/2018/01/23/173833
----------------------------------------------

上述のシンポジウムが開催されてから一週間後の1月27日(土)、八名川小学校で終日にわたって教育実践の共有や学び合い、交流の催しが開かれるということで、同校にお伺いしました。本ブログでは、そこで見たこと、感じたことをそのままにお伝えしながら、SDGsを教育に活かした同校の取り組みをご紹介できればと思います。

さて、八名川小学校での催しは、全児童による学習発表会(午前中)でスタートしました。この学習発表会はご父兄や地域の方々をはじめ教育関係者などに広く公開される年中行事で「八名川まつり」と呼ばれています。同校のご父兄や地域のみなさんにとっては、毎年恒例の楽しみな授業参観の機会であると同時に、外部の教員および教育関係者にとっても重要なイベントで、八名川小学校の教育実践を肌で感じ、学ぶ最良の機会となっています。

当日は数日前に降った大雪が所々にまだ白く残る寒い冬の日だったものの、午前9時前に到着してみると、もうすでに保護者や地域のみなさんがたくさん受付に並び、多くの教員や関係者のみなさんもまた全国各地から駆けつけていらっしゃいました。

校内に入ると、各教室や体育館では、1年生から6年生まで、それぞれ大きなテーマのもとに、(中級学年からは児童のみなさんが自ら課題を設定し)数か月にわたって主体的に取り組んだ学習の成果を発表しはじめています。

 

f:id:UNIC_Tokyo:20180216095631j:plain

                                         ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba


各学年の大きなテーマは以下の通り。
f:id:UNIC_Tokyo:20180216100751j:plain

おそらくは授業参観と聞くと、教室の後ろでお子さんの様子を静かにじっと観察している保護者のみなさんの姿を思い浮かべられる方が多いかもしれませんが、「八名川まつり」は違います。ご家庭、地域の方々も児童のみなさんと一緒になって、混じり合って、クラスのあちらこちらで小さなグループごとに分かれたお子さんの発表を聞き、質問したり、感想を述べあったりするのです。ユネスコスクールとしてESDへの取り組みを続ける同校において、学習発表会は単なる授業「参観」の機会ではなく、授業「参画」の場です。

 

f:id:UNIC_Tokyo:20180216095823j:plain

            © UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

この日、見学のつもりで伺ったはずの私も、いつの間にか、八名川小学校の授業「参画」にどっぷりつかっていました。

児童のみなさん一人ひとりが地域や自然、災害、脆弱な人々に思いを馳せ、また未来を生きる自分を思い描き、それぞれに主体的に学ぶことを通して深い喜びを得ていることが伝わってきました。その表現力はとても確かで、その顔は輝いていました。

「どんな準備をしたの?」
「たいへんではなかったですか?」
「楽しかった?」

お一人おひとりにお話を聞いてみました。

自然を取り入れたゲームの遊び方を元気に教えてくれた低学年のお子さんに…
障害者の直面する問題をやさしい笑顔で説明してくれた中級学年のお子さんに…
将来就きたいと思う職業の発表に真剣な表情で臨んだ最高学年のお子さんに…

 

f:id:UNIC_Tokyo:20180216095915j:plain

                                       ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

気がつけば、ずいぶん多くのお子さんにお話を聞きしていました。

「準備に3か月ぐらいかかりましたが、やりがいがありました」
「楽しかったです」
「ちょっと恥ずかしかったけど、とてもよかったです」

みなさん一人残さず、楽しんで取り組んだこと、来年の学習発表会を楽しみにしていることを話してくれました。

そして、お子さんたちの取り組みについて感想をお聞きしたご父兄や先生方のまなざしはみなやさしく愛情豊かでした。

 

f:id:UNIC_Tokyo:20180216095951j:plain

                                          ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba


温暖化、感染症、紛争、難民・移民、排外主義、テロ、貧困、格差、人口問題など、わたしたち人間が直面する多岐にわたり輻輳的に絡みあう諸問題を有機的につなげながら、みんなで考え抜き、持続可能な社会をつくって、この地球を未来の世代に引き継ぐ、そして「誰一人取り残さない」。―この持続可能な開発目標(SDGs)の精神が八名川小学校で確かに息づいていると感じました。

不覚にも涙がでそうになりました。

日本国内で、SDGsと聞いても、自分との関係性をあまり見出せない子供たちが多いと言われますが、八名川小学校では、そんなことはありませんでした。教室の廊下の壁には、自分たちの扱うテーマとともに、そのテーマに関連するSDGsの目標をデザイン化したアイコンが貼りだされ、児童のみなさんはSDGsを自分ごととして捉え、そのお子さんたちを通して、保護者、地域のみなさんもまた2030年の世界に思いを馳せていらっしゃいました。

 

f:id:UNIC_Tokyo:20180216100107j:plain

                                          ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

八名川小学校においてESDへの取り組みが始まったのは、7年前の2010年のことだそうです。それ以降、持続可能な社会の担い手となる子どもを育てるため、すべての教科を横断的につないで年間教育カリキュラムに落とし込んだESDカレンダーを活用して、「子どもの学びに火をつける」を合言葉に主体的・問題解決的な学習に取り組まれてきたのです。

決して狭量な偏差値アップのようなことを狙っていたわけではないのにもかかわらず、主体的・問題解決的な学習の積み重ねは、ふたを開けてみれば、児童のみなさんの学力を大きく伸ばすことにつながったそうです。

驚くべきことに、全国学力状況調査において、同校の児童のみなさんの国語、算数の点数がともに、A問題で6%程度、B問題で15~18%程度アップしたのです。

 

f:id:UNIC_Tokyo:20180216100544j:plain

f:id:UNIC_Tokyo:20180216100629j:plain

文科省全国学力・学習状況調査結果―八名川小学校の推移グラフ 平成22年~28年)

 

f:id:UNIC_Tokyo:20180216100244j:plain

                                         ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

八名川小学校で子どもたち一人ひとりがそれぞれ見せる喜びと輝きの表情と、学力として目に見える成果は私を含めた大人たちに多くのことを示唆していると思いました。

さて、同校でのこの素晴らしい教育実践をご紹介する上でどうしても欠かせない方がいます。同校の取り組みをリーダーとして引っ張り、支えてこられた手島先生です。手島先生は2010年に八名川小学校に校長として着任し、その後すぐに同校のユネスコスクールとしての指定をユネスコに申請し、承認されるとともに、前任校で開発した「ESDカレンダー」をもとに、「New! ESDカレンダー」をつくって持続可能な社会に向けた教育に取り組まれました。最近ではさらにSDGsを融合させた実践を行い、昨年見事にSDGsアワードを受賞されたのです。

 

f:id:UNIC_Tokyo:20180216100315j:plain

                                      ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

手島先生は先生方、ご父兄、子供たちから深い信頼を寄せられています。

手島先生と直接お会いしてお話していると、理由がわかります。穏やかで謙虚なお人柄でありながら、教育に傾ける情熱は人一倍あつく、子供たち一人ひとりを大切に考え、また、ともに働く先生方お一人ひとりを大切に思うやさしい気持ちが伝わってくるのです。

「ありがとう」「ありがとうございます」

私がお伺いした日も、手島先生から児童や教員のみなさん、外部の方々に、分け隔てなく、惜しみなく発せられるていねいな感謝とねぎらいの言葉には温かみがありました。

そんな手島先生がESD教育のアドバイスを受け、師と仰ぐ方が多田孝志・金沢学院大学教授です。多田教授は長年にわたって国際理解教育などを研究し、日本国際理解教育学会会長や日本学校教育学会会長を歴任しておられます。

 

f:id:UNIC_Tokyo:20180216100352j:plain

                                        ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

八名川小学校での催しの最後を飾ったのが、多田教授と手島校長先生の対談「日本の教育とその未来を語る」でした。


対談をお聞きしていると、子供たちの教育と未来の展望を描き考える多田教授と手島先生のお二人の間の深い信頼関係が伝わってきました。

そして多田教授と手島先生の信頼関係がお二人の間のそれを超えて、手島先生と八名川小学校の教職員お一人ひとりとの深い信頼関係、また子供たち一人ひとりに寄り添う先生方と児童のみなさんとの信頼関係、そして学校と保護者、地域の方々との信頼関係へと重層的、多面的に広がっていることを思いました。

多田教授と手島先生の対談が終わり閉会してもなお、子供たちの未来のためにひとつでも多くのヒントを得ようとする先生方であふれた会場はしばらくの間、その冷めやらぬ熱気に包まれていました。

実は、同校を最後に、手島先生は2018年3月、ご退職の日を迎えられるそうです。

まだ現役で十分にご活躍いただけるはずなのにと残念に思えてなりませんが、今後はその活動の幅をさらに広げて、日本の小学校でのESD、SDGs普及にご活躍いただけることと願っております。

f:id:UNIC_Tokyo:20180216100424j:plain

             ©UNIC Tokyo/Kiyoshi Chiba

私の拙いブログに最後までおつきあいいただいた皆様のなかで、ESD教育とSDGsを活かした教育実践にご興味がわいたという方におかれましては、手島先生が昨年12月30日、「学校発・ESDの学び」(教育出版)という本をご上梓されていますのでご紹介いたします。ESD教育実践とSDGsに関する興味深いご本です。お手にとってみてはいかがでしょうか。

―――

最後に卑近な話で恐縮ですが、私が7歳の頃に死別した父は小学校の教師でした。若干37歳の若い教師でまだこれからというときでしたが、次の転任先が決まってその学校の校長先生にご挨拶に伺って意気揚々と自宅に帰ってきたその日に脳溢血で倒れました。無念だったろうと思います。父の魂が存在するとしたら、自分の息子がこうして八名川小学校の教育実践について綴らせていただいていることをずいぶんと喜んでいるのではないかと思います。同校で教室を回りながら、不覚にも涙がでそうになったとき、一番感激していたのは私自身である以上に、半世紀のときを経て、先駆的な取り組みを行う小学校で子供たちが輝く姿を、私の目を通して見ることができた、若い小学校教師の父だったのかもしれません。八名川小学校を後にしながら、手島先生をはじめとする素晴らしい先生方にお会いできたご縁に感謝しつつ、心の中で亡き父にそっと手を合わせました。

(千葉のブログを読む)
「国連ガイドツアーでSDGsの啓発促進」
「SDGsを舞台裏で支える日本人国連職員たち」
「HLPFでの日本の市民社会の情報発信、そしてインタビュー」
「HLPFでの日本企業、経団連の情報発信について」
「HLPFでの日本政府の情報発信取材と星野大使インタビュー」
「ニューヨーク国連本部でみたハイレベル政治フォーラム」
『子どものための2030アジェンダ:ソリューションズ・サミット』参加報告会 
「アウトリーチ拠点としての図書館と持続可能な開発目標(SDGs)」
「国連事務局ヤング・プロフェッショナル・プログラム(YPP)をご存知ですか」 
「佐藤純子さん・インタビュー~国連の図書館で垣間見た国際政治と時代の変化~」
「北海道にみた国連につながる歴史ー国際連盟と新渡戸稲造」
 「国連学会をご存知ですかー今年の研究大会に参加してきました」
「沖縄の国連寄託図書館を想う」
「国連資料ガイダンスを出前!」
「国連資料ガイダンスをご存知ですか」
「国連寄託図書館をご存知ですか」