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中満泉(なかみつ・いずみ)国連軍縮担当上級代表インタビュー

  

2017年夏、中満泉(なかみつ・いずみ)国連軍縮担当上級代表が、広島・長崎での平和式典参列のため、今年5月の同ポスト就任後初めて日本を訪問しました。その際、根本かおる国連広報センター所長が軍縮上級代表就任への抱負、21世紀型の軍縮核兵器禁止条約の包摂性および東アジアの地域課題などについて中満上級代表からお話を伺いました。インタビューの最後に若い世代へのメッセージも発信していただきました。

 

中満泉(なかみつ・いずみ)氏

中満泉(なかみつ・いずみ)氏は2017年5月1日、国連事務次長 兼 軍縮担当上級代表に就任しました。同ポストへの就任以前は、2014年から、国連開発計画(UNDP)総裁補・危機対応局長を務めました。国連平和維持活動局、事務総長室および国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を含め、国連システムの内外で長年経験を積んできました。中満氏は1963年生まれ。米国ワシントンDCのジョージタウン大学外交大学院で修士号を、早稲田大学から法学士号をそれぞれ取得しています。

 

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 中満泉・国連軍縮担当上級代表  ©UNODA    

 

 

級代表就任への抱負 ~軍縮分野に新しい視点を~

根本: 国連軍縮担当上級代表就任おめでとうございます。軍縮という重要課題を担うにあたっての抱負は何ですか?

 

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対談中の中満泉・国連軍縮担当上級代表(左)、根本かおる国連広報センター所長(右)  ©UNIC Tokyo  

 

中満: 一生懸命、誠心誠意、できる限りの努力をしますと皆さんにお伝えしています。軍縮の経験が無いため、最初に事務総長からこのお話を頂いた時は意外でしたが、専門家である必要はないとのことでした。事務総長は、会議場の中で自己完結するような軍縮の議論ではなく、国際規範や政策をつくると同時に、現場のレベルでも犠牲者を減らすような現実的なインパクトを出せる軍縮を望んでいます。そういった意味で、新しい視点を軍縮分野にもたらすのが私に与えられた役割であり、期待されていることだと思います。

 

根本: 就任早々、難しい核兵器禁止条約の交渉もあり、新しい軍縮分野の議論もありますが、どのようにこなしていますか? 

 

中満: 系統立ててものを読んだり、勉強する機会をもっと見つけようと努めており、休暇中に様々な資料を読んだりしました。しかし、一番自分にとって勉強になるのはとにかく多くの方々に会って話を聞くことです。そこで頭に入ってきたことが、違う場で聞いたことと繋がったり、腑に落ちたりして理解が深まります。なので、様々な方に話を聞いて勉強しているのが今の状況です。

 

 

核兵器禁止条約採択の感慨

~歴史的瞬間、新しい軍縮の幕開け~

根本: 核兵器禁止条約が7月7日に採択されたとき、議場にいてどんな感慨を持ちましたか?

 

中満: それは感慨深かったですね。歴史的に長い背景があって、人道グループがステップを積み重ねて、2016年10月に総会決議が出て、と多くの人がかかわってきた条約です。第2回目の交渉の段階で初めて私はポストに就きました。なので採択のプロセスの最後になって初めて関わっただけですが、やはり非常に歴史的なステップであるので、そのような場面に幸いにも居合わせることができ、感慨深いものがありました。同時に、特に政治的課題に、これからどう取り組んでいくのか、仕事はこれから始まると思っています。

 

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核兵器禁止条約に関する国連会議 ©UN Photo/ Manuel      

 

根本: 国連にとっての総会第一号決議というのは核軍縮の当時の原子爆弾についてですが、これは国連のレゾンデートル(存在意義)の奥深いところにあるものですね。

 

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中満泉・国連軍縮担当上級代表、長崎の被爆者の会「長崎原爆被災者協議会(長崎被災協)」の応接室で、日本被団協の代表と懇談 ©UNODA Haruka Katarao

 

中満: 国連の存在と核軍縮のマンデートはほぼ同じだけの年数があって中核のマンデートであることは確かです。基本的に核軍縮分野は包括的核実験禁止条約(CTBT)が採択された1996年以来進展がなかった分野ですが、それをブレイクしたのが今回の核兵器禁止条約です。政治的に非常に難しいですが、紛れもない事実として過去20年間において唯一の核軍縮分野での新しい国際的な条約を作ったということは歴史的な意味があると言えます。

この背景には核軍縮の動きがずっと止まって、それに対する多くの国々のフラストレーションが溜まっていたことがありました。きちんとした契機を作らなければならないと感じていた加盟国が多かったということです。生物兵器化学兵器が禁止される中、大量破壊兵器で禁止されていなかったのは核兵器だけであり、そういう意味で同じレベルに核兵器問題を引き上げなくてはいけないという強い問題意識を多くの国が持っていました。

また、その背景のひとつには日本の被爆者の方々が非常に強い信念と努力のもと、ずっと核軍縮の必要性を発信されてきたこともありました。国際世論を動かす大きな貢献をされたと思います。

 

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長崎市にて、「第9回 平和首長会議総会」開会式での基調講演を行う中満泉・国連軍縮担当上級代表 ©長崎市

 

根本: UNニュースのインタビューで、軍縮を21世紀型にしなければならないというお話がありましたが、21世紀型の軍縮というのはどういうものですか?

 

中満: LAWS(Lethal Autonomous Weapons Systems: 自律型致死兵器システム)やAI、サイバー、宇宙の話まで、実は軍縮は非常に幅広く、21世紀のまさに新しい安全保障の課題がたくさん出てきています。しかし、それらにどう対応し、どう規制するかという話にはまだ至っていない。課題の洗い出しを政府専門家レベルで始めているところではありますが、加盟国同士が新たな規範を作る段階ではありません。科学技術は加速度的に発展していて、早急な対策が求められます。またこれら新しい科学技術の発展の多くが民間企業や研究者たちによって進められていることもあり、規範作りのプロセスもこれまでとおりの加盟国同士の交渉のみでなく、創造性が求められると思っています。正式なプロセスがまだないという点で国連の事務局としてある意味、影響力を及ぼすことができる分野です。AIやLAWSといった新しい課題にも対応しなければならないのが21世紀の軍縮の課題であり、これを事務総長は「フロンティア・イシュー」と呼んでいます。

 

 

核兵器禁止条約採択に向けた市民社会の影響力

根本: 加盟国、被爆者、それから市民団体の存在は非常に大きかったですよね。

 

中満: ICAN(International Compaign to Abolish Nuclear Weapons)という国際キャンペーンやこの分野での市民社会NGOの国際的なネットワーク、国際赤十字委員会(ICRC: International Committee of the Red Cross)が大きかったです。核兵器禁止条約の前文のところに書かれていますが、人道イニシアチブ、人道的な観点から核兵器は絶対に使ってはならないものであり、禁止されなければならないものであるという世論を高めるにあたっての、市民社会被爆者の方々、ICRCなど専門的な組織の果たした役割は非常に大きかったと思います。

 

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核兵器禁止条約に関する国連会議  ©UN Photo/ Manuel     

 

 

核兵器禁止条約の包摂性

~今回核兵器禁止条約に参加しなかった国々との対話~

根本: 中満さんは核兵器禁止条約について包摂性、インクルーシブなものでなければならないということを強調されていますが、今回交渉に参加しなかった国々に対して、この条約はどのような形で包摂性を担保していますか?

 

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対談する根本かおる国連広報センター所長  ©UNIC Tokyo

 

中満: 現在核兵器保有している国々が将来的に参加できる可能性を持たせているのが4条です。核兵器を持っている国がすぐに条約を批准するとは誰も期待していないと思いますが、可能性を拓くようなものを入れたというのが核兵器禁止条約の推進派の方からの歩み寄りと言えます。核兵器禁止条約を閉じたものにしてはいけないというのが推進派ですし、日本も含めて反対派の国々に対しては、「遅かれ早かれ核兵器禁止条約は発効します。それは現実、リアリティーになるということです。だから無視するのではなく、どう対応するのかを考えて下さい。」という風に伝えています。また、現実になった場合、無視し続けることはできませんから新しくできた核兵器禁止条約とどう関わっていくのか、どういう対話をすることができるのか、どの道筋、ステップを経て核軍縮を進めていくのか、そのためには何をしたらいいのか、ということも考えてくださいと条約に入らない国々の方には伝えています。広がってしまったギャップをなるべく埋めていく対話を再開し、なおかつ深化させてくださいということを申し上げています。これに実際どのように取り組んでいけばいいのか、というのが今後の緊急課題ですね。

 

 

東アジアの地域の安全保障と国連事務局

~政治的な対話による解決に向けて~

根本: そのフロンティアでの包摂的な核軍縮に向けた日々の積み重ねが規範になっていきますよね。これはやりがいがあると同時にチャレンジングな課題のように思います。東アジアの地域に目を移すと、緊迫は色々な意味で増し、地域的な安全保障の枠組みはなく、この地域は今、安全保障面で節目にありますが、事務局はこの地域にどう貢献できますか?

 

中満: 北朝鮮問題に関してはある意味、国連の政策的な部分がはっきりしています。北朝鮮問題では安保理は団結を維持して数々の決議を採択しています。ですから安保理決議を制裁の問題も含めて完全に実施してもらわなければならないし、そのために多くの国が努力しています。北朝鮮のミサイル発射や核実験は不法な行為であって国連の安保理決議に完全に反しています。制裁決議などは北朝鮮のこれらの行動に変化をうながし、「朝鮮半島非核化」という一度合意された約束にふたたびコミットさせるためのプレッシャーといえるでしょう。ただ、その先にやはり軍事的な解決方法というのはありえないでしょう。

軍事的な解決方法がないということは、唯一残っている道筋というのは何かしらの政治的な対話です。関係国が政治的な解決方法を探ることを望み、そのために国連事務局から何かできることがあればそれを行う用意はあります、というのが国連からの今のメッセージです。政治的な仲介を具体化することは非常に難しいことですが、加盟国にとって役立つようなことを実行する用意はあり、頭の体操としてその準備はしておかなくてはなりません。 

 

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軍縮担当上級代表就任への抱負や21世紀型の軍縮について語る中満泉・国連軍縮担当上級代表  ©UNIC Tokyo

 

日本の出身者として核軍縮に取り組む

~付加価値をつけ、バランス感覚を持ちながら~

根本: 日本はこと核軍縮の話については国民的な関心も高いです。そういう国の出身者として今の立場に就くということやそれに対する想いは何ですか?

 

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平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)にて国連事務総長のメッセージを代読する中満泉・国連軍縮担当上級代表 ©広島市 

 

中満: 小さい頃から、日本人ということもあり軍縮に関する教育を日本で受けてきました。原爆の恐ろしさについても色々聞いていたため、スパッと問題を理解できるという点ではありがたいです。被爆者の方々のお話を直接聞いて理解し、それを外に伝えることや外から聞いてきたことを広島や長崎に行ってお伝えすることもできるので、そういった意味では少しだけですが付加価値があればいいと思います。

ただ、国連なので一番重要なことは、上手くバランス感覚を持ちながら、核軍縮やその他の分野の軍縮を進めていくことです。その際に特定の国の方だけを見るのではなく、全体の利益をどう追求していけるのか、そのために、バランス感覚、調整力、交渉力が必要です。

 

 

国連広報センターインターンからの質問

インターン 羅: 核軍縮は現実的であるとのことでしたが、とても理想的に思えてしまうのですが中満さんにとってどのような点で核軍縮が現実的だとお考えですか?

 

中満: 一つ目の事実として、冷戦のピーク時は7万発くらいあった核弾頭は、1万5千くらいにまで数が減り、核軍縮の努力が行われてきました。部分的核実験禁止条約(PTBT)が採択されたのはキューバミサイル危機の一年後ですし、NPT(核不拡散条約)署名開始も1968年でした。緊張関係が高まっているからといって核軍縮が不可能であるというのは歴史的事実に反しています。むしろ歴史的事実から、安全保障上、緊張が高まっている時にこそ軍縮をちゃんと話し合わなくてはいけないということが言えます。

二つ目は、核の廃絶をすぐ今日明日に実現できるとは、核兵器禁止条約を作った人を含め誰も思ってはいません。ただ、この目的を取り下げるということは、全く規制のない核軍拡、軍備増強、競争を起こしてしまうことに繋がり、安全保障上、当然マイナスとなります。総合的に考えると核軍縮を現実にしないと、世界は非常に危険なところになってしまいます。なので具体的に目に見える形でどういうステップを経ていくのか、それをどうしたらよいのかということを議論して、実際にそのステップをアクションに移すことは非常に重要なことです。当然、国連が取り組むべき課題です。

 

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インターンからの質問に回答する中満泉・国連軍縮担当上級代表 ©UNIC Tokyo     

 

インターン 長澤: 核軍縮のお話でもバランスをとって特定のグループに肩入れをしすぎずというお話がありましたが、国際公務員は中立性が規範であり、原則であると思うのですが、ご自身の中で周りとのバランスを取ることと、自分自身の意見の間に葛藤があった経験はありますか?また、それをどう乗り越えられましたか?

 

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 中満泉・国連軍縮担当上級代表、平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)にてアントニオ・グテーレス国連事務総長の代理として原爆死没者慰霊碑で献花

©広島市

 

中満: これは経験から学び取っていくしかありませんが、難しいことですね。開発や人道分野に比べて安全保障分野での発言は難しく、注意が必要となりますが、個人的な視点を持ってもいいと思います。それをどういうところでどういう形で匂わせる匂わせないというのは経験上、段々わかってくるところで、私のやり方は事実を積み重ねていく方法です。歴史の中に隠れているいくつもの事実を掘り起こし、それを使っていきます。事実だから誰にも文句は言えないですよね?

 

 

若い世代の人へのメッセージ

執筆を行った時期と軍縮担当上級代表就任の時期が異なったので、軍縮については全く入っていませんが、若い世代の人へのメッセージとして『危機の現場に立つ』(講談社, 2017/7/14)を出版しました。ニューヨークで若い世代の人達や大学生のグループと話す機会をなるべく設けるようにしていますが、大学生になるともう頭が固くなっていたりします。若い頃から外にどんどん興味を持って、自分の頭で考えて自分ができることをやっていく、行動に移していく、そういうことを中学生、高校生、さらには小学生くらいから考えて欲しいという想いがこの本に詰まっています。また、内向きになりがちな現代社会において、特に若い人には大きな理想や将来への希望を持ってもらいたいと願っています。まさにそのような理想や希望が、人と人とを繋げ連帯させるものだからです。夢や希望の実現には、国境を越えて人間同士が繋がる必要があるのです。

 

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中満泉・国連軍縮担当上級代表、UNITAR広島事務所にて、中国新聞のジュニアライターからの取材に対応 ©UNITAR