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女性のエンパワーメントが世界を変える (3)

 

 

 日本人初の国連女子差別撤廃委員長 林陽子さんに聞く

 ~女子差別撤廃条約批准30年の今年こそチャンス!~

 

 

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                    林陽子氏

 

2015年2月、ジュネーブで開催された第60会期女子差別撤廃委員会(CEDAW)にて、林陽子さんが第15代委員長に選出されました。林さんは2008年からCEDAW委員を務め、この度日本人として初めて同委員会の委員長に就任しました。弁護士としてご活躍の林さんは、国際人権と女性の権利問題を中心にNGOで活動を展開、1995年の国連世界女性会議(北京)の日本政府代表団顧問を務めました。2008年以降はCEDAW委員として個人通報作業部会長やジェンダーと防災作業部会長の経験を重ねてこられました。多忙なスケジュールの合間に、8月3日に東京の事務所に伺ってお話を伺いました。

 

                   聞き手:国連広報センター 根本かおる所長

 

 

Q:委員長になられて半年ですが、今までとは醍醐味が違いますか?

 

A:全体を仕切る大変さはありますが、面白さもあります。委員会は委員長を入れて23名ですが、皆さんとても熱心に発言しますので、一委員では意見を挟むのが難しい場合もあります。しかし委員長であれば、司会進行をしながら「過去には別の議論もありましたね」などと言葉を添えることができるので、常に発言の機会があるわけです。また自分のリーダーシップで異なる意見をまとめていくこともできます。そのあたりが醍醐味でしょうか。

 

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     女子差別撤廃委員会の委員長に選出された林氏(前列左より2番目 写真: 林陽子氏提供)

 

Q:今年はいろいろな意味で節目の年ですね。国連創設70周年、日本が女子差別撤廃条約(CEDAW条約)を批准して30年、北京の世界女性会議から20年。こういう時に委員長を務めるというのは大きな役割ですね。

 

A:天から時を与えられたと思います。3月に国連女性の地位委員会(CSW)の総会がニューヨークであり、CEDAWの代表としてステートメントを読み、また総会議長のパネルにも登壇しました。ステートメントは私個人のものではなく、委員会全体で回覧して作成されましたが、各国代表の反応もさまざまで、CEDAWとはまた違った面白さがありました。CEDAWは条約機関であり、政府から独立した専門家の集まりなので、自国の事情を抜きにして発言することが多いです。これに対してニューヨークの集まりは当然ながら政治的で、人権先進国の代表はそれらしい発言をしますし、途上国には途上国なりの意見があり、国益がストレートに現れるところがとても興味深い経験でした。

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                     国連女性の地位委員会総会にて報告する林委員長(UN Photo / Loey Felipe)

 

 

Q:この半年を振り返って改めてどのような抱負をお持ちですか?

 

A:私が日本人で初めて委員長になったことを国内のNGOの方々や政府関係者が思いのほか喜んでくださり、寄せられた期待の大きさも感じました。これを機にCEDAW条約の重要性について国内でもっと啓蒙啓発していきたいと思います。また、9月の国連総会で持続可能な開発目標について決定がなされますが、そこにはジェンダー平等に関する目標も含まれます。採択される新しい目標に関して人権条約機関がきちんとモニタリングができるように体制作りをする必要があるとの意見もあります。CEDAWは専門家の立場から各国に勧告を出すだけで、勧告内容を履行する権限も予算もありませんので、OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)やUN Women、UNDP(国連開発計画)との連携が重要になってきます。その意味では、UN Womenの日本事務所が東京にできたことは日本にとって良かったと思います。

 

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Q:啓蒙啓発と言われましたが、女性問題に注目が集まっている今が好機でしょうか?

 

A:そうです。安倍政権が女性の活躍推進を掲げて動き出していますが、こういう時にこそ「これは法的拘束力を持つ条約上の義務なのですよ」と改めて言う必要があると思います。そうしないと、なんとなく努力目標で終わってしまう可能性があります。

 

 

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                                                               根本かおる所長

 

Q: CEDAW条約を改めて読んでみると、女性の権利を包括的に捉えた「牙を持った」条約だと感じました。

 

A: そうなんです。ジェンダー平等およびエンパワーメントを掲げている点が特に重要です。差別をなくすということだけではなく、女性が権利を獲得して力をつけていくための政府のアクションやプログラムが必要だと言っているのです。単に「男女は法の前で平等ですよ」ということではなく、現実にある不平等をなくすための行動をとることが国の義務なのです。

 

Q:日本がCEDAW条約を批准して30年になりますが、その間の世界の動きと日本の状況はいかがしょうか?

 

A:この30年で世界のジェンダー平等は大きく進んでいますが、残念ながら日本の歩みは遅いです。北京会議のあった1995年に日本の衆議院の女性議員の比率は3%前後で今は9%台です。伸びてはいますが、世界の平均の現在22%からすると見劣りがします。また、女性の人権獲得が進む一方で、世界全体で「過激主義」と「排他主義」への動きが強まっていることに委員会は危機感を抱いています。

 

Q:日本は北京会議以降にDV法などができましたが、ほかにどのような成果がありましたか?

A:「女性に対する暴力」という概念すらなかったところに政府が問題として取り組むようになったこと、男女共同参画社会基本法をはじめとする様々な法律ができたのは大きな成果です。とりわけ教育の分野では、日本は識字率が高いとは言え、高等教育を受ける女性が少なかったのに、20年の間にぐんと増えました。もっと理工系に女性が進出し研究者も増えれば、さらに良いと思います。

 

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           アムネスティ・インターナショナル世界大会にて(1991年)にて

                           (前列右端 写真:林陽子氏提供)

 

 Q:来年は日本がCEDAWの審査を受けますが、何が問題になりそうですか?

 

A:CEDAWは2008年以降、締約国に対して2つの課題を指摘し、重点的な取り組みを求めています。日本の場合は1つが民法改正 — 選択的夫婦別姓、再婚禁止期間廃止、婚外子差別撤廃、婚姻年齢の統一 — ですが、もう1つが、ポジティブ・アクションを通して女性の事実上の平等を達成する措置を取ることです。夫婦別姓と再婚禁止期間については最高裁大法廷で弁論が開かれるので、違憲判決が出る可能性が出てきました。ポジティブ・アクションについては公職選挙に関するジェンダー・クォータ(割当)をめぐり、議員立法の動きがあり、期待しています。

 

Q:ところで、林先生はどのような経緯で国際的な問題に関わるようになったのですか?

 

 A:私は日本生まれの日本育ちですが、学生時代から女性運動に関心があり、弁護士になって2年目の1985年にナイロビで開催された第三回世界女性会議にNGOとして参加することができました。当時、日本で弁護士が女性の権利問題を扱うとすれば離婚などの家族法か、賃金差別などの労働法の分野に限られていましたが、国際会議に参加して、世界で議論される女性問題の射程の広さ(リプロダクティブ・ヘルスや、女性に対する暴力など)に本当に目を見開かされました。刺激されて何か国際的なことをやりたいと思い、ちょうどその頃、日本で外国人女性のためのシェルターの活動に関わる機会を得ました。外国人女性に対する人身売買や賃金未払いの問題に対処するために国際人権法とくに女性差別撤廃条約の勉強をするようになり、その後は外国で研究する機会にも恵まれました。

 

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         1991年ネルソン・マンデラ歓迎委員会にて世話人として活動する林氏

                         (写真:林陽子氏提供)  

 

Q:今後国際的な舞台で活躍したいと考える若い方へのアドバイスは?

 

A:弁護士の後輩に対しては、本で読んだことだけで理解するのではなく、現場主義を貫き、困っている依頼者がいて、その状況を改善するのにどうしたら良いかを考えなさい、とアドバイスをしています。それから、弁護士に限りませんが、国際機関では英語ができなければダメですよ、ということです。英語だけでは足りず、理想的には国連公用語をもうひとつ話せるとよいですね。私自身、もし20代から国際人権を専門にすることがわかっていたら、言葉をもっと勉強したでしょう。

 

 

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Q:委員長の任期中に何を手がけたいですか?

 

A:委員会は条約に基づいて解釈の指針をGeneral Recommendationsとしてまとめます。これから教育の権利に関するもの、防災とジェンダーに関する勧告をまとめたいと思います。条約が全く触れていない新しい問題もあり、たとえばLGBT(性的マイノリティ)に対する差別や気候変動とジェンダーについてもガイドライン作りをしたいと思います。日本では、今年が条約批准30年というモメンタムの年でもありますので、差別が残る国内法の見直しを促し、さらに、法律があっても具体的な実現を阻んでいる社会的・経済的・心理的バリア等について、多くの人が関心をもってくれるような提言を委員会から出していきたいと思います。

 

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